●リプレイ本文
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依頼を受けたウェス・コラド(ea2331)は、手代の表情を見ながら言った。
「君はこの一連の事件の裏側を、隠したいのか教えたいのかどっちなんだ?」
ギルドの手代は顔色を変えることなく答えた。
「愚痴なら聞きませんよ」
「‥‥回りくどいマネをしないで、最初に芳野が持ってきた『某藩の有力者の添え状』について教えてくれれば助かるんだがね」
「聞き分けの無い事を仰る。依頼人が見せるなと言ったもの、どなたであろうと見せる訳には参りません。その程度の道理を分からないと言われるなら‥‥」
「いや、すまん。無体な事を聞いたな」
ウェスは良い答えを期待してはいなかった。素直に退く。
「それでは、当麻直重を追いかけられるのですな?」
手代の前に集まった冒険者10人。江戸でも有数の実力者揃いの彼らは、奉行所の向った庚階寺には行かず、当麻の追跡を決めていた。
「下手に奉行所とぶつかるのは避けたい所でもあるしな。何より『始まり』は当麻であったわけだし」
英雄とも噂される天螺月律吏(ea0085)が言うと、冒険者達は頷いた。
「左様、役人の目が庚階寺に向いている今こそ、当麻に接近する絶好の機会!」
巨人族の不動金剛斎(ea5999)は武者震いした。ようやく会えると思うと、気が昂った。
「さあ、早くその商人とやらの居場所を教えろ」
掴みかからんばかりの剣幕に、手代は身体を仰け反らせた。
「分かりました、いま教えますから」
「まず十両」
畳の上に月代憐慈(ea2630)が10Gを置くと、四十過ぎのその行商人はへぇと短く息を吐いた。その場には彼の他に、律吏とリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)が同席した。
「これで、あんたが当麻を見たって村の場所を教えて貰おうか」
「へへ、堪えらんねえなあ。ちょいと見た事を話すだけで十両たぁ、今年は春から縁起がいいや」
商人は相好を崩して金を懐を入れると、村の名前と場所を冒険者達に話した。
「確かか? その方、なぜ当麻の顔を知りえていたのだ?」
律吏がそうカマを掛けると、商人は奉行所の手配書を見た事があると言った。それを聞いてリーゼは片膝を立てる。
「奉行所にこの事を話したのか!?」
「は、話しちゃいませんや。こっちは冒険者の皆様が探してると小耳に挟んだもんですからね、お役に立てるんじゃないかと思いまして」
彼らが当麻探しに駆けずり回った事は事実だ。その為に奉行所と険悪になりかけたのだが、お蔭で情報を得られたという事だろうか。
「それなら、場所以外にも何か知らないか? 礼は弾むぞ?」
リーゼが言うと、憐慈はワザとらしく袖を振った。小判の音が鳴る。情報代として、リーゼが仲間達から預かった金だ。
商人はゴクリと唾を飲み込んだ。
「‥‥そういや、連れがいる様子でしたねぇ」
「何っ、当麻は一人ではないのか?」
商人の話では、女連れであったとか。冒険者は詳しい話を聞こうと問い詰めたが、商人が知るのはそこまでだった。
「他人の空似の可能性はあるな。それとも‥‥行けば分かるか」
取り止める気はない。仲間達は身支度を整えていたから、彼らはすぐ江戸を発った。
●戻らぬ道
村まで歩いて約二日。馬も徒歩の者もいたが、逸る心を抑えて歩きの速度に合わせた。その顔ぶれは以下の通り。
“英雄”天螺月律吏、“鬼殺し”リーゼ・ヴォルケイトス、“熊殺し”ウェス・コラド、月代憐慈、闇目幻十郎(ea0548)、“子寅辰忍”阿武隈森(ea2657)、“うっかりサンダー”山本建一(ea3891)、馬籠瑰琿(ea4352)、“暗殺剣士”マグナ・アドミラル(ea4868)、“卯忍”不動金剛斎。
「奉行所だけに任せて良かったんでしょうか?」
山本建一は江戸の向う、庚階寺のある方角を振り返って呟いた。
「仕方がなかろう。わしらが出張って、これ以上奉行所との関係を拗らせてもいかぬしな」
側を歩いていたマグナ・アドミラルが答える。マグナは、庚階寺の一件はいずれ当麻に飛び火すると思い、その前に彼を押さえる事が肝心と考えていた。
「そうですね。ここは意地を見せて貰いましょうか‥‥」
山本が前方に視線を戻すと、浪人の馬籠瑰琿と目があった。瑰琿は江戸を出て以来、しきりに背後を気にしていた。
「そんなに心配せずとも、今のところ“厄介なお客様”は見えませんよ」
微笑んで、闇目幻十郎は言った。
「あたしの杞憂なら、いいんだけどさ」
馬籠は尾行を心配していた。今の所、忍者の闇目はそれらしいモノは感知していない。
「まっ、あたしらは護衛だからねぇ。いざって時も頼りにしてくれていいさ」
そう言って馬籠は徳利をあおった。昼間から酒を飲む姿に仲間達は気を回したが、彼女は少々の酒では動じない酒豪である。
「何事もなく当麻とやらから事情を聞き出せるのが一番なんだがな、俺はどうもそれで終わるとは思えない」
阿武隈森は波乱を予感していた。
「僧兵が八卦も読むのか?」
「勘だ。だが行商人でも知ってる話、俺達だけしか知らないと思う方が変じゃないか?」
物事が都合よく運ばないと知る程には阿武隈は歳と経験を重ねている。そして他の者達も。当麻から話を聞くだけに名うての冒険者10人は多すぎる、殆どは警護が必要と想定しての人員だった。
行商人から教えられた村に着いた一行は、村人の口からすぐに『西国なまりの武士が村外れに泊まっている』ことを知った。
時間も無いので、直接訪ねた。
「まず私に当麻と話をさせて頂けないだろうか?」
道中でリーゼは仲間達にそう切り出していた。まさか10人で話し合いとは行かないから、交渉役を立てる事になる。リーゼと律吏、憐慈、それにウェスの4人に決まる。
「交渉ごとは得意な者に任せよう。わしらは周辺で待機している」
残る6人は出入り口や周辺に散って不測の事態に備えた。
「御免――当麻直重殿は居られるか?」
玄関先で少し迷っていたが、律吏は咳払いをすると家の入口でそう呼ばわった。
冒険者と名乗り、話を聞きたい事を告げる。この場まで来て話を聞きたいとは少し悠長に思えるが、彼らの立ち位置はそうだった。この時の冒険者達は使命感や社会正義に突き動かされている訳ではなかった。当麻に質問はあっても要望はなく、強いて言えば根底に下心は存在したが小さなものだ。
暫く待つと物音がして木戸が開けられた。
「‥‥お入り下さい」
「おや、不思議な所で会うね」
扇で肩を叩きつつ、憐慈は現れた芳野を興味深く観察した。村人の格好をした芳野はその視線を無視して、冒険者達を中へ入れる。
「ふむ。質問は山ほどあったが、聞きたい事が増えたな」
後ろからウェスが声をかける。
「この先に当麻が居るのか? 追う者と追われる者が一つ屋根の下‥‥艶やかな話でも聞かせてくれるのかな?」
「お黙りなさい。貴方達はあの男に会いに来たのでしょう?」
家の中には着流し姿の武士が一人座っていた。四人の中に当麻と話したものは居ないが、憐慈は一度戦いで姿を見ていた。その時とは着ている物が違うので不安だが、恐らく本人だろう。
「俺に話があるそうだが?」
「貴方と腹を割って話し合うために来た。以前の戦闘の件は謝罪する」
リーゼはそう云って武器をその場に置き、当麻に近づいた。憐慈と律吏もそれに倣う。ウェスはウィザードだから最初から丸腰だ。
「話し合い? ‥‥分からんな、目的は何だ?」
当然の質問だったが、答え方は難しい。リーゼが答えた。
「死人使いを滅ぼすために、貴方の知っている事を教えてほしい」
「それが本当だという証しは?」
当麻の口調は冷たい。
「心配せずとも、奉行所はもう君を追ってはいない。今頃は庚階寺に出かけているだろう」
ウェスが言った。まだ疑いの目を向ける当麻に、焦れたように律吏が前に出る。
「お主‥‥以前、奉行所の面々に囲まれていたところを、我らの仲間――烈閃に救われているだろう? 彼は今京都だが、その彼の恩義に報い、彼の同志である我等に一つくらい答えを与えてもよいのではないか?」
友の功に頼る事に忸怩たるものを感じつつ、律吏は続けた。
「話してくれるならここに居る間の身の安全を我らが保障しよう。話さぬというなら、是非も無い」
「あの時の若武者の仲間か‥‥」
当麻は何かを考える顔をしたが、後で思えばこの時に道は決したのかもしれない。
「良かろう。何を聞きたいというのだ?」
まず一番聞きたかった事は本人を目の前にしては躊躇があった。
「康階寺という名前に聞き覚えはないか?」
「知らぬ」
先程、ウェスがカマをかけた時も当麻の表情は変わらなかった。他に聞き方は考えていないので次の質問をする。
「何故、江戸に来た?」
「理由など無い。たまたま足が向いたのだ」
枝葉の質問はなかなか的に当たらない。単刀直入に聞いた。
「では死人使いに追われている理由も分からないのか、貴方と死人使いにはどんな関係があるんだ?」
当麻は暗い顔をした。国を出てから江戸に至るまでに数度、死人に遭遇したと話す。当麻は旅を急がず、宿場には泊まらずに街道近くの農村の軒先を借りて暫く滞在するのだが、何度か死人に襲われた事があるという。
「死人使いは見たことは?」
「見ていれば切り捨てている」
そうかもしれない。当麻は一度なりと冒険者達の攻撃を凌いだ強者だ。彼は己が死人に魅入られたのだと感じるに至り、いつのまにか奉行所にも追われて潜伏生活を余儀なくされていたらしい。
「それ以外に、追われる覚えは無いのか。例えば、仇と狙われる覚えは?」
月代が聞く。視界の隅に、黙して彼らを眺める芳野の姿がある。それを意識して律吏が横から声を出した。
「ここまで来て迂遠な事は止めだ。単刀直入に聞く、お主は芳野殿の仇なのか。芳野殿に縁のある者を殺めたのか、どうなのだ?」
端的に言って、交渉人は一人である方が話はスムーズだ。それ以外は補助的な役割に徹した方が簡単に済む。それが最良とは限らないが、この話し合いを見るに、冒険者とはお節介な者達なのだと思う。
「奉行所の人達は上手くやっているでしょうか?」
中の様子を気にしつつ、山本は外で見張りの役目をこなしていた。時折、村人達の好奇の視線を感じるが今のところ異変は無い。
「気を抜くな! どこから死人使いは襲ってくるか分からんぞ」
不動は野太刀に手をやって、緊張を崩さない。
「死人相手に神皇様から賜った精霊魔法などおこがましい! 現れたら刀の錆にしてくれるわ!!」
好奇心満載で近づこうと寄ってきた村の子供達が、金剛斎の大声に驚いて走って逃げる。先程から同じ事を何度も繰り返しつつ、徐々に距離が詰まっていた。
「死人使いに、西国の追っ手か‥‥もしや京を騒がす事件と関わりが有るのやも知れんな」
家の周りを巡回するマグナが二人に声をかけた。
「中の様子はどうだ?」
「落ち着いて話をしているようだ。心配は要らぬだろう」
裏は闇目と阿武隈が守っている。死人憑きが相手なら、まず遅れを取ることはない。
「ちょいと話を聞いてきたんだけどねぇ、あの二人、夫婦って事になってるらしいよ」
村を見回っていた瑰琿が戻ってきた。
「夫婦? 聞いてた話と随分違うな」
森は疑問を口にして、仲間達の顔を見た。同様の疑問が誰の顔にもある。
「さあ、本当の所は分からないけどさ。村人達も『わけあり』だって気付いてるようだしさ」
瑰琿が聞いた所では、先に芳野が十分な金を村人に渡して村外れの空き家を借りたらしい。それとなく聞いてみたが死人の影は無かった。
果たしてどんな事情があるのか、警護の冒険者達も目は外に向きながら、気持ちは家の中を見ていた。
「如何にも。俺は朋輩であった芳野殿の兄上を殺し、お国を出奔した。相違ござらん」
当麻の告白に、後ろで聞く芳野は身体を震わせた。目には殺意があり、冒険者がいなければこの場で跳びかかっていただろう。
「本当に?」
「国を出てから、いたずらに諸国を渡り歩き、死人や奉行所に討たれるは恥とこの身を隠していたが、それもお主達の話で過去の事となった。この上はもはや逃げ隠れはせん」
「では‥‥」
当麻は芳野を見て、ついで冒険者達を見た。
「貴殿らにお願いしたき儀がござる」
当麻が頭を下げた。
それは芳野が己を討つ仇討ちに、立ち会ってほしいというものであった。
つづく