試される大地〜瑠璃色の君2

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 3 C

参加人数:14人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月04日〜12月13日

リプレイ公開日:2004年12月12日

●オープニング

「‥‥それで、ルル様は」
 ギルドを訪れたのはいつぞやの乳母殿。以前招いた冒険者の一人が、ドラゴン退治に向かったと聞き、応援に行ってしまったのだと言う。
「急ぎ、お殿様から腕の立つ御家来を回して頂きましたが。今頃は何処へお出でのことやら‥‥。いえ、問題はそちらのお話ではなくて‥‥」
 ギルドの係員は肩をすくめながら嗤った。
「なんだい。そっちは足りてるのかい。で? 本題を言ってくれ」
「この度御領地に教会を創り、領民のための学問を施すことになりました。入植者を呼ぶためと、将来の役人を育てるためです」
 教会と言いつつ、学問などを庶民の子弟に施す恩賜の学舎である。
 内容は読み書き計算、そして祈祷。さらに余裕のある家の者や能力のある者には、測量や農業、肉体の鍛錬や武術を教え、百年の計をうち立てたい。その開設に辺り、教師を募集する。だけの筈であった。
「‥‥なるほど。その開設にあたり、お嬢様が臨席しないと問題があるのか」
「はい。そこで、お嬢様の影武者もお願い致します」
 現地には、まだ建物さえ無いと言う。集められた子供達は、8才から15才に至る様々な階層であった。中には、寄る辺無き子らも混じっている。と、乳母は告げた。

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1899 吉村 謙一郎(48歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5970 エリー・エル(44歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5985 マギー・フランシスカ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6855 エスト・エストリア(21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●キュアノスの丘
 出迎えに用意された3頭立ての馬車隊に乗り込み一行は目的地に着いた。冬枯れの平原が広がる果てしない大地。それが辺境伯アレクス・バルディエの領地であった。この広い大地の中に、食邑700余戸と言えば人口の疎らさも判るだろう。セーヌ河を下ったパリよりのところに、領内で一番大きいムランと言うパリに地形のよく似た村があったりするが、大半が無人の野なのだ。その封地の東に領主の舘でもある砦がある丘陵地帯。
「お嬢様。着いたでやんすよ」
 クッション役の以心伝助(ea4744)が、少しばかりへろへろに為りながらも務めを果たした。役得とは言え、嫁入り前の令嬢を膝に乗せての道中だ。これはもう苦行の部類に入る。
「ありがとう伝助さん」
 大きな熊のぬいぐるみを抱えて馬車から降り立った娘は、実は本物の辺境伯令嬢では無い。その名はルリ・テランセラ(ea5013)、耳の形を除けば姿も物腰もそっくりな冒険者であり、彼女自身も貴族の娘として教育を施されているため、影武者には打ってつけであった。耳は髪飾りで隠している。
「本物のほうはどうした?」
 カイザード・フォーリア(ea3693)が苦笑しながら出迎えの者に訊ねる。執事らしき老人である。
「未だ連絡が有りませぬが、スレナス殿がお側に着いて居るようですから、大事は無いでしょう」
 つまり、平たく言えば行方知れず。信頼に足るお守り役を派遣したとのことだが。それはルルお嬢様の安全が確保されていると言うだけの話。当地ではずっとルリにお嬢様として振る舞って貰わねば為らぬと言うことだ。
 引き馬にルリを乗せ、一行は進む。
「で、教会は何処だ?」
 サラサ・フローライト(ea3026)の問いに老人は杖を伸ばして丘の頂の一つを指し示した。
「あのキュアノスの丘にヴェガ様が祝別なされた祭壇がございます。まだ、杭一つ打ち込んでございません。縄張りも、皆様の計画通りに」
 以前は名も無き丘であったが名前が付いたらしい。
「キュアノスの丘ですか? ヴェガさんが喜ぶでしょうね‥‥」
 イリア・アドミナル(ea2564)は愉快な気持ちになって微笑んだ。以前の依頼の証が刻まれていたからである。

 丘に登ると確かに小さな石積みの祭壇が一つ。それ以外何もない。
「ホントに何もないんですねぇ」
 吹きっ晒しの風の中、エスト・エストリア(ea6855)は胴震いした。ローブの下は、並の殿方ならば悩殺間違いなしのセクシーな姿。北風が冷たい。
「ルリ、寒い‥‥」
 頼もしげなカイザードに身を寄せるようにピタリとくっついた。彼の逞しい体が風を防ぐ、
「えへ。暖かい‥‥」
 子供のような無邪気な笑顔にカイザードもつい、口の端を和ませた。パサリとレザーローブを掛けるその目は、我が子を慈しむかのように温かかった。

「姐さん。どうしやす?」
 伝助はノーマルホースの福助の手綱を引いて、遠回りして上ってきた。執事から渡された大テント一式をゆさゆさと揺らして。

●フランシスカ・アドミナル教会
 ランプの光がほのかに揺れる。野戦陣地のようなテントの中で、アレクシアス・フェザント(ea1565)は名簿を眺めていた。
「身分が問題だな。何もこの時期にとは思うが、農閑期でないと通えない子供もいる。少なくとも、あと暖房は必要だ」
 騎士の子が6名、商人の子も同じくらい、農民の子が10人程で、孤児が15人。男子と女子の割合は半々くらいであった。大雑把な数字は、全員が毎日通える訳では無いからだ。年齢が一番多いのは10歳くらい。
 軍隊でも冬営に入る季節。火の気がなければアレクシアスとて堪らない。
「テントの布を二重にして入口に風除けを設置して‥‥。吹きっ晒しも良いとこだからな。今の季節、子供を寝泊まりさせる訳にはいかないぞ」
 ひゅー。風にテントが煽られ、ランプが揺れる。
「アッシュ。早かったな」
 手を擦りつつ息を掛け、入ってきたのはアッシュ・クライン(ea3102)。
「領主の舘と言うよりは辺境の砦だぞ。ありゃ」
 だだっ広い領地を全て合わせれば。悪くもない封地だが、こと砦周辺に限っては全くの辺境。畑も無ければ柵もない。見渡す限りの枯れ草と、丘陵地帯にそびえる砦だけが目に着く。
「セーヌ河沿にあるムランの村も、馬で一日の距離だ。ほんとに何にも無いところだな」
「だからこそ、俺達が創って行ける。そうだろう?」
 アレクシアスはらしくもなく瞳を輝かせる。一つの街を、自分達が生み出すのである。その勲は、街その物に刻まれるのだ。

 大工・石工の頭領達を連れ、丘を歩くのはマギー・フランシスカ(ea5985)。私財50Gを擲ち、教会建設の足しとする。
「さあ、急いでおくれ。鍛え上げた立派な騎士様でさえ、冬営に着く季節ぢゃ。子供達をこんな寒空に放っておく訳にもいかないじゃろう。それにここは礼拝の場所じゃ。心を込めて築けば、神さまがあんた達の奉仕を命の書の注釈に書き込んで下さることじゃろう」
 土を掘り土台を据える前に、綿密な測量が行われる。それを元にマギーの設計による礼拝堂と寮を建てるのだ。安価に押さえるために土台以外は煉瓦で済ます予定である。
「どっちを先にします?」
 頭領の問いにマギーは、
「人のために創るのぢゃ。教会のために人を集める訳ではないじゃろう?」
 マギーの建てる教会には、イリアの用立てたラテン語の教本が備えられる予定だ。もちろん教育のためだが、ラテン語は聖書を読むための言葉。教会への寄進と世人には見なされていた。よって、この教会は爾後フランシスカ・アドミナル教会と呼ばれるであろう。二人の合計150Gもの大金を核として、少しずつだが献金も捧げられていると言う。
 机、椅子と言った備品。子供達のための蝋板。集められたと言う孤児のために、古着・端切れを山ほど。槌音が響く建築現場の傍に、野戦用の大テントを張り教室とする。
 準備は次第に整えられてきた。

●高貴なる野心
 まだ建物もない教会予定地。張られた野戦用の大テントが当面の教室だ。奥の壇の前に説教台が置かれ、整然と並ぶ木のベンチ、机。その上に一つ一つの蝋版。入口より見て左前方の壇横に設けられた煉瓦で築かれた急造の暖炉。煙が上手くテントの上から抜けるように念入りに調整されている。
 身分にうるさくないとは言え、子供達にも判る社会の仕組み。騎士の子と、商人や農民の子と、孤児。男の子と女の子。社会的立場の異なる雑多な集団は、ざわめきながらテントの中にいた。慣例により男の子の席と女の子の席は、中央通路を挟んで右と左に分けられる。前の席には騎士の子が、後の席にはその他の子達が固まって座っていた。二つのグループの間には、ベンチにして3つも空の席があり、両者を隔てていた。
 中央の通路を通って、ルリをエスコートする形で吉村謙一郎(ea1899)とティアイエル・エルトファーム(ea0324)が壇上に上がる。
 ぐるりと子供らを一瞥し、謙一郎が一声を放つ。
「アレクス卿は才ある者が報われる仕組みを作っておりますだ。それは身分家柄に関わらず、才を用いるべしということですだ。才を用いるとは即ち、諸々の生業をすべてひっくるめた、労働のことですだ」
 ざわめく子供ら。ルリが辺境伯の子として凛と前に進み。
「ルルね。みんなと友達になりたいの」
 言って、後の席に歩いて行き、入口近くの席にいた子に近づき、
「こんなとこにいると寒いよ。それとも、寒い場所で身体を鍛えてる強い子なのかな?」
 全てのことが、この一片の笑みだけで許されてしまいそうな輝きを帯びて、ルリはどぎまぎしている子の隣へ座った。
「みんな初対面同士なのかな? とにかく折角一緒に学んでいくんだから、友達同士になれたらいいよね♪」
 ルリの破天荒なやり方を支援するかのように、ティアイエルがダメを押す。
「学問に王道は無いんだよね。騎士の子でも商人の子でも関係ないよ。ここでは学ぶ人が一番偉いんだよ」
 ケンブリッジ魔法学校で学問を力(つと)める彼女ならではの言葉に、場はしーんとなった。謙一郎は改めて訓辞を続ける。
「欧州では労働は神が与えた原罪だども、ジャパンでは神々も機を織り、釣りをして狩をいたしますだ。カミ様ですら働くのですから、人間だって懸命に働きますだ。だから、ジャパンは瑞穂の国と呼ばれるほど豊かなのでごぜえます。かつてフランクを席巻し、復興戦争で活躍した武士の強さの源でもごぜえますだ」
 些か教会となる場所で説く話ではないが、言わんとすることは伝わったようだ。それを鞭を持った修道女の格好をしたエリー・エル(ea5970)が締めくくった。
「祈ることも、戦うことも、耕すことも、神さまが御命じに為られたお仕事だよ。神さまが下さった仕事だから、尊くないものは一つも無いの」
 こうして、学校の第一日目が始まった。

●知ると言うこと
『知之為知之、不知為不知、是知也』
 謙一郎は、布に大書された異国の文字を広げて入口に掲げた。
「これは、華国の文字でこう読みますだ。『これを知るを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是れ知るなり』皆さんに学問を教えさせていただきます、吉村謙一郎と申しますだ。わからないことがあれば、どんどん聞いて下せえ。わからねえことは恥ではね」
 ノルマンでは武士と呼ばれるジャパン騎士の評判は悪くない。槍襖を叩き斬り、奮迅の活躍をした話は、特に支配階級の子弟ならば良く聞かされている。それゆえ、先生としての権威は充分であった。サラサとリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)は菓子と木札、算盤等を用意し授業を進める。リュシエンヌは木札に描かれた絵を使い、お話の延長で授業を組み立てる。
「このお花はいくつある?」
「ひとつ」
「これをね、文字で表すとこうなるの。これが、1。ひとつあること」
「ふたつだと、2。みっつだと、3」
「これが、数字という文字なの。今日は、数字を使って物が幾つあるか、書いてみましょうね」
 流石に商人の子弟は計算の環境に慣れているせいか飲み込みが早い。しかし、貧しい農民の子の中には、数が名前である事を理解したものの、なかなか飲み込めない者もいる。
 菓子を教材にしたことは子供の関心を引く意味で大いに効果があったが、基本的に無理があったようだ。
 教室も騒がしくなってきたため、リュシエンヌがメロディーを使ってなんとか収拾着かなくなる前に収め休憩時間とした。

♪ここなる丘は セーラの庭よ
 止まれ小鳥よ 聖母の指に
 風に向かい 羽ばたけるよに
 強き翼 君らに授けん♪

 さて、3人の教師は顔をつきあわす。
「どうやって私、数字と物の数が同じだって理解したのかしら」
 リュシエンヌは首をひねる。物を数えるという行為がいったい何を示すのか? それを突き詰めて行くと惑いが生じた。
 無論、具体的な方法は用意している。謙一郎は木札と菓子を用意し、数字と具体的な物の関係を結びつけようと組み立てている。リュシエンヌのプランは先ほどやったように絵と数の対応だ。
 仮の教室であるテントの端で、あれこれと教授方法を巡らせている時。謙一郎の目は一人の黒い人影を認めた。
「吉村殿、お久しぶりです」
 いつもと同じ異国風の仮面に素顔を隠した吟遊詩人が、銀の竪琴を持って現れた。いつ見ても不思議な御仁だと思いながら、謙一郎は会釈する。
「ルイーザ様がお越しと伺い参上しました。お困りのようですね?」
「マレーアさん。おもさげながんす」
「そちらの楽師様‥‥」
 マレーアは会釈を返すと、サラサに向かって口を開いた。
「昔々神様は、アダムにこの世の諸々に名前を付ける権威をお与えになりました。全ての物には名前があります。あなたがロバを飼うとき、ロバに名前を付けるでしょう。あの可愛らしいロバのお名前は?」
 ロバを誉められて悪い気はしない。
「カント(歌)だ」
 ぶっきらぼうな物言いにも、嬉しさが滲む。ロバは馬よりも経済的で、アザミでさえも餌にしてしまう。しかも重い荷物から解放してくれる大切なパートナーだ。
「全ての物には名前があります。そして、人は名前を付け直すことが出来るのです。例えば‥‥」
 そう言って、マレーアは一人一人指を指しつつ、
「1、2、3、4、5、6‥‥」
 数え始めた。
「今、私がやったことがお分かりですね。一人一人に別の名前を付けて行きました。数を数えると言うことは、名前を付けて行くことなのです。ルイーザ様がご幼少の頃、このようにお教え致しました」
「なるほど、お話の延長だね」
 リュシエンヌがポンと手を打つ。
「ご参考になれば幸いです‥‥」
 言うと、マレーアはお嬢様に挨拶すると言ってテントを離れた。

●読み書き
 読み書きは、全ての学びの前提になる力。教師となった冒険者達は、ひとつ大きな目標を立てた。それは、ゲルマン語とラテン語、両方を使いこなせる人材を生み出す事。これは、実に大胆な挑戦と言える。
 イリアは、幼い頃に使っていたラテン語の教本を元に、自分なりに翻訳し解説した教本を用意した。それも、入門編と応用編の2種類だ。因みに全て自腹。ページも部数も多いため、全部で100Gも費やす羽目になったが、後悔など無い。
「ラテン語は変化の多い言葉。覚えるのは大変だけど、一歩一歩、確実に身に付けて行きましょう」
 本を読み上げる彼女に続いて、子供達がつっかえながら声を出す。初めての外国語は、呪文の様なもの。イリアも焦るつもりはない。よく使われる簡単な単語から丹念に説明し、声に出させ、音と意味とを結びつけてゆく。エストは文字を読み書く事を中心に教える事になっている。イリアの教本を元に、ゲルマン語とラテン語を対比させた例文を作っていたその最中、彼女はエリーに手招きされた。そこには、このラテン語教育を受けなかった子供達が集まっている。
「この子達も、読み書きが習いたいらいしいのん。教えてあげて」
 なら入ればいいのに、と促したエストに、彼らは恥ずかしそうに、イリア先生の教本が読めないのだと答えた。彼らはそもそも、ゲルマン語の読み書きが出来なかったのだ。庶民において母国語の読み書きが出来ない者は少なく無い。
 エストは彼らの為に、アルファベットを教えるところから始めた。普段自分達が話している言葉が文字となり形を得る不思議。彼らは目を輝かせて言葉を追う。そして、アルファベットがただの模様でないと理解したのだ。
「それは失敗だったわ‥‥」
 話を聞いたイリアは落ち込みもしたが、ラテン語を教える事が間違っている訳ではない。それは、学ぶ子供達を見れば分かる。彼らはイリアの教本を、まるで宝物の様に大切に扱っている。実際にイリア個人のほぼ全財産を注ぎ込んだ逸品でもあったが。学ぶことの楽しさを知りつつあるのだ。
 後にそれを聞いた謙一郎はこう言ったという。
「読み書き算盤と申しますだ。ジャバンでは素読と言って難しい本を、師匠を真似て読み上げることから始まります。不思議なもんで、本ば見ながら読み上げて行くうちに、自然と身に付くもんだがや。書くことを習うのは、読めた後でごぜえますだ」

 子供達を無事に送り込んだエリーは、毎日飽きる事無く、教会が出来ていく様を眺めている。そして、仕事に勉強にと忙しい子供達の、ほんの僅かな時間を見つけては、彼らと遊んだ。
「今日、10まで数えられるようになったよっ」
「型を外しておでこ打っちゃったよ、もっと練習しなきゃ」
「ねえねえ、ラテン語で挨拶が出来るようになったよ!」
 彼らの話をエリーは喜んで聞き、慢心や傲慢が見えれば、何気ない遊びの中でそれとなく誤りを正した。たくさんの知識、容易く負けない力を得ても、神様と仲間達を信じる心、自分を鍛え続ける厳しさを忘れて迷走したのでは何にもならない。
「人はね、心の中にいつも頭を下げてお祈りする場所、教会を建てなきゃいけないのよぅん」
 子供達に、ふとそんな事を語ってみたりしている。

●鍛錬
 有志を募っての練武には、大勢の子供達が集まった。頼もしい事ではあるが、その多くは木剣すら握った事が無い。
「先生、剣の極意って何ですか?」
 とある子供が、いきなり子供らしい質問をぶつけて来た。
「そうだな。剣にしろ他の武器にしろ、それに頼り過ぎないようにすることだ。武器の主になる前に、まず自分自身の主にならなくてはいけない」
 アッシュはかなり良い話をしているのだが、子供達はぽかんとしている。ちょっとわかりにくかったか? と苦笑する彼を、円巴(ea3738)が慰める。
「まずは体力作りから、だな」
 ひとりひとりの体つきを見て回り、アレクシアスはそう判断した。アッシュが子供達の前に立ち、自ら実演して、簡単な運動から始めさせる。
「剣を持つ前に、まずは自分を鍛えるんだ。でないと、思い通りに戦うなんてことはできないぞ」
 アッシュの指導に、元気良く答える子供達。簡単な、と言ってもそこは日々戦いの中にある冒険者達の指導だ。適当に褒めそやして強くなった気にさせるだけの貴族相手の剣術商売とは訳が違う。一通り終わる頃には、子供達は完全に息が上がり、もう駄目だを連発していた。。
「少し休憩したら、剣の振り方を教えるぞ」
 しかし、アッシュがそう言った途端、子供達は復活した。自らも剣を学んで来た彼らだけに、その辺りの心の動きは知り尽くしている。その危うさも、だ。彼が教えたのは、剣の扱い方、身の守り方の、ごくごく初歩。基本の鍛錬は、それ自体が剣を振るうに必要な体作りを促進してくれる。
 アッシュの指導が進む中、アレクシアスが各々の様子を見て、細かな助言を与えて回る。打てば響く様に吸収して行く者もいれば、何度も繰り返して体が覚えなければ身につかない者もいる。アレクシアスは相手が投げ出さない限り、根気良く教え続けた。
「僕には才能が無いんでしょうか」
 何度も注意を受けた少年が、半泣きで弱音を吐いた。アレクシアスは歪んだ型を直しながら、彼に言う。
「最初から何でも出来る奴はいない。皆、初めはこんなものだ」
 俺も散々叱られた、と言うと、少年は目を丸くして驚いていた。今の彼から、そんな姿を想像出来なかったのだろう。
「今日100回やっても分からなかったものが、明日には何事も無く腑に落ちている。鍛錬とはそういうものだ。皆それぞれ進み方も違う。焦る事は無い」
 少年は、はい! と嬉しそうに返事をした。

 一方、武術を選ばなかった子達のために、ティアイエルが野原や森の入口を散策しながら野外学習。お嬢様のお供のカイザードや伝助を護衛に連れて。森で迷わぬ方法や、動物の生態を説いて行く。自然そのままを教科書として、同時に身体も鍛えて行く。こちらは農民の子が中心であった。

●狐の手袋
 冷たい風が鏡の如き水面(みなも)に、白い波を立てる。白鳥が白い翼を水に休ませているその傍で、鵜やカモが水を潜っている。
「ふー。まだ冬は始まったばかりなのに、寒いっす」
 伝助が越中褌一つになって河に入って行く。川辺では火を熾して小石を焼く。用意の大鍋と火の番はルリだ。お嬢様の影なので、カイザードが傍にいる。
「伝助さん寒くないのかなぁ?」
 気遣うルリの心配をよそに、胸ほどの水の辺りまで進んで行き、屈んだ。
「ぷはぁー!」
 手に、蛇のようなぬるぬるした長い物を掴んで、伝助は急いで岸に上がる。
「‥‥なに、それ、気持ち悪い」
「えー。お嬢さん。美味しいっよこれ。蒸してタレを付けて焼いたら、これが旨いのなんのって‥‥。お嬢さん? うなぎ、知らないっすか?」
「‥‥噛まないの?」
 腰が引けた格好で怯えているルリを後目に、
「姐さん。魚が沢山いやしたぜ。スズキも掴めそうなくらいいやしたし、ナマズも見かけました」
 魚はかなり沢山居る。地元の食卓を賑わす位には豊富だった。緩やかな河の底には泥が溜まっていたが、その中に資源が眠っているかどうかまでは判らない。かなり腰を据えた長期の調査が必要だろう。
「‥‥失敗しちゃった」
 ちょっとがっかりなのはエスト。書物で読んだマグネシアの石のように、鉄を引きつける物を作ろうとしたが、今回は巧く行かなかった模様。知識と技量は充分にある積もりだったが、使った材料が粗悪だったらしい。錬金術は、いつも成功するとは限らないのだ。
「マグネシアの石? ルリ知ってる。あのダマスカス鋼を鍛えるために使うってやつだよね。ジャパンの刀と同じくらいの切れ味を持つってゆー、すっごく高価な剣」
「鍛える為じゃなくって〜。材料の良い砂鉄を集める為の道具ですよ〜。鉄を引きつける魔法の石ですぅ」
 錬金術の道は険しい。バラ水作りや鉱石の製錬などは比較的簡単に出来る。無論、鉄を引きつけるアイテムを作ることも比較的簡単だ。但し、それも資金と材料が有ればこそ。硫黄も水銀も、鉛も鉄も只ではない。
「じゃあ、だめっすか?」
「無くても〜、比重の違いで集められますけどぉ」
 その労力は百倍で済むはずがない。
「それから地形的に、ここには砂金は無いと思いますぅ」
 砂金は火山の近くを通る流れの速い河で、川岸の岩の裂け目に溜まる物だ。

 その頃サラサは、たき火からそう遠くない場所で、特徴ある草を発見した。半分枯れているが、高さは約1m。全体が白い綿毛でおおわれた特徴ある草だ。葉は茎の下部のものでは柄をもち、長さ15〜25cmの卵状長楕円形で縁に鈍い鋸歯があり、葉面にはちりめん状のしわがあった。
「サラサさん。それお薬なの?」
 ルリが興味深そうに覗き込む。彼女にも食用じゃない事だけは判る。
「ああ、薬草には違いないが、厄介な草だ。量を誤れば人を殺せる。薬師でも無ければ扱うのが難しいな」
 毒草の専門家だけあって、サラサははっきりとそれを特定した。
「イギリスでは『狐の手袋』と呼んでる毒草だ。上手く使えば万病に効くと言われている。吐瀉作用を持ち、特に心臓に作用する。毒として使うんなら誰でも出来るが、私には薬として使いこなせないだろう」
 ぴくっと、ルリが反応した。そして、ちょっと後ずさり。
「大丈夫。近くにいるだけじゃなんともない。怖がらなくていいよお嬢様」
 サラサは金の髪を梳くように撫でた。

●ライトスタッフ
 道具が足りないので、皆が一度に同じ鍛錬をする事が出来ない。講師陣は工夫して体力作りと基礎剣術を交代で教えながら、その間にちょとした講義なども挟んでみる。この日、知識としての戦闘理論を講義するのは巴だった。
「質問しよう。私が君に剣を振り下ろして攻撃するとする。君はどうする?」
 かわします。間に合いそうになければ受けるかも、と答える子供達に、そうだな、と頷いて見せる巴。
「攻撃をされる相手も、同じ様に色々と考えているという事だ。1対1の戦闘にしろ戦争にしろ、双方勝てる筈の策をぶつけ合っている。いかに相手の妨害を予想し、潜り抜けるかが問題だ」
 既に、子供達の頭の中はこんがらがっているに違いない。例えを用いて説明するものの、今ひとつ実感として理解し切れていない様子。それを見ていたカイザードが提案したのは、子供達による陣取り合戦だった。
 紅軍白軍に分かれての陣取り合戦。彼らなりに頭を使って作戦を立て、腕に自信のある者は先頭に立って駆け回った。だが、あっという間に戦いは乱戦となって作戦など意味を成さなくなり、腕自慢の子が強かに打たれて泣きながら脱落し、最後には皆へとへとに疲れて勝負どころでは無くなってしまった。子供達は自分達の無様な戦いぶりに、巴の話を漠然とながら理解し、地味な鍛錬の大切さも感じ取った様だ。それは、自主的に鍛錬に励む子供達の姿を見れば分かる。
「僕はバルディエ様にお仕えして騎士になるんです。きっとなって見せます!」
 カイザードはそんな彼らに、厳しく言う。
「大概の貴族に仕えるにはコネが必要だ。バルディエ卿のところであれば、確かにそれは必要ない。だがな、求められるものは並の騎士の比では無いぞ。ただの従者となるにも類稀なる技量と知恵が要求されるだろう。それをひけらかさぬ忍耐力もだ。今の鍛錬など序の口、これからもっと厳しくなる。本気だというなら、今から覚悟を決めておけ」
 無礼を承知で。敢えてカイザードは『バルディエ卿』と呼んだ。彼らにとって家門無く家を興したアレクス・バルディエその人こそ、最も良きモデルと為ると考えたからである。
 立ち去るカイザードの背中越しに、一層強い素振りの音が聞こえて来た。