ぶれいくびーと 黒天の参

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 19 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月21日〜07月26日

リプレイ公開日:2005年08月03日

●オープニング

●蜥蜴一家
「親分! 俺はもう我慢する気はねえ。銀次の野郎がそんなに死にてぇってなら俺がこの手で殺してやる」
 目の前で巨人と見紛う大男が激昂するのを、蜥蜴の伊三郎は静かに聞いていた。
「長佐、てめぇ親分になんて口を聞きやがる」
 脇に控えていた幹部は巨漢を睨みつけるが、青鬼の長佐は鼻で笑った。
「黙ってろ、俺はいま親分と話してるんだぜ」
「黙るのはお前だ、長佐。俺の顔に泥を塗る気か?」
「うっ」
 伊三郎に見据えられて長佐は冷や汗を噴出した。長佐は豪気な男だが伊三郎とは年季が違う。それに兄貴分だった赤鬼の冶衛門の死により、数早の宿場で長佐は孤立していた。伊三郎を怒らせる真似は出来ない。
「銀次のことは私も黙っている気はない。なに、悪いようにはならないように出来ている」
 伊三郎はこの時、江戸の大親分、新門の辰五郎に仲介の話を持ち込んでいた。

●天神一家
 先代熊五郎と親交のあった親分が数早の宿を訪れたのは、それから間も無くの事だ。
 世間話をしている時に、ふと表情を変えて話が切り出された。
「ところで会津に私が世話になった親分がいるんだが立派な人物でね。それに若い者を育てるのが趣味みたいな人なんだが、どうだろう。銀次さんを預けてみては」
「小父さん、それはっ」
 天神の藍は顔色を変える。
「悪い話じゃないと思うが。銀次は若い、他所でみっちり修行するのも必要だ」
 言葉は丁寧だが、そんな馬鹿な話は無い。天神一家の最高幹部が、どうして修行に出る必要があるのか。事実上の所払いだ。
「藍親分、良く考えて答えるんだ。この話は私だけじゃない、新門の親分からも頼まれた話なんだよ」
 もしこの話を断れば江戸の大親分を敵に回すという事だ。
 そして一応は流血を望まない調停案ではあった。蜥蜴一家も会津までは銀次を殺しにはいけないし、そんな事をして新門を怒らせては元も子も無い。
「‥‥」

●冒険者ギルド
「それにしても江戸の大親分を動かすとは、藍や銀次には無い伊三郎の政治力かな」
「そう言えば、うちの元締めも若いときは相当やったらしいですな‥‥」
 手代と冒険者が話をしている。
 数早と久野米の抗争は、伊三郎の一手で終息に向う気配だった。
「会津と言えば、那須のある下野より遠いだろ?」
「ちょうど那須の北ですな。行けば三年は戻ってこれないでしょう」
 銀次の居なくなった天神一家の行く末を話したりしていると、そこにちょうど天神一家の若い衆がやってきた。
「お世話になった冒険者の皆さんを呼んで、ささやかな宴会を開きたいと源六の兄貴が」
 野火の源六は銀次の兄貴分の男で、銀次が会津に行くと立場が微妙になる。
「とすると、天神の親分は銀次さんの会津行きを承知されたので?」
「いやそれはまだ‥‥」
 藍はこの頃、考え込む事が多くなったらしい。若い衆達も気持ちは察する故にそっとしているようだ。
「源六の兄貴が言うには、銀次兄貴の会津行きの前に冒険者の皆様にこれまでのお礼を言いたいと」
 銀次と源六が天神一家に復帰するのには冒険者達の尽力が大だった。
「それで、これはあっしの勝手なお願いですが、出来れば皆さんには藍親分と銀次兄ぃを元気づけて貰いてぇんでさ」
 若い衆の話では、銀次は会津行きの話の後も普段どおりの様子だそうだが時折、怖い表情を見せるという。思いつめてやしないかと若い衆は心配していた。
「まあ、喧嘩の話ではないようですし、行って来てもいいんじゃないですか?」
 手代はそう言ったが、さて。

●今回の参加者

 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5694 高村 綺羅(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8470 久凪 薙耶(26歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8483 望月 滴(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9700 楠木 礼子(40歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9884 紅 閃花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●宿場へ
 天神一家の野火の源六が、世話になった冒険者にお礼をしたいと言って誘った宴。
 タダ酒タダ飯、下に置かない歓待を受けて帰りには小判まで包んでくれるのだから、美味しい仕事である。
 さぞかし冒険者達は浮かれていると思いきや、江戸から天神一家のある数早の宿場までの行き道、彼らの顔は今ひとつだった。
「「‥‥」」
 メイドの久凪薙耶(ea8470)、薬屋の高村綺羅(ea5694)、浪人の楠木礼子(ea9700)、宮侍の浦部椿(ea2011)、僧侶の望月滴(ea8483)はいつもの面々。
 今回の依頼を単なる慰労と考えている者は居ない。それだけ、この宴の意味は大きい。
 蜥蜴の伊三郎を仇と狙った黒蛇の銀次の送別会になるのか、それとも江戸の大親分を敵に回した選択をするのか‥‥どちらに転ぶにしろ、和気藹々と楽しむ雰囲気では無い。
「ふふふ」
 唯一人、物見遊山気分は浪人の風斬乱(ea7394)。風斬はこの一件に関わりを持たない。最初から懊悩する理由が無い訳だが‥‥。
「要するに、その銀次とやらにハッパを掛ければ良いのだろう? 任せてくれ」
 と言って手代や天神の若い衆は納得させた。考えている所の分からない青年である。

「私はちょっと寄り道をさせて貰います‥‥」
 高村綺羅は数早に着く前に、皆とは別の道を選んだ。また江戸からここまで、今回も参加している筈の遊女の紅閃花(ea9884)の姿が見えない。諜報を専門とする閃花の単独行動はいつもの事だが。
「此度は少し気にかかるか‥‥我らの行動、天神の行く末に関わるとなればな」
 難しい顔で浦部椿は言ってから、若干表情を和らげた。
「モノは考えようだがな。新門の提案も、悪い方にのみ考えることは無い」
「まぁ、わたくしも同じ事を考えていました」
 嬉しそうに顔を綻ばせたのは望月滴。
 そう、どんな苦境でも現状を肯定し、希望を持つことは出来る。
 皆がそうであるなら、争いは生まれないのかもしれない。


●宴会
 冒険者達が天神一家に到着すると、宴は準備万端整っていた。冒険者が旅の疲れを取って翌日には、天神一家の主だった者が集まり、宴会は盛大に開かれた。
「メイドたる者、あるじと同じ食卓に着くわけには参りません」
 久凪薙耶は宴会の席を固辞した。警護の任につくと言う。
 だが彼女らを招いた野火の源六は承知しない。
「おいおい、誰の為に開いた席だと思ってんだ。料理だってな、お前達の為に近在で一番の料理人を呼んで、腕によりを揮わせたんだぜ」
「ええ、美味しい‥‥いえ、私の為と申されるのでなら、メイドとして務めをどうか全うさせて下さい」
 頑として譲らない薙耶に源六の方が折れた。薙耶が身内なら許さない所だが、客分では強くも言えない。
「宴会の後に、親分と話せる時間を作るぜ。俺らとは話し難いこともあるだろうからな」
「お気遣い痛み入ります。私も藍様にはお聞きしたいことがあります」
 薙耶は薙刀を手に取って宴会席を辞し、警備の若い衆に混じった。

「その胸にしまった言葉、本当にそのままにしていいのか?」
 歓待される謂れの無い風斬は真っ直ぐ銀次の席に向い、言いたい事を言った。
「お客人とは初めてになると思いますが、何でそんな事を聞きなさるので?」
「俺のコトは気にするな。それより周りを良く見ろ銀次、みんなお前が本心を言ってくれるのを待ってる。これが最後の機会かもしれんぞ?」
 初対面で抜け抜けと言い切る風斬。遠慮を母親の胎内に置き忘れたような、冒険者にはこの手合いが多い。
「‥‥お客人、折角の宴の席です。皆楽しい酒をやりてぇんで、筋違いはやめておくんなさい」
「さあ‥筋違いかな。俺はおたくの話をもう少し聞きたいだけだが?」
 食い下がる風斬に、少し場がおかしくなりかけた所に招かざる客がやってきた。

「なんでぇなんでぇ? 門前払いかァ?」
 玄関に現れたのは不良浪人、秋村朱漸。
「アアン? こっちゃあ仲良くやろうってぇのによぉ‥‥随分とまたケツの穴の細ぇやっちゃな、オイ?」
「友好を口になさるなら、礼儀を守ってからにして頂きましょう」
 薙耶が朱漸を制止する。
「悪ぃがこいつは地なんだよ、テメェじゃ話になんねぇ綺羅出せや綺羅オイ!」
「綺羅‥?」
 高村綺羅は宴会の始まる少し前に戻っていた。久野米の宿に伊三郎を訪ねてきたと言って、皆は唖然とさせた。朱漸はその意趣返しか。
「暴れたりはしねえよ」
 強引に通ろうとする朱漸を、椿が止める。
「待て。どうしても入るというなら、刀は預からせてもらうぞ」
 椿はこのような事態を想定して酒は一滴も入れていない。後ろから銀次が天神の若衆と共に出てくる。
「‥‥ここは任せます」
 朱漸の言葉に胸騒ぎを覚えた薙耶は屋敷の反対側に足を向けた。まさかと思うが、高村は伊三郎に会うのに深夜、伊三郎の部屋に潜入しようとした。蜥蜴側も同じ事をしないとは限らない。
 天啓だったのか、薙耶は騒ぎに乗じて部屋に音も無く忍び込もうとした黒装束を発見する。久凪の身体は考える前に黒装束に近づき、薙刀を振るっていた。
 肩を切り裂くが、浅い。相手は大きく跳び退った。黒ずくめで面相は分からないが、その格好と動きに覚えがある。
「‥‥貴方は。‥‥今度は逃しはしません」
 踏み込んで薙刀を振る。が、相手の方が速い。忍者の術か、常人離れしたスピードで黒装束の体は後退した。そのまま庭を横切り、塀を飛び越えて逃走する。
「‥‥」
 薙耶は黒装束が忍び込もうとした部屋を見た。幹部の使っている部屋が並んでいる。
「まったく‥‥」
 宴会は突然の乱入者と曲者の出現で終了した。
 どう考えても蜥蜴一家の仕業なのだが、今現在、天神の首根っこを捕まえたも同然の蜥蜴一家が何を目的に騒擾を企むのか理由が分からない。不気味だった。

「滅茶苦茶だな。伊三郎の下知とは思えんが‥‥」
 椿は肩をすくめる。朱漸は曲者との関係を否定し、罵詈雑言を残して逃げていった。
「私は銀次殿に会津行きを進めるつもりだったのだ。離れてこそ、見える事もあると思ってな」
 しかし、蜥蜴一家が自ら画策した新門の調停案を無視するとなれば、話は五里霧中だ。宴のあと、若い衆から宿場にデュラン・ハイアットも現れたと報告があった。蜥蜴陣営は天神一家を窮鼠とした上で挑発している。
「早く返事をしろ、やる気ならこちらはいつでも受けて立つぞと‥‥そう言う意味でしょうね」
 楠木礼子は冷静に分析した。
「でも伊三郎は熊五郎の残した宿場を守ろうと思っているって。天神を完全に潰すつもりはないって‥‥」
 綺羅は伊三郎本人に会って話を聞いていた。
「この場合、伊三郎の命令のあるなしは関係ありません。世間にどう映るかですから」
 逆に言えば、藍や銀次の命令が無くても天神の若衆が暴発すれば、それも答えになるという事でもある。事態は緊迫している。
 冒険者達は藍と銀次を前に、今後の対応を二人に促していた。
「その前に、お聞きしたいことが」
 薙耶は藍を見た。
「はじめ、藍様は銀次を自身の手で始末すると仰られておりました。しかし、いざとなるとそれを躊躇われる。‥‥結局のところ、藍様は何がしたかったのですか?」
「ふふふ」
 答えたのは藍でなく。
「事情は変わるものですよ。特に女なら二心くらい当然でしょう?」
「‥‥閃花」
 姿を隠していた閃花。今回は実はずっと天神一家の屋敷にいたが、人遁の術を得意とする彼女は味方に対しても神出鬼没だ。
「今まで顔を出さなかった貴女がどうして?」
「もう凄くて‥‥終わりが見えて来た、と言う所ですか」
 閃花は無邪気な笑顔を見せた。

「‥‥そんな」
 滴は貧血を起こして倒れた。滴でなくとも、閃花の話は衝撃だった。
 宴会の後、天神一家では警備を固めていたが、火の手は全く違う所から上がった。引退した旧幹部、五人衆が何者かに暗殺されたのである。五人衆は銀次と源六が引退させた前最高幹部達だから、現在の天神一家とは距離を置いていた。その間隙を突かれた形だが‥。
「‥‥はは」
 風斬の渇いた笑いが耳障りだった。
「少し口を塞いでて」
 礼子に睨まれて風斬は頷く。
「藍さんに聞きます。あなたには二つの道がある。1つはこの天神組を解体する道。もう1つは、あらゆる手を使ってこの組を守る道。どちらを選ぶかは、あなたにしか決められません‥‥」
 その後に考えていた台詞は言い澱んだ。状況の変化が早い。しかも悪い方に。
「それから一つ提案が‥‥今となっては分かりませんが、新門の提案だけは潰せます」
 それは藍が銀次と結婚するで会津行きを拒否する名分を作るというものだ。一種の奇策としては考慮の余地がある。奇策といえば閃花は別の策を銀次に話している。
 口を閉ざす藍に、薙耶は再度言った。
「今がどんな時かお分かりですか‥‥貴女の口はお飾りですか?」
 天神一家の長として、この危急の時に藍には責任がある。年齢などは何の言い訳にもならない。出来ないなら逃げ出せば良いだけの事だ。
 滴は銀次を見た。
「銀次さん、あなたがもっと大きな男になれば、いいようにされたりする事も無いのではないでしょうか?」
 ふらつく手足を動かして滴は立ち上がる。
「それでもお分かりにならないようでしたら、平手打ちでもしてみましょうかしら? 『しっかりしろ、てめぇがしっかりしないから、こんな事になるんだよ!』‥と、私の兄だったら言いそうですねぇ」

 冒険者達は言いたい事を言って、江戸に帰還した。
 帰り道、椿は笑顔で言った。
「人生なるようになる、親戚の口癖だがね」


さて、次回「黒天編」決着のとき。