波乱万丈乙女6〜目指せ6月の花嫁

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月08日〜05月13日

リプレイ公開日:2008年05月16日

●オープニング

●二人っきりで
「だいぶ疲れているようだな」
 あの人に、そう言われてしまった。
「私、そんなに疲れて見える?」
 尋ねると、あの人に優しく抱きしめられてしまった。
「お前の身に何かあっては大変だ」
「心配してくれるのは嬉しいけど、少し疲れたくらいでどうにかなってしまう程、私がヤワな女に見えるの?」
「無理はするな。せめて俺がここにいる間だけでも仕事を手伝うから、その間にゆっくり休めばいい」
 あの人はいつもこうだ。いつも周りに気を回しすぎて、それが不器用に見えることもある。そんな時、ふと悪戯心が芽生えることもある。だから、あの人を誘うことにした。
「せっかくアレクと一緒にいるのに、私だけ一人で休んでなんかいられないわ。ねえアレク、一緒に来て欲しいところがあるの」
 誘った先はベクトの町にある、かつて悪代官シャギーラ・ジャロが住んでいた屋敷。あの悪代官が討伐されてから、もうじき1年になろうとしているけれど、大きな屋敷の中はほとんど昔のままに残されている。
「まるで王族の宮殿みたいでしょう? やろうと思えば、私たちの結婚式の会場にだって使えそうじゃない?」
「ああ、しかし‥‥」
「ここまで贅沢だと、かえって悪趣味かしら?」
 階段を上り、あの人と2人して入った部屋は、かつて悪代官の愛人が寝泊まりしていた豪勢な寝室。冒険者からもらった香木があったので、侍女に香を焚いてもらった。寝室の中は心地よい香りに満ちているけれど、やっぱりあの人は落ち着かなさそうな顔をしている。
「どうも、こういうのは‥‥」
 誘ってみようか?
「ねえアレク、一緒にあれをやらない?」

●結婚式は6月
 リリーン・ミスカは河賊上がり。冒険者出身の新ルーケイ伯に取り立てられた今は現地家臣の一人として、かつては河賊の頭目だったムルーガ・ミスカと共にルーケイ水上兵団を取り仕切っている。
 しかしリリーンには秘密の過去があった。彼女の本当の名はセリーズ・ルーケイ。反逆者として先王エーガン・フオロより死を賜りし、旧ルーケイ伯マージオ・ルーケイの娘だ。ルーケイ叛乱の平定で国王軍がルーケイ領内に攻め込んだ折り、セリーズも国王軍に追いつめられて自害したと世には伝えられている。しかし真実のところ、自害したのは身代わりの娘。生き延びたセリーズはムルーガの養女となり、リリーン・ミスカと名を変えて今日の日まで生き延びて来たのだった。
 その後、フオロ王家と旧ルーケイ伯爵家との確執にも決着が付き、リリーンは新ルーケイ伯と婚約した。
 4月某日、新ルーケイ伯はリリーンを訪ねてやって来たが、夜が訪れても2人はずっと寝室にこもったままだ。
「まだ新ルーケイ伯はお帰りにならないのですか?」
 兵士たちはやきもきするが、リリーンの腹心ベージー・ビコは馴れたもので。
「大事な話が長引いているのだ」
 そういうことにしておこう。
「今夜は泊まりになるかもしれんが、邪魔にならんようにな」
 翌朝、新ルーケイ伯は何事もなかったように平然と立ち去った。
「リリーン様?」
 様子を伺いにベージーが寝室に入ると、リリーンは何事もなかったように落ち着き払って、ベッドに腰を下ろしている。
「昨晩はよくお休みになられましたか?」
「いいや」
 首を振るリリーン。
「伯とはずっと、夜通しであれをやっていたから」
「あ‥‥あれをですか?」
 リリーンが指さす方を見れば、ベッドの横のテーブルの上に、TFWの人形がずらりと並んでいる。これは地球人冒険者の発案で作られた遊戯具で、リリーンが進める歓楽街計画の目玉でもある。
「アレクが仕事をしたいというので、将来の計画に備えて遊び方を教えていたのだけれど、遊んでいるうちに夢中になってしまって‥‥」
 で、その話はリリーンの母親代わりのムルーガにも伝わった。
「大の男と女が朝まで寝室に閉じこもって、何をしていたかと思ったら、ずっとお人形で遊んでいたんだって?」
 ムルーガが呆れたように自分を見るので、リリーンもつい弁解口調になってしまう。
「伯はああいう‥‥折り目正しい人ですから」
「冒険者からのし上がった割には、伯も以外と堅物だねぇ。あたしはてっきり、結婚式まで待ちきれずに男と女の間柄になっちまったかと‥‥」
「伯をどこぞのナンパ軍師と一緒にしないで下さい!」
 思わず叫ぶリリーンの顔、ちょっと赤らんでいる。
「それはそうと、式はいつにするんだい?」
「‥‥え? それは今の仕事が一段落してから‥‥」
「そんな事言ってたら、いつまでたっても式なんか挙げられやしないよ。仕事なんてものは次から次と湧いてくるもんだ。ましてや魔物どもがうじゃうじゃ湧いてくるご時世、やるんだったらまだ何とか平和が続いている今しかないじゃないか? どうせなら雨の時期がやってくる前の、爽やかな6月のうちにやっちまいな」
 気がつけば、話はあれよあれよと進んでいく。
「で、式場はいかがいたしやす? ここはやはりベクトの町の豪勢な屋敷で‥‥どうかなさいましたか、リリーン様?」
 気がつけば、ベージーがリリーンの顔をのぞきこんでいる。
「待ってくれ‥‥急な話で心の準備が出来ていない」
「急な話って言ったって‥‥分かりやした。ここはいつものように、冒険者の助けを借りますぜ。依頼内容は6月に開かれる予定の結婚式の準備ということで」

●結婚式場よりどりみどり
「ここが冒険者ギルドか」
 ぴっかぴかの鎧を着こんでやってきたヒゲもじゃの男は、列になって順番を待つ他の依頼人を押しのけて、ずけずけと受付のカウンターに歩み寄った。
「あのお客様、順番を守っていただかないと困ります」
「貴様っ、俺を誰だと思っている!? 俺は王領アーメルの代官ギーズ・ヴァムだぁ!!」
「ギ、ギーズ様‥‥?」
 注意したら凄い剣幕で怒鳴られ、事務員はびくっと肩をすくめた。
「ご、御用向きは?」
「新ルーケイ伯爵殿に伝えろ。結婚式の会場は、俺が王都に所有している屋敷を使わせてもいいとな」
 ギーズだけではない。式場を提供しようという申し出は、新ルーケイ伯を知る数々の貴族や代官から為されている。大した人気だが、親切の裏に打算があるのは世の常だ。

●おとり作戦
 5月に入り、またしても事件は起きた。
「これは酷い‥‥!」
 血まみれの船底、バラバラの死体、駆けつけた警備兵は言葉を失う。
 大河を行き来する船を狙った、これで3度目の惨殺事件だ。今回狙われたのは沿岸部から大河を遡って王都に向かう荷船だ。10名余りの乗員は全員が殺害されていた。
 これより先に起きた事件で唯一人、冒険者に助けられた漁師は次のように語る。
「川で漁をしていたら、いきなり船が霧に包まれて、霧の中から魔物の群れが襲ってきたんでごぜぇます。でっけぇネズミみてぇな魔物でごぜぇました」
 一連の惨殺事件にはある特徴がある。他の船から離れ、1隻で大河を行く船が決まって狙われることだ。
「ならば大河を出す全ての船に通達を出さねば。決して1隻とならず、他の船と一緒に行動せよと」
 リリーンのその言葉を聞いて、ベージーが言う。
「1隻だけの船が狙われるなら、それを逆手に取ることもできますぜ。漁船や荷船を装った船に冒険者たちを乗せ、1隻だけで大河を進ませて魔物を誘き寄せるのです」
「そうか、その手があったか」
 危険だが名案である。早速にリリーンは冒険者ギルドに依頼を出し、おとり作戦を実行する者たちを募った。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●結婚式の準備
「‥‥そんな所まで話が進んでいたとは」
 当の結婚相手、新ルーケイ伯爵アレクシアス・フェザント(ea1565)だって、リリーンとの結婚はまだ先の話だと思っていたのだけれど。
「彼女の為にも俺に出来る事はしなければ、な」
 事前に仲間の冒険者たちとも色々と話し合ったが、改めて信者福袋(eb4064)を呼び寄せ、リリーンも交えて結婚式の段取りの最後の詰めに入り、そうして話は次のようにまとまった。
「結婚式の中心となる場所は王都。最初に王都の教会で式を挙げ、続いてマリーネ姫の屋敷で披露宴だ」
「そう、マリーネ姫の屋敷で」
「何か?」
「‥‥いいえ、別に」
「その後、ルーケイ領内でも宴席を設ける。場所は紅花村になると思うが‥‥」
「異存は無いわ。あそこは私にとって懐かしい場所だから」
 と、リリーンもアレクシアスと福袋とがまとめた段取りに対して、特に異は唱えなかった。福袋の顔に満足の笑みが浮かぶ。
「それではメインの披露宴会場が決まりましたので、借りに行く手配を致しましょう。ジーザス教会の方にも、神前の婚礼儀式も執り行う意向を予め承諾していただきませんと。王領代官ギーズを始め、会場の貸与を申し出てきた他の方々については、丁重にお断りすることになりますが、どうしてもとおっしゃるなら2次会、3次会、4次会‥‥と場所移動して祝宴を挙げさせて頂く、ということにしますか」
 福袋は関係者との交渉に向かい、アレクシアスはリリーンに誘いをかける。
「しばらく休まないか? どこか2人きりになれる場所で」
「ベクトの町で2人きりになれる場所っていったら、あそこしか無いわよ」
 そう言ってリリーンが連れて行った先は、かつて悪代官シャギーラが住んでいた屋敷の寝室。
「あれから部屋の内装を色々といじってみたのよ。調度品を入れ替えたり、壁の絵も新しくしたり。どう、前よりも落ち着けるでしょう?」
「そうだな‥‥」
 リリーンの言う通り。かつて2人が一夜を過ごした寝室からは、悪趣味なけばけばしさが消えて落ち着いた感じになっている。
「色々と順序が逆になってしまったが‥‥」
 アレクシアスは苦笑いしながら一呼吸置き、
「リリーン、いやセリーズ‥‥結婚しよう。愛している」
 一瞬、リリーンはぽかんとした表情でアレクシアスを見つめ、
「こんな時に何を言い出すかと思ったら‥‥」
 言いながらくすくす笑い始め、
「愛してるわよ、アレク」
 その言葉が唇からこぼれた時には、リリーンはアレクシアスの腕の中。強く抱き締められ、唇と唇が重なり合い、そっと目を閉じるとドキドキする心臓の鼓動までもが聞こえてきそうで‥‥。
 ドンタラ♪ ドンタラ♪ ドンタラ♪ ドンタラ♪
「‥‥え?」
 やけに外が騒がしいじゃないか。
 何事だと思って2人して屋敷の外へ出てみると、
「アレクシアス閣下にリリーン閣下〜っ、ご結婚おめでとうございますっ!」
「我等、ゴロツキ一同、心よりお祝い申し上げますっ!」
 ドラ声で2人を祝福するエール。外にいたのはケンイチ・ヤマモト(ea0760)に率いられたゴロツキ達。前回の依頼でケンイチが音楽の指導をした連中だ。
「結婚式には彼らに合奏させようと思い、練習中です」
 と、ケンイチ。
「この屋敷はリハーサルにちょうどよかったもので」
「そうか。本番には期待しているぞ」
 ゴロツキ達に言葉をかけたリリーンは、アレクシアスに向かい、
「私達はこれからどうしよう?」
「そうだな‥‥」
 言ったきり2人して押し黙っていると、ゴロツキの1人がおずおずと声をかけてきた。
「あの、もしかしてお楽しみのところお邪魔しちまったとか‥‥あ痛ぇ!」
 ゴロツキの頭を軽くコンと小突き、リリーンはくすっと笑った。
「こっちもリハーサルは済んだ。続きは結婚式の後で」
 アレクシアスがリリーンに声をかけた。
「ところで、これから結婚式のドレスを仕立てに行かないか? 『ロゼカラー』といういい店を知っているんだが」
「いいわよ、連れてって」
 2人はすっかりアツアツのカップルだ。

●ヴァイプス
「結婚式会場の近くに救護所を設けるだって? いやに仕事熱心じゃねぇか」
 治療院分院長の話を伝え聞いたルーケイ水上兵団の兵士たちは、半ば呆れつつも仕事を手伝う。
「まあ宴会なんてものは戦場みてぇなものだしな」
 酔い潰れる者続出、乱痴気騒ぎの修羅場と化すことだってあるのだし。で、ゾーラク・ピトゥー(eb6105)は胃薬に飲み過ぎ用の薬の作成にかかりきり。
「俺も何か手伝うか?」
「こちらは引き受けますので、アリルさんは別の方面を」
 そうゾーラクに勧められたので、アリル・カーチルト(eb4245)はひとまずイクラ三姉妹の住処である酒場へ向かう。
「プレゼントだ。たまたま良い品が手に入ったんでな」
 そう言ってアリルはベルーガに『ピンクサファイア』の首飾りを、オシェトラとセブルーガにはそれぞれ『桃のラリエット』を贈る。
「素敵‥‥」
「付けてみな。良く似合うぜ」
 三姉妹の反応は上々。頃合いを見て、アリルは尋ねた。
「ところで聞きたいことがある。ヴァイプスという男だ」
「ヴァイプス──手の甲に蛇の入れ墨をした、カオスの魔物のように悪賢い男ね」
 ベルーガが即座に言ってのける。
「知っているのか?」
「あの男はハンの人買いとつるんでいて、昔はよくベクトの町に出入りしていたわ」
 ヴァイプスについてはアリルの方でも、事前に古株冒険者のスレナスから話を聞いていた。ジ・アースでの月道探索の際に2人は戦い、そのまま月道をくぐり抜けてアトランティスに転移したものの、すんでのところでスレナスはヴァイプスを取り逃がしたという。
「俺の勘だが、奴は多分ドーン領に居る」
 と、アリル。前回の調査でも、冒険者の1人がヴァイプスとドーン伯爵領を結びつける手がかりを得ていた。
「ドーン領とハンの商船か‥‥キナ臭ぇな」
 その後、アリルはベルーガを連れて、大河の畔のフェイクシティに建設した治療院分院に向かう。道中の馬車の中、アリルとベルーガはうまいこと2人っきり。
「なぁ、俺とマジに付き合わねぇか?」
「え? でも‥‥」
 何か言おうとしたベルーガの唇に、アリルの唇が重なる。
 まるで奪うようなアリルの接吻。でもベルーガは抗わずアリルの腕に抱かれ、アリルの体と唇の感触を楽しむように応え続け‥‥。
 ゴトゴトゴトゴト‥‥。馬車に揺られながら、いつまで2人はそうしていたことだろうか。
 やがてアリルの唇が、ベルーガの唇から離れた。
「今すぐとは言わねぇ、おめえが自由になれたら改めて返事くれ」
「いいわよ。待たせることになるけど‥‥」
「ところで、そんなに化粧したら患った皮膚に良くねぇぞ。控えた方がイイぜ」
「‥‥あたしの素顔、みっともないわ」
「素顔を笑われても微笑みで返してやれ。そうすりゃもっと綺麗になれるさ」
 アリルの顔に微笑が浮かぶ。

●人買いの手先
 治療院分院の仕事の合間に、ゾーラクはベクトの町での調査も続ける。町を探っていたハンの悪徳商人の手先に、ハンの国の不審な商船については、1ヶ月以上も前の現場の様子を過去見の魔法で知ることはできなかったけれど、船の出入記録から船名と所属する商会は分かった。
 その船は今もベクトの町の港に停泊している。
「で、調査のために服を購入するって? ならば最初から俺達に頼めばいいのに」
 晃塁郁(ec4371)の計画を知ったルーケイ水上兵団の警備隊長は、そのコネを使って変装用の衣装を提供。元々が広い交易網を持つ河賊だから、その手の調達はお手の物。塁郁も購入の手間が省けた。
 塁郁、ゾーラク、ケンイチの3人は、それぞれ大道芸人や行商人っぽい服に着替えると、町中で悪徳商人の手先の男を待ち受けた。
 例のごとく男は町中をうろうろ。だが、やがて自分を監視する冒険者たちの気配に気付き、足早に船へ戻ろうとした。
 すかさず塁郁とケンイチが後を追う。
「またあの2人かよ、どこの手の者だ?」
 男の足はさらに速まったが。
「うわっ!」
 足元に張られたロープに男の足がひっかかり、ついで近くに立てかけてあった材木がバラバラと倒れて男に覆い被さった。
 男の逃走経路を予想し、前もって塁郁が仕掛けておいたトラップだ。やがて追いすがってきた2人が男を捕らえ、男の身柄は警備隊に引き渡された。
「お手柄だな。尋問は任せておけ。こういう手合いの扱いには馴れている」
 尋問は警備隊長の主導で行われ、ケンイチとゾーラクもリシーブメモリーの魔法で尋問を手助けした。男は単なる使い走りに過ぎなかったが、裏世界で暗躍するハンの人買いについての貴重な情報を、尋問から得ることが出来た。

●魔物襲撃
 結婚式の準備が進むその裏では、大河で頻発する惨殺事件を食い止めるべくおとり作戦が決行される。
「で、この船に乗るのか」
 アリルが見たところ、水上兵団で用意した川船は、三角帆を備えた帆船だ。
「要はヨットの要領で操船すりゃいいか」
 操舵はアリルが行うが、船には水上兵団の兵士が数名乗り込んで操船に携わる。船に乗り込む者は全員、塁郁が用意した漁師っぽい衣服を着ているので、傍目には漁船にしか見えない。
 準備が整い、帆船は大河を東へと進む。甲板にはセオドラフ・ラングルス(eb4139)とアレクシアス。
「前回はとうとう魔物と戦うことさえできませんでしたからな。めでたき席を血で穢されぬよう、今度こそ倒さねばなりますまい」
「出来れば過去の合戦で用意した、メッキ加工の銀の武器も持ち込みたかったのだが」
 網の手入れをする振りをしながらの会話だが、過去に作られた銀メッキの武器は現在、所在が分からない。
「確か蛮将デグレモとの戦いの頃でしたかな? あの後、先王陛下の退位などゴタゴタ続きでしたからな」
「そのどさくさの間に、どこかに紛れ込んでしまったようだ。時間をかけて探せば見付かるだろうが‥‥」
 その時、船上に怯えた声が響く。
「あれを見て! 霧よ! 船が霧に囲まれてる!」
 漁師を装った塁郁の声だ。が、塁郁は怯えているわけではない。これは敵の目を欺くための演技なのだ。
 塁郁の言う通り、船は四方八方を霧に囲まれている。
 アレクシアスとアリルは、それぞれの指にはめた『石の中の蝶』に目をやる。宝石の中の蝶は激しく羽ばたいていた。
「来るぜ」
「そのようだな」
 ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ‥‥。船の周囲から水音。
「塁郁、俺と背中合わせになれ。死角を無くするんだ」
「はい」
 背中合わせになり、敵襲に備えるアリルと塁郁。アレクシアスとセオドラフも同様の態勢を取る。霧はさらに広がり、すっぽりと船を覆い尽くす。その霧の中に塁郁の声が響いた。
「船の周囲の水面に魔物が4匹! 今、船に上がりました! 気をつけて!」
 デティクトアンデットの魔法で探知したのだ。
 魔物の群れが霧の中から襲いかかってきたのはその直後。
「きたな!」
 アリルとアレクシアスがサンソード『ムラクモ』を、セオドラフが『高貴なる者のレイピア』を抜き放つ。その全てが魔力を帯びた武器だ。塁郁は長弓「鳴弦の弓」をかき鳴らす。霧の中から一斉に飛びかかろうとした魔物の動きが、急に鈍った。
「今だっ!」
 ザンッ! ザンッ!
「ギィィッ!!」
「ギィィッ!!」
 刃が肉を切り裂く音と、獣じみた叫びが交差する。魔物はネズミによく似た姿をした『霧吐く鼠』。その体長は1mもある。
 だしぬけに魔物の攻撃が止んだ。
「仕留めたか?」
「いいえ、まだ生きています。私達から距離を置き、警戒しているようです」
 魔法による探知で、塁郁には魔物の様子が手に取るように分かる。
 ボウウウウン!!
 突然、船の甲板で火球が炸裂した。
「うわっ! 今度は何だ!?」
「新たな敵襲か!?」
 ボウウウウン!!
 ボウウウウン!!
 火球は霧の外から次々と打ち込まれ、船体のあちこちが吹っ飛び、冒険者たちも危うく巻き添えをくらう。
「火球が飛んで来るのは岸辺の方向からです!」
「畜生! こうなったら緊急回避するしかねぇ!」
 アリルは操船の兵士達に指示を飛ばし、自らも舵を操って船を岸辺から遠ざけつつ叫ぶ。
「塁郁! 魔物はどこだ!?」
「もう近くにはいません! 逃げられました!」

●カオスマン
 突然の火球による攻撃は、実は魔物の仕業ではなかった。
 それはサイクザエラ・マイ(ec4873)という名の冒険者の仕業だった。
「霧を払うのが面倒なら、吹き飛ばせばいい。私のファイヤーボムで霧ごと全部吹き飛ばしてやる」
 かくしてサイクザエラは独断で、岸辺から霧めがけてファイヤーボム攻撃を行ったのだが。
「ん? 何だあれは?」
「ウワーハッハッハッハ!!」
 何かが高笑いしながらサイクザエラの頭上を過ぎり、そいつはすぐ目の前に着地した。全身、入れ墨だらけのムキムキの筋肉男だ。しかもスキンヘッドの頭にはナチスの鍵十字の入れ墨と666の数字。こいつ、地球人か!?
「貴様、何者だ!?」
「俺はカオスマンだ!」
「カオスマンだと!?」
 筋肉男がにじり寄る。
「何者かは知らんが礼を言うぞ。貴様も破壊と殺戮の喜びに生きる者か? ならば貴様もカオスマンになれ」
「こ、断る! 私は冒険者ギルド所属の冒険者だ! カオスの片棒担いでたまるか!」
「そうか、ならば仕方がない‥‥。ぬああああーっ!!」
「うわあっ!」
 筋肉男、サイクザエラの体をひっ掴んで背負い投げ。倒れたところへ飛び足蹴りの連続攻撃。
「ぐわっ! ぐふっ!」
 サイクザエラはそのまま気を失い‥‥。
 ‥‥気がついた時、サイクザエラは見知らぬ建物の中にいた。
「‥‥ここはどこだ?」
「ここは‥‥エーロン治療院の分院」
 すぐ目の前にいる何者かが、か細い声で答える。ぼやけた視界のせいで顔がよく分からない。だけどその者が、地球の医者が着るようなホワイトガウンを着ているのは分かった。
「さては、貴様が話に聞くゾーラクか!」
 ベッドに寝かされていたサイクザエラは、目の前のそいつに襲いかかった。

●人違い
「‥‥で、これはどういうことでしょう?」
 治療院分院長のゾーラクにとっては、あまりにも理解を超えた展開だ。おとり作戦を支援すべく、ケンイチと一緒になって岸辺で魔物を警戒していたら、怪しい筋肉男に痛めつけられるサイクザエラを発見。ゾーラクとケンイチが駆けつけるや筋肉男は逃げ去り、2人は重傷を負ったサイクザエラを治療院分院に運んだ。
 ところが意識を取り戻すや、サイクザエラはその場にいた看護師候補生のミラナを、ゾーラクと間違えて襲いかかったのだ。
 結局、サイクザエラは警備兵に取り押さえられ、事件の報告は冒険者ギルド総監カイン・グレイスに届けられた。
「どうやら彼はゾーラクに対して、深刻な誤解を抱いていたようです」
 事態を憂慮したカインはサイクザエラに厳重注意。また被害を受けた依頼主への賠償金として、所持金の1/4を没収した。