ぐらでぃえーたー・五【黄泉人討伐】合戦

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 94 C

参加人数:12人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月15日〜09月21日

リプレイ公開日:2005年10月02日

●オープニング

「もう一度亡者達と戦う機会を貰えないか? あの時から俺が腕を上げたのは今回で証明した。今度こそ後れは取らない」
 殺し合いの果てに冒険者が残した言葉。
 武闘会を催した白川は冒険者が立ち去った後、死闘の行われた庭を見て呟く。
「‥‥よくぞ申した。死を厭わぬ勇者の言、この白川も心打たれたぞ。そち達の望み、叶えてつかわす」
 その時、白川の顔には何の表情も浮かんでいなかった。

「という次第での、御坊はその道には明るい。お知恵を拝借したいのだがな」
 白川は屋敷に僧侶紫円を呼んだ。大和の一件以来、この僧侶を遠ざけていたのに口調は随分と丁寧だ。
「亡者と戦う道ですか‥‥左様な志しをお持ちならば、打って付けの場がございますな」
 紫円は白川に見込まれた通り、大和戦の事を良く知っていた。この時には平織の討伐軍が苦戦している話は京都でも知られていたが、それ以上の事となると事情通しか知らない。
「宇陀の村々が黄泉人に襲われて、多くの者が死人憑きに変じたと聞きます」
 黄泉の勢力は六月決戦で神皇軍の前に敗退したが、大和南部の村々を襲い、戦力の回復を計っている事は白川も知っていた。自ら体験したのだ。先の大和行きの事を思い出して、身震いする。
「これを撃退するのが宜しかろう」
「撃退じゃと?」
 白川は疑念の声をあげる。冒険者が如何に手錬れであろうと一軍と呼べる数に膨れ上がった死人の群れが相手では勝負にならない筈だ。
「左様。近々、明日香で激しい戦いが起きる。これに宇陀の亡者が加勢すれば少々面倒‥‥平織殿に恩を売っておくのも宜しかろう」
 だが大軍相手に10名程度の冒険者だけでは戦いにならないのも事実。
 紫円は大和の国衆に声をかけると言い、白川も渋々ながら己の家来を同行させる事にした。

「という次第じゃ。お国の大事でもある故、手錬れをご用意下され」
 白川の屋敷から来た使いの武士は、緊張した面持ちだった。
「では、武闘会では無いので?」
「いや亡者の首級を競い、励めとのお言葉じゃ」
 今回は合戦形式。舞台は大和宇陀から石舞台古墳までの一帯。目的は宇陀の亡者軍撃退。
 亡者は村々を屠って死人憑きを増やし、数百と思われる。
 冒険者には知らせを聞いた近在の武士と白川の家来が加勢する。
 最も大きな手柄を立てた者が優勝である。

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea5480 水葉 さくら(25歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8802 パウル・ウォグリウス(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1067 哉生 孤丈(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ 蓁 美鳳(ea7980)/ アルディナル・カーレス(eb2658

●リプレイ本文

●冒険者と足軽
「大和に土地感があり、設計や美術に詳しい者が良いな」
 天城烈閃(ea0629)がそう言うと、白川家から派遣された男は怪訝な顔で閃光の射手と謳われる青年志士を見つめた。
 これから戦に行くのである。普通なら、屈強な兵士を一人でも多く部下にしたいものでは無いか。
「あとの二人は人並みであれば良い」
 余程自信があるのか馬鹿なのであろうと思った。
「承知しました。大和の出身で大工の修行をした男が居ります。その者を天城様の小隊に入れましょう」
 もっと無理を言われると思っていた男は天城の希望通りの人選を約束し、天城が頼んだ荷車も手配した。
 日頃主人が言っている通り、冒険者とは変わった者達だと思いながら次の冒険者の希望を聞きに行く。今日中に全ての用意を整えなければならないから大変である。
「皆の得物の用意は万全でしょうか?」
 馬に武器を運ばせて現れた山王牙(ea1774)は、己の事より仲間達や足軽の装備を気にしていた。
「足軽達の具足は私が承知しております」
「結構です。黄泉人に対抗するには魔法の武器が不可欠、この武器と盾はその為の用意。盾の兵法を教えたいので、私の足軽をすぐ呼んで頂けますか」
 山王は高価な魔剣や装備を惜しげもなく貸し出した。彼だけでは無い。
 マグナ・アドミラル(ea4868)はなんと自分の部下でない者にまで、所蔵の魔法刀を貸与している。冒険者は金持ちだと白川家の男は感心した。
「ぶ、部下さん‥‥ですか?」
「‥‥はい」
 冒険者と言えば命知らずの荒くれ者のイメージだが、目の前に立つ少女、水葉さくら(ea5480)は真逆の存在だ。身長は五尺に足りず、体は華奢で腕などは使いの男より細い。これで京都で指折り数えられる実力者の志士であるという。
「という事は、わ、私は上司‥‥になるんでしょうか‥‥?」
 自信なさげで戸惑い満々に尋ねる彼女に、男は頭がくらくらした。
「も、勿論です。高名な志士様の傘下に加えて頂ける事を、皆誇りに思っておりますよ」
「えと‥‥な、なにぶんこういう事には不慣れですので、至らない所がほとんどですが、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げるさくらに、男は早くこの場から逃げ去りたい衝動にかられた。
 次に男が訪れたのは白髪の人鬼と恐れられる異国の戦士。
「部下の事は伊佐治殿に聞くがいい。俺に足軽は不要故、部下は伊佐治殿に預ける話をつけてある」
 デュランダル・アウローラ(ea8820)は無表情にそう言った。
「な、何故です?」
 使いの男は疑問をデュランダルにぶつけた。
「相手は大軍でありましょう。一人で戦うのはあまりに危険ではございませぬか?」
「一人では無い。俺にはあれがいる」
 デュランダルは愛馬を示した。幾多の戦場を共に駆けた屈強な戦闘馬だ。
「三名の部下を連れていけば、徒歩では確実に命を落す」
「は、はぁ‥‥」
 男にとっては騎馬の侍が足軽を連れていくことに疑問は感じないが、異国では違うのだろうかと首を捻る。ともあれ今は仕事をこなす事だ。
「伊佐治殿にと申されていたが‥‥あの風変わりな僧侶殿は、どこへ行かれたか?」

「白川殿のご家来衆の中では、誰が一番強いのかのぉ?」
 八幡伊佐治(ea2614)は白川屋敷の女房に手を出して‥もとい、声をかけて聞取り調査を行っていた。
「一番と言ったら、東堂様じゃないかしら」
「あら、松浦様の方がお強いわ」
 女房達は日頃家来衆の品定め‥いや、接する機会が多いだけに良く内情を知っていた。伊佐治は女房達が口にした名前を記憶に止めるだけでなく、女房達にそれとなく「伊佐治の隊が一番」と推薦して貰うよう頼んだ。
「僕ぁ部下を大切にする男だからの。‥‥所で白川殿は相変わらず、人を呼んで戦話を聞いているのか?」
 さりげなく伊佐治が尋ねると、女房達は首を傾げた。そう言えば、最近は客を呼んで戦話を聞く事は少なくなったと。白川は道楽貴族だ。以前から目に余る所もあったが、今の白川はどことなく恐いと。
「ここに居られましたかっ」
 白川家の男は漸く伊佐治を探し出した。女房達を口説いている、やはり破戒坊主なのか。
「おー、僕も探していたのじゃ。希望があるのじゃ」
 伊佐治は女房達に聞いた名前のうち、腕っ節と判断力に優秀と思える者達の名前をずらずらと並べた。
「ははぁ」
 男は伊佐治の顔を無遠慮に観察してから、承りましたと言って立ち去った。

「誰が一番であろう?」
 足軽達は今回の戦で自分達を率いる冒険者達の噂をしていた。
「天城様だろう。あの方の弓は天下一よ」
「此度の敵は死人‥‥弓では厳しい。マグナ殿の斬馬刀を見たか? 滅多に見られぬ業物ぞ」
 今回の冒険者はともかく名前が大きい。有名だから優秀とは限らないが興味は湧いた。最古参の足軽がポツリと呟いた。
「わしはファング・ダイモス(ea7482)殿と思う」
「あの異国の巨人か? 確かに尋常の戦士には見えなんだが‥‥」
 ファング・ダイモスはノルマン、イギリスでは名の売れた猛者だが、このジャパンでは無名に等しい。しかし、古びた者の目には才気が見えたのか。
「力も実績も一度の戦で崩れるものじゃ。自分の目で見て、この御仁ならと思う者に付いていくのが一番じゃな」
「おお、言うまでも無きことよ」
 足軽達は頷きあった。結局は己で納得できない主人の下では働きも鈍くなる。
「オラース・カノーヴァ(ea3486)殿はどうじゃ?」
「優しい方だ。我らが同郷の者を斬る運命を思って下さる」
 彼らがこれから立ち向かう亡者軍とは、生きている間は大和の民だった。死んだ後も敵に使われる無惨な宿業を、オラースは気にかける発言をしていた。
「大和は地獄。まるで、この世の終わりを見るようではないか‥‥いつまでこんな事が続くのであろう」
 黄泉人が現れてから半年が経った。畿内、特に大和の被害は深刻である。恐らく戦いが終わっても、復興までは長く時間がかかるだろう。
「パウル殿はどうであろう?」
 場が沈んだので別の足軽が話題を変えた。パウル・ウォグリウス(ea8802)は京都の武闘大会の常連、白川の依頼にも度々参加している。一番先に名前が挙がっても良さそうなものだったが。
「あの御仁は‥‥分からぬ」
 パウルは先日の依頼で、白川に一度殺された。そのあと復活したが、白川に逆らったパウルが再び依頼を受けたことは白川家の者達を驚かせた。
 また白川様と衝突するのではないか?
 と危惧する足軽達はパウルの下で働くことには二の足を踏んだ。
「俺はパウル殿に白川様の事を聞かれたぞ。あの御仁は白川様の乱行を暴き立てるつもりなのか?」
「国はびざんちと聞いたが、びざんちの侍は皆あのような者か」
「所詮は武者修行の冒険者‥‥我らとは違う」
 近頃の白川の奇行には度が過ぎたものを感じていたが、家来や縁者達は静観した。彼らの口の重さはパウルを閉口させた。
「それでは楠木殿は?」
「女志士殿か‥‥うーむ」
 楠木麻(ea8087)は白川の最初の依頼から参加している。地系精霊魔法の使い手で、実力は高い。
 家来衆もその実力は知っているが、受けはいまいち低い。同僚や部下なら歓迎するが、上司に担ぐには不安がある、そんな評価だった。
「何故!? ボクは頼りないとでも? 外見なんて飾りです! 名誉挽回、汚名返上するためにボクは臥薪嘗胆、切磋琢磨してきたんです!」
 麻は張り切っていた。見た目のやる気なら一番だろう。楠木はヒーリングポーション、リカバーポーションを二本ずつ支給と聞いて足軽が三人名乗りを上げた。
「‥‥待て、楠木殿は宇陀の郷士をと希望を出されているのだが」
「我らは生まれも育ちも宇陀でござる」
「嘘を申せ。お前、美濃に母がいると話していたでは無いか?」
「いやいや、そこもとには話して無かったが、美濃の前は宇陀でござる。お疑いなさるなら調べて貰うても良いが、はやく決めねば白川様に何と言われるかな?」
 それを言われると辛い。兵に余裕がある筈もなく、割り振りには難渋していた。
「わかった。私の記憶違い、お前達は宇陀の生まれだった」
 男は慌しく編成を決めると、白川にそれを報告した。
「‥‥これが万全か?」
「はっ。冒険者の皆様からも希望を取りまして、適材適所の配置がなったと思いまする」
 平伏して答えると、白川は追及しなかった。実際は必ずしも希望通りではない。哉生孤丈(eb1067)は賄賂を渡して腕の立つ者を勧誘したし、集められた兵達の好みにもかなり左右された。
 だが大筋では大過なく編成が完了したと言って良い。
 この時には追討軍の惨状は京にも聞こえていた。酷い戦である。
 それゆえ編成はもっと難航すると思われたが、依頼を受けた冒険者が音に聞こえた凄腕ばかり、しかも各自が相当の資金を使って部下の待遇を考えたので兵達の受けがすこぶる良い。兵糧、装備は言うに及ばず、マグナ等は足軽の準備金に二百両までの大金を見積もっていた程だった。編成を任された男は最初は内心無理だと思っていたが、予想を超えてすんなりと大和行きの陣容が固まった。
「そうか、ご苦労。‥‥時に、お前は地獄を知っておるか?」
「は? 地獄、でございますか」
 洋の東西を問わず、地獄の概念は古くからある。宗教の専門家でなくても、大雑把なイメージは誰もが持っていた。罪人が死後に落ちて責め苦を味わう場所。
「坊主の言によれば地獄は八つあるそうだ。地獄の苦しみは、話を聞くだけで生者は命を落すそうな」
「地獄とは、そのような恐ろしい所でございますか」
「うむ。‥‥ふふふ、それに比べれば大和は極楽浄土であろう」
 陰鬱な笑みを浮かべる白川に、家来の男は悪寒を覚えた。


●街道
 大和平野の南東に位置する宇陀の山々は古事記、日本書紀にもその名が登場し、飛鳥の頃から朝廷と深い関わりのあった土地だ。現在は伊勢街道が通り、街道筋は西国・京・大阪方面からの伊勢参りの旅人で賑わい、宿場町も多い。
 白川に協力する宇陀の郷士達の話では、黄泉人の跳梁で幾つもの村や宿場が襲われているという。
「‥‥とても、この世のものとは思えぬ有様にござります」
 黄泉人に殺された者はその死後も安らぎはなく、亡者の列に加わる。宇陀で力を付けた亡者の軍は少なくとも数百、或いはそれ以上に膨れ上がっているという。
「戦力差は圧倒的か。‥‥現状を知りたい。俺が部下に大凧で偵察をさせよう」
 天城が言う。
「待って下さい。全ての村人が殺された訳では無いでしょう。生存者の救助をまず考えるべきです」
 山王は攻撃だけでなく、宇陀の村々を救う事を提案した。
「そら志は立派さ。ホントなら俺も一緒に行きたいくらいだ‥‥けどな、この人数で攻撃と救出の二つは欲張りすぎだぜ?」
 諦めろと、素っ気無い口調でオラースは言った。
 手錬れと言っても味方は五十弱、敵は少なめに見積もってもその7、8倍は居る。最初は村人を逃す算段もしていたが、大和に近づくに連れて困難と思えてきた。
「しかし‥‥今も助けが来るのを待つ人々が居るのですよ」
 宇陀だけでも黄泉人の脅威に怯えて孤立する人々は千人を越える。
「我らに出来ることは、ここの死人の本隊を探し出して叩くことだ」
 納得行かない山王牙に、諭すようにマグナが言った。
「しかし、私は!」
 ここに来るまで、作戦は冒険者の間で何度か打ち合わせを行っていた。まず敵の本隊を探し出す事が第一だが、その後は敵本隊を誘い込んで戦力を分断し、亡者を操る黄泉人を叩くのが基本方針。無論、言葉通りに上手く行く保障はどこにも無いが、無策で突っ込むのでは救いが無さ過ぎる。
「‥‥そうだな。諦めるのは良くない、俺達は大和の民を救う為に戦うのだろう?」
 デュランダルが言った。結果的に、人々の救助も作戦に組み込まれる。
「俺は黄泉人を斬ればいいんですね。しかし、どれが黄泉人か分かるでしょうか?」
 黄泉人戦の経験が無いファング・ダイモスの質問に、仲間の視線が伊佐治に集る。
「何故、僕を見る?」
「僧侶だろう。専門家じゃないか?」
「自慢じゃないが、僕ぁ経文もまともに読めたことが無いのじゃ」
 僧侶としての修行の大半をナンパ道を極める事に費やした伊佐治である。ナンパなら達人の域だ。
「‥‥何でお前に神聖魔法が使えるんだ?」
「ほっとけ」
 僧侶を放置して冒険者達のこれまでの体験を総合すると、黄泉人の外見は干からびた死者の姿。しかし、生きた人間そっくりの姿を取る事も出来るという。
「判別法は?」
「桃が苦手と聞きます」
 山王が桃から切り出した木刀を見せて言う。怪しい者にはこの刀を近づけて反応を伺う方法が使えると。戦場では使えないが、その場合は指揮者を探し出して狙うしかないだろう。
「群れの中から黄泉人を探し出すには時間が必要だ。それまでに俺達がやられたら、終わりだ」
 パウルが言う。
「だがな、今回はこの国の一大事を何とかしようって戦だ。俺達が負けたら、後方で戦ってる連中はどうなる? 絶対に負けられない」
 この時点では、彼らも詳細は知らない事だが、すぐ側の石舞台古墳では黄泉人本拠を強襲する決死隊の編成が進んでいた。宇陀の亡者達が石舞台に進軍すれば、追討軍は致命的な打撃を受けて、戦いの決着は少なくとも半年は遅れる事になる。
 冒険者達の自覚より、遥かに重要な戦いだった。
 道楽貴族の遊びが何故こんな事になったかは今の段階では不思議というより無い。
「武者震いしてきたんだねぃ」
 哉生孤丈の体が震えた。冒険者には身分など無いが、敢えて格を言うならば孤丈はこの場の誰と比べても一段は下である。油断すれば走って逃げ出したい衝動に駆られた。
「‥‥俺っちだってやる時はやるんだねぃ。褌ますたーになるまでは意地でも死ぬ訳にはいかないんでねぃ」
 作戦が決まり、本隊に先行して天城・デュランダル・山王の小隊が偵察に向った。


●依頼人
 少し時は戻る。
「白川氏、これは手土産だ」
 マグナはジャイアントの巨体にも関わらず、気配消しの達人である。出立前の晩、忍び足で白川邸に侵入すると眠る家人の間を通って依頼人の寝所に侵入した。
「‥‥呆れたもの。わしの命を奪いに来たのか?」
 横になっていたが眠りが浅かったのか白川は戸口に立ったマグナに気付いてすぐに体を起こした。
 むさ苦しい顔の巨人はニタリと笑うと、持参した掛け軸と珍酒を白川に見せた。
「手土産であると?」
「おう。白川氏と一献交わしに参上した」
「馬鹿な」
 呆れる非常識ぶりに、白川は家人を呼ぶのも忘れている。いやマグナの異名の一つを思い出したのかもしれない。戦士として高名な男だが、その隠行の見事さから暗殺剣士の二つ名もある。
「‥‥わしを殺せと誰に頼まれた‥‥」
「ほう、殺される覚えがあるか?」
「‥‥見逃せ」
 汗びっしょりの白川がそう言うとマグナは無言で近寄り、右手で白川の頬を張った。
「な、何をするか!?」
「白川氏が寝惚けているようであるから、起こして差し上げようとな」
「やはり殺す気か!?」
「まだ寝惚けているか‥」
 パンパンと大きな音を立てて平手を食らわせた。
「ま、待て‥‥望みはなんじゃ?」
「そうであるな」
 マグナは持ってきた酒を杯に注ぐと、それを白川に持たせた。
「では一献」
 笑顔で言われ、白川は気を失った。

 マグナの行動は極端だが、今回白川の身辺を探った冒険者は多い。警鐘を鳴らしたのはパウルだが、それに孤丈、オラース、伊佐治らが共感した。大和へ向う間も、部下達に白川のことを聞く。
「白川殿には以前から前回の様な行いがあったのかねぃ?」
「いやいや、左様な事は無い」
 遊び道楽な主人ではあったが、人を殺したことは初めてではないかと家来は言った。数代前には武士だったというが依頼人の代ではすっかり貴族化して、剣を持つことも殆ど無かった。
 それが冒険者と付き合うようになり、変わった。
「勘違い致すな。我らはこの戦に加われること、喜んでいるのだ」
 京を守るため大和を救うための戦。武士としてこれほどの栄誉は無い。
 別の話も聞けた。以前の依頼で白川は縁者を訪ねて大和へ行ったが、聞けば白川家の出自は大和にあるらしい。京と大和は隣国だから珍しい話ではないが、父祖の地を守りたいという想いを持つ者もいる。

「頼みがあるのじゃ」
 伊佐治は僧侶繋がりと称して紫円に近づいた。中年の黒僧は面白くなさそうに伊佐治に用件を聞いた。
「僕は物を知らん若造じゃから、色々とご教授願いたいのじゃ」
「ふふ、浅ましいな。では問うが、その方は何故この戦に加わった?」
「死人憑きが居たからの。僕はへっぽこだが、魔法を使える。試してみたいと思うのが心情じゃろ?」
 僧侶の神聖魔法は対不死者戦では貴重な戦力となる。
「‥‥遥かな昔、黄泉人を地上から放逐したのは僧の法力と侍の力だったと聞く」
「本当か? 博識じゃの」
「噂話を聞きかじっておるだけよ。亡者には坊主と侍と言うでな。‥‥だが此度は侍は自らの権力争いに明け暮れ、寺院は高見の見物を決め込んでおる。どのような結末となるか楽しみじゃな」
 楽しげに笑う中年僧に、伊佐治は呆れた。
「火宅に平穏などあると思うてか? 救いは待つだけでは来ぬ」
 最後の台詞は伊佐治の<白>に対するものだろう。紫円の<黒>は自他に厳しい修行を求める自力本願。尤も白も黒も考え方は均一でなく、多種多様な僧侶が居てそれでも余程の事が無ければ法力を失う事は無いのが現状だ。
「僕には難しいの。高い位置から物を言うのは苦手でな」
「わしは先に宇陀に行っておる。白川殿にはよろしく言うてくれ」
 紫円は服を脱いで紐付きの袋に入れると、ミミクリーで大鳥に変身して飛び去った。
「便利じゃの‥‥」


●宇陀の戦い 偵察
 偵察の九人は宇陀でまだ亡者に襲われていない村に到着し、話を聞いた。
「死人のことは、わしらは何も知らん。お城に行った者も戻って来ん‥‥見捨てられたんじゃ」
「お城とは?」
 山王が聞くと、足軽の一人が耳打ちした。
「春日の秋山城でしょう。あの城は‥もう落ちたと聞いています」
 城とは言っても守兵は数十人の小さな砦だ。亡者の攻めを受けては一溜まりも無かったに違いない。
「お侍様、わしらを助けて下され!」
「では村を捨てて逃げろ。俺達は黄泉人を退治しなくてはならない。護衛は出来ないが、信貴山城まで行けばひとまず安全だ」
 烈閃が言ったが、村人は絶望が顔に出た。
「村を捨てたら生きてはいけぬ。殺されても村は捨てられん‥」
 安全が確保されていたらまた話も変わったろうが、現状は逃げるのも命懸けだ。
「そうか、無理は言わぬ」
 九人はそのまま村を出ようとしたが、十人ばかりの村人が一緒に連れていって欲しいと頼んだ。いつ亡者に襲われるか分からない村には居られないと言う。
「先程も言ったが、俺達は黄泉人退治の‥」
「天城さん、連れていきましょう。私には彼らを見捨てることは出来ません」
 山王は村人を逃す事を主張した。偵察隊は三つの村を回るが、村全体で逃げ出す事に同意した所もあり、都合百二十人程の村人を連れ出す事となる。
「‥‥敵に気付かれた」
 大凧で空から偵察させた烈閃は言う。冒険者達の動きに気付いて宇陀の亡者軍が姿を現した。落城した秋山城の辺りに隠れていた宇陀の亡者軍は約千。殆どが元村人の死人憑きで、強力な不死者は居ないようだが数の暴威を持つ。
「俺は本隊へ知らせる。お前はどうする?」
「私はこの人達を守ります」
 毅然と言い放つ山王に、烈閃の拳が震えた。
「それが無茶だと、分からないお前では無い筈だ」
「俺が囮になろう」
 言ったのは白髪の騎士。
「デュランダル‥」
「俺は生存者は居ないと思っていた。誰もが翼を持って何処にでも行ける訳では無いのにな‥‥俺は騎士だ、助けを求める者を放ってはおけないし、死なせる訳にもいかん」
「馬鹿な、間違いなく死ぬぞ」
「それなら死のう」
 烈閃は本隊に走り、デュランダルは反対方向に駆けた。
「山王殿! 短い間であったが、これにて御免」
 山王の足軽の一人がデュランダルを追いかけた。
「あいつ何と早まった事を、一人では犬死。‥‥山王殿、私も行かせて下され」
 この二人はともに大和出身だった。山王は許す。二人とも死亡した。

「どれほど厚い鎧を纏っても、心までは覆えない。
 俺は弱い。あらゆる面で。
 自分の弱さは自分が一番分っている。
 だが、己の弱さに甘えるつもりはない。‥‥この戦、必ず勝つ」
 デュランダルは不死者の大軍の足を止める為、正面から吶喊した。
 一対千。
 生存は眼中にない。唯一の勝利の為に、騎士の目は敵の大将を探した。

「下がれ!」
 逃げる村人に襲いかかろうとした死人憑きの体が砕け散る。
 山王の刀から放たれた衝撃波だ。
「ここから先へは行かせん。その身、打ち砕かせてもらう」
 山王は残る一人の足軽と奮戦した。しかし、濁流の如き大軍の前では戸板一枚。最後尾の村人が次々と襲われて、阿鼻叫喚の様相を為す。
「だから無茶だと‥‥急げ!」
 烈閃は山間の隘路を選んで荷車で運んだ材木で道を更に狭めていた。仲間と村人を先に通して材木に火をかける計画だ。しかし、村人の数が多く、また死人が既に後方に喰らい付いている。
「ひぃぃっ」
「あ、何をするっ!」
 恐怖にかられた足軽が、村人が辿り着く前に火を放った。
 油をまかれた材木は勢いよく燃え上がる。

「もう火がついちまったのかよ? 段取りが悪いぜ」
 本隊中央のオラースは前方であがった煙に眉をひそめた。
 冒険者達は横に広がる陣形を組み、オラース隊の近くには伊佐治、さくら、孤丈、麻の隊が並んでいる。最も重要な最右翼と左翼は、マグナとファング。そして各隊に太鼓で指示を伝えるパウルは後方の丘の上だ。
「合図はまだかねぃ?」
「前の方、撤退じゃなくて壊走してないか‥‥」
「あの‥‥私‥ストームの準備、します‥‥」
 各隊は合図が無いのを焦れたが、戦況を上から眺めるパウルは判断に迷っていた。
「今出たら早すぎる‥‥が」
 出なければ村人と前方の仲間は全滅だ。どちらにせよ寄せ集め部隊にこれ以上の忍耐は無理と考えて、パウルは「突撃」の合図を叩いた。
「‥‥已むを得ぬな。皆にオーラパワーを」
「コナンのストライクファイター、ファングでる」
 左右のマグナ隊、ファング隊が敵の前衛に突入する。その援護にさくらと麻は魔法の集中砲火を放った。


●宇陀の戦い 死争
「‥‥なんだコレは? 奴ら、まさか自分の村人を盾にしているのか?」
 宇陀の亡者軍を率いる黄泉人は、逃亡する村人を追走して冒険者の罠に嵌った事に気づいた。
「腐った奴らめ。‥‥人間は今も昔も卑怯で己の事しか考えぬ」
 暗闇での数百年、怨念のみを唱え続けた精神は昔の事を酷く曖昧にしか思い出せなくした。
「だが無駄だ。小賢しい人間共め、貴様ら全員黄泉の軍勢に加えてくれるわ!」
 黄泉人は己が作った死人の軍勢に号令をかけた。さすがに数が多すぎて、細かな統制は実質的に不可能だ。全軍で攻撃すれば外側の兵の多くは群れから外れて再集合は難しくなるが仕方無い。
「蹂躙しろ!」
 一千の亡者は途端に自律神経を取り戻し、膨張した。

「世のため人のため黄昏人の野望を打ち砕く姫将軍! この大地の息吹を恐れぬのならかかってこい!」
 楠木麻は本隊中央の隊の中では一番先に敵に接触した。彼女の魔法は敵味方関係ないので、出遅れては魔法が撃てない。亡者相手に啖呵を切ると、十八番のグラビティキャノンを連射した。
「オラオラオラオラオラァー!」
 連射は高速詠唱を使うので魔力の消耗が極端に早い。麻はソルフの実がバリバリ食べながら戦った。
「あの、あの‥‥どこに撃てば‥‥?」
 同じく魔法を使う為に前に出たさくらは目の前の光景に絶句した。逃げ惑う村人とそれを襲う死人の大軍。ストームを使えば村人も巻き込んでしまう。
「さくら様、あそこを狙うのです!」
「は、はい‥‥」
 足軽の助けを借りて、ストームとライトニングサンダーボルトを使い分ける。
「こっちに逃げてくるのじゃ!」
 6人の兵に守られた伊佐治は逃げる村人達を誘導した。迫る死人憑きにホーリーライトをかざすと、効果は絶対ではないが効力はあった。大軍過ぎて、黄泉人の制御を離れている死人も多いようだ。
「よしよし‥‥御仏に感謝じゃの」
 聖光を恐れず踏み込んでくる死人憑きは護衛の六人が対応する。傷ついた者は伊佐治の魔法で回復させた。
「俺の援護は必要ねえみたいだな。じゃ、前の連中を助けてやろ」
 オラースは伊佐治が善戦してるのを見て、隊を前に進めた。デュランダルは行方不明、天城と山王は非常な苦戦をしている。
「ガンガン行くぜ!」
 オラースは重い鬼霧雨を力任せに振るった。一太刀毎に死人が粉砕されるが、それが、まだ生者の面影を色濃く残しているのが堪らない。
「戦士を使うのはまだ分かる、俺達も覚悟はしてる‥‥だが、女子供はねえだろ」
 オラース隊は楠木隊と協力して、天城・山王を救出して後退した。
「デュランダルは?」
「死んだ」

 冒険者はまだ10人生き残ってはいるが天城と山王は重傷か瀕死、足軽達にも深刻な被害が出ていた。
 パウルは「撤退」の合図を出す。撤退と言っても、この場合は撤退戦こそが最初からの目論見だ。笠にかかって追撃する敵を散らし、九死に一生の一撃を掴む。
 だが、果たしてそれは可能か?
 撤退する冒険者の顔に、演技や余裕は全く感じられない。

「俺っちが代わるんだねぃ」
 負傷した麻と交代して孤丈隊が前に出る。孤丈は自分の足軽を振り返った。
「俺っち如きの命令で不満はあるだろうけど、どうか協力して欲しいねぃ」
「何を言われるか! 哉生殿と一緒に戦えるは我らの誇りにござる」
「左様!」
 足軽達は孤丈を評価していた。賄賂で釣った男達である。しかし、良く戦った。
 だが、五十と千である。
 購い難い差がある。
「突撃だ!」
 パウルは最後の太鼓を叩く。その直後、パウルの隊にも雪崩れのように死人が押し寄せて太鼓は破れた。
「待っていたぞ!」
「‥‥行きます!」
 突撃の合図を受けて、左右のマグナ隊、ファング隊が亡者の大軍の中央に向けて駆け出した。麻とさくらは残った魔力で二人の突入路を空ける。
「ぬぉぉぉぉっ!!」
 マグナ隊は立ち塞がる死人にまず盾を装備した足軽が体当たりして動きを止め、それを斬馬刀でマグナが一刀両断にする戦術を取っていた。盾で押さえている足軽に別の死人が襲いかかり、敵の本陣を目前にしてマグナは一人になる。
「グランウェイブ!」
 マグナに群がった死人の体が四散した。肉厚なクレイモアから繰り出される衝撃波、ファングの必殺技だ。
「あと少しです!」
 同じく足軽を失っていたファングはマグナと並んで黄泉人に迫る。
「おのれぇぇぇっ!」
 黄泉人は直衛の死人憑きを繰り出すが、この黄泉人には一つの誤算があった。
 戦力拡大に腐心しすぎて、質の高い死人兵を作る労力を怠ったことだ。
「グランウェイブ!」
 有象無象の死人では幾ら束になろうと、達人の領域を超えた武人を短い距離で抑えることは出来ない。
 衝撃波は元村人の死人共々、亡者軍の本陣を破壊する。黄泉人は空中に逃れたが、口惜しげに二人の戦士を睨みつけるとそのまま後方に飛び去った。

 完全に制御を失った死人憑きの群れは歪み、拡散した。
 この時とばかり、伊佐治はホーリーライトを使って仲間と生き残った村人達を守る。
 しばらくウロウロしていた一部の死人達も聖光の護りが消えないので別の生物を探しに姿を消した。
「‥‥勝ったのか?」
 ボロボロの冒険者達はデュランダルの死体を発見し、他の足軽達の死体と一緒に荷車で運んで京へ帰還した。待ち構えていた白川は冒険者の大勝利を褒め称え、デュランダルの蘇生も行う。
 息を吹き返した騎士に白川は尋ねた。
「どうじゃ、‥‥地獄を見たか?」


つづく