くろすかうんたー・四【江戸大火】二つの月

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:10人

サポート参加人数:9人

冒険期間:11月10日〜11月15日

リプレイ公開日:2005年11月20日

●オープニング

 神剣事件以来、江戸城下が騒がしい。
 江戸城の剣は最悪の結果だけは免れたものの、火種と禍根、後に続く影響を残した。
 町には不穏の匂いを嗅ぎ付けた騒々しい輩が入り込んでいた。町奉行の遠山は市中の見回り強化に乗り出すが、冒険者達はあちこちに陰謀の火種を発見する。
「近々、江戸を巻き込んで大戦が起こるぞ」
「諸侯の隠密が江戸市中に放たれておるという噂じゃ」
「小難しい事は分からないが、つまり、いま江戸に行けば稼げるってことだろう?」


●博徒英五郎
 先日、上州に潜入した冒険者が若い博徒を捕縛して江戸に戻ってきた。
 町奉行所の同心小宮久三郎は冒険者から博徒の身柄を受け取る。
「随分と手こずらせてくれた英五郎。それほど逃げたい訳があったか?」
「‥‥」
 元々は賭場の手入れで英五郎が役人を傷つけて逃げた事が始まりだ。その後の経緯も合わせれば、英五郎はまず死刑である。さすがに英五郎の顔は青ざめて言葉も無い。
 町奉行所は多忙な時期、ひとまず英五郎は伝馬町の牢獄に繋がれる事となった。


●同心の依頼
「御免」
 英五郎捕縛から約半月、同心の小宮が再びギルドにやってきた。
「これは小宮様、また何かありましたか?」
「うむ。今回は例の件ではないのだが、城に入って英五郎を捕まえた冒険者の力を借りたいのだ」
 尋常ではない仕事か。
「江戸に他藩の密偵が多く潜んでいる噂は耳にしていると思うが、近頃不穏な動きがある」
 忍者の暗躍など珍しくも無いのだが、町奉行所に聞こえてくる所に異常の度合いが知れた。
 小宮は雲を掴む話だがと前置きしつつ、冒険者に江戸西部の高級住宅街、特に町人街とは一線を画する諸藩の武家屋敷が立ち並ぶ辺りの調査を依頼した。
 危険な話である。しかも証拠も何も無い。下手をすれば問答無用、上手く言っても闇から闇という展開は大いに在り得るが。

●パラの依頼
「英五郎の事も心配だが、その前に‥‥頼みたい事がある」
 冒険者と縁のあるパラ侍、戸川月斎が顔見知りの冒険者達に声をかけたのは11月に入ってからだ。散々探したとパラは毒付き、すぐに本題を話した。
「上州上杉殿の屋敷に手紙を届けてくれ」
 上野の上杉氏といえば、上州騒乱の主役の一人。新田氏と戦う上野守のことだ。
 江戸にある上杉氏の武家屋敷に手紙を届けて欲しいとパラは言った。しかし、余人に知られずにとの注釈付き。戸川の話では上杉屋敷の周りには何者かが見張っているらしい。


●江戸の大火 火災竜巻
 11月10日夜。江戸で大火事が起きた。
 火元は複数と言われ、情報は錯綜している。
 折からの強風に煽られて、炎は街を飲み込む勢いだった。

 江戸西部の武家街でも火の手が上がる。
 幾つかの屋敷を燃やした炎は風に煽られて渦巻き、一つに集って巨大な火炎竜巻を作り出した。
「なんだアレは? て、天狗か!?」
 消火に当たっていた武士が叫ぶ。炎の中に何かが居た。火災竜巻は天狗の仕業とも言われるが、炎の精霊力の増大と関係があるのは確かなようだ。渦巻く炎の中心に、巨大な猛犬が姿を現した。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea0204 鷹見 仁(31歳・♂・パラディン・人間・ジャパン)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4112 ファラ・ルシェイメア(23歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6177 ゲレイ・メージ(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0939 レヴィン・グリーン(32歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 eb1743 璃 白鳳(29歳・♂・僧侶・エルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

デュラン・レッドフィールド(ea0096)/ ミラファ・エリアス(ea1045)/ 神楽 聖歌(ea5062)/ ハロウ・ウィン(ea8535)/ 黒畑 丈治(eb0160)/ 笹林 銀(eb0378)/ 所所楽 林檎(eb1555)/ 苗里 功利(eb2460)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751

●リプレイ本文


 番町、麹町など江戸城の西側に広がるお屋敷町から出火したのは下町で火事騒動が起きた後、少し遅れての事だった。江戸の東西で同時に火事が起きた事で、一部の住民は逃げる場所を失い一時的なパニック状態に陥る。江戸中が炎熱地獄に放り込まれたような錯覚をした。
 錯覚でなく、この夜、地獄とはかくものであろうと人々は思ったに違いなかったのである。

 武家屋敷を燃やす炎の動きが変わった。それまで手前勝手に燃えていたものが、風に逆らって複数の火事の中心に向い、炎がなびき始める。そこには折からの北西からの風とは別の熱風が発生していた、渦を巻く巨大な炎の柱が天に延び、火炎の竜巻を形成する。いわゆる火災旋風である。
 驚天動地の大災害に、居合わせた二組の冒険者達があった。
「何か、炎の中に居るぞっ!?」
「‥‥そういえば、聞いた事がある」
「知っているのかゲレイっ」
 大火災においてある空間の炎の精霊力が急激に増加すると、精霊界とのパイプが一時的に繋がって炎の門が開く事があると言われる。現世に修行に出る事を望むイフリーテがそこから現れて、大災害を引き起こすとか。
「しかし、これは‥‥まさかダンディドックっ?」
 巨大な炎の猛犬は火の上位精霊の一体。ダンディドッグが地上に姿を見せる事は稀である。犬と言うが、その大きさは象ほどもあり、全身に炎を纏った妖犬の威容は歴戦の冒険者といえど戦慄を覚える。
「ハッ、お城に現れた焔法天狗よりは小さいじゃないか‥‥」
「いやいやランクはこっちの方が一段上だよ」
 水使いであるゲレイ・メージ(ea6177)にはいつか挑戦したい存在だが、軽く死ねる相手だ。このランクになるとモンスターというより、怪獣である。
「恐れるのも致し方あるまい。私と違い、実力はあれどその使い方も知らない三流冒険者の諸君ではな。まあ、君たちにはこの燃え滾る戦場よりも、お日様が心地良い縁側の方がお似合いだ。逃げ帰って腕利き冒険者としての面子を失ったらその縁側で余生を送ると良いさ」
「この高慢ちきな物言いは‥‥デュランか?」
 デュラン・ハイアット(ea0042)は隠密行動中にも関わらず豪華なマントに妖精のトルクというド派手な格好で建物の上から姿を見せた。通りから鷹見仁(ea0204)、ファラ・ルシェイメア(ea4112)達も現れる。
「‥‥何の冗談か知らんが、ゆっくり話をしてる暇はなさそうだな」
 咄嗟にクレイモアを構えていた夜十字信人(ea3094)は上空の怪物を睨んで大剣を背中にひっかける。
「あ、あれ? もしかしてアレと喧嘩しようとか思ってる? 馬鹿でも敵わない事は分かると思うけど」
 相棒を止めるクリス・ウェルロッド(ea5708)に、信人は無表情で答えない。処置無しだとクリスは肩をすくめる。氷雨雹刃(ea7901)は暗がりからクリスを引っ張った。
「化物は大馬鹿者に任せておけ‥‥この状況、利用しない手は無い」
 雹刃達の目的は怪物退治ではない。それにデュラン達の事も気にかかる。
「そうだね。火消しは専門外だし、何よりこの綺麗な肌が日焼けでもしたら嫌ですし‥‥でも放っとくと信人達死ぬよ?」
 雹刃は一瞬その顔を歪めたが、舌打ちし、懐から異国の古き民が使ったと言われる短剣を取り出した。ダークは短時間だが精霊阻害の結界を作る。
「‥‥此処を動くな。動けば‥‥コロス」
 雹刃は手近にいたクリスを火除けにして、短剣に祈りを捧げた。
「え、ダークって五分だよね。この死場に五分も?」
 炎熱竜巻はこうしている間にも勢いを増し、熱風で巻き上げられた焼け瓦がクリスの側に突き刺さった。
「大丈夫。私達だけではありません。彼らが来て下さいました」
 レヴィン・グリーン(eb0939)はクリスを安心させるようににっこりと微笑んだ。偶然か必然か、助っ人に呼ばれていた腕利きの冒険者達が居る。
 今回は特に名前を記したい。ダンディドッグと対峙した精鋭である。
 デュラン・レッドフィールド、アルスダルト・リーゼンベルツ、山本建一(ea3891)、神楽聖歌、ミラファ・エリアス、黒畑丈治、ハロウ・ウィン、笹林銀、所所楽林檎、苗里功利。

「大きなわんこさんですね。先日の狐さん達といい、‥‥動物学者としては気が引けますね」
 レヴィンは準備する仲間の為に妖犬の気をひこうと稲妻を飛ばした。
 だが。
「‥‥まさかっ」
 並の人間なら重傷を負うレヴィンのライトニングサンダーボルトの直撃にダンディドッグは無傷。ゲレイのアイスブリザードも結果は同じ。この怪物は強固な魔力防御と高い生命力で、専門レベルの魔法ですら殆ど防ぎ切るのか。しかも火災竜巻の中にいられては戦士達は相手に近寄る事も出来ない。
 駆け出しではないだけに、ここまで圧倒的な戦闘力の差に冒険者達は愕然とした。
「‥‥来るぞっ」
 冒険者に気付いた妖犬が動く。竜巻まで移動した。
「ファラさん、炎の守りを‥‥」
 ミラファはレジストファイヤーを冒険者達にかけていた。しかし、この場には二十人近くの人数が居る。彼女一人ではとても手が回らない。そこへ炎の竜巻を連れた妖犬が飛び込んできた。
「きゃああああっ!!」
 竜巻の端っこに飲み込まれた冒険者達は、視界が真紅に染まる。轟く熱風は肌を焼き、練達のつわもの達をして悲鳴があがった。
「息をとめろっ! 肺を焼かれるぞ」
 それまで空中にいた妖犬は鷹の速度で冒険者の間に滑り込み、先刻の魔法の礼にとレヴィンに体当たりした。華奢な銀髪の魔法使いは宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「レヴィンさんっ!?」
「まだ、息があります。レヴィンさんの事は私が‥」
 仲間の璃白鳳(eb1743)が駆け寄ってリカバーを唱えた。聖骸布の加護があったか魔法は成功する。だが炎の精霊の猛威はその間も止まってくれない。
「‥‥あっ」
 ゲレイは至近距離で水弾を放つが効果なく、巨大な爪に引き裂かれた。倒れる寸前、おそらくは通常攻撃を無効化しているダンディドッグにウィーターボムは意味が無いと気付く。
「速いっ」
 夜十字は隙をついた一太刀を狙ったが、妖犬と速度の違いがありすぎた。しかも相手は飛ぶのだ。自分が狙われた時にカウンターを撃つか、僅かな間でも地上に足止めをして貰わねば。
 不意に、冒険者を蹂躙していた妖犬が飛び退いて間合いが開いた。
 ダークの結界が発動し、僅かな違和感に獣的な反応を示したのだ。
「‥‥今だっ」
 千載一遇の機会に、ファラはその指先からライトニングサンダーボルトを放つ。電撃はレヴィンが既に試して通用しなかった。だが、その魔法は違う。雷光は妖犬を貫いて五百m先まで輝いた。巨体が跳ねて、バランスを崩したダンディドッグは燃え盛る武家屋敷の上に落ちた。
「さすが、ですね。あれで無傷なら伝説の大魔法使いを呼ぶしか無い所だ」
 回復したレヴィンは素直に感嘆した。達人級の魔法なら、あの怪物にも通用する。これでダンディドッグは迂闊に空に逃げられなくなった。
「反撃だっ」
 背負い袋をひっくり返していたデュランは一つのスクロールを手にした。
「‥‥消えたまえ」
 プットアウト。対火災の必殺呪文が炎の竜巻を打ち消した。消しきれなかった炎が竜巻を再生しようとするが、竜巻に苦しめられていた冒険者達は解放された。
 ダンディドッグが咆哮した。
 群がる人間どもを燃やし尽くそうと深く息を吸い込んだ。炎の息だ。
 しかし、この場には三人の風使いがいる。レヴィン、ファラ、デュランのストームが炎の息を完全に防ぐ。嵐の風は火災で脆くなった建物も吹き飛ばし、ダンディドッグもたまらず転倒した。
「ダァーっ!!」
 倒れた妖犬に戦士達が駆け寄る。
「ここで倒さなければ」
 建一の刀が怪物を捉えるが、浅い。鷹見の二刀も同様だ。これだけの攻防でも冒険者はまだこの魔物を追い詰めてはいない。この巨体を仕留めるには圧倒的な力が要る。
「この俺の出番か‥‥」
 仲間の包囲を抜けた妖犬の前にハルクの大剣を構えた信人が立ち塞がる。鬼神も滅す必殺の一撃、は地面にめりこんだ。
「なにっ」
 巨体に似合わぬ俊敏さで凶刃を避けた妖犬は信人の横を抜けていく。横腹を切り裂かれて、巷にジャパン最強と謳われる浪人は片膝をついた。
「気が済んだか?」
「ああ、俺の仕事は終わりだ!」
 立ち上がった信人は一度後ろを振り返ったが、闇の中へ消えた。

「炎の精霊はデュラン・ハイアットと愉快な仲間たちが討ち払った!」
 デュランの声が響く。ダンディドッグは炎を消す彼らを嫌って、別の場所に移動した。冒険者達は追いかけたがスピードが違う。
 炎の猛犬は江戸の街を蹂躙した。大火の被害は江戸の何割かに達し、多くの者が焼け出された。死傷者は甚大。ただあの時、ダンディドッグが移動したおかげで江戸城は燃えずに済んでいる。


●依頼
「もし、逆だったらどうだ?」
 鷹見は赤く燃える空を眺めて呟いた。
「神剣を持っているという噂の為に英五郎が狙われたのではなく、英五郎を狙うことの不自然さを隠す為に神剣を持っている噂が流されたのだとしたら?」
 確証は無い。単なる推測だが、自称日本一の絵描きにはソレは無視できない懸念だった。
 奉行所の依頼で武家屋敷街を見回っていた彼らは炎の妖犬を追いかけてその場を離れた。
 彼らが居なくなった後、上杉家江戸屋敷の前に三人の冒険者が現れた。
「レヴィンの御仁は?」
「デュラン達に連れていかれた。白鳳もね」
 決め手に欠けるとは言え、精霊戦で魔法使いの有無は重要だ。仕方が無いと信人は呟く。
「‥‥用意はいいか?」
 虚空から雹刃の言葉が聞こえた。クリスは戦いで肌や髪の毛がダメージを受けたと先程まで文句をこぼしていたが。
「いつでもどうぞ。ここに居るのは私達だけなんだから、普通に一緒に居ればいいのに。‥‥あ、もしかして照れてる?」
「‥‥」
 巻物を取り出して、クリスはムーンアローを使う。目標はこの屋敷の主人。放たれた矢は屋敷の中へ吸い込まれていく。さすがに飛来する矢を追跡して目当ての人物を探すというのは作戦に無理がある。何度か試して貰って矢筋を確認したい所だが、既に火事騒動でこの屋敷の人々も起きているだろうし、クリスの隠密技術は心もとない。
「‥‥」
 矢の飛んでいった方向であたりを付けて、雹刃は忍び込んだ。
 手紙はそれらしい侍の部屋に投げ込まれた。


●後日
「英五郎を釈放しろと?」
 ファラは小宮に英五郎の御赦免を願い出た。
「英五郎にも罪はあるけど、騒ぎを大きくしたのは僕達冒険者だから。その罪は、僕達が負うべきだ」
 ファラは自分が裁きを受けると言う。
「百敲きでも‥」
「死罪だ。英五郎の罪を引き受けると申すならばそなたは死ぬ事になる」
 無論のこと、小宮にその気はない。ファラを大金を出す事も考えたが、無理と言われた。奉行所を出たファラは焼け跡に向う。大火の時、ゲレイが火災と炎の精霊の関係を話していた。ファラはそれに少し腑に落ちない所があった。
「火事が先かダンディドッグが先か‥‥」


つづく

●ピンナップ

ファラ・ルシェイメア(ea4112


PCシングルピンナップ
Illusted by KKR