●リプレイ本文
●疑心暗鬼の屋敷
今日はウジェニー贔屓の商人がやって来ていた。
さっそくガレット・ヴィルルノワ(ea5804)が出迎えに出た侍女達に混じって門まで出る。彼女の目的は決まっていた。そのための事前準備もすませてある。
先輩侍女がウジェニーの注文の品を受け取ると、ガレットはさりげなく商人に尋ねた。
「ねぇ、頭痛薬‥‥ジキタリスとか扱ってる?」
「はぁ。今はありませんが、調達は可能でございますよ。お求めになりますか?」
「あ、まだいいの。じゃあベラドンナの目薬とか鈴蘭の香水は?」
「目薬も香水も扱っておりますが‥‥あの、何か?」
商人は不思議そうにガレットを見つめる。
ガレットはそれを笑顔でかわし、先を続けた。
「それらのもの、過去に買った人いた? 後ね、ウジェニー様が使う化粧品てどんなもの?」
「ははぁ、あなた新人さんでしょう。ウジェニー様はさっぱりした香りのものがお好みですよ。お求めになる装飾品もシンプルなデザインのものが多いですね。あ、頭痛薬でしたらこの前来た時にお求めになられましたよ。あと、目薬と香水もお買い上げくださいましたね。しかしこちらはいつもいらっしゃる方ではなかったので、ウジェニー様の侍女ではないように思いますが‥‥」
ガレットの心臓が一度だけ大きく脈打った。
くれぐれも傷付けるなよ、と何度も念を押されてディアーヌの専用庭の専属庭師はラックス・キール(ea4944)に手入れの後始末を頼んで次の木へと移動していった。
ラックスの希望により、今日から彼は庭師補佐も兼ねるようになった。
「これがユルバンにプレゼントされた木か‥‥」
庭の植物はどれも愛しているディアーヌだが、この木は特別大切にしているとのことだった。
午前中いっぱい庭仕事を手伝い、昼食の時に何気ない会話に混ぜてセルジュと執事ジェルマンについて侍女達に尋ねてみた。
「セルジュ君てやさしいよね。まじめだし」
「あ、でもこの前おつかいに行く時居眠りしてるの見ちゃった」
だいたいこんな感じである。
リュクレースと幼馴染であることは知られていないようだった。これといって特徴のない、どこにでもいる青年ということだ。
一方、ジェルマンはというと。
「旦那様の信頼も厚いしあたしも尊敬してるけど、あの人、笑うことってあるのかしら」
「あ、でもウジェニー様とは仲良さそうじゃない?」
「そうね。ウジェニー様もジェルマンさんにいろいろご相談してるみたいだし。旦那様がもう少しお忙しくなければ、ウジェニー様も旦那様にご相談なさるんでしょうけどねぇ」
それらのことを聞きつつ、ラックスはこんな質問をしてみた。
「ユルバン様とディアーヌ様の間にお子を賜ることはなかったのかしらん? 熱愛してたっていうのになぁ〜?」
とたんに侍女達のおしゃべりが止まる。
「なかなかお子ができないのよねぇ‥‥」
声を最小に抑えて一人の侍女がため息混じりに呟いた。
その後ラックスはパリにいる友人に屋敷を訪れる商人の噂を集めてくれるよう、手紙を送った。
ヴェガ・キュアノス(ea7463)に付いてシェーラ・ニューフィールド(ea4174)がディアーヌに紹介された。
シェーラは部屋の装飾品の由来などを言い当て、その豊富な知識でディアーヌの関心を引き付けることに成功した。
ヴェガは窓辺に置かれている花瓶を見やり、
「あら、花が少ししおれていますね。お水を取り替えてきましょう」
そう言って、まずは花瓶の側にある香水瓶をどかそうと手を伸ばしたとたん、
「それに触らないで!」
ディアーヌの鋭い声が飛ぶ。
驚いて手を離したヴェガに、ディアーヌは我に返り取り繕うように続けた。
「‥‥お願いするわ。その香水、とても高かったから少し驚いてしまって‥‥」
「あたしが行きますね」
シェーラはヴェガから花瓶を受け取り、部屋を出ていった。
ドアが閉まる音を聞いてからヴェガは部屋に飾る花はふだんどこから入手しているのか尋ねた。
「注文する場合もあるけど、だいたいは庭からね。あの花もそうよ。綺麗でしょう」
ディアーヌは微笑んでみせるが、いまいち明るさがなかった。どんなに綺麗な花を飾っても、寂しさはぬぐえないのだろう。
「それに比べてわたくしは、何て醜くて恐ろしいことか‥‥」
「ディアーヌ様、旦那様よりいただいた木のこと、決してお忘れめさるな。お二人の時間は幻ではないのですから」
ディアーヌは寂しそうに微笑んだ。
花瓶の水を取替えに出たシェーラは、通路を歩きながら同じように働く侍女達の様子を注意深く見ていた。
外の水場に出た時、シェーラは低木の陰に人の気配を感じた。動きを止めてじっと耳を澄ますとボソボソと話す声が聞こえてくる。
「‥‥大丈夫よ。ちょっと邪魔が入ったけど近いうちにまた決行よ」
「こっちも証拠はないはず‥‥ほとぼりが冷めたらパリへ‥‥」
その日、ガレットとイワノフ・クリームリン(ea5753)は、セルジュと話をする機会を得ることができた。
ガレットは休憩時間、イワノフはリュクレースの移動先の庭の手入れをする道具を持ってくるよう言いつけられて屋敷に立ち寄った時のことだ。
幸いセルジュは軽症だった。
二人は手短に別荘での出来事について尋ねた。
「男も女もいた。顔は‥‥ごめん、暗くてわからなかった。装備? 普段着だったと思うよ。でも武器は持ってるから気をつけて」
それと、セルジュは反撃していて相手の男にも手傷を負わせたとのことだった。
イワノフは別荘で庭の手入れの手伝いが終わった後、侵入者警戒のために鳴子を仕掛けておいた。
●それぞれの眠れない夜
広大な敷地を持つ本邸からすればずいぶんこじんまりとしている別荘の庭で、ちょっとしたお茶会が開かれていた。
リュクレースを慰めるためにアンジェリカ・シュエット(ea3668)が提案したことだった。彼女が「庭に出て草花を眺めるのと花瓶に飾るのは、どちらが好きか」と聞いたところ、庭で見るのが好きだという返事だったからだ。
その庭の手入れも庭師と補佐のイワノフによって終わっている。
日のあるうちは、リュクレースも少しは落ち着いているのか、時折笑顔もあった。
アンジェリカはホットミルクを作ってリュクレースに差し出していた。
屋敷内や庭に不審なものはないか、などのチェックはサラ・コーウィン(ea4567)が行い、夜間に死角になりそうな箇所をできるだけ減らす作業はフェネック・ローキドール(ea1605)が行った。さらにフェネックはいたずらされそうな場所には、彼女の視力でわかる程度の微量の灰をまいておいた。
サラが見て回ったところ、毒草はないようだった。
他の侍女達も作業の手を休め、思い思いにくつろいでいる。
その中の、比較的リュクレースから離れたところで歓談している侍女達に、アミィ・エル(ea6592)が亡くなった侍女の外見などについて聞いていた。
彼女は本邸でジェルマンから侍女の心得等を説明された後、少し屋敷内を歩きながらリヴィールエネミーでディアーヌとウジェニーに探りを入れておいた。結果、アミィに対する敵対心はこれといって感知できなかった。
「金髪に青い目でソバカスがあったわね。背はあなたより十センチくらい低いかしら。ま、ふつうよね」
「ここで起こるいろんな変なことで、何か気づいたことはない?」
「それがわからないから怖いのよ。リュクレース様、本当に呪われているのかしら‥‥」
侍女達は小声で囁き合い、アンジェリカ達とおしゃべりしている主を盗み見た。
束の間のお茶会も終わり、後片付けの段階になった時、アミィは隙をついて抜け出し周囲に誰もいないことを確認すると、精霊魔法サンワードで亡くなった侍女の死体のありかを探った。
与えられた答えは「それほど遠くない」とのことだった。
昼間の談笑が良かったのか、いつも一番不安定になる夜になってもリュクレースの心は落ち着いたままだった。
彼女のことはフェネックやアミィに任せて、サラは屋敷内の見回りに出ていた。
厨房で夕食の準備をしていた時も、食器などに毒がついていたりしないか入念にチェックしていたが、そういった類のものは見つからなかった。
後片付けの時、サラは比較的古い侍女との会話に跡継ぎのことを出してみた。
その侍女は少し困ったように笑った。
「ディアーヌ様にはなかなかお子ができないのよ。ウジェニー様は‥‥初めての子を流産なさってねぇ、それ以来怖くなってしまったのかしら‥‥デリケートな問題だからねぇ」
その頃リュクレースの部屋では、さっきまで穏やかだったはずのリュクレースが再び不安に苛まれていた。辛そうに顔を覆い、一言も口をきかない。
フェネックはリュクレースがしっかりと顔を覆っているのを確認して、精霊魔法メロディーで不安な心を癒そうと試みた。
少しずつ効果が出てきたのか、リュクレースはゆっくりと顔をあげた。それに合わせてフェネックも魔法を止める。
「私‥‥怖いのよ。私に対する誰かの悪意も、このお腹の子も‥‥!」
虚ろな彼女の目は、自分が誰に話しているのかさえわかっていなかったかもしれない。
「しっかりなさいな!」
怯えるリュクレースを、アミィの張りのある声が打つ。
「わたくし、これでも三児の母ですの。母親と子供は心が繋がっていますの。母親が不安になると子供も不安になるらしいですわよ。特に妊娠中はね」
「こんなに悪く思われている私が、命を産んでもいいのかな。呪詛されるほど、憎まれているのに」
実際、被害者のはずのリュクレースだが、その性格からか自分が加害者だと思ってしまっているのだった。
「何も、心配に思うことはないんですよ」
フェネックは、そう言って幼子を抱くようにリュクレースを抱きしめた。今は、それしかできなかった。
サラが屋敷内の見回りなら、フランク・マッカラン(ea1690)は屋敷の外の警備をしていた。もちろん、こっそりと。
しかし、その夜は何事も起こらなかった。
問題は次の日である。
早朝、かねてからの打ち合わせ通りに別荘での情報をまとめたアンジェリカが、ミミクリーで梟に変化して本邸に向かい、待機していたガレットと情報交換をした。
そして日中はいつもと変わりなく過ぎていった。
夜になり、再びフランクが外の警戒に当たっていた時のことである。
空気の流れに乗って数人の男女の声がかすかに漂ってきた。
フランクはできるかぎり気配を殺して、声の主達の元へ向かう。
ちょうど茂みがあったので、そこに身を隠して様子をうかがった。
暗くてよく見えないが、男と思われる人影が大きな袋を下におろしたところだった。
中身は重量のあるものなのか、周囲の女らしき影達も手伝って袋から引き出している。
「次はこっち」
女が言うと、男女達は敷地のどこかへ移動していった。
彼らがいなくなるとフランクは茂みを抜け、何が置かれていったのか確認に行った。そしてその正体に思わず眉をひそめる。
ズタズタに体を引き裂かれた犬の死骸だった。
フランクが男女グループの消えた方へ踏み出した時、けたたましく鳴子が鳴り響いた。
その音に、仮眠をとっていたイワノフは飛び起き、屋根の上で待機していたアンジェリカは位置の確認に目を凝らし、屋敷内の者達は目を覚ました。
「この痴れ者が!」
フランクは最初に掴んだ男にスープレックスを仕掛け、あっという間に沈める。
続けて屋根の上からアンジェリカのブラックホーリーがなぎ払い、イワノフがそれでも逃げようとした男をダガーの柄で殴って気絶させた。
彼らが持っていた大きな麻袋からは、他にも猫やウサギの無残な死骸が出てきた。
次に犯人達が気づいた時、目の前にいたのは顔面蒼白なリュクレースだった。止めるフェネックを振り切ってやって来てしまったのだ。
全部で四人。うち三人は本邸にいるはずの下働きの男と侍女。残りの一人はリュクレース付きの侍女だった。
フランクは本邸三人のうち一人がウジェニーのところの下働きだと気づいた。そしてその男の腕に巻かれた包帯には血がにじんでいた。
「やはり、そういうことだったのね。もう、帰っていいわ」
まるで感情のこもっていない声で、リュクレースは犯人達に言った。
●あの人は知らない
翌日は、昨晩の騒ぎなどなかったかのように始まった。鳴子に引っかかったのは、コソドロだったとリュクレースが別荘の者達に告げたのだ。
手引きしていた侍女は急に里帰りしなくてはならなくなった、と言うに留めた。
本邸に戻ったフランクも、何事もなかったようにウジェニーの下働きとして働いている。
そんなフランクが水場で手を洗っていると、侍女が一人通りかかった。ちょうど確かめたいこともあったので、彼女を引き止める。
そしてフランクは厩のあたりはウジェニーや馬番以外に通る者がいるのかどうか尋ねてみた。
侍女は答えていいものかどうか迷ったあげく、フランクにしゃがむように手で示し、声を最小に抑えてこんなことを言った。
「ただの噂だけど、ジェルマンさんとウジェニー様が通じ合ってるんじゃないかっていう話があるのよ。ジェルマンさんが屋敷内を歩き回るのはいつものことなんだけど、厩でウジェニー様とよくお話しているのも事実だし」
「もしそうだとして、そのことを旦那様は?」
「あの方は、何も知らないと思うわ。ウジェニー様のお気持ちだけでなく、ディアーヌ様やリュクレース様のことも」
絶対内緒よ、と彼女はしつこく念を押して仕事に戻っていった。
そしてヴェガも今回のことはジェルマンが一枚噛んでいるのでは、と疑っていた。
彼女は仕事のことでの疑問を理由にジェルマンに接触し、注意深く観察した。
「ディアーヌ様はたまに我侭をおっしゃる方ですから、あまり真に受けないように。そこらへんは受け流しても大丈夫ですよ」
と言われた。新人のヴェガを気遣ってのことらしい。
それから「お買い物の時は必ず知らせてください」と念を押された。
家を任されている者として当然のことだろう。贅沢は認めないが必要なものなら高くても購入を許すのだということだった。