箱入り息子の大冒険3〜マリーの密使

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月05日〜11月10日

リプレイ公開日:2005年11月14日

●オープニング

 ノルマン有数の貴族ヴォグリオール家の邸。
 その邸内にあつらえられた庭園の一角で、薫り高い茶を前に優雅に語り合う淑女が2人いる。当家の息女アニエス・ヴォグリオールと、その友人で、先日サランドン家に嫁いだ『亜麻色の髪の少女』――マリー・カルディナス・サランドンである。
 そして人払いを願い、声を潜めてマリーが語ったことを聞いて、アニエスは微かに顔をしかめる。
「‥‥何だか愉快そうなことしてるわね、アナタの旦那様。で、旦那様は何て言ってるの?」
「それとなく訊いてみたけど‥‥お前は何の心配もしなくていいんだ、って」
「まあ、当然の反応ね。でもどうしてそれを無視して、そんなことを私に教えてくれるの? 正直、下手にバレたら大変よ?」
「それは――昔、お父様も同じことを言ったから。お前たちは何の心配もしなくていいって」
「‥‥‥‥」
「そして、戻っていらっしゃらなかった。私、もう二度と同じ思いをしたくない。貴族社会の実態がどんなものか知らないわけじゃないけど、他人を手駒として扱うなんてろくなことじゃないわ。そんな真似までして上り詰めて何になるというの。アニエス、私は夫を止めたい。彼にこのことから手を引いて欲しいの。でも私が言っても聞いてくれそうにないし、だから敢えてあなたに教えるの。お願い‥‥あの人を止めてちょうだい」

 マリーの夫、ガルス・サランドンの近頃の行動に不穏なものがある。
 特にここ数日、特定の使者が連日のように手紙を届けてきたのをきっかけに懇意にしている貴族達が邸を訪れるようになり、またガルス自身も出掛けることが多くなった。どうも政局に絡んだ話らしくサランドン邸内で会合がもたれるときは、込み入った重要な話だからと、マリーは夫に巧みに場から遠ざけられていた。しかし彼の様子からただならない様子を嗅ぎ取ったマリーは、自分なりに彼が何に関わっているのか知ろうとした。
 その結果、現在自分の夫と、夫と懇意にしている貴族の一派――世間では『ノアール派』と称される貴族達――に何らかの波紋をもたらしているのは、ヤール・ミカイルなる人物だということがわかった。漏れ聞こえてくる話では、現在彼らが慎重に進めている『何らかの策』において。そのヤール卿なる人物が思い付きから『ある手』を打ち、その結果彼の手に負えない事態になったようでその対応をどうするのか、と‥‥。
 しかしヤール卿に対する、彼らの対応は往々にして冷ややかだった。曰く、「策もそろそろ大詰め。鍵となる人物も見つかった。いよいよ行動かというときに、彼程度の手駒にかかずらっている場合ではない」と。
 そして彼らが言う『何らかの策』が標的としているらしいのは、ここ――ヴォグリオール家。

「で‥‥何でその話が父上や兄上でなくボクに来るのか、小一時間ほど問い詰めてイイかな、姉上?」
 涼しい顔で目の前の椅子に座っているアニエスを仏頂面で睨みすえ、『箱入息子』オスカーが険のある口調で言う。が、姉は弟のそんな剣幕に臆することなくあっさりと言い放った。
「あらぁ、だって。そのヤール・ミカイルとかいう人が絡んだ一件って、この間のアナタとベルナルドの事件でしょ。この件って黒幕はこの人らしいけど、結局蜥蜴の尻尾切りだって悔しがってたじゃないの。それを追跡できるチャンスを提供してあげたのよ。むしろ感謝して欲しいぐらいだわね」
「そりゃ確かにそうかもしれないけどッ!」
「大きな声出さないの。あたしなりに熟考した結果よ。確かにこの場合お父様やお兄様方に伝えるのがスジかも知れないけど、そうしたら、下手したら情報を漏らしたのがマリーだってバレちゃうじゃない。それじゃマズイのよ。特にアルシオン兄様とガルス卿は関係が微妙なのも知ってるでしょ。下手に兄様にご出馬願ったら、拗れない話も拗れかねないわ。その点あなただったら人脈が豊富だから誤魔化しやすいし、状況からいって嘴を突っ込んでも納得されやすいし。まさにはまり役でしょ」
 アニエスが言うには。マリーの夫ガルス・サランドンはこのヴォグリオールを狙っての策謀の中で、主に中心人物達の出す指示を実行役に伝え、実行役からの報告を伝える『連絡役』を担っているらしい。マリーとしては、夫が関わっている陰謀が『いかに危ういことなのか』理解してもらうために、『警告』を与えたいと思っているとのことだが‥‥。
 姉姫が去った後、箱入息子は険しい表情を崩さすに考え込む。
 この状況で『警告』を与えたいなら、一番手っ取り早いのは情報が漏れていると匂わせることだ。だが、それだけでは面白くない。どうせなら、本当に何か情報を掴みたいところだ。連中がこの『ヴォグリオール家』に対して行なっている『策』とは何なのか。

 ――さて、どう動くか?

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4266 我羅 斑鮫(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●真の標的
 このヴォグリオール家を標的に、裏で何か陰謀が進行している――
 オスカーとベルナルド。当家の2人の箱入息子の拉致事件をきっかけに発覚した陰謀劇。箱入息子とその陰謀に関わる人物の夫人からの秘密裏の要請によって、冒険者達がその真相に挑むことになったわけだが。この進行している『陰謀』の標的について、フレイハルト・ウィンダム(ea4668)が、ある意味大胆な説を公開した。曰く。
「これは単なる私の推理だけど‥‥連中の狙いはおそらく、当家の後継者の第一候補であるアルシオン。彼のような気がするんだ」
「アルシオン様?」
 この主張に集まった一同の視線が彼女に集中し、フレイハルトは芝居がかった仕草で頷く。
「そっ。まず先日のヤール卿による『箱入息子拉致事件』だけど、これの目的は“ヴォグリオール家の子供達を仲違いさせ、あわよくば争わせる”ということだと思う。考えてごらん。ヤール卿とやらは確かに捨て駒かもしれないけれど、問題の策謀に関わっていることは間違いないんだ。つまり“策謀”の具体的な内容までは知らないにしても、その狙いまで理解していないとは思えない。『拉致事件』もまた、連中の狙いに添ったうえで起こした事件といえるだろ。と、考えると。今回の“策謀”は、ヴォグリオール家の後継者争いに照準を合わせたものであると考えても無理はないと思う。どう?」
「――なるほど。一理ある」
「しかし、“策謀”の狙いがこの家の後継者争いだったとしても、狙われたのはオスカー殿とベルナルド殿だろう? オスカー殿には件の“傭兵貴族”の支援があるそうだが、しかし立場的にこの御両名が後継者としてこの家を継ぐ確率はあまり高くないと‥‥あ、失礼」
 我羅斑鮫(ea4266)が冷静にそう言い、その後でこの場に当の箱入息子・オスカーが居たことに気付いて口ごもる。が、当のオスカーは気にした風もなく、楽しげに笑いながら話を続けるように促す。
「うん、それは確かにそうなんだけど。でもマリー殿からの情報だと、御仲間の貴族連中は彼と今回の不始末についてはあまり重要視していないって様子が感じられたからね。おそらく『拉致事件』はヤール卿がほぼ独断で行なったもので、単なる得点稼ぎ狙いだったんじゃないかな。これから行なわれる“策謀”に支障を来たさないレベルで、成功すればそれなりに貢献できるかな? って程度のね。それと連中の狙いがアルシオンであるというのは。狙いが“後継者争い”だとしたら標的は後継者候補第一位である、ってことの他に、ガルス卿の存在もある」
「ガルス卿?」
「マリー殿が言ってただろ。彼女の夫の役割は連絡係のようだ、ってね。連絡係なんて、重要そうに見えてその実、有事の際はあっさりと蜥蜴の尻尾にされかねない立場じゃないか。もとからアルシオンと確執のある彼ならそれに適格だろ。ふむ‥‥奥さんなかなかいい読みをしてる」
 フレイハルトの言葉に、アレクシアス・フェザント(ea1565)が微かに眉をひそめた。別に、ガルス・サランドン個人が自滅することに関しては“自業自得”と思いこそすれ、同情しようとは思わない。だが‥‥
「ま、この拙い大予想から導かれる彼らの策謀の“目的”とは! 第一後継者であるアルシオンを何らかのスキャンダルで後継者争いから脱落させ、そしてあわよくば自分達の息のかかった人物を後継者として擁立し、最終的にこの家を乗っ取る――そういうものだと、この道化は愚考いたしますね。さぁて、顛末やいかに?」
 場にそぐわぬ、陽気な口調で言い放つフレイハルト。冗談とも着かぬ口調だが、しかし現状からいって、最も有力なのはこの説だろうと思わざるを得ない――というのが、一同のほぼ共通した見解であった。仮にも有力貴族、と目される一派が、何やら入念に大掛かりに準備し、しかも仕掛ける相手はノルマンで一、二を争う権勢を誇るとされるヴォグリオール家。かつ『モンマルトルの帝王』『稀に見る奇将』などと異名を取る息子どもの父親たる“あの大狸”(フレイハルト談)フランシス卿なのだ。ここまでのリスクを冒しても成功したときの見返りが大きいもの、となると。“当家乗っ取り”というのは決して的外れな予想ではない。
「‥‥何にしても、まずは情報集めからですわね」
 しばしの沈黙の後、九紋竜桃化(ea8553)が静かに言う。
「プティングさんの予想が大きく外れているという気はしませんが、万に一つ、ということもあります。裏づけを取ることから始めましょう。そうなると、このヴォグリオール家の“後継者”についても調べた方が良さそうですから‥‥こちらの御家についても、少々調べさせていただいてよろしゅうございますか? オスカー様」
「あ、それは御随意に。何か出てきて恥ずかしいのは別にボクじゃないから♪」
 あっけらかん、と答えるオスカー。そういう問題じゃないだろ‥‥と、この場の何人がツッ込みたくなったかは知らない。
「あと恐れ入りますが。アニエス姫と連絡を取っていただけますか? マリー様と接触したいんです。これはアニエス姫にお願いした方がいいかと思いまして‥‥」
 サーラ・カトレア(ea4078)の申し出に、オスカーが片眉を跳ね上げる。なんで彼女に? とでも言いたげな反応だった。それは他のメンバーも同じだったようで、難しい表情のままグラン・バク(ea5229)それにが答える。
「悪いが、それには賛成できないな。今のところ、夫人は十分な情報をこちらに流している。やむを得ない場合や、特に明確な理由がない場合以外はこちらからの接触は避けるべるきだと思うが」
「そうですわね。とすると、その点に関しても手を打っておいた方がいいですわね。オスカー様、その辺りの情報に少し注意していてください。情報がどこから漏れたのか向こうが疑念に思った時のための、目くらまし用ですわ」
「ん、わかった」
「ではわしは、ガルス・サランドンの方から調査に当たるとしよう。斑鮫どのは、ヤール卿の方をお願いする。どうやら現状は、向こうにとっても正念場。綻びから計画が破綻することは何としてでも避けたいはず故、最悪の場合『口封じ』の可能性もある」
「了解した」
 割波戸黒兵衛(ea4778)が言い、斑鮫がそれに頷く。
 ともあれヴォグリオール家に関しては、その一族が依頼した当人ということもある。それなりの情報を得ることができるだろう。
 後は彼らのいう『時』に、こちらが間に合うことができるか――。

●ヴォグリオールの家庭の事情
 ヴォグリオール家の内情について調べる。この情報源として、グランが白羽の矢を立てたのが、オスカーに忠実に仕える老侍従メシエであった。オスカー曰く、彼の父フランシスが子供の時分からこの家に仕えているという彼は、おそらく誰よりも客観的情報に詳しいはずだ。
 自分達が内情を調べることをオスカーが許可したことを予め伝え、この“ヴォグリオール家”の概要をひとつひとつ聞き出していく。
「まず旦那様がご自身の御子として認められている方々ですが。神聖暦1000年現在において、8人いらっしゃいます」
 現在のヴォグリオール家において。当主フランシスの子息子女として認知されているのは、子息5人、子女3人の計8人。そのうち正室であるヴォグリオール夫人の子は最年長の第一子のアルシオンのみで、後は全員側室筋。うち長女のアニエスと彼女の双子の兄の次男が同母兄弟である以外は全員母親が違う、という状況であった。
 故に、この家の第一の継承権を持つのはアルシオン。次いでアニエスの実兄に当たる次男、オスカーとベルナルド、そして彼らの弟、という順番になる。勿論アニエスを筆頭とする子女達にも継承権はあるが、常識で考えれば子息5人が優先となるのが普通で、よほどの事情がない限り、彼女らに当主後継者の座が回ってくるという可能性は低そうだ。またオスカーとベルナルドは同年齢なので、どちらが優先かというのも微妙な状況になる。厳密に言えばオスカーがわずかばかり年上だが、母親の生家の格はベルナルドの方が上。この2人が(当人たちがどう思っているのかはともかく)ヴォグリオール内で何かとライバル扱いされるのは、この辺りに理由がある。
「正室であるヴォグリオール夫人が生んだのは、アルシオン卿だけなのですか?」
「さようです。ただ残念ながら奥方様は、数年前に儚くなられまして‥‥」
 その後、フランシス卿の後妻の座を巡って愛妾達の間で熾烈な争いがあっただろうことは想像に難くないが。しかし、彼らの話に出てきたという『鍵となる人物』が、フランシス卿を巡る女性達の誰か、という気はしない。理由は、マリーが立ち聞いたという彼らの会話――『鍵となる人物が見つかり、策は大詰め』という言葉だ。フランシス卿に自分達の息の掛かった寵姫、即ち『鍵となる人物』をあてがい骨抜きにする、という策も確かにある。しかしそれならば『大詰め』となっている現在、卿が特に入れあげている女性の噂が聞こえてこず、また邸内の雰囲気がこれまでと変わらないのはおかしい。ベルナルドの様子見も兼ね彼の母親にも会ってみたが、ひとまず彼女にはおかしな様子はなかった。彼女とて寵姫の一人。自身のライバルが登場していたら何らかの変容があるはずだし、何よりアニエスをツテに、貴族達の集うサロンで情報収集を行なっているフレイハルトや桃化、サーラからその手の噂についての報告は何もない。ということは、卿の女性関係に対しては“特に変わったことはない”と考えるのが妥当だ。
「あと、旦那様に兄上様がいたかどうか、でございますが。これに関しては確かにいらっしゃいます。しかし‥‥」
 この兄は先の神聖ローマの侵攻による戦役で戦死。結果、弟であるフランシスが当主としてヴォグリオール家を継いだのである。グランが危惧しているのは、この“兄”に実子がいたか、かつその子供が行方知れずになっている、ということはないか、ということだったが。それに関してメシエはきっぱりと否定する。
「言ってはナンですが、兄上様の性格は旦那様とはまるっきり正反対でして。しかも御正室を娶る前の戦死でいらっしゃいましたので、そのようなことはないかと存じますよ」
「‥‥そうですか」
「まあ勝手にそう騙る者が現れる可能性もございますが、その場合は証拠が必要になりますし、偽者とわかった時点で重罪ですからね。そんな馬鹿な振る舞いをする者がそうそういるとは思えません。旦那様にしましても、ああ見えて情の深いお方ですから。懇意になさっていた御婦人がご自身の御子を懐妊となれば、立場は側室とはいえ喜んで当家の列に加えるような方です。ただ‥‥」
「ただ?」
「御婦人の方が遠慮なさった場合はその限りではないかと。旦那様は良くも悪くも、御婦人の意志を尊重なされる方ですので」
 そして。貴族のサロンに潜りこみ、ゴシップを中心とした噂を集めていた桃化が、ひとつ気になる話を掴んできた。アニエスとあまり仲のよろしくない子女が、「御父上様ってごさかんね。ご兄弟は本当は何人いらっしゃるの?」と皮肉げに彼女に話しかけてきたというのだ。この件自体は、この手のやっかみには慣れきっているアニエスに相手がやり込められて終わったのだが。改めて噂を集め、断片的なそれらをつなぎ合わせてみると。現当主フランシス卿には、現在そうと認められている以外にも実子が存在するらしい、という情報が浮かび上がってきた。
 それに加えて、亡きヴォグリオール夫人――アルシオンの実母に関する噂もまことしやかに囁かれている。曰く、夫人には結婚前に、恋仲だった幼馴染の男性が存在した、と。しかし名家ヴォグリオールとの縁談の前にその恋は破綻させられ、夫人は泣く泣くその恋人と別れた、と。
「それでも寛大なるフランシス卿は、結婚後も夫人がその男性と会うのを止めなかった。むしろ妻の悩みを聞いてやって欲しいと、自ら邸に招いたりと心を砕かれた、と‥‥まったく、下手な恋愛物語じゃあるまいし」
「加えて、いかに高貴な御夫人とはいえ、もうこの世にはない方のスキャンダルめいた噂が今頃流れているというのもおかしな話です。‥‥作為のにおいがしますわね」
 話を聞きつけて愉快そうに笑うフレイハルトに、桃化が頷く。この噂に関しては、ヴォグリオール家に嫁ぐ前に夫人には別の恋人がいたことは事実らしい。だが、その相手に関しての情報には今のところ目ぼしいものはない。まるで“故意にぼかされているような――”
「まあ何にしても、目的は見えてきた。後は『鍵となる人物』とやらと確証かな。怪しげな方々の動向については、アレクくんと黒兵衛さんや斑鮫クンに任せるとして‥‥グランくーん? ちょーっとお願いがあるんだけど〜♪」
「――なんだ?」
 にこやかに誘う仮面の女性道化を前に、ちょっと不安げにグランが答える。彼女が冒険者として決して無能ではなく、むしろその逆であることはほとんどの者が認めるところだが。その才能は『箱入息子』と同じような『奇才』であることもまた確かなのである。そして『奇才』の出す案とは、大概にして“常識”というものが顔をしかめるようなものなわけで‥‥。
 案の定フレイハルトの提案は、後日そのことを知らされた同類項・オスカーにさえ呆れ顔をさせるに至った。
「なんつー、大胆な。てゆーか、グランもよくそんなの了承したねー」
「はあ‥‥。まあ、よく考えればおかしいってすぐにわかることですし、俺自身がそうと主張したわけじゃないから、罪にはならないはずだし。それに下手に拗れても、迷惑をこうむるのは俺ぐらいですしね。世間に在らぬ中傷で傷物にされたら、彼女にお婿に貰ってもらうということで手を打とうか、と」
「――ごめんグラン。ボク、君を買いかぶってた。“あの”プティングの婿でいいだなんて、ハッキリ言って尊敬する! すごいよマジで! 感動した!!」
 冗談に真顔で感動されるのは、どこか哀しいものがある。

 その後しばらくして。
 貴族達がサロンで囁き合う噂話に、一つの情報が混ざり始めた。
 いわく――フランシス卿には、現在認められている以外にも実子が存在するらしい。その人物は“グラン”と呼ばれ、パリの街で冒険者をしている、と。

●捨てる駒 捨てられる駒 踊る駒
 『蛇の道はヘビ』という言葉がある。その言葉に従った、というわけではないが。ガルス・サランドンに対する調査を引き受けた割波戸黒兵衛がまず当たったのは、いわゆる裏社会に属する面々であった。
――貴族の陰謀には手駒が必要。足がつく部下ではなく、金で雇える連中をそれなりに多く。となると必然的に裏社会に情報が流れるはず。
 果たして。見込みは的を射ていた。
 ガルスもさすがに用心し、自分が直接こういった連中に接触しコトを起こすということは行なってはいなかった。が、“信用”ではなく“相手の弱み”が最もモノをいうのが裏社会。手駒として雇われた者達が、真の依頼者について調べを行なわないわけがない。そこを狙ってつつき、それなりの対価を支払うことで、黒兵衛は狙っていた情報を入手することができた。
 それによると。ガルスが行なっていたのは『人探し』であるらしいことが明らかになった。最初は「ラクレア」なる家について。そしてその後「シャルロッテ」という人物について、更に「カミーユ」なる人物について――。そして、相手がぽろりと漏らしたことによると、「シャルロッテ」と「カミーユ」なる人物は、どうやら親子であるらしいということ。このラクレア家について、オスカーに尋ねてみたところ。
「ラクレア家? ‥‥確か、旧い名家にそんな名前の一族がいたような‥‥。でもかなり昔に没落して、今はもう一族郎党がどこにいるのかさえわからなくなってるはずだよ。末裔がどこかでひっそり生きてるってことは、ありそうだけどね」
 一方、斑鮫が監視しているヤール・ミカイルはというと。先日の事件の影響によるものかすっかりと鳴りを潜め、自身の邸にほぼ篭りっきりで、親交のあった貴族達に積極的に交渉を持つこともなくなっていた。といっても没交渉となってしまった、というわけではない。時折遣いと思しき使用人がおそらく同志と思われる貴族のもとへ出かけたりしているし、逆に“ノアール派”と目されている貴族が時折、直接的間接的にヤールのもとを訪ねてきたりしている。そして先日の拉致事件から冒険者達に協力し、現在も斑鮫の要請を受けて監視の補佐を務めている『オスカー親衛隊』の少年によると、例の拉致事件が起こったときよりも、訪問者の数が明らかに増えている、という。
――なるほど、黒兵衛の予想はあながち外れというわけではないようだな。
 現在『策謀』は正念場に来ている、ということだし、ここまで来て計画が破綻してしまうのも連中としては何としても避けたいはずだ。その重要な段階において失策を犯したヤールに対し、同志である貴族達は冷めた反応しかしなかった、と聞いている。にもかかわらず、以前より邸への訪問者が増えているということは。
――おそらく圧力と監視だな。助けることはしないが、下手な真似をしてボロを出さないよう警戒している、というところか。
 ヤール・ミカイルなる人物は、自身を有利な状況に置くためには手段を選ばない、と評されている。それに確かに今は鳴りを潜めているとはいえ貴族達とのつながりを断とうとしていない以上、ヤール自身がこれを機に権力の場から身を引こうと考えているとは思えない。チャンスを窺い、いずれ必ず名誉挽回を試みるはずだ。こういった手合いを下手に切り捨てたら、そこからあっさりと敵陣営に走られかねない。それを懸念してのことだろう。
 この監視の合間に数度、斑鮫はヤールの邸へ潜入を実行した。持てる技を駆使し可能な限り最小の時間で、特に『ヴォグリオール家』がらみと思しき情報がないか調査を試みる。その成果は黒兵衛が掴んできた情報と同じ「ラクレア」という家名。そして、彼が懇意にしている『ノアール派』と目される、ガルス・サランドンを含む数名の貴族達の名。そのうちの名前のひとつに、オスカーがあからさまに顔をしかめた。
「シモン・エギィユ? あのヒヒオヤジがこの件に噛んでるっての‥‥」
「どういった人物なんだ? 『ノアール派』なのは間違いなさそうだが」
 斑鮫の問いに、オスカーはムッ、とした表情のまま。
「ハッキリ言って老獪でヤなオヤジだよ。タイプとしてはヤールって奴と似てるけど、歳くってる分こっちの方が油断がならないね。でも、なあ。このオヤジがこの件に関わっているってコトは、やっぱノアール卿も一枚噛んでるのかな‥‥」
「派閥の中でも、有力な存在ということか?」
「有力も何も、中心人物の一人だよ」
 そして、ガルス・サランドンに対し諜報活動を行なっている黒兵衛からの報告によると。そのシモン・エギィユは、このところガルス卿の邸を訪ね、何やら話し込んでいることが多い。特に、裏町で聞きかじった「カミーユ・ラクレア」なる人物について。何とか、密談の詳細を聞き出せないか腐心した黒兵衛だが、残念ながらシモンの連れている護衛がかなりの手練で、さしもの彼も迂闊に近づくことができなかった。
「つまり、話し合いの内容はよほど他人に聞かれたくない類のもの、と考えられる。よもやあのご夫人に隠密の心得があるとは思えぬから、これまではそのような護衛などいなかった、と考えていいだろう。ヤール卿の件があって用心しているだけかもしれないが‥‥」
 どこか口調に悔しさを滲ませて、黒兵衛が言う。とりあえず現時点で明らかなのは、ガルスが連絡役を務めている橋渡しの一端は、カミーユ・ラクレアなる人物であるということだ。
「カミーユ・ラクレア、か。この人物がラクレア家の末裔で、連中の策謀の目的が、この家の“後継者の座”を狙ったものだとして‥‥ラクレア家がヴォグリオール家に対し、何か思うところがあるとか、そういう事実とかはあるのか?」
 アレクシアスが問う。しかしオスカーはそれに、首を傾げた。
「さぁ、ボクは知らないなぁ。前にも言ったけど、『ラクレア家』はかなり昔に没落した一族だからね。この家も確かにそれなりに旧いけど、対抗貴族にラクレア、なんて‥‥」
「何も、『対抗貴族』とは限らないんじゃない?」
 ばん! と軽快に扉が開いて、陽気な声が響く。現れたのはグランと、フレイハルト。
「やーっぱキミはまだまだ、あの狸親父には到底及ばないなぁ、箱入息子クン? ちょいと対人関係の修行が足りんよ♪」
「からかってる場合か、プティング。――彼女の読みが当たった。動きがあったぞ」
 ふふふ、と意味ありげに笑うフレイハルトを軽くたしなめ、グランが言う。
 “噂”には“噂”で対抗する。フレイハルトが貴族達のサロンを中心に流した、“グラン”という名のフランシス卿の隠し子。しかし彼が卿の『隠し子』というのは、年齢的にも明らかに無理がある。よく考えれば『あり得ない』という結論に至るだろうが、確証はない。もし、連中のいう『鍵となる人物』が『フランシス卿の知られざる実子』なら、念には念をと真偽を探るために接触してくるかもしれない。そう、フレイハルトは読んだわけだが、これが大当たりしたわけだ。彼女が例の“噂”を流してから、餌役として冒険者酒場などに入り浸っていたグランに、接触してきた人物がいる。
「連中が探している、というか既に見つけているんだとは思うが。おそらく『鍵となる人物』というのは、卿自身さえその存在を知らない“隠し子”だ。例の、カミーユ・ラクレアとかいう人物がそうなんだろう」
「――行くのかい?」
 グランの報告に頷き、立ち上がったアレクシアスにフレイハルトが訊いてくる。
「ああ、今がチャンスだ。ヤール卿を通じてガルス卿に警告を出す。運が良ければそれでこの策謀は潰れるか、もしくはこちらが何らかの対策の手を打つだけの時間ができるはずだからな。――構わないだろうか」
 ガルス卿に対して警告を出す、ということは。こちらに対策を講じる時間ができるとともに、ある意味向こうにも『策を練り直す』時間を与えるということだ。いうなれば諸刃の剣である。確認を求められた箱入息子はしかし、あっさりと首を縦に振った。
「いいよ。もともとこれは、マリー殿から夫を止めてくれって頼まれたことなんだしね。と、ゆーか‥‥それを無視したら、後でボクが姉上にしばかれちゃうから」
 どちらかというとそっちの方が怖い、とでも言いたげに首をすくめるオスカー。そんな依頼人の少年に一礼し、アレクシアスは一路、ヤール邸へと向かった。

●既に賽は投げられて
 この依頼が動き出してからアレクシアスの取っていた主な行動は、ヤール・ミカイルに対する懐柔工作だった。過日の失策によって、同志からほぼ“切り捨てられた”状況にある彼だが、しかしフレイハルトが指摘した通り彼もまた『策謀』に関わっていたものであり、その目的について何も知らないとは思えない。上手くこちら側に引き寄せることができれば、情報源として、またこちらからあちらに介入する足掛かりとして役に立つはずだ。
 そこで例の拉致事件を口実に、アレクシアスはヤールに接触を試みた。彼の“寝返り”を懸念して圧力をかけてくる連中には、策謀についてはまだわかっていないのだと印象付けると共に、ヤール自身にはそのことに薄々感づいていることを仄めかし、『協力次第ではそちらの立場を保障する』ことを申し出た。その効果あってか最終的にどちらに着くか、彼はまだ決めかねているようだった。加えて斑鮫が与えた“忠告”もあり、かなりこちら側に傾倒してきていると見て間違いない。
 その頃合を狙い、アレクシアスはヤールの背を押す対応に出た。曰く、
「いつまでものらりくらりとしていると、得られるはずの信用も失くしてしまうぞ。いい加減に答えを出した方がいい」
 と。そしてその『答え』として提示したのが、ガルス・サランドンとの接触を取り持つこと、であった。かつての同志であるガルスと、自身を懐柔する側であるアレクシアスとを引き合わせることに最初はいい顔をしなかったヤールだが、最終的には承諾の返事が返ってきた。おそらく、ここで両者を引き合わせることで最終的な結論を出そうという腹づもりなのだと見た。コウモリが考えそうなことだ。
 果たして。ヤールの邸で、アレクシアスは呼び出されたガルス・サランドンと対峙した。彼の姿を見てガルスが表情を険しくし、傍らにいるヤールを睨みつける。
「これがそちらの宣言だと判断していいのか、ヤール卿?」
「とんでもない。むしろそちらの御為を思っての行動ですよ」
 いけしゃあしゃあとのたまい、アレクシアスを促すヤール。それに冷ややかな一瞥を返し、アレクシアスはガルスに向き直った。
「俺がここにいる、その意味はわかるな。ガルス卿」
「さあ? もっとも、君が懇意にしているご子息の事件に、ここにいる恥知らずな男が関わっているらしいからね。その関係かな」
「とぼける必要はない。あの事件に関してのみなら、“人探しに多忙な”貴殿にわざわざ足労願うものか。随分以前に没落した一族を探すのは、さぞ骨が折れただろう? ヴォグリオールでさえ見つけられていないのに」
「‥‥‥‥」
「貴殿がどうなろうとそれはこちらの知ったことではない。だが、マリー夫人はどうするつもりだ? 再び不幸な目に遭わせるつもりか?!」
 アレクシアスの言葉に、ガルスの表情が僅かに歪んだ。‥‥が、一瞬の間をおいてそれは皮肉げな笑みに変わる。
「そういえば君は、我が妻の危機には馳せ参じると誓った、彼女の白馬の騎士だったな」
「! ふざけている場合か!」
 思わず激昂し、ガルスの胸倉を締め上げる。
「貴殿にはわかっているはずだ。ヴォグリオール家が動き出している以上、次に尻尾を切られるのは自分だと。よく考えろ。彼女を大切に思うのならば、この件からは手を引け」
「それが人にモノを頼む態度か? 手を引きたまえ」
「貴殿は――」
 空いた右手が拳の形に握り締められる。が、それが繰り出される前に、ガルスはアレクシアスの手を振り払った。衣装の乱れを整え、睨むように見返してくる。
「忠告は感謝する。私とて彼女を不幸にするのは本意ではない。手を引いてそれが確実に避けられるというのならそうするとも。だが、もう遅い」
「‥‥何?」
 問い返すアレクシアスに、ガルスは嘲笑めいた笑みを浮かべる。
「君も言っただろう。私は捨て駒に過ぎないと。そちらがどこまで事態を察しているのか知らないが、所詮捨て駒ひとつが今更手を引いたところで、何が変わるというんだね? 状況をあまく見ないことだ」
「まさか‥‥」
「遅すぎたんだよ、騎士殿。賽は投げられた。後は駒を進めていくだけだ。止める方法はもう、ない」
 吐き捨てるようにガルスが言う。アレクシアスは無言のまま、再び拳を握り締めた。この男を殴りつけてやりたいという昏い衝動が、内側からじわりと湧き上がってくるのを感じる。だが今そうしたところで意味はない。
 賽は投げられ、手駒は既に動き始めている――

 そして。
 地味ながら品よく整えられた馬車が、パリの通りの一角に静かに停められる。
 そこから降り立った一人の青年が、まっすぐ冒険者ギルドの扉をくぐった。