若葉屋日記・三 大川の合戦

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月05日

リプレイ公開日:2004年12月10日

●オープニング

「先日、若葉屋に褌を求めて暴徒どもが押しかけたそうだな」
 町奉行所同心の桜木は配下の岡引から若葉屋の報告を聞いていた。
「へい、仰るとおりです。人間て奴はあそこまで浅ましくなれるもんなんですねえ」
 岡引の又五郎はその時の光景を思い出して身震いした。
 若葉屋は腕っこきの冒険者を雇っていて、褌狂いどもをちぎっては投げの大立ち回りだったと又五郎は話した。
「しかし、げせねえ話でさ。金銀錦ってならともかく、褌なんざどこにでも転がってるものを目の色を変えて追い掛けるなんざ正気とは思えねえ‥‥」
 暴徒の気持ちが分からないと岡引は首をひねる。
「若葉屋の扱う品物がただの褌ではないからだ」
「へえ、古褌で‥‥余計に分かりませんや」
「分からぬか? それはお前が正常な証拠よ。しかし、世間には古褌を欲しがるもの達がおるのだ。このままでは済むまい、又五郎‥‥若葉屋の監視を怠るな」
「お任せを」

 褌は世間に溢れている。冒険者ご用達の越後屋では品薄が続いているが、それは褌が異国で珍しいために土産に購入する者が多い為だろう。若葉屋に現れた暴徒‥‥褌狂い達の事情は全く異なる。彼らが欲しいのは、使用済みのソレであり、新品には興味がないのだ。
「金に糸目はつけない。松乃屋の小梅ちゃんのを三枚たのむ」
「いま僕が穿いてる褌とキミのを交換しようよ」
 万事がこんな調子なので、客であって客でなく、場合によっては暴力によって追い返す事もある。

「盛況‥‥と言えない事も無いのですが、困っておられるようです」
 ギルドの手代は冒険者達を集めて、若葉屋文吉から届いた依頼を説明する。
「昨日、古褌を川原で干していた文吉さんが襲われまして、幸いに大事には至りませんでしたが、これはもういけないと‥‥退治してほしいと依頼されました」
 褌狂い達を、である。
 既にソッチの世界の人々の耳に入るように、近いうちに若葉屋が大量に仕入れた古褌を隅田川で洗濯すると噂を流してある。噂を聞いて暴徒が集まれば、冒険者達に一網打尽にして貰いたいというのだ。
「ただ、今回は用心してください‥‥相手もギルドを警戒しているようなのです」
 襲われた文吉の話では、暴徒の中に滅法腕の立つ侍がいたらしい。
 その人物は頭から褌をかぶり、褌頭巾と名乗ったとか。
「私もこんな依頼は出したくないんですが‥‥乗りかかった船です」
 さて、どうなるか。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea0176 クロウ・ブラッキーノ(45歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4233 蒼月 惠(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4475 ジュディス・ティラナ(21歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea5794 レディス・フォレストロード(25歳・♀・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●若葉屋
 ふと掃除の手を休めて、美芳野ひなた(ea1856)は店内を見渡した。
「なんだか、お店の中が寂しいです‥‥」
 ひなたの横では蒼月惠(ea4233)が商品棚の整理をし、シフールのレディス・フォレストロード(ea5794)が何度も視界内を横切っていた。お客の姿は無いが、元から今日は休みにしている。
 一見して普段と変わらない光景、だがひなたは体にぽっかりと穴が空いたような喪失感を感じていた。強いて原因を挙げるなら、今日は褌狂い達を誘い出した約束の日だった。
「お店が変な方向にいって‥‥って、私の気のせいかなぁ」
 自問自答するひなた。
 彼女の仲間は褌狂い達と対決するため隅田川の川岸に行った。理解しているつもりでも、感覚がついていかないのはどこかで今の状況を否定しているのか。
 それを蒼月に聞くと代書人はこう答えた。
「分からないですぅ。でもぉ‥私は争いはいけないと思うしぃ、奉行所も少しはお目こぼしをしてくれたらいいかなぁみたいな?」
 主体性の欠けた意見である。それでもイザ争いが起きたら、惠は奉行所に駆け込んで取締りの緩和を要請する気だった。どこまで考えての行動かは判断がつきかねるが、彼女なりの選択だ。
「私もただ店番をするだけじゃいけませんね」
「そんなことはないですよぉ。ひなたさんはぁ、掃除も上手だしぃ、褌も綺麗に洗えて素敵ですぅ」
 家事全般をソツなくこなすひなたは若葉屋の古褌の修繕や洗濯を任される事も多い。ちなみに外見ではひなたの方が幼く見えるが、惠より二つ年上の15歳。
「有難うございます。でも‥‥やっぱり、このままだといけないと思うんです」
 戦いが嫌だから、という訳ではない。
 大川に向ったクロウ・ブラッキーノ(ea0176)や暮空銅鑼衛門(ea1467)は確かに変人ではあるが、血生臭い印象とは結びつかない。まして相手が褌狂いと来ては、冗談話のようなものだ。本当はもっと慌ててもいいのだろうが、不思議と緊張感は無かった。
 出掛けにクロウが言った言葉を思い出す。
「マァ‥‥こうなったら若葉屋の宣伝に利用させて貰いまショウ。殺るのはいつでも出来ますし、利用できるモノは何でも利用しますョ」
 暮空の方は愛娘のジュディス・ティラナ(ea4475)と何やら怪しげな必殺技の練習をしていたし、三人ともピクニックに行くような気軽さだった。
「‥‥」
 棚の上から全てを見ていたレディスはクロウの浮かべた邪悪な笑みも暮空が影でこっそり褌をかぶって荒い息を立てていた事も知っていたが、何も言わず沈黙を守った。
「そろそろ、始まってるかなぁ? みんな無事に帰ってきますよぅに‥‥」
 惠は神棚に向き直り、パンパンと両手を叩いた。

●喧嘩依頼
 所で数十人を相手にクロウと暮空はたった2人で行ったのだろうか。
 さにあらず。

「喧嘩の助っ人を集めてほしいと云われたんですが‥‥」
 ギルドの手代は冒険者達を集めて、デュラン・ハイアット(ea0042)が出した依頼を説明する。
「源徳様の武闘大会が催されるこの時期に、街中で刃傷沙汰は穏やかではありません」
 冒険者ギルドは便利屋稼業、頼まれれば無頼同士の喧嘩の助っ人でも立派な仕事。しかし、世間体というものはある。これ以上、町衆にゴロツキ集団と思われるのは避けたい。
「‥‥つまり、どうしろと云うのだ?」
「穏便に、お願いしたいですな」
 手代の無理に冒険者達は笑った。穏便な喧嘩とは面妖である。
「いいだろう。折角江戸に来たのに大会の選に漏れて暇を持て余しておったのだ」
 新嘗祭と夏の事件に対する調伏祈祷を合わせた神事として行われる『霜月武神祭』は、多くの武芸自慢が集まった。大会の定員は決まっていたからあぶれた者は少なくない。
「それで喧嘩の相手はどんな奴らだ?」
「暴漢が数十人、それから1人、褌を頭巾のように被った滅法腕の立つ男がいるそうです」
「‥‥ちょっと待て」
 淡々と説明する手代に冒険者の1人が待ったをかける。
「今、とんでもない事をサラっと流さなかったか?」

「諸君、よくぞ集まってくれた」
 現場にやってきた7人の冒険者をデュランは笑顔で出迎えた。定員には届かなかったが依頼内容からすれば上出来だろう。
「質問してもいいか。‥‥何で褌頭巾なんだ?」
 当然の疑問を口にする冒険者。
「余計なことは考えなくていい」
 微笑を浮かべて、反論を禁じるデュラン。
「今は歴史の時間ではない、事の経緯も是非も諸君らとは何の関わりも無い。君達の仕事は私を守って、暴徒を叩きのめすことのみだ。では健闘を期待する」
 依頼人というものは冒険者の詮索を嫌うものだ。胸襟を開いて冒険者に全任する依頼人は好奇心をもたない冒険者と同程度には希少。それにしても最初は褌の事を一切告げずに冒険者達を戦わせようと考えていたのだから、デュランも太い男である。
「ミーとジュディスとクロウ殿を合わせて、これで11人。暴徒相手には十分でござるな」
 自信たっぷりに暮空は云った後で、ふと人数が足りない事に気づいた。
 戦装束に身を固めたパラが左右に首をふると離れた場所で群集を相手にクロウが口上を述べている。
「サア、東西東西! 本日ご覧にいれまするは若葉屋十ケツ衆と褌頭巾の大川合戦の一幕デス。いま江戸でナウイやんぐに大流行の若葉屋の褌をキリリと締めた粋なオトコたちの大競演、はじまり、恥まりぃ」
 当事者達にとっては真剣な戦いを見世物にしたクロウの横では、若葉屋かんばんむすめのジュディスがジプシーの踊りを披露していた。
「おてんとさまのおぼしめしぃ〜っ☆ 今日はふんどしぐるいをやっつけるのよーっ☆」
 ジュディスの手には、可愛らしい白やぎ黒やぎのデザートナイフ。
「おお、盛り上がってきたでござるな! やあやあ、我らは世紀末の世に褌に調和をもたらす為に降臨した救世主『若葉屋』でござる! 褌の高価買取、安くて早くて安心営業!!」
 緊張感の欠片も無いが、一体、どんな戦いになるのか‥‥。

●決心
「文吉さん、今頃はみんな川原で戦っているのでしょうか」
 ひなたと文吉は屑屋から買った古褌を一緒に繕っていた。
「そうだなぁ。本当は俺が行かなくちゃいけねえんだけど‥‥頼むから無事に帰ってきてくれよ」
 文吉は川原に行こうか迷っていたが、それはひなた達が止めた。デュラン達の配慮が無駄になる。騒ぎの中心に文吉がいれば奉行所に若葉屋潰しの良い口実を与える事になるし、戦力外は間違いない所だ。
「それなら、文吉さん。私からお願いがあります」
 針を動かす手を止めて、真剣な表情で文吉に向き直るひなた。
「この前の答えを、今ここで聞かせてください」
「こ、この前の?」
 いきなり振られて、戸惑う文吉。
「はい。渓おねえちゃんも、クロウおじちゃんも、どっちも正しいですよ。迷うのも分かります。でも文吉さんは文吉さん、自分自身の考えをハッキリ示さないとダメです」
 痛いところをつく。
「このままだと、どっちつかずで空中分解です。もちろん‥‥お奉行様と、闇商人さん、どちらにも良い顔する選択肢もあります。が、商売としての基礎体力が無いのは事実ですよ? 対等に渡り合えるだけの胆力が、文吉さんにはまだ備わってないです」
 グサグサっと言葉の槍が突き刺さる。文吉の葛藤は経営者としては普通だが、悩んでいても誰も助けてくれないのも事実だ。
「ごめんなさい、厳しい事かもしれないけど‥‥。今まで関わった、みんなの努力や好意を無駄にしないで下さい」
 文吉の返答や如何に?

●戦闘開始
「なんなんだ、この騒ぎは?」
 河原にやってきた褌狂い達は野次馬の多さに戦慄した。彼らにしてもこれがギルドの罠である、くらいは薄々気づいてたが、止まる事が出来ずに来てしまった。しかし、まさか見世物にされるとは思わない。
「私のフィールドへようこそ。雑魚の諸君!」
 空き地の真ん中にデュランが腕を組んで堂々と立っている。豪華なマントが風ではためき、完全に活劇のノリだ。
「やはり戦わねばならぬでござるか‥‥」
 傍らには日本刀を握る暮空。何故か暮空はマスクのように褌を着けていた。
「ふんどしかめんさぁ〜んっ!」
 その後ろでジュディスが黄色い声援をおくる。ちなみにクロウは群集と一緒に団子を食っていた。
「畜生ぅ、俺達を馬鹿にしやがって‥‥お前達だって変態じゃないか!」
 そうかもしれない。ところで褌狂い達にも普段の生活はある。野次馬の視線が痛いのか褌を脱いで覆面代わりに顔に巻きつけた。両陣営の戦闘体制が整い。
「いくぞ!」
「やっちまえ!」
 褌男(褌女)たちの戦いが始まった。

●幕間 褌戦挿入歌『褌戦士』
♪褌 ふるえる褌 それは 哀しみの褌
 荒野を走る 変態の列 黒くゆがんで 真っ赤に燃える
 死にゆく 男たちは 守るべき女たちに
 死にゆく 女たちは 愛する男たちへ
 ナニを残すのか アレを残すのか

(作詞・作曲:暮空銅鑼衛門 歌:若葉屋後援会)

●怪奇、褌頭巾VS褌仮面
「こ、この風は!?」
 デュランを襲った暴徒はウィザードを取り巻く激しい気流の壁に思わず足を止める。
「ふん、間抜けめ」
 ストリュームフィールドで動きの鈍った暴徒をデュランは木刀で打ち据える。デュランの周囲では彼に雇われた7人の冒険者が暴徒を次々と駆逐していた。
(「‥‥勝てるな」)
 デュランは確信した。数に勝る暴徒達が死に物狂いで来ていたなら話は別だが、見世物扱いされた事の怒りは感じるものの覚悟は練れていない。実力で勝る冒険者への怯えが見えた。
 別の場所では褌仮面こと暮空が戦っていた。
「うけよ必殺ハゲフラッシュ!」
 掛け声にあわせてジュディスがライトを放つ。
「ふんどしかめんさんのあですがたはお目めがつぶれちゃうほどまぶしいんだからっ☆」
 暮空の禿頭の上に光球が出現‥‥呆気に取られる暴徒達。
「今でござる、秘剣!空氣崩!」
 ソードボンバーを放つ暮空。‥が、当たらない。
「な、なんとぉー」
 驚愕する暮空をタコ殴りにする暴徒達。
「た、助けてくれ〜!」
 その声に応えるように、白馬に乗った着流しの浪人が現れる。まるで漫画である。
「褌頭巾っ!」
 頭巾のように褌を被った正体不明の武士は、暮空を襲っていた暴徒達をあっという間に蹴散らす。‥‥まあ間違えるのも無理はない。
「な、何故‥‥俺達は味方‥‥ぐはっ」
 哀れである。
「むう‥‥このただならぬ氣、貴殿は褌の暗黒面に堕ちた『フンドシスの暗黒卿』でござるか?! 一体、何者でござる?!」
「‥‥」
 暮空の妄言に、褌頭巾は無言。正体を隠したいから頭巾を被るのだから、当然口は固いだろう。
「答えぬでござるか。ならば褌の下の素顔を拝むまで」
 オーラパワーの気を練る暮空。
 勝負は一瞬でついた。
 どさっ。崩れ落ちる暮空。
「おいおい、別格みてぇな強さだぞ」
 デュランの雇った冒険者が息をのむ。多数で囲めば勝てるだろうが、褌頭巾の出現で暴徒達は息を吹き返した。集団戦は心理が物を言う。
「面白い、なかなかやるな褌頭巾! 今日はここまでにしてやろう!」
 デュランは迷わず撤退を決める。気絶した暮空は冒険者に任せて、デュランはリトルフライで空に逃れた。
「に、逃げるのか卑怯者! 降りてきやがれ!」
「私は面白ければそれで良いのだよ。諸君さらばだ!」
 言い切るデュラン。
 こうして、大川の戦いはウヤムヤのうちに幕を下ろした。翌日のソッチ系の情報誌には褌頭巾の活躍が大きく取り上げられたとか無いとか。

●洗濯
 戦いの後、汚れた褌を洗濯する若葉屋の面々。あのあと、河原には放置された褌が何枚も転がっていた。
「今日は文きちさんがふんどしをあらうのっ?」
 目をぱちくりさせ、褌に恋心を抱く文吉の顔を思い浮かべるジュディス。やはり親子か。
「あっそうか(ぽん)、文きちさんのお手てできれいにしようと思ってるのねっ☆」
 何故か顔を赤らめるジュディス。背伸びして、文吉の背中をバンバン叩く。
「だったら『ごはんのおかずよりふんどしが大すきです』っていっちゃいなさいよーっ!」
「うん。俺は決めたんだ。こいつで若葉屋をでかくするんだってな」
 眩しそうに洗ったばかりの褌を見つめる文吉。
 文吉は闇のおーくしょんは開かないと宣言した。
「ふむ、では真っ当な商いに精を出すというのだな?」
「‥‥ああ、やっぱり俺にはお天道様に背くような商売は出来ないと思う。おーくしょんを開きたいって云うなら昼間から堂々とやればいいんだ!」
 目が点になる冒険者達。
「イイ感じに吹っ切れてますネェ‥‥これが若さってヤツですカ?」
 苦笑するクロウ。彼はおーくしょんの開催をソッチの人達に約束していたが、文吉の言葉を聞けば闇商人はどんな顔をするだろうか。

 様々な波乱を放置したまま、次回につづく。