稚き歌人騎士10〜我らに日用の糧を
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 50 C
参加人数:15人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月01日〜03月16日
リプレイ公開日:2005年03月08日
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●オープニング
流浪の民が領主ジャンの土地に寄留を許されて、はや10日以上が過ぎた。彼らの生活も落ち着き、笑顔も徐々に戻りつつある。
子ども達の教育にも注意が払われ、学問に打ち込む子ども達の数も少しずつだが増えている。
しかし、居留地での面倒事だけは絶えることがない。
「どけぃ! 邪魔だぁ!!」
子供や年寄りたちを突き飛ばし、荒くれ男どもが炊き出しの列に割り込んだ。
「あの〜、順番は守っていただかないと‥‥」
「やかましい!」
食事当番の注意も聞かず、男たちは大鍋に椀を突っ込み、粥を掬ってむさぼり食い始めた。餓えた獣のようにがっつく男たちに、子ども達が脅えた目線を向ける。それに気付くや、男たちはいきり立った。
「このクソガキゃ! 何そんな目で見てやがんだ!?」
子ども達は逃げ出したが、運わるくその一人が男に捕まった。
「けっ! ガキのくせしてこんなご大層なモン着込みやがってよぉ!!」
子どもが着ていたのは、大人用のだぼだぼの防寒着。冒険者の調達した救援物資に子ども用がなかったので、仕方なく着せられていたのだ。それを男は強引にはぎ取り、子どもは泣き出した。
「困るなぁ、居留地を荒らしてもらっちゃ」
その声に振り向いた途端、男は棍棒でしたたかに打ち据えられた。手を下したのは見回りの家来。食い詰めたあぶれ者たちが、領主ジャンの元で日々修練を重ねてきた家来に太刀打ちできるはずもない。男たちはあっさりと倒された。
「さあ、領主の所へ来てもらおうか。騒ぎを起こした償いはしてもらうぞ」
すると、男たちは情けなくも足下にはいつくばり、泣き顔で懇願する。
「お願いだ、ここに居させてくれぇ‥‥。俺たちは村からも女房子どもからも見捨てられてどこにも行き場がねぇ、犬みてぇにのたれ死にはいやだぁ‥‥頼むよぉ‥‥うっうっ」
そんな騒ぎを横目でちらりと見ながら、食事当番の小間使いは仕事がてら、ふと呟く。
「そういえば最近、妙に人数が増えたような気がするわ。はい、次。‥‥あら?」
順番が来て目の前に現れたのは、妙齢のおかみとその旦那。ついでに小さな子どもが3人。
「おかしいわね。老人と子どもだけのはずなのに。‥‥あの、どちらから来られましたか?」
「実は俺達、旅商人の一家なんですが、商売に失敗して食い詰めてしまいまして。ですが、ここに来ればタダで食わしてもらえるって聞いたもんで‥‥」
旦那に続き、おかみが頼み込む。
「この子たち、もう3日もまともに食事してないんです。どうぞお粥を分けてやって下さいまし」
「ああ、この調子では‥‥」
思わず、小間使いは掌で額を押さえた。
いつもの朝稽古は、今の領主ジャンにとっては数少ない気晴らしの時間だ。一勝負して汗を流した後のジャンの顔はいつになく爽やか。しかし、稽古の後に待っているのは、背中にずしりとのしかかるような重たい現実だ。
「さて、先に冒険者たちが纏めてくれた4ヶ条の法であるが、寄留民にもこれを守らせるべきであろうな?」
進言してくれた冒険者の顔を思い浮かべつつ、家来に意見を求めたジャンであるが、訊ねられた家来は深刻な顔で答えた。
「法の周知徹底も大切なことでございましょう。しかしここに来て、新たな問題が吹き出して参りました。寄留民の数がいつの間にか増えているのです」
最初にやってきた流浪の民は、老人100余名に子ども200余名といったところ。その数が次第に膨れあがっているのだ。領主ジャンが流浪の民の救済に乗り出した噂を聞きつけ、周辺の土地で食い詰めた者たちまでもが便乗して集まってしまったのである。
「このままでは、寄留民の総数が400人を越える日も遠くはありません。今や日々の炊き出しだけで、1日につき5Gの金が飛んでいく有様です。これでもかなり倹約しているのですが‥‥」
領内の収支はどうなっている? と、ジャンが問い、家来が報告する。まず、寄留民の救済に回せる収入であるが、冒険者からの借入金と寄付とトリュフの買い取り、および寄留民の子ども10人をバルディエ卿に買い上げて貰った対価とを合わせて278G。
対しての支出は、食料はもとより毛布・防寒具など生活必需品の買い込みで、既に120Gもの金が飛んでいったという。残された150G程の資金も、炊き出しをあと1ヶ月半も続ければ跡形もなく消えてしまおう。そのことを説明した後で、家来は言った。
「あれほどの人数をこれから先も養っていくことなど、到底できるはずはありません。私が思うに、冬が過ぎ春が訪れたなら、彼らをこの地より去らせるのが最も賢き方策です」
領主の館の客室。その日も客人のセシールは、シフール便で届く幾つもの手紙に目を通していた。そこへ、用向きで出かけていた侍女が戻ってきた。
「シーロ様のレストランの様子を見て参りました」
シーロとは、近くの町のレストランで働く料理人。冒険者たちが持ち込んだトリュフの価値を見抜き、5Gもの金で買い取った人物だ。
「で、どうだったかい?」
「メニューに早くもトリュフ料理が加わっていました。料理の味も上々です。でも人気は今一つで、ろくに売れていません」
「やはりそうかい。こんな田舎では無理もないね」
セシールは、あのいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「ところで、面白い手紙が届いているよ」
セシールが差し出した手紙に目を通し、侍女は思わず感嘆の声を上げた。
「まあ! あの料理の帝王といわれるユザーン様から、晩餐会への招待状が!?」
招待状は2通。1通はセシール宛で、もう1通はジャンの館に出入りする冒険者に宛てられたものだ。セシールへの招待は、彼女が高名な貴族未亡人故に。冒険者への招待は、貴重なトリュフをユザーンの元へ携えてきたその返礼として。さて、その招待状の中味だが──。
『某所に大屋敷を構える某・大貴族が大晩餐会を催すことになり、ユザーンが料理長として采配を振るうことになった。この大晩餐会にて、珍味の中の珍味といわれるトリュフをふんだんに使ったトリュフ料理を振る舞う故、ぜひともご賞味に上がられたし』
──とまあ、こんなことが書かれていた。
「セシール様、これはまたとない大儲けのチャンス‥‥」
しっ、声が高い。セシールは人差し指を唇に当てる。
「あら、すみません。私としたことが‥‥」
侍女は声を落とす。そしてひそひそ声の密談が始まった。それが終わると、セシールは領主ジャンの所へやって来た。
「高名なる料理人ユザーンが采配を振るうという晩餐会、私も出席することにしました。ついては、ここの冒険者たちも何人か連れていきます。この晩餐会はトリュフ売り込みのためのまたとない機会。トリュフの収益の一部は、この領地の財政を潤すことになるのですから、領主の貴方にとっても損はないはずです。よろしいですね?」
こう言われては、ジャンも否とは言えなかった。
用向きを終え、ジャンの部屋から退出するセシール。その後ろ姿を見て、ジャンの家来がぼそっと呟いた。
「‥‥企んでやがる。あの婆さん、絶対何か企んでやがるぞ」
●リプレイ本文
●働かざる者食うべからず
ジャンの領地を貫く街道に関所が設けられた。鳳飛牙(ea1544)の提案によるものだ。関所といっても、天幕を張って番兵たちを置き、御触書を掲げただけの簡単なものである。
『当面の間、外部の者が食を求めて領内へ逗留することを禁ずる』
その日も何人かの食い詰め者たちがやって来たが、お触れ書きと番兵の姿を見てすごすごと引き返した。
これで、ただ飯喰らいのさらなる流入は食い止められたが、問題は今や400人に達しようという領内の寄留民たちである。
「この地に留まる者全員に労役を課す旨、宣言すべきだと思います」
スニア・ロランド(ea5929)の言葉に、ジャンも否とは言えなかった。
「やはり、それしかあるまいな」
即座に宣告は為された。流浪の民に寄留を許したあの日と同じように、領主ジャンは寄留民となった彼らの前に現れ、明言した。
「我、領主ジャン・タウロスは、餓えて彷徨いたるそなた達に食料と仮の宿を与え、病める者には手当てを施した! なれば、我はここに命ずる! なおもこの地に留まりたくば、額に汗して働くがよい! 働くことを拒む者、働き少なき者には、もはやこの地に留まることを許さぬ!」
寄留民たちの顔に一瞬浮かぶ畏れと戸惑い。それでも彼らは精一杯の声で答えた。
「領主様のご命令には従いますだ!」
「領主様のご恩に精一杯報いますだ!」
しかし、実際は口で言うほど生やさしくはないことを、彼らは程なく知ることになった。
東西南北、4つの村からなるジャンの領地。その北の村の東外れには荒れ地が広がっていた。そこはかつての森だった。かなり以前に木こり達が木を切り出したが、水利の悪さ故にそのまま放置されていたのである。今は切り株だらけの草地だが、北の村を潤す水路を延長してこの地に導けば、実りをもたらす土地にもなろう。
この土地を寄留民に開墾させるよう、スニアはジャンに進言した。
「寄留民を良質な労働力へと鍛え上げるには、もってこいの土地です。バルディエ様が新たな街を建設されるとのこと。寄留民を良質な労働力に出来れば、喜んで引き取ってくださるでしょう」
「ぜひともそうなって欲しいものだ」
進言は容れられ、開墾が始まった。仕事始めの初日、夜が明けるや寄留民たちは仕事に駆り出された。最初の仕事は草むしりだ。男も女も老いも若きも一緒になって草を抜く。もちろん子どもたちにも仕事は割り振られる。むしった草の掻き集めに、炊き出しの手伝い。それでも最初のうち仕事はきつくないから、空き時間は皆で遊びに興じる。
ラグファス・レフォード(ea0261)は、遊ぶついでに少しずつ仕事のコツを子ども達に伝授。
「こういう事、できるかい?」
切り出されたばかりの薪用の太い丸太を、ひょいと肩に乗せて歩いてみせる。その巧みな動きに惹かれた子どもが真似してみたが、馴れぬものだからすぐにふらつく。
「おっとっと、危ない危ない。ほら、そこ支えてやって」
子どもを手助けしながら、正しい持ち方を教えてやる。
「いいか、持ち上げる時は腰を低くして足をふんばり、丸太の中央を抱えて持ち上げるんだ。もう一度、やってみな」
何度か試すうちに、子どもはしっかり担げるようになった。
「すげぇ! やれば出来るじゃねぇか!」
褒め言葉はやる気を出させるための秘訣だ。一人がやる気を出し、それが全員に広がっていけばしめたもの。
開墾が進むにつれ仕事はきつくなり、早くも音を上げる者が続出し始めた。
「ああ、足が‥‥腰が‥‥もう動けませぬ」
切り株の掘り起こしの最中。へたばった老人を見つけるや、スニアが叱咤する。
「立って仕事を続けろ! 食った食料の分は働いてもらうぞ!」
老人がよろよろと立ち上がる。続いてスニアは、仕事そっちのけで休んでいる男の所にすっ飛んで行き、一喝する。
「誰が休めと言った!? 仕事は終わっていないぞ!」
「悪いねぇ。俺、病気にかかっちまって、体が動かねぇんだ」
その返事を聞くや、スニアは有無を言わせず木刀を振り下ろした。うわっ、と男は叫んで飛びすさり、その有様を見てスニアは笑う。
「その様子では平気で動けるようだな」
言って、スニアは男の腹に思いっきり蹴りを入れた。ぶっ倒れてうめく男に、スニアは言葉を投げつける。
「仮病を使った罰だ。今度やったらこの土地より追放する。覚悟しておけ」
厳しい監督の下で一日の仕事が終わると、皆はもうへとへとだ。疲れ果てて動けなくなる老人たちも多く出たが、そんな彼らをスニアは寄留地のテントまで運び、労いの言葉をかけた。
「よく頑張ってくれた。体力が戻るまでの間、休養することを許そう」
その翌日。瀬方三四郎(ea6586)たちは昨日に引き続き、朝食の炊き出しに加わっていたが、食事を貰いに来るはずの者が数名、姿を見せていないのに気付く。寝ているのかと思い、テントの中を覗いたが、そこにもいない。
「どうやら、きつい仕事に嫌気がさして逃げ出したようだが‥‥」
そのことをスニアに報告すると、彼女は凛と答えた。
「逃亡者と死亡者が多発するのは覚悟の上。私は憎まれ役になりますから、皆さんは鞭より飴を重視してください」
●人を植える
意外なことに、それを言い始めたのはヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)であった。
「我ら冒険者は色々と領内の運営に奔走しているのだ。なんかもうジャン殿の家臣を差し置いている感じもするのだ。しかしジャン殿の累代の家来ではないゆえ、何れはここを去らねばならぬのだ」
ヴラドとて何れ生まれるミンネの果実(子供)のためにも、永遠に冒険者をしているわけにも行かない。
「今までぇ、隣に交渉に行くのはぁ、私達がやってましたけどぉ、やっぱり、ちゃんとした家臣の方の方がいいですからねぇ♪」
レニー・アーヤル(ea2955)目から鱗とばかりに頷いてみせる。
「わしも、森林警備隊を固めねば為らぬのぅ」
七刻双武(ea3866)は考え込む。
「早く水路を完成させねばな」
長渡泰斗(ea1984)も仕事の完成を急がねばならぬと意気込む。食い詰め男達を篩に掛ける意味でも、それは必要であった。
●水路
雪がちらつく日も遠のき、寒さが次第に緩む頃。鋼のように凍てついた大地もまた弛んで来た。冬が去り、大地の中で滴を集めるように広がっていた春は、夥しい命と共に地上に湧いてくる。虫の、新芽の、その中に。
「もっと右。そう、そうだ」
荒くれ達の張るロープの先を、長渡泰斗(ea1984)は図面を広げ鞭で指し示す。いい加減ではいけない。土地の高低を利用して、無理なく水を行き渡らせるために。
「どうだ? 働き如何では仕官が叶うかも知れないぞ。尤も食い扶持は稼いで貰わねば為らぬがな。ジャン卿の御主君が、有名な傭兵隊長であったことは存じているだろう」
戦場で壕を掘るのも水路を造るのも基本は同じ。道を創り橋を架け、あるいは坑道や土塁を築くことは武器に拠らぬ戦である。血を流さず汗を流すが故に他家では軽んじられる事も有ろうが、アレクス・バルディエ卿の元では重用される。
「アレクス卿の言葉を借りれば『平時においても戦にあっても有為の人材』であるからだ。今をときめく傭兵貴族は、諸君に功名を用意するであろう」
その言葉に流入した荒くれ男達の仕事ははかどる。ここで実績を作っておけば、口利きして貰えるかも知れないと言う期待が故に。当然、どこも悪くないのにそれでも怠けるような者は遠慮なく鞭打ちの上、領地の外まで連行し退去を命じた。賞罰は明確にしてこそ効果があるのだ。水路の整備には、泰斗自身が献納した馬匹の働きも大いに寄与したことは言うまでもない。
「ところで」
仕事の合間に呼びつけた食い詰め商人に、泰斗は訊ねた。
「魔が差したと言うか‥‥。船の難破で、大儲けを当て込んだ商売にしくじり。そいつを取り返そうとやって行くうちに、いつのまにか一攫千金しか狙わなくなって、気が付けば場末の賭場に顔を出していました。博才を失った商人など、お殿様のお役に立てませんよ」
まあ食え。と、泰斗は食事を勧める。
「それは違うぞ。戦に喩えれば投機は奇策と同じ。それだけで勝ち続けられる物ではない。勝敗は兵家の常、利損は商家の常。凡庸以上であれば、同じ轍は踏まぬ。手痛い敗北を喫した将が、後にそれを肥やしとして最後の勝利を手にした話は多くある。破産の経験も後に活かせば良いと思うが?」
けれども、やる気無く苦笑するばかり。まもなく作業再開を告げる鐘が鳴り、話は打ち切られた。
数日後。自然堰から伸びる水路は太く深く拡張され、そこから領地の水瓶たる池に導かれる。少しばかり耕地を損じたが、得られる利益はそれに勝った。
そこから水路が耕地を縫い。要所に、水を汲み上げるための水車が設置される。元来家畜の変わりに仕事をさせるための水車であるが、ここでは人が足で踏んで水を耕地に送る仕組みだ。こうして、水路は拡張整備されて行く。
「休耕地をため池として利用すれば、農作業が楽になる上、肥料では補えない地力を回復させることが出来る。俺も余り詳しくないが、米を毎年同じ場所で作っても地力が衰えないのは、水が見えざる栄養を運び、大地に溜まる毒を流し去ってくれるからとも聞く。ただ、池はボウフラの棲む所となる故、蚊を防ぐためには池で鯉等を飼うが良いだろう。育てて売れば、些かと言えども村の収入になる。水路維持の足しにするが良い」
ほぼ完成に近づいた水路を見やり、フランシスカの言葉を村人に告げる。維持と整備を怠れば、水路は用を為さなくなる。そして、何を為せばどうなるか? 転ばぬ先に杖を用意出来なければ、それは政(まつりごと)とは言えぬ。戦い治める者でなくとも、ジャン卿の農民殆どは、自由農民たる村人である。農奴に非ざる以上、皆己の君主で無ければ為らぬ。
それを切々と諭え、
「豊かになろう。それが神と御領主の意志なのだな」
と、話を結んだ。
万雷の拍手が彼に向けられる。領主より引継を命じられた家臣は、農民達と全く同じ顔つきで頷きながら、
「泰斗殿。御説にますます感服致しました。村人の代表からですが、卿(おんみ)の偉業を讃えその名を水路に冠したいとの話です」
途端、自信と威厳に溢れた泰斗の顔に、貴婦人から愛を打ち明けられた少年騎士のように戸惑いが走った。
「‥‥しばし待たれよ」
照れに言葉が遮られ、それだけ言うのがやっとであった。
●ワイン
北の村の東外れにある荒れ地。そこよりもなお水の便が悪く、水路を引くにしても離れすぎているために放置されていた草原がある。牧草地にするにしても、アザミなどが生い茂り、このままでは山羊の放牧くらいしか役に立たぬ土地だ。ワイン作りの老人は、迷うことなくこの地を指定した。
「延焼を防ぐために風下の草を100m以上を刈り、それを予定地に藁と共に敷き詰めた後、風上より火を放てば宜しい。草の種などもここで燃やし尽くします」
そこには、先日までの人物とは人変わりをした老人の姿があった。ここに来るまでにはいろいろと騒動もあったし、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)らの働きもあった。
「学者殿、この老いぼれにそこまで辞を低くされるは何故じゃ?」
領主の顧問たる男に、老人が怪訝そうに問う。ここだ。ツヴァインは切り札を切る。
「名を遺す気は無いか? 爺さんの知識全部を譲ってくれ。ワイン事業が成功して美味しいワインが作れたのなら、敬意を表して領内で生産される最上のワインに爺さんの名を刻む。百年後も、爺さんの名は銘酒と共に生き続ける。どうだ? 最後に一花さかせてみないか? 既にこの事は御領主の承諾を得ている」
こうして、老人は自分を評価してくれる者のためにやる気を起こしたのだ。それは丁度、女性が好きな人のために美しくあろうと思うのに似た心境である。
瞬く間に広がる炎の向こうに、何が見えると言うのだろう。望みを絶たれて打ちひしがれた老人の背骨には、しゃんと鋼の芯が座って伸び、10歳は若返ったように見える。
「この灰を肥料として畑を作るんじゃ。ここは日当たりと水はけが良いので、良い葡萄畑にきっと為る」
ジャン卿の家臣の一人として郷士身分に取り立てられた老人は、新しい服を纏い晴れ晴れしい顔でそこにあった。このように役立つ知識を持つ者は、それなりの立場を築いて行く。しかし、問題はそれ以外の者達であった。
●試練の時
ここに居さえすれば食べ物にありつける──そのような卑下た考えは人を腐敗させる。もはや生き甲斐もなく、生きる意味も見いだせない。それは大いなる父が認める認めない以前に、最大の不幸と言えよう。人としての尊厳を棄てた者はアンデッドに等しい。
そう思うが故に、カシム・キリング(ea5068)は今日も青空の下で寄留民を相手に説教を行う。
「施しは地の恵みを得られない冬に限ってのものと心得よ。
これは子供や老人を除く訳ではない。
己が出来ることを、自らを動かす事で示す強さを持たねば、
生きていけぬという事だ。
大いなる父の優しさは厳しさの中にある。
ただ甘えたければ、別の地に行くがよい。
己が不運を呪う暇があれば石を積み、
己が不幸を嘆く暇があれば土を耕せ。
不幸に酔いしれていたところで、
決して暁の光は射し込みはせぬ。
全ての悲しみと苦しみは
大いなる父より賜った試練と心得よ。
試練あるところ大いなる父あり。
幸いなるかな」
民を立ち上がらせるのが自らの役目とカシムは心得る。しかし、彼らを約束の地へと導くには、友の力を借りねば──。
寄留民の中で一番やる気があるのは子ども達。対して、最も気力に乏しいのは老人たちだ。口をついて出るものといえば、愚痴とため息ばかり。
「いっそのこと、わしらは野垂れ死んだほうが‥‥」
その不甲斐なさに、ラグファスは雷を落とす羽目になった。
「バルディエ卿に買われていった子ども達のことを考えろってんだよ! あの子達は何を考えて旅立ったのか、わかってんのかよ! これであんた等が此処を追い出されて野たれ死んだりしたら、あの子達が悲しむ事ぐらいわかっだろ!」
その言葉に老人たちは口答えもせず、悲しげに目を伏せるばかり。
「それでもいいっつぅなら、呆けたまま野垂れ死にやがれ、勝手にな!」
老人たちに背を向け、ラグファスは去っていく。ここでは憎まれ役も必要。かなり本音も混じってはいるが。
(「これでやる気ださねぇなら本気であきらめるぜ、俺は」)
開墾が始まって数日後。スニアは寄留民に布告した。
「手に職のある者、工芸や学問の心得ある者は、労役を免除あるいは軽減しよう」
これに応えてかなりの数の者が名乗り出た。石工、陶工、煉瓦工、布織工などの経験のある者たちだ。その職能を見極めるため、カイザード・フォーリア(ea3693)が試験を行ったが、結果は芳しくない。年老いた者は経験は豊かでも気力・体力に乏しい。後から流れてきた食い詰め者にしても、素行不良が祟って職を失った者が多く、職人として未熟な者ばかりだ。
「働き手としてアレクス卿に提供し、見返りに支援を得ることも考えたが、現状では無理か」
カイザードはそう判断せざるを得なかった。
●去りゆき巡り来る命
辛い開墾労働は毎日のごとく続く。今日もまた一人、老人が力尽きて倒れた。
「しっかりいたせ」
見回り中の三四郎が気づき、老人を背負って食事場の空き地へと運ぶ。
「しばらく休むがよい。スニア殿には私から伝えておこう」
「すみませぬ。こんな老いぼれのために‥‥」
老人を寝かせて休ませ、しばらくすると食事時になった。
「マルコにピエールは火の番。それから、え〜と君は‥‥」
手伝いに集まってくる子ども達に、仕事を割り振る飛牙。寄留民たちの名前と家族と出身地は名簿にまとめて領主に提出したが、顔と名前を覚えるのには時間がかかる。
「ところでさ」
仕事を手伝ってくれる赤毛の少年ニノに、訊ねてみた。
「ここで流民を受け入れてるって言い回っているヤツ、見なかったかい?」
ニノは首を振って答えた。
「あともう一つ。君にお金をくれている人は、何処の誰なんだい?」
これにもニノは首を振る。
「他の人に教えちゃいけない約束なんだ」
何度訊いてもニノは頑として答えない。諦めてふと視線を余所に向けると、そこに小間使いの少女がいた。かつて、寄留民の少年を凍死から救ってくれた彼女は、今日も食事当番で働いている。
「あ! また会ったね! この前は、少年を助けてくれてありがとう!」
その言葉に、少女はにっこり笑う。その笑顔がとてもまぶしく見えた。
「ねえ、名前何て言うの?」
「私、名前はルルよ」
「お礼だけ言うのも何だから、プレゼントしたいんだけど‥‥」
この時のために用意しておいた銅鏡を差し出すと、ルルは快く受け取った。
「ありがとう。大事にするわ」
「‥‥ところでさ。今度、いつ暇になりそう?」
「そうね。毎日忙しいけど、セシール様に頼めば一日くらい休ませてくれると思うわ」
突然の子どもの叫びが、二人の会話を中断させた。
「大変だよ! あのお爺ちゃん、動かない!」
何事かと冒険者たちが駆けつける。先ほど三四郎が休ませた老人は、いつの間にか息を引き取り、還らぬ人となっていた。
その日から程なくして葬儀が行われた。老人の亡骸はジャンの土地に埋葬され、小さな墓標が立てられた。
冬の寒さがいくぶん遠のいたその日、御蔵忠司(ea0901)は村の子ども達と寄留民の子ども達を共に連れ、麦畑に繰り出した。昨年、忠司が村人と共に麦を撒いた畑だ。種は芽を出し、冬の日差しの下ですくすく育っている。
「小麦が病気にならず元気に育つ為、麦踏みをしましょう」
麦踏みは霜柱で浮いた麦の根を土に戻し、しっかりと根を張らせるために行うもの。地味な仕事だが、これをやるのとやらないのとでは麦の丈夫さ、収穫量が格段に違ってくるのだ。そのことを分かりやすく説明すると、忠司は子ども達を一列に並ばせ、カニ歩きの要領で麦を踏ませていった。
「おっと、乱暴に踏んではいけません。ゆっくりゆっくりと丁寧に。麦が丈夫に育ちますようにと願いを込めて踏むのです」
子ども達にとっては珍しさもあり、また忠司に褒められるのが嬉しいのも手伝って、すぐに麦踏みに夢中になった。麦踏みが終わる頃には、村の子どもも寄留民の子どももうち解けた仲になり、それが忠司には嬉しくもある。
この麦畑は忠司にとって思い出深い麦畑ではあるが、いずれ忠司ら冒険者たちはこの地を去らねばならない。その時のために、忠司はジャンの家来の中から農業指導の後継者を選んでもいた。無口だが生真面目な男で、農民の出だ。
「戦のような派手さは有りません、しかしこの仕事は領主、領民達が生きていく上で欠かせない物です。自然相手の仕事で大変な事も多いと思いますが、領地の未来は貴方の双肩に掛かっていると思って作業してくださいね」
「はい」
返事は短いが、忠司が選んだその男は実直な眼差しを向けて答えた。
●森林警備
かたや双武。無事に領主の承諾も得、森林警備隊を組織する。
「やはり、人は労役では働かぬが召命には張り切るものじゃな」
事実上の郷士の設立。領主の畑での奉仕の代わりに森林を警備管理する。ちょうどこれはジャン卿配下の騎士や兵から警戒の任だけを請け負った形となった。盗賊の類には槍や弓矢、棍棒などの武器を以て自衛し、外敵の襲来が有れば、警戒のラッパを鳴らし伝令を飛ばし、小規模な砦に拠って救援を待つのだ。
双武はバルディエの軍に倣い、5人の長を決め10人の長を決める。隊長には真面目で責任感の強い堅物を据えた。そして、選ばれし警備隊に訓辞を垂れる。
「皆は落ち葉の肥料や豚に与えるドングリについて、幾つかの優先権を持つ。また、防衛の一端を担う者として、領主に対する上申権を持つ。しかし、士分格であるがために、戦時の兵士に対するものと同様、領民の中で最も厳しい刑罰の対象じゃ。長きに渡る訓練に耐え、良き成長を見れた事を真に嬉しく思う。森を預かる事は領主様の信を背負う事になる大役故、この方に後を任せようと思う。拙者の見込んだ人物じゃ。森を守り抜き、かの裁判を繰り返さないと信を預けられる。皆もあの折の事を語り継ぎ、過ちを二度と起こさない様に誓って欲しい」
そうして、自ら選んだ隊長に向かい、
「郷士身分は世襲させぬ。東の村より相応しい者を選抜して行くのぢゃ。次の隊長は、私心を入れずに貴殿が選び、御領主様に上申するが良い」
こうして領主に追認された自警団は、領民であると共に自らのために領主に奉仕する家臣の端に列した。
●領主に授ける帝王学
ヴラドは今日も領主にうち負かされた。武闘大会で負けた悔しさから参加し始めた朝稽古だが、ジャンの技量はヤングブラドのはるか上を行く。冒険者の中でも、未だジャンに試合を挑んで全勝した者はいない。
それでも帝王学の授業になれば、ジャンは冒険者たちから教わる立場になる。
シクル・ザーン(ea2350)の今日の授業は交渉術について。その言葉を真面目に傾聴するジャンが、ふとぼやく。
「こうも覚える事が多すぎては、頭に入りきらぬ」
「ならば、復習にはこれ使うがええ」
共に拝聴に与っていたマギー・フランシスカ(ea5985)が羊皮紙を差し出す。講義の内容が細かい文字でびっしり書き込まれていた。
シクルの講義の次はカイザードの講義。講義が終われば夕食だ。
「トリュフの件ですがジャン様自らがセシール様と交渉してはいかがです?」
ワインを呷りながら狐仙(ea3659)が言う。
「俺が、か?」
ジャンは気乗りしない顔だが、仙はさらに畳みかけた。
「向こうは利益の8割をいただく線から一歩も引かぬ構えですよ。この状況を打開するには、偉い人が再交渉につくのが筋でしょう? 逃げていては何も変えられませんよ」
言われてジャンもしぶしぶ同意。仙から智恵を授かると、セシールとの交渉に出向いた。
交渉に先立ち、ジャンは虎の巻の羊皮紙を何度も読み返す。
「説得には大義名分型・損得型・人情型の3種がある。大義名分型とは、自らの提案の正当性を主張する方法。損得型とは、自らの提案が相手の利益となる事を主張する方法。人情型とは、相手の情に訴えかける方法。‥‥さて、どの戦法で行くかな?」
かくして交渉は始まった。
「トリュフ掘りは豚の仕事だけではないのだ。こちらも松林の保全警備の仕事がある」
「人を割かねばならないのは、こちらも同じですよ」
いつになく堂々と迫るジャンだが、セシールも交渉にかけては百戦錬磨。長引いた交渉の末にジャンは言った。
「万が一、林のトリュフを盗まれることになっては、セシール殿の損害になるし、俺の面目も潰れる。だからこそ、俺の兵士たちは命がけでトリュフを守っているのだ。そのことだけは分かって欲しい」
その言葉が決め手になり、セシールはにっこり笑って答えた。
「その真剣さに免じ、こちらの取り分を6割まで引き下げましょう。それ以上の利益を望むのであれば、既にある利益を守るだけでなく、さらなる利益を生み出すための努力を望みます。たとえばトリュフの販路を広げるなどしていただけるなら、私も取引条件の見直しに応じましょう」
所変わって、領主館の別室ではレニーの特訓が始まっていた。相手はいつぞやレニーが選んだ三人の家来。皆、初々しい若者たちだが、田舎育ちで野暮ったいのが最大の難点だ。
「君達にはぁ、ラテン語のぉ訛りを直すのとぉ、イギリス語とぉジャパン語をぉ簡単な挨拶が出来る程度にはぁ教えちゃいますぅ。出来るようになるまでぇ、徹底的にしごいちゃいますぅ☆」
部屋には水を張った大きな桶が置かれている。何に使うのかというと‥‥。
仕事疲れが祟ってか、家来の一人がうつらうつらし始めた。それを見るや、レニーが桶の水をぶっかけた。ざばっ!
「うわあっ!」
水の冷たさに家来が目覚めて叫ぶや、水はさささっと生き物のように動いて桶の中に戻っていく。ウォーターコントロールの呪文とは便利なものだ。
「次にサボったらぁ、ボム使っちゃいますよぉ!」
この特訓にはスニアも協力。
「貴族は己の利益追求のために動きます。そう見えないとしたら、それは金・教養・人脈で己を飾っているからです」
貴族として最低限必要な立ち居振る舞いと思考法を、目の前で見せてから反復練習させる。
「相手の無礼に対し、血気にはやってやり返すのは愚の骨頂。最も賢き戦法は、怒りの代わりに笑顔で相手を打ちのめすことです」
特訓が終わり、家来たちがふらふらになって教室から出ると、そこにヴラドが待っていた。
「貴公たち三人の何れかに、トリュフ採りの責任者になって欲しいのだ」
「おら達‥‥いや、俺達に?」
「我が輩たち冒険者は、いずれこの土地より去る。よって後継者を探していたのだ。トリュフはジャン殿の浮沈を分ける重大事。調査の結果、ジャン殿に対する忠誠心、口の堅さ、やる気、根性からして、貴公らが最も適任だと思えるのだ」
「俺達に出来ることなら、喜んで」
三人の家来は快く承諾した。
その翌日。ヴラドはかの食い詰め商人をシーロのレストランに連れて行った。商才があり、交渉の上手そうな人物と見込んでのことだ。他にも有能な人材はいないかと調査はしたが、残念ながら寄留民の中で使えそうな者は他にいない。
「何とかしてこのレストランを有名にしたいのだ。手っ取り早いのはユザーン殿に対決を申し込む事であるが‥‥後援者の貴族たちの面目を潰すかもしれず、果断が必要なのだ」
その言葉にシーロは答える。
「貴族の誰かを、こちらに引き込むことができればな」
すると、食い詰め商人が意見した。
「貴族の誰かさんに、このレストランの贔屓になってもらうってのは如何です? 貴族の晩餐会に出張して、お好みの料理を振る舞うのもいいかもしれませんよ?」
確かに、これは使えそうな手だ。
●晩餐会
晩餐会の日がやって来た。主催者の某貴族は、地元では名の知れ渡った名士である。もっともパリの大貴族からすれば、ただの田舎貴族。それでも晩餐会にやって来た冒険者たちは、屋敷の豪勢さに感嘆を禁じ得ない。
「この辺りの土地では、一位か二位を争う大きさであろうな。では、参るぞ」
堂々と胸を張って屋敷に乗り込むヴラド。その後からおずおずと従ってくる男は、召使い風に装った食い詰め商人である。続くはカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)と仙。今日のカミーユは聖夜祭の時と同様に着飾っているが、ワンポイントアクセントはジャパン風のかんざしだ。仙も街で買ったドレスを華国風のドレスに仕立て、見目あでやかに装う。さらに、ジャンの家来三人とレニーが続く。
「いいですかぁ、政治の場はぁ戦場と同じですぅ。まずぅ敵を知る事が大切ですぅ」
「おい、あれを!」
家来の一人が、後から到着した馬車を示す。馬車から降りてきたのは、今や因縁の仲である隣の領主ヴィクトル・ド・タルモンだ。
「あのクソ野郎も来てやがったのかよ!」
「いけません、ここでそのような言葉使いはぁ‥‥」
小声で毒づく家来をレニーがたしなめると、家来は笑顔で答える。
「承知しております。ここはお任せを。戦いは男の仕事です。レニー様は存分に晩餐会をお楽しみ下さい」
レニーをエスコートしつつ、三人の家来は意気揚々と敵地に乗り込んでいった。
晩餐会の豪華さに、集った来賓たちのやり取りを書き連ねればきりがない。ともかく特訓の甲斐あって、三人の家来は領主ジャンの名代としての役目を立派に果たした。口さがない貴族たちも一目置く程に。
一方、厨房を見学しようとした仙であったが‥‥。
「困りますな、こんな所に来られては。晩餐の席へお戻り下さい」
料理長のユザーンに見つかり、質問も許されず早々に追い返されてしまった。
来賓の中にはセシール未亡人の姿もある。機会を見て、カミーユはセシールと二人っきりになると、話を切り出した。
「以前から思っていましたけど、もう少し本音がお聞きしたいものですわね。ジャンさまや冒険者の皆がセシールさまに難儀しているという結果は事実ですけれど、この辺りで動機を明確にされてはいかがですかしら?」
「そう焦ることもないでしょう? 時が経てば自ずと明かになることもあります」
セシールは笑いながらはぐらかす。
「‥‥そういえば、お子さまがいらっしゃるという話を聞いたことはありませんけれど、シャンプランの家名はこれからどうするおつもりですかしら?」
その質問を向けるや、セシールの顔から笑みが消える。
「貴方は何も知らないの?」
そう答えたセシールだが、すぐに言い足した。
「今から10年も前なら、貴族たちの噂に上らない日は無かったのに‥‥。時の経つのは早いものだねぇ」
後にカミーユは知ることになる。セシールには不名誉の償いを果たして亡くなった息子がいたのだ。その息子の子ども、すなわちセシールにとっての孫は、今も生きていると言う。