妖怪荘・四 門の向こう

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月09日〜08月14日

リプレイ公開日:2005年08月17日

●オープニング

 京の都は真ん中を南北に走る朱雀大路を中心に、大きく右京(西側)と左京(東側)に分けられる。
 都の外まで広がる左京の隆盛に比べ、右京は衰退が激しい。近頃では妖怪、魑魅魍魎の怪異に遭遇する事も珍しくない。
 その中に妖怪荘というものがあり。
 元は貴族の某の荘園の一部だったが、ある時に災いがあって管理が行き届かなくなると田畑がいつの間にやら庶民の家となり、次いで盗賊の巣と化した。それが何時頃からか妖怪の目撃談が多くなり、やがて妖怪荘と呼ばれるに至る。
 わずか一町、四十丈四方の間の魔窟である。

「‥‥」
 この前の中間報告では「妖怪の影は無し、捜査続行の必要性在り」と答えた冒険者達だったが、弐の門を抜けた第二区画、通称「弐の門」には死人憑きが居た。
「都の真ん中に、死人憑きの棲む町があるとは‥‥」
 役所の人間は大方、盗賊の巣窟を一斉検挙しようぐらいの気持ちだったろうが、ことは検非違使を通り越して見回組、いや黒虎部隊の領分である。
「まだ分からんだろう。門の所をちょこっと入っただけだしな」
 分かっているのは「弐の門」が彼らを歓迎しなかったという事実。
 これまでの捜査方針で良いのか、考える時だ。

●今回の参加者

 ea1151 御藤 美衣(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1966 物部 義護(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb1516 片桐 弥助(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

佐上 瑞紀(ea2001)/ 守崎 堅護(eb3043

●リプレイ本文

●落し物
「皆さん、これは一体?」
 妖怪荘に入った冒険者らを呼び止めたのは、浪人の江川だった。家族で移り住んだこの浪人者は、これから出かける様子だったが、冒険者達のただならぬ装いに思わず声をかけた。
「良くぞ聞いてくれたのじゃ。僕らはこれから弐の門に遊びに行くのだ」
 はしゃいだ声で云ったのは僧侶の八幡伊佐治(ea2614)。
「しかし‥‥」
 伊佐治に背後に見える冒険者達の格好は普通ではない。鉢巻タスキ掛けの御藤美衣(ea1151)はまだ軽装な方で、烏帽子兜に面頬、純白の武者鎧姿の物部義護(ea1966)、大鎧に盾と大斧を装備した御堂鼎(ea2454)の出で立ちは何とした事か。志士の楠木麻(ea8087)、弓兵のウィルマ・ハートマン(ea8545)は常と変わらないが、返って違和感が際立つ。
「門の向うに攻め込むおつもりか?」
 誰が見てもそうとしか見えないだろうが、片桐弥助(eb1516)は否定する。
「とんでもない。俺があっちに落とし物をしたものだから、これからそれを探しに行こうというのだよ。他で手に入らない代物でね、俺も大事にしていたものなんだ」
 弥助がそう云うと冒険者達が揃って頷いた。
「そうなんじゃよ」
 伊佐治はニンマリと笑う。
「門の向うは危険じゃと云うが、これだけ腕っ節の強いのが居れば心配はいらん。僕ぁ今から何が出てくるか楽しみだ」
 阿呆のように浮かれる伊佐治に、江川は目を丸くした。咳払いをして、ぎこちなく微笑む。
「では、私は皆さんの土産話を楽しみにしましょう」
「おう」
 さて、冒険者達は真っ直ぐに門には向わず中で一端は分かれた。

 物部義護は甲冑を着けたままヌシに会いに行く。赤泥はこの前と変わらず小さなほこらに座していた。
「今度は何だ?」
「言われた通りに弐の門へ行って来た。随分と手痛い歓迎を受けたが、あの者達は一体何者なのだ?」
 単刀直入な義護の問いに、赤泥は煩わしげに首を捻る。
「‥‥何者だと?」
「帝釈天の眷属と言う風体ではなかったな。そう、閻魔の獄卒辺りと言えばまぁソレらしいか。ならば此処におわす閻魔殿とは巷を騒がす黄泉人の類かな」
 義護は赤泥の表情の変化を見逃すまいとした。暑いせいか、それとも完全武装の武者に脅される故かヌシは顔から汗を噴出す。義護も暑い上に鎧が重いが、一度脱ぐとまた着るのが面倒だ。
「黄泉人? ‥‥ふむ、生者だけが生きるとは限らないな。死者も生きることがあるなら、黄泉の人は生きているのか死んでいるのか‥‥」
「訳の分からぬ言葉で煙に巻くのは止めろ。これでも訊く相手は選んでいるつもりだ」
「‥‥話の分からぬ奴と喋るのは得る所が無いな。用事がそれだけならもう帰れ」
 赤泥は義護に背を向けた。
「探したよ」
 同じ頃、御堂鼎は水干少年を見つけていた。
「何用でござりましょう?」
「この間の話だけどね、うちに主君はいないよ。頭ごなしに命令されるなんざまっぴらなんでね、随分遠い昔に出奔したものさね」
 少年が侍を探していると聞いてから、鼎は少し答えを考えていたらしい。
「頼み事なら遠慮なく言いな。引き受けるよ」
 侍でない自分の腕前は、これから証明して見せると鼎は付け加える。
「弐の門の鬼ってやつに会ってくるよ。生きて帰って来れば証拠になるだろうさ」
「肝試しの続きでありましょうや。そのようなこと、われは望みませぬのに」
 表情を曇らせる少年に、鼎は物騒な笑みを見せた。
「それじゃ、うちの気がすまないのさ。つまり、面白ければそれでいいんだよ」

「滅殺ぅ!!」
 一足先に門の前まで来た楠木麻は小さな体に闘志が溢れている。仲間が来ない事には一人で入る訳にも行かないので臍をかんでいる。
「‥‥始まる前から無駄に気合いが入っているじゃないか」
 短弓を担いだウィルマ・ハートマンが近づく。ウィルマは門ではなく横の壁をじっと見ていた。
「当然! 京の真ん中に黒装束の死人たちが潜む理由、キミは気になりませんか?」
 麻は輝く十字架で門を差し、低く唸った。
「僕は、もしかしたらこの件には噂に聞く華国の導師が関係しているかもと思っているのですが‥‥」
「俺の興味は別だなぁ‥‥いや、おかしいぜ此処は」
 早く弐の門に入りたくてウズウズする麻を残し、ウィルマは壁伝いに壱の門の西側に移動する。
 壁で町を四つに区切ったなら、差し詰めこの奥は四の門になる筈だが。
「調査なら、やれそうな事はやっとかないとな‥‥隠し通路でもありそうだが探すのは骨だ」
 鉤縄を投げた。何度か試してウィルマは壁の上に登る。
 入口の無い妖怪荘の南西部。
「さてな、一見しただけでは特に不審も無いが‥‥」
 壁の上から見えるのは、人気の感じられない荒れた家々。所々二階層にまで拡張された壱の門の煩雑だが混沌の気に満ちた光景とは対照的だ。四の門は妖怪荘の外にも良く目にする只の廃地だった。
「‥‥と見えて違うかもしれぬし。下手に降りて、先日と同じ目に遭ってもかなわん」
 そのまま引き返すのも勿体無く思えて、ウィルマは四の門を眺めながら壁の上を暫く歩いた。
 ――何が見える?
 問われて振り向くと、道服姿の老人がウィルマを見ていた。
「ああ、俺の探し人でも見えればマシなんだが、何も‥‥無いな」
「何も無いか。左様、一切空なり。だが情念を刻んで見れば別のものが見えてくる」
「どこの坊主も云う事は変わらんな」
 老人を残して女騎士は門に向う。そろそろ仲間が集まった頃だろう。門に戻ると、名目上の首謀者である片桐弥助が遅れていた。
「金さん、すまないが頼まれてくれないかい」
 弥助は相部屋の遊び人の金次に愛犬を預けていた。西洋の犬種で、ジャパンでは珍しい。
「いってぇ何をやらかそうってんだ?」
「落し物探しさ‥‥それで、もし俺が帰らなかったら、金さんすまねえが助けを呼んでくれねぇか?」
「目鼻の付いた話をしやがれ。じゃねえとこの犬、鍋に化けるぜ?」
「本当に探し物だよ。嘘は云わねぇ」
 言ってない事は沢山あるが。渋々で金次を納得させて弥助は部屋を出た。出掛けに物部と薬売りの部屋を一瞥する。
「‥‥」

●弐の門探索
「偽家族揃って戦装束でお出かけたぁ、とんでもない家族だよ」
 門前で、鼎は薄笑いを浮かべる。
 壱の門は誰かが閉め直していた。
「面倒くさいねぇ。ぶっ壊しちまうかい」
「壊したら、こっちの人達が死人憑きに食われますよ? 穏便にいきましょう」
 麻が弥助を見る。彼は少し渋ったが、一人で門を越えると新しい閂を外して仲間を弐の門に招き入れた。
 前衛は重装備の物部と御堂の二人。その後ろを伊佐治と麻が続き、弥助は最後尾。ウィルマは隊列に加わらず、弓をかついで門の上に登った。
「‥‥来るぞ」
 人間の気配に気付いたのか、半ば朽ちた長屋のあちこちから先日見たのと同じ黒装束達が出てくる。白日の下では生者との違いは魔法で確かめるまでも無かった。
「今回は僕も坊さんするつもりだ」
 伊佐治は胸の前で両手を合わせ、経文を唱えた。刹那、純白の光が彼の身体を包んだかと思うと、合掌する手の先に光球が出現する。
「――さあ、どうじゃ? この中に入って来れるかの」
 光球を掌中に掴んだ伊佐治は、それを掲げて弐の門の小路を無造作に進んだ。
 驚いた事に、黒装束達はその光から逃れるように後退した。初めて見る者も多いが、これが亡者を退けるホーリーライトである。
「俺達の出番が無い、な」
 義護は刀を下ろした。伊佐治の術の効果は広く、亡者達は為す術が無い。その姿に、伊佐治はただの宿六じゃなかったのだと何人かが感心したとかしないとか。
「‥‥はっ、殲滅!」
 楠木は、このまま黒装束を逃しては沽券に関わると駆け出した。走りながら印を結び、正面の黒装束に重力波を叩きつける。
「うちも行くよ」
 大斧を持ち直して鼎も前に出る。義護も援護の為に付いていく。
「‥‥」
 弥助は伊佐治の側を離れすぎないように注意しながら、荒れた様子の長屋の部屋を見て回った。
 生きた人間の痕跡を探すが、少なくとも一年以上は生きた人間は住んでいない状態に思えた。

「やってるわね。あたいも急がなくちゃ」
 御藤美衣は一人で行動していた。皆が門から入るのを、離れた所で見ていた美衣は壁をよじ登り、単独で弐の門に侵入する。派手な行動をする仲間達の方に死人憑きが集まっているうちに探索を進めようという腹だ。
「‥‥え?」
 長屋の屋根伝いに進もうと思った美衣は先客に気付いた。
「貴様か‥‥久しいな」
 屋根の上に寝転んでいた人影は美衣の方に首を向けると、胡坐をかいて座り直した。
「あんたっ」
「よもやこの場で逢おうとは思わなんだが。ここまで崩れては時間の問題か‥‥」
 以前、山賊退治で倒し損なった僧侶の服がするりと脱げた。大猿に変じた僧は別の屋根に飛び移った。美衣は追ったが徐々に離された。ちょうど近くにはウィルマが居たが、彼女は別の敵と戦っていた。
「‥‥こいつは俺の相手だ」
 ウィルマが対峙した黒装束は何か投擲武器を使っていた。短弓の速射で応戦するが、良い鎧でも着ているのか彼女の攻撃は効いていない。銀の矢も試したが駄目だった。
「割に合わん‥‥」
 舌打ちして、後ろに下がろうとしたウィルマは足を滑らせて屋根から落ちる。すぐ伊佐治達が駆けつけると、黒装束は退いた。

 依頼期間の間、日をあけず弐の門にチャレンジした冒険者達は伊佐治の聖光の御蔭もあり、弐の門にいた二十体ほどの黒装束の死人憑きを殲滅する。生きた人間の住人は居らず、弐の門は何年も無人のようだった。
 そして荒れ果てた弐の門の西側には妖怪荘の北西部に続く門があった。

「その仏像、どうなさったんですか?」
「あっちで見つけたのじゃ」
 弐の門から帰ってきてから蜻蛉の所で寝た伊佐治は弐の門で見つけた金の仏像を眺める。
「‥‥そう云えば、門の向うには宝物があるって以前に噂で聞いたことが‥‥何でも大泥棒の財宝だとか」
「ありがちな話じゃの。まあ、嘘でも僕は楽しければいいんじゃが」
 弐の門を制覇した事で、冒険者達はいっぱしの英雄気取りである。住人達が諸手をあげて歓迎してくれた訳ではないが、死人憑きへの怯えはやはりあったようで、見る目が変わるのを感じた。
 もう一つ。本人は気を付けてはいたのだが、楠木のグラビティキャノンの撃ち過ぎで、弐の門の壁の一部が崩れて妖怪荘の外から中が見えるようになった。
「僕のせいじゃありませんよ。なんか怪しい猿が居たので撃ったら壁が崩れちゃって」
 さて、帰還前に弥助は何気ない口調で右之助に尋ねた。
「右之助さんは、江戸から来なすったかい?」
「いいえ、私は春まで越中に居ましたので、江戸は若い時に一度言ったきりでご無沙汰ですよ」
 柔和な笑顔で答える右之助に、弥助も微笑んだ。
「そうかい。それなら‥‥俺の早合点だな」


つづく