はーとぶれいく・参 天女と鬼

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月11日〜06月16日

リプレイ公開日:2005年06月26日

●オープニング

 六月のジャパンはしばらく夏日が続いた。
 京の都は春から続く大和の亡者騒動で今も人々は忙しい。京都守護職の平織虎長と摂政源徳家康の命で侍や浪人、冒険者が次々と大和に入り、帰ってきた者はその悲惨な現状を物語っていた。
 そして検非違使庁に務める大平定惟である。
 この男、絵の天女に惚れて恋煩いとなり、これまでに二度ほど冒険者が出動する事態を起こしている。冒険者の荒療治で回復に向っている様子だったが。
「私に大和に行かせて下さい」
 大平は上司にとんでも無い事を言い出した。
「我らが任務は神皇様がおわす都の治安を守ることである。大和の亡者鎮圧は別の仕事だ」
「いいえ、父祖の代には我ら宣旨を得て畿内の非法、違法を糾して参ったではありませんか。いま、大和が大非違を見過ごして、どうして検非違使を名乗れましょう」
 余りに熱心に言うので気が狂ったかと疑ったが、若い役人や手下達の中にはこれに感じ入る所もあり、ついに上司は大和行きを認めたのだった。
 言いだしっぺの大平を隊長に、若い役人が数人と付き従う下っ端の放免が十数名の大和追捕隊が編成される。任務は亡者出現によって無秩序状態の大和に乗り込んで不法行為を取り締まるというものだが、実際の仕事は隊長に一任されている。
「‥‥姫、いま定惟が助けに参りますぞ」

 冒険者ギルドに大平家の家来、島野冬弥がやって来た。
「どうか若様をお守り下さい」
 頭を床にこすり付けて、島野は冒険者達に大和へ行く主人の護衛を頼んだ。
「いや、お気持ちは分かりますが、大平さんは検非違使の任務で行かれるのでしょう? 役所の仕事に、私達がついていくのもどうかと‥‥」
 大平自身からの依頼なら別だが、そうでなければお節介が過ぎるだろう。
 島野は首を振った。
「任務ならば良いのです‥‥」
 最初は島野も定惟の回復に安堵し、大和行きを上申したと聞いた時も勇ましさに涙を流すほど喜んだのだが。
「違うと?」
 大平の目的は天女探しにあった。何をどう考えたものか、定惟は彼の想い人の天女は大和に居て、彼の助けを待っているのだと信じ込んでいるらしい。
「主人の申すには、検非違使の自分の前に天女が現れたのは、大和の亡者を打ち倒して都の平安を取り戻せとの天啓に間違いないと‥‥」
 先日の冒険者の狂言を大平がそう解釈したのか、それとも誰かが吹き込んだのか。
 ともかく定惟は上司を説得して、大和へ行こうとしている。
「まあ‥‥動機が不純でも、大和で亡者退治に精を出すってなら結構なことじゃないか?」
 事情を知らずに同行させられる検非違使達には同情を禁じえないが。
「もし大和で若様にもしもの事があれば、拙者は御家に顔向けが出来ませぬ。何卒、何卒‥‥若様と一緒に大和へ、行って下さいませ!」
 島野は再び頭を下げた。心配が多い故か、その頭頂部は随分と髪が薄い。
「‥‥」
 さて、どうしたものだろう。

●依頼補足
 追捕隊はひとまず山城と大和の国境付近で(天女の)情報を集める予定です。
 情報を集める辺りの村々は先に行った侍達が死人を退治して安全(らしい)です。
 得られた情報を分析して、大和へ(天女探しに)赴くつもりです。
 島野は冒険者達が彼の依頼を受けてくれるなら、手を回してしもべとして追捕隊に参加できるようにしてくれるそうです。
 また、定惟が天女探しに大和へ入ることが検非違使庁に知れたら只ではすまないので、定惟の護衛以外に、追捕隊の人間に定惟の本当の目的(天女探し)が知られないようにする事も冒険者達の仕事になります。

●今回の参加者

 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7216 奇天烈斎 頃助(46歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9758 ミスティ・フェールディン(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2704 乃木坂 雷電(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天城 烈閃(ea0629)/ 菊川 響(ea0639)/ サントス・ティラナ(eb0764

●リプレイ本文

●追捕隊、奈良へ
 武家の台頭によって新撰組や見回組などが出来る前は検非違使が都と畿内の治安を守る公安組織として絶大な権力を持っていた。
 今も京都の警察力の一翼を担っているのは間違いないが、今回の大和の乱では京都の治安維持に尽力するよう通達がなされ、完全に出る幕が無い。
 内心で検非違使庁の役人達は忸怩たる思いを抱いていた。
「しかし! 定惟殿は違ったのです。今こそ私達が立ち上がる時だとそう仰って、おかみを動かした。誰にでも出来ることではないですよ、凄い人です」
 同行する若い検非違使の目は大平を信頼しきっていた。
「‥‥それほど立派な人物が隊長とは心強いな」
 追捕隊に参加した志士の里見夏沙(ea2700)は若い役人から隊長の大平定惟の話を聞かされて、少々辟易していた。
「所で‥‥定惟殿はしばらく病だったと聞いていますが」
「ええ、定惟殿が色恋に狂われたなどと、根も葉も無い噂を口にする不心得者もおりますが私は信じておりません。きっとあの方は大和の大難にお心を痛めておられたのでしょう」
「‥‥」
 夏沙は熱く語る役人の顔をまともに見れない。
「絵の中の天女を求めて命を捨てかける大馬鹿者よりは、憂国の志士の方がまだ信じられるのでしょう。気持ちは分からなくもないですね」
 話を聞いて山本佳澄(eb1528)は溜息をつく。佳澄は依頼で大平を幾ら知っているが、それでも天女を求めて大和へ向うのを知った時は呆れて二の句が告げなかった。
「恐ろしいまでの行動力、目的を知らなければ尊敬する所です」
「まったくな、その行動力をもっと他の事に使えば、世の中のためになると思うのだが‥‥」
 神聖騎士のミスティ・フェールディン(ea9758)が相槌を打つ。ミスティ達は大和行きの真の目的を知っている。大平家家臣の島野冬弥の手引きで10人もの冒険者が追捕隊に同行したのも、半分は定惟の目的を隠し通すためだ。京都が大変な時期に、何やってんだか。
「付き合う私達も私達だが‥‥これも神の思し召しか‥‥」
 騎士の視線の先では、商人の将門雅(eb1645)が早速擬装工作を始めている。
「大和の亡者のことは知っとるか?」
 雅は、詳しい事は聞かされていない放免達にさも重要そうに話をする。
「定惟様はな、亡者の裏にいてはる天女に扮した物の怪いうのに気付かれて、この乱を解決するために行動してはるのや」
「まさか」
「嘘やない。けど秘密の作戦やさかい、公に話せんのや」
 半信半疑の放免達の様子に、夏沙が雅の話に乗った。
「俺も似たような噂は聞いたぜ。いま大和には美女に化ける怪物が現れているらしい。知恵を持っていて軍隊の前には決して姿を表さないから、俺達に調べて居所を探してほしいって依頼が来たんだ」
 夏沙は学のある男で難しい書物も諳んじたから、さも尤もらしい事を言って追捕隊の面々相手に嘘を広げた。京都を経って一日が過ぎる頃にはどうやら自分達は天女に化けた妖怪を探しに行くらしいと信じる者も出てくる。
 冒険者達は念を入れて、道中では護衛役が定惟の周りを片時も離れずに取り囲み、定惟と他の追捕隊の面々が不用意な会話をしないように監視した。こうして、ひとまずは秘密の漏れることは無かった。
 もう一つ、擬装工作以外に冒険者たちは定惟を説得しなくてはいけなかった。
 国境に着く前に、この青年貴族とは話をつけておかなければいけない。間違っても「私の愛しい姫を探してこい」等と号令されてはたまらないのである。
「太平殿は、天女に会って、どうするですか‥‥」
 ミスティはなるべく普通に聞こえるように尋ねた。
「二人の愛を確かめる」
「人とエルフでさえ、幸せになれない正解で、人と天女では到底無理ではないのではないでしょうか‥‥」
 上手とはいえないジャパン語で、ミスティは己の身上に照らし合わせた意見を述べる。
「わしの愛の前では取るに足らぬ瑣末事だな。我が命より愛しい姫を前にしては天地の理さえ色褪せよう」
「‥‥」
 ミスティは思った。己の両親の心にも、今のこの男のような激情があったのだろうかと。それを考えることは苦い感情をともなった。
 バキっ
 背後から将門雅がミスティの後頭部を強打した。
「‥‥何の真似‥‥です?」
「出番かと思って‥‥まだだった?」
 ミスティの髪が逆立つ。その後、悪鬼の形相で十文字槍を振り回すミスティと必死の形相で逃げる雅の追いかけっこが追捕隊の面々に目撃されている。
「お初にお目にかかる」
 志士の奇天烈斎頃助(ea7216)は大平とは初対面だ。冒険者は皆、曲者揃いだが彼もその1人。
「結社ぐらんどくろす京都屯所の奇天烈斎と申す者也。貴殿の志は非常にご立派、我輩も微力ながら助力する也」
 奇天烈斎は自分を怪人と思っている‥‥変人であることは確かだ。
「結社蔵人黒酢? ‥‥失礼だが御身は志士でありましょう。その結社は、神皇様のお作りになられたものなのですか?」
「秘密也。でも多分そう也」
 定惟はそれ以上、怪人の言に質問しなかった。志士と面倒を起こす事を嫌ったか、それとも冒険者の奇行に慣れてきたのか。ちなみに挙動不審は彼だけでは無い。
「何をしている?」
 定惟はゼルス・ウィンディ(ea1661)の腕を掴んだ。
「あっ」
 エルフのウィザードの華奢な手からスクロールが落ちる。
「‥‥あなたこそ乱暴な。私は、この旅の吉凶を占っていただけです」
 抗議の目を向けるゼルス。定惟は表情を変えず、スクロールとゼルスを見比べる。
「なるほど魔法使い殿、ですが魔法をみだりに使うのは慎まれた方が良い。あらぬ疑いをかけられないとも限りませぬからな」
 定惟とゼルスがにらみ合って動かないのを、陰陽師の須美幸穂(eb2041)は間に入って落ちたスクロールを拾った。書かれていたチャームの魔法であり、幸穂は微笑を浮かべる。
「定惟様、良き徴が現れています。目的成就は間近でございましょう」
「まことか? お前達は適当なことを申して人を惑わす」
「ご冗談を」
 幸穂は恭しい態度でスクロールをゼルスに返し、神妙な顔になって言った。
「定惟様、陰陽の道は万物の理にございます。私心の入る余地など微塵もありませぬ」
「だがそれを為すお前達は人であろう。‥‥まあ良い、天女を探し出すのにその力は役に立つ」
 掴んでいた手が離れて、ゼルスは定惟を見た。
「私達に天女探しをさせるおつもりですか?」
「そのつもりで来たのではないか」
 ゼルスは一瞬言葉に詰まった。居るか分からない天女探しが目的でないのは確かだが、検非違使の集団に冒険者が同行する表向きの理由はそれになるのか。
「それならば申しましょう。天女が姿を隠しているのは、おそらくあなたを知るためです。ここで自分勝手に振舞えば、天女の気を損ねます。今は苦しむ民のために、あなたが検非違使として為すべき事を考えて下さい」
「まさにしかり」

「遺体の焼却?」
「はい。黄泉人に殺された者は死人憑きになると言われてます。それでなくても大和の邪気は高まるばかり、死者が迷わぬように遺体はすぐに焼くべきでしょう」
 神聖騎士のアウル・ファングオル(ea4465)は遺体焼却と、追捕隊の人員を三人一組に分けて行動させることを大平に進言した。
「荼毘葬は仏の教えではありますが、村々の死者を全て焼くとなれば‥‥」
 大平は困惑顔だ。人一人を焼くのは簡単な仕事ではない。
 こんがり焼いても人間のステーキが生きた人を襲うシュールな光景を生むだけだ。それを防ぐなら骨になるまで焼く、一日仕事である。ゆえに仏教徒が大変な熱意で普及に努めても、今のところ一部の富裕層にしか火葬は浸透していない。
「そう言えば、冒険者が一つの村を火葬しようとして山を燃やした噂を聞きましたが‥‥」
「大丈夫、もう失敗はしません」
 何を隠そうアウルは噂の張本人である。さすがの大平も一瞬返答に困った。
「黄泉人に襲われた者は荼毘に付すよう命じましょう。手助けは出来ませんが‥‥」
 亡者の軍勢は襲った村をほぼ全滅させると聞く。火葬が必要なのはむしろ前線の戦士達だが、それは検非違使の裁量の外の話だ。
「少し良ろしいでしょうか」
 続いて白翼寺涼哉(ea9502)と須美幸穂が定惟に話があるといってきた。
「大平殿、如何にして天女をお探しになるのですか?」
 目的地が近づくにつれ、冒険者の焦燥は募った。白翼寺はこの場ではっきりさせるつもりでいる。
「大和には、様々な人間に化ける怪物がいると聞き及びます。大平殿の志は分かりますが、付き従う者の事もご配慮下さいませ」
「それは医者としての見解かな?」
 白翼寺は大平の主治医を自任し、定惟もそれを否定はしない。
「はい。それに、追補隊に万が一の事あれば、天女殿はお嘆きになるでしょう」
「何か天女を見つけ出す目印は無いのでしょうか?」
 涼哉と幸穂に、定惟は心配無用と笑顔で答えた。
「わしが大和の民を救えば、姫はわしの活躍を知って姿を現すに違いあるまい」
(「おいおい‥‥そんな絵物語みたいな」)
 隊長として振舞う大平を見ていて、少しはまともになったかと思っていたが。定惟は少しも変わらない。涼哉は口調は丁寧なままに食い下がった。
「では、どのようにして大和の民をお救いなさるのでしょうか?」
「それは自ずと分かろう。運命がわしを姫の下へ導いてくれる。もうすぐ大和じゃ、おぬし達は天女の兆しを見逃さぬよう確りと働くのだぞ」
 話はそれで終りと冒険者は追い払われた。退出した涼哉は煙管を取り出して火をつける。
「ふー、やってらんねぇ」
 肩の力が抜ける。
「‥‥俺ら、生きていられるかね?」
「ふふ‥‥簡単なことではありませぬか。定惟様も申していました、わたくし達が天女を見つけて差し上げれば良いのです」
 幸穂は予想通りといった顔だ。涼哉は紫煙を吐き出して、空を仰いだ。
「良く分からなくなってきたな。天女ってのは、本当にいるのかね?」
 絵の中の天女が実在するはずは無い。
 それは最初から分かっていた事だが、今は定惟も自分達も天女が居るものとして行動している。それは演技でもあるが、天女の存在を錯覚させた。
「天女の名を騙って定惟を惑わす鬼がいる‥‥そんな想像もしない訳じゃないんだが」
「白翼寺様は鬼にやられておいでですね。尤も、定惟様を惑わす鬼とはわたくし達の事かもしれませぬが‥」
 幸穂は一礼して、その場を離れた。涼哉は煙草をふかしつつ、女はこわいと暢気なことを思っていた。

 もうすぐ大和に着く。
 所が、京都を出立して二日が過ぎても追捕隊は未だに大和に入れないでいた。
「まだ大和につかぬか? 姫が‥‥亡者に虐げられた民が待っておるぞ、急げ」
 馬上の大平定惟は苛立ちを隠さない。
「こっちも急いでいるが、この先は先日の雨で道が埋まっている様子だ。運の悪いことだが、これはまた迂回するしかないな」
 志士の乃木坂雷電(eb2704)は神妙な顔で嘘を吐く。雷電は追捕隊の任務失敗を願っている訳では無かったが、今回は大和入りを遅らせようと時間稼ぎを狙っていた。
「わたくしも、この先から良くない気を感じます」
 幸穂は雷電に合わせた。危険な奈良行きの先延ばしは冒険者に好都合と言えなくも無い。
 定惟は少しでも大和に入りたい様子だったが、国境の山城側の村で調査を行って、一度戻ることになった。
「どういうつもり也か?」
 休憩の時に頃助は幸穂を問質した。
「何の事でしょう?」
「天女が京都に居ると思わせるのは何故也か?」
 幸穂は積極的に情報収集に参加して天女は都へ向ったらしいと言ったり、夜中に天女の幻影を放免に見せたりしていた。
「あれだけ説得して聞かない御仁に現実をわかってもらうには、少々危険でも現実を肌で体験してもらうのがいい也。目が覚めるかもしれない也。多少は辛い経験も人生には必要也よ」
「頃助様、誰も望まぬ苦労はしない方が良ろしいのです。追捕隊の方々が哀れではありませぬか。定惟様やわたくし達の遊びに付き合わせる事もございますまい」
 冒険者個々で見解が分かれる所だ。大平をコントロールして、大和の人々の為になるよう仕向けたいと考えている者もいる。一方で、キツイお灸が必要かと思案している者や、難しい事は考えずに依頼に徹しようとしている者もいる。
「私は、奇天烈斎さんに賛成ですね」
 物陰からゼルスが姿を見せた。腕を怪我しているのを目聡く見つけて頃助が近づくが、ゼルスは苦笑した。
「あ、これは魔法に失敗しただけです」
 ゼルスは敵に不意打ちを受けないようにと違和感を感じた時は不死者を指定してムーンアローを撃っていた。華奢な外見とは裏腹に攻撃性の強い男だ。
「そこまでの覚悟でこの依頼に臨んでいる也か」
 頃助は感動した。いかつい外観に似合わず情に厚い。
「遊びでは無いと思っていますよ。正直に言いますが、私はこの隊を黄泉人の調査に利用するつもりでいます。依頼人の意には沿わないかもしれませんが」
(「込み入ってるな」)
 頃助達の会話をつい立ち聞きをした夏沙は、追捕隊だけでなく冒険者の人間関係もあるのかと苦笑した。
「これくらいの見解の相違は可愛いもんだけどな」
 少し考えて、夏沙は乃木坂に妨害はこれぐらいで止める様に言いに行った。
「俺も、そろそろ限界と思っていた」
「定惟を大和入りさせてみたいと思ってる奴もいるからな」

 国境の村で調査すると、亡者の脅威に曝されている大和の内情が京都よりは実感された。
 黄泉人の軍勢は通常の戦乱や盗賊と違い、金品や食糧でなく人間を襲う為に村を襲う。命の略奪こそが目的だから、襲われた村は地獄絵図だ。国境には逃げ出したものの、行き場を失った難民の姿もあった。
「大和の人々を京都へ逃すことは出来ないのか?」
「大和は大国だからな、人口は京都より多い。大体、領民が逃げることを納得すまい」
 農民にとっては先祖伝来の田畑は命と同等以上だ。たとえ黄泉人に降っても、逃げるよりはマシだと考えるだろう。もう一つ、検非違使たちが懸念しているのは大和の治安の悪化、ことに戦場泥棒の横行だった。国境の村でははっきりとした事は分からないが、大和の武士達はそれぞれの城や砦の防備で広大な領土が無法地帯と化しつつあるのは確かだった。気になる噂もある。
「まことか?」
「天女のように美しい女性だそうです」
 亡者の軍勢に襲われた村人達から、混乱の中でこの世のものとは思えぬ美しい女性の姿を見たという数件の目撃談が寄せられた。


つづく