稚き歌人騎士7〜客人遠方より来る
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 36 C
参加人数:15人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月04日〜12月13日
リプレイ公開日:2004年12月12日
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●オープニング
ドレスタットはこのところドラゴン騒ぎで落ち着かない。この港町に屋敷を構える老齢の貴族未亡人、セシール・ド・シャンプランのお屋敷でも、ことあるごとに小間使いの娘たちがひそひそと噂し合っていた。
「また、ドラゴンが出たんですって!」
「船がドラゴンに囲まれたって大騒ぎよ!」
「海の向こうからもでっかいのが飛んでくるっていうじゃない!」
「ああ、ドレスタットはどうなっちゃうのかしら!」
「このままドラゴンに滅ぼされなきゃいいけど‥‥」
「で、あたしが小耳に挟んだんだけど、奥方様もドラゴン騒ぎに嫌気がさして、遠い田舎へ疎開を考えているらしいの。お屋敷で働くあたし達も一緒によ」
「やったー! これでドラゴンのことを心配せずに、枕を高くして眠れるわ!」
「でも、その田舎ってのが問題なのよね」
「まさかゴブリンとかオーガとかトロールとか、怖いモンスターが出る田舎なの?」
「いいえ、モンスターが出るような田舎じゃないんだけど、その田舎の領主ってのがあの噂のジャン・タウルス‥‥」
「え〜!? あの人食い鬼のジャン・タウルス!?」
ジャン・タウルス──その名が口にされた途端、小間使いたちが一斉に色めき立つ。
「パリで戦争があった時、ローマの騎士を100人以上も斬り殺して焼いて食ったっていう、あの人食い鬼のところなの!?」
「いや〜! そんな人食い鬼に暗い夜道で襲われたらどーしよう!?」
「もしかしたら人食い鬼がベッドの中にまで襲ってくるかもよ!!」
「あ〜ん! あたしたち、お嫁さんに行けなくなっちゃう〜!!」
かしましく騒ぎ始めた小間使いたちだが、それを凛とした娘の声が制した。
「あなたたち! いい加減になさい!!」
騒ぎを静めたのは、ミゼットという名の家政婦長。小間使いの娘たちの中では年齢が高く、性格もしっかりしているので奥方様から目をかけられ、屋敷の家政を取り仕切る立場を与えられているのだ。
「私も噂は色々と聞いているけど、ジャン様は奥方様にとっても深いつながりのあるお方。その悪口が奥方様の耳に入ったら、ただではすまなくてよ。良くて減給、悪くすれば解雇、このお屋敷で働くからには、お屋敷の中で話すべきこととそうでないことを、しっかりわきまえておきなさい!」
「は〜い、ミゼット様」
そこへ、まだ幼い小間使いの娘がやって来た。
「ミゼットさまぁ、奥方様がお呼びですぅ」
「分かったわ。それじゃ、みんなはいつも通り仕事を続けて」
奥方様の部屋へ向かうミゼットの姿を見送りつつ、小間使いたちはまたもひそひそと話を始める。
「でも、田舎に疎開しちゃったら、ドレスタットと違って楽しみが少なそうよね」
「おいしい食べ物屋さんもなさそうだし」
「芸人がやってくるような広場もなさそうだし」
「あるものといったら野原と畑ばっかりみたいだし」
「あ〜あ、ドラゴンの心配がないのはいいけど、おもいっきり退屈しそうだわ〜」
奥方様の部屋に入って真っ先に目につくのは、壁にかけられた武人の肖像画だ。今は亡き奥方様の良人である。部屋の中の調度品は華やかなパリの貴族のそれと比べたら質素な感じがするが、それなりに品がよくきちんと手入れがなされている。この部屋の主である奥方様、セシール・ド・シャンプランはいつものように肘掛け椅子にもたれ、柔和な笑顔でミゼットを迎えた。
「来たかい、ミゼット」
「奥方様、ご用件をお伺いに参りました」
「ミゼットや。私は決めたよ。しばらくドレスタットを離れてジャンの所で世話になる。屋敷で働く者たちも一緒に行くことになるから、今日中にでも引っ越しの準備を始めておくれ」
「はい、承知いたしました」
「ところでミゼット、この屋敷の中でもジャンのことが色々と噂になっているようだねぇ?」
「ええ、その‥‥」
ミゼットは口ごもったが、奥方様はとがめ立てはしなかった。
「まあ、悪い噂が立つのは理由あってのことだからね。それでも悪名は無名に優るって昔から言うだろう?」
「そういえば奥方様はジャン様と古くからのお知り合いでしたわね」
「ああ、あいつが洟垂れ小僧の時から何かと縁があってね。戦で手柄を立てたジャンが領主になろうって時にも、貴族のたちの間を回って口利きをしたり、色々と面倒を見てやったものさ」
「それで奥方様はジャン様をどう思われるのですか? ジャン様が噂通りの人物だとすると‥‥」
「それをこれから確かめてやろうと思うのさ。色々と面倒を見てやったジャンだが、果たしてあの戦馬鹿に領主の器があったのかどうか。ジャンの所には長逗留になるのだし、時間は十分にあることだからね。年寄りの暇つぶしには丁度いいだろう?」
セシールはいたずらっこのようにほくそ笑んだ。
所変わって、ここはドレスタットから遠く離れたジャン・タウルスの所領。
「う〜む」
ドレスタットから届けられた手紙を読み、ジャンはいつになく渋い顔だ。
「あのセシール様がこちらへ逗留を望まれておるのですか? で、ジャン様はいかがいたします?」
「断るわけにはいくまい? 俺が長年、世話になったお方だ」
「いや、それは喜ばしい。さっそく歓迎の準備に取りかからなくては。例のごとく領地経営は火の車で苦しい限りですが、何とかセシール様をお迎えするに恥ずかしくないだけの物を手配いたしましょう。思えば穀物泥棒騒ぎのどさくさの中で、秋の収穫祭はいつの間にか立ち消えになってしまいましたが、これで領民にとっても楽しみのタネができましたな。冬にはクリスマスに新年祝い、それにセシール様の誕生日もあることですし、私どももここは大いにはりきって‥‥」
「‥‥話は後だ」
ジャンは妙にむっつりした顔になり、ふらりと部屋を出てどこかへ行ってしまった。後に残された家来は一人、つぶやいた。
「やれやれ。またもジャン様にとっての厄介事のタネが転がり込んできたというわけか」
「‥‥って、訳でね。セシール様の前でボロを出さないように何とかしてくれって訳だ。あんなダメ領主でもバルディエ様から観れば頼りになる槍だ。なんとか腐らせないように巧くやってくれ」
ギルドの係員は引きつった笑いで報酬を提示した。
「それならば私たちでなくとも。‥‥スレナス殿はどう致しましたの?」
笑みを作る幼い顔に係員は只一言。
「御家の一大事とかで呼び戻されたそうだ」
●リプレイ本文
●領主の館の大掃除
シャンプラン夫人ご一行がやって来るというので、館は大掃除でおおわらわ。使用人達も引き連れてのご逗留だから、見合う数の部屋も用意せねばならない。準備は狐仙(ea3659)が中心になって仕切っているが、案の定、あちこちに蜘蛛の巣の張った物置と化していた。
剣に兜に甲冑、夜営用の天幕に携帯用の炊事道具はいいとして、中には何でこんなものがここにあるのかと思うようなガラクタの山。何かと訊ねると復興戦争の時の戦利品という。
「おお、これは敵軍からぶんどったテーブル、これは敵の将が陣中で使っていた杯ではないか。いや、あの時の戦いは‥‥」
一つ一つに見とれて、思い出話に花を咲かせてしまう領主殿。
「こんなに貯め込んで、どうしろって!」
馬場にテントを張って見苦しいガラクタ類をそこに運び込み、掃き拭きの掃除を終え調度品と後の支度をカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)に引き継ぐ。
「へえ、意外と綺麗になるもんだね」
「質素で飾り気がないけれど、手入れが行き届いて見えますでしょう?」
仕事の合間の休憩時間になり、鳳飛牙(ea1544)が飲み物を持ってやってきた。
「俺、家事苦手だからこんなものしか出せないけどさ」
「へぇ、ハーブ茶か。気が利いてるわね」
だが、飛牙の入れたハーブ茶を口にした途端、仙は顔をしかめる。
「ちょっと。これ、埃臭いようなヘンな臭いがするわよ」
「だってこの葉っぱ、瓶に入って厨房の隅に転がってたやつだもんな〜」
次の仕事は書類の整理である。長渡泰斗(ea1984)と共に書類の保管庫に入ったカミーユは、またも乱雑に積み上げられた書類の山と格闘する羽目になった。
「相変わらずひどい有様ですわね」
そのつぶやきに、領主の家来が答える。
「これでも暇を見て整理してるんですよ。以前と比べたら綺麗なもんです」
ふと、目が一枚の書類に止まる。
「何だこりゃ? 土地の使用に関しての契約書‥‥って、これって大切なものじゃないのか?」
「いや〜、何かのどさくさで紛れ込んだようですな」
「ちょっとまて。おい、こりゃ‥‥なんてこった」
読んだ泰斗はそれをカミーユに手渡した。
「!」
息を飲み込み詰問するために領主を掴まえて契約書を突きつけた。
「契約書はご領内の松林に関してのものですわね。トリュフを産するということで、柵で囲って守りを固めたあそこですわ」
「おお、そうだ。あの松林のことで何か忘れていたと思ったが、これであったか」
などとジャンは呑気に構えているが、事の重大さが分かっていない。
「ここに書かれている通りとすれば、本来の所有者はもうじき館へやって来るセシール様なのですわね」
「いかにも。だが、俺は領主になる時はっきりと言われたぞ。あの松林は俺の領地も同然、好きなように使っていいとな」
「それは社交辞令と言うもので‥‥とにかく、内容をしっかり確認してくださいまし」
契約書にはくどくどしい文体でもって次のことが明記されていた。
『松林の領有権はセシール・ド・シャンプランに属し、土地の使用権と土地から産する産物の所有権をジャン・タウルスに認める』
「であるから、あの松林で取れる物は俺のものということだろう?」
否、そんな単純に済むものではない。何しろ次の一文が添えられているのだから。
『ジャンが領主にあるまじき所行に及び、セシールに甚だしき不利益を与え、もしくはその名誉を甚だしく汚した場合には、与えし権利を剥奪する』
「最初から最後までお読みになったのですか?」
「いいや。俺はセシール様のあのお言葉だけで十分だと思ってな」
外からは若い男たちのかけ声が聞こえる。外を見やれば、仕事を終えた飛牙が村の自警団の若い者たちに稽古をつけている。その元気はつらつとした姿を見て、思わず口から漏れるため息。余計な悩み事を抱えずにいられる者は本当にうらやましいと、彼女は思った。
●守れ松林の特産品
シャンブラン夫人ご一行の歓迎準備が進む中でさえも、松林の特産品を守る戦いは続く。担当者のレニー・アーヤル(ea2955)はさらなる防衛策を進言した。
「柵を作ってぇ見張りを置いてますがぁ、松林には領主様の許可無しの立ち入り禁止を明文化しましょう、出入りする人達にはぁ領主様からのぉ許可証が必要とするんですぅ」
「ふむふむ」
「もちろん、松林で取れるトリュフを採取する為にもぉ領主様の許可証が必要ですぅ。次にぃ、見張りの兵隊達はぁ10日でぇ交代するくらいが良いと思うですぅ」
「よろしい、そのようにいたせ」
二つ返事で領主はこれを認める裁可を下し、松林の警戒はさらにものものしくなった。松林を囲む柵のあちこちに侵入禁止の立て札が取り付けられ、許可証を携えた領主の家来たちが交代で松林に張り込み、厳重な警備を行う。もちろんレニー自身も食料持参で松林に居着き、警備の手伝いをする。
「これは一体何ごとでしょうか?」
通りかかる村人たちに警備の物々しさを訝しがられ、訊ねられたこともあったが、その時にはこう答えておいた。
「可愛いけどぉ悪戯好きのぉ魔女を囲ってるんですぅ。魔女に見つかったらぁ変な事を教えられちゃいますからねぇ、入っちゃダメですよぉ」
「はあ? 魔女でございますか?」
「悪い事をした子供はぁ、暗いところに閉じ込めたりぃ、お尻ペンペンするでしょう、それと一緒ですぅ」
険悪な仲の領主が治める隣の領地には、先の取り決めに従って見張りの櫓が建ち、櫓からは見張りの者が松林の様子をしっかり監視している。
「あんな物を建てられては、松林への人の出入りが丸見えではないですか」
警備につく家来たちは渋い顔をするが、レニーはお構いなしに櫓の上の見張りに向かって手を振った。
「いいのですか、そんなことをして?」
「相手の反応を見るためですぅ」
何度か手を振ってみたが、向こうの反応はない。しばらくして偉そうな騎士が櫓の下にやってきて、櫓の上の見張りと言葉が交わされるのを目撃した。
「何を話しているのでしょうかぁ?」
「さあ‥‥。おおかた、向こう側で手を振っていますがいかが致しましょうとか、言っているのではありませんか?」
やがて見張りはこちらへ手を振ってきた。ふんと鼻を鳴らして家来が言う。
「向こうが手を振ってきたらこちらも手を振って構わんと、お許しが出たんでしょうな」
●セシール様ご一行のお着き
シャンプラン夫人の一行は3台の馬車を連ねてやってきた。1台目の馬車には未亡人その人と家政婦長のミゼット、そして身の回りの世話をする小間使いの娘が4人。2台目の馬車には小間使いの娘たちが13人。3台目の馬車には着替えやら化粧道具やらの荷物がごっそり。その人数の多さに驚きながらも、カミーユは貴族の作法に則り、優雅なお辞儀と言葉でお出迎えする。
「ようこそいらっしゃいました、マダム・セシール・ド・シャンプラン」
その隣に立つジャン、本来なら彼が率先してお出迎えすべきなのであるが。
「あ‥‥しばらくで‥‥ございます‥‥セシール様」
母親に叱られる子どものように縮こまり、言葉もしどろもどろ。
セシールは二人ににっこり微笑んだ。
「初めまして、マダム・カミーユ・ド・シェンバッハ。その歳でマダムは失礼かもしれないけれど、色々と世話になったそうだね。私からも礼を言うよ。ところでジャン、おまえはさっきから何を真っ赤になっているんだい?」
「いえ‥‥その‥‥俺は‥‥」
赤面して視線を泳がせるジャンの目の前には、馬車から降りてきゃぴきゃぴさざめく娘たちの眩しすぎる姿があった。
「ふ〜ん。あたし達、この館に泊まるんだぁ」
「ねぇ見て見て、馬よ! お馬さんよ!」
「あんなにたくさんいるんだ〜!」
「ねぇ、あそこに立っているのがここの領主様じゃないの?」
「え? あのもっさりした人が?」
セシールの一声が、小間使いたちのお喋りをぴしゃりと止める。
「さあ、おまえたち! 今日から私たちはこのお館でお世話になるんだからね! 最初にこのお館のご主人である領主様にきちんとご挨拶なさい!」
「「「お世話になります、ジャン・タウルス様!」」」
妙齢の娘たちに一斉に挨拶され
「お‥‥俺のほうこそ‥‥よろしく‥‥だ」
言葉を絞り出すのさえ、やっとであった。
客人たちを部屋へ案内し、荷物の運び入れその他が一段落つくと、カミーユは家政婦長のミゼットを呼び止めた。
「ドレスタットを離れていてもセシール様の要望にすぐさま応じられるように、御用達の店に話を通しておきたいのですが、協力していただけますか?」
「ええ、喜んで。そういうことなら適任の者がいます」
ミゼットに呼ばれて、クララという名の小間使いがやって来た。ミゼットよりいくぶん若いが賢そうな娘だ。
「これが、ご贔屓になさっているお店のリストです」
クララはたちどころに、羊皮紙の上に綺麗な字で20もの店の名前と所在地を書き出した。その手際の良さにカミーユは目を見張る。
「こんなにすらすらと店の名前を挙げられるなんて。セシール様の元で働く方は違いますわね」
「はい。私はお買い物を担当していましたので、しっかり教育を受けました。ドレスタットに向かわれる時には、私もご一緒いたします」
「もしもご要望があれば、最寄の街からシフール便を使い、すぐにそれらの店に発注可能な態勢を作りたいのですが」
「シフール便がある街なら、この近くですと‥‥この街とこの街ですね」
地図を広げ、クララはさっと街の場所示す。かなり遠い。
「でも急ぎの用事でなければ、私どもの馬車を使いましょう。馬車一台と御者二人、こちらにご滞在中は常にセシール様のお近くで待機させるよう取りはからってありますので」
小間使いの優秀さにカミーユは感服しながらも、皆が皆若い娘であることに一抹の疑問を抱くのであった。
到着初日の晩餐で、仙は料理に腕を振るう。セシールの好みをミゼットに訊ねてみると、野菜をどっさり入れてこってり煮込んだ料理が好物だという。
「それに卵料理と魚料理も。ドレスタットではタラのムニエルをよくお召し上がりになられていましたが、海の魚はここでは手に入りませんわね」
卵なら手に入るので、仙はスクランブルエッグを作ることにしたが、土地の松林で採れたトリュフを少しばかり摺り下ろしてこっそり卵に混ぜてみた。味見してみると、これまで味わったことのなかった刺激的な香りがする。
「味付けはこんなもんで上々ね。それにしても、ずいぶん不思議な味になるものね」
テーブルに並んだ食事を見て、ジャンは物足りなさそうな顔。
「ずいぶんとあっさりしておるな。肉はこれっぽっちしかないのか?」
「今日は奥方様のお好みに合わせましたから」
食前酒はセシールがドレスタットから持ち込んだ上物のワイン。そのほろ酔いも手伝って、カミーユとセシールの二人の未亡人の間で話は弾む。
「わたくしは夫を亡くしてからそろそろ一年が経ちますわ。セシール様は旦那様を亡くしてから、どれくらい経つのですかしら?」
あっさりした前菜を上品な仕草で口に運びつつ、カミーユが訊ねる。
「私の夫が天に召されたのは復興戦争の最中だったから、もう10年近くも前になるねぇ」
「旦那さまはどんな方でしたのかしら?」
「そりゃもう、騎士道を絵に描いたような生真面目な騎士だったよ。卑怯な振る舞いをすることと、弱い者を見捨てることが大嫌いで、戦争の時も若い兵士たちを危険にさらすことを潔しとせず、自ら真っ先に死地に赴いて最後の最後まで戦い、そして立派な最後を遂げた。まさに騎士の鑑だったよ」
とつとつと語るセシール。対して酒が入るといつもは饒舌になる領主殿は一言も言葉を発せず、黙々と酒を飲み料理をかっ喰らっている。
「私と夫が始めて出会ったのも、この土地だったね。あの頃は夫も私も若かった。夫は駆け出しの騎士で、私は世間知らずの令嬢。でもあの頃は毎日が輝いていた。ほら、ここから少し離れた所に松林があるだろう? あの林で私たち二人は何度も逢瀬を重ね、日の暮れるまで語り合ったものさ。‥‥おや?」
話しつつ卵料理を口に運んだセシールは、その不思議な味付けに気付いた。
「これはまたずいぶんと見事な味付けだね。誰が料理したんだい?」
「私ですが?」
答える仙に、セシールはにっこり笑って礼を言う。
「おいしい料理を食べさせてくれてありがとう。こんな料理はめったに食べられないよ。ところで、館の人もたくさん増えて、料理も大変だろう?」
「そうですね」
「手が足りなければ、私の小間使いたちも遠慮なく使っておくれ。料理の得意な娘もいるから、任せられるものはなるべく任せるようにね」
食事が終わるとセシールが言う。
「さて、少しばかり暇が出来たね。何をして時間を潰したらいいものか」
アウル・ファングオル(ea4465)が誘いをかけた。
「俺で良ければ、暇つぶしに剣の試合でもどうでしょう?」
言って領主の席を見るが、いつの間にか領主の姿は消えている。セシールは微笑みを向けて言った。
「私には剣を振り回す真似はできないけれど、チェスならできる。私と勝負するかい?」
「その勝負、お受けします」
こうしてチェスの勝負が始まったが、盤上の戦いではセシールは相当な手練れだった。アウルは3回勝負を挑んだが、3回とも完敗してしまった。
「参りました」
「まだまだ青いね、坊や。私に勝とうと思うならせめて6手先、7手先まで読む力をつけないとね。しかし勝負事には勝負する人間の性格がほんとに良く現れる。チェスの盤面だけではなく、対戦相手の顔やしぐさをじっくり観察するのも、面白いものだよ」
セシールの顔にはあの悪戯っ子のような微笑みが浮かんでいた。
●領主殿の教育
「ほう、ジャンに領主としての教育。大変に結構。領民にとって良き主であるためには、日々の努力も勿論重要だものね。その講義‥‥少し拝見させてもらっても?」
戦馬鹿として名高いジャンに施す領主教育。これにセシールが興味を持たないはずもない。当然のことながら、講義の様子を見てみたい、との希望が本人から出され、この日の学びは保護者の参観付きで行なわれることと相成った。
本日の課題は、シクル・ザーン(ea2350)の帝王学の基礎、リズ・シュプリメン(ea2600)の礼儀作法、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)の領地経営学の3つ。
部屋の片隅で。にこやかに微笑みつつ講義の様子を見守るセシールと、おつきのミゼット他小間使い数名の視線を否が応にも感じつつ講義は始まる。
「えー‥‥今回の基礎の帝王学は、財政について。私もさほど詳しいわけではありませんから難しい話はいたしません。一つ一つは収益を上げる事の組み合わせです。各人がより多く収益を上げることで、皆が豊かになるのです。ここで収益に関する簡単な公式を挙げます」
収益=収入−支出と蝋板に記した。
「つまり、収益を増やす方法は、収入を増やす事と支出を減らす事の二つだけなのです。
ところで、収入を増やす努力が優先され、支出を減らす努力が軽視される傾向がありますが、収入を増やす事と支出を減らす事は切り離して考えられる物ではありません。
軍においての兵や兵糧に例えると分かりやすいでしょう。収入を増やす事を、軍事行動によって利権を手にする事とするならば、そのためには初期投資=動かせる兵が必要になります。財政が厳しい=十分な兵を動員できない軍がこれを行うのは自殺行為です。ここで重要なのが、無駄な支出を削る事です。無駄な支出とは、軍では遊兵に他なりません。遊兵を無くし、その分を必要な作戦に振り分ける事で、軍は有効に動けるようになります。同様に、無駄な支出を削り、その分の資金を、収入を増やす努力の初期投資にまわす事で、収益力は格段に増すのです‥‥」
監視者の目もあって、ジャンの聴講態度は非常に素晴らしいものであった。いつになく充実した質疑応答を経て、帝王学の講義は終了する。
続いてリズ。ジャンに礼儀作法を教える‥‥。正直、かなり不毛な気がしないでもなかったが、領主たるもの礼儀知らずではやっていけると思えない。
「さぁジャン様、本日は基礎中の基礎。公の場での振る舞いと、御婦人に対する作法についてお話いたしますわ。本日の講義を真面目に受けてくだされば、後で素敵なご褒美を差し上げます。頑張りましょうね♪」
人間の業を利用する恐るべき策‥‥真面目な聴講が望めない生徒に対して、リズの義父が酔って語った秘伝中の秘伝である。正直、白クレリックとしてどうかという手法だが、それでも拷問のような講義をするよりはマシであろう。ご褒美が何なのかは講義前にリズは敢えて明らかにしなかったが、苦の後に楽があるというエサが効いたのか、はたまた部屋の片隅の監視者のせいか、恙無く終了する。
最後はツヴァイン。
「此度の講義のテーマは領民の士気を維持する為必要性との手段についてでございます」
こほん、と厳かに咳払いし、ツヴァインが講釈を始める。
「よろしゅうございますかな。人間とはパンの為に労働しているのではなく、より良い明日を生きる為に労働をしているのです。つまり夢や楽しみが無い人生に意味が無いということです。その為に大抵の所では季節の節目ごとに領民の士気を維持する為に祭りなどのイベントを行っているのです。逆にその手の事を行わないと、領民の不満が鬱積しやすいので注意した方がよろしいといえましょう。もっとも、この辺の事は財政が安定してから本格的に行うことですが、資金があまり必要ないレベルのことなら、色々と行っても良いと思います。そうですな、今すぐ行うというレベルは他の者がやっておりますが、少し先でのことなら、企画としては『新年を祝うダンスパーティー』というのはどうですか? 上流階級の洒落たものではなく、庶民がお祭りで踊るダンスの方のパーティーというもので。同時に若い者向けのお見合い的意味合いを持たせれば若い連中は断然やる気が出てくると思います‥‥」
三人の講師たちが行なう講義を、セシールは時折頷きつつ、終始黙って聞いていた。その様は正直、ジャンよりも熱心と言ってもいいかも知れず、三人ともジャンに対して講義を行いながら、いつセシールの方から質問が飛んでくるかと、内心冷や冷やとしていたほどである。
しかし幸いなるか、そのようなことはなく。一通り終わった講義ににこやかに拍手をした後、セシールは言った。
「なかなか充実した内容だったよ。先が楽しみだね。ただ見たところ、やはり礼儀作法関係が弱そうに思ってね。そこで提案なのだけれど、リズさん、と仰ったかね? 貴女が用意したご褒美とは、何なのだろう」
「は‥‥ワイン、ですけれど」
「そう。では、こうしよう。次回から、礼儀作法の講義には課題を出す。その出来具合をわたくしとリズとで採点しよう。成績が良ければワインのご褒美を。しかし悪ければ逆に、ペナルティを。‥‥どうだね」
「‥‥はあ、問題ないかと、思い、ます」
提案に頷きながらちらりと見やると。当人は泣きそうな顔をしつつも神妙にしている。
少々気の毒な気もしたが。これで一層の成果が望めるなら悪くないかも、と、このときの講師一同は内心で思ったのだった。
●領地の産業振興
領内の産業振興のための作業は今日も続く。領主たるもの、それら作業の監視・観察を行なわねばならない。そのため領地散策に出かけるジャンだが、勿論それにセシールが同行しないわけもない。
かねてより食糧確保の重要性を唱え、トリュフ以外の特産品を産出できる土壌を整えるべき、と思っていた御蔵忠司(ea0901)は、領主からそのための農地改革、土壌改善を行なうための許可を得、執事の協力を得て土地の現状把握とその改善活動に余念がない。
「調子はどうなのかね?」
にっこり、と忠司に対し気さくに話しかけてくるセシール。不意打ちに近いソレに一瞬どぎまぎしたものの、彼女の立場を即座に思い出し、自身の活動について簡単に説明する。
ざっと見たところ。この領内では葡萄や小麦の栽培が適していると思われる。もっともその為には、土地そのものに多少手を加える必要があるので、現在その計画を練りつつ、実行できるところから始めている‥‥云々。もちろんこれらの活動は、領主様の賛同あってこそ行なわれているものである、とフォローすることも忘れない。
忠司の報告にセシールはいたって満足げに頷く。
「私たちも長の逗留になりそうだから、手伝えそうなことがあれば何なりと言っておくれね。ああ、おまえたち。せっかく来たのだから、こちらの作業を手伝って差し上げなさい」
「はぁい、奥様」
主人の指示を受けて、若い娘達が足取りも軽やかに作業に参加。農地に灰を散布し、土壌を改良するための作業だ。手伝いに参加した娘達は歳若いため好奇心が強いのか、これらの作業は何のためのものなのか、これから何をしようとしているのか、など、忠司や作業を行なっている農夫達に色々と尋ねてくるのだった。
一方、用水路の整備作業を行なっていた泰斗の元にも、夫人は姿を見せている。
用水路整備となると、小間使い達が手伝うと言う訳には行かないため、昼食の差し入れとなった。花のない作業場に突如現れた潤いは作業員達にも好評で。いつしか実際に整備を行なう技師達や人足たちとも懇意になり、休憩時間には楽しげに会話を交わしている様がそこかしこで伺える。
「へぇー。こちらの用水路って、自然にできたものに手を加えたものなんですか」
「まあそうだな。だから上流にある自然堰の状態がポイントになる。ある程度補強はしてるが、やはり天然のものだ。いつ決壊するかわからないようなシロモノじゃ使い物にならないし、かといって水位が足りなくてもダメだ。そうならないためにも水源を早いトコ確たる状態にして。あと水路の設計に関しても、まだまだ考えないとなあ‥‥」
「大変ですねえ。頑張ってください!」
女の子にそう言われると、さすがに悪い気はしない。
和やかに展開されるそれらの作業を、同行しながら満足げに見やるセシールだった。
●祭りの準備
聖夜祭の時期も近い。日々の生活に潤いをもたらす祭りの到来に、当然人々の表情も活気付いてくる。
近頃はドラゴンの脅威などもあって、何かと人々の気分は沈みがちである。祭りは、萎縮してしまった人々の気を晴らすのにも大いに役に立つだろう。そう考えた七刻双武(ea3866)は、領地を訪れているシャンプラン夫人の歓待も兼ねて、領主の名で聖夜祭の催しを行なうことを提案した。
祭りのための材木や食料の確保、歓待の準備などを行なうことで、領民に対し僅かながらでも収入を与えることができる。そうすることによって、領民の士気向上を図る‥‥というものだ。また物資が動けば経済も動く。領主にとってそれは財源となるし、また領民にとっても然りである。
なお過日の失態の償いとして、アジールに逃がした領民達の保釈も願い出るつもりでいたのだが、これは既に『決闘裁判』によって赦されている罪だ。自身の無力を不甲斐なく思うと同時に、改めて、できることで可能な限りの償いをと誓う双武であった。
祭りに必要な材木と食料の確保には双武が中心になって動く他、出し物やイベントの企画など作業は多々に及ぶ。以後、領主の館には、やれこのような催しはどうか、とか、このような屋台を出したいがどうか、などと、企画を持込がてら意見を陳情しにくる者達で賑わった。
先日の騒ぎで少々落ち着きを失くしている人々のために、日々、話を聞き、適切な助言を与えることで人心を落ち着かせようと考えるカシム・キリング(ea5068)は、この日もその務めを終え、最後の仕上げである領主への報告を行なうために、領主館へと足を運ぶ。
(「そういえば此度、ドレスタットから客人が来ている、という話じゃったな。あのジャンに、バルディエ以外に頭の上がらない人物がいたとは、なんとも微笑ましい話だが」)
しかし領主館で彼がその夫人に会うことはなく。だが予想外の場所で彼はセシールと顔を合わせることになった。中州にあるカシムの教会に、なんとセシールその人が姿を見せたのである。
そのとき教会には、祭りの場で自身の芸を披露したいがどうか、と言いにきていたラグファス・レフォード(ea0261)、出し物の提案に訪れていた泰斗、トリュフ料理の屋台について色々交渉中のアルス・マグナ(ea1736)らがおり、この思わぬ訪問者の登場に、一同は騒然となった。
領主館でならともかく、まさかこんな場所で会うとは思わなかったため初めこそ驚いたものの。彼女がジャンの領内散策などに同行し、領地のあちこちに出没していた話は泰斗から聞いていたし。突然の訪問を詫びるセシールを迎え、教会はなし崩しに簡単な茶会が催されることになる。
ラグファスが得意のジャグリングやナイフ投げを披露し、場を沸かせた。セシールはそれに惜しみない賞賛の言葉を贈る。
「いや、俺の腕なんてまだまだっすよ。噂によれば、こちらの領主さんも、凄ぇ武人だって言うじゃないですか。せっかくの祭りなんだし、領主さんにも何か技を見せてもらいたいな。ついでに、その技を魅せた武勇伝とかも聞いてみたいっすね!」
衒いなく言うラグファスに、セシールはにこにこと笑いながら。
「ほほ。あの子の技より、あなたの技の方が余程、魅せ方を心得ているよ。そう‥‥武勇伝と言えば。あの子が領主になってから、色々な事件が起こっているようだけれど?」
「はあ、まあ‥‥そうですねえ」
少々言葉を濁しつつ、泰斗。確かに穀物泥棒の件やら、決闘裁判やら、事件には事欠かないといってもいいが‥‥。とりあえず、世間話のレベルに留まる範囲で、かつ話として聞いていて面白くなるような脚色も加え、それらに事件について語った。セシールはそれらの件を相槌を打ちながら楽しげに聞き、一通り話が終わってから、言った。
「そうかね。そういった事件を経て、現在のこの状況があるわけだね。大変に結構。けれど、事件はあくまで事件。後にどんな禍根になるとも限らない。‥‥事態の把握だけは怠らぬように」
「‥‥!」
穏やかな微笑の中に隠された僅かな棘。そこにこの老婦人の真髄を見た気がして、カシムは内心で舌を巻いた。ジャンがバルディエと並び頭が上がらないという夫人。少なくとも、上辺だけの話でごまかされるような程度の器ではない。
「ふははは〜! 祭なのだ祭りなのだ〜! やっぱり地味な森林警備ばかりやってられないのだ! ‥‥あれ。皆、どうしたのだ?」
セシールが暇を告げた後、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が教会に顔を出す。いつもは祭りの準備に陽気に騒いでいるはずの場に流れる妙な空気に、さすがの彼も首を傾げた。その様子に、なんでもないと答えつつ、思わずため息をつくカシム。
‥‥いやはや。もしかしたらとんでもない御仁をお迎えしたのかもしれんぞ‥‥。
彼のその呟きが、果たして的を射たものなのかどうか。
それを知る者はまだこの場にはいない。
●立ち聞き
北の村の工事現場には、セシールのお供の娘たちもちらほら姿を見せている。工事の様子を見やりながら、相変わらず皆でぺちゃくちゃお喋りしている。
「田舎に来てヒマなんだろうな。ま、いいけど‥‥」
そんな娘たちに目をやっていた飛牙とヴラドは、娘たちの中にあの赤毛の少年が混じっているのに気付いた。
「坊や、どこから来たの?」
「川の向こうの村からだよ。オレ、ローマ人なんだ」
「へえ、そうなの。あたし達はドレスタットから来たのよ。セシール・ド・シャンプランっていう偉い人のお供なのよ」
二人がやって来ると、少年はにっこり笑って手を振る。
「やあ、また会ったね。お兄ちゃんたち」
飛牙も笑って言葉を返す。
「おまえ、ゲルマン語上手くなったな」
娘の一人が訊ねる。
「ねえ坊や、名前は何て言うの?」
「オレ、名前はニノって言うんだ」
娘たちがどこか余所の見物に行ってしまうと、ヴラドは問い質した。
「川の向こうであってるとか言う男、どんな奴なのだ? 事によってはいけないことになるゆえ、正直に聞かせて欲しいのだ」
「だから、あのおじさんはいい人なんだ。本当だよ」
「本当にいい人なのか?」
「うん、本当だよ」
二人はいったんニノと別れの挨拶を交わし、こっそりと後をつける。ニノは例のごとく、川の岸辺であの男と話していた。草の陰に隠れて聞き耳を立てると、ラテン語の会話が聞こえてきた。
「ほぉ、村に偉い貴族がやって来たのか」
「名前はセシール・ド・シャンプランって言うんだよ」
「なに? あのドレスタットの××××がか? こいつは面白いことになってきたな」
男の手からニノの手に数枚の硬貨が手渡される。
「え? こんなに貰っていいの?」
「大事な情報を手に入れてくれたからな。これからもよろしく頼むぞ」
そっと現場から離れると、飛牙は訊ねた。
「俺、ラテン語習いたてだから意味分からなかったけど、あの男はセシール様のこと何て言ったんだ? ドレスタットのなんたらかんたらって‥‥」
「ドレスタットの遣り手ばばあと言ったのだ。あまり品の良い言葉ではないな」