フオロ再興6〜ドーン伯爵家の怪
|
■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月19日〜07月24日
リプレイ公開日:2008年07月29日
|
●オープニング
●戦争を待ち望む声
謎のフロートシップがウィルの領土内に侵入し、冒険者との戦いの末にウィル北部に墜落した事件は、ラシェット領に住む元領主と元騎士達に少なからぬ衝撃を与えた。
冒険者の調査によれば、謎のフロートシップはウィルの隣国ハンの国から飛来したという。
「カオスの本拠地はハンの国か!」
「これ以上、カオスの非道を見過ごすわけにはいかぬ!」
「我等はハンの国に攻め入り、カオスを叩きつぶすべきだ!」
戦いを求める声は日増しに大きくなる。
大勢の者がハンの国との戦争を欲していた。
血気盛んな若者達は、早くも戦争に備えて訓練に打ち込む。
「今度はハンとの戦争だ!」
自然と剣を握って打ち合いに励む時間も増えるが、年嵩の者がそんな彼らを諫めることもしばしば。
「間違えるな。敵はハンの国ではなく、ハンの国に巣食うカオスだ」
それでも若者達は反論する。
「お言葉ながら国内でのカオスの伸長をむざむざと許し、その害悪をウィルにまで広げたとあっては、ハンの国王に統治者の力量なしと見られて当然。以前にもハンの国の南部の内乱で、数多くの難民がウィルに流入し、ウィルを脅かした過去があるではありませんか。ならば無力なるハンの国王に代わり、強大なウィルの武力でハンの国に平和をもたらすことは、道理に叶うはず」
「そう焦るな。今はウィルにとっても大事な時だ。王弟ルーベン・セクテ公からミレム姫へのご結婚の申し込み、そろそろハンの国王からの承諾があっても良さそうな頃だ」
「ああ、その話ならかなり以前から聞いておりますが、ハンの国王はいつまでずるずると返事を引き延ばすつもりなのでしょう?」
「ハンの国王にも事情があるのだ。だが状況は良い方向に向かっている。ミレム姫がウィルを親善訪問し、長きに渡ってご逗留なされているのも、ハンの国王が結婚に前向きな証拠だ」
若者の顔に得心の笑みが浮かぶ。
「ご結婚が成立すれば、ウィルとハンの両国は血の絆で結ばれます。さすればハンの国内のカオス討伐のため、ウィルがハンの国に進軍することも、今より遙かに容易くなるはず」
「そうだ。いずれにせよ戦いの時は近い。心して訓練に励め」
先のウィル国王エーガンによって放逐されながらも、今はエーロン分国王によって帰郷を許された元領主と元騎士達だ。戦争で手柄を立てれば、その復権も早まろう。
●ドーン伯爵家の使者
復興の進む王領ラシェットの隣には、謎多きドーン伯爵領が存在する。そのドーン伯爵領からの使者が、冒険者ギルドを訪れた。使者の名はサーシェル・ゾラス。ドーン伯爵家に仕える騎士の1人である。
「ハンとの戦争は時間の問題。我等がドーン家当主、シャルナー・ドーン殿はハンとの戦争に備え、冒険者との協議を望んでおられます」
サーシェルの言葉によれば、協議の内容には元領主と元騎士の復権も含まれている。
まずは下の地図を見ていただきたい。
【フオロ分国東部の復興途上地域】
王領アネット 王領ラシェット ドーン伯爵領
∴∴∴∴∴∴川∴∴∴∴∴∴∴∴森森┏━━━━━━━┓
┏━━━━┓‖┏━━━━━━┓森森┃沼沼森森沼沼沼┃ 01:旧ラシェット子爵領
┃∴∴∴∴┃‖┃∴∴∴∴∴∴┃森森┃森森森森沼沼沼┃ 02:旧ロウズ男爵領
┃∴04┌―┨‖┃∴∴01∴∴∴┃森森┃森森森森森沼森┃ 03:旧ラーク騎士領
┃∴∴│∴┃‖┃∴∴∴∴∴∴┃森森┃∴◆∴森森森森┃ 04:旧アネット男爵領
┠――┤05┃‖┃∴∴∴∴┌―┨森森┃森∴森森森森沼┃ 05:旧レーン男爵領
┃06∴│∴┃‖┃┌―┬―┘∴┃森森┠―――┬―――┨ 06:旧ルアン騎士領
┗━━┷━┛‖┠┘03│∴02∴┃森森┃∴07∴│∴08∴┃ 07:旧ワッツ男爵領
※※※※※※‖┃∴∴│∴∴∴┃森森┃∴∴∴│∴∴∴┃ 08:旧レビン男爵領
※※※※※※‖■━━┷━━━┛森森┗━━━┷━━━┛
=========================大河
←王都ウィル
と、このように今のドーン伯爵領には、旧ワッツ領と旧レビン領が組み込まれている。
「ワッツ領もレビン領も、先王エーガン陛下の治世下でドーン伯爵領の支配するところとなり、先のドーン家当主ファルゼー殿の元でさらなる発展を遂げた土地。元領主であるワッツ家とレビン家が領地への復帰を望むお気持ちも分かりますが、ドーン伯爵家としても容易く手放すことはできかねるのです」
と、使者のサーシェルは言う。
「難しい問題ですね」
ギルドの職員も相づちを打った。
悪王エーガンによって放逐された元領主と元騎士達の領地のうち、アネット領とラシェット領に組み込まれた諸領地については、そのまま元の領主に返還することで話が進んでいる。ラシェット領ではエーガン王の任じた悪代官が暴政を奮い、アネット領では本来の領主であるアネット男爵が乱心し、最終的にはどちらも放逐されてしまった。だから土地の返還も容易く進むのだが、ドーン伯爵領はそうではない。
「ですが、来(きた)る戦争によって領地返還の問題にも決着がつくでしょう。もしもワッツ家とレビン家の者達が戦争で武勲を上げれば、ハンの国内に新たな所領を得ることも十分に可能。ドーン伯爵家も彼らへの支援を惜しみません」
なお予定では、ドーン家当主との会談はドーン伯爵領のドーン城で行われる。冒険者が望むなら、旧ワッツ男爵領と旧レビン男爵領の視察も可能だ。
●ゴーレム支援
ここは王都のゴーレム工房。
「報告書が上がりました」
と、工房務めのゴーレムニストが、工房長オーブル・プロフィットに書類を持ってきた。冒険者によって撃墜された、謎のフロートシップについての報告書だ。それにざっと目を通したオーブルは眉根を寄せる。
「つまり、あの船はウィルで製造され他国に輸出された物ではないと?」
「はい。船体をくまなく調査した結果、その事が判明しました。それであの船、どうしましょう?」
オーブルはしばらく考え込んでいたが、
「戦利品として冒険者に提供するのも悪くはなかろう」
あっさり言ってのけた。
「は?」
事務員は目を白黒。
「ですがオーブル殿、あれは魔物を積んでいたフロートシップです。もしかしたら伝染病を撒き散らす危険とか、ありませんか?」
「では燃やしてしまうか?」
「いや、それも勿体ない‥‥。まあ、冒険者ならば伝染病だって何とかするでしょうけど‥‥」
「では冒険者に提供だな。とりあえずフオロ分国東部に移送するゴーレムが多数あるから、それと一緒に戦利品の船も送り届けるとしよう」
東部に移送するゴーレムだが、最近になってドーン伯爵家はバガン8体・チャリオット4台・グライダー4機を購入した。また王領ラシェットにも、同数・同種類のゴーレムが配備されるが、こちらは購入ではなく貸出の形となっている。このゴーレム戦力の強化は、ハンの国での戦争に備えたものだ。いざ戦争となればドーン伯爵領からもラシェット領からも、少なからぬ数の者がウィルの紋章旗の下に結集し、ゴーレムに乗って出陣することだろう。
「今度の戦争、派手なゴーレム戦になりそうですね」
ゴーレムニストの言葉に、オーブルはニヤリと笑う。
「そして実戦データを得る機会も、これまで以上に増える」
●リプレイ本文
●船の消毒
ここはフオロ分国の北方、ハンの国との国境近く。つい最近、ウィルに潜入した謎のフロートシップが、冒険者の操るドラグーンとの戦闘の末に墜落した現場だ。
墜落したフロートシップはまだそこにある。
墜落した当初は、ウィル国王ジーザムの派遣した調査団が大人数で調査に当たっていたが、調査団が帰った後もフロートシップの周囲では大勢の人間が動き回っている。
船の消毒作業に携わるエーロン治療院の関係者と、後から現場にやってきた冒険者達だ。
「仕事がはかどるので大いに助かる」
消毒作業を取り仕切るエーロン治療院副院長ランゲルハンセル・シミター医師は、マリーネ治療院副院長のゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)を労った。
墜落した船から疫病が広まるのを心配していたのは、なにもゾーラク1人ではない。
墜落事件の後、ハンとの国境で疫病騒ぎが起きると、ジーザム王もエーロン分国王も墜落した船との関係に注目。魔物を乗せていた船だけに、万が一にでも疫病が広まっては一大事ということで、エーロン分国王が直々にエーロン治療院を動かし、徹底的な消毒を命じたのである。
もちろん人手が大いに越したことはない。後からゾーラクに率いられてやって来たマリーネ治療院の面々も消毒作業に加わり、船の至る所に石灰を撒いたり古ワインで拭き清めたり。その甲斐あって、消毒作業は早いうちに完了した。
●調査記録
消毒の完了したフロートシップは、ひとまず王都に移送される。船の動力源である魔法装置は戦闘で破損したが、調査団と共に現地入りしたゴーレムニストが応急修理を行ったので、低空飛行・低速運転でなら動かせる。
一方、冒険者達は王都にてドーン伯爵領行きの準備を整えつつ、ゴーレム工房関係者と協議を行った。
「消毒・洗浄作業は完了しました。もはや疫病の心配はないと判断しますので、修理のほうをお願いいたします」
ゾーラクはゴーレム工房長のオーブル卿にそう伝え、修理代として手持ちの1000Gを手渡そうとしたが、オーブルは金を受け取らずゾーラクに尋ねる。
「関係者一同の協議の結果、船の所有者はゾーラク殿に決まったのかね?」
「いいえ、そういうわけでは‥‥」
「聞けばゾーラク殿はマリーネ治療院の創設に私財を投じ、奔走されてきたと聞く。その関係でいらぬトラブルも色々とあったようだが、ゾーラク殿にばかり負担を強いる訳にもいくまい。それと例の船の今後だが、訓練用の標的船にでも使うか?」
標的船つまり、敵に見立てた攻撃目標である。演習に使ってドラグーンでボコるもよし。ブッ壊れるまで酷使するのもよし。
すると同席したアレクシアス・フェザント(ea1565)が発言する。
「船は現在の状態のまま保全するのが良いと思う。実用よりも証拠品としての価値の方が大きかろう。船の破損個所については修理を願いたい」
同じくアリア・アル・アールヴ(eb4304)も主張した。
「私も船を残しておくべきだと考えます。証拠隠滅と思われても困るので」
オーブルはこれに同意した。
「では船に修理を施し、ウィルに侵入した当初の状態への復元を試みよう。修理代についてはその必要があれば後で請求するが、支払いを急ぐ必要はない。この際だからついでに話しておくが、今後は冒険者に対してもフロートシップの所有を認め、その活躍の場を広げようという話がさる筋より来ている。そう簡単に実現する話ではないが、例の船の運用についてはその事も頭に入れて行って欲しい」
「それからあの船の調査記録を見せて頂きたいのだが」
「それと照合用に、ウィルのフロートシップの造船記録も」
アリアとアレクシアスが求めると、オーブルは係官を呼び、後を任せた。
2人の冒険者は記録保管庫に連れて来られ、係官から記録をどっさり示される。
「これが過去の造船記録と、例のフロートシップの調査記録の一部です」
「一部とは、閲覧不可の記録もあると?」
「はい。ロッド・グロウリング卿からのお達しです」
ロッド卿はジーザム王の左腕。ウィルの軍事に大きな発言力を持つ人物だ。
アリアは記録の山と格闘し、その内容を丹念に調べた結果、船がウィルで造られたものではないとの結論に至った。
「報告書に明記されていますが、この船の船飾りはハンの国の一部でよく使われる物。他にもハンの船であることを示す特徴がいくつもあるとのことです」
血気盛んな王領ラシェットの元騎士達が聞けば、『やはりハンを討つべし』と怒りの叫びを上げかねない。だが勿論、それだけではハンの国がカオスに荷担した決定的な証拠とは成り得ない。
「それにしても閲覧不可の記録とは‥‥船内にワザとらしく飾り立てられたハンの旗があったとか、念のために魔法で過去を見たら、墜落した船から逃げ出す第三国の貴族がいたとか‥‥考え過ぎなら良いが‥‥」
折りしも現在、ハンの国の王女ミレム・ヘイット姫に率いられた親善使節団が、ウィルを訪れている。さらにはジーザム王による王弟ルーベン・セクテ公とミレム姫の結婚申し込みも、ハンの国王からの返事が待たれている。ウィルの外交にとっては重要な時だ。記録の一部が閲覧不可とされたのも、そういった外交事情への配慮がありそうだ。
●会議に備えて
王都に戻ったゾーラクの元を、1人の冒険者仲間が訪ねてきた。ゾーラクが必要とするアイテムを手渡すと、彼女は助言する。
「ドーン伯爵家の挙動は否定的な見方で見続けた方が、今は無難だと思います」
「有り難うルエラ。今後も警戒は怠りません」
リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)はエーロン王の館を訪ねる。ドーン伯爵領に向かう前に、確認したいことがあったのだ。
「ドーン伯爵領での会議に際し、『話をしてもいい内容』と『話をしてはいけない内容』をお伺いしたいのです」
「おまえはそんな事までいちいち俺に尋ねるのか?」
エーロン王は呆れた。経験を積んだ冒険者ならば、自ずと判断できることだろうに。
それでも王は補佐役のリュノーを呼び寄せ、リュドミラに教えてやるよう命じた。そしてリュノーは尋ねる。
「今回の会議で中心となる議題は、今はドーン伯爵領に組み込まれている旧ワッツ領と旧レビン領の扱いを含めた、ワッツ一族とレビン一族の今後の処遇のことです。会議であなたが主張すべきことはありますか?」
「旧ワッツ男爵領と旧レビン男爵領の視察を希望します。それ以外では祐筆役に徹するつもりです」
「では、そうしてください」
「事前に『話してもいい内容』の模範解答を用意したいのですが」
「では手伝いましょう」
リュノーは時間を割き、模範解答作りを手伝った。
●マリーネ姫と
王都の貴族街にあるマリーネ姫の屋敷に、ルティア・アルテミス(eb0520)がやって来た。
童顔で子どもっぽく見えるエルフのルティアだが、今回はいつもとうってかわり、その瞳に長く生きてきた者の貫録を宿らせて。
謁見を求めると、マリーネ姫は快く応じてくれた。
「良く来てくれたわ。何か大事な話がありそうね」
「戦いが近いんだ。でも、復興事業を始めるに到った時の志を忘れないでね」
王道とは仁義や徳で人を感化すこと、人徳を本とする正道であるとルティアは助言すると、姫に笑顔を向けた。
「今は立っている足場を強固にする事の方が大事、だよ♪」
「志を決して忘れたりしないわ。ところで今日は館にお泊まりにならない? 明日はハンの国のミレム姫が、お立ち寄りになる日なの。セクテ公も一緒に来られるかもしれないわ」
「残念だけど、僕はこれからドーン伯爵領に出発するから‥‥」
「それは残念ね。でも、またの機会にすればいいわ。セクテ公とミレム姫とのご結婚が本決まりになれば、お会いする機会ももっと増えるわよ。その分、忙しくなるだろうけど」
「それじゃ、僕はもう行かなくっちゃ」
「貴方に竜と精霊のご加護を」
マリーネ姫はルティアを笑顔で送り出した。姫の館での一時は、ルティアにとっては心安らぐ一時だった。
●鏡に写りしは
王都のフロートシップ発着所から、冒険者を乗せたフロートシップが飛び立つ。目指すはドーン伯爵領だ。途中には王領ラシェット領があるが、船は一旦ここに着陸する。
フオロ分国東部王領補佐官の肩書きを持つアリアには、この地でやるべきことがあった。この地に住む元領主・元騎士達との協議だ。
既にアリアの努力によって、王領ラシェットでは元領主と元騎士達の組織化が図られ、領内の問題に対しては全員が協力して事に当たる態勢が出来つつある。
しかし予想通りというか、元領主と元騎士達の最大の関心事は、やはりハンに対する戦争だった。
「アリア殿からも、是非ともジーザム陛下へのご進言を。今は一刻も早くハンを討ち、ハンの内部に巣くうカオスを攻め滅ぼす時であると」
「それについて答える前に‥‥諸君らに見ていただきたい物があります」
アリアが合図すると、一緒に乗船してきたお付きの者が、大きな家具を運んできた。
あらかじめ布を被せた姿見の鏡である。その場の者達がいぶかしがって見守る中、鏡は会議の場の中央に運ばれる。
先ほど発言した元騎士に、アリアは求めた。
「では布を取り、この鏡の前で同じ言葉をお願いします」
言われるままに元騎士は布を取ったが、次の瞬間、唖然として口を大開きにした。
鏡には大きな文字でこう書かれていたのだ。
『ウィルこそが』
「アリア殿! これは何の冗談ですか!?」
元騎士が怒って怒鳴る。しかしアリアは冷静に言葉を続ける。
「この場の方にこそ、判りやすい例を。クレアという吟遊詩人がカオスとされ、扇動された者はカオスの手先と疑われたことがありました。第三者がフォルセ襲撃の話を聞けばそう思うでしょう。ですが実際はどうだったでしょうか?」
アリアが例に挙げたのは、先王エーガンの治世下で勃発したウィンターフォルセ事変の話である。吟遊詩人クレアなる者に扇動された元騎士達が、フオロ王朝打倒を掲げて引き起こした叛乱だ。そして今、この場に集う者達の中には叛乱に直接加わった者もいれば、親族が加わった者もいる。
「しかし、お言葉ながら‥‥」
と、別の元騎士が反論する。
「確かに我等は叛乱に荷担したが、それでも無辜の民に手をかけることは決してしなかった。叛乱はあくまでも騎士道に則って行われたのだ。カオスと一緒にされては困る」
「ですが、実状を何も知らない大勢の者達が、フォルセ襲撃をカオスの手の者の仕業と見なしたのも事実です。事実は異なり、これはシャミラ殿にも言えました。ヴァイプスも本当はカオスでないかもしれません。それでもハンがカオスの巣窟と断言できますか?」
すると、ずっと話を聞いていた元貴族の1人がこう言った。
「鏡の例えでアリア殿が何を言いたかったのかを今、ようやく理解できた。私もフォルセの襲撃を支持した1人だが、当時の私は悪王エーガンこそ、打倒すべきカオスの手先だと信じていたのだ。自分が相手をカオスと見なす時、相手も自分をカオスと見なしているのかもれしない。決して忘れてはならぬ重い教訓だ」
「その通りです。ウイルが考える事はハンでも考える事、もしミレム姫がウイルのカオス調査で来ていたら大変です。ですが──」
アリアは最後を次の言葉で締めくくる。
「戦の準備は無駄ではないでしょう、無論ハン相手ではなく」
会議の空気は変わった。ハン討つべしという声は静まり、まずはハンの情勢を慎重に探るべしとの意見が相次いで出た。会議の最後に元領主と元騎士達は圧倒的な多数でもって、次の決議を採択した。即ち、『我等、王領ラシェットに住む元貴族と元騎士達は、ハンの国との無益なる戦いを望まず。戦い避けられぬ情勢下においても、慎重の上に慎重を期したハン国内の調査を望む。これはカオスの策略よりウィルの国とハンの国の双方を守らんが為なり』と。
●ドーン伯爵領へ
王領ラシェットでの仕事が終わると、船はドーン伯爵領へと飛び立つ。到着まで時間はかからない。
船の甲板でルティアは物思う。
(「戦いの時は近い‥‥。嫌でも緊張の高まりを感じる。でも何と戦うべきなのか、それを間違う訳にはいかない。僕達が本当に戦うべき『敵』が、必ず何処かに居る筈なんだ」)
「ルティア、ここにいたか」
声をかけてきたのはアレクシアスだった。ルティアは尋ねる。
「ハンとの戦争のこと、どう思う?」
「ハンとの戦争に備えての協議、か。これからその事でドーン家当主や騎士サーシェルと顔を合わせることになるが、敢えてそのように申し入れてきた可能性もあるな」
「やっぱりハンとの戦争は口実で、その裏で向こうは何かを企んでいるってことかな?」
「だが、ハンの国とどう向き合うかは大ウィルのジーザム陛下が決める事。現段階で復権を望む者に妙な方向性を与えるのは得策ではあるまい。カオス勢力を倒すのはもっともだが、ハンの国のカオス討伐と名目を改めただけで、実態がハンの国の侵略となってはならない。そうならないようにしたいところだ」
「うん、僕もそう思う」
船はいよいよ目的地に近づいてきた。ドーン伯爵領内の森を切り開いて作られた、フロートシップの発着所が眼下に見える。
「よーし、それじゃ頑張っていくよー。僕は救護院男爵の代理人だからね♪」
ルティアは元気いっぱい跳ね回り、気合いを入れる。そんな子どものような姿はいつものままだ。
●会議〜戦争か否か
下船した冒険者達は迎えに来たドーン騎士団の者達に守られ、ドーン城への道を進む。
森を切り開いて作られた道だから、道の両側に森が迫っている。
いよいよドーン城が間近に見えた時、ルティアは騎士達を率いるサーシェルに尋ねる。
「ここで魔法を使ってもいい? 魔物への用心なんだ」
「周囲の者達を傷つけねば構いませぬが」
許可が下りたので、ルティアはブレスセンサーの魔法を使ってみた。
その場にいる全員が息をしている。今そこにいる者で、息をせず魔法に感知されない者はいない。
ドーン城の城内に入ると、一行の前に領主シャルナーが姿を現した。布のマスクで素顔を隠しているのは相変わらずだ。
「ようこそ我が城へ」
ルティアのブレスセンサーはまだ有効だ。魔法が感知したシャルナーの呼吸は、普通の人間とまるで変わらない。
短い休憩の後、会議が始まる。会議の場所はドーン城の広間だ。
ドーン伯爵家側からの会議参加者はドーン家当主シャルナー・ドーン、腹心の騎士サーシェル・ゾラス、そしてドーン騎士団の騎士が数名。その顔ぶれを見回した後、アレクシアスは指にはめた指輪『石の中の蝶』にちらりと目をやる。
宝石の中の蝶は羽ばたいていない。会議に集った者達の中に、人間に化けた魔物はいなさそうだ。
会議で第一声を放ったのはルティアだった。
「戦争の話が色々と出ているけれど、これは『カオス勢力の討伐戦』であって『ハンの国との戦争』ではないんじゃないの? 根本的な前提からして何処かおかしくない? ハンの国から協力要請があって、それに応じるならまだしも、下手したら侵略行為だと思われるよ?」
「だが、我等は最悪の事態への備えを怠ってはならない」
と、サーシェルが言う。
「あくまでも最悪の想定だが、ハンの王家がカオスに与していたならば、ウィルにためらいは不要。たとえ国を滅ぼす全面戦争になろうとも‥‥」
「ハンの国との全面戦争にでもなれば、復興事業どころじゃなくなるよ! それが、或いはその隙を突く事がカオスの目的かもしれないじゃないか!」
「全面戦争が避けられぬなら、早い方がいいとは思わぬか?」
言葉は静かに言い放たれたが、サーシェルの目は真剣勝負を挑んでくる武人の目だ。
「敵を徹底的に叩くなら、我々が戦力において優位を保てる早期が良い。だがフロートシップまでも繰り出す敵だ、無駄に戦いの時を引き延ばせば、敵がゴーレムの大部隊を作り出す危険もある。そうすれば我等の犠牲は増すばかりだ。恐らくは国王陛下の左腕、ロッド卿も同じお考えのはずだ」
「こんなところでロッド卿の名前を出さなくても‥‥!」
言いかけたルティアだが、それをシャルナーが制してアレクシアスに意見を求める。
「アレクシアス殿は如何なるお考えか?」
「今はドーン領にその旧領地を組み込まれた元領主と元騎士に関しては、ハン国内での戦以外でも復権を支援できる可能性があると俺は考える。ハンで所領を得るよりも、ウィル国内の開拓で地力を付ける方向がある。例に挙げるなら、領内の魔物の討伐、森林地帯の開墾による領地拡大、などだ。ハンにおけるカオスとの戦いと、復権支援は別というのが俺の考えだが──シャルナー殿はどうお考えか?」
と、アレクシアスに求められ、シャルナーは口を開く。
「ハンの民の苦しみを貴殿は考えたことがおありか? 長きに渡って戦に苦しめられ、そして今、カオスの脅威にさらされようとしている民のことだ。失礼と受け取られたらお許し願いたい。ルーケイを平定し、難地の地を今日の姿に復興させたアレクシアス殿の偉業は、私もよく存じ上げている。だがこの世の全ての統治者が、貴殿のように能力と人望とを兼ね備えた統治者という訳ではないのだ」
続く言葉でシャルナーは主張する。ハンの国の南部ではウスとハラン両分国の内戦が長きに渡って続き、国土は疲弊し数限りない領民が窮地に追いやられた。難民はウィル国内にまで流出してウィルに多大な負担を強い、一時はハン討つべしとの声がウィル国内に高まった。現在、ハンからウィルへの難民流入は止まっているが、それに代わって取り沙汰されるようになったのが、ハン国内でのカオスの跳梁跋扈だと。
「カオスは人心乱れる地を狙う。カオスの伸長を招いたのは際限を知らぬ分国同士の内戦と、それを食い止められぬハン国王の無策だとは思わぬか? 我々はまだいい、ハンの為政者の非道と無能を国の外から罵って、酒の肴にすることもできよう。だが今、最も苦しんでいるのは名も無きハンの民だ。貴殿はその民を救いたいとは思わぬのか?」
こういう時にどう答えればいい?
リュドミラは持ち込んだスクロールに目を走らせる。模範解答は既に用意してある。
だが、その内容をアレクシアスに伝えるまでもなかった。既にアレクシアスは模範解答に則した答を知っていた。
「ハンの国とどう向き合うかは、大ウィルのジーザム陛下が決める事だ」
投げ返された言葉をしっかり噛みしめるように、シャルナーは沈黙。そして挑みかかるように、さらなる問いを発する。
「では陛下がハンとの戦いを望まれるとしたら? その時には躊躇いなく、貴殿もウィルの紋章旗の下に馳せ参じると受け取ってよいか?」
「それが真に陛下の意志であるならば」
ウィル国王ジーザムに決定を委ねる以上、アレクシアスにはそうとしか答えられない。だがこの一連のやり取りに、嫌な物を感じたのは彼一人だけではなかろう。
リュドミラはあえて発言することなく、ひたすら会話の記録に専念していたが、シャルナーはリュドミラにも問いかけた。
「リュドミラ殿、貴女から何か意見があれば聞いておきたいのだが」
そこでリュドミラも意見を述べる。
「私としては、旧ワッツ男爵領と旧レビン男爵領の視察を希望します」
「俺もそれに賛成だ」
と、同意を示したのはオラース・カノーヴァ(ea3486)。彼はさらに続ける。
「あともう一つ、提案したいことがある。それは領地の監査制度の導入だ。一時的に外部の識者を雇い、領地の状況を監査するんだ。報告書の内容は領民にも通達するとともに、管理下で閲覧可能とする」
サーシェルの表情が変わる。明らかに不快感を示している。
「それが我々への要求か? 貴殿は自分の言っていることが‥‥」
だがシャルナーは落ち着き払ってサーシェルを制し、オラースに促す。
「話は全て聞こう。先を続けてくれ」
「‥‥で、この監査制度の働きとして、領地の姿を的確に把握しそれを白日の下にさらす。そして、領地の抱える問題について領民の関心を引き、次の運動を誘う働きがある。それによって君が領地の動向に注視し続ける限り、君は報告書を無視することはできないだろう。
しかし、君は報告書の意見に対して、早急の対応が難しい場合もあるだろう。例えば、監査結果に基づく意見が抽象的すぎる、改善措置に高額の予算がいる、といった場合にだ。だからこそ君は監査結果に対し、いついかなる形で応えるのか、しかるべき判断が求められるわけだ。
だが、何も領地の改善を促すのは報告書の公表を通じてだけに限られない。監査の実施がきっかけになって、同時に並行して領民側から改善行動がとられることもあるだろう。
今回は戦争に関することを重視しているんだ。戦争に備える意味合いを込めて対カオス傭兵団、戦場工作の専門家や歴戦の勇士をまず領内の監査に使ってはどうだろうか?」
シャルナーは考え込んでいる。ついでにオラースはもう一押し。
「カオス勢力との戦いに魔力の武器が必要ならば、俺の馬に積んだ品から対価に応じていくらでも。剣の試合で君が勝てば、それらすべて無償で差し上げよう」
「よかろう。受けて立つ」
剣の試合についてはあっさりと、シャルナーはオラースの提案を受け入れた。
●シャルナーの回答
ドーン城の闘技室で、オラースとシャルナーの試合が始まった。
一礼するや、両者の剣がぶつかり合う。
(「なるほどな、やはりというか‥‥」)
剣には自ずと、それを使う者の人柄が現れる。オラースはそれを体で感じ取った。
シャルナーの剣裁きは、例えて言うならば寄せては引く波の如しだ。
オラースが強く出れば引き、守勢に入ればそれに乗じる形で押してくる。寄せては引き寄せては引き、その繰り返しはオラースの技量を慎重に見定めているようでもある。
(「ならば‥‥!」)
オラースは一気に攻勢をかけた。
「ぬうっ!」
一撃入魂! 狙いはシャルナーの剣!
ビキィ! 剣と剣とがぶつかり合うや、派手な音を立ててシャルナーの剣が折れた。
シャルナーの反応は素早かった。すっと身を引き、第2撃の届かぬ安全圏に退くと、素直に負けを認めた。
「勝負はついた。これで、魔法の武器を無償で貰う訳にはいかなくなったな」
そして、その言葉には続きがあった。
「先の監査制度についてだが、条件によっては認めてもよい」
「というと?」
「手始めに王領ラシェットにおいて、君の言う監査制度を導入することだ。さすれば私もそれに倣い、我がドーン伯爵領においても監査制度の導入を図ろう」
次のシャルナーの言葉は、冒険者一同に向けられた。
「もちろん正式な決定には時間がかかろう。後ほど協議の時間を設けたいが‥‥どうした、アレクシアス殿?」
「気をつけろ! 近くに魔物がいる!」
アレクシアスの指にはまる『石の中の蝶』がゆっくり羽ばたいている。常に警戒を怠らぬからこそ、気づくことが出来た。
「魔物だと!? どこだ!?」
「静かに!」
一同を制し、周囲の気配に神経を集中する。
「ククククク‥‥」
どこか遠くの方から、くぐもった笑い声のようなものが聞こえる。だがそれも束の間のこと。やがて宝石の中の蝶は、羽ばたきを止めた。
落ち着き払った声でシャルナーが言う。
「どうやら、我等は魔物に狙われているようだ。城内、そして領内の徹底的な調査が必要だな」
●視察
翌日。シャルナーの立ち会いの元、冒険者による旧ワッツ男爵領と旧レビン男爵領の視察が行われた。
どちらも共に大河に面した土地で、森に囲まれたドーン城の周辺に比べると、かなり開けた感じがする。現地の村々は豊かで、農地の状態も良好。住民も総じて健康だ。少なくとも表面的には。
しかしリュドミラは気にかかる。冒険者の一行に向けられる笑顔の裏に、何かに怯える気配があるように思えてならないのだ。
視察の後、エーロン王に提出する報告書にリュドミラはこう記した。
『領民は今も何かに怯え、ドーン伯爵家の動きもどこか不自然なものを感じます。
今後もドーン伯爵家は調査の必要があると愚考致します』
それとも、これは考え過ぎだろうか?
●操船訓練
王都にあるフロートシップの発着所では、ゾーラクがフロートシップの操船訓練に励んでいる。
「コツはつかめてきたけれど、なかなか思うように動きませんね」
戦利品のフロートシップはまだ修理の途中、出力不足は否めないけれど、フロートシップを思う存分に操縦できる機会はまたとない。
「順調に行けば、来月には修理も完了するでしょう。今はまだまだ低空飛行の低速運転ですが、これからは風のように飛べるようになりますよ」
ゴーレム工房から出向いてきた訓練指導員は、そう告げた。