●リプレイ本文
●調査 街
かっぽかっほと蹄の音。形は悪いか焼きたて山盛りのパン菓子を、ロバの車一杯に積んで道を行く。
♪巻きパン ブドウパン 甘くて美味しい 如何です〜♪
職人見習いが余った粉で焼いたパン。形も歪で大きさも違う。警戒させずに聞き込むために、儲けを全て引き渡す契約で、商人ギルドの了解を得たものである。可愛いミヤ・ラスカリア(ea8111)の口上にパンは売れる。
「いくらだい?」
「どれでも1Cだ。あ!」
パラの上12歳の少女。撫でるに手頃な高さに頭がある。
「私は子供じゃない。がうがうがう!」
「すまんね嬢ちゃん。つい‥‥」
悪意がないのが判ったのだろう。トロンベ・キントも澄まし顔。
「ところで旦那?」
連れのファルネーゼ・フォーリア(eb1210)の始めた世間話に、ぷうっと膨れた顔で横を向くと、小柄だが如何にも剽悍そうな、見慣れぬ男の姿を目に留めた。白い肌で黒髪、ちょっと変わったコーディネートだ。
(「市場で買い物するのにガントレット? しかも左手だけってなんか怪しい。隠してるのか?」)
ミヤは世間話をする連れから離れて単独行動。
「‥‥確かに最近入れ墨をしてたりする奴らを見かけることはあるな。手にかい? あまり見かけないな。うん、美味い。もうひとつくれ」
男は銅貨を料金箱に投じると荷車からパンを一つ取り出した。
ミヤは男が少しづつ人気のいない場所に歩いて行くのを尾行した。身を潜め、距離を取っていたためか、ある路地を曲がったところで見失った。
「ちぇっ逃げられた」
ミヤが呟いたとき、すっと喉元にひんやりとしたものを感じた。鉄の冷たい感触。ミヤがナイフの平であると確信したとき。
「坊主。何のようだ?」
いくら子供っぽく見えるからと言って、これでも歴としたレディ。
「坊主じゃない!」
自分の置かれている立場も忘れて声を荒げる。次の瞬間はっとして、喉をえぐる感触を予想して目を瞑った。だが、ミヤが覚えた感触は髪をごしごしと手で擦るものであった。
「ビブロ一味じゃ無いようだな。坊主、紛らわしい真似はするな」
とことんお子さま扱い。だが今度は流石に声も出ない。冷や汗が流れていた。
●訓練1
船上での実戦訓練は、まずは船に慣れる事から始められた。洋上を漂う船の中で、五十鈴桜(ea9166)とサミル・ランバス(eb1350)は得物を振るい、その具合を確かめる。
「‥‥揺れに合わせるというのは、なかなかに難しい」
桜が険しい顔になる。不意打ち様の急所攻撃は彼の得意技だが、繊細な技だけに足元が定まらねばどうにもならない。船室のサミルは、狭苦しい船内での戦い方に苦心していた。使い慣れたロングソードも、こう狭くては思う様に振る事が出来ない。船の戦いが概ね甲板上で決着するというのも頷ける話だ。フランカ・ライプニッツ(eb1633)が、敵の船もこんな感じですか? と船員に聞く。と、海賊船はもっと小さくて単純な造りの筈だという答えが返って来た。
「とにかく船の上でフラつかない様になっておけば、物の役には立つのである」
船酔いと格闘中のジーク・ハーツ(ea9556)に、まあそうだな、とサミル。訓練は何度も繰り返し行われた。
フランカは、皆の動きを見ながらイメージトレーニングに励んでいる。
「みんな大変ね。その点、私は飛べるから大丈夫だけれど」
そんな彼女は、突風で危うく海の彼方へ飛ばされるところだった。油断大敵。
「マレシャルさんは予想以上にしっかりした若人の様だ。あと十数年したら、彼は立派なじぇんとるめんになっている事だろう。私は、それが見てみたい」
訓練に没頭しながら桜は語る。そうですね、と頷くフランカ。にっと笑うだけのサミル。実のところ、彼は領主の継嗣で将来ロードになる事は確定なのだ。そして、いつか完成させる物語の為に、桜の言葉をメモっておくジークである。
●調査 港
半月の月の光に照らされて、港はひっそりと眠っている。浦風の静かに吹く波止場を闇を縫う様に二人の冒険者が忍ぶ。レティア・エストニア(ea7348)と京極唯(ea8274)は昼間得た情報を元に的を絞り、野積みの穀物袋の影で息を潜める。
船の艫に丸い盾を並べた見慣れぬ大型ボートが、月の光に浮かび上がる。滑るように河口の方へ。時化でもないのに夜の入港は如何にも不自然。普通は艀でも無ければ入り込めない場所へ、ボートは入り込んだ。あの辺りには倉庫が並んでいたはず。
(「行きましょう」)
レティアが目で合図をすると、唯も小太刀を鞘毎抜いて小走りになる。抜き身は自分の位置を相手に報せるようなもの。荷や建物を縫って上陸地点へと急ぐ。
すると、既に用事が済んだ物かボートは既に河の中を下っていた。月明かりに映ったボートの上に10数人の人影が見えた。ボートには小さいながらもマストがあり、帆が風をはらんで居るのが見えた。仮に海賊だったとしても、魔法の射程から遙かに離れた距離である。双方手出しは出来ない。
何事もなかったかのように、帆を持つボートは沖の方へと消えて行く。
「何だったのでしょう? こんな真夜中に イ!」
いきなり唯がレティアの背を思い切り突き飛ばした。同時に白い影が今まで彼女の頭があった辺りを通過する。カッ! 影が倉庫の壁に当たって砕け散り、唯は頬に熱い感覚を感じた。
「お出ましですか‥‥」
頬を伝う血潮を拭いつつ身構える。屋根の上にいくつかの人影。一人は手にスリングを持ち振り回し、一人はショートボウを引き絞って狙いを付けていた。多勢に無勢勝機は薄いと見た。
「ははははは」
唯はわざと豪傑笑い。
「何も用意せず、のこのこと二人だけでやって来たと思っているのですか?」
そして、指笛を吹こうと口に左手を添えた。敵は見事なまでの体術で、一瞬のうちに姿を消す。それが早いか、倒れて物陰に転がり込んでいたレティアが、アイスブリザードの魔法を成就。氷の嵐が屋根の上を凪ぎ払う。
「そっちへ行った! 回り込め!」
これがだめ押しになったのであろう。彼らの気配は完全に闇の彼方へ。
(「二度は通じないでしょうね」)
冷や汗ものの唯は、抜き身の小太刀を握りしめた。
●調査 酒場
杯の音、料理を食らいながら話す声。粗野なジョークと大声が満ちる夕方の酒場。
ごった返す酒場の卓でそれとなく聞き込みをするのはジーク。周囲に気を配り、何事か合った場合に備えて待機するサミル。
「マスターいつものなのである」
突き出されるミルク。ジークはこれしか飲まないのであるが、量が多いだけに馴染みに近くなっている。
「それと‥‥小鳥が手に入るという話を聞きましたが何か知りませんか?」
ミルクで酔うわけもないが、周りの客は彼が飲み過ぎて妄言を言っているように感じたほどの演技を行いつつ、ファンタズムの魔法で美しい、シフールにもエレメンタルフェアリーにも見える姿を映しだした。
「そろそろ理想の小鳥を具現化したくて‥‥なんて冗談なのあるよ、ハッハッハッ」
とんとん。そんな彼の肩を叩いた者が居る。いくらなんでも早すぎるな。と思いつつも振り返ると。そこには可愛らしい娘の姿があった。金の髪、碧くて丸い大きな眼。純白の服に黒いマント。髪を黒絹のリボンで結んでいる。
立ち上がった自分の肩より低い女の子は、
「小父様。吟遊詩人さんだよね」
と問うた。話しぶりから12、3の少女のように思える。
「んっと‥‥格好良い騎士様を知りませんか? ドラゴン退治の冒険に出て、まだ帰って来ないんだよね」
「それってどんな人であるか? 格好良いだけでは判らんのである」
「少しやせ形で背はあなたくらい。黒いキルトの上に銀の鎧を纏った騎士様。炭のような黒髪に雪のような白い肌。憂いを帯びた黒曜石の目に、優しさを宿していらっしゃる方。女性には決して手を上げず、物腰柔らかな人なの」
「ひゃっほー!」
会話は歓声にとぎれた。妖艶な踊り子の登場だ。大声に反応してジークもついそっちに目を向けた。
「みゃう‥‥。やっぱり男の人はああいうのが良いんだ。‥‥ぅ〜‥‥ルルみたく胸が小さいと‥‥おもいっきり子供っぽいし‥‥」
落ち込む。
「いやいや。話のような誠実な騎士は、清楚な乙女に心を引かれるものである」
「ほぇ‥‥そうなんだ」
なんとか持ち直す。この放っておけない少女のために、ジークの時間は費やされた。
「お嬢様! 探しましたよ。公務が迫って居るんです。今日こそはお帰り願います」
「みゅー。エフデぇ〜」
小柄な従者風の男が、ひょいとお姫様だっこで連れて行った。
酒場を後にしたジークとサミルが、間を置いて歩いていると、
「だんなさま。いい話が有りますよ」
物乞い風の少年が、服の裾を引いた。
「ふむ。話を聞こうではないか」
同じ頃、サミルも‥‥。
「ねぇ旦那。ワイン一杯で粘っていたから、金は残っているでしょ? これからいいことしません? 今なら銀貨1枚でいいわ」
派手な化粧の女性から声を掛けられた。
●調査 船
波の音、風の音、海鳥の声。そして人の汗の匂い。朝霧の残る港に、幾隻もの船が入港する。漁船に交易船、艀の通い絶え間なく、荷が降ろされまた積み込まれる。運んだ荷物と交換に木札を渡す監督があちこちに居て指示している。もう充分に稼いだ労働者の中には、木札を懸けて博打をしている者もある。そんな喧噪の中をパタパタと、音を立て港を回るシフールが居た。
「ここらへんでしょうか?」
フランカは、夕べの報告のあった辺りを念入りに見て回る。河に面した倉庫には、艀から直接荷を運び込めるように、河側に出入口が有る物がある。、一見不審な物はなく常の賑わいを見せていた。
鎧の上からローブを着た桜は、フランカを後詰めすべく地上に待機。当人は韜晦している積もりなのだろうが、露骨に怪しい雰囲気を漂わせている。荷が行き来する港にあって、通り過ぎるでも無く佇む屈強な男の姿はやはり異様であろう。
そんな彼に剣を帯びた3人の男が近づいてきた。
「ここで何を為されている? いや。海賊らしい怪しい男が居ると通報があったでな」
自警団であった。請われるままに詰め所に赴き、事情を話して放免となったのは夕方。時間つぶしの埋め合わせに、簡単な食事を振る舞われて後のことであった。
「何処へいってたのですか?」
フランカは怪しい船を見つけた。小さな喫水の浅い帆船で、ローブを纏った魔法使いらしき者が船長よりも偉そうにしていたそうだ。遠目にだが、船員の何人かの手には入れ墨らしきものが認められたと言う。
「身の危険を感じて退散しましたが、人間が丸ごと入りそうな大きな麻袋に入った何かを運び込んでました。 真ん中あたりでぐんにゃりと曲がり、肩に担いで」
何れにせよ、2人で乗り込むには荷が勝ちすぎた。それに、犯罪の確証も無いのに乗り込んでは、こちらが海賊と訴えられかねない。2本マストに12列のオール。2人はその船の姿を心に刻んで引き返した。
翌朝。奇妙なことに夜に船出したのか、船の姿は消え失せていた。
●訓練2
訓練は進み、海賊役の船を出しての襲撃再現となった。快走する船に、迫る海賊船。船は停船時よりも当然揺れるし、風によってはかなり傾く。敵船だって揺れる訳で。
「あ、当たらない‥‥」
ミヤの矢はことごとく的を外れ海中に落ちる。海賊役の船員達が、冷やかし半分に彼女を揶揄する。
「お、落ち着いて、冷静にっ」
オーラショットをブチ込もうとするミヤを、レティアが慌てて止めた。速度の落ちた船にぶつかる様に接舷し、次々に乗り込んで来る船員達。衝撃に体制を崩してしまった唯は、これを牽制する事が出来なかった。
「やはり、重装よりは軽装の方が動き良い様ですね」
体が重いと船の揺れに翻弄されてしまい、行動がままならなくなるのだ。押し寄せた船員達は皆を抱え、次々に海に放り込んだ。実はこれ、海に落ちる訓練で、命綱が付いている。とはいえ、放り込まれた方は堪らない。溺れながら命からがら、救助の小船にしがみついた。唯一、泳ぎを習得している唯も、内心冷や汗をかく事になった。
「なんだい坊さん、装備を括りつけてるのか。念の入った事だが、いざって時に邪魔な物を捨てられないと危ないぜ?」
船員の忠告に
「身をもって体験しました」
と苦笑いの唯。塩水に浸かった装備の手入れに勤しむ内に、レティアは風が変わった事に気が付いた。
「凪の時間だと思ったのに‥‥」
風の向き、局地風と季節風の絡み、そして潮。それらを把握する事は難しい。熟練の船乗りをひとり、同行させる事を考えた方がいいのかも知れない。
●作戦会議
5日目午前。冒険者酒場に再び集合。情報を突き合わせ作戦会議だ。
「今度の満月の夜に取引があるらしいのである」
ジークが物乞い風の少年から仕入れた話をする。
冷や汗を浮かべながら唯も出来事を皆に話す。
「風に逆らう船は北方型の小型船のようだな。信じられないくらい船足は早い。それよりも気がかりなのは、襲撃してきた奴らだ。今回は舌先三寸で切り抜けたが、少人数では危ないぞ」
既に一味は街の中に溶け込んでいると見て良い。以後分散しての行動は命取りに成ると肝に銘じて於くべきだ。
「そうですね。街の倉庫を確保しているくらいですから」
フランカは難しい顔。
「ひょっとしたら敵に情報が漏れるかも知れませんが、自警団へ話を通しておく必要はあります。お陰で余計な時間を取られました」
桜は冗談めかして言ったが、割符のようなものを交わしておく必要があるかも知れない。暴漢と斬り合いになって、こちらが犯罪者扱いされては敵わない。
こうして、ほぼ情報の共有化が終わった頃。既に夕闇が迫っていた。