●リプレイ本文
●村の防衛
井戸村についた一行は、まず江戸から運んできた物資を中に入れた。
「これは、何でございましょう?」
「この騒ぎで何かと物入りであろう。些少だが、使って貰おうと思うてな」
愛馬から荷物を降ろしながら剣士のマグナ・アドミラル(ea4868)が言うのに、村人は目を白黒させた。
「このぐらいで驚いて貰っちゃ困る。これから俺達が、あんた達を死人から守るんだからな」
遠物見の氷川玲(ea2988)は村人に自分達の事を伝えた。江戸を出る前、村の守り方は冒険者の間で色々と話がされたが、村人の協力は不可欠という結論だった。
「村人との話は任せるよ、俺は今のうちに村の周りを調べてこよう。死人憑きも昼間ならそう恐くは無い」
壬生天矢(ea0841)はそう云って皆と離れた。
「柵を見に行くのか? なら俺も一緒に行こう」
氷川と御神村茉織(ea4653)は壬生の後に続いた。
「私も‥」
「お前は残れ」
荒神紗之(ea4660)も行こうとするのをマグナが止めた。知名度があると言ってもマグナは他国人、村人との話し合いでは名の知れた志士で、この村の依頼も長い荒神が同席した方が都合が良い。
「そうそう。じゃ、よろしく。私も仕事始めるから」
シフールのティアラ・クライス(ea6147)は、上空から警戒にあたる。鳥に襲われる危険はあるが、飛べる事の意味は大きい。物見が本職の氷川が、もっと目と耳を鍛えれば良い物見になるとティアラに言った事があるが、頭脳労働担当のつもりの彼女には今のところその気は無いらしい。
「蔵、ですか?」
「そうだ。家同士が離れて住民が分散していては此方も守りが薄くなる。出来るなら頑丈な蔵か、無ければ大きな家の中で一箇所に集まって貰いたい」
マグナも過度な期待はしていない。村には物資の貯蔵庫はあったが、村人全員を収容できる大きな土蔵は無かった。候補としては広さでは村長の家だろうか。それでも全員となると牢獄以上の狭さである。
案の定、村人からは反対意見が起きた。
「苦しいだろうが、犠牲者を出さぬ為だ。どうあっても従って頂く」
「‥ううっ」
強引に押せば、武器を持った冒険者に村人が逆らえる筈も無い。すがるような目を向ける村人達に紗之は申し訳なさそうに首を振る。
「すぐ済むから、我慢してくれよ」
その後、冒険者達の指示で村人は大急ぎで村長宅に集められる。
「お侍さま‥‥」
避難の間、大鎧を着こんで見張りに立った神楽聖歌(ea5062)に子供が話しかけた。
「何ですか?」
面頬を付けたまま答える。子供の話では父親が寝込んでいて、動けないという。他の村人に聞くと、その男は病気らしい。
「移るのか?」
「さあ、私に聞かれましても」
神楽は病気の男の話を仲間に聞かせた。他の村人達はたちの悪い病気と疑っているようだ。門外漢の冒険者達にも良く分からない。怪我とは違うのでポーションで治癒する事も出来ない。
「病気の者は他の者と別に部屋を与えるしかあるまい。放ってもおけぬ」
また村人から不満が出たが黙殺し、病人は戸板に載せて運び入れた。
「あたし達の寝床を言いだせる空気じゃないけど、どこに寝ればいいかしらね?」
今度は夜番を担当する林瑛(ea0707)とバズ・バジェット(ea1244)が言う。
「いくら依頼だからって一日中、起きて戦える訳じゃないんだからさ」
紗之とマグナがテントを持っていたので冒険者達はそれを使う。村長宅は足の踏み場も無い状態だったから、中の警護は諦めて冒険者は外を見張る事にした。
「死人どもは何を考えて村を襲うのだろうな」
氷川は仲間と柵の一部を直しながら、これを壊した死人の事を考えた。手伝ってくれたサラ達の話に、村人の情報を合わせても死人達は誰かに指揮されている訳ではないらしい。ただ生物を目掛けて山から下りてくる、その意味では冬眠しそこなった熊に近いかと氷川は夢想する。
「さて鬼と喋ったという話は聞くが、死人憑きと会話した話はついぞ聞かん。それよか、死食鬼が出たら俺は役立たずだからな、頼りにさせてもらうぜ」
杭を支えながら茉織が言う。壬生が槌を振り下ろして杭を地面に打ち込んだ。
「戦う前から諦めるのは感心しないな。要は戦い方だろう?」
「適材適所って奴さ。気が多いのも良かねえと言うだろ。うん‥‥?」
頭上から呼子の音が聞こえた。空のティアラが何か見つけた。
「真昼間からかよ? まっ、夜来られるよりは有り難いがな」
茉織は忍者刀の柄に手をかけた。死人の数は無限ではない。ならば早く出てきてくれて倒してしまった方が話が早いと、茉織は思っている。
「氷川、一人で行くなよ。ここで死人を迎え撃つぞ」
壬生が走りかけた氷川に言った。無言で頷いて、両手に短刀「月露」を握った。
「死人は二体よ。あと5分ほどで来るわ」
仲間の元に戻ったティアラは頭上から報告し、そして呪文を詠唱した。
「‥‥受け取っ‥ティっ」
シフールの掌中に現れた水晶の輝きが、真下にいた茉織の上に落ちる。
ザクっ!
「あら、なんか‥‥自由落下しちゃったわね」
水晶剣は茉織の背中を少し裂いて地面に突き立つ。
「おい?」
「(しかも的からヅレたし)‥‥やっぱり術を使いこなすには慣れが必要ね、精進精進‥‥」
ぱたぱたと羽音を残し、シフールは飛び去る。ティアラは若くして火系・地系の二系統の精霊魔術を操る才媛だが、どうも活躍の場に乏しかった。
「‥‥始まりましたネ。ご心配には及びまセンよ。あの皆サンは死人を食って生きてるんデスからね」
ウィザードのクロウ・ブラッキーノ(ea0176)は、病人の部屋に上がりこんで胡坐をかいていた。この家の周りにはトラップを仕掛けてある。侵入された時は分かるが、もしこの家まで敵が来ればそれは自分達の敗北を意味するだろう。
「豆でも食いませんカ? ‥‥ああ、病気でしたね。ではあとでスープにしてあげましょう」
クロウは家の外で起きている事に全く感心が無いかのようだ。それから数回の死人の襲来に、彼は一度も出撃しなかった。
●くらやみへ
死人憑きは裏山に少なくとも数十体は居るらしい。だが、冒険者が来てからの村への侵入は何れも1、2体で纏まった襲撃は無かった。死人の事情を推し量ることなど出来ないが、結崎の侍との戦いで積極的な死人は駆逐されたのだろうか‥‥。
「出所を探るなら今この時期しかない」
小康状態を見て、天矢は裏山の探索を提案した。
「死食鬼も姿を見せておらぬ。危険、だが‥‥」
マグナは腕を組んで沈黙した。このままでは依頼の期間が過ぎる。依頼の筋から言えば、それで問題は無い。後の事は領主に任せて彼らは帰還すればいい。しかし、それでは彼らの気が済まない。
「領主さんの許しは無いし、弱ったねえ」
紗之は嘆息して見せた。彼女は再び洞窟に行きたかったが、領主から遺跡に行く許可が出ない。調査隊を出す準備をしているという噂はあるが、今直ぐの事では無いようだ。
「なら裏山までって事にしよう。裏山に入るのも禁じられている訳じゃないだろ?」
焦れた天矢に、バジェットが助け舟を出した。
「行かせてあげましょう。彼らの穴は、私達が徹夜をすれば済むことです」
「私達って‥‥それ、あたしも勘定に入ってるの?」
林瑛は口元を歪めた。徹夜に強いと夜番を引き受けた二人だが、結構疲労の色は濃い。村長宅の前で、村人にも睨みを聞かせている59歳のマグナの方が元気だ。
「守りばかりで動きが取れないのは、私も遣り切れないと思っていた所です」
「そりゃ、匂いは染み付くし嫌な仕事だけどね‥‥」
バジェットが言うと、林も仕方なさげに同意した。彼女は早く江戸に戻ってゆっくりと体を洗いたかった。そして、出来るなら何度も受けたい仕事ではない。
話し合いの結果、壬生、氷川、荒神の3人が裏山へ向った。それを見送る時、バズは呟く。
「ここまでの騒ぎになるとは‥‥初めてこの村に来た時は予想もしませんでしたね」
隣で寝惚け眼をこする林は、連れの呟きに欠伸まじりに言った。
「そっか、もう半年か‥‥」
はたして、終末は近くまで来ていた。
「うぐぁぁぁぁっ!!」
病床の男が苦しみ出したのは、夕方の、そろそろ壬生達が戻るかと思い始めた頃だ。
血を吐いてのたうつ男の叫びに、男の子供の泣声が混じる。医者でない冒険者達がともかく男を抑えつけようとしたが、相手は病人だから手荒にも出来ない。
「苦しませずにいかせてあげたらどうデス?」
「馬鹿な事を言うな」
男を不憫に感じた冒険者達は、この依頼が終わったら男を江戸の医者まで運ぼうかと村長に提案した。それで快癒する確証は勿論無いし、移動は病人に負担になるが。村長は願ってもない事と承知した。
「何とか寝てくれましたヨ。誰か、交代してくれませんかネェ」
日が落ちて、なし崩しに病人の看護をしていたクロウは村人を呼んだ。
「へぇ、ご苦労様で‥‥っ!!」
やってきた村人がクロウの顔を見て驚愕に固まった。
「酷いですネ。まるでお化けでも見たみたいに‥‥」
背中に寒気がして褐色の魔法使いは振り向いた。部屋の中央の寝床は空で、涎を垂らして白目を剥いた病人は彼の真後ろに立っていた。
「ウフっ」
半死人だった男の手がクロウの顔に叩きつけられる。倒れる寸前、クロウは男の背後に白い靄を見た。
「病人が死体になってクロウを襲った?」
話を聞いても徹夜の瑛は意味が理解できなかった。ともかく屋敷内に死人が現れたと村人は混乱して、我先にと外へ出ている。
「死にたての死体が、タイミングよく死人憑きになったってことかな?」
「この地が呪われているのでなければ、そんな偶然は起こり得ないと思いますが。もっと現実的な何か‥」
バズと林は村人を止めることを諦めて、病人の部屋に走る。
「貴様っ‥‥何奴っ!」
マグナはただならぬ気配に野太刀を抜いていた。部屋の前ではクロウがあお向けに倒れ、その側に妖気を漂わせて半死人だった男が佇んでいた。
『黙れ異人、貴様こそ無礼である。わしに剣を向けて、何のつもりか?』
声は男の口から出ていたが、病人の声では無かった。死人憑きというなら此方のほうが似合いだが、マグナの眼前にいるのはズゥンビではない。
『わしの力、しかと味わえ』
男の体が膨れた気がした。それが何か感知する前に、マグナの体は動いていた。
「ぎぃあァァっ!!」
鮮血が飛ぶ。横薙ぎに振りぬいたマグナの野太刀は男の胴に半分ほどめり込んでいた。だが、病人のものとは違う、白い透き通った壮年の男性の顔が戦士の体をすり抜ける。その途端、まるで体の熱を奪われたような苦痛を感じた。
「マグナ、大丈夫かっ!?」
バズ達が背後から近づく。と同時に、妖気の主は離れていった。
「‥‥済まぬ、逃げられた‥‥」
「追う?」
問われてマグナは首を振る。今はその為の準備が無い。
「洞窟の扉は壊れてたよ。‥‥何があった?」
その直後、裏山から戻った壬生達は村の有様に驚いた。レイスらしき敵が出たと聞いて息を飲む。その夜は疲労困憊を押して全員で寝ずの番をしたが敵は現れず、朝になって結崎の家来に村の警備を引き継いだ。
「お、怨霊ですと?」
結崎の武士達は冒険者の報告に青くなった。
「うん。また来るかも、頑張ってね」
ティアラは呆然とする武士達にエールをおくった。
「あ、それハッスル♪ハッスル♪」
つづく