●リプレイ本文
「己の力を信じ、真っ向勝負っ! これが罠ならば食い破るまで!!」
斬馬刀を我が手に、夜十字信人(ea3094)は吼えた。
眼下には山賊団の隠れ家。信人ら15人の冒険者は一丸となって地を駆けた。
作戦はない。
出立前、冒険者達は何度も三つ巴の対処法を話し合ったが妙案は浮かばなかった。これまで二度、山賊団に関わった仏弟子、シャクティ・シッダールタ(ea5989)の言によるならば。
「それほどに山賊どもとは互いの手の内を読み合える相手、裏の裏、そのまた裏まで予想して‥‥故に、皆様も決め手となる作戦が立てられなかったのです」
という事らしい。
結局、彼らが選んだのは正面決戦。勢いに乗じて乱戦にし、勝負を運否天賦に任せた。
「‥‥見つけた。奴らだ」
長弓を手にした天城烈閃(ea0629)は自分達と別方向から隠れ家に寄せる集団に気づいた。天城は駿馬で先行して偵察を行っていたが、その時発見できなかった庚兵衛側の山賊達が今現れた。
「庚兵衛かっ‥‥行くぞ、クリス、琴!」
方向転換した信人に、中弓を背負ったクリス・ウェルロッド(ea5708)と信人の妹が付いていく。
「主よ‥‥全ては貴女の御言葉のままに」
「あーっ、兄上、待ってくださいー‥」
天城とあわせて四人が戦列から離れて、残る11人が隠れ家の入口に殺到した。
門が開く。
「ムキキキ、だから漁夫の利がいいって言ったのによぉ、なし崩しかい‥‥仕方ねーえや、ブッた切ってやるぜェ――――ッ!」
ファイターのヴァラス・ロフキシモ(ea2538)は刀とナイフを抜き、門番の1人に襲い掛かった。
「冒険者ギルドか!!」
門から現れた惣雲坊側の手勢は20名程。待ち構えていた彼らは全員が刀や槍を手にしていた。
「‥‥我は鬼道衆伍番、野晒狂虎風月皇鬼。鬼すら喰らう大虎よ!」
龍叱爪を装備した風月皇鬼(ea0023)は大見得を切る。皇鬼の側には彼の助っ人に来た三人の猛者が周りを囲んでいた。攻め手の主力と言って良い。秋月は門と後方を交互に見て皇鬼に云った。
「拙いですね。ここにいると挟み撃ちだ」
庚兵衛側の手勢は冒険者達の後ろ。
「俺達を嵌めようってわけか。関係無い。所詮、初めから両方潰すまでだったからな」
皇鬼は門側の山賊を突破して屋敷内に入る道を選んだ。皇鬼と3名が門に突入したから、必然的に残る7人もまず惣雲坊の相手をする事になった。
「あたい‥‥ヤルときゃヤルよ」
壷振り師の御藤美衣(ea1151)は、恋人の鬼子母神豪(ea5943)と肩を並べて戦った。御藤は先日の一件が表情に暗い翳を落としている。それを振り払いたいが為に前に進む。
「決着をつけてやるよ! 惣雲坊はどこっ!?」
返事の代わりに左右から槍と刀が突き出された。御藤は体を沈めて槍を躱し、刀は左の短刀で受け流した。残る右手の日本刀は斜め後ろから斬りつけたヤクザ者の短槍を弾いている。
「拙者の美衣に何をする!!」
豪の怒りの刀はヤクザ者の胸に深く突き刺さった。
「ぎゃぁあああ!!」
一見すると小柄な御藤の方が組し易そうだが実は逆だ。乱戦での美衣の実力は仲間内でも屈指のもの。
「豪ちゃん、ありがとう」
「云ったでござろう。例えこの命尽きようとも、美衣だけは絶対に死なせないと‥‥」
2人は連携して戦い、破戒僧の姿を探して隠れ家の庭を見渡した。
「惣雲坊がいないよ。人数も足りてない感じだし‥‥」
「建物の中か‥‥たしか屋敷の奥に土蔵があったでござるな」
豪は以前に山賊団のアジトだったここを叩いた時の事を思い出す。2人はあの時の庚兵衛と同じく惣雲坊は奥にいると考えた。
「俺はあの頃より強くなったのかな‥‥ここまで来たら、信じて戦うだけだけど‥‥」
代書人の麻生空弥(ea1059)は5人の敵と対峙する。軽装の麻生ならもう少し相手を選べた筈だが、武者鎧を着込んだ天津蒼穹と組んでいたからそうも行かない。その分、侍の魔法をアテに出来たし、背中を気にしなくて済むのだから文句を言う道理では無いが。
「多分これが最後の戦いだ。‥‥最後くらい華々しく逝くか!」
麻生の覚悟を察して、左右の浪人とヤクザ者達が互いに目配せした。
「諦めたか、いい心がけだぜ。とっとと逝けやッ!!」
「麻生空弥‥之より死地に参る!」
麻生への攻撃は二人。見た目から手強そうな天津に三人が来る。
(「出来るか? いや、やるしかない!」)
躊躇いを捨てて麻生は鞘に収めた小太刀で迎撃の構えを取る。狙うは夢想流の居合いだ。
「二対一で居合いだぁ? なめるなよ、さんぴん!」
「その通りだな」
相手の指摘は尤もだったので麻生は小太刀を抜いて構えなおした。気息を整えて、まず突っ込んできた浪人の刀を横に跳んで避け‥‥られずに斬られる。
「やはり、まだまだか」
反撃は小太刀の峰を返して相手の首筋に打ち込んだ。意識を刈られて浪人が昏倒する。ヤクザの攻撃も避けられなかったが、構わず峰打ちを繰り返す。今度は効かず、罵声を浴びせられた。
「くそが!」
「一対一なら試してもいいかな」
麻生は小太刀を鞘に納めた。
「ヒースっ! どこだっ!」
狩野響(ea1290)は乱戦の中で異国の戦士を探した。ジャイアントの狩野は目立つ。何度か敵に囲まれたが戦わず走って逃げた。一対一なら遅れは取らないが、お世辞にも機敏とは云えない響に御藤のような体捌きは無い。多勢に囲まれたら終りだと思わなくてはいけない。
「ここだ」
剣と盾を装備したヒース・ダウナーが狩野に近づいた。一瞬斬られるかと警戒したが、ヒースに殺気は感じられない。響は彼に皮袋を渡した。中身は金だ。
「貴殿への特別手当だ。残りは戦いの後に渡す」
「分かった。今からお前が雇い主だな、よろしく頼む」
ヒースは響を追ってきた山賊に剣を向ける。山賊達は激昂した。
「‥‥貴様、また我らを裏切るのかっ!!」
「裏切ったつもりは無いが?」
響には山賊の怒りは本物に見えた。敵は四人、2人ずつ襲ってきた。
「せめて、己の身は己で守れよ?」
それは云うまでも無い事だった、響にも加勢する余裕は無い。ただヒースの実力が如何ほどのものか、響は少し興味があった。
「ハァっ!」
響は防御は諦めて、1人に狙いを定めた。相手は志士の気迫に飲まれて受けに回る。運良く一人目を数合の打ち合いで倒し、傷を負いながら何とか2人目も撃退して振り返ると、ヒースは二人目と打ち合っていた。
(「ふむ、強い‥‥」)
攻撃に派手さは無いがヒースは盾と横跳びを上手く使う、彼は無傷で2人の山賊を倒した。
「さて、次はどうする?」
「仲間の援護に向かう。‥‥む」
戦場を見渡した響が見たのは、敵に囲まれた風月達だ。戦いに庚兵衛側の手勢が加わって、最悪の形になっている。
「馬鹿な、夜十字殿達はやられたのか!?」
信人達の姿は無い。
少し時を遡る。
「おーい、ここだっ」
庚兵衛側の手勢に突撃しようとした信人達の前にパラ侍の戸川月斎が現れた。
「無事だったか!」
冒険者達の間では戸川は殺されたかもしれないと言われていた。
「おう、心配してくれたのか。あ、それよりな庚兵衛は居らんぞ」
「何?」
戸川はその事を冒険者達に知らせる為に抜けてきたようだ。戸川の話では目の前の手勢は囮で、庚兵衛は少数で裏から奇襲をかけるつもりらしい。
「屋敷のことは庚兵衛の方が詳しいらしいな」
「戸川さん、庚兵衛のところで忍者を見ませんでしたか?」
クリスの問いに、月斎は見たと答える。庚兵衛達を屋敷の裏に誘導しているのはその忍者だという。
「奇蔵‥‥やはり。私達もすぐそちらに向いましょう、戸川さん、場所は分かりますか?」
「任せておけ、面白くなってきたな」
パラはクリス達の先頭に立った。この時、信人達の姿は庚兵衛側の手勢にも見られていたが、まだ距離があったので追撃はなかった。おそらく囮として隠れ家を攻める事を第一に云われているのだろう。
「俺はここで奴らを引き受けるよ」
天城は立ち止まり、弓に矢を番えた。
「奴らを無傷で門の中に入れる訳にはいかないからな」
「主の加護があらんことを‥‥」
弓使いのクリスは一緒に残る道もあったが別の目的のために天城の無事を祈ってその場を離れた。
「問題は、俺1人で奴らの気を引けるかだな」
「何、庚兵衛は居ないだと? うむむッ、さてはこの鬼道衆の大虎を避けたな!」
事情を知って皇鬼は大言を吐く。が、彼らは危機的状況にあった。狩野と麻生達、それにシャクティとヴァラスも加わって10人で戦っていたが、まだ2倍近い敵が残っていた。各々がポーションを使って回復しながら戦うことで、漸く戦場を維持している。
「仕方ありませんね。あの破戒僧に仏罰を与えるのは御藤様達にお任せしますわ」
シャクティは自分で止めをさせない無念を、目の前の山賊にぶつける。金棒を振るう彼女の横にはヴァラスがいた。ヴァラスも惣雲坊を血祭りにするのを楽しみにしていたが、その望みは叶いそうも無かった。
「畜生、この俺様が美味しい所を他人に譲るなんてよ〜、滅多にねえことなんだぜェ。てめぇら、運が悪かったなぁ‥‥ムシャアアアアッ」
ヴァラスは仲間が戦っている敵を後ろから斬った。背中に目がある者は居ない、成功率は高かったが敵の方が人数が多いので反対に後ろから斬られる事もあった。
「ヴァラス様、この者達は手強いですわ。1人で戦われてはやられてしまいます」
シャクティはポーションをヴァラスに渡す。庚兵衛側の手勢は冒険者達とほぼ同等の手練れが何名もいた。
「やべえじゃねーか」
冒険者達から先に手を出した形の為か、山賊同士が戦うよりも冒険者が両者の手勢から狙われた。
「もう少し惣雲坊の手下達が粘ると思ったが、誤算だな」
戦いは完全に隠れ家の中に移ったので、後方から撹乱していた天城は手詰まりになった。
「後はクリス達が頼みだが‥‥」
裏手に回ったクリス達は、奇蔵が用意していたと思われる塀の抜け穴から屋敷内に入った。そこはいつかの土蔵の側で、眼前では庚兵衛と手下を引き連れた惣雲坊が対面していた。
「落ちぶれたものよな、庚兵衛。お主を一度は頭と呼んだこのわしが引導を渡してくれようか」
察するに庚兵衛の奇襲は破れたのだろうが、冒険者達は状況を無視して動いた。
「人斬り夢幻斎、貴様らの黄泉路への案内、仕る!」
信人は斬馬刀を握り、真っ直ぐ庚兵衛に向っていった。クリスは奇蔵を探すが黒装束の忍者の姿はどこにも無い。周りに居るのは惣雲坊の部下達ばかり。
(「いえ、彼が居ない筈は無い。‥‥どこに‥‥」)
クリスの視界内で1人のヤクザ者が惣雲坊達に手をかざした。煙が噴き出す。
「あっ」
乱入した信人達に意識を向けていた惣雲坊は動揺した。手下の浪人が突然倒れる。同じように、煙の範囲にいた10人程の手下は半数が意識を失う。春花の術だ。
「奇蔵!」
ヤクザの姿をした奇蔵が退くより、クリスが早かった。二発の矢が忍者に命中して煙が噴き出した。
(「当たった? ‥‥いいえ、前にも同じ事が」)
クリスは矢が命中して倒れた忍者に構わず、視線を滑らせた。
「赤髪の小僧か‥‥ちょうど良い、坊主より先に貴様に借りを返すぞ」
庚兵衛は信人に合わせて動いた。
(「来るか‥‥望むところだ、俺は貴様を討つ!」)
「チェストー!」
気合いと共に垂直に振り下ろされる必殺の斬馬刀。だが‥。
「遅いわ」
庚兵衛の二刀が早い。避ける事など元から頭に無い信人の体を小太刀の顎が噛み砕く。
「がはっ」
致命傷でこそ無いが、戦闘力を奪うには十分。勢いを失った信人の斬撃を躱した庚兵衛は小太刀で信人の腕を打つ。斬馬刀が信人の腕からこぼれ落ちる。
「兄上ぇ!」
「覚悟は良いな」
一瞬で敗北した信人の耳に庚兵衛の死刑宣告が響いた。
「無駄ですよ。私の矢はあなたを逃しはしない」
クリスの声が空蝉で彼の矢を躱した奇蔵の耳を打った。
「‥‥」
柱の影に隠れている忍者が何処へ移動しようとクリスは命中させる自信があった。
「あなただけは許す訳にはいかない。さあ観念しなさい」
「若いの」
状況を見守っている惣雲坊がクリスに声をかけた。
「何か? あなたの相手はこの男を倒してからですよ」
「顔の割に勇ましいのう、じゃがな年寄りの話はちゃんと聞け。おぬしの連れが庚兵衛に殺されるぞ」
「え?」
クリスの耳に琴の叫びが聞こえた。
考える前にクリスは奇蔵に向けていた体を反転させて庚兵衛に矢を放っていた。命中はするが傷は浅い。
「‥‥ふん」
信人を救ったのは惣雲坊だった。クリスに庚兵衛を打たせた破戒僧はダークネスを放った。庚兵衛が黒い塊に変わる。
「お頭!」
奇蔵が柱から動いた。舌打ちして次の矢をつがえたクリスの視界が突然暗闇に落ちた。
「隙だらけじゃのう」
庚兵衛を無力化した惣雲坊は狙いを冒険者に切り替えた。
「汚い男だね、それでも僧侶かい!」
ヤクザ者を突き飛ばして、美衣と豪が現れた。
「よくぞここまで来たと云いたい所だが、なんだその姿は‥‥」
屋敷内の敵を突破して来た2人は既にボロボロ。御藤は衣服を破られてレースの褌が見えていたし、豪は血だらけで全身が真紅に染まっていた。
「笑えばいいさ、どうせあたいと豪ちゃんに負けて泣くんだから」
格好は酷いが2人ともポーションを使って回復しながら来たので、見た目ほどのダメージは無い。
「‥‥面白いのう、来るか?」
春花の術で眠った手下も既に仲間が起こしていた。この場で戦える冒険者は琴とパラを入れても4人。しかもクリスと信人は人質に取られる危険さえある。
「わしも坊主、無駄な殺生は好まぬ。元より、これは庚兵衛との喧嘩じゃ。退くというなら見逃さぬでもないぞ?」
「冗談じゃないわ」
美衣と豪は呼吸をあわせて走った。ダークネスで一方がやられても片方が惣雲坊を仕留める作戦‥‥だが間に手下が多すぎる。破戒僧まで届かず、組み伏せられた。
信人達が捕えられた事で戦いは終わった。
ところが命は奪われず、山賊団は彼らを縛って放置し、何処へと姿を消した。
「前にも言ったが。わしはおぬし達が嫌いではない。いずれわしの役に立ってくれそうな気さえしておる‥‥今回もおぬし達のおかげであやつに勝てた。だから殺しはせん」
難を逃れた仲間の連絡で救出され、彼らは江戸に戻った。
冒険者達は敗北した。そして山賊団は江戸から消えた。