●リプレイ本文
●見舞い
「新しい村長さんに挨拶する前に、新兵衛さんのお見舞いに伺ってはどうでしょうか。こうなってしまった原因は私達にありますし、せめて少しでも楽になってもらえればいいのですけど‥‥」
鬼退治に参加した井戸探索者達は安来葉月(ea1672)の言葉に従って、まず新兵衛の小屋を訪れた。
「あー‥‥皆さん、よくぞお越し下さいました」
新兵衛は狭い小屋に1人で寝ていた。冒険者の来訪に驚く。
「よぉ、傷の具合はどうだい?」
御神村茉織(ea4653)は新兵衛が体を起こすのを支えた。
「無理はしねぇこった。俺は手当ての心得はねえけどよ、なんかして欲しいことがあったら遠慮しねぇで云ってくんなよ」
茉織の心遣いに元村長は目頭を熱くする。
「そうそう、手代さんから薬を貰ってきたのよ。心配してたわよ」
林瑛(ea0707)はギルドの手代から預かった薬袋と、自分で購入した傷薬を新兵衛に渡した。
「そうや。怪我治して、はよ元気になってなー。あ、これ荒神ねぇはんから差し入れや」
咲堂雪奈(ea3462)はヒーリングポーションを二本、新兵衛の枕元に置いた。荒神紗之(ea4660)から渡されたものだ。
「こんな高価な物を‥‥有難うございます」
「困った時はお互い様やしな」
雪奈は涙ぐむ新兵衛に笑顔を返した。
「鞭で尻百叩きの刑にあったそうですネェ。ご愁傷サマですョ」
クロウ・ブラッキーノ(ea0176)は邪悪な笑みを浮かべて見舞いの言葉を述べる。
一通りの挨拶のあと、安来が新兵衛の体を診た。安来も医療の心得は無いが、目につく範囲の傷を魔法で浄化し、その上で体力を魔法で回復させる。荒神のポーションが効いて、新兵衛はかなり回復した。
「それにしても鞭とは、アチラも良い趣味をお持ちのようで。微妙に親近感を覚えてしまいましたョ」
クロウの呟きに御神村は眉根を寄せる。新兵衛の体の傷は過酷な仕打ちを物語っていた。領主の裁きに異を唱える権利は彼らに無いが、良い気持ちはしない。
「これだから、役人のやることはよぉ」
茉織は云ったが、それが愚痴なのは分かっていた。責任の一端は自分達にもある。
「もういいのか?」
新兵衛の小屋から戻ってきた茉織達を浪人の氷川玲(ea2988)が待っていた。氷川はこの村は初めてだったので見舞いは遠慮した。
「荒神ねぇはんは?」
「姐さんなら、あっちの小屋に入ってったぜ」
首を回すと、ちょうど荒神が山師達の小屋から出てきた。探索は終わったが、山師達がちょくちょく村に顔を出しているらしい。荒神は小屋にいた山師の子分に言伝を頼んだ。
「そっちも終わったのかい? じゃ、行こうかね」
冒険者達は新村長から状況を聞いて、すぐに鬼退治の山狩りの準備を始めた。その間、安来は頼みこんで被害者にデッドコマンドを使う。得られた言葉は『鬼』。高僧でなければ死人から多くの事を聞きだすことは出来ない。
「‥その格好で山に登るんですか?」
忍者の島津影虎(ea3210)は、準備が出来たクロウの姿を問質す。
「エエ、この前のティアラサンの超泣ける歌に感銘を受け、私もつい福袋を買ってしまいましたョ」
クロウの格好は烏帽子兜に大鎧の武者姿に、更に豪華なマントを羽織った重装備。クロウは人並の体力があるので、一応は歩けるもののウィザードにあるまじき姿だ。
「うわ、頭悪そう‥‥あんたからも何か云ってやったら?」
林は仲間の頭上を飛ぶシフールに話を振る。
「え?何?何のことかしら、私には全く判らないわ」
何故か挙動不審な態度を取るティアラ・クライス(ea6147)。
「‥‥悪いものでも食った?」
「モウ何ヲイッテルのヨ。エチゴ屋さんはトッテモ良心的なオ店じゃナイ★ 今エチゴ屋さんサイコーって歌を作ってるの。みんなモ気軽ニ利用シテネ‥‥」
ここぞとばかりに言語力の低さを活用するティアラ。
「はぁ、あんたといいクロウといい、ホントに懲りない性格してるわ‥‥」
首をかしげた林は、ふとその視線に気づいた。村の子供が冷たい目でじっと彼らを見ていた。思えば新村長も無愛想な態度だった。冒険者達はよく思われていないのだろう。
●山狩り
「裏山在住の鬼退治ぃ? おー久しぶりにシンプルな依頼だわね」
謎の変調から回復したティアラは脳天気に仲間の頭の上を飛んでいる。
冒険者達はなるべく固まって移動した。足の遅い者に合わせるのでその分、移動力は落ちるが不意打ちを受ける危険は減る。
「どうせなら話せる鬼サンだと良いわね」
鬼の中には人語を解す者もいる。概ね強力な存在なので良いかどうかは別だが。
「刀使う鬼って言ったら、山姥だって聞いたぜ? 山刀を使うらしい」
茉織が云う。今回の鬼には様々な見方があった。鬼が現れた原因には裏山の洞窟にいた鬼が戻ってきたという推測が成り立っていたが、確実な話ではない。
「ふーん、そうなんだ。あたしは頭良くないからさ、良く知らないけど鬼が人間って可能性は無いかしら」
林瑛は疑問を投げかける。
「可能性は否定できないでしょう」
バズ・バジェット(ea1244)が答えた。人が鬼と見間違えられるのは珍しい話ではない。相手が文字通り、鬼気迫る形相をしていれば角の有無などはすぐ誤認してしまう。
「情報が少ない今は疑い出せばキリが無いのですが‥‥何が出ても不思議はないと心構えだけはしておくべきでしょうね」
それぞれに鬼の姿を思い描きつつ、冒険者達は薮をかきわけて進んだ。
山を歩けば鬼に当たると、そこまで太平楽な期待は持っていない。この人数での山狩りには自ずと限界がある。鬼を発見できる保障がないからこそ、時間が過ぎる毎に焦燥は増した。
「見えるか?」
「‥‥静かにしてろ」
氷川は高い木に登り、上から周辺を見回した。物見を生業にするだけあって、手馴れている。
「‥‥おい、一寸上がってきてくれ」
手招きされて、ティアラがパタパタと氷川の位置まで上がってくる。
「何?」
氷川は指先でシフールに山肌のある地点を示した。一瞬そこに人影が見えたのだが、氷川ほど目が良くは無いティアラには何も見えない。
「見てきてくれねーか? 危ねーから、近寄らなくてもいいぜ」
「イヤ」
即答。
「‥‥なんだと?」
「キミ、自慢じゃないけど私は真っ直ぐな道でも迷った事があるんだよ。1人で行ったりしたら、帰ってこれなくなるからいやよ」
確かに自慢にならない。だが無理に行かせる事は出来ないし、危険が無い事もない。
「まいるぜ」
氷川は木を降りて、仲間に人影のことを話した。確実では無いと言い添える。
「確かめてみるしかないでしょう」
山に入ってからずっと地面を調べていた影虎が云った。
「見間違いだったか‥‥」
「いいえ、当たりかもしれませんよ」
島津は獣のものではない足跡を発見した。足跡から判断して相手はおそらく1人。
「追跡できるか?」
「何とか」
影虎だけでは難しいが、今回は同業の雪奈も茉織もいる。それに荒神が山師達と交渉して元猟師の男を連れてきていた。条件は良い。
「姐御、頼むわ!」
氷川は藪から飛び出した。雪奈、茉織、影虎の忍者三人がそれに続くが、影虎は装備が重過ぎる。出遅れた。
「うーむ、会話は出来そうにないかなぁ」
ティアラは前衛にバーニングソードを付与して上空待機だ。足跡を追跡した冒険者達は山鬼を発見、気づかれる前に先制攻撃をかけた。荒神と安来は山鬼の気を引く為に正面から呪文を唱える。
「援護の必要も無かったねぇ」
鬼は呆気なく退治された。懐に入った氷川が小太刀を二度突き入れた所でもう勝負はついていた。止めは水晶剣を握った瑛と忍者達のメッタ刺しで山鬼はろくな反撃も出来ずに絶命した。
「さて鬼は退治しましたが、行方不明の猟師さんはどこに‥‥?」
安来は鬼の骸が握り締める刀を見つめた。
「やっぱり、さっきの鬼の仕業だな」
山中の洞窟に立ち寄った冒険者達はそこについ最近、山鬼がいた痕跡を見つける。念のためにと奥も確認すると、封じてあるはずの遺跡への扉が開いていた。側には壊れた真新しい柵が落ちていた。おそらく領主が扉の封印の為に作ったものだろう。
「これを見てください」
影虎が袖の切れ端らしきものを拾う。
「行方不明の猟師の物でしょうか?」
「多分な」
しかし洞窟の近くを調べても猟師は見つからず、冒険者達は村に戻った。切れ端は確かに猟師のものと分かったが、結局行方は分からずじまいとなる。山鬼に殺されたのか、今もどこかを彷徨っているのか、それとも逃げようとして遺跡に入ったのか‥‥真相は不明なままだ。
それでも鬼退治は無事に成功したので村に来ていた領主の使いは冒険者の手際を褒め、労をねぎらった。
●山師
「まだ少し時間があるよね」
村を出る前に、荒神はもう一度山師達の小屋を訪れた。
「単刀直入に言うよ、遺跡の探索を諦めないかい?」
ストレートに切り出す。
「あんな事があっても残ってるあんた達の気持ち、少しは分かるつもりだよ。けど危険な上に探索の再開の目処も立たない、引くなら今の内さ。本気で遺跡の探索する気が無いなら帰った方がいい」
そう言われて、色めきだったのは霞の文蔵の子分達だ。彼らは親分達の仇を取らねば帰れないと話していた。同じく死人を出した河田屋与平達も異口同音に拘りを見せる。
「おや五郎サン?」
帰り支度を始めていたクロウは馴染みの顔を見つけて声をかけた。
「こりゃあクロウの親分、今回は見事な仕事でございやしたね」
厄介な性格の持主だが一応は名うての冒険者だからと頭を低くする五郎に、クロウは優しげに囁く。
「文蔵サンが亡くなって本当に残念ですヨ。五郎サンもこれから大変でショウ」
クロウがまともに御悔みを述べたので警戒して半歩身をひく五郎。
「跡目争いが起こらぬよう、親切な私が新たな親分を連れてきましたョ。ご紹介しましょう‥‥駿馬の文蔵です。ヨロシクお願いしますネ。ウフ」
「‥‥親分、悪ふざけが過ぎやしませんか」
五郎の顔に朱が走る。
このあと取っ組み合いの喧嘩になり、それぞれの仲間達が二人を引き剥がした。一触即発になるかと思われたが、与平が出てきて場を収めた。
「ここで見苦しい真似をして、折角の姐さんの気持ちを無駄にしちゃいけねえ。後のことはお任せしたんですかねぇ」
与平は文蔵の子分も連れて共に村から出る決意をした。彼らを動かしたのは荒神である。彼女は今までの報酬だと言って百五十両の金を山師達の前に出した。死人まで出た数ヶ月の報酬には十分と言えないが、百五十両は荒神にとっても安い金額ではない。それを山師に道を示すだけの為に投げうった荒神の心意気に山師達は打たれた。
「さすがは姐御だ、大技を使うねぇ」
大金をポンと使った荒神に氷川は感心し、親睦の為と彼女が出した酒に早速手をつける。
「金も使いようで因業を洗い流すんだなぁ」
与平と文蔵の子分達はこの件から手を引くと荒神に約束をした。それとは別に、白河重庵は自力で探索を続けることを表明する。しかし調査活動の為に村からは離れるらしい。
「わしは諦めた訳では無いぞ。必ず戻ってくるわい」
気になる事があるのでしばらく調査に専念するという。相良達は白河に同行するようだ。
「それまで村のことは頼んだぞ」
「任しとき。うちらの目の黒いうちはこの村に指一本触れさせんわ」
雪奈が言った。
「それを聞いて安心した。‥‥どうも嫌な予感がするからのぅ」
白河は腕を組んで何かを考えている。
「あなたは、まだ鬼がいるとお思いなのですか?」
バズが尋ねると、老人は首を振った。
「いや‥‥遺跡の事じゃよ。わしにはあれがこのまま何事もなく済むとは思えんのだ」
遺跡の下には今も死人憑きが存在している。だが出入口は封鎖してあるので、死人の力では外には出てこれない。江戸に戻る冒険者達の心に、形のない不安がつのった。