ぶれいくびーと 黒天の弐

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月15日〜06月20日

リプレイ公開日:2005年07月01日

●オープニング

●天神一家
 江戸から歩いて二日の数早の宿では、この町を縄張りとする天神一家で若い女親分と幹部が話していた。
「宿場の争いを鎮めるのが、私らの仕事じゃないのか?」
「親分の仰る通り、喧嘩なんざくだらねぇ。出来る事なら血を見ずに済ませてぇ、こればっかりは出来ねぇ話なんです」
 親分の藍はまだ少女で実権が無い。後見同然だった古い幹部衆が先の喧嘩で引退すると、代わりに入った黒蛇の銀次の抑えがきかなかった。
 銀次は冒険者を雇って宿場内の敵対勢力と戦おうとしたが、前回は様子見で終わった。冒険者の数が揃わなかった事もある。またギルドの冒険者は血を好むと世間で言われたのが影響したのか、冒険者達は銀次に慎重論を唱えるのだった。
 厳しい情勢から考えを改めたのか銀次は攻撃目標としていた赤鬼の冶衛門と青鬼の長佐に和解の条件を突きつける。
「伊三郎と縁を切れば、今後は同じ宿場の人間として共に手を合わせていこう」
 仇と狙う蜥蜴一家の身内が同じ宿場にいる事は、いわば喉元の短剣のようなものだ。話は内々に進めようとしたが。

「長佐の兄貴はいらっしゃいますか」
 使いに走った若衆が青鬼の家を叩くと、そこに蜥蜴一家の男が居合わせていた。
「兄貴の何の用だ?」
「へい。天神の親分の使いで、兄貴に折り入ってお話が‥」
 この若衆は昔から長佐と親しかったので、この状況下で警戒心が薄かった。危険な役目も自分ならと引き受けたのだが、運が無い。
「そうかい。そいつを聞いちゃあ、黙ってる訳にはいかねえや」
 蜥蜴一家の男は使いの若衆を捕まえると、持っていた書付も奪った。この男、元は商家の生まれでチンピラに珍しく、何と字が読める。その場で謀事は露見した。


●蜥蜴一家
 数早の隣、久野米の宿場を縄張りにする蜥蜴一家は隣接する天神一家との関係に手を焼いていた。
 元は蜥蜴の伊三郎から仕掛けた喧嘩だが、一度は手打ちをして和解がなっている。
「天神の若いのにも困ったもんだ」
 敵視する銀次に対して、伊三郎は被害者面をした。
 護衛に雇った冒険者がなかなか面白い面子だったせいもあるのか、渦中の一方である割には動静を見守る態だ。尤も、赤鬼青鬼の二人を橋頭堡に持っている事から伊三郎の真意は明らかで、内心では天神一家の激発を待っているのだという者も少なくない。真意はどうでも良い。
 青鬼に送られた書付を見ると。
「見なかったら、放ってもおけたが。さて‥‥」
 おっつけ冶衛門からも知らせが来るだろうと伊三郎は待ったが、来ない。蜥蜴一家で兄貴分弟分の関係だった冶衛門に限ってよもやは無いと思ったが、朝になって知らせが届いた。
 病に伏していた冶衛門はその晩に息を引き取っていたという。
「‥‥すまねぇな、兄弟‥‥」

 伊三郎は葬儀の為に数早の宿場に行く。
 今回は、そこから始まる。


●依頼
「‥‥」
 集めた冒険者を見回して、年配の手代は何を言うべきか困った顔をした。
 冒険者に対して、いつも機械的に仕事を斡旋するこの男には珍しいことだ。
「銀次さんからの依頼で、護衛を頼みたいとのことです」
 冶衛門の死には早くも色々な噂が飛び交っていた。病死なのだが、世間の噂は想像力が豊かだ。寝返ろうとしたのを逆上した長佐が斬り殺したとか、逆に銀次が謀殺しただのときな臭い。
「無事に、帰ってきてください」
 何事も無いのが一番だが、この場合、冒険者に無限の期待を置くのは筋が違う。
 さて、どうするか。

●今回の参加者

 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5694 高村 綺羅(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea8470 久凪 薙耶(26歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8483 望月 滴(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9700 楠木 礼子(40歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9884 紅 閃花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 何故だろう。
 天神一家の依頼を受けた冒険者は6人、全員が女性であった。
 特に女冒険者を対象とした仕事では無いので、おそらくは偶然なのだが、人の噂になるには格好の偏りである。
「源徳様は京都に行かれて奉行所は頼りにならねぇ、この期に及んで頼れるのは天神に雇われた冒険者の女達だけだ」
「金に物言わせて蜥蜴一家は凄腕の冒険者を雇ったって話だ。黒蛇や天神に雇われてながら蜥蜴に走った連中もいるって言うのに、女だてらに天神一家に忠義立てするたぁ偉いじゃねえか」
「おおよ、蜥蜴一家の冒険者は血も涙もねえ外道揃いって話だぜ」
 噂は尾鰭がつくものだが、中には意図的に流された情報もあるだろう。
 ともあれ、数早の宿場がきな臭いのは衆目の一致する所だ。そこに女6人の助っ人が参じたというだけで、浪花節を連想する者はいた。

「ふーん、ところで天神の先代はどんな親分だったの?」
 高村綺羅(ea5694)は街道をいつもよりノンビリと行き、天神一家の初代熊五郎の事を同業者に聞いた。
「立派な御人だったぜ。熊五郎親分が生きてた頃はこの辺りも平和だったねぇ」
「昔はこの辺りももっと荒れててな、熊五郎は宿場を守って大暴れしたが、源三親分から縄張りを譲られたらピタリと争い事は無くなったんだ」
 話半分に聞いても、悪い親分では無かったらしい。
「そんな人が何で殺されたの?」
「誰の話をしてるんだ。熊五郎は病で死んだんだぜ」
 綺羅は首を傾げる。少し勘違いがあるようだ。整理しよう。
「殺されたのは熊五郎の息子二人だ。こいつらは歳も若ぇしまだ親分と呼べる器じゃなかったんだが」
 熊五郎が病死した時、代貸に猿橋の兵蔵という出来る男が居て後継者と決まっていたが、この兵蔵が貝が好物なのだが食中毒で親分のあとを追うように死んでしまった。
「間抜けな話ね」
「ああ、間抜けだが‥‥その後が大変だ」
 親分と後継者を一辺に失って天神一家は揺れた。その時はまだ誰も藍が親分になるとは思っていなかった。幹部同士でいざこざが続き、隣町にも飛び火して蜥蜴の伊三郎が乗り込んできた。
「伊三郎は昔、源三親分の身内だった人だ。熊五郎が生きてるうちは良かったが、死んで跡目も満足に決められないとなりゃ、欲も出るってもんだ」
 天神の幹部同士、それに伊三郎も絡んで抗争は激化し、人も何人か死んだ。
「熊五郎の息子二人が殺されたのはその時だ」
 暗殺である。息子達は幹部らに立てられて抗争の矢面に立っていた。
 下手人は判明していないが対立する伊三郎の雇った殺し屋の仕業と言われた。このままでは伊三郎に縄張りを奪われると思った幹部達は結託し、伊三郎と手打ちをした。その為には天神一家の跡目を決めなくてはいけない、そこで残った熊五郎の血縁、藍が親分に押し立てられた。
 宿場は平和になったが、この時の幹部衆の判断が今にシコリを残しているとも云える。手打ちに納得しなかった黒蛇の銀次、野火の源六が一家を出て次の抗争の火種となり、今は彼らが幹部衆を引退させて天神一家を動かしている。
「それで、天神の銀次のしようとしていること。正しいと思いますか?」
 綺羅の質問に話を聞いたヤクザの親分は腕を組んだ。
「そいつは銀次が筋を通すかどうかだ。俺達は事情を知ってる、銀次の言い分も伊三郎の言い分も聞いてるから、どっちが正しいとかは言えねえ」
 道に外れた方が悪だ。その点では、一家として手打ちが済んでるのに蜥蜴を敵と公言する銀次の態度は問題がある。心情的には銀次に同情する親分も少なく無いが。
「‥‥誰が悪いのでしょう?」
「そいつは嬢ちゃんが考えな。俺達みてぇのは多かれ少なかれ世間に迷惑をかけてる悪党だ。白か黒かって聞かれたらみんな黒いんだ」
 綺羅は話を聞いた親分に頭を下げた。
「もし事が起きてしまった時は、天神の藍さんを宜しくお願いします」

 数早の宿場。

「やっぱりね」
 銀次が藍と一緒に冶衛門の葬儀に出席すると聞いて、楠木礼子(ea9700)は頷いた。
「ここで真正面から葬式に顔を出すのは、戦術的には危険でも政治的には不可欠の行動よね。侍の世界と博徒の世界も、評判ってものは実際の行動で変化していくものだし」
 納得して、礼子は藍の護衛に付く事にした。
 二人の護衛には礼子の他に浦部椿(ea2011)、久凪薙耶(ea8470)、望月滴(ea8483)の計四人の冒険者がつく。遅れて到着した綺羅は天神一家で留守番。あと1人、敵側の冒険者が最も警戒している紅閃花(ea9884)は例によってどこにいるか分からない。
「‥‥あなたが留守番ですか?」
 薙耶は野火の源六が留守役と聞いて僅かに眉を顰めた。
「俺が留守番じゃいけねぇって面だな」
「いえ、藍様が決められた事なら私も貴方を信用します。どうか藍様の支えとなって頂きたい」
 そう薙耶が言うと、源六は微笑を浮かべた。
「話は終わったのか? では行くぞ」
 外で待っていた浦部椿が薙耶達を呼ぶ。思わず薙耶は尋ねた。
「‥‥浦部様、その姿で葬儀に出られるのですか?」
「変か? 生憎と渡世人の習いには疎いんだが」
 宮侍の浦部椿は自分の格好を見下ろした。旅装束の上に護身羽織、見えないが下着はヤギ印褌。護身羽織はれっきとした戦装束だ、それで葬儀に出れば戦う気満々という事になるだろう。
「ああ、それは失礼をしたな。‥‥刀は差したままで良いか?」
「駄目ですよ。わたくし達は争いに行くのでは無いのです。死者を見送る席にどうして刀が要りましょう?」
「むむ」
 僧侶の望月滴(ea8483)に言われて、椿は少々うろたえた。
「確かに、示現流の教えにも刀は抜くべからずものというが‥‥」
 じーっと滴が椿を見つめている。
「抜かないなら、初めから刀は要らないですよね」
「むむむ」
 結局、椿は羽織を脱ぎ、愛刀も葬儀会場に着いたら預けると約束した。
 にこにこと微笑む滴の視線が次に薙耶に注がれる。
「お断りする。私には藍様をお守りする使命がある」
「聞き分けの無い事を‥‥どこの世界に葬儀の席に薙刀を持ち込む人が居ますか」
 薙耶も武装解除させられた。
 蜥蜴一家に是が非でも藍と銀次の首を狙う者が居れば、確実にで二人の命を取れるだろう。
「何も伊三郎が手を下す必要は無い。誰か生贄を選べばいいこと‥‥くっ」
 薙耶は怖い。裸で死地に飛び込んで余裕を持てるほど、馬鹿でも自信家でも無い。メイドの呪縛を藍の言葉が解いた。
「あたし達の意思を伊三郎に示すいい機会だ。まさか葬式の場で殺しはしないだろう」
「藍様‥‥」
 殺されるならそれまで。もっとも、黙って死ぬほど上品ではないので滴以外の冒険者は短刀を懐に入れていく。

 その頃の久野米。

「あはは、一応警戒してたようだけど‥‥私を捕まえるのは無理ですよ?」
 噂を流していた紅閃花は見回りの博徒に見つかった。追い詰められたふりをしたが、彼女は塀を飛び越えて姿を消す。
「ちきしょう、猿みてぇな野郎だ」
 現場には謎の書付が残されたらしい。この時に久野米で留守番役を引き受けていた冒険者は不良浪人の秋村朱漸と自称名探偵のゲレイ・メージ。もし見つかれば勝ち目は無いので、閃花は早々に久野米を離れた。
「転がる転がる、転がり落ちた‥‥」

 再び数早。

「治衛門を殺っておきながら、よくも顔を出せたもんだぜ」
「あの人は治衛門さんを殺したりしません」
 滴は葬儀の席で銀次を誹謗する者に彼の無実を主張した。事実、蜥蜴一家も銀次が治衛門を殺したとは言ってない。謀殺説はあくまで噂である。
「殺したようなもんじゃねえか。銀次が喧嘩を始めなきゃ、治衛門も養生して長生きできたんだ」
 言い掛かりであろう。それでも滴は説得しようとした。
「銀次さんは話し合いで治めようとしていました。争いを終わらせようとしたのです」
 その銀次は藍の側を離れず、言葉少なめである。蜥蜴一家の面々にも普通に接し、この場での揉め事を避けているようだ。伊三郎には藍が挨拶し、緊張した空気も幾らか和らいだ。
 と、先程からの蜥蜴一家の悪罵に我慢していた薙耶が伊三郎に言った。
「伊三郎様。貴方様も親分ならば、縄張りに敵対者の配下が居る事が、どれ程厄介かお分かりになるはず。それを力ではなく話し合いで解決しようとしたのです。それ程までに攻められる謂れは御座いません」
「謂れはないかい」
 面と向って敵対者呼ばわりをする娘に、伊三郎は目を細めた。
「天神の。私も事を荒げる気は毛頭無いが、若いのに仇だ敵だと言わさせてるのはね。お互いの為にならないんじゃないかね」
 蜥蜴一家の者達の殺気を冒険者は肌に感じた。
 そんなこんながあったが、葬儀は滞りなく済む。

「この分だと、私達が江戸に戻ってから一騒動ありそうだが」
 椿は先程感じた殺気から嫌な予言をする。冒険者はギルドに戻らなくてはならないが、事件は彼らを待ってはくれないものだ。
「バチっとやっておけば良かったか――」
 預けていた霞刀を握り、椿は物騒なことを言った。本心ではないが、漫然と依頼を待つより行動で結果を出したいと思うのは事実だ。
「このままでは伊三郎と喧嘩になるのは目に見えています。銀次は自ら望んで戦をおこそうとしています。貴方は、何を望んでいますか?」
 宿場を出る前に、礼子が藍に本心を尋ねた。
「『平和』や『町の争いをおさめる』などと具体性の無いことは言わないでください。何を理想に掲げ、どう実現するのか、覚悟を決める時です。そうすれば、自然とひとはついてきます。‥‥私も」
 親分の一言が子分達の命を握っている。簡単では無いが、言わずに動くものでもない。藍が答える前に、その場にいた綺羅が違う聞き方をした。
「もし伊三郎から婚姻の話が来たら、貴方はどうする?」
「え?」
 伊三郎と藍は親子ほど歳が違う。だから直接そんな話が来るとは思えないが、恒久的な和平を考えるなら組織の合併話は視野の内だろう。こんがらがった両者の関係を修復する方法としては、全くの荒唐無稽ではない。
「‥‥」
 藍は表面上、今回葬儀が無事に過ごせた礼を述べて、二人の質問には回答を避けた。割と即決の性格を持つ少女には珍しい事だが、最近は悩みも多い。
「藍様、差し出がましい事を言うようですが、胸を張って下さい。自分は間違ってなどいないと。薙耶は信念を持つ方を敬愛いたします」
「有難う。だけど、あたしの心配はいらないよ」
 天神一家の内部は、銀次に呼応して蜥蜴一家と一戦交えようとする急進派と、抗争を回避して宿場の平和を守ろうとする穏健派に分かれつつある。外に蜥蜴の伊三郎という強敵を抱えながら、誰かが危惧したように天神一家は空中分解の危機にあった。
 江戸に戻る冒険者達は、次に来る時は戦いかもしれないと予感した。


 余談。宿場外れの茶屋。
「それで、情報というのは?」
「えーと長持の中にはお金と服と櫛、それに証文があったんだけど」
 証文は闇雲雀の源三が、天神の熊五郎から千両を借りたというものだった。少し探ってみたが良く分からない。
「伊三郎は?」
「全ては銀次次第だな」


つづく