●リプレイ本文
●北の村の大仕事
「ご助力痛み入ります」
丁寧に礼をのべるグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)。だが、領主は礼を言われる訳が分からず小首を傾げる。
「絶妙な間で話に入ってくれたお陰で、すんなりまとまりました」
「? 村長たちに挨拶をしに来ただけだが」
やはり無自覚だった。しかし会議に領主が顔を見せたそのことで、それまで議案に難色を示していた村長たちが一気に賛同の立場に立ったのだ。
「では、これより私は調査のため北の村へ。場合によってはご助力を願い出るかもしれません」
「うむ。任せたぞ」
北の村で彼女が着手したのは、衛生状態の実態調査である。館の料理人に焼き菓子を焼いて貰い、子どもたちへの手みやげに携え、村の各所を見て回った。
北の村の井戸の多くは枯れており、使える数は少ない。その一つの水を汲み、調べてみる。水は泥臭く加えて僅かな腐臭が混じっていた。井戸は窪地で周囲には人家が建ち並んでいる。
「湧き水が減ったために、回りから染みこむ汚水の影響が強く出ているようですね」
他も似たり寄ったり、放置すれば疫病が発生する恐れもあるだろう。
「さァて、お仕事ディスよ☆」
東の村の柵作りに続き、クリシュナ・パラハ(ea1850)は北の村の水路周辺の再測量に携わる。駆り出された村人に、縄張りや杭打ちの指図をするのは吉村謙一郎(ea1899)。武家の出だけに人の上に立っての野外作業には馴染みがある。
一日懸かりの仕事が終わると地形図が出来上がった。それを元に、図面を描くマギー・フランシスカ(ea5985)。
「最適コースは、こんなもんじゃな」
道路の長さと幅、水路の深さまでもきっちり書き込まれた図面が出来上がり、シクル・ザーン(ea2350)の手に渡され、翌日から水路掘りが始まった。領主の館からも3人の家来が応援に駆けつける。
仕事は未完成の水路の末端から。シクルは先ず杭を打ち、そこを起点にして図面の通りに縄を張る。
「こらぁ! 縄の方角がズレておるぞ!」
監督のマギーは仕事にうるさく、注意を受けることしばし。ともかくも杭打ちと縄張りの仕事が一段落し、地面に道路と水路の形が出来上がると、作業は道路の整地と水路掘りに移る。さっそく長渡 泰斗(ea1984)が水路掘りの手伝いを買ってでた。
「ま、何とかなるだろ」
彼に土木の専門知識はないが、野戦陣地の壕や堀なら経験がある。泰斗は家来の一人を指揮役に立て、人夫を3班に分けさせた。鍬や鶴嘴で地面を掘り起こす班、その後をスコップで掘る班、さらに掘った土を運搬する班。一つの班だけが疲弊しないよう、仕事は3班でローテーションさせる。
ものの1時間もしないうちに最初の難関にぶち当たった。
「親方ぁ、切り株が邪魔して土が掘れないですだぁ」
鶴嘴片手に農夫がぼやく。地面を見ると、大きな切り株がしっかり地面に根を張っていた。
「よし、斧を持ってこい」
監督役の家来はやたらと重たいバトルアックスを持ってこさせると、農夫に斧を握らせて指図する。
「この切り株を憎きローマの騎士だと思ってめった切りに切り刻んでしまえ」
農夫はやたらクソ真面目な面もちで、切り株に斧を振り下ろした。
ゴスッ! 刃が切り株に食い込むと同時に、農夫は情けない声を出してへたり込んだ。
「あ痛たたたた! 腰が、腰がぁ‥‥!」
家来が呆れて言う。
「ここが戦場なら、おまえは真っ先に討ち死にだぞ。次はおまえの番だ」
別の若い農夫に斧を持たせる。ところがその農夫は斧を振り下ろした途端に手元を狂わせ、斧を宙に放り出してしまった。飛んできた斧の刃を家来がさっと避けて怒鳴る。
「ばかやろう! 俺を殺す気か!?」
「よし、ここは俺に任せろ」
泰斗は切り株にしっかり縄を縛り付けると、自分の馬を持って来させ、縄を馬に結わえた。
「合図したら全員で縄を引っぱるぞ」
人馬の力を合わせ、力いっぱい引っ張る。びくともしないように見えた切り株だが、総出で力を合わせて何とか地面から引き離した。全員が汗だくだった。
その日は切り株や、転がる大石の始末に手間どり、工事は見込みの半分も進まない。一日の仕事が終わった時、駆り出された村人たちは疲れ切った顔で地面にへたり込んだ。
●東の村 イノシシ狩り
ふうふうと息を切らしながら小走りにやって来たのは謙一郎。報告の為に館を訪ねた彼は、領主が意気揚々とイノシシ狩りに出陣したと聞かされ急ぎ駆けつけたという次第だ。彼の姿を認め、手を振った狐仙(ea3659)が笑いながら言う。
「残念、ご領主ならもう森に入っちゃったわよ」
そうでごぜえますか、と、がっくり膝をついた謙一郎を慰めつつ、一杯どう? と調理酒を勧める乙女は心なしか酒臭い。
「ちょっと仙ちゃん、こっち来てもう1品何か作っておくれよ! ボンクラ男どもにやれ手抜きだの何だのと言われないようにさっ!」
恰幅の良い村のオバサンに呼ばれ、手伝いに向かう仙。とにかく男達が総出となれば、やれ軽食だ昼食だ夕食だ飲みだ肴だと女達も大戦争をしなければならないのだ。中華料理の心得がある仙は、普段と毛色の違う料理が作れるというので大変重宝された。彼女もまた、年配のおかみさん達からノルマン風の家庭料理を教わるといった具合で、実に和気藹々とした雰囲気の中、大忙しに働いた。
「そーれイノシシだぞー、今日も畑で満腹だ〜っ」
「やあやあ浅ましきイノシシめ、我輩の剣の露としてくれよう。尋常に勝負勝負〜」
はしゃぐ子供達の声が聞こえる。忙しく手を動かしながらも、どのくらいの猪を仕留めて来るだろうとお喋りし合う女達の声。それが戦馬鹿のちょっとした憂さ晴らしだったのだとしても、領主自らが自分達の困り事を解決する為に動いてくれたと村人達が感じ、とても好意的に受け取っているのは間違いの無い事実だ。
(「この空気、大切に育てていかねば」)
謙一郎も腕まくり。皆が戻るまでの間、雑用諸事に立ち働く事にしたのだった。
男達は領主指示の下、猪の棲家となっている森に踏み入って、木の棒や鐘を力いっぱい打ち鳴らす。こうして猪を追い込んで行くのだ。敵はかなり知能が高い。嗅覚に優れ、足も速い。手強い相手だ。
「ここが通り道か。確実に近付いておるようじゃな」
七刻双武(ea3866)が猪の糞を見つけ、アウル・ファングオル(ea4465)に頷いて見せる。猪は日中、日当たりの良い藪などに隠れて眠っている。彼らの通る道は決まっていて、糞でそれを知る事が出来る。逃走する時にも律儀にそこを通って逃げるのだ。
「ここにも罠を仕掛けておきましょう」
アウルは双武と共に、要所要所に罠を仕掛けて回る。草を編んで転倒させるようなものから、落とし穴といった手の込んだものまで様々だ。
「網を絞るように狭めて行かなければ猪の反撃を受けてしまうぞ!」
双武の要請で加わったスレナスは、この場を自警団の実戦訓練に利用した。元々が素人の自警団を、彼は明確な指示と物腰柔らかな指導でそれなりに戦える集団に纏め上げつつある。ここが一先ずの仕上げの場という訳だ。
「彼の方が領主に向いているんじゃ‥‥」
アウルがボソっと呟いた言葉は、猪だ、と叫んだ声に掻き消された。スレナスの指示の下、自警団に追い立てられパニックに陥った猪は、あっさりと落とし穴に突っ込んで滑り落ちた。それ網だ、いや槍だと村人達もパニック気味なのはご愛嬌。
村人達も次第に馴れ、この日の狩りは驚くほどの成果を上げた。それだけ猪が多かったという事でもあるのだが。これからは自分達だけでも、と彼らが自信を付け、陽も西の空に傾いて、そろそろ終わろうという空気が流れ始めた時。現れたのは、人の大人ほどもある大きな猪だった。恐れ戦いた村人達が悲鳴を上げて逃げ始め、それに触発されたかの様に、大猪が襲い掛かる。
「む、いかん!」
双武が放ったライトニングサンダーボルトが大猪の目前に突き刺さる。だが、危険は去った訳ではない。猛然と突進を繰り返す手負いの猪に、至る所でわあっ、と悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。領主は供のスピアを引っ手繰り馬に飛び乗って駆け出していた。彼の意図を察した双武が猪の通り道を指し示し、スレナスと共に追い立てる。ジャンは猪の先を読んで側面から迫り、互いが交差するまさにその時、猪の左脇腹にスピアを叩き込んだ。猪は態勢を崩してごろごろと転がり、何度か痙攣した後、動かなくなった。
「肋三本を一撃か。なるほど武勇の人というのは偽り無いようじゃな」
そこはまさに猪の心臓。双武が素直に感心する。暫しの沈黙の後、人々から歓声が湧き起こる。うむ、うむ、と相変わらず無愛想な領主殿だが、アウルには彼が人々の反応に驚き、感動しているように見えた。
「優れた資質を示す者には、人は自然と従うもの。領主としての資質が問われている今、民から学ぶ事も多いでしょう。人の上に立つ者は他者に寛容であるべき、とは養父の言ですが‥‥ 貴方が治めるべき民の声に良く耳を傾け、誠実である事を願います」
深々と頭を下げたアウルの言葉に、領主殿はふむ、と考え込んでいた。
自信満々で凱旋した男達を、女達は温かく出迎えた。心尽くしの料理と酒が用意され、獲物の肉も早速調理されて村人達の舌を楽しませた。肉は収穫祭の振る舞い用に幾分か残し、後は狩りに参加した人々に分配される。毛皮は領主に納められたが、時を置かず働きがあった村人に褒美としてこれを下げ渡している。
「いやはやご領主様の働きの見事な事と言ったら!」
「全く。しかも気前もいいときたもんだ」
領主殿は随分と男を上げた様子。皆が武勇伝に花を咲かせている中、スレナスを呼び止めたのは仙だった。お疲れと声をかける彼女に、大した事はしてませんよと笑う彼。
「ね、バルディエ卿ってどんな人なの?」
唐突な質問だったが、彼は淀み無く答えた。
「ご立派な方ですよ。得難いお方です」
「ふうん。ところで貴方は将来どうありたいの? 騎士の身分に憧れたりしない?」
彼は、そうですね‥‥、と言って間を置いた。思うところがあったのか、はぐらかしたのか。
「まぁわざと地位を持たないことで、かえって自由に動けるって事もありますものねぇ」
小さな声で呟いた仙。助け舟を出したのか、カマを掛けたのか。にゃはは、と謎の笑いを残して、そろそろ始まるであろう後片付け大戦争に向かったのだった。
●夜盗の正体
収穫が終わるたびに穀物倉から穀物を盗んで行くと言う夜盗の存在に、カシム・キリング(ea5068)は疑念を抱いていた。
「夜盗と言うがそう直々現れるモノだろうか? 頻繁に現れないのならば村の情報をどう入手するのか?」
街道沿いを荒らし回る盗賊団だったら、窃盗というより強盗として奪っていくほうが手っ取り早いし潔い。そんな風にイヂワルに考えると怪しくなってくる。狂言とまでは行かなくとも、別の真実があるかもしれない。
伝道ついでに、カシムは西の村の家々を回り、仕事を終えて一息ついている村人との世間話に興じた。
「いやあ、うちの旦那は飲んだくれで困ったもんだよ」
さる農家のおかみが語った。
「ろくに働きもしないくせして、金ができるとみんな酒に代えて飲んじまう。おかげでうちは、1年中すっからかんだよ。うちは育ち盛りの子どもを3人も抱えているってのに」
「それは、困ったものじゃなぁ」
相づちを打ちながら、端で遊んでいる子どもたちを見ると、みな食べるものは食べているらしく血色がいい。
「旦那がそんな様子では、毎日の食べ物に不自由はしないのかのぉ?」
「いえね、幸いなことに4軒隣の旦那が食べ物を分けてくれるのさ。何でも物持ちの親戚がいるらしくってね。おかげでこの方、食べ物にだけは不自由したことはないよ」
で、言われた旦那の家に行って、訊いてみる。
「話に聞いたのじゃが、困っている村の者に食べ物を分けておるとか。いや立派な心がけじゃわい」
「いえ、とんでもねぇ。お互い様だから」
「聞けば、物持ちの親戚がおるとか。わしも一度会ってみたいのぉ」
すると旦那はごまかすように言った。
「いやぁ、実はその親戚は遠くに住んでるし、気難しい方なんでな」
カシムは直感した。こいつは裏がありそうだ。
レニー・アーヤル(ea2955)は調査のため、夜盗が狙いそうな穀物蔵の周りの地面を浅く掘って水を満たし、水たまりをいくつも作った。
「いったい何をなさってるんで?」
「秘密ですぅ☆ 誰も近づかないでね」
村人に訊ねられても理由は明かさなかったが、実はパッドルワードの魔法で不審者を見つけ出すためだった。水たまりの一つが答えた。
「禿頭の中年男が私を踏んだよ」
その水たまりは夜にも同じように答えた。
「昼間と同じ男が私を踏んだよ」
この人物について心当たりはないかと村人に訊ねると、それは商売で村を訪れる行商人に違いないと村人は答えた。
「そうさねぇ、毎年の収穫期になるとよく姿を見せるねぇ。この街道沿いで商売をしているらしくって、この村にも朝と夕方の2回立ち寄ってくのさ」
「まったく夜盗の奴らは抜け目ないったらありゃしません。領主様の立てた見張りが街道を見張ってるってのに、その裏をかいて蔵を破り、せっかく取り入れた穀物をごっそり盗んでいくんですから」
これは、カミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)の聞き込みに応じて語ったさる村人の言葉である。ちなみに一昨々年、一昨年と被害が相次いだので、今年は貯蔵場所を別の蔵に変えたという。それが、かの少年が穴を開けていた蔵だ。
鳳飛牙(ea1544)を連れ、以前に被害に遭った蔵を調査してみると、確かに壁には穴を開けた跡があった。今では修理されて塞がれているものの、その穴の位置に飛牙はぴんときた。あの少年も、壁のこのあたりに穴を開けようとしていたのだ。
「あれは悪戯なんかじゃない。人が忍び込むための穴を開けようとしてたんだ」
村人から少年の家を聞き出し、訪ねてみた。
すると、真っ昼間から出来上がっている親父が、古ワインの袋をぶら下げて、機嫌悪そうな表情で顔を出す。
「なんだ、あの小僧に用か? その辺をぶらついてやがるだろ? てめえらで勝手に探しやがれ」
仲間と一緒に少年を捜すと、少年は収穫の終わった畑で落ち穂を拾っていた。
「よぉ、少年。また会ったな。ちょっとばかし、聞きたいことがあるんだけどな」
「あ‥‥!」
近づいて声をかけた飛牙の顔を見るなり、少年は顔色を変えて逃げ出す。
「Espere! Chico!」
キアラ・アレクサンデル(ea2083)が叫んでダッシュし、少年にタックルして組み伏せた。
「さてさて? どーしてくれよーかなぁ?」
「訊問はわたくしに任せなサ〜イ☆ 詳しい話は領主様の拷問部屋で、じ〜っくりと聞かせてもらいましょ〜」
「ひぃ‥‥」
クリシュナの言葉に少年はびくっと身を震わせるが、彼女は顔に凶悪なニヤニヤ笑いを浮かべ、さらに追い打ちをかける。
「領主様の拷問と怪人改造魔法、好きな方を選んで良いのですよ〜」
「脅かすのはそのくらいにしておきなさい」
まだ年若きカミーユは、ナイトの威厳をもって少年に諭した。
「武辺者の領主さまがあなたの行ったことに対し、何をもって応じるか? 解りますかしら?」
「ひぃぃ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
少年は泣きじゃくり、ひたすら頭を地面にこすりつけている。
「さあ、正直に話しなさい。壁に穴を開けたのは、盗みの手引きをするためですね?」
少年は泣きながらうなづくばかり。するとアマツ・オオトリ(ea1842)が少年の肩を抱いてささやいた。
「案ずるな。その犯した罪は、我々だけの秘密にしておこう」
言うとアマツは皆の前で土下座し、頭を擦って仲間に懇願した。
「この私に免じ、この少年の罪を許して欲しい。この通りだ」
そうまでされてはカミーユも言葉に詰まる。
「アマツ様、一廉の武人ともあるお方がそこまでされずとも‥‥」
「この少年の未来と比べれば、私の誇りなど安いもの。足らぬなら、我が首を刎ねて領主に差し出すが良い。安心せよ少年、君も、この村も、必ず夜盗どもから守って見せよう」
「違うよ‥‥夜盗じゃないよ‥‥」
少年のつぶやきに、アマツは少年をまじまじと見つめて問い詰める。
「どういうことだ?」
だが、その答はレニーから帰ってきた。
「犯人は、この村へよく来る行商人のおじさんでしょう?」
少年は顔を上げ、不思議そうにレニーの顔を見る。
「どうしてそれを‥‥」
少年は言う。
「あのおじさんは泥棒だけど、本当はいい人なんだよ。オレは食べ物に困ってる村の人の手伝いをしてただけなんだ」
思わぬ展開に一同の思案顔が並んだところへ、ふわりふわりと飛んできた影一つ。
「おお、こんな所に集まっておったか。ちょうどよかったわ」
シフール伝道師のカシムだった。
「実は夜盗の件で耳に入れておきたいことがあってな。ちとお耳を拝借させてはもらえんかな?」
少年の供述、そしてカシムの話から真相が見えてきた。かの行商人を名乗る男は毎年の収穫期になると、見張りが手薄になる日を選んでは真夜中に馬車で乗り付け、こっそりと小麦を盗んでいたのだ。貧窮する村人たちに入れ知恵し、協力した村人には半分を分けてやるという条件で手助けをさせていた。村人にも小麦が手に入る上に、被害届けを出すことで税を軽くできるという美味しさがあった。
さっそくカミーユの調査が始まり、関係した村人への訊問が秘密のうちに行われた。
「お許しくだせい! 悪気はなかったんですだ!」
「毎日の生活が苦しいもんで、ついついあの男の口車に乗っちまって‥‥」
訊問を受けた村人たちは平身低頭して詫びを入れる。聞けば小麦泥棒は相当に口の立つ男で、村人は生活苦につけ込まれ、悪事に荷担した様子である。
訊問が終わり大方の事実関係が判明すると、カミーユは加担者たちに告げた。
「チャンスを差し上げますわ。小麦泥棒捕縛に協力して戴きます」
朝、小麦泥棒の行商人がやって来ると、少年が駆け寄って耳打ちした。
「今日は領主様が騎士たちを連れて遠出する日で、明日の朝まで戻らないよ。貯蔵庫の小麦もだいぶ溜まって来たよ」
「そうか、よく知らせてくれた。今晩だ。皆への連絡を頼んだぞ」
夜半、村人がこっそりと街道からやってきた馬車を村の穀物蔵の前へと迎え入れる。馬車には小麦泥棒が、手下のゴロツキ2人を従えて乗っていた。村人たちは少年が壁に開けた穴から蔵の中に潜り込むと、小麦を手際よく運び出して馬車に乗せた。
「これで終わりだな? 手伝ってくれてありがとうよ。来年もよろしく頼むぜ」
馬車を走らせようとしたその時、鐘が打ち鳴らされ、あちこちで叫びが上がる。
「泥棒だーっ!!」
小麦泥棒は顔色を変え、馬に鞭をふるって馬車を急発進させた。ところが街道で待ち受けていたのは、今夜は戻るはずのなかった領主と騎士の一隊ではないか。
「畜生! はめあがったな!」
賊の3人が馬車を捨てて逃げ出したところへ、カシムがダークネスを放つ。
「うわあ! 暗くて何も見えねぇ!」
ゴロツキ一人が闇に捕らえられて街道から足を踏み外し、真っ黒な塊になって麦畑をごろごろ転げ回る。そこへアマツが組み付いて押さえこんだ。
「観念しろ」
逃げていくもう一人のゴロツキを領主の騎士たちが取り囲む。
「て、てめえら! ぶっ殺すぞ!」
震える手で剣を握って叫ぶゴロツキの目の前には、どっしり重たい剣を構えた領主が立っていた。
「この俺を猛牛のジャンと知って剣を向けるか?」
言うが早いか、ゴロツキの剣を跳ね飛ばしていた。見守る村人が歓声を上げる。途端、ゴロツキは地面に這いつくばって命乞。
「お許しくだせぇ! 俺はあの盗人に雇われていただけですだぁ!」
ところが肝心の小麦泥棒の姿が見あたらない。どこに消えた!?
「は〜い☆ 泥棒さんは麦畑のあの辺に蹲まってま〜す☆」
インフラビジョンで隠れ場所を見つけたクリシュナが、麦畑の一画を指さして叫ぶ。
「え? あの辺りですかぁ?」
その場所へレニーがウォーターボムをぶち込むと、小麦泥棒がぎゃっと叫んで飛び出した。
「大人しくぅ、捕まりなさぁい!」
目の前に立ちはだかったレニーを賊が突き飛ばすより早く、疾風の如き飛牙の足払いが賊を転ばせる。
「むぅ! もう、怒っちゃいますよぉ!」
またもレニーがウォーターボムをぶち込み、ダウンして地面に伸びたところを縄でぐるぐる巻きに縛り上げる。
「ひぇ‥‥! 命ばかりはお助けを‥‥!」
「ちゃんとぉ、皆さんに謝ればぁ、罪は軽いかもしれないですぅ‥‥保障しませんけどぉ」
泥棒一味を捕縛すると、領主は協力した村人たちに向かい、さも満足げにその労をねぎらった。
「このたびの働き、まことに天晴れであった。さすがは俺の領民だけのことはある。特に少年よ、賊の侵入をいち早く知らせてくれたおまえには篤く礼を言うぞ」
その言葉に少年は体を震わせ、泣いて訴えた。
「ごめんよぉ! 賊を蔵に引き入れたのはオレなんだ!」
領主の顔色が険悪に変わり、その手が剣の柄にかかる。
「小僧! それは真か!?」
すると一人の男が領主の前に飛び出した。いつも飲んだくれていた少年の親父だった。
「領主様ぁ! 斬るならこの俺を斬ってくだせぇ! 食い物欲しさに息子に盗みを手伝わせてたのは、この俺なんだぁ!」
他の村人たちも口々に懇願する。
「実はおら達も盗みを手伝っていただぁ!」
「その子だけが悪いんでねぇ! 罰するならわしらも罰してくだせぇ!」
領主はあんぐり口を開けたまま言葉を失った。
「領主殿‥‥」
何か言いかけたアマツに領主が怒鳴る。
「言うな! 分かっておるわ!」
続いて、領主は怒気をはらんだ声で村人たちを叱りつけた。
「ええい! 揃いも揃って情けない奴らめ! これが我が領民だと思うと情けなくなるわ!」
領主はそのまま背を向けて立ち去りかけたが、ふと足を止めて振り返り言い放つ。
「盗人の手引きをした罪については、近々に裁きを下す! それまでおまえらの命は俺が預かるものと思え! 裁きを恐れて逃走する者があらば、四つ裂きの刑に処す! 心しておくがいい!」
●真剣勝負
イノシシ狩りも終わり、双武が獲物の皮剥や血抜きをしているところへ、クリシュナがやってきた。
「ん? 何か用かな?」
「最近、アマちんとうまくいってる?」
「色々と思い悩むこともあるようじゃが、彼は気性の据わった武人。余計な心配は無用じゃろう」
「ふぅ。おじさんも年だし、アマちんと子作り急いだ方がいいっしょ?」
「‥‥ん?」
「何なら、どんな高僧も一発で野獣と化す、我が結社の超絶超級精力剤、この『リアル皇帝液マックス・バー・カタストロフ』を!! ‥‥え、いらない?」
ちっ、と舌打ちし、クリシュナは懐から取り出した怪しげな強壮剤をしまい込んだ。
その日の夜。
心地よい夜風の吹く中、アマツは双武との逢瀬の場所へと歩んでいた。
先の月夜の死合で剣と剣とを交えたその場所に、この夜も双武の影があった。
「来たか、アマツ殿。今宵も心ゆくまで剣を交えるか?」
武人にふさわしい立ち姿で、いつでも刀を抜けるよう双武の手がその刀の柄に添えられているのがアマツには分かった。しかし今夜の彼は刀に手を伸ばそうともせず、恥じらうように言葉を投げかける。
「‥‥意固地だった。だが過日の死合いで覚悟が決まった。私は、双武様と歩む。例え五体を引き裂かれようとも」
「そうか」
双武が短く答えた後、しばしの沈黙が流れる。何も言わずとも、アマツも双武も互いの心を感じ取っていた。己の剣の腕を頼みに世を渡ってきたが、色恋にかけては不器用になってしまう者同士。それでも真剣勝負でぶつかり合うことが、下手な恋の囁き以上に互いを理解し合える術であることを心得ている。
「頼みがある。その‥‥わ、私の唇を奪って欲しい」
やっとのことでアマツはその言葉を口にした。双武も何と答えていいものか窮したのだろうか。言葉を発したのは短い沈黙の後だった。
「では、参るぞ」
双武の体が風のように動いた。
「あっ‥‥!」
戦場での格闘そのままに、アマツは地面に組み伏せられていた。
「勝負はあったな」
双武の顔が、アマツのすぐ間近にある。
その顔、その眼差しには、どこか自分の祖父の面影があるようにアマツには思えた。
(『覇王』の二つ名で呼ばれ、勇者と讃えられた我が祖父。その血を継ぎ、故郷では『獅子の女王』と呼ばれたこの私が。──情けない、甘える術すら分からぬ)
「わたくしの唇、初めての接吻を──」
双武の唇がアマツの唇に重なり、囁きを遮る。二人の上を、ただ夜風が通り過ぎてゆく。
急に、アマツはがばっと上体を起こして叫んだ。
「そこにいるのは誰だ!?」
「待て待て、敵ではなさそうじゃ」
とっさに身構えた双武だったが、草の陰から立ち上がった姿を見て安心したように言う。
「Buenas noches!」
「あは〜、こんばんわ」
現れたのはキアラとクリシュナ。
「貴様ら! のぞきをやっていたな!」
刀の柄に手をかけ、にじり寄るアマツ。
「あ〜アマちん、これには深いふか〜い訳が‥‥」
クリシュナは冷や汗顔。キアラがスペイン語でまくしたてる。
「久しぶり〜ってゆーか、いつの間にラブラブになっちゃったワケ? アマツちゃん。ま〜詳しい話は明日の朝にでも聞かせてちょーだい。とゆーわけで、アスタ・マニャーナ!」
「あ! キアラさん逃げた! キアラザァン!! オンドゥルルラギッタンディスカー!!」
キアラの後を追おうとしたクリシュナを、アマツの手がむんずとつかむ。
「貴様だけは逃がさんぞ!!」
「ウギャアアアアアアアアアーッ!!」
闇夜にクリシュナの絶叫がとどろき、その叫びは夜の静寂の中に消えていった。
●小さな兆し
今日もツヴァイン・シュプリメン(ea2601)は仕事にかかりきりだ。
「では、今日の勉強だ。領内の収支を決算して、今後どの程度の規模の活動ができるか調べてみよう」
「う〜む」
「たとえば街道整備を二キロほど出来る資金力とか、貯水池を一つ作れる資金力とか、小さい川に橋を二つ架けれる資金力とか」
「う〜む」
もっぱら領地の会計や経理を監査する傍ら、領主に算術を指南したりしているのだが、領主は馴れぬ計算に四苦八苦して始終うなりっぱなし。
ツヴァインにとっても頭の痛いものがある。領内で事業が進むのはいいが、水路工事で村人に払う日当に家畜の買い付け、炊き出しの食費など、このところ出費がやけに多い。シクルからは鍛冶屋の誘致の話も出ている。最終的な出費がどの程度になるかはもうしばらく様子を見ないと分からないが、ただでさえ火の車の領地経営なのに、このままでは負担はなおさら増えるばかりだ。
「まあ、今日はこのくらいにしておこう。ところで、近々行われる収穫祭のことだが、色々と頑張ってくれた領民に対してのご褒美ということもある。酒宴は無礼講にしてはいかがだろう?」
「無礼講の酒宴か? おお、それは俺も望むところだ」
酒好きの領主は、思わず顔をにんまりさせた。
北の村の水路掘りは、なかなか思ったようにはかどらない。村人たちの志気も今ひとつだ。
「やれやれ。毎日毎日こうも骨折り仕事が続いては、身がもたぬわい」
工事の最中、仕事そっちのけで鍬や鶴嘴を置いて話にふける村人の姿もちらほら。それでもシクルが見回りにやって来ると、慌てて道具を握って仕事に励む。
「具合はどうですか?」
「はい、一生懸命にやってますだ」
「いずれ、この道路や水路が村を豊かにしてくれる日が来ます。その日のためにも、今ここで頑張りましょう」
「はい、騎士様のおっしゃる通りですだ」
シクルが行ってしまうと、村人はぼそっとつぶやく。
「おっしゃることはもっともだけど、もちっと仕事が楽にならんかのぉ」
きつい仕事が続く中でも、食事時だけは楽しみである。
「さあ、一列に並んでください。シチューは一人一杯、パンは一人一個ですよ」
エプロン姿のグリュンヒルダが炊き出しのシチューを配る。村人はおいしそうに食べ始めたが、中には不満をもらす者も。
「味が薄い、具が少ねぇ、それに量が少なすぎら」
思わずグリュンヒルダはため息ついていた。領地経営の苦しさが、こんなところにまで影を落としている。
一方、吉村 謙一郎は今日も見回りに励んでいた。が、今のところ異常らしきものはない。
「わしらの気にしすぎだったべか? 本当に徴税が主目的で、裏らしきものと言えばせいぜいアレクス卿からの勧誘くらいのものだったのだべか?」
高台に立ち、工事の様子を見つめている赤毛の少年の姿が見えた。吉村はふと思い立つ。そういえば、あの少年は昨日も同じ場所にいたような‥‥。
「おう、坊主。元気にやっとるか?」
吉村が声をかけると少年は笑顔を向けた。しかし言葉は喋らない。吉村は見回りを続け、夕刻になって先の場所に戻ると、少年の姿は消えていた。
国境の向こう側の領主の動きが気になった飛牙は、散歩するふりをして国境沿いの見回りをしていた。本当は誰か妙齢の女性を誘い、『でぇと』のふりをしても良かったのだが。
ふと、国境を流れる小川を見ると、赤毛の少年の姿が見えた。足を小川の水に浸け、地境の向こう側の川辺に立つ男と何やらひそひそ話をしている。いったいどこの村の子どもだろう?