●リプレイ本文
●前略
「忙しくなりますよ」
ニコリともせず真壁契一(ea7367)は言った。
「まず当日の暖房に廃材を集めなくては‥‥商品を載せる盆に布、布は出来るだけ上等な物にしなくてはいけません、古褌など論外です。それから木札を百枚、外国の客には椅子も用意した方がいいですな。それから‥」
説明を聞く文吉達は真壁が永遠に喋り続ける気なのかと思った。ようやく一息置いて、真壁は座ったまま文吉に一歩近づいた。
「何を呆けているのです。これはあなたのおーくしょんでしょう」
「お、おう。分かってるぜ」
「ならば宜しい」
それから真壁の予言通り、風になびく風見鶏のように若葉屋の面々は東奔西走、あれよあれよという間に二日が過ぎる。殺人的な忙しさで若葉屋の面々は「おーくしょん」の準備を整えた。
1月13日。昨年褌狂いと決戦を繰り広げた大川の河原に若葉屋おーくしょんは開かれたのである。
「若葉屋の存亡、この一戦に有りです。皆さん頑張りましょう、おー!」
気合いを入れる美芳野ひなた(ea1856)。今日は冒険時の忍び装束でなく、明るい紅葉色の着物に青の前掛けをつけた店員姿だ。今回専任の接客係はひなただけなので、フロントは彼女がまとめる。雑務全般を押し付けられた感もあるが、花嫁修業で鍛えた少女は張り切っていた。
「小町流花嫁修業の成果、ここで存分に発揮するです!!」
連日の突貫作業にも関わらず、やる気十分だ。彼女の前に接客担当の少女四人が整列した。約一名、少女と呼ぶにはトウがたった武道家が混じっているが。
「おう! 怪しい動きをする奴は片っ端からたたき出してやるぜ」
弱冠二十歳にして筋肉少女の称号を持つ巴渓(ea0167)。襷掛けの巫女装束に錦の褌と、人目をひく傾(かぶ)いた格好をしてきた。
「わかばや娘。もがんばっておーくしょんを成功させるのよっ☆」
ジュディス・ティラナ(ea4475)、柊小桃(ea3511)、蒼月惠(ea4233)の3人は揃いの衣装。褌サラシ巻き、赤袴にそれぞれ違う色の半纏をはおり、袴の後ろにはふさふさ根付が揺れていた。ちなみに『わかばや娘。』とはチンドン屋をした暮空銅鑼衛門(ea1467)が考えた平均年齢11歳のユニット?である。
「では始めましょう」
おーくしょん一日目。
「は〜〜い!!若葉屋だよ〜〜!! 今日は褌のおーくしょんをしたり、褌の入った福袋が売り出されるよ〜〜〜!!! みんなどんどん参加してね!!」
元気な声を張り上げて、小桃は整理券の木札を客に手渡している。隅田川の河原と土手には噂を聞いた町人が見物に来ていて小桃から札を貰っていく。
「さあ、本日の催し物はフンドシファイト! 参加料はたったの一文、見物は無料でござるよ」
河原では暮空が客寄せで行う余興の司会役をしていた。実際に戦うのはジャイアントのフランク騎士ルミリア・ザナックス(ea5298)だ。
「若葉屋も久しぶりだ。クロウ殿の代わりが務まるかはわからぬが、尽力致そう」
ルミリアは錦の褌に外套の軽装。手には竹刀。挑戦者は飛び道具無しの条件で彼女に勝てば全商品割引、更に参加者全員に粗品(古褌)進呈。実質的に参加費はタダだ。
「3人同時でくるが良い」
「よーし」
見物人から喝采が沸く。ルミリアは瞬く間に三人を打ち据えた。ルミリアも打たれているが我慢した。鬼や賊の相手をする事から比べれば何でも無い。
「これを係りの者に見せるのだ。参加賞をくれるからな」
墨と筆を手に、参加者の腕にゲルマン語で「勇者」と書く。上手な字では無いが、意味を聞いた参加者は得意げに見物人に見せている。
「さあ次の勇者は誰だ? 一対一で我に勝てば、先着一名に特別賞品を贈るぞ」
5人同時まで相手にして、見物人が増えた所で賞品の話を切り出した。さすが名うての冒険者だけに暫くは勝負にもならなかったが、徐々に武芸者が参加してきて着流しの中年浪人が神速の体捌きでルミリアを破った。
「お見事! 少し待っててくれ」
賞品は赤褌だった。
「‥‥はて?」
他の古褌よりは小奇麗だが1文の参加料を取るほどのものでも無いと浪人は首を傾げる。
「わ、我が使っていた物だ」
ルミリアが赤面して言う。見物人からドッと歓声があがった。金目のものを期待した浪人は苦笑したが、小判を握り締めたまにあ達が是非譲って欲しいと殺到する。
「盛況ですねぇ。ふう、寒いのにみんな元気ですぅ」
粗品を配っていた蒼月惠は休憩を取り、焚火のそばで暖まっていた。河原だから当然寒い。会場の四隅には廃材を積んで燃やし、暖房にしていた。
「あ、粗品ですかぁ? それならあっちのお姉さんがやってますぅ」
惠が指差した先にはシフールのレディス・フォレストロード(ea5794)が初日の競売の準備を始めていた。ルミリアの褌ファイト参加者が粗品を受け取りに行くと、競売も見ていくよう勧める。
「ほら、お祭りみたいでにぎやかですよ♪」
「へぇ、そう言われたら素通りは出来ねえが‥‥ん?」
見物客がレディスにつられて競売会場を覗くと異様な集団が目に止まる。筵を敷き、お面をかぶった男達が怪しい雰囲気を醸し出していた。
「はぁ? ‥‥お面かけた方から荒い息使いが‥‥? 気のせいですよ♪」
営業スマイル全開で誤魔化すレディス。お面は素性を知られたくない褌まにあの為に彼女が用意したものだ。余計に目立った気がしなくもないが目印代わりにはなった。
「では始めます。まずは‥‥芝の大煎寺の鋼徳和尚(62歳・男)愛用の六尺褌」
しばらくは冗談のような品物が続いた。当局に目を付けられぬよう犯罪紛いの逸品を処分したからだが、存外に高値が付くこともあった。半分は洒落だろう。
「ささ、お受け取りくだされ」
落札された品物は朱塗りの盆に載せて真壁が恭しく渡す。
こうして初日、二日目は無事に過ぎていく。
●幕間 若葉屋娘。新作そんぐ
♪フンドシ フンドシ フンドシ フンドシ
ふんわか どしどし さんにんは フンドシ〜!
一難去ってまた一難 ぶっちゃけありえねぇ!!
褌はいても3人は むちゃくちゃタフだしぃ
若葉屋ピンチを乗り越えるたび 強く近くなるね★
your hundosi! my hundosi!
営業してるんだから 失敗なんてメじゃねぇ!
笑う店に福袋でしょ! 変態だって吹っ飛ぶ〜!
股間の花 咲かせて 思いっきり〜 もっと罵詈爆離!
(作詞・作曲:暮空銅鑼衛門 歌:若葉屋娘。)
●中略
「お客さん、騒ぎは困りますよ?」
「僕はこの褌がほしいだけで‥‥あ、暴力は反対‥‥」
警備の渓とルミリア、他の従業員達の頑張りで褌狂いの起こす揉め事は大きな騒ぎにはならなかった。
「褌屋なんてまともな商売じゃないや」
「どうして? あたしは若葉屋さんの味方よ。だってお坊さんのふんどしが売れたら、いっぱいきふができるんですものっ☆」
褌屋への抗議も中傷にも間断なく起きたが、今のところは何とか対処していた。それもこれも冒険者の力だ。店主の文吉は丁稚のように真壁の後を付いて回るか、或いは。
「地回りの親分が来てるぜ。おい文吉、挨拶‥‥て、何してる?」
文吉は茣蓙の上に突っ伏して動かない。渓は無言で文吉の尻を蹴飛ばした。
「ぐはっ」
河原の土を喰らう文吉。尻を押さえた格好で渓を睨む。
「お前、みんなが働いてるのに店主が居眠りは無いぜ」
「‥‥今行くよ」
三日目になると疲労もピークだ。若葉屋の狭い店内なら余裕のある人数も、河原では慢性的に手が足りない。文吉にはまだ早かったかもしれないが、本人が決めたことだ。
「彼は大丈夫ですか? 何かボロ雑巾のような格好でしたが」
算盤を片手に真壁が裏手に入ってくる。渓の前で、台帳と商品を見比べている。
「あいつも男だ。このくらいの事で弱音は吐かねえさ」
「ふむ――、確かにそうですね」
文吉には学ばなくてはいけない事が沢山ある。志士ながら商家の男である真壁の目からは瞭然だった。
「このまま無事に過ぎてくれたらいいがな」
「‥‥褌頭巾の事ですね」
冒険者達が警戒した仇敵は、おーくしょんに姿を見せていない。
「デュラン殿の策も使わず終いなら、何よりですよ」
渓にどこか騒動を期待する気を感じて真壁はそう言った。察して渓は口端を歪める。
「万が一の時はこの前の依頼で使った技で倒してやろうって、な。決着はつけときてぇじゃねえか」
「それなら果たし状でも書けばどうです? 思うだけでなく手を打ちなさい」
真壁はおーくしょん用の褌を手に出て行った。
渓も見回りに戻った。途端、ひなたと目が合う。
「あ、ちょうど良かった。渓さん、少しこっちを手伝ってください!」
今日が最終日というのでどこも忙しい。ひなたは汗だくで働いていた。
「ジュディちゃんたちが余興に出たから、大変なんですゥ」
「いけね、俺も警備につく事になってんだ。ひなた、お前ぇは俺より家事も得意だし、何とかしてくれ」
恨めしげに渓の背中を見つめて、ひなたは思い出したように声をあげた。
「そう!家事で思い出しました。焚き火の火が商品に燃え移ったら大変です!! 渓さん、舞台のまえに焚火と水桶を見てきてくださいー!」
「おう、火の始末だけには十分注意しなくちゃな」
片手をあげて渓は返事をした。
●後略
「わかばや娘。でぇす☆みんなっ、今日はおーくしょんに来てくれてありがとっ☆」
即席の舞台で若葉屋娘。ことジュディス、小桃、惠の三人が出ていく。
「はぁ〜〜〜い、わかばや娘。(仮)ですっ!」
少女達の姿に、若葉屋の福袋を手にした男達が歓声をあげる。テンションは高い。
「これから若葉屋さんのCMソングを歌いまぁす☆新曲『3人はフンドシ』を歌いまぁすっ☆」
「小桃、そんなに歌上手くないんだよね。でも、一生懸命歌うよ!!」
ジュディスの踊りで、三人の歌声が河原に響いた。正直に言って歌は上手くはない。詰まらなそうな観客はいたが、初めてにしては上出来の部類だろう。
「あたしたちまだまだちっちゃいけど、愛と希望とおてんと様の力でカバーするわねっ☆」
歌に合わせて囃し声を出す客もいた。盛り上がった。
「むむ〜、伴奏を用意するでござった」
側で彼女達を見守る暮空は背負い袋に太鼓があったのを思い出して取り出した。太鼓を叩き出す。
「あの〜、暮空さん。歌に合わせて叩いてください〜。調子が狂いますぅ」
惠に言われて、暮空は顔を真っ赤にして叩いた。腕の無さは如何ともしがたいが必死で叩く。
「いやんパパっ、そんなに見つめたら照れちゃうっ☆」
ジュディスが歌を止めて呪文を唱えると、暮空の頭上に光の球が現れた。光の球に照らされた上気した禿頭に観客から笑いが起こる。
「これはまだ駄目ですよ」
舞台の様子を耳で聞きながら、レディスはおーくしょんの目玉商品の用意をしていた。触ろうとする客が多いので不可視の結界を張る。結界は客を遮断する。だが反応しないですり抜ける者もいて、レディスは褌を掴んだまま身を躱す。
「仕方ないですね」
警備担当は舞台の方に行っていたので、真壁が出て行って客を鎮める。首を振ると、ひなたは一人で接客に追われている。文吉は旦那衆に捕まっていた。手一杯な状況で、事故は起きた。違和感に気づいたのはひなたで、ハッとして駆け出した。
「大変ですっ」
福袋が置かれた場所から赤い炎があがった。急いで水桶を持ってきたひなたが水をかけるが、火の勢いが止まらない。
「おい、火事だっ」
「どけどけぇ!」
火の手があがるのを見た渓が両手に水桶を持って走る。ものがものなだけに火事は一番恐ろしい。商品は焚火とは十分に離したつもりだったが、今日は風が強かった。火の粉が飛んだのか。
「お客を避難させるでござる!」
暮空が言って、三人娘に客の誘導を指示する。客の大半は逃げ始めているが、逆の行動を起こす者もいた。
「おれたちの褌が!!」
いま正に燃えおちようとする褌に手を伸ばす男達。
「ば、馬鹿‥‥早く離れるんだ!」
ルミリアは炎の中に飛び込もうとする男の襟首を後ろから掴んだ。
「いかせてくれっ、早くしないと燃えてしまうじゃないかっ!」
騎士は捕まえた男を大人しくさせようとして、背後の気配に気づいた。振り返る。
「‥‥」
白い布で顔を覆った武士が立っている。
「褌頭巾っ!」
赤い炎に照らされたのは紛れもなく先月真壁を襲った謎の男。ルミリアは動けなかった。今はこの男に関わっている暇は無いが、かといって放置できるほど安全とも思えない。
「助けてくれ、褌頭巾!」
「あと少しで競り落とせる所だったんだ!」
「俺の褌がもえてしまう」
褌狂いたちが褌頭巾に救いを求めて群がった。
「‥‥!」
だが少し様子が違う。褌狂い達は褌頭巾の袴や腕にすがり付いた。まるで彼の動きを止めるように。
「喰らえ、頭巾・ジ・エンド!!」
声は頭上から聞こえた。宙に浮いたデュラン・ハイアット(ea0042)は男の覆面に手を伸ばす。あと数センチで頭巾に手が届く所で、デュランの腕は阻まれた。
「むんっ」
デュランを掴んだ褌頭巾は彼を釣り上げるように投げ飛ばした。受身を取れずに地面を転がったデュランは荒い息を吐き出す。しかし、投げられた拍子にどこか当ったのか、褌頭巾の布が剥がれていた。
「あっ」
慌てて顔を隠す褌頭巾。
「何をしてるのです! 早く火を消してくださいっ!」
凍りつく空気を、ひなたの声が打ち消す。そう、今はもっと大事なことがあった。文吉達は勿論、客の何人かも消火活動に加わっていた。
「秘密裏に進めた策も、ここまでか。おい諸君らもいつまでそうしているのだ。悪いことは言わないから、火事を消すのを手伝いたまえ」
立ち上がって、デュランが言う。褌狂い達はのろのろと彼に従った。
「そういう事だ。また会おう」
そう云って、デュランはどこかで見た事のある男から離れた。
「‥‥」
又五郎は無言でその場を離れた。
つづく。