稚き歌人騎士9〜流浪の民

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 28 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月13日〜01月28日

リプレイ公開日:2005年01月19日

●オープニング

 神聖歴999年の冬、ジャンの領地での聖夜祭は後々まで語り草になるほどの盛り上がりを見せた。なにしろ火の車の家計を抱えた領主の元、顔を見知った村人同士で細々と祝っていたそれまでの年とは違い、この冬は冒険者たちがさまざまな創意工夫を凝らしておいしい料理や華やかな出し物をたくさん用意してくれたのだから。
「さあ、いらっしゃい! いらっしゃい!」
 祭の広場に立ち並ぶ屋台から、威勢の良い売り子の声が飛ぶ。もちろん冒険者の出した屋台もある。一番の売り物は華国風の肉包、すなわち肉入りの蒸しパンだ。
「あつあつのほかほかよ。さあ、召し上がってね」
「わーい、いただきま〜す!」
 湯気のたつ肉包に子どもたちがかぶりつく。遠くへ旅する機会のない土地の子たちにとっては、1年のうちで一番楽しいお祭りなのだ。すぐ近くでジャグリングの大道芸を披露しているジャグラーも冒険者の一人だ。
「‥‥っと、っと、っとっとっと」
 軽快なステップを踏みながら、ジャグリングの球をぽんぽん放り投げる。
「さあて、今度は一番難しい技にチャレンジするぞ」
 宙に舞う球の数が4つから5つへとさらに増える。さしものジャグラーも必死の表情。
「うおおらあああああああ!」
 5つ球のジャグリング、見事に成功。観衆はわき上がる。それを見てにやりと笑うジャグラー。本当はよそ見しながらでも成功させるほどに修練は積んでいたが、客を沸かせるためにさも難しそうに見せるのも演技のうちだ。
「おい、見てくれ! 馬だ! 馬が当たったぞぉ!」
 福引きの抽選所で思わず大声出して、家族と喜び合う農夫の親父がいる。
「やったね、父ちゃん!」
「こりゃ、神様からのお恵みだよ!」
 実はこの馬、冒険者がパリの収穫祭の福袋で引き当てた物だったりするが、村人にとっては願ってもないプレゼントだ。
 そうこうするうちに夜が訪れたが、祭の熱気は冷めやらない。そこへ馬を駆り立てて駆けつけた者がいる。何者かと見れば、それは招待を受けて隣の領地へ出向いたはずの領主ジャンその人だった。
「ジャン様、たった一人で戻って来るとはどうなされましたか!?」
 何事かと村人たちが見守る中、声をかけてきた留守番の家来にジャンは豪快に笑って答えた。
「はは! 心配には及ばん。隣の領主のもてなしぶりがあまりにもつまらんので、呆れて戻ってきたのだ。やはり聖夜祭は我が領民と共に楽しむのが一番。さあ、今宵は皆で歌い踊り明かそうぞ!」
 それを聞いて村人たちは大いに沸きたち、祭はいや増しに盛り上がった。

 さて、年が明け神聖歴1000年がやって来て間もないある日のこと。
 スパイを働いているとおぼしき赤毛の少年は、今日も領内を歩き回り、川の岸辺で待つ男に報告を入れていた。その様を、悔しげに見つめる冒険者の少年がいる。結局、捕縛の為の協力者を集められず、その日は何も得る所の無いまましょんぼりと戻る事になった。
「どうしたんだい? 随分しょぼくれてるじゃないか」
 セシールに呼び止められ、何かあったのかい? と見事に見抜かれて、冒険者の少年は仕方なく事の次第を話した。セシールは厳しい顔になって、たしなめる。
「いいかい? 隣領の人間にうかつに手を出すもんじゃないよ。その事が相手にどう受け取られるか、よーく考えてごらん」
 短い言葉だったが、その重みがずっしりと胸に感じられて、つい俯いてしまった。
「だけど、よく思い留まったね。偉いよ」
 両肩に手を添えて、嘘偽り無く褒める。嬉しく感じると同時に、こうやってジャン殿も頭が上がらなくなっていったのであろうな、としみじみ感じるのだった。

 その翌日。
「ジャン殿! 一大事でございます!」
 その日、領内の見回りをしていた家来が息せき切って館に駆け込んできた。
「流浪の民が街道を通ってこの領内に入り込んで参りました!」
「なぬ!? それは真か!?」
「はい!」
「して、その人数は!?」
「老人と子供合わせて、村が一つか二つ出来るほどの数でございます!」
「彼らは今、何をしておる!?」
「街道に居座り、領主殿に助けを求めております」
 遠くの土地で大きな飢饉があり、その村の領主は無情にも働けない子供や老人を放逐してしまい、彼らは流浪の民となり彷徨っている──と、話には聞いていたが、その流浪の民がよりにもよってジャンの領地に救いを求めてやって来るとは。
 ジャンは家来と共に馬を駆り街道へ駆けつける。街道にはみすぼらしい姿をした大勢の者が居座っていた。ある者は力無くうずくまり、ある者は死んだように横たわる。話に聞いた通り、皆、老人と子供ばかりだ。ジャンの姿を見るなり、彼らは息を吹き返した死人のように起きあがり、必死の形相で訴えた。
「領主様! お慈悲を!」
「お慈悲を!」
「お慈悲を!」
 思わずジャンは手で頭を押さえ、その口から唸り声が漏れる。しかし、その場でジャンが出来ることといえば、家来たちを集めてその意見に耳を傾けることだけだった。
「う〜む、どうしたものか‥‥」
「ここは一刻も早く、我らが領地から退かせるべきです」
 家来の一人が開口一番、口にする。
 すると、別の家来が言う。
「彼らを見殺しにせよというのですか!? 見れば彼らは老人と子供ばかり。彼らは放浪の生活に疲れ果て、病を抱える者も多いはず。この真冬の最中に彼らをこの土地より放逐するなら、彼らを待つのは飢え死ぬか凍え死ぬかの運命だけではありませぬか!?」
「我らの食糧事情からすれば、ただでさえ領民を養うだけで精一杯。この上、彼らを食わせていくだけの余裕はありません!」
「食料なら買い与えれば済むことではありませぬか!?」
「その食料を買う金がどれだけかかると思ってるんだ!? 向こうはあれほどの大人数なんだぞ!」
 ジャンは黙って二人の家来の言い合いを聞いていたが、その口から耳慣れない一つの言葉が漏れて出る。
「‥‥トリュフだ」
 思わず家来は聞き返した。
「は!? ジャン殿、今、何と‥‥」
「トリュフだ。食通の貴族どもの間で人気のある高価なキノコのことだ。そのトリュフがこの俺の領地の松林に生えておる」
「ああ、いつぞや冒険者から話は聞きましたが、正直どこまで当てになる話か分からないのですぞ。ただ一つはっきりしているのは、あんなぷんぷん臭う土くれみたいな代物をこの近場の町に持っていっても、てんで買い手がつかないということだけですが‥‥」
「いいや、彼らを救う術があるとしたら、そのトリュフしかない。何としてでもトリュフを金に換える方法を見つけだすのだ!」
 館に戻るとジャンは手紙をしたため、ドレスタットの冒険者ギルドへと送りつけた。トリュフの販路を開拓し、その売り上げ金を用いて流浪の民を救済すること。これが、冒険者に与えられた使命である。
「ところで、もしもトリュフがダメだった時は‥‥」
「その時は、その時だ」
 戦場に向かう戦士の顔で、ジャンはつぶやいた。

●今回の参加者

 ea0261 ラグファス・レフォード(33歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ea0901 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3659 狐 仙(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6586 瀬方 三四郎(67歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●領主への貸し
「う〜む」
 ジャンは眉間に皺を寄せ、うなってしまった。領主の館にある不要品を100Gもの大金出して買い取ろうという御蔵忠司(ea0901)の申し出も、素直には受け入れ難い。不要品とはすなわち復興戦争でかき集めた戦利品‥‥と言えば聞こえがいいが、武器防具の類を除けば古道具屋へ持ち込んでも二束三文で買いたたかれそうなガラクタばかりなのだが。
「気持ちはありがたい。しかし平時には用をなさぬ武具とはいえ、ひとたび戦となれば大いに価値を増すもの。他の品々も俺と仲間の兵とが血を流して勝ち取ったものばかり。人目にはともかく、俺にとっては千金にも換えがたいものなのだ」
「俺の申し出自体、余り褒められたものでないことは認めます。しかし現実問題として資金が不足しているのは確かなのですから」
「いや、しかし‥‥」
 二進も三進も行かない押し問答を見かね、スニア・ロランド(ea5929)が助け船を出した。彼女はジャンにとっては新参の者だが、ナイトの名に恥じぬ立ち振る舞いで早くも一目置かれていた。
「ここは『1年後に一定の利子をつけて戻す』ということで受け取ればよろしいかと。今は資金が必要です。戦利品を担保にして100Gを借り受けるという形であれば、貴重な品々を手放すこともなく、ジャン様の面目も立つというもの。ただし‥‥」
「いや、分かった」
 言葉の続きを言うより前に、ジャンの返事があった。1年後に金を返せなければ戦利品を失うことになることは、ジャンも覚悟したらしい。
「これは戦だ。そして戦には大金が掛かるもの。だが大金を懸けるからには必ずや勝ってみせる。俺の戦利品を守るためにもな」
 交渉は成立した。金貨のぎっしりつまった金袋が忠司からジャンに手渡される。
「有益に使ってください。ジャン殿の双肩には大勢の者の命が懸かっています。‥‥では、これより俺は流浪の民のところへ行って参ります」
「うむ。後から俺も様子を見に行く」
 忠司が立ち去ると、スニアはジャンの耳に囁いた。
「流浪の民に対して『助ける』と公言してしまえば、それは契約になってしまいます。『一時的な滞在の許可を出す』ことに留めるべきです。彼らの受け入れには膨大な資金が必要。最悪の場合には切り捨てられるよう、余計な言質を与えないでください」
 ジャンの目がじろりとにらむ。スニアは続けた。
「難民を救う決意を聞き、私はジャン様に敬意を感じております。しかしジャン様は領主です。領民の安全と生活のため必要であれば、非情の決断を為さねばなりません」
「分かっておる。既にこれは戦だ。そして戦とは綺麗事では済まぬ物。時には部下にその場で討ち死にせよと命ずることもある‥‥貴公の進言に感謝する」

●救いの手
 粉雪が舞う中、流浪の民はたたずんでいる。人の形をした木の集まりか何かのように、動く者も話をする者もほとんどいない。
 その流浪の民の間に動きの波が広がる。あたかも池に投じた小石が波紋を生むかの如く。小石の役割を果たしたのは、その場に現れた領主ジャンの姿であった。
「聞け、流浪の民よ! 我、領主ジャン・タウロスは我が領地へのそなた達の寄留を認める! 寒さに凍える者には衣を、飢えたる者には食料を、病の者には手当てを施そう! 家なきそなた達のために、仮の宿をも与えよう! だがひとたび我が、この地より去れと命じし時には速やかにこの地を去れ! これが領主ジャンの言葉なり!」
 その言葉に怒濤の如き感謝の声が返ってきた。
「ありがとうございます!」
「領主様! このご恩は決して忘れませぬ!」
 その後は冒険者たちの出番だ。皆、彼らを救うべく一斉に動き出した。
「人を救う云々なんて俺には荷が重いけどよ‥‥いつも通り俺の出来そうな事をやるだけだよな」
 ラグファス・レフォード(ea0261)は板と木炭の欠片を携え、流浪の民の間を回っては必要となる品々を書き連ねていく。テント、食料、防寒具、焚き火の薪‥‥板はすぐに文字で埋め尽くされ、表と裏をひっくり返して続きを書いていく。ジャンの館にある物は利用するが、足りない分はドレスタットへ買い出しに行く。かなりの物資が必要なので、買い出しの馬車と御者を領主から借り受けた。
「これを。貴殿に託そう」
「ラグファス君、君に任せた。有効に使って頂きたい」
「俺からも。受け取ってください」
 買い出しに向かうラグファスに、七刻双武(ea3866)、瀬方三四郎(ea6586)、アウル・ファングオル(ea4465)の3人は、今回の依頼の報酬額相当をラグファスに託した。ラグファスの分も合わせて33G強。当座の用なら事足りる。
「ありがとさん! それじゃドレスタットまでひとっ走りしてくるぜ!」
 ラグファスを乗せた馬車は、粉雪舞う街道の彼方へ消えていった。

 野営用のテントは領主の館に山ほど備えてあった。戦で使っていたものだが、こういう時には重宝する。長渡泰斗(ea1984)が貸し出しを願うと、領主自らが先頭に立ってテント設営の指揮を取り、こうして村はずれの空き地にテントの立ち並ぶ居留地が出来上がった。
「流浪の民をここまで率いてきた者は誰だ?」
 泰斗の求めに対し、流浪の民の間からは誰も名乗りを上げる者がいない。
「あなた方の代表者と話がしたいのですが?」
「元村長とか、世話役を務めてきた者はいないの?」
 アウル・ファングオル(ea4465)とスニアの二人でなおも求めると、ようやく一人の老人が杖をついてよろよろと現れた。
「わしが、元村長ですじゃ‥‥」
「では、民に伝えてください。領主殿は、あなた方に手を差し伸べる心づもりではありますが、領内の食糧事情などにゆとりがある訳ではありません。その上で、何とかしようと苦心しておられる訳ですから、あなた方にも文字通り死ぬ気で、出来る事はやってもらう必要があります。ただ養われるだけ、と言うのはありえませんしね。だから、慈悲を請うのであれば、それに見合った努力もまた必要‥‥」
 アウルの話が終わるのを待たず、老人は力を失い地に倒れた。
「これはいかん! 放っておいたら死んでしまうぞ!」
 泰斗が老人をかついで暖かいテントの中に運び込み、気付け薬のワインを飲ませると老人は息を吹き返した。しかし肉体は限界に来ており、いつ天に召されてもおかしくない有様だ。
「すまぬ‥‥こんな年寄りのために‥‥」
「案ずるな。つらい目に遭ったんだ。今はゆっくり休むがいい」
 今の泰斗にはそう言葉を返す以外になかった。
 スニアは民の間を見て回ったが、誰もが皆疲労困憊している。明日明後日のことさえ考えられぬ今は、彼らを組織化するよりもまず、その疲れを癒し飢えを満たしてやるのが先だろう。
 スニアのすぐ間近にはシャンプラン未亡人の姿があった。いつものように侍女を連れ、流浪の民の一人一人に声をかけては慰めの言葉をかけている。民の上に立つ貴族はかくあるべしという姿を体現するかのようだが、貴族が表と裏の顔を持つのは世の常。
「遣り手婆か。使用人に、男をたぶらかす技も仕込んでいるのかも。評価するしかない女傑ね」
 スニアはふと漏らした。

●泣くことさえ忘れて
「うあぁ‥‥メッチャ忙しいや‥‥」
 東奔西走とはまさにこのことだ。テントの設営が終わると次は焚き火おこし。鳳飛牙(ea1544)が野営地を見渡せば、死んだように横たわる姿があちこちにある。病人や怪我人は中州の教会へ移動させようと最初は思っていたが、ここに集まった者の多くが半病人の如き有様で、とても教会には収容しきれない。気がかりなのは本来ならここに来ているはずの教会の主の姿が未だに見あたらないこと。どこかで災難に遭っていなければ良いが。
「火を絶やさないようにするんだぞ」
 焚き火の回りに集まってきた子どもたちに火の番を頼むと、炊き出しの準備にかかる。せっせと大鍋に水を運んでいると、スニアがフライングブルームに乗って飛んできた。近場の町まで大至急食材の買い出しに行ってきたのだ。
「痛みかけだからしっかり加熱してね」
 どさりと投げ出されたのは干からびた薫製肉に変色した野菜。安く大量に仕入れるからには贅沢は言っていられない。
 セシールの小間使いたちも手伝ってくれるので大助かりだ。
「ああ、何だか孤児院にいた頃の食事を思い出すわ」
「へえ、君は孤児院にいたことがあるの?」
「そうよ。セシール様に引き取られるまでは孤児院で暮らしてたわ」
 料理番の小間使いとそんな会話を交わしていると、じっとこちらを見ていた小さな姿と目線が合う。いつも北の村の工事を見物していた赤毛の少年だった。
「おい、手が空いてたら手伝ってくれるか?」
「うん、いいよ」
 飛牙の頼みに少年は快く応じた。
「オレ、ナイフ使うの得意なんだ」
 器用なナイフさばきで食材を切り刻み、鍋に放り込む。
「ところで名前、まだ聞いてなかったよな?」
「オレ、名前はニノだよ。言わなかったっけ?」
 忠司の呼び声が聞こえた。
「手を貸してください! 人手が足りません!」
 病気の者を手当てしようとやってきた忠司だったが、体の不調を抱えた者が多すぎる。声を出して助けを求められる者はまだいい。弱り切った者は声さえ上げられない。寝転がったままの老人や、うずくまったまま動かない子どもには要注意なのだ。
「おい、生きてるよな?」
 焚き火で暖を取ろうともせず雪の中にしゃがんだままの子どもに声をかけ、飛牙がその背中を押した途端、子どもの体がごろりと転がった。
「うわ、やべぇ!」
 慌てて抱き上げると、子どもの体は冷え切っている。
「火だ! それに何か暖かい物を!」
 その声を聞いて小間使いの少女がやって来た。
「こういう時は人肌の温もりが一番いいの。この子は私に任せて」
 病人の手当てが一段落して食事時となったが、そこからがまた大変だった。弱り切った老人たちの中には、腕を取りサジを握る気力さえ出せない者も珍しくない。普通ならば元気なはずの子ども達さえ、待ちに待ったはずの食事にも喜びを表さず、皆一様に押し黙っている。
「ほら、しっかり食べなよ」
 何度も子どもに促し、食べ物を口に運ばせる。急に子どもの一人が泣き出した。
「父さんに会いたいよぉ‥‥母さんに会いたいよぉ‥‥」
 その子につられて他の子たちも一斉に泣き出した。
「泣くなよ‥‥俺が一緒にいてやるからさ」
 泣く子を抱きしめて慰めながらも、この子たちが親から引き離されて捨てられた子どもであることを飛牙は思い出し、目頭を熱くしてしまう。この子たちは過酷な放浪を強いられ、思い切り泣くことさえ忘れていたのだ。
 小間使いに預けた子どもの様子を見に行くと、二人はテントの中で仲良く一つの毛布にくるまっていた。
「その子、大丈夫かな?」
「大丈夫よ。私がついてるから」
 子どもは小間使いの胸に顔を沈めて寝息を立てている。その頬に涙の筋が光って見えた。

「はい。熱いから気をつけてね」
 炊き出しのシチューを年寄りたちに配りながら、狐仙(ea3659)は訊ねる。
「ところで皆さん、この土地までやって来たのは何か伝があってのことですか?」
 こんな大集団がわざわざ噂の『人食い鬼』の領地までやって来たのは偶然なのか、それが気になっていたのだ。
 年寄りたちは答えた。故郷の村を追放されて当てもなく彷徨い、あちこちの土地で寄留を拒まれて途方に暮れていたところを、通りかかったさる人物にこの土地のことを教えられたという。武勲の誉れ高き領主ジャンならば必ずや救いの手を差し伸べるだろうというその人物の言葉に希望を繋ぎ、ここまでやって来たというのだ。
 やはり思った通りだ。しかしその人物の身元を訊ねると、年寄りたちは皆、口を噤んだ。
「自分が何者であるかは決して口外してはならぬと、そのお方から頼まれましたのじゃ。わしらにとっては命の恩人、約束は守らねばなりませぬ」
 年寄りの一人からそんな言葉が返ってきた。

●トリュフとワイン
 ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)には資金獲得のための仕事がある。彼はまたもや農家に雌豚を借りに行った。
「ふはははは! アノ遊びは気に入ったのだ! また貸してほしいのだ!」
 ブタを連れてセシール所有の松林に向かう。今日のトリュフ狩りは仙も一緒だ。
「ふははははははは〜〜! またこの日がやってきたのだ! さあさあ肥え太った雌豚よ! 泣け! 喚け! ひざまづいて余の為に黒くてぶっといアレを嗅ぎまわるのだ! そうだ雌豚。欲望のままに涎を流し、潤んだ瞳で歓喜の声を上げるが良い!」
 調子に乗って騒いでたら、仙にジト目でにらまれた。
「‥‥む? こうやって言ってやるといいトリュフが見つかりやすそうなのだ」
 松林の呼び名に違わず、外からは生い茂る松ばかりが目立つ林だが、中に入って眺めると結構色々な種類の木が植えてあるのが分かる。樫の木、胡桃の木、ハシバミの木。材木として松を切り出した後に植えられたものらしいが、皆、樹齢30年ほどの立派な木に育っている。
 ヴラドにせっつかれながらも呑気に歩いていたブタは、一本の木の根元までやってくると急に活発になり、夢中になって地面をほじくり出した。土の中から、いつぞや見た黒い塊がごろごろ現れる。
「ふははははは! これがトリュフなのだ! 同じ重さの金にも等しい価値を持つ最高級の食材なのだ! こら、食うな! 雌豚よ!」
 油断してたら、約10G相当の塊が雌豚の胃袋に収まってしまった。
 収穫できたのはたった一袋のトリュフだが、これが同じ重さの金に変わると思うと、袋の重みに思わず胸を高鳴らせてしまう。収穫したトリュフの中から中ぐらいの物を選ぶと、ヴラドは近くの町に住む料理人シーロ・モントヒルを訊ねた。
「これは、トリュフだな?」
 シーロはトリュフを一目見るなり、その正体を言い当てた。
「この強烈な匂いが何よりの証拠だ」
「ジャン殿の領地で世話になっている冒険者たちがシーロ殿と提携できたら素晴らしいと思うのだ。たとえば、トリュフ料理をこの店の目玉商品にするのはどうであろう?」
「その話、ぜひとも乗らせてくれ。ところで、このトリュフにいくらの値をつける?」
「大きさからすれば10Gが相場だが、シーロ殿とは初めての取引でもあるし、特別価格で5Gとしたいが‥‥」
「いいだろう。この食材にはそれだけの価値がある」
 シーロは即金で5Gを支払った。ついでにヴラドは訊ねてみた。
「ところで、王都パリで料理の帝王の名をほしいままにするユザーン・マリンプレインという料理人をご存じであろうか?」
 その名が出た途端、シーロは不機嫌な顔になった。
「あんな料理の暴君のことなど、考えただけでも虫酸が走るね。金に任せて珍しい食材を買いあさり、見てくれが立派なだけのごてごてした料理に仕立て上げて貴族たちの人気を集めているだけの俗物さ、ヤツは」
 シーロとの取引が終わると、ヴラドは馬に乗ってパリへ出向いた。行き先は料理人ユザーン・マリンプレインの邸宅。手みやげは今回掘り出した中で一番大きなトリュフ。
「おお! これは何とも見事なトリュフではないか!」
 トリュフの現物を見るなり、ユザーンは唸った。
「これほどまでに大きく育ったトリュフは、100年に1度見つかるか否かというほどに類い希なるものだ」
「お望みであれば、30ゴールドでお買いあげ戴きたいのだが」
 その言葉を聞くなり、ユザーンは椅子から立ち上がってヴラドの双肩をがっしと掴み、燃えるような色を帯びた目を向けて言った。
「このトリュフをどこで手に入れたかを教えて頂けるなら、その3倍の値で買い取ろう」
「申し訳ないが、さる事情によりそれを明かすことはできないのだ」
 ここは慎重を期し、ヴラドは余計な情報を一切与えなかった。
 ユザーンはひどく残念そうだったが、心はすっかり目の前のトリュフに奪われている。
「そうか、ならば仕方がない。だがこのトリュフは、そなたの言う値段で買い取ろう」
「ところで一つ聞きたいのだが、シーロ・モントヒルという料理人をご存じか?」
「知らんな、そんな名は」
 ユザーンの返事はそれだけだった。
 続けて取引を成功させたヴラドは、ついでにパリの某所、某・大富豪が所有する何かと事件の多い大レストランにも足を運んだ。その日、オーナーの大富豪はレストランに顔を出しておらず、対応に出たのは若い料理人。
「トリュフねぇ。噂に聞いているだけで、実物を見たことはないが‥‥」
 ヴラドが袋からトリュフを取り出した途端、独特の香りが部屋一杯に広がる。
「うわ! こんな臭いがレストラン中に染みついたら大目玉くらっちまう! 早くそいつをしまってくれ!」
 こんな危険物はうちでは扱えないと料理人に断られ、取引は失敗に終わった。それでもたった2回の取引で35Gもの金を手にし、しかも松林の土の中には金になる黒い塊がまだまだ眠っている。そのことを思うとヴラドは天にも昇る心地になった。
 ところが、天に上る階段の前に強敵として立ちふさがったのが、松林の所有者であるセシールである。彼女との交渉はレニー・アーヤル(ea2955)が担当し、採取方法についてはすんなりと合意が成立した。すなわち、採取区域を2分し一年後とに区域を変える。採取時間は日が昇ってから日が中天に来るまでとする。また松林内に馬・驢馬の持ち込みは禁止とする。
 しかし利益の分配についての交渉は難航した。
「土地代として支払う代価はぁ、トリュフの売上金からぁ必要経費を引いたうちのぉ1割りで如何でしょうかぁ?」
「数字をお間違えではありませんか? トリュフの収益に関しては本来なら9割をいただくべきところです」
「9‥‥割‥‥もですかぁ!?」
 セシールもいやに高くふっかけてきたものだ。
「いくら何でも高すぎますぅ。働く者がぁ、貰える額が少ないとなればぁ、どうして下々の者達にぃ働けと言えるでしょうかぁ」
「だけど、トリュフ掘りのほとんどは豚の仕事でしょう? それに9割の中にはトリュフを売るのに必要な全てのお膳立ての費用が含まれているのですよ。トリュフの相場などあって無きが如き物。田舎の市場では見向きもされないけれど、食道楽の貴族ならいくらでも金を出すものです。だけどその貴族たちとのコネを作るのに、どれだけの手間と費用がかかるかご存じですか? 普段からのお付き合いに加え、宴会の準備やら料理人の手配やら、トリュフの売り込みだけで途方もない額の金が飛んでいくのですよ? それでも私とあなた方の仲です。ここは特別に便宜を図り、いただくのは収益の8割としましょう。それが譲歩できるギリギリの線です」
 こうまで言われては言葉の返しようがなかった。
 しかし価格以外の事柄に関して言えば、セシールは協力的であり、松林の警備強化を願っての七刻双武(ea3866)の提案は即座に受け入れられた。
「思い出の森を大切に思われる、セシール様には心苦しいのですが‥‥」
「気に病むことはありませんよ。松林のトリュフは私にとっても貴重な財産。それが世人のために少しでも役立つならば、今は天に召された私の夫もお喜びになられるでしょう」
 こうして松林の警備は1日4交代制となり、周囲の草むらには鳴子が張り巡らされ、近くには自警団の休息所や監視所が作られた。よほどの事がない限り、不心得者が侵入する心配はないだろう。

 流浪の民の中にトリュフの知識を持つ者がいないものかと、忠司は聞き込みを続けていたが、この地に逃れてきた老人たちの中にトリュフの知識を持つ者はまったくいなかった。一方、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)も老人たちの中にワイン作りの知識がある者がいないかと調査を行っていたが、こちらはそれなりに収穫があった。流浪の民の中に、長年ワイン作りに携わっていた男がいたのだ。しかしその男は今やよぼよぼの老人だった。
「年をとって体も自由に動かず、若い頃のように働くのは無理ですじゃ」
 老人にワイン作りの話を持ちかけても、返ってくるのはため息まじりのぼやきばかり。これまでの流浪の疲れも癒えていない。この老人さえやる気を取り戻してくれれば、この土地でのワイン作りにも前途が開けてくるのだが‥‥そうツヴァインは思った。

●善人の皮をかぶった狼
 買い出しに出かけたラグファスがドレスタットから帰ってきた。救援物資を馬車一杯に詰め込んで。
「こんなに手に入ったのか! すごいじゃないか!」
 迎えの冒険者たちが驚きの声をあげる。
「ジャンの領地での出来事を話して、難民のために必要だという事をあちこちで説いて回って、情と儲けの二方で値引きをお願いしたら、商人たちが同情して力になってくれたのさ!」
 それでもそこはドレスタットの抜け目ない商人のこと。賞味期限が切れかけた保存食や、雑な作りの防寒着など、高値で売れない品々をまとめ売りされた感もないではないが、その日の着る物食う物にも難儀するジャンの土地の寄留民にとっては貴重な品々だ。
「それと、子どもを奉公人として雇いたいっていう商人もいたから、連れてきたぜ」
 別の馬車を仕立てて同行してきた男たちをラグファスは紹介する。皆、にこにこと愛想笑いを浮かべている。
 夜になり、テント立ち並ぶ寄留地が闇の帳に包まれる中、泰斗は双武と共に見回りを続けていた。
「ま、野犬とか出ないとも限らんし」
 軽く口にする泰斗だが、万が一にも間違いが起きては拙い。決闘裁判の類はもう懲り懲りだ。
「彼らを救う為に拙者が出来る事はなんじゃろうな」
 立ち並ぶテントを見やり、双武がふと漏らした。やがて焚き火の明かりも消え、寄留地を照らすのは月明かりだけとなった。
 突然、寄留地の一角から子どもの悲鳴が起こる。
「野犬でも出たか?」
 だが、駆けつけた泰斗の前に現れたのは、野犬よりもたちの悪い代物だった。人浚いである。ドレスタットからやってきた商人を名乗る男たちが、夜闇に乗じて寄留民の子どもたちを拉致して行こうとしたのだ。子供その物が金になる商品となる。ノルマンで売り払う必要も無いのだ。
 泰斗は当て身を喰らわせて、日本刀の峰打ちで人浚いどもを打ちのめす。続いて双武が自警団を率いて駆けつけ、賊を一人残らず縛り上げて領主ジャンの元へと引っ立てた。
「俺達は領民に手を出したわけじゃねぇ! 流民のガキにちょっかい出しただけだ!」
 強情にも言い張り続ける人浚い達が連れてこられるや、ジャンはその首筋に剣を突きつけ、凄まじい剣幕で怒鳴る。
「おまえ達が我が領地で悪事を為したる事は紛れも無き事実! 悪事には罰をもって報いるのが掟だ! こやつらの持ち物を残らず没収し、我が土地より放逐せよ!」
 そして、悪人どもを剣に手をかけ睨み付け。
「よいか! もしもこの寛大なる処置を不服と申すならば。宜しい、即刻聖ペテロ様の元へ書状を認め送り届けてやろう。天国の鍵を預かる御方に、好きなだけ我が行いを訴えるが良い」
 つまり、叩き殺してくれると言う意味だ。武器や所持金はおろか、外套や上着までもはぎ取られ、人浚いは泣いて懇願する。
「お許しくだせい! こんな寒空にこんな格好で放り出されたら凍え死んじまう!」
「ならば隣村の境まで送り届けてやる。村に着いたら教会に行き、慈悲を乞え。だが再び我が領地に足を踏み入れれば、命は無きものと知れ!」
 領主の言葉を受け、裸でガタガタ震える人浚い共を家来たちが荷物同然に荷馬車へ放り込み、遙かな隣村へ向かって発っていった。
「いや、面目ない‥‥」
 連れてきた商人たちが実は人浚いだと知り、気を落とすラグファス。そんな彼をセシールが慰める。
「世の中、困った人に手を差し伸べる者ばかりではなく、足を引っ張るヤツや食い物にするヤツもいる。まあ、今回は大事にならなくて良かったよ。子ども達の奉公先については、信用できる商人を私が紹介してあげよう」
 この言葉に勇気づけられて寄留地に出かけると、子ども達がラグファスを見ている。来た時よりもだいぶ元気になってはいるが、一つだけ彼らに欠けているものがある。それは笑顔だ。
「さて、と。芸を一つ。見えない壁ぇ〜」
 子どもの手を取って歩きながらのパントマイムで、いきなり壁にぶつかったように立ち止まる。それを手探りで避けて歩くそぶりをしつつ、今度は足下の見えない出っ張りに躓いて思い切り転けるふり。
「あはは」
 子どもが笑った。一人の子どもの笑いは、やがて周りの子どもたちにも広がっていく。
「いやぁ、何にせよ、笑えるのが一番だからな。そのための芸だからよ」
 久々に見た子どもの笑顔、久々に聞いた子どもの笑い声だった。

●辺境へ
 森を巡り東へ進む。凍り付いた沼沢を進み、葉を落として開けた森の外縁を抜ける。白い息が光に透けて虹色に輝く。目指すはジャン卿の主君、辺境伯バルディエが所領。
 ジャン卿の封土はバルディエの飛び地でもある。比較的都に近い拓けた土地だ。ジャンは、バルディエ隷下の隊長の内一番難癖が付かない武功を上げた。それが領主と成っている理由である。しかし、その性質上最も領主の能力を欠く武将でもあった。
 進むこと2日。河添の拓けた街に着いた。河の西にある丘に立つ町並みの規模は小さい。しかし、整った畑と水路そして街を囲む二重の堤防が築かれていた。丘の周囲にある幾つかの畑を囲い込んだ外堤防は、外側が切り立ち内側は子供でも上れるなだらかな斜面。堤防の上には沢山の樹が植えられている。中の堤防は丘を鎧うが如く積み石で覆われ、その上には木柵とごつごつした大きな岩が置かれていた。
「河が濠、堤防が総構えと言う訳ね」
 仙は巧みな造りに感心する。城壁はまだ作りかけであるが南に広い畑を持ち、東の河にはささやかな湊が造られ小さな舟が出入りしている。
 バルディエの領地でも一番拓けた地域である。街の入口は、小さいながらも街道に続く西側。完成した城壁の続く一角に門があり、青銅の大扉に掲げられた紅コウモリの紋章には『Patronus』の文字が見て取れた。バルディエの紋章である。
「誰だ!?」
 誰何の声は門番。ハルバードを持った完全武装の剛の者二人。
「私はシクル・ザーン(ea2350)。ジャン卿に使わされし者です」
 ジャン卿から渡された割り符を見せる。何をこの若造がと言う目が途端に丁重になった。
「お通り下さい」
 さっと左右に分かれる。門を潜るとU字形に壁一行の前に立ちはだかった。人の背丈よりも高い盛り土の上にアロースリットを備えた石壁。それらによって道が二つに分れている。左右の道は坂になり、先は伺い知れない。
「ふむ。街と言うよりは城のようだな。虎口の造りも堅固だ」
 門番の話も聞かず、迷わず左へ歩き出すのは三四郎。道は緩やかな坂を時計回りに上って降りて、丸太の壁の門を潜って街の中へと続いていた。

 ジャン卿の認めた紹介状と共に願い出たシクルの言葉は意外な展開となった。金で買い取ると言うのだ。尤も、将来の子飼いの家臣とすべく充分な教育と保護を与える。本人次第で騎士にも官吏にも栄達するであろうと約束した。
 そして、持ち込んだ要件がもう一つ。
「これが噂に聞くトリュフか」
「味に関しては百の言葉を並べたてるより、味を知っていただくほうが早いかと」
 仙は城の厨房を借り、覚えたてのトリュフ料理をこしらえてバルディエに献上。家臣たちと共に晩餐での試食にあずかった。良い食材が揃っていたおかげで、料理の出来はこれまでの最高だ。
「味はさておき、この香りだけは格別です。一度食すれば忘れられず、病みつきになりそうです。ただし、この香りのきつさが難点とも言えますが‥‥」
 家臣の感想は的を射たものだったが、バルディエはこれに答え
「見方を変えれば、この香り故にトリュフは人口に膾炙され、諸々のキノコ以上にその名を知られることにもなろう」
 次いで事細かな質問が続く。仙はトリュフの採れる松林とそこに生える木の種類、トリュフを掘り出す方法、さらにその松林がセシールの所領であることなども伝え、支援を願い出た。
「受け取るがいい。子供達の代価だ」
 重みに仙の胸が高鳴る。
「事の進展によっては、さらなる支援を行う用意もある。ただし心せよ。何が起きても不思議ではない。ジャンの権利も、何がしかの口実により奪われ得る物であるからな」
 バルディエはそう付け加えることを忘れなかった。

 会見の後、馬車は辺境の地へと向かう。土地の教会に子ども達を預けるのだ。
 20の瞳の眼差しをその身に受け、三四郎は言葉を贈る。
「力と技、それは誇る為でも、他人を見下す為でもない。己を律し、相手を敬う。武威に溺れず、武徳で治める為だ。よく学び、よく修練に励め。そして自分の歩むべき道を一歩一歩、しっかりと歩いていくがよい」
 その言葉に、真顔のうなずきが返ってくる。短い間とはいえ共に旅する間、子ども達は三四郎に頼れる大人としての信頼を寄せるまでになっていたのだ。
 数日の旅の末に目的地の村にたどり着いたのは夕暮れ時。地平に沈む夕日が空に広がる雲を金色に染める。新しい土地での子どもたちの門出を天が祝福しているかのように三四郎には思えた。