●リプレイ本文
●協力
「小宮殿にお目にかかりたい」
ジャイアントが二人、町奉行所の門を叩いた。
「‥‥暫し、待たれよ」
志士の不動金剛斎(ea5999)、それに戦士のマグナ・アドミラル(ea4868)だ。二人とも名の知れた冒険者であり、不動の立場もあってか長く待たされる事は無かった。
「本来はこの様な堅苦しい訪問でなく、ゆっくりと酒を酌み交わしたかったのだが」
同心が出てくるなり、不動が相好を崩す。人懐こい男だ。
「先日来ですな。して今日は何用でござるか?」
「それでござる。実は‥‥」
不動が話そうとする先に、マグナが発言した。
「既に聞き及んでいると存ずるが、第二の死人使いが現れた由。我らに出来る事は、方々に協力し、事件解決の情報を入手することと考えだが、聞き入れて貰えるだろうか?」
「ふ‥む」
同心は冒険者達の顔を凝視した。
「では、私の家で話を伺うとしよう」
二人は顔を見合わせた。さて問題はこれからだ。
小宮ともう一人、若い同心が同席した。死人使いに関わる他の同心達は出払っているらしい。
「庚階寺‥‥?」
「いかにも。先日死亡した黒衣の死人使いの最期の言葉だ」
冒険者が黒衣の男と出合った事件の顛末は、最後を除いて同心達の耳にも入っている。それでも冒険者当人から聞いた物ではないし、寺の名を同心達が聞くのは初めてだ。
「何故今になってそんな話をするのか?」
「すまない。わしはジャパンに疎いから、寺の名前とは気づかなかったのだ」
意味の無いうわ言と思っていたとマグナは弁解する。嘘っぱちだが、事実マグナの日本語は下手だ。
「‥という訳でな、俺は当麻は死人使いではなく、死人使いに何らかの理由で追われているのではないかと思っている」
説明をマグナに任せていた不動が己の考えを話す。
「その話が本当であれば調べてみねばならぬな」
同心達もこの話を鵜呑みにはしない。推論に過ぎない話と不動達も承知していて、必要なのは水を向けることだった。
「方々には当麻探索の任務もあろう。それに神職絡みとなれば難しい。どうであろう、我らにその寺の周辺を調べさせては?」
マグナが言う。彼の言った協力とはこの事だ。
「商売をしようというのか?」
「依頼の催促では無い。いつかの名誉挽回の機会を頂きたいだけのこと。それに、我らも死人使いを許せぬ気持ちは貴方達と変わらない」
無報酬の仕事。小宮は少し考えてから若い同心を見た。
「吉田。お主、この者達と庚階寺へ行け。何が出るか見極めて来るのだ」
若い同心の顔は強張ったが、表情を引き締めて頷いた。
「心得ました」
果たして吉と出るか凶と出るか。
●探索
「俺は関係ないよ」
マグナ達とは別々に動いていた月代憐慈(ea2630)はまだ江戸に居た。不動から奉行所の同心と一緒に寺に乗り込む事になったと聞かされて、憐慈は眉を顰める。
「それは良いが、‥‥無関係と言っても私達が寺に行けば知られるぞ?」
騎士のリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)が言う。今回リーゼは憐慈とコンビを組む。
「だが、言い訳は後でどうとでも出来るのではないか?」
おなじく同行するウィザードのウェス・コラド(ea2331)の言葉に、不動は苦笑いした。
「気楽な事を‥‥その弁解役は俺なんだがな」
「キミは武士でここはジャパン。適役だ。他の奴らはもう江戸を離れた。俺達も話を聞かなかったことにすればいい」
「う‥む」
先行して闇目幻十郎(ea0548)と天城烈閃(ea0629)の二人が庚階寺に向っている。今から事情を知らせる事は難しい。
「俺達の目的は新しい情報を引っ張り出すことだ。調べ方は多い方がいいだろう‥‥名案も無い」
そう云って憐慈は視線をそれまで見ていた絵地図に落す。地図は江戸周囲を大まかにあらわしたもので、憐慈は片手の扇子で地図につけた×印をさっきから辿っている。
「街道外れの山寺ね、位置的にも死人使いの本拠には都合が良いのは確かだけど‥‥」
確信は無い。地図をどう読むかは受け手の主観だ。寧ろ誤認の元とも云えるが、物事を見つめ直す一助にはなる。
「不動達のおかげで奉行所の動きが判るなら、それは強い武器になるかな」
地図から読み取れない事の一つに、当麻の逃走ルートがある。町奉行所の追跡者達は横の繋がりと直接手下を放つことで、ある程度当麻の動きを捉えているが、冒険者に聞こえてくるのは噂だけだ。
扇子を閉じて憐慈は立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ俺達も出発するか」
「最近、行方不明者が立て続けに出たって話は無いかい?」
剣術教師の佐上瑞紀(ea2001)は仲間が全員出立したあとも江戸に残っていた。
「もしくは、大量殺戮でもいいんだけどね」
「ちっとも良かない。一体どんなヤバい事件を調べていなさる?」
ギルドの手代は眉を吊り上げた。
「死人の出所をさ」
「ふむ」
手代は煙草盆を己のそばに引き寄せて、煙管に火をつけた。
「探してるのは、どんな死体だ?」
瑞紀は首をふった。倒した死人憑きの身元は今もって不明だ。隅々まで調べた訳ではないが、身元が分かるような所持品はなかった。顔の判別が出来る真新しい死体もあったが人相書き一つで探し出すのは望み薄だ。それに倒した死人憑きは放置して暫く経つ、今からでは無理だろう。
「そうなると、うちで調べるのは無理だな。町奉行所の仕事だ」
「そうね。今から行ってくるわ。どうせ行くつもりだったし」
佐上はその足で町奉行所に行き、同心に話を聞いた。
「はあ」
対応に出た丸顔の同心は呆けた顔を見せた。
「何か?」
「いや失礼。そうですか、死人使いの事件を調べていると。しかし、特に行方知れずの者が増えたとか、そのような報告はありませんね」
動き回る死体が存在する以上、出所も必ず有る。現時点で表に出ていないとしても。可能性を全て潰していけるほど佐上の手は長くは無いが。
「ふぅ‥‥」
冒険者達はそれぞれの推理で動いていた。絞り込んで人数を投入すれば効率的とも思えるが、誰の予測が正しいか分からないうちに可能性を潰すのも恐かった。
「この男を見ませんでしたか?」
それでも、一人で直接当麻を追いかけた志士の山本建一(ea3891)は、徒労感を覚えずにはおれない。
「いや、何をやったんだい。そのひと?」
「人殺し‥‥かな」
山本は単独で当麻の足取りを追跡した。足を棒にして、奉行所の手配書を模写した似顔絵を手に街道を歩いた。茶屋で一休みした山本の目前を赤髪の武士が横切った。
「天螺月さん?」
「ん‥?」
ジャパン最強の侍と噂される天螺月律吏(ea0085)である。実力者揃いの参加者の中でも抜きん出た名声を誇る彼女も、単独行動を取っていた。
「私は芳野殿を探している。何か噂を聞いてはいまいか?」
「いえ。女の一人旅となれば目立つ筈ですが‥‥」
言ってから山本は気づいた。当麻は逃亡者だ、おそらく人の目を避けて行動するだろう。彼を追う芳野が見つからないのも表街道に居ないからと考えれば理解し易い。探すとすれば裏道、山道‥‥目撃者は期待できず、無駄の多い探索行だ。
「では私はこれにて」
山本は茶屋の主に脇道の場所を聞いて、足早に立ち去った。残された律吏は団子を茶で喉の奥に流しながら、これまでの事を考えた。
「ギルドも存外に融通が利かない‥‥」
出立前に彼女はギルドの手代に最近きな臭い噂のある西国の藩は無いかと聞いた。昨年末に源徳家康が江戸に戻って以来、京都以西に関しては色々と噂されていたが、手代は特に無いと素っ気無い。律吏がこの一件に参加している事は承知の筈で、口を閉ざしているのだから始末が悪い。
(余計な事までは詮索するな)
と云いたいのだろう。そもそもギルドは芳野の添え状を見ているのだから、芳野の事も当麻の事も知っていて冒険者に話していないのだ。まさか冒険者を裏切っているとは考え難いが、腹に一物あるのは面白くない。
「芳野殿に会って確かめれば、分かることだ」
冒険者達は当麻は死人使いでは無いと思い始めている。しかし状況証拠だけだ。個人的主観を脇におけば、当麻に疑念が無い訳ではない。
「真実を‥‥知るのは、死人憑きを操る者と芳野殿‥‥」
律吏もここから街道を離れる。すれ違いで、月代達3人が通り抜けていく。
●庚階寺
山寺に到着した3人は先着したはずの闇目と天城を探す手間を惜しんで中へ入った。おそらく馬で来るだろうマグナ達と鉢合わせするのは好ましくなかった。
「仏教に興味がありまして」
珍しい組み合わせに警戒心を見せる寺男に、リーゼがそう告げる。リーゼは泊り込みでじっくり調べるつもりでいたが、現れた壮年の僧侶に向ってウェスは単刀直入に切り出した。
「実は、死人を操り旅人を襲った容疑で捕まえた男がいるんだが‥‥なかなか口の堅い男でね。ようやく吐いたのがこの寺の名だったので、とりあえず来てみたんだが‥‥」
「は‥‥?」
「頭の廻りが悪いな。我々は死人使いの調査に来たのだよ」
ウェスの言葉には社交辞令も無い。穏やかな対面を望む憐慈が割って入った。
「ご住職は今、街道を騒がせている死人使いの話をご存じ無いか?」
「初めてお聞きする。当寺は世間から離れた修行寺ゆえ」
憐慈は頷く。秀円は顔を強張らせて続けた。死人使いとの関連を探られているのだから無理はない。
「当寺に関わりがある筈も無いが‥‥その男、名前は何と?」
「まだ喋りません」
代わりに黒衣の男の特徴を話した。知らないと秀円が云うので、3人は来るのが早過ぎたかと早々に寺を出た。男の口から寺の名前が出たのは醜聞だが、それ以上でもない。
「どう思う?」
「俺達を警戒してたな。臭いと云えば臭いが‥‥」
ひとまず近くの宿場まで戻る。種は蒔いた、あとは彼らがやる。
「‥‥」
天井裏に潜む闇目幻十郎は寺院内を這うように移動した。あの後暫くして部屋を出た秀円を追いかけるが、足音は術で消している。音が外に向ったのを察して一度停止する。もうすぐ湖心の術が切れる筈だ。外で掛け直すのは危険。
(「厄介事はご法度ですからね‥‥」)
天井裏で呪文を唱えるが失敗する。幻十郎が外に出た時には秀円の姿は無かった。
(「どこだ‥‥別棟か?」)
石畳が修行僧たちの住まう別棟に続いている。幻十郎が身を翻した時、山門から微かに人の声が聞こえた。
「今、誰か居ました‥‥」
目を細める吉田。マグナと不動に同行したこの同心はどうやら感覚が鋭い。別棟の影に隠れた闇目の姿は、二人は気づかなかった。
「それより、周辺調査をせず直に乗り込むとはどういう事だ?」
「‥‥何度も話したでしょう。私には時間が無いんです。帰ったら仕事が山積みだ」
言って、吉田は別棟に行きかけた足を本堂に向ける。
迎えに出た寺男に吉田は身分を告げて、住職への面会を求めた。
「それが、和尚さんは先ほどお出かけに‥‥今日は帰られぬかもしれませぬ」
「それなら帰られるまで待たせて頂く」
中年の寺男が困った顔をするので、同心はまた来ると言って引き下がった。
「いやいや、貴方達の言う通りでした。急がば回れですね」
同心は苦笑いを浮かべる。
その頃、別棟に侵入した闇目は抹香の香りに混じって微かな匂いを嗅いでいた。彼でなければ見落としていたかもしれない。
(「これは‥‥まさか」)
空き部屋に舞い降りた闇目は部屋の隅の掛け軸を取り払う。隠し戸から狭い通路に入った途端、疑惑が確信に変わる。暗闇を手探りに進むと下りの階段。
「秀円‥‥正体見たり」
一方、冒険者達が入れ替わり山門をくぐるのを少し離れて観察していた天城烈閃は。
裏から男が一人出て行くのを目撃し、追跡していた。忍び歩きでは忍者も斯くやの技を持つ男だ。危険だが見失わないよう前を行く男との距離を短く取った。やがて男が古いお堂に入ったのを見届ける。
「この中か‥‥」
本職では無いので忍び込むのは躊躇するが、ブレスセンサーでお堂の中に呼吸を感じ、腹を決めて近づく。
中から声が聞こえた。
「‥‥ほう、冒険者が? ‥‥ふふ、それでお前はつけられたか」
破れ障子にまで接近していた天城は己の迂闊を呪った。彼は少し運が悪かったのかもしれない。背中の弓に手を回すが、それより早く障子を破って短刀が飛んだ。
「くっ」
神速の早撃ちで障子越しに声の主を撃つ。撃ちながら、一目散に逃げた。あとは振り返る余裕は無かった。
そして宿場で仲間達を待っていたリーゼ達は、闇目から彼が見たものを聞いた。
「あの寺の地下に男の死体がありました」
「決まりか‥‥」
地下室で灯りを作った彼は腐臭の正体、石壁にもたれ掛かる死体を見た。死後数ヶ月は経過していた。
「まだ続きが‥‥腐臭のする地下で自分は呻き声を聞いた」
しかし、上で物音がして闇目は急いで退散し、確かめることは出来なかった。
「今から乗り込もう!」
刀を掴んでリーゼが立ち上がる。
「この人数で? 止めた方がいい。それより敵は私達が地下の死体に気づいたとは知らない‥‥」
結果としてこの後、天城も合流したものの、運が悪いのかマグナ達とはすれ違ったまま依頼の日にちが過ぎた。
つづく