稚き歌人騎士8〜波乱含みの聖夜祭

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 3 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月21日〜12月30日

リプレイ公開日:2004年12月30日

●オープニング

 領主ジャンの一日は武術の朝稽古で始まる。
「うおらぁ! うおらぁ! うおらぁ!」
 剣の素振りに、家来を相手の模擬格闘戦で一汗かくと、朝食の時間が巡ってくる。いつも通り食堂に向かうと、教会で朝の礼拝を終えて帰ってきたシャンプラン未亡人とばったり出くわした。
「お‥‥おはようござりまする、セシール様」
「おはよう、ジャン」
 馴れぬ敬語のあいさつもしどろもどろなジャンに対し、セシールは老貴族の威厳と貫禄あふれんばかり。
 セシールお付きの小間使いたちが手助けしてくれるおかげで、セシールが来てからというもの、朝の食卓にも色々と食欲をそそる工夫がこらされるようになった。
「おお、今日の朝食もひと味違いますな」
 ジャンの家来が料理をほおばりながら、食事の席ではいつも傍らにはべる家政婦長のミゼットに話を向ける。
「ありがとうございます」
「この味といい香りといい、食べているだけで遠いドレスタットの景色が浮かんで来るようですな。いや、まことにおいしい」
「お褒めにあずかり、恐縮です」
 なにしろそれまでの朝食ときたら、昨晩の夕食の残りの冷めた肉を適当に切り分け、これまた固くなったパンを付け合わせただけの代物だったのが、今では朝一番に焼き上げたパンが出てくるし、料理だって温かい上においしい味付けがされている。
 しかし朝食がこれほどおいしくなっても、領主ジャンは今日もむっつりとした顔でもくもくと朝食をかっこみ、
「では、先に失礼する」
 一言残してそそくさと席を発った。
「やれやれ、今日もあの調子では‥‥」
 ジャンの消えた食堂で家来がぼやくが、セシールは平然としたものだ。
「ああいうところは昔から変わらないものだねぇ」

 セシールは午前中、主に小間使いたちと相談をしたり、手紙を書いたりして過ごす。シフール便が届いた時には真っ先にそれに目を通す。今日は懇意にしているドレスタットの商人から手紙が届いていた。
「なるほど。ドレスタットではここしばらくドラゴン騒ぎのない平和な日々が続いております、か‥‥」
 手紙を読んで遠い目になるセシールに、お付きの侍女が訊ねた。
「ドレスタットにお戻りになられますか?」
「いいや、せっかくここに来たんだし、戻るのはせめて年が明けてからにしよう。さて、食事が済んだら今日はあの松林を見にいくとしようか」
「馬車をご用意いたしましょうか?」
「いいや、歩いていくよ。それほど遠い場所にあるわけでもないからね」

 領主ジャンの客として滞在中のセシール・ド・シャンプランは、その領地の一つとしてこの土地に松林を持っていた。その松林の使用権をセシールはジャンに認め、ジャンがセシールに代わって松林を管理する形になっている。
「おやおや、ずいぶん昔とは変わってしまったものだね」
 今は亡き夫との思い出の場所だった松林は、今では周りをぐるりと柵に囲まれた上に見張りの兵が付き、ものものしい警備が行われている。立ち入り禁止の札にはちらりと目を向けただけで、セシールは侍女たちを連れてずかずかと柵の中に踏み込んだ。途端に、見張りの兵がやって来て注意した。
「セシール様、この松林に入るにはジャン様の許可がなければ‥‥」
「おまえ、ジャンとの契約のことを知らないのかい? この松林は私の土地なんだよ。自分の土地である以上は、好きな時に出入りさせてもらうよ。それにしても、私にとっての思い出の場所を無粋な柵で囲ったりして、いったいどういうわけなんだい?」
「は! これもジャン殿のご命令でして‥‥」
「まったくあの戦馬鹿が! 何を考えているのやら」
 ふと柵の外を見ると、通りがかりの村人たちが柵の中のセシールを見て、奇妙な顔をして囁き合っている。怪訝に思ったセシールは侍女に命じ、村人たちの様子を見てこさせた。侍女は村人たちの所へ行き、しばらく話をした後に帰ってきた。
「村人たちの話によると、この柵は中にいたずら好きの魔女を閉じこめておくためのものだそうです。さる冒険者の方からそのように聞いたそうです」
 セシールはそれを聞いてあっけにとられ、その後でさもおかしそうに笑い出した。
「ジャンときたら、洒落のつもりかい? あの戦馬鹿もそんな洒落っ気を効かせられるようになったとは、見上げたものだよ」
 松林の中に年老いた妖精のようなセシールの笑い声が響く。
 それからしばらくして、松林の前の道を正装した一人の騎士が通りかかった。騎士は松林の中にいるセシールの姿に気付き、柵の向こうから呼びかけた。
「セシール・ド・シャンプラン様で御座いますか? こちらにいらっしゃると聞き、参上仕りました」
「私がそのセシールです。用件を伺いましょう」
 柵の中から出てきたセシールに向かい、騎士は深々と一礼して用件を述べる。
「私は隣の領主、ヴィクトル・ド・タルモン卿に仕える騎士で、名をベロアルドといいます。このたびはセシール様への挨拶に参上いたしました。ドレスタットの老貴婦人として名高きセシール様が隣領にご滞在中との話は我が領主殿にも伝わり、かような巡り合わせを得たることをいたくお喜びです」
「そうでしたか。話が伝わるのは早いものですね」
 騎士ベロアルドは一通の書状を礼儀正しくセシールに差し出した。
「どうぞお受け取り下さい。このたびの聖霊祭にて我が領主殿が催しになる晩餐会への招待状でございます」
 書状によれば晩餐会が開かれるのは24日の聖霊祭前夜。翌日25日は聖霊祭の当日で、ジャンの領地でもその隣の領地でも領主と領民こぞって祭を祝うことになっており、今もその準備が進んでいる。
 用を済ませた騎士が去ると、セシールの周りに侍女たちが集まってひそひそ声の相談が始まった。
「セシール様、隣の領主の晩餐会に出席なさるんですか? 話によればジャン様は隣の領主と険悪な仲だそうだとか‥‥」
「ああまで礼を尽くされた以上、それに応えなければ隣の領主に失礼というものだろう? ついでにジャンも晩餐会に連れていってやろうかねぇ?」
「ジャン様を、ですか?」
「まあ、ジャンが望めばの話だけどね」
「でも‥‥心配です」
 侍女たちの心配をセシールは笑い飛ばす。
「領地の取り合いだけが戦争じゃあるまいし、これしきの厄介事をうまくあしらえないようで領主がつとまるかい。それにジャンにはギルドの冒険者たちがついているじゃないか。あの戦馬鹿の脳味噌を補って余りある優秀な冒険者たちがね。それはさておき‥‥クララ、アンヌ、サラ、ジョアンナ、よくお聞き」
 セシールはいつも側に侍る4人の侍女たちの名前を一人一人呼び、しっかり言い聞かせた。
「今度のことで何があろうとも決して怖じけることなく、私の教えた通りに最後までやり遂げるんだよ。貴族の世界では毎日が戦争だからね」
「「「はい、セシール様!」」」
 侍女たちの返事がコーラスとなって返ってきた。

●今回の参加者

 ea0261 ラグファス・レフォード(33歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ea0901 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1736 アルス・マグナ(40歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2600 リズ・シュプリメン(18歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3659 狐 仙(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea6586 瀬方 三四郎(67歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

鳳 飛牙(ea1544

●リプレイ本文

●招待状
『来たる喜びの日。ジーザス、そして幾多の聖人達に学ぶ集いを、中洲の教会にて行ないます。充分な広さがございませんので、ジャン卿他選ばれし方々のみをご招待する事と致しました』
 手紙の末尾に名が挙げられていた。ヴィクトル卿配下の騎士の名がおよそ半分を占めていることに彼は気づいた。ということは、彼も招待されているのだろう。
 最後に『ご参拝いただける事を心より願っております』と締めくくられ、差出人の名前が記されていた。
 その頃、その本人‥‥シクル・ザーン(ea2350)は、手渡しできる全てを渡し終え、シフール便も発送を済ませたころだった。
「さて、これからが忙しいですね」
 気合を入れるように呟くと、教会へ向かった。

●手強い交渉相手
 ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が小間使いを通してセシールに面会を求めると、快く応じられた。指定された時刻に泊まり部屋を訪ねると、シフール便で届いたばかりの手紙に目を通している最中だった。
「初めましてなのだ、セシール殿」
「よく来たね、ヴラド」
 手紙を置き、にっこり笑う。
「セシールおばちゃんと呼ばせてもらっていいであるか?」
「いいとも。その代わり、私も坊やと呼ばせてもらうよ」
「今日はご相談があるのだ。実は‥‥あの松林にトリュフという超高級キノコが生えているのが発見されたのだ」
「おや? トリュフがねぇ」
 事も無げに言葉を返すセシール。だが、その目に宿るのは油断ならぬ光。
「同じ大きさの金と取引されるほどの価値ゆえ、隣領に察知されぬよう、現在松林には厳重な警備と情報統制を行っているのだ」
「なるほど。松林を柵で囲ったのはその為だったのだね?」
「我ら冒険者はトリュフを特産品として経済的な発展を狙ってるのだ。腕のいい料理人は見つけたのであるが‥‥そこでお知恵を拝借したいのだ。ちなみに隣の晩餐会では絶対に喋ってはいけないのだ」
「もちろん、秘密は守るよ。だけど坊や、助けを求める前によくよく考えてみることだね。坊やの話は私にとってもおいしい話さ。それでも物事には守るべき順序というものがある。ところでトリュフに関わっている冒険者たちは他にもいるようだね? 彼らを仕切っているのは坊やなのかい?」
 ヤングブラドは頭を振る。
「では、私にトリュフの秘密を話すよう、他の冒険者から頼まれたのかい?」
 ヤングブラドの返事は否。セシールの目つきが厳しくなった。
「ならば大きな間違いをしでかしたということだよ。水瓶からこぼれた水と、口から漏れ出た秘密は元には戻らない。この意味するところは坊やにも分かるだろう?」
 そこまで言うとセシールは一転、優しい口調になる。
「それでも秘密を漏らした相手が私で良かったよ。今後は十分に気をつけなさい。他の冒険者たちとよく話し合ってから私に相談においで。ただし、協力するからには相応の見返りを私は要求するよ。仮令、何も知らぬ坊や達であってもね」
「実は、もう一つだけ用件があるのだ」
 この際だからヴラドはずっと気に掛けていたことを訊ねてみた。
「余とその親類縁者について、些細な事など何でもよいゆえ、ご存知のことをお話いただけたらと思うのだ。余は今後どうすべきか気になるのだ」
 自分が神聖ローマ帝国の出自であり、過酷な政争のただ中で育ったことをうち明ける。
「そうだったのかい。おまえはそういう星の巡り合わせの元に生まれたわけだね」
 それがセシールの第一声。
「だけど、今は私が何かを言うべき時ではない。あの一筋縄ではいかない国のことを知る前に、おまえはこの世の中から多くのことを学ばなければならないよ。とてつもなく素晴らしいことと、目も背けたくなるような醜いことの両方ともね」
 はぐらかしたような答だが、今のセシールにそれ以上の事を話す気はなさそうだった。
 ヴラドが去ると、今度はツヴァイン・シュプリメン(ea2601)がやって来た。
「当領地のワイン作りのことで相談に上がりました」
 領地振興策の一つとして、ワイン作りの開始計画があるのだが、肝心の技術者がいない。伝が無いので頓挫していた。そこへ現れたのがセシールである。
「セシール・ド・シャンプラン様なら、色々伝もございましょうから、紹介状を書いて頂きたく思うのですが、お聞き入れいただけますでしょうか? もちろん多少の出費はこちらで負担いたします」
「それはまた素敵な話だね」
 例のごとく、油断ならない眼差しを送ってにっこり笑う。
「けれど、見合う見返りを求めるよ。それが私のやり方だからね。ワイン作りで実績のある修道院への伝ならあるけれど、この地にワイン作りを根付かせるためにはそれ相応の労力が必要だろう。その見返りとなると、差し当たっては次の三つが妥当なところだね。一つ、ワイン作りを初めて最初の3年間は、全ての売買権を。二つ、最良のワインを年ごとに献上すること。三つ、ワインの銘柄の命名権」
「‥‥」
 セシールのあまりの抜け目なさにツヴァインは言葉も出ない。
「勿論、契約を固めるにはまだまだ時間が必要だろう。この件については日を改め、また相談することとしまようかね」
「分かりました。では、失礼」
 部屋から退出し、ツヴァインは思う。来年の今頃にはこの地で取れた葡萄のワインを飲みたいと思っていたが、下手を打ったら全部持って行かれかねない。

●教授
 レニー・アーヤル(ea2955)はセシールのタルモン領訪問を良い機会と捉え、才能ある子供達を同伴しようと考えた。領主許可はすぐに下り、人選に取り掛かった。重要な場に同席させるのだから、それなりの知識と能力を持つ者でなければ困る。
(「優秀な子が多かったら、美形で礼儀正しい子を独断と偏見で選んじゃいましょぉ。試験官の特権ですぅ」)
 にこにこ妄想を逞しくしていた彼女だが、その笑顔はだんだんと強張って行く。
 そして。最終的に選んだ3人を連れて、セシールのもとを訪れた。セシールは子供達を面白そうに見回し、ラテン語で話しかけた。子供達が緊張の面持ちで答えるのを、レニーは極力平静を装って聞いていた。
「しっかりおやり」
 子供達に励ましの言葉をかけ、下がらせたセシール。
「‥‥もの凄い訛りだねぇ」
「ローマ辺境出身の親から学んだらしいですぅ」
 からかい気味に言うセシールに、心で泣きながらもあくまで笑みを湛えるレニー。ラテン語がある程度以上に使え、ノルマン貴族についての知識も持つ子となると‥‥。才能溢れる美形がごろごろ転がっているほど、世の中は甘くない。隣の領主と遣り合える程に流暢なラテン語を話せるのは、神聖騎士見習いの子供1人だけだった。

 子供達がみっちりと仕込まれている頃、領主殿もリズ・シュプリメン(ea2600)の指導を受けていた。他領に招かれるとなれば礼儀作法の重要性はぐっと増す。が。
「あ、そうではありません、ああっ、その様に豪快になさっては、あ、いえそうではなくてこう‥‥」
 無残。リズは早々に細々とした事を教えるのを諦め、今回を乗り切る秘訣を伝授する。
「しっかりと覚えて下さいね。俗に、パンにはパンを 血には血を と申します」
 安っぽい挑発には洗練された言葉で返し。売られた勝負はきっちり買うが、激昂するのではなく冷静に相手の出方を予想し、さりげなくカウンターで倍返し。そんな事がしてのけられれば、立派なやり手貴族なのだが。
「傲慢にならず、かといって卑屈にもならず相手に対する。それが礼儀作法の決して外してはならない最初の一歩です。それだけは忘れる事の無い様にしてください」
 かなり簡単に要約したつもりだが、難しい顔で考え込んでしまうジャン。もう、限界の様子だ。
 この後、ジャンは憂さ晴らしをするかの様に猪狩りへと赴いた。狐仙(ea3659)と七刻双武(ea3866)が祭の食材調達をと申し出たものだが、一も二もなく誘いに乗った。元々狩りを好むジャンではあるが、「セシール様の居ない所で羽を伸ばしては?」という仙の誘い文句は効果絶大だった様だ。狩りと共に、双武により祭りの資材確保の為、森林伐採と伐採後の植林も準備されている。これは大切な配慮といえるだろう。彼は狩りの事をトリュフ警備の者達には勿論、隣領にも誤解を招かぬ様、ちゃんと話を通しておいた。猪が大切なトリュフ林に入り込まない様に、罠も仕掛けさせている。こういった気の回り方はさすがに年の功というところか。
「それ、そちらに行きましたぞ!」
 双武はブレスセンサーで猪を察知、姿を見ればライトニングサンダーボルトを叩き込む。駆りだした人々は以前にも狩りを経験した者達だから、くどくど言わずとも心得たものだ。何よりジャンが水を得た魚の様に林の中を駆け巡り、次々と見事な得物を仕留めて行った。
「戦いの場にあるジャン様は、こんなにも生き生きとされてます。不得手な事だと他者に丸投げせず、自分でどうするか考えることが大切です」
 今日はしらふの仙、なかなか良い事を言う。
「うむ、そうかも知れんな」
 思うところがあったのか、そう何度も呟くジャン。
「結婚すれば人生の見方も変わるかも。見初めた娘でもいないのかしら? 例えばセシール様お付きの娘とか」
 仙、一言多いのが玉に傷。む、と唸ったきり、ジャンは黙り込んでしまった。そして、新たな獲物の出現で話はうやむやに。ち、と小さく舌打ちし、酒瓶を手繰り寄せる仙である。
 意気揚々と戻った彼ら。村の広場には戦で使う大きな釜が並べられ、セシールの小間使い達が楽しげにそれを洗っていた。出店の許可も既に得て、祭りの準備も着々と進んでいる。

●準備は進む
「祭りだ! 祭りだぁ! 芸人の血が騒ぐぜぇ! 思い切り楽しんで、楽しませるぞ〜! ‥‥っとっと、先走りしすぎてんな」
 既にお祭り気分のラグファス・レフォード(ea0261)、仲間の様子を見回した末、仙の出店の手伝いを買って出る。出店の料理は『肉包』。肉と野菜を炒めた具を小麦粉の皮で包んだ華国風の食べ物だ。皮の生地と具を作るのは仙、具を包むのはセシールの小間使いたちの仕事。そしてラグファスの担当は力仕事。薪割りに水くみに火起こしなどなど。
「薪束一丁、できあがり〜!」
「ありがとう。男手がいると助かるわ。しばらく休んでいていいわよ」
 台所の椅子に腰を下ろして傍らを見ると、調理用のナイフがずらりと並んでいる。それを手に取ってながめるうちに体が動き、テーブルの上にでんと置かれた猪肉に狙いをつけてナイフ投げのポーズ。
「ちょっと! 刃物で遊ばないでよ!」
 怒鳴る仙。
「あははは。大道芸人の血が騒いじまったもんで、つい‥‥」
 祭でのナイフ投げは危険だから控えようと心に決める。
「‥‥そうだな。『肉包』使ってジャグリングでもやるか。場所もとらないだろうし」
 アルス・マグナ(ea1736)とも祭で出店をやる口で、長渡泰斗(ea1984)と一緒になって近場の街の食堂と屋台街を回っていた。
「まぁ、どこか屋台引き受けてくれれば恩の字なんだよな〜」
 ついでに食べ歩きにも勤しむ。もぐもぐ‥‥。
「どうだい? うちで作った焼き菓子は?」
「なるほど、店の名物だけあって旨いもんだ。このふっくらした舌触りに、バターの香りがなんとも‥‥」
「だろう? 味にかけては自信があるんだ。ぜひとも店を出させてくれ」
 色好い返事のあった店の主人に、泰斗が持ちかける。
「ついでに、出店の割引札を福引に提供してもらえないかな?」
「まあ、損しない程度に協力するよ」
「今度の祭の福引は豪華だぞ。大当たりが出たら馬一頭を進呈だ」
「馬一頭を!? そりゃすごい!」
 主人が目を丸くする。もっともその馬は、パリの収穫祭の福袋で泰斗が引き当てたものだ。
「ついでに聞くけど、この近場に法の専門家は居ないかな?」
「さあて、心当たりはないねぇ‥‥」
 ここは田舎だ。法に頼らずとも領主の決裁か人々の話し合いによって、大抵の問題は片がついてしまうのだ。

「伴天連には賛多喜老師という、赤尽くめの法師がいると聞いたのでな」
 話に聞く法師の姿で、村の子どもたちに菓子を配ろうと思い立った瀬方三四郎(ea6586)は、セシールの侍女であるクララに手助けを願った。
「どこで衣装を手に入れ、どこで菓子を買ったら良いのであろうな? 金子三十ほどは使うつもりでいるが‥‥」
「そこまでの大金を使うことはありませんわ。1ゴールド半もあれば十分ですの」
 クララと共に近くの町々を回り、三四郎は衣装と菓子を手に入れた。そして領内の村々を回るのに先駆け、双武を訪ねる。
「これを‥‥」
 差し出したのは双武の思い人たる女性の髪。
「いや、もちろん遺髪ではない。己の髪を想い人に預ける、その想いを解ってあげて欲しい」
「かたじけない。しかと受け取りました」
 さて、村々を回る三四郎が西の村を訪れると、子どもたちの遊ぶ姿が目に止まった。故郷の鬼ごっこのようにも見えたが‥‥。
「わがなはアマツ! 村人を赦せ!」
「それはならん!」
「なら、決闘だ!」
「わしに勝てば、赦してやる!」
 子らを呼び止めて訊ねると、村人たちは恩人を崇めているという。三四郎の目に熱いものが滲む。紛いなく彼女がきっかけであった。

●隣領訪問
 中州の教会。カシム・キリング(ea5068)が忙しく聖夜祭のミサに備えての準備をしていると、ジャンがぶらりとやって来た。珍しいこともあるものだと思う彼に
「もうじき聖夜祭だからな」
 祈りを捧げ終え、帰ろうとするのを
「せっかく来られたのだし、しばらく話でもして行かれぬかな?」
 引き留めた。
「ところでセシール殿が隣領に招待された件だが、どうされる?」
「今、考えている」
「その人の苦手とするところに試練あり。試練こそはタロンのご加護。石を玉に変えるが如し。この度の試練は、平常心を鍛えるもの。冷静で居続ける事で見えてくるものもあります。そのあたり、セシール殿から学ぶのも良いことかと」
 何か思うところがあったようだ。

 翌日。
「俺も一緒に晩餐会へ参るぞ」
 どうやら冒険者たちの助言や励ましが功を奏し、気が変わったらしい。自分の領地の祭はどうするのかと仙は小言を言ったがジャンはきっぱり答えた。
「我が領民は大切だが、セシール様も俺にとっては大切なお方。それに聖夜祭は毎年やって来るが、セシール様と共に過ごす聖夜祭など滅多あるものではない」
 共に隣のタルモン領に向かう冒険者はカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)、レニー、アウル・ファングオル(ea4465)の3名。アウルにとっては西の村での一件など腹立たしいこともあるのだが、ここは護衛の騎士の役目を果たそうと心に決め、ジャンに謹言する。
「敵にも学ぶ事は多いでしょう。どうか、謙虚と誠実さはお忘れなきように」
「うむ」
 果たして領主殿は分かっているのだろうかと疑りたくもなる。
「では、いざ参るぞ」
 愛馬に乗り、レニーが選抜した家来3人の先頭に立ち走り出した。その後にはセシールの馬車と馬に乗った冒険者たちが続く。
「威勢がいいもんだね。まるで戦に出かけるみたいに」
 走り行くジャンの姿を見て、馬車の中でセシールがつぶやいた。
 隣領のタルモンの屋敷に着くと、ジャンはまるで従者のように畏まり、馬車から降りるセシールの手を取ってエスコートする。屋敷の偉容を見て、セシールに付き添う侍女たちがひそひそ声で言葉を交わす。
「まあ、ジャン様のお屋敷よりも立派ですこと」
「お手入れも行き届いていますし」
「それにお出迎えもにぎやかですわ」
 楽師たちが優雅な楽の調べを奏で、歓迎に駆り出された領民やら屋敷の使用人やらが恭しい礼で迎える中を玄関に向かって進むと、パリの高級仕立屋に特注でもしたような礼服に身を包んだ領主タルモンが、これまた豪勢に着飾った騎士と従者を従えて、太陽のごとく輝かんばかりの笑顔でもってセシールを出迎えた。
「セシール・ド・シャンプラン様、このたびは我が領地へお越しいただき、光栄至極でございます」
 歓迎の豪勢ぶりを書いていったらきりがない。ただしジャンが始終むっつり顔であったことだけは書きとどめておこう。

「タルモン様の教養の深さには常日頃から感服しておりました。今こうして存分に語り合う機会が持てましたことを、とても嬉しく思いますわ」
 貴族の社交場は一種の戦場、言葉を制す者が勝利を制する。機先を制してタルモンを褒めるカミーユ。その杯に従者が注ぐワインは彼女が前日に贈り届けた品。送り主にほめ言葉を贈るなど礼儀をしっかり心得ている。
「私も光栄だ。マダム・シェンバッハ。いやまことに貴女のような可憐なる花は、不粋で愚鈍なる雄牛には似つかわしくない」
 それでも返すタルモンの言葉には嫌味が混じる。
 ジャンはセシールの横で、さっきからぶつぶつつぶやいている。
「平常心‥‥平常心‥‥」
 不意にタルモンは言った。
「さて、ちょっとした余興を楽しむとするか」
 言うなり、タルモンはジャンに随行する家来たちにラテン語で問いかけた。
『見たところ、君はジャンに負けず劣らずの田舎育ちのようだが、私の言葉が理解できるかね?』
 家来がラテン語で言い返す。
『おらだってラテン語は理解できるだ』
 訛の強い返事を聞いてタルモンは失笑。それを見て周りの騎士たちも倣う。
『何がそんなにおかしいだ!?』
『君のラテン語はずいぶんと面白い響きだな。誰に教わったのだね?』
『母ちゃんに教わっただ! おらの母ちゃんはローマ人だ!』
『そうか。私はまた、君のラテン語の教師はローマから売られてきたロバかと思ったよ』
『おらの母ちゃんをバカにすんなぁ!』
 怒鳴ってタルモンにつかみかからんばかりに立ち上がった。それをレニーが押しとどめ、叱りつける。
「ご招待して頂いたタルモン様とぉジャン様の顔に泥を塗るつもりですか?」
 泣きそうな目に悔し涙。すると非の打ち所がないラテン語の言葉が聞こえてきた。
『タルモン殿、お戯れはこのくらいにされた方がよろしいかと。若者をこれ以上追いつめては、余興が余興でなくなりましょう』
 言葉の主はアウル。それを受けてタルモンも真顔で答えた。
『道理であるな。余興はこれまでとしよう』
 こうして騒ぎは落ち着いた。ところがジャンときたら、一体今の騒ぎは何だったのだと目をきょろきょろさせている。全然分からないのだ。仕方なしに
「実は‥‥」
 アウルが事情を説明すると、忽ち顔に朱が走る。
『ぶっ殺す!』
 なぜかラテン語で飛び出したつぶやき
「ここは抑えて」
「‥‥うむ。平常心、平常心」
「ところで、さっきのラテン語は?」
「俺が戦場で捕虜にしたローマの騎士から習った言葉だ」
 豪勢な晩餐会に続き、これまた豪勢な舞踏会が始まった。立派な正装の殿方、着飾った婦人に淑女。皆、タルモンに縁あって招かれた者ばかりだが、そんな中でもこの日のために選りすぐりのドレスで装ったカミーユは、魅力で人目を引きつける。胸元の開きすぎない青色のドレス、アクセサリーはお気に入りのティアラに銀のネックレス。もちろん先祖より伝来のザクセン白金勲章も装いの一部。懐に忍ばせた香り袋には、やぎの根付けのアクセント。何人もの殿方からダンスの誘いを受ける毎に快く応じ、優雅にその相手をこなす。
「折角ですからぁ、色々とぉ御話ししてきたらどうですかぁ?」
 家来衆にレニーは誘いをかけるが、先の騒ぎのせいですっかり縮こまってしまった。
「タルモン殿! 失礼する!」
 いきなりジャンの大声が広間に響いた。
「俺は戻らねばならん! セシール様の勧めもあってここに来たが、やはり領民を捨ておけぬ! セシール様、どうかお許しいただきたい。領地での祭が終われば、必ず迎えに参上する故」
 言うが早いか姿を消してしまった。その姿にセシールは感心したようだ。
「よくもまあ、あれだけはっきり言えるようになったものだねぇ」
 ジャンがいなくなると、待ってましたとばかりにタルモンがセシールとの話に興じ始めた。
「ところで我が領と接するセシール様の松林の件ですが、これまで通りの扱いを続けるわけですな」
「勿論です。所有は我に、管理はジャン殿に」
「しかし、何か問題を起こした場合、話は別でしょう?」
「当然です。ですが、これまでは何も問題は無かったし、これからもきっとそうでしょう」
「そうであれば良いのですが‥‥」
 二人の会話に、レニーはそっと聞き耳を立てていた。

●聖霊への祈り
 シクルの呼びかけによって、中州の教会にてジャンとタルモン、双方の騎士達が参加しての礼拝が実現した。招きに応じて現れた相手方の騎士達を出迎えたシクルは丁寧に挨拶を交わし、教会の中へと案内する。中ではジャンの騎士達が、礼拝の準備を手伝っていた。
「手が足りず大変でしょう。差し支え無ければ手伝いたく思いますが」
 この申し出を断る理由は何も無い。こうして教会の中、普段は警戒の視線を投げかけ合っている双方の代表が肩を並べて立ち働く、奇妙ながらも微笑ましい光景が実現する事となったのである。ジャン側の騎士達はどんな難癖をつけられるかと身構えていたのだが、タルモン側の騎士達の態度はいたって紳士的だ。恐らく、事を起こさぬ様にときつく命じられて来たのだろう。相手との遣り取りがジャンの部下達を鍛える良い機会になると考えていたシクルにとっては、この展開は意外であり、少々残念でもあったが‥‥。
「今日は心安らかに祈りを捧げよ、という神のご意思じゃろう」
 カシムの言葉にシクルはそうですねと頷く。やがて準備万端整い始まった礼拝。その最初に壇に立ったカシムはこう言った。
「今年産まれたばかりのこの小さな教会、良き神の子達によって築かれし幸いなる小屋において聖霊への祈りを捧げられる事を、神に感謝致します。機会を与えしは神の力、滞り無く執り行うは人の力。皆様の奉仕に、心より感謝致します」
 式は『大いなる父』の教えに従い、質素、かつ厳かに行われた。
「良い礼拝でした」
 礼拝後、握手を求められたシクルは、ひとつ話を切り出した。
「今後もこの中州を中立の地として双方侵さない事を、神の前で確認したく思います。異存はございませんか?」
 少々ぶしつけかとも思ったが、向こうも予想していたのだろう。無論、と即答があり、この件は双方において、改めて確認される事となった。
 彼らが帰って、暫く後。教会にジャンとセシールが現れた。約束通りジャンが迎えに赴き、共に帰りの途中で立ち寄ったものと見える。シクルからの報告を受け、そうか、と頷くジャン。無邪気に喜ぶ事は出来ないにしても、緊張の重みが多少なりと減じたのは確かだ。
「中州では、実に様々な事があったな」
 彼の呟きには、何とも言えぬ実感が篭っている。
「神様がお前という人間を試してらっしゃるのかも知れないね。それを受け止めるのも男の器量だ、しっかり感謝しておくんだよ」
 セシールの言葉を真摯に受け止めたのか、ジャンの祈る姿はとても神妙だった。そして、その隣で祈りを捧げるセシール。彼女が胸の内で何を思っているのか、それは分からない。カシムはただ、彼らに神の言葉を伝えるのみだ。
 礼拝を終えて館に戻ったジャンには、リズの用意したワインが待っていた。
「今回は合格点をあげましょう。さあ、存分にどうぞ」
 うむ、そうか、と言葉少なに、しかし見るからに嬉しげに杯を傾けるジャン。甘い先生だねぇ、とセシールが笑った。

 教会に来れない者達の為に、神から与えられた羽根をもって村々を巡回するカシム。彼のお説教を、村人達が真剣な眼差しで聞いている。声に耳を傾けながら、アルスは溜息混じりに呟いた。
「結局、立つ鳥後を濁しまくりだな」
 とても神様に会わせる顔が無い、と苦笑するアルス。彼はもうすぐ、イギリスへと旅立つ予定なのだ。そんな彼に、そんな事はありませんとカミーユが首を振った。
「アルスさんがなさった仕事は、いつかきっと実を結びます。ここに集まった私達は流れ者の冒険者ですから、いつかはまた、何処かへ流れて行く。でも皆ひとつづつ、大切な種を蒔いて行くんです」
 静かに微笑んで言う彼女に、アルスは表情を綻ばせる。想いはいつの間にか祈りの言葉に重なっていた。

●法整備
 翌日。ジャンを交えた法に関する話し合いが行われた。
(「法整備するだなんて考えるの、止めておけば良かったかも知れねぇ」)
(「うう、眠いぞ‥‥」)
 この場に臨んだアルスとヴラドは、共に目の下に隈をつくり、目を充血させてふらついていた。連日、ろくに纏められてもいない裁判記録を引き摺り出しては読み漁り、検討し選別しながらこつこつと書き出していたのだからまあ、当然の結果と言える。
「ともかく、秋の様な混乱を繰り返さぬ為にも法の整備は急務なのだ‥‥ぐう」
 ヴラドは、それが如何に必要であるかを説いている最中に力尽きた。その後をアルスが継ぐ。
「慣習法とこれまでの判例を調べたが、中にはいきなり命を奪われてしまう様な厳しい罰が何の疑問も挟まれず適用されていたり、逆に領主の判断次第でしかないものが法と呼ばれている例も多々あった。すくなくともこの点は見直さなければ、後々問題を起こす事になるだろう」
 アルスが説明する間、泰斗がその資料に目を通して行く。
「随分な量だな。ゲルマン語が拙い俺には分かり難いものも多い。少々乱暴でも、最初の内は簡単な内容にした方がいいんじゃないか? 故事に見られる『人を殺した者は死罪』『人を傷つけた者は処罰』『人の物を盗みたる者は処罰』という様なものを最初に徹底しておいて、然る後に修正して行く方がいいんじゃないだろうか」
 単純明快はジャンが好むところでもある。また、民に守らせる上で、絶対に必要な事でもあるだろう。
「それで行くとしてだ。悪意をもって殺した者と、自他の命を守るためにやむなく殺した者と、誤って殺した者の区別はつけんのか?」
 ジャンの質問に、アルスと長瀬が考え込む。罪の結果を全てとするか、情状を酌量するのか。それは刑法をどう考えるかという、根本的な問題に繋がっている。話し合いの結果、先の3条にもうひとつ、『処罰の一切は領主に委ねられる』という4条目が付け加えられる事になった。単純過ぎる法を、当面は領主の判断で弾力的に運用し、その間にもっと精度の高い法を作って行く、という事で折り合いを付けたのだ。
「法を纏める事は秩序を作る事と同じであり、有益な事だ。軍も領地も秩序と統率の重要性は大差ない。軽んじて良い事ではないと、それだけは忘れないでもらいたい」
 最後にアルスは、そうジャンに諭した。彼とヴラドの編纂した法令集は、ジャンが裁きを下す時、その傍らに置かれる事になるだろう。そして日々、追加と修正が繰り返されて行く筈だ。

●領内の殖産
 領地に残った御蔵忠司(ea0901)は、領民達を集め説明していた。新しい方法で収穫を上げようというわけだ。軌道に乗ってしまえば確実に飢えは遠のくはずである。
 領民達は熱心な目を向けていた。冒険者達の努力の甲斐あって、勤労意欲は飛躍的に高まっている。信頼されている証拠だ。
「同一の耕地に一定の順序で一定の年数を周期として耕作する方法です。地力の保持や病虫害対策に優れています。麦類や豆や牧草を組み合わせるといいですね」
 忠司は以前訪れた時に灰で土を中和し、たっぷり堆肥を含ませておいたところを耕しはじめた。領民もこぞってそれに倣う。
 ある程度の面積が耕されると、数人を呼んで畑の縁に沿って畝を作るように指導した。
「平行に作ってくださいね」
 四苦八苦しながら土を盛っていく。きつい表情で作業をしているが、目は楽しそうに輝いていた。
 別のところでは泰斗が堰を作っていた。いつまでも自然堰に頼ってはいられないというわけだ。肝心な時に水がありませんでは折角畑を耕しても意味の無いものになってしまう。
「砕いた岩を積み上げる石積み堰を基本としよう」
 そう言った泰斗に領民や技師達は少し怪訝な顔をした。
「あの‥‥岩を砕くといいますのは‥‥」
 人手を考えると、少々足りないかも‥‥と言いたいようだ。
 しかし泰斗は安心しろと言わんばかりに落ち着き払い、鳳飛牙を紹介した。
「彼が岩を砕いてくれる」
 おお〜、と領民達から歓声が上がる。
「さっそく始めよう。まず材料だが、水路工事で出た残土と岩、そして木材だ。水門は設けない。石積みは石畳状にして木杭と土壌で補強する。高水位では堰の上を流し、低水位では透過させるわけだ」
 細かい指導はその都度しつつ熱心に作業に励んだ。

 無事、種まきも終わり立派な堰も作られ、泥だらけの充実感を得た後、彼らはささやかながらも宴を開いた。皆で協力しあった後である。高揚した気分のまま、盛り上がっていた。
 そんな中、アレクス卿に遣わされた使者が様子を見に現れた。見違えるほど体裁の整ったジャンの領地にひどく感服していた。だがすぐに目元を曇らせ、小声でこんなことを漏らした。
「遠くの土地で大きな飢饉がありまして、その村の領主は無情にも、働けない子供や老人を放逐してしまったのです。彼らは流浪の民となり彷徨っています。やっかいなことにならねば良いのですが‥‥」

●ピンナップ

カミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238


クリスマス・みんな集まれピンナップ2004
Illusted by セイ