●リプレイ本文
●処刑阻止計画
領主はいたく不機嫌であった。
「うおおらぁーっ!!」
朝稽古の練習部屋でまた一人、家来が張り倒された。
「そんな腰の弱さでどうするか!? 次! かかってこんか!」
刃を潰した訓練用のグレートアクスを振りかぶり、別の者が突撃するが、素早く足払いをかけ、転倒した所を持ち上げて投げ飛ばす。
「これは訓練ではなく実戦だと思え! 次! 次はおらんのか!?」
怒鳴って見回しても、もはや足腰の立つ者は一人もいない。
「ええい! この軟弱者どもめ!」
一声怒鳴ってずかずかと歩き去ると、練習部屋を出たところで狐仙(ea3659)につかまった。
「村人の処刑のことで話があるの。さすがに死刑というのは刑が重いと思うのよ。盗みに関係しない者に罰を与えるのはよくないし、幼児にまで籤を引かせるのは人の理に反するでしょう? 何より領民は軍属じゃないんだから、軍隊式の罰則をそのまま適用していいわけがないでしょう?」
「ええい! くどいぞ!」
仙を振り切るようにして朝餉の支度が整った食堂に向かうと、入口でクリシュナ・パラハ(ea1850)が待っていた。
「今回ばかりは流石に頭にきたわ。はっきり言わせてもらうわよ」
「言うてみい!」
領主は喧嘩腰。
「大体、武術馬鹿な領主の怠慢が村々の基盤を弱らせ、人心を荒廃させたんじゃないの? 好き好んで悪党と吊るんだ訳じゃない。ノータリンが何も考えなかったから、苦しい生活を何とかしようとしただけよ。わたくしは知識の探求者にして、智慧の実践者。信義を神と言う気はないわ。けど、村人の期待を裏切り続け、放蕩経営を重ねたアンタの責任。どう落とし前を付けてくれるのかしら?」
「ぬあああああああーっ!!」
雄叫びと共に突き出された剣、それが領主の返事だった。クリシュナの頬すれすれをかすめた刃の切っ先はその肩越しに後ろの壁にぐさりと突き刺さり、断ち切られた幾筋かの髪の毛が宙を舞うが、クリシュナはきっと領主をにらんで言い放つ。
「‥‥まあいいでしょう。だったら、秘密結社に属し裏社会を知るわたくしが、汚れ仕事の絞首刑台を設計、指導しましょう」
「絞首台でも火刑台でも勝手に作るがよいわ!」
乱暴に壁から剣を引き抜き、領主は去っていく。
「大丈夫か?」
いつの間にかそばまで来ていたオルステッド・ブライオン(ea2449)の腕の中に、クリシュナはふらっと倒れこんだ。
「ふぅ‥‥死ぬかと思ったわ」
そんなわけで絞首台の建設は冒険者たちに任せられ、その裏側では処刑の籤に当たってしまった村人の救出計画が密かに進行しつつあった。
「しっかり押さえてくれよ」
失敗に終わった中州への聖堂建設、その廃材の丸太をオルステッドに押さえさせると、鳳飛牙(ea1544)は丸太の端から爆虎掌の一撃を叩き込んだ。
「はうあっ!!」
丸太の端から30cmほどの位置で、丸太が内側から炸裂した。
「いけね、力入れすぎちまったぜ」
さらに何十本かの丸太で試して力加減のコツをつかみ、飛牙は再度の挑戦。
「はうあっ!!」
丸太の内側に亀裂が走る音がした。見た目は前と変わらない。が、飛牙が少しばかり力を加えると、丸太はいとも簡単にぼきりと折れた。
「完っ璧だぜ!」
絞首台の材料とするに不足はない。
一方、仙は小麦のクッキーで子どもを集めて、子ども心に訴えた。
「いくら何でも死刑というのは刑が重すぎるわよね」
思いは子ども達も同じである。
「うちの父ちゃんも、同じこと言ってたよ」
「だけど、領主様の命令じゃ仕方ないよな」
異口同音の返事が口々に返ってきたのをみて、仙は言ってきかせた。
「だけど、みんなが領主様に頼めば、領主様もお許しになるかもしれないわよ」
「本当?」
「まあ、やってみなくちゃ分からないけどね」
子ども達の中に、かの盗賊の手引きをした少年の姿を認め、仙は耳打ちした。
「まずはあなたが、しっかりと領主様にお願いしなくちゃ、ね」
「え? オレが?」
「籤を引いた人たちは、あなたの身代わりになったようなものでしょ? あなたが助けなくてどーすんのよ? まぁ、無理強いするわけじゃないけど」
「う‥‥うん。オレ、やってみるよ」
そして仙は子どもたち全員の顔を見回して、言った。
「処刑の日にはできるだけ大勢の子ども達を集めてね。それからこのことは、他の大人にはナイショよ」
子ども達を帰すと、時はもう夕暮れ時。さて、今度は大人たちを相手に話をせねば。仙の足は自然と、行きつけの街道筋の酒場に向かっていた。
●嘆願
レニー・アーヤル(ea2955)が領主の館を訪ねると、生憎と領主は留守だった。
「こんな時にどこへ行ってしまわれたんですかぁ?」
「ジャン様は一人で猪狩りに行かれてしまわれました」
居残りの家来が答えて言う。
「こんな時に、猪狩りですかぁ?」
家来はレニーの耳にひそひそ耳打ちした。
「ああ見えてもジャン殿は、今回の処刑の件でひどく心を痛めておりまして。スレナス殿にあんなことを言われたものだから、西の村の村人たちを10分の1の刑に処したはいいが、いざ籤を引かせてみれば歳はもいかぬ子どもやら妊婦やら身に非の打ち所のない老人やらが当たってしまい、されども一度下した処刑の命令を撤回するわけにもいかず、一人悶々となさっておいでなのですよ。最初のうちは私ども家来に向かって、武術稽古にかこつけて八つ当たりなさっておられましたが、連日の猛稽古に皆がすっかり逃げ腰になり、おかげで今では鬱憤晴らしに猪狩りという有様。いやまったくもって面目ない」
夕方になり、猪を引きずって戻ってきた。森の中を駆け回っていたらしく、擦り傷だらけの全身いたるところに木の葉や小枝を引っかけている。
「領主様ぁ、報告書を持参しましたぁ」
先日、隣の領主の領地に出向いた折りの報告書を差し出すと、領主はじろりとレニーをにらみ、無言で報告書を受け取った。
「私見ですけどぉ、隣の領主はいやぁ〜な奴ですぅ。税金もぉたっぷり絞りとって戦費も十分、野心も十分とみたですぅ。でもぉ、狙いはぁ領主様じゃなくてぇ領主様の上の人ではないですかぁ? 口実があればぁ直ぐにでも攻め込まれるかもしれないですぅ。そしてぇ勝っても負けてもぉそれをキッカケにぃ領主様の上の人をぉ失脚させる、そんなとこかもしれないですぅ」
レニーの言葉を領主は上の空で聞いている。
「領地をしっかりとぉ治めてぇ、隙がなければぁ当面は大丈夫だと思うですぅ」
報告をさらっと終えると、レニーは最重要の件について訊ねた。
「ところで、籤引きがぁ神の意思ならぁ、同じようにぃ神の意思でぇ処刑を免れる人が居てもいいんですよねぇ?」
「神の意志? 神のなすことに俺は口を出さん」
「分かりましたぁ。そのことだけ確認しておきたかったですぅ」
その日の晩餐の席には、いつものように冒険者たちが居合わせていた。
「主よ、今、感謝をもっていただくこの食事を、われらのために祝福し、われらの生きる力となしたまえ。アーメン」
いつになく神妙な顔で食前の祈りを唱えると、領主は無言で食べ始めた。
「領主様、お願いがごぜぇますだ」
開口一番、吉村謙一郎(ea1899)が罪人たちの減刑を願い出る。
「西の村の領民達が夜盗達を速やかに捕まえるのに貢献したこともまた、事実ですだ。先日の話し合いの折にはそこまで言及されておりませんでしただ。功績の分だけ減刑は出来ねえでごぜえましょうか? 幼き孫や老いた父、子を腹に宿した姉を救う為に身代わりを申し出た者達がおりますだ。同じように処刑が執り行われるとしても、死の恐怖に打ち勝つ動機があるのとないのとでは刑の持つ重みも変わりますだ」
領主はただ無言で謙一郎の話を聞いている。
「お食事のところ、失礼つかまつりまする」
訪ねてきた者がいた。白装束の礼服姿でやって来たのは長渡泰斗(ea1984)。謙一郎と同じく助命の嘆願にやって来たのだ。
「此度の処刑、幼子はおろかまだ腹の中の子まで含まれておりまする。領主殿は御自身の噂を御存知であろうか? 『セーヌの人喰い鬼』なる噂を」
食事の手を止め、領主はじろりと泰斗をにらむ。しかし言葉は一言もない。
「当時陣中にありましたので噂が真でないのは承知しておりますが、噂を吹聴する者達はここぞとばかりに喧伝しましょう。斯様な嘘が真実として広まれば人心が離れるは必至。全てを見逃せとは申しませぬ。幼子と産まれる子だけでもご再考をお願い致します」
深々と一礼し、泰斗は領主の返事を待つ。
「せめて、処刑の身代わりをお認め下さいまし」
なおも沈黙を続ける領主にカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)が願い出た。
「死はどんなに勇敢な兵であっても恐れるところ。その恐怖から逃れて勇敢足りえるのは、自らの命を捧げるに足る価値を持つ兵ですわ。愛する者を守る為の死であれば、恐怖も薄らぎます。もって、夜盗退治の功績への報酬を、自白したことへの酌量を。神はそこまで加味して、籤を選ばれたに違いありませんわ。自堕落な生活を送っていた、あの少年の父親でさえ、咄嗟に息子の為に罪は自分にあると申し出たのはジャン様もご覧になられたはず」
領主が立ち上がり、重々しく口を開く。
「話はしかと聞いた。だが罪は罪、罰は罰だ。ひとたび処刑を命じた以上、それを軽々しく取り消すことはできぬ」
ならば、とアウル・ファングオル(ea4465)は搦め手から掛かる。
「刑場は南の村の鐘が響く範囲で、期日は取り決め通り裁きは厳格に行われるべきですが、天には慈悲を示される神もまた居られます。害を受けし南の村で罪人と同じ数を同じ方法で選び、刑の間中、順番に鐘を叩かせ‥‥それを死刑を告げる鐘では無く、彼らが赦しを与えた証として鳴らすのです。聞いたモノが罪が赦された事を知り、それから天へと召されるように。其れをもって優しき御方へと敬意を払い、受刑者への慈悲と為したいのですが‥‥。さて、ジャン殿。神が受刑者を死に当たる罪に非じと、お許しに成られたら、その時はどうします?」
「くどい! 神が赦された者を罰することなど誰が出来ようか?」
その言葉だけを残し、ジャンは皆に背を向けて食堂から姿を消した。
●アジール
公の場所、聖別された場所、あるいは武装を許された者の権威の及ぶ場所。已む終えず罪を犯した者や、虐げられし者の逃れの地。それがアジールである。
つい先日生まれたばかりの中州には、土と石ばかりで何もない。されど確かな事が一つ。カシム・キリング(ea5068)によってタロンに聖別された土地。ジャンのものでも隣の領主の物でもない、神に捧げられた土地である。
川の流れは緩やかで、濠のように静かに水を湛えている。その真ん中に浮き上がる一番大きな中州の周囲に、何本もの杭が打たれ土嚢が積まれる。
「さすがマギーさんの手配りですね」
少しくらいの増水で危険な状態に成らぬよう、堤を築く。万が一にも神の衣の裾にすがりし人々に、危険が及ばぬように祈りを込めて。
「教会を建てると言うが、ちょいと難しいね」
土地の広さにしては不相応な数の人々を指揮する石工や大工の頭領が、眉間に縦皺を寄せてこぼす。
「‥‥あのう。予算は15Gしか用意できなかったのですが‥‥」
シクル・ザーン(ea2350)が汚れた銅貨ばかりの入った袋を開いて見せると、頭領は首を振りとんでも無いと受け取りを拒否する。
「わしらは既に充分な報酬を戴いております」
「どなたからですか?」
意外な言葉に問い返すシクル。
「それを口にしないことも契約の内だ。あんたらが心配することは無い。ああ、頼まれたのは護岸工事だけだ。教会は、ほれ」
軍用の大きな天幕が岸に積まれている。
「これでも雨風は凌げましょう」
大きな物だが、設営には半日で十分だ。
その頃、北の村では‥‥。
発泡酒の樽を並べ、泰斗が北の村人達を労っていた。
「地境の川より水路をこう引く」
砂地に簡単な図を書いて、指し示す。調査の結果、既に掘られている水路を上流方向に伸ばして行けば、細く浅い水路ならば先の大雨で出来た自然堰まで一月ほどで到達できる。と、頭領達は証言した。幸か不幸か土は比較的柔らかい。あとは労働力の確保だけである。
「収穫も終わり、ようやく工事に専念できる季節となった。細くてもいい。先ず水を引くことが第一だ。水を取り入れるために必要な堰も神様が備えてくださっている。この好機を見逃しては、必ずや天の咎めを受けるだろう。今日は存分に飲んでくれ。そのかわり、作業は3交代で日に夜を継いで続行する」
口には出さぬが、堰を守ることがすなわち中州のアジールを護ることにも繋がる。そしてその報酬こそ、水路の完成とその恩恵なのである。
中州に現れた巨大な天幕。中央に土と石で竈を作り、水瓶や、薪が運ばれる。カーテンでしきりを作り、寝所にする区画には、板が敷かれ藁を詰めた袋を重ねる。
シクルたちが生活空間を整えているその間。カシムは祭壇を築き、ヒソブと香油を注いで聖別する。
「主の御名は誉むべきかな。主の民を約束の地に導かれし主は生きて居られる」
「準備はどうじゃな? これで教会と認めて貰えるじゃろうか?」
様子を見に来た七刻双武(ea3866)の反応に、
「教会は建物ではない。主に在りて生きる者が3人、礼拝のために集いを持てば、そこが教会じゃ。まして、神に捧げられた地に、こんな立派な聖所が築かれた以上はな。確かに、聖なる書物にはこう書かれている。『罪の支払う報酬は死である』と。じゃが、この続きはこうじゃ。『しかし、神の賜物は主ジーザスによる永遠の命である』と」
力強く羽ばたいて、カシムはきっぱり。
「さらば‥‥参るぞ」
双武は為すべきことを果たしに、持ち場へと赴いて行く。
●再発防止
ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)の目は神の意志と仲間の働きで、処刑は回避されるであろう事を確信し、その先を見据えていた。死なせるだけではそれだけで終わる。
カミーユや謙一郎らと図り、問題の根本的解決を模索して行く。
「御領主殿だが、指揮官としても欠陥だらけだな。味方の本隊を背景に、先陣切って一暴れすることや、殿を守って帰還する手際に関しては相当なものがある。しかし、内偵能力や領地周囲の情報収集能力が現時点では低すぎる。戦に例えるなら今の状況は斥候が居ないも同然だ」
どう見ても、その役割を果たしているのは自分達とスレナスであった。
「でも、ツヴァイン様のプランは、余りにも現実性がありませんわ」
「なにより、領民は兵士では無いと思いますだ」
一朝に防諜組織など組めないし、村人にそれを課すのは問題がある。自警団とは次元の違う難易度だ。
「いや、領民以外の者が領地内に入った時の出入りの情報と身元の確認。これくらいは大丈夫だ。件の行商人のような輩の再発くらいは、定期的に領地内に入る者を把握しておくだけで防げる」
うーむと、一同は考え込んでしまった。
●トリュフ探し
東の村のとある農家をヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が訪ねてきた。
「おやまぁ、神聖騎士のお坊ちゃんが何用だね?」
「豚を貸して欲しいのだ」
「おらの豚を何に使うだね」
「トリュフというキノコ探しに使うのだ」
「豚を使ってキノコ探しねぇ。そんな話は初めて聞くだなぁ」
「我が輩にとっても初めての試みなのだ。ただし、豚はメス豚でないといけないのだ」
農夫は裏の豚小屋へ行って、一頭の豚を連れてきた。
「ほれ、おらの家のとっておきのメス豚だ。大事に使ってくれな」
ぶい。豚が鳴いた。
豚に縄をつけ、豚を連れて田舎道を行くのどかな散歩がしばし続く。
ぶい、ぶい、ぶい、ぶい‥‥。
確かトリュフは松の木の根っこに生えているはず。
「松の木、松の木、松の木はと‥‥」
いざ探してみるとなると、ご領地には意外と松の木が見あたらないものだ。それでもしばらく歩いていると、道ばたに松が3本生えているのを見つけた。
「見つけたぞ〜、松の木」
してやったりと、ヴラドはニヤリと笑う。
「ふははははは! さあ鳴け興奮しろメス豚よ! その鼻面で極太の塊を嗅ぎ当てるが良い!」
ぶい‥‥。
「鳴け! わめけ! はいつくばって鼻面を地面に押しつけろメス豚よ! 逆らうなら我が輩の鞭をくれてやるぞ!」
ぶい‥‥。
メス豚は一声鳴いたきり、後ろ足で体を掻いている。はっきり言ってやる気がない。
「鳴け! わめけ! 鳴け! わめけ! 鳴け! わめけ! 鳴け! わめけ!」
通りかかった村人が、ヴラドに挨拶する。
「なんとまぁ、元気のいいお坊っちゃんだっぺな。今日は豚と一緒にお遊びですかい?」
「これも大切なお仕事なのだ。メス豚よ、鳴け! わめけ! 鳴け! わめけ!」
「はぁ〜、身分の高いお坊っちゃまのお遊びともなると、うちら下々の者どもが見聞きする遊びとは違って妙に迫力がありますなぁ。それじゃまぁ、お大事に」
村人は歩き去っていった。
ぶい‥‥。
「ううむ。どうやらこの松の木の下にはトリュフは埋まっていないようなのだ」
この場所は諦めて、メス豚を連れてさらに田舎道を行く。
ぶい、ぶい、ぶい、ぶい、ぶい、ぶい、ぶい、ぶい、ぶい、ぶい、ぶい‥‥。
豚の鳴き声が100回ばかりも続いただろうか。気がつけばヴラドは領地のかなりはずれのほうまで来ていた。
目の前に緑深く生い茂った松林があった。
「おお、こんな所に松林が」
その林に豚を連れて入った途端、豚の様子が変わった。
ぶい〜! ぶい〜! ぶい〜!
今までのやる気のなさが嘘のように、豚は無我夢中になって地面に鼻面を押しつけ、土を掘り起こし始めた。
「おお! これは!」
土の中から出てきたのは、黒くて小さな塊。その数が5つ、6つ、7つ、8つと増えていく。拾い上げて匂いを嗅ぐと、なんとも言えぬ強烈な香りがする。
「うむ! これこそまさしく噂に聞くトリュフに間違いはないのだ!」
どうやらこの松林はトリュフの穴場であったようだ。
「まさしくここは宝の眠る土地なのだ!」
念のため、地図で確認する。領主の館で家来から借りた地図によれば、ジャンの領地には確かにこの松林が含まれていた。ちなみにこの松林の向こう側は、ジャンとは険悪な仲の隣の領主の領地である。
トリュフの現物が確認されれば、残るは販路の開拓だ。
ヴラドは領地の境を流れる川を利用して、販路を構築する構想を練っていた。
「とりあえず、前回挨拶した隣領などを射程にして商取引を考えてみるのはどうであろう? 船は馬よりも維持費経費が少なく、輸送能力が高いのだ」
中州は護岸工事によって補強され、交易の起点とするには申し分ない。ただし中州自体の面積が狭く、その多くは教会だから、中州の用途も限られてくる。
川の水深は浅く、小舟ならともかく大きな船で上流・下流に行き来するのは無理だ。しかも上流には自然の堰ができてしまったから、今のままでは船と船荷を陸に上げて堰を越えなければ、さらに上流へ遡ることはできない。
「現物が見つかったのはいいが、これがトリュフとはなぁ‥‥」
採ってきたばかりのトリュフを指でつまみ、つぶやく謙一郎。見た目は強い匂いを放つだけの黒い塊で、これをいきなり食えと言われても食欲をそそられるような代物ではない。
「ここは、近くの街へ行って様子を見てくるべぇ」
馬を使えば日帰りで行き来できる所に街があった。パリと比べたらそれはもう小さな街だが、田舎のこの辺りでは一番大きな街だ。
その朝市にトリュフを持っていったら案の定、仲買人に呆れられた。
「これを食えって、冗談だろ? 見かけは悪いし、おまけに変な臭いがするじゃねぇか」
「そうは言っても、ローマでは貴族に珍味として珍重されておるという話だがや」
「ローマのゲテモノ食いの貴族のことは知らねぇが、この辺りの人間はこんなヘンテコリンなキノコなんぞを食いやしねぇよ」
食道楽を極めたローマ貴族の間では名高いトリュフも、この街では誰も知る者がいない。ノルマンの他の街や村でも、人々の反応は似たり寄ったりだろう。
さて、ジャンの領地から遠く離れたパリでは、カミーユが貴族の社交界に探りを入れていた。ここはとある貴族のサロン。
「トリュフですか。ええ、噂には聞いておりますよ。何でもローマから亡命した料理人が、さる村に生えたる松の木の根本からトリュフを掘り起こし、これを料理に用いて国王陛下に献上したところ、陛下はあまりの美味しさにいたく感激し、その料理人を宮廷料理人としてお召し抱えになったと。こういう話もまことしやかに伝え聞いておりますからな。しかし残念ながら、私は生まれてこの方、かかる珍味を一度たりとも食したことがありませぬ。トリュフは珍しいキノコゆえ、滅多に手に入りませんからなぁ。‥‥ところで、そちらのお供の方はずいぶんと奇妙な格好をされておりますな」
カミーユと語り合っていた貴族は、カミーユの隣のガゼルフ・ファーゴット(ea3285)に目を向けて奇妙な顔をする。トリュフの商品価値に目をつけた彼女の話を聞き、はりきって協力を申し出てくれたのはいいのだが、まさかトリュフの形をした着ぐるみを着てやってくるとは。
「ぜひともよろしくお願いいたします!」
ジャパン式に土下座で挨拶し、目の前の貴族にガゼルフは頼み込む。
「トリュフの現物も、近々‥‥」
カミーユが慌ててガゼルフの口を押さえる。大金が絡む商売であるだけに、事前に余計な情報が漏れすぎるのも困るのだ。慌てて言いくるめる。
「え〜と‥‥こちらのお方は毎日毎日トリュフを食したいという思いを募らせるあまり、とうとう自分がトリュフになりきってしまい、こんな格好で歩き回るようになってしまったのです」
「おお、それは何ともお気の毒な。トリュフが見つかったなら、ぜひともこちらのお方にも食べさせてあげたいものですなぁ。ところで‥‥」
貴族は間を置き、声を低めにして訊ねてきた。
「貴女は確か、あの傭兵上がりの領主ジャンと親交を深めていると聞きましたが?」
「ええ。ただしジャン様も何かと複雑な事情がおありの故、距離を置いた上での親交を心掛けておりますわ」
「なるほど、それは賢明ですな。聞けば、あの人食い鬼‥‥いや、失礼。領主ジャンには色々と悪い話を聞いておりますからな。何でも些細な盗みの罪を犯した領民を引っ捕らえ、非情にも縛り首の刑を命じたとか」
「まあ、その話がもうパリにも伝わっていましたの?」
「悪い噂は伝わるのが早いものです。それにあのスレナスという油断ならぬ男、最近はジャンの近くに出没していると聞きますが‥‥」
「ええ。間近でお顔を拝見したことも、一度ならずありますわ」
「くれぐれも油断なされませぬよう。傭兵上がりは何をしでかすか分かりませんぞ。戦場での不意打ち、だまし討ちは当たり前。寝込みを襲って寝首を掻くのも平気でやらかす連中ですからな。‥‥いや、これは私一人の意見ではなく、パリの名だたる貴族は皆、口には出さずとも内心ではそのように思していると、そういうことでございます」
●公開前夜
処刑まで後3日。冒険者達は、智を尽くし心を尽くし可能な限りの人々を逃れの地まで導いた。しかし、その全てと言うわけではない。荷車で刑場に運ばれる人々は20人余り。当初の処刑予定者の2/3に登る。謹厳実直で有名なお年寄り、明らかにみごもっているのが判る婦人、自分がどういう運命に晒されているのかさえも判らぬ幼子‥‥。しかも、彼ら自身には罪が無く、籤で選ばれた者だと言う。
南の村の人々は、凍り付いた目でそれを眺めていた。
「‥‥神の御意思、御領主の裁き、何の理由があれど『死』は確実に万人に訪れる事実なのだ」
早々と処刑見物を決め込み、つぶやくヴラド。彼は神聖ローマの中でも複雑な政情の地方出身であり、物心ついて初めて見た死の光景は、彼の父が政敵に謀殺された瞬間だった。
「これで全部か?」
見届け人であるスレナスが刑吏に問う。
「は、残りはアジールに逃げ込みました」
無論、双武らの手引きである。
「処刑台の近くに一ヶ所に集め、見張りの兵で固めよ」
秋とは言え、暑い昼であった。処刑台が完成して行く間、彼らは野外に留め置かれる。食べ物も水も与えられぬまま。
「あ、あのう‥‥」
2度目の夕方。ひもじさを訴える子供の声には耳をふさいで居れた南の村の人々も、声が渇きに対する訴えに変わったとき。遂に見て居られなくなった。
「せめて水を飲ませて上げたいのですが‥‥」
同じ口で、西の村の不正に怒り『きついお裁きを!』と、声高に叫んでいた人々が憐れみの心を隠せなくなった瞬間であった。
「それは出来ない。これが、お前達が求めた正義だ」
刑吏を指揮するスレナスは、冷ややかな目で南の村の人々を睨み付ける。
「お待ち下さい」
進み出て異議を唱えたのはカミーユであった。
「古き時代のローマ人すら、十字架の主に飲み物を与えようとしたではございませんこと? わたくしとて、刑罰を軽んじる者ではございません。ですが、慈悲においてジャン卿がローマ人めに劣って宜しいものでしょうか?」
そして、南の村の人々に向かい
「さあ、あなたの為すべきことを成しなさい」
恐る恐る飲み物を用意した村人が、処刑を待つ人々に供するのをスレナスは止めなかった。
●チャンピオン
さて、処刑の当日。領主ジャンも立ち会いの場に現れた。夕日が雲を染め、ゆっくりと沈んで行く。真っ赤に染まる群衆の顔。20人の死刑囚達が処刑台に引っ張られて行く。
そこへ、一人の女性騎士が現れて行く手を阻んだ。
「兵法を例えに領地の経営を示したのは私だ。しかし、あくまで例えに過ぎぬ。彼等を軍律で裁いてはならぬのだ。断罪を以って罪を償わねばならぬなら、せめて、せめて身代わりを彼等に許して欲しい。まだ幼い子ら、生まれ来る命、子供たちは掛け替えのない宝。命の老若で価値を決めるなど、下賎極まる詭弁‥‥‥‥それでも! 私も身代わりの一人となろう。貴族の位が邪魔ならば、全てを捨てる。領主殿に、改めて身代わりの申し出を行う。我が権利の全てなど、彼等の未来の為ならば」
鬼気迫る確信を持ってアマツ・オオトリ(ea1842)は宣い放つ。
「くどいぞ! 何度言わせる気だ!?」
斬り捨てる覚悟で領主は剣を抜く。
「処刑の邪魔は許さぬ! そこをどけ! どかねば斬り捨てる!」
「もはや言葉は通じぬのか」
ならば剣の力をもって意志を通すしかない。アマツも剣を抜く。
いきなりの展開に、処刑を見届けに集まってきた村人も固唾を呑んで見守る。
とカミーユが叫ぶ。
「見て! あれを!」
処刑に選ばれた一人、年老いた老人が自らその首に縄をかけていた。
「私ごときの命のために、争うことはありませぬ。私は他の者の罪を背負い、喜んで天に召されましょう」
アマツの注意がそちらに逸れた。
「瀬方殿!」
「フェニックス!」
クリシュナの合図に、かけ声と共に還暦に近い武者がアマツと共に宙に舞う。投げられたことだけは判るが、何がどうなったか? 気が付くとアマツは無手にてしっかりと武者に押さえ込まれていた。
慌てるアマツのその口にクリシュナが鼻をつまんで怪しげな液体をどぼどぼ注ぎ込む。
「えほっ! ぷふっ!」
アマツは悶絶し大人しくなる。
無情の鐘が鳴り響く。死刑執行の時間である。先ず、明らかに主犯である行商人が二つの樹の間に、鎖で吊された。手首の枷がYの字になり、つま先が大地から子供の背丈ほど浮き上がった。
「よし、このまま40日と40夜刑を継続せよ。飢え渇きで死ねぬように最低限の物を与えよ。良いな」
スレナスが刑吏に命じた。緩慢な窒息死に至るこの刑は、苦しみながら10日以上生き続ける。そして、西の村人たちの処刑の番だ。
20人のうち半数に首括りの縄が渡され、足下の台が外される。落下式なのはせめてもの慈悲。絞殺式よりも苦痛は少ない。
ガラン! その時だ。10余人の重みが処刑台に加わったとき、エリコの城塞の如く音を立てて崩れ去った。
「これは、神の思し召しだぜ! 刑余の者が同じ罪で裁かれるこたぁねえぞ!」
素早く落下する老人を抱き留めた飛牙が喝采を叫ぶ。それを合図に、100人余りの子供らが、領主の周りに額づいた。
「お願いだから西の村の人達を殺さないでください」
最前列は南の村の子供達である。領主ジャンは、ゆっくりと剣を抜いて振りかざす。それを見て慌てたのは子供達の母親だ。我が子を羽交いで包むかのように抱きしめて庇う。
ここにおいて、南の村全員が西の村のために慈悲を乞う。
「愛の前に立つ限り、私は何者をも恐れはしない! この首に懸けても正義を貫くぞ!」
もはや暴れはしないが、恐れを知らぬアマツの声。
当惑する領主に代わり、スレナスが応えた。
「アマツ殿。卿(おんみ)は歴とした騎士である。その卿がその言葉を発すると言うのは、決闘裁判を申し込まれるのか?」
ざわつく群衆。処刑の失敗した者は再度の処刑は免れる。なぜならば、それは神の意志であるからだ。しかし、アジールに逃れた者と処刑台が壊れたために未だ執行されて居らぬ者はそうでは無い。
被害者である南の村の相違が恩赦を望んでも、その発動には理由が必要であった。
「宜しい! 訴えを認めよう。決闘裁判だ。早々にチャンピオン(代理戦士)を一人選べ。こちらは‥‥スレナス、お前に任せる」
領主はそう告げた。