稚き歌人騎士4〜島に旗を掲げよ

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月27日〜10月02日

リプレイ公開日:2004年10月04日

●オープニング

 根本的問題は何一つ解決していない。一つを片づければまた一つ。いや、3つ位新しい問題が顕れて来る。これが戦時ならば、敵を迎え撃って降すことだけ考えて居れば、領主の務めは充分だ。領民を護り闘うこと。それ以上のことは考えずとも済む。
 しかし、戦とは大いなる浪費。血を流すよりは汗を流せの号令は、戦時でこそ活きるもの。4つの村を巡る志士の眼は、柔和なる面とは対蹠的、猛禽の如き光を放って寸毫の兆しも見逃さぬよう配られる。
「貴殿の見立てはどうであろうか?」
 蝋版を手にメモを取るウィザードは、板に塗られた蜜蝋を均して書き換えながら問いかけた。
「まんず、わしらは外様だべ。なかなか心を開いてくれんのが障害ですだ」
「何より無い袖は振れんのが村人の本音であろうな。入植から時が経たず、水路一つとっても不十分。土地は痩せ、物生りも少ない。御領主は政にはど素人とくれば、自らを頼む他無いであろうな」
 それが、問題の温床だ。と、蝋板を見せる。その数字を読み上げるだに次第に心は重く感じる。
「なあ、後で一緒に御領主のとこさいってくれねか?」
 一日2時間ほどの講義は、なかなか進捗しない。出来ぬ物を出来るようにするのが教師の役目とあれば、自分はなんであろうか? と思い始めていたウィザードは、
「宜しいが、何か考えでも‥‥」
「あんたは学者ゆえ、学問さねぇもんにゃ高尚過ぎるかも知れねぇ。それに、ちぃと気がかりが‥‥。本当に徴税が主目的で、裏らしきものと言えばせいぜいアレクス卿からの勧誘くらいのものだったのだべか?」
 それにしては報酬が大きすぎる。思った以上に裏の事情が込み入ってるのかも知れない。
「収穫祭は、来月の末辺りと聞いた。貧しいながらも準備は着々と進んでいる」
「森を御領主に開放していただけば、落ち葉や下草を集めて堆肥が作れますだ。そいと下肥さ活用すれば、少しは地力も増えますだな」
 これは今からでも実行できる。最も簡単な方法として、森の落ち葉や下草を集め、休耕地に余分な麦藁と一緒に積み上げて、小便を掛けておくだけでも良い。
「耕した後に炭の粉を撒いて置くのもよいであろう。竈の灰を小便壺に入れ、そこで用を足せされば、半年後には良い肥料となるのだ」
 文献や耳学問を総動員して、少しでも明るい可能性を拾い上げようとする二人。
「精がでますな」
 後ろから追いかけてきたスレナスが馬から下りる。
「あ、あくまでも参考意見ですが‥‥」
 スクロールを二人に渡す。図面とゲルマン語の解説が書かれている。
「ほう、これは。なるほど‥‥畑の位置ですが確かに御領主の畑をここに移動すれば、いざというとき刈り取って敵に対する守りとなりますだ」
 戦人らしき考えも交えて羊皮紙の地図を示す志士。
「確かに、麦の切り株は騎馬の足を痛める故、守りの一部となるであろうな。すると敵の騎馬の動きはこう。館に近づくためには右半身を晒す形になる」
 志士は目を細める。
「軍事としても及第点が頂けますか?」
 スレナスはいたずらっ子のような顔。
「僕からでは角が立ちます。宜しければ、お二人の案として提示願いたい。この図の通りにすれば、要害の土地となるでしょう」
 ウインクして見せる。そう、これは領主向けの説明だ。本意は農地の区画整理をして作業の効率化を図る口実である。
 ウィザードは笑う。
「水路は防衛のための水濠としても機能させ、水害防止の名目で、地境の川に堤防と言う名の土塁を築く。いや、話は逆だな」
 戦馬鹿の領主、猛牛のジャンに本腰を入れさせるには、全て戦の備えとして提案すれば良い。そして、それが結果として領民を潤せば良いのだ。勿論時間と労力は懸かる。しかし、事が軍事的な強化を全面に出している以上、作業には兵士達も投入されるに違いない。
「少しは腰を入れてくれそうだな」
 ウィザードは計算を巡らした。

 晩餐の後。ウィザードと志士は領主ジャンの学びのために参上した。
「御領主様。政は戦と同じで、四軽・二重・一信が肝要でありますだ」
 戦と同じと聞いて、少しは興味を示す領主。
「それは、どう言うことだ?」
「四軽とは、仕事を軽く、人間関係を軽く、しきたりや先例を軽く、組織を軽く感じさせることですだ。良き考えを下々から引き出し、自分の意志で働かせるには不可欠だぺな」
 頷く領主。
「そうだな。命令だけに忠実な兵は、間違った命令でも考えずに実行し、味方を危うくするものだ」
「二重とは、賞を重く、罰も重く、信賞必罰を公平にすることですだ」
 これは、言われるまでもないことだろう。武人ならば常に心がける事だ。
「最後の一信とは、御領主様が部下や領民をお信じになり、それを形にして示すことですだ。己を知る者のためにこそ、忠誠は捧げられますだ」
 いつになく染み入る言葉に、ジャンは深く頷いた。

「ジャン! 大変だ。上流で大雨でも有ったらしく、地境の川が暴れている」
 飛び込んできたスレナスの声に、急ぎ現地に駆けつけると、地境の荒れ地故幸い領地に被害はない。だが‥‥。
「川の流れが変わって行く。これは厄介な事になったぞ」
 普段は大して早くない川の流れが、泥の滝のように為っている。そして、眠れぬ一夜が過ぎた後、川の中程に幾つかの島が出来ていた。ジャンのものでも隣の領主のものでもない土地が、目の前にいくつか創られていたのである。大きい物は水車小屋が建てれるほどだ。無論、このような土地に物生りなど期待できない。しかし、いざ戦いとなったならば、どちらに帰属するか勝敗の重要な条件と為りうるのだ。
「急ぎ調査査し実体を掴まねば、断じて隣の領主の物にだけはしてはならん!」
 顔を見合わせる一団の後ろから、
「隣の領主に渡さなかったら良いのデスネ〜。それってわたくし達のものにしてもいいですかぁ☆」
 若いエルフのウィザードは瞳を輝かせて聞いた。
「物生りなど無い土地だ。宜しい。俺に寄進するなら改めて封(ほう)じてやる。条件は、俺の軍の通行と陣の設営を認め、隣の領主と家来を立ち入らせぬことだ!」
「ホントですねジャン様」
「俺に二言はない!」

●今回の参加者

 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1899 吉村 謙一郎(48歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2083 キアラ・アレクサンデル(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3412 デルテ・フェザーク(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3659 狐 仙(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3826 サテラ・バッハ(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●森の実り
 初秋。朝晩の寒さがしみ通る頃。未だ繁り渡り、陽の射さぬ暗き森。鳥の声、リスの声、風の声。足音に驚いて飛び出す野ネズミの影が過ぎる。葉の陰から、光の滴を編むように霧に映る幾筋の糸。樫の木、栗の木、クルミの木。ブナの大木が枝を投げかける。
 森は領主の所有である。狩り場であり、防衛拠点であり、建築資材や燃料の供給源である。土地の者でも迷いかねない森の中を、ロバを引いて進む人影。
「物成りは悪くなさそうなんだがな?」
 ドングリの実の多さに、サテラ・バッハ(ea3826)は呟いた。山ブドウの繁りも悪くない。森が豊かである年には、畑もまた豊かな実りの季節を迎える。
 幾つかのサンプルを籠に森から出てきた所、
「どうだ?」
 同じく調査に歩いていたツヴァイン・シュプリメン(ea2601)に出くわした。
「手入れが全くされていないな。豚を森で養うこともやってないらしく、入口近くでも腐ったドングリを沢山見つけた。落ち葉をかき集めても問題はなさそうだ。これを腐らせて畑に鋤込めば、少しは地力も上がるだろう。おたくの方は?」
「私は吉村殿に聞いた下肥の話を検討してみたが、きちんと処理しないと虫が身体に涌くらしい。簡単に利用できそうなのは小便くらいだな。灰を詰めた桶にヨモギを被せて、上から用を足す。試してみたが、灰が小便を吸ってくれて、意外と臭わないものであった。半年ほど小便を吸わすと、立派な肥料になるそうだ」
 小便桶のほうは既に申請している。肥料造り自体もツヴァインが、鋤や鍬は弓、肥料は矢、得物を収穫物に喩えて合点させた。問題は‥‥森への立ち入りだ。

「‥‥普通は森林官を除いて、森には立ち入らせぬ。どんぐりを豚の餌にするのは、他でもやっている事と解ったが。森の落ち葉をかき集めるだと?」
 ふうっと、ため息を吐き。サテラは言葉を続けた。
「今森は、畑が猪の害に遭うほど豊かだ。その恵みを受け継いだ落ち葉を集め、畑に施せば、地力が上がる。休耕地に、藁やイラ草で筵を編んで落ち葉の上に被せ、水を与えて常に湿らせて置くといい。何れ黒くて豊かな土に変わる」
 半分は謙一郎からの受け売りである。
「それから‥‥」
 半信半疑の領主に向かい、サテラは知恵を付ける。
「ここらは山ブドウも生息している。それに書物によるとパクス・ロマーナの時代にはワインの産地だったそうだ。気候も地質も適しているからブドウ畑を作るといい。最初の収穫まで時間が掛かるが、秋には沸き立つようなワインが献上されるし、金にもなるぞ」
 沸き立つワインと聞いて、領主ジャンは思わず唾を飲み込んだ。封土を持つ身になっても、ふんだんに飲めるのは酸っぱみ掛かった古ワインであったからだ。
「小便桶の件は決まりでいいか? 許可をくれれば、早速始めるが。灰は冬の間の暖炉の物や、竈の物を使えば良い」
 ツヴァインは、畑に施す肥料が如何に収穫を上げてくれるものかを熱心に説いた。
「‥‥しかしな」
 ジャンは口ごもる。特に冬場の暖房で出来た大量の灰は、加工用原料として売れるらしい。去年は領民から徴収した灰を売った金で赤字を補填したのだと言う。
「確かに、羊毛の油抜きにも古い小便を使うがな。だがそれを畑に与えれば、小麦やエン麦の出来も良くなって、年貢が増える。小便は小麦よりも高価かな? 灰はワインよりも高価かな? 物惜しみして勝利を決定する戦場に兵を送り込まぬ愚は、避けて欲しいものだ」
 戦に喩えた甲斐もあって、学びの時間が始まる前に領主ジャンは承諾した。

●領主の気構え
 戦馬鹿の領主殿は全てを戦場の概念で考える。これを改めるのは無駄というものだ。そう判断したツヴァインは領主への教育方針を変え、軍団経営的な概念によって領地経営のいろはを教えることにした。
「現時点での問題は、兵站の脆弱さによる士気の低さだ。兵の士気を上げる為には兵の環境を向上させねばならない」
「うむ、うむ」
「戦いにおける兵站の重要性には、前線で敵を阻む砦の重要性に勝るとも劣らないものがある。たとえ強力な武器・防具を揃えたとしても、後方の兵站貧しく十分な食料を供給できねば、兵の気力・体力ともたちまちのうちに衰え勝機は遠のく。豊かな兵站の確保は、勝利のためになくてはならぬものだ」
「うむ。まことにその通りだ」
 これまでの授業とはうってかわって、領主は目を輝かせてツヴァインの言葉に耳を傾ける。晩餐の時間になり小間使いが知らせに来ると、領主は何もうこんな時間か、もっと学びたいことがあったのにと、物足りなさそうな顔をして立ち上がった。
「この様子なら、わしがわかりやすく噛み砕いて教えることもねぇべ」
 ツヴァインの講義の手助けをするつもりだった吉村謙一郎(ea1899)だったが、領主の熱中具合を見てそう思う。
 晩餐の席でレニー・アーヤル(ea2955)は、西の村で小麦泥棒に手を貸し、税額をごまかした村人に対する処罰の件を領主に持ちかけた。
「罰するのは簡単ですがぁ、ここはぁ今まで払わなかったぁ税分を納めれば罪は問わないと言う事でどうでしょう」
 領主はぎろりと目を剥いた。
「そんな軽い罰で済むと思うか? 戦場であれば敵との内通者には厳罰をもって臨むのが当然。本来ならこの俺が即刻斬り捨てているところだぞ!」
 やれやれ、とツヴァインは顔をしかめる。領主殿の思考はどこまでも戦一色に染まっているから、こういう時には困りものだ。
「良き者には祝福を、愚者には破滅を。げに厳しきはタロンの教えなり」
 だしぬけに祈祷書の文句を口にしたのはカシム・キリング(ea5068)。何事かと領主はカシムを見る。
「信賞必罰とは言うが、人が実践するに当たっては褒美を与える事よりも罰を与える事の方が難しい。それ故に人は厳しくも高き所へ辿りつけずにいる。‥‥まぁ、そんな神学的な話はともかく、西の村の件をどう収めるか、統治者としてのジャン殿の度量が試される事件である事は確かじゃな」
 カシムのその言葉に領主はむぅとうなって口を噤んでしまった。
 すると謙一郎が訊ねる。
「ジャン殿に一つお尋ねしたいんだが‥‥」
「何だ?」
「戦場で兵が足りなくなった将が、年端もいかぬ若ぇ者を無理矢理かき集めて、戦の作法も教えず糧食も与えずに敵と戦えと命じたとするべ。それで若ぇ者たちが敵の姿に怖じ気づいて逃げ出したとしたら、その責めを負うのは逃げた若ぇ者だべか? それとも若ぇ者に無理強いした将にあるだべか?」
「無論、逃げた者達も責めを負うべきではある。だが、より大きな責めを負うべきは、戦う力もない者に無理強いした将であろう」
「分かりやすく言や、西の村の一件もそれと同じだべさ。ひもじい思いをしていたところを泥棒の甘言につられ、それが大きな罪になるとも知らずに手引きをしたんだがや、ここはその罪を減じるのが筋というものでがしょ?」
「なるほど、物は言い様だな」
 領主は何度も大きく頷いた。その心境の変化を見取ってレニーは提案する。
「村人には、納めてない税分を分割して毎年の税に加算する方法と、労役を増やして税分を返却する方法の2つから自分の意思で選ばせてはどうでしょう? 加算の場合は、最低でも5年分割とすれば、南の村の隠し畑からの課税がなるまでの臨時増税として扱えますし、労役の場合は工事の遅れている北の村に援軍として送れば、北の村の水路の完成を早める事が出来ますぅ。犯人さんもぉ、北の村で強制労働で罪を償ってもらいましょう」
 そこへ、じっと様子を眺めていたスレナスが口を挟んだ。
「訓練の足りぬ兵ならば、あるいは勝手な退却は許されるでしょう。そのような窮地に追いやった将にも責めはあります。これを村人に当てはめるならば、逃散や食料の隠匿に当たります。確かにそれだけで有れば、領民を処罰するのは誤りやも知れませぬ。しかし、盗賊の手引きをするのは明らかに外患を誘致する所行です。こればかりは断じて許すわけには参りませぬ」
 そう言って謙一郎の方を一瞥し、領主に向かって冷徹な決断を迫った。
「吉村殿の譬えに倣いますと、村一つは一つの部隊に相当します。村ぐるみの犯罪であるのは明白。こう言うとき、隊長殿は如何なる処罰を為されると思いますか?」
 隊長殿とはバルディエの謂いである。
「‥‥10分の1の刑。‥‥それが常道だ」
 すなわち、10人に一人をくじ引きで処刑する。と言うことだ。これには流石のカシムも血相を変えた。
「小麦泥棒の件で西の村とそれ以外の村との確執を避ける為には綿密な事件の捜査の後に、首謀者である行商人を適正に処断することじゃ。さもなくば4村の間に確執が生じ、後の経営に禍根を残すことになろうな」
 言外に、罪をよそ者だけに止めよと助言する。
「無論、調べ尽くした上でです。そして厳正なる処罰を! さもなくば第2第3の内通者が現れますぞ。斬首や縛り首など、生ぬるい処罰でも同じ事」
 スレナスは戯け者では無く、戦人(いくさびと)の顔で断言した。

●ちっぽけな島を巡りて
「一言言わせて貰えるなら、こういう事はまず自身が動いて向こうの領主と扱いを決めるというのが筋なんじゃないでしょうか」
 とある日の晩餐の席で、狐仙(ea3659)が領主に意見した。隣の領地との境界線上を流れる川の、その中程にできた小さな島を巡っての話である。
「領主たるもの内外に目を配っていなければ困ります。大貴族達の多くが必要とするのは真実ではなく口実です。領内は軍事目的を理由に内需拡大を図っていますが、さらに領外にまで手を出したとなれば敵に口実を与えかねません。貴方の主に与える影響というものも考えるべきです。でなければきちんとした参謀をお抱えになるか」
 そこまで言って酒をぐいっとラッパ呑み。
「な〜んて私ごときが偉そうに言う事でもないんだけどね、にゃははは」
「いいや、先があるなら続けてくれ。貴公の話も尤もだ」
 大まじめな顔で領主にそう言われ、思わず言葉を詰まらせる仙。すると助け船を出す形で、仙の隣に座っていたスレナスが言った。
「仙殿の意見ももっともですが、私の意見は異なります。我らにとっては頼もしい武将である猛牛のジャン殿も、旧来の貴族から見れば功の多すぎる新参者。本来ならば自分と顔を会わせる権利もない成り上がり者。端から見透かされておしまいです。そして、今ひとつ。真実一路は交渉に於いて必ずしも美徳ではありませぬ」
 その言葉に領主はテーブルを叩いて怒鳴った。
「俺では役不足だと!? 馬鹿も休み休み言え!」
 スレナスはすました顔で答える。
「おまえのような戦馬鹿には分からぬだろうが、それが貴族というものだ。隙や弱みを見せればそれに付け入り、事あるごとに足を引っ張ろうとする」
 仙も妙に納得した顔でつぶやいた。
「なるほどね〜。事態は思ったよりもややこしいか」
「いずれにしてもお隣さんの近くでぇ、何かするならぁ挨拶したほうがいいですぅ」
 レニーが言った。
「相手との境界線で事を起こすなら、相手の誤解を招かないように一言あった方がいいのではありませんかぁ? もしよろければ領主様に直筆の手紙を書いていただき、自分が使者として手紙を持っていきますぅ。お隣さんの様子も公然と見に行けますしぃ」
「うむ、よかろう。『この島は我が領地なり。貴卿の兵の立ち入りを禁じる』と、このように書けばいいな?」
 それを聞いてスレナスがぷふっと吹き出した。目をむく領主。
「何がおかしいか?」
 するとカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)が意見する。
「いたずらに敵対心を煽ることはありませんわ。島に関しては丸く収まるようなら、それに越したことはありません」
「いや、しかし‥‥」
「島は万に一つの軍事拠点くらいにしか利用価値はなく、故にどちらの勢力下に置かれても、互いの疑心暗鬼も招きますわ」
「まあ、確かにそうかも知れぬが‥‥」
「現在、冒険者の方々が島を欲していますわ。実益のない土地でも、一介の冒険者に領土という肩書きは魅力ですわ。冒険者による島の領有を双方の領主が認め合うことで、島を中立地帯とするのがよろしいですわ。いずれにせよ、やがては流されて無くなる土地ですし、冒険者の戯れにお付き合い下さいませ」
 カミーユがにっこり微笑みと、領主はう〜むとうなって考え込み、しばしの沈黙の後に答えた。
「要するに島をどちらにも属さぬ中立地帯とするのだな? ならば俺は一つ条件をつける。もしも奴輩が中立を侵して島に攻め込むならば、俺はただちに兵を挙げて奪い返し、これを我が領地となして保護する。とな」
 かくして話はまとまったが、やりとりを最後まで聞いていた仙がぽそっとつぶやいた。
「まったく。いつ消えて無くなるかもしれないちっぽけな島のために、ここまで話がおおごとになるとはねぇ‥‥」
 それを聞いてスレナスが言う。
「大なれ小なれ、それが領地争いというものですよ。少なくとも島とこちらの川岸に挟まれた領域には、こちらの優先漁業権が生まれるのですから」

●使者は境界を越え行く
 領主の親書を携え、カミーユとレニーは川の向こう側の領主の館に向かう。スレナスにも同行を求めたのだが、隣の領主の警戒を招くからと断られた。地境の川を渡り、目指す領主の館を望む場所まで来ると、館から騎士が馬に乗って駆けつけた。
「止まれ。何者だ?」
「このお方は騎士、カミーユ・ド・シェンバッハ様。わたくしはお供のレニー・アーヤルと申しますぅ。隣の領主様の親書を携えて参りましたぁ」
 レニーが答える。
「ついて来るがいい」
 騎士は固い表情で二人を館に導き、大広間に通した。目の前には隣の領主。武人というよりも計算高そうな文人タイプの男で、あご髭はつるつるに剃っている。その周囲には帯剣した家来たちがものものしく立ち並ぶ。親書はお付きの騎士の手に手渡され、騎士は書かれた親書の内容を領主に伝えた。
 領主は警戒を込めた眼差しをカミーユとレニーに向け、ラテン語で何事かを告げる。このノルマンにおいて、わざわざ聖書を記した言葉で話すのは、己の学問を誇示しているのであろう。それをお付きの騎士がゲルマン語に翻訳して伝えた。
「親書は確かに受け取った。ただし、こちらにも条件がある。もしもジャン殿が中立を侵して島に攻め込むならば、我は非道なる行為より島を守るために兵を挙げ、侵略者を追い払った後に島を我が領地となし、これを保護する。──我が領主殿はこのように仰せられる」
 さらに領主は何事かを付け加え、騎士がそれを翻訳して伝える。
「成り上がり者の貴公らの領主と、その主君バルディエ卿に対しては、有力な貴族諸氏も多大な関心を寄せている。もしも貴公らの領主が分別を無くし、それを受けて我が主君が直接動き出すなら、それを我一人の力で止めることは難しい。事は一領主の争いだけに留まらぬ。そのことを十分に心せられよ」
 領主宛の親書を手渡された帰り道。レニーはカミーユと共に気軽に散策するふりをしながら領内の村を見て回る。こちらも刈り入れ時で小麦の実り具合もよく、領地経営はジャンの村よりも格段にうまくいっている様子だ。しかし穀物の実りの良さに反して、村人たちの身なりは貧しい。
「貴様ら、こんなところで何をしている?」
 気がつけば、領主の館から駆けつけた騎士がレニーの背後に立っていた。
「用事が済んだらさっさと封地に戻れ!」

●特産品探し
 謙一郎はヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)を連れ、領内の村々を回っていた。目的は領民との交流を図るとともに、村の特産品として領主の財政を潤すための地場産業の種を見つけるためである。
「おらの爺さんは、村では名の知れた陶器職人でな」
 遠い村から移り住んだ村人が言う。
「おらも昔は爺さんの手伝いで、粘土をこねてろくろを回したもんさ。もっともおらの家は子沢山で、おらは口減らしのために昔の村を出て、今のこの村に移り住んだんだがな」
「なるほど、陶器ね」
 村人の言葉をヴラドが蝋板に書き留める。
「あたしが昔住んでた村は、そりゃもう貧しい村でね」
 これはさる年老いた老女の言葉。
「そんな村だから細々と薬草を育てて、それで薬を作って売り歩いたもんさ。痩せた小さな土地で手間暇かけて育ててね。それで何とか飢え死にせずにやりくりしたもんだよ」
「ふむ、薬草か」
 老女の語ったその言葉を書き留めた後、謙一郎とヴラドはさる村人から風変わりな話を聞いた。
「俺は神聖ローマ帝国のひどい暮らしがいやで、ローマから逃げ出してノルマンに移り住んだんだがな。ローマの貴族の間で評判の珍しいキノコで、トリュフというのを知ってるか?」
「おお、それなら我が輩も、故郷のローマ帝国にいた頃に聞いたことがあるのだ。舌触りといい香りといい、一度食べたら病みつきになるほど旨いキノコらしいのだ。同じ重さの金と引き替えに取引されることもあるくらいなのだ」
 思わず相づちを打つヴラド。
「そう、そのトリュフさ。地面の下の松の木の根っこに生えるキノコでな。見た目は真っ黒い塊で、とても食う気が起きるような代物じゃねぇがな。で、俺も貴族のトリュフ狩りに何度か付き合わされたことがあったぜ」
「で、地面の松の木の根っこに埋まっているトリュフを、どうやって見つけるんだべか?」
 謙一郎の問いに対する村人の答は実に奇妙なものに思えた。
「豚を使うのさ。ただし、豚はメスの豚でなけりゃいかん。何でもこのトリュフの匂いを嗅ぐと、メス豚は夢中になって地面を掘り返すらしいんだな」
 一通り話を聞き終わった謙一郎とヴラドは、聞いた話の中身を吟味する。
「陶器を作るにはまず良質の粘土の採れる場所を探さねばならんし、薬草も育てるには時間がかかるべ。すぐに収入に結びつくのは、トリュフとかいうキノコくらいのものかのぉ」
「でもいくら売れそうな商品が開発されたとしても、実際に売れなければ村人も産業振興のやる気が起きないのだ。聞けばここのご領主は傭兵出身で周りとも微妙な関係な気がするのだ」
「いやまったくその通りだべ」
 謙一郎ははたと思い当たった。バルディエ公が貴族の手を借りず、領地経営の手助けをわざわざ冒険者に依頼したのは、そういう事情あってのことだったのか。
「でも逆に考えるなら、中州が出来たことによって外交問題が表面化したことは、産業、商業を考えてもらうきっかけになりそうなのだ。余としては中州のような中立地点を拠点に定期市でも立てば流通が活発になりそうなのだ。一時の出費は増大するが、産業活性に市場は欠かせないのだ」
 そう上手くいけばいいのだが‥‥。

●赤毛の少年
「見なよ。あの少年、また来てるぜ」
 北の村で見回り中の謙一郎とヴラドに、鳳飛牙(ea1544)が知らせてきた。行ってみると、用水路の工事現場で謙一郎が見かけた赤毛の少年が、また同じ場所で工事の有様を眺めている。
「おお、またここに来ておったか」
 謙一郎が声をかけると、少年はにっこり笑う。
「どこから来たんだい?」
 飛牙が訊ねると、少年は川の向こうを指さす。
「川の向こう? あの川は隣の領地との地境だから、住んでるところはあちらってことか?」
 その問いに少年は首を降り、片言のノルマン語で答える。
「オレ、ローマ人。ノルマン語、少ししゃべれる。ムズカシイ言葉、わからない」
「ああ、そうだったのか」
 言われて、飛牙は質問を簡単なものに変えてみた。
「どうして、ここに、いるんだい?」
「この村のコウジ、見てる。オレ、コウジ、見るの好き。いろんな人来る、いろんなものできる。オレ、大人になったら、コウジやりたい」
 するとヴラドがラテン語で訊ねた。
『我が輩はラテン語をしゃべれるのだ』
 少年は目を丸くした。
『へぇ〜。あのセーヌ川の人喰い鬼の村にもラテン語を話す子どもがいたのか!』
『セーヌ川の人喰い鬼? 何のことなのだ?』
『この村を支配する、ジャンっていうおっかない領主のことさ。ローマとノルマンの戦いがあった時、セーヌ川でローマの騎士を100人以上も斬り殺して、その肉を焼いてむさぼり食ったっていう人食い鬼のことだよ』
『焼いて食った? そんな話は初耳なのだ』
 ラテン語を解さぬ謙一郎と飛牙が、何を話しているのだと聞いてきた。ヴラドが少年の言葉をそのままゲルマン語に訳して伝えると、二人は面食らった顔になった。
「領主ジャンが人食い鬼だって?」
「いやはや何とも酷い言われようだべな」
 少年は再び、片言のゲルマン語で二人に言う。
「この村のリョウシュ、コワイ。でも、アナタたち、いい人。オレのトモダチ」
「ちょっと訊ねて欲しいことがあるんだけどな」
 飛牙が耳打ちし、ヴラドは訊ねた。
『地境の川で会っていたおじさんは誰なのだ?』
『あのおじさんは、オレを買い戻してくれたいい人だよ。オレが人食い鬼の村に出入りするもんだから、心配してくれてるのさ。でも、最初にこの村に来た時は、どんなおっかないヤツらが住んでるのかと思ったけど、来てみたらあんまし変わらないんだな』
 少年と別れた後、冒険者たちは少年の正体について話し合った。
「隣の領主の息がかかった人間かも知れませんね。こっそり村を偵察してるのでしょうか?」
 懸念を口にするカミーユであったが、それをうち消すようにツヴァインが言った。
「しばらくは放置だな。動きを掴まれていると認識すればよいだけの話であろう」

●波乱の兆し
 国境の川の上流に、仙とスレナスの姿が見える。
「私をわざわざ誘って、こんな所で薬草採りですか?」
 うふふと笑って仙が答える。
「薬草摘みが口実だが、男女がひと気の無い所ですることといったら一つしかないでしょ? ‥‥なんてね。冗談よ、冗談」
「なんだ、本気にしかけたのに」
「え???」
「なんてね。冗談ですよ。‥‥で、どうしてこんな所へ?」
「上流の様子が気になったからよ」
 言いながらさらに上流へ向かい、そこで仙は自分の懸念が現実のものになったことを知った。川の氾濫で流された木やガラクタが川を塞ぎ、自然の堰ができていたのだ。川の水は堰からあふれ出すように流れている。
「やばいわね。これが壊れたら、一気に流れ出した水が中州を押し流すかもだわ」

 中州に教会を建てようという冒険者たちの動きは、あちら側でも噂になっているらしい。今日も対岸の川辺には、むこうの村からやってきた見物人が立ち並ぶ。それを見ながらアウル・ファングオル(ea4465)は、いつも通り中州に居座って番をしていた。‥‥というより、のんびりと時間を潰していた。
「うわ! あれ見ろよ!」
 川辺で見張っていた飛牙が叫ぶ。その指す方を見れば、一人の神聖騎士が数人の兵を連れてやって来るではないか。
「まさか中州を攻めるつもりじゃ‥‥あまり衝突したくナイんだけど」
「いや、もうしばらく様子を見ましょう」
 神聖騎士は川辺からうやうやしく礼をしてアウルに呼びかけてきた。
「我は神聖騎士。この中州に教会が建つと聞き、我が兵を率いてやって来たのだ。我らはジーザス教徒として、この聖なる場所で祈りを捧げたい。聖堂の建設に我々も手を貸し、資材と人手を提供してもよいぞ」
「俺は一介の番人に過ぎません。領主ジャン殿の返事があるまで待っていただけませんか?」
「よかろう。では、近いうちにまた来るぞ」
 神聖騎士は兵と一緒に引き上げていった。
「やれやれ。教会建設が余計な面倒ごとを呼び込んでしまいましたか」
 一人つぶやくアウル。時間稼ぎには成功したが、先行きは厄介なことになりそうだ。

●礼拝堂を作ろう
 冒険者達は待ち合わせ場所へと向かっていた。目的は島の所有権の奪取。その為に、一晩にして島に建物を建ててしまおうという計画なのだ。ギルドで依頼を受けた直後、ジャパン出身の男の呟きを聞いた面々が『面白そうだ』と手を組んだのである。
「うはは〜っ♪ 一日で礼拝堂建てちゃうなんてすごいよねっ。面白そお、あたしもがんばるぞぉっ」
 ‥‥変にノリノリのキアラ・アレクサンデル(ea2083)なんかが良い例であろう。まあ、自分が参加出来ないからと仕事を押し付けられたものもいるようだが。こちらの代表はオルステッド・ブライオン(ea2449)。
「なぜ私があんな馬鹿ガキの御守りなどせねばならんのだ‥‥しかも見張っていねばならぬのにこのような肉体労働まで‥‥」
 一方的に下僕扱いされ『お前が行って来い』などと頭から言いつけられれば、楽しい仕事も気がなくなるのは当然である。表情に乏しい貌を更に無表情にして、イギリスからやってきた面倒な子供の愚痴を一人ごちるのであった。
「これで協力者は皆揃ったかの?」
 先に待ち合わせ場所に到着していた七刻双武(ea3866)が人数を数えながら声をかけた。ギルドで話をした時よりも多いのは、双武の雇った木こり達がいるからである。彼自身は西の村から先日作った猪避けの柵の余り材料を分けて貰おうとしていたのだが、残念ながら材木を運ぶにはあまりにも距離が遠すぎた。結局ジャパンの故事にもあるように、川の上流で材木を確保しそれによって筏を組み、川を流して目的地へ送り込んで直に組み立てる‥‥という手法を用いる事になった。
「拙者の出せる金では木こり三人が限度じゃった。夕方以降はどうすればいいかのう」
 双武の溜息にオルステッドが答える。
「ああ、それならば私の方でも手配してある。大工を雇っておいた、日が暮れる前には合流できる予定だ」
 手際のよい二人である。しかし、重要な事をいくつか忘れていることには気がついていないようだ。
「ほらほら、早くしないと夜が明けちまうぜ?! 誰が一番最初の木を切るか競争だっ!!」
「きゃはははは、あたしが一番ーっ!!」
 少年少女は朝から元気。キアラと飛牙は目的地の森まで走っていくつもりらしい。可愛らしいあくびを見せたデルテ・フェザーク(ea3412)は眠い目をこすりながら、まるでピクニックにでも行くかのような長いスカートでちょこちょことついてくる。集合時間が早すぎて、意見よりも眠気の方がまだ勝っているようだ。
 さてさて、どうなることやら。

●一晩でできるかな?
 さて、上流の森では。
「‥‥旦那がた‥‥この図面じゃ礼拝堂はおろか犬小屋も作れませんぜ?」
「頼む、そこをどうか! 大げさな物を作る必要はないんじゃ、見た目だけ立派に見える張りぼてでいいから」
 これだけ豪快に木を切っておいて何を言う。午後になって彼らと合流した大工たちはふう、と溜息をついた。どれくらいの建物を作るつもりだったのかは図面からは想像もつかないが、これだけの木を使えばそこそこしっかりした馬小屋程度は建てる事が出来るだろう。しかし、図面の数値との計算があまりにも違い過ぎた。川の中州に建物を、図面はこちらで用意した、とは聞いていたが、ここまで素人が描きましたとはっきりわかる図面も珍しい。まあ、普通であるなら専門の者がいて、大工や人足達と打ち合わせしながら時間をかけて創って行くものなのだから何とも言い様がない訳で。飛牙や双武、オルステッドの説得で、大工たちはあまり良い顔をしないながらも筏を組み上げて行く。キアラも手伝うが少女の細腕ではなかなか役に立てない。やっと出来た筏を川に浮かべると、デルテがスカートの裾を持ち上げて、一番前の筏に乗り込んだ。
「‥‥何ですか旦那、このお嬢ちゃんは」
 木を切っている間も呑気にお昼寝などしていたデルテを指し、帰宅する木こり達が不思議そうに聞く。双武が返答に困っていると、柔らかな口調でデルテがにっこりと答えた。
「私、力仕事は苦手ですの。皆様のお役に立てなさそうだったので、邪魔にならないようにしていたのですわ」

 筏はゆったりとした速度で川を下って行った。後ろの筏で飛牙にちょっかいをかけたキアラが飛牙諸共川に落ちかけたり、縛りの緩かった筏の丸太がばらけて流されてしまったりと色々あったが、月も高くなる頃には何とか目的地の島群へと辿り着いた。砂や石の剥き出しの島は、杭を一本打ち込むのにも一苦労しそうで‥‥って、おいそこの筏、どこへ行く?
「止め損ねてしまった‥‥誰か引き上げてくれ!」
「あー、流されてますねぇ」
 オルステッドの叫びと対称的なデルテの声。流されてしまったものは仕方がない。引き上げるより一つ下へ流してしまった方がいいだろうと、筏を再び川へ流す。
 最大のものより二周りほど小さな島に、一行の筏が泊められた。早速解いて柱を建て‥‥
「大変だ、筏が一つ流れていったぞ!」
 ‥‥おい。
「きゃはははー、柱倒れてきたよー!!」
 おいおい。
「旦那、ここの組み合わせじゃきちんとつかないんですが」
 ‥‥。
「しっかりとした土台を作らないとすぐに流されちゃいますよ?」

 結局。
 夜が明けた島には丸太の山と屍のような冒険者たち&大工の皆さん。その様子をこっそりと見にきた一人のシフールが、頭を押さえて大きく溜息をついた。
「何をやっていたんだか‥‥」
 おもむろにバックパックをおろすと、更に出来る限りの装備を外していく。飛ばされぬ様に手頃な石を荷物の上に置くと、シフールは用意していた旗を手に空を飛んだ。目的地は、もっとも大きな中州の島。
「所詮、全ては神のもの‥‥生まれるのも、消え去るのも‥‥この島はまさにタロン神の御手の象徴よな」
 こうして島の真中に、黒い十字の描かれた旗が立てられたのだ。