フオロ再興7〜待ち受けるはカオスの罠

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:11人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月11日〜12月16日

リプレイ公開日:2008年12月19日

●オープニング

●解放されぬ元人質
 復興の進む王領ラシェットの南、大河の畔には建設中の町がある。フェイクシティの通称で呼ばれているこの町には、マリーネ治療院の派出所が存在する。ここには『惨殺の廃墟』における魔物との戦いの最中、冒険者たちによって救い出された53名の元人質たちが、今も住まわせられていた。
 当初は簡素な丸太小屋の立ち並ぶだけの治療院派出所だったが、今では館と呼べるほどに大きな派出所本館が建設され、それなりの風格を見せている。
 アネット騎士団の首長、騎士ボラット・ボルンは今日も派出所に姿を見せていた。アネット騎士団には、マリーネ姫の名を冠したこの治療院で働く義務があるからだ。ボラットにとっても、また騎士団に所属する一人一人にとっても、この義務は名誉ある義務である。
「最近の様子はどうだ?」
「このところ、ずっと平和なものです」
「それは結構」
 警備兵に声をかけて尋ね、返ってきた答にボラットは満足する。
 派出所本館にボラットが足を向けると、そこには大勢の面会人が待っていた。
「ボラット様、おかげさまで治療院も立派になりました。こんな大きな館まで作っていただいたことに、皆も感謝しております」
「なに、私は騎士団長としての義務を果たしたまで」
 治療院の院長はマリーネ姫だが、これはいわば名誉職。実質的な運営は冒険者の副院長に任されているが、このところ副院長は何かと忙しく、この出張所にもなかなか立ち寄れない。そこでボラットが騎士団長の権限で出張所の管理を行い、生活必需品を切らさないよう日ごとの手配を行ったり、手狭な丸太小屋に代わる派出所本館を新設したりした。
 しかし礼を述べた後、面会人は心配そうな表情になる。
「それで私どもの娘は、いつここを出て家に戻って来れるのでしょう?」
「お気持ちは分かります。ですが、こればかりは私にも判断がつきかねますので」
 すると近くにいた別の面会人が声を上げた。
「ボラット殿からも副院長殿に頼んで欲しい。私の息子がここに身柄を預けられてからもう7ヶ月にもなるのだ。魔物に悪しき魔法をかけられてはいまいかと、心配するのは分かる。だが、せめて年が明けるまでには息子を自由にして欲しい」
 その面会人はラシェット領に定住する元領主一族の1人だった。
 そもそも元人質たちが派出所に隔離されたのは、冒険者の判断によるものだった。カオスの魔物の支配下に置かれていた彼らが万が一、悪しき魔法の影響下に置かれて魔物にコントロールされていたら、彼らを自由の身にした途端に魔物の手先として動きかねない。
 だが元人質達には王都からさらわれた王都の民もいれば、ラシェット領が悪代官の支配下にあった時にさらわれたラシェット領の領民もいる。元人質たちをいつまでも隔離しておけば、その親族たちの不満も増すことになる。
 その翌日、派出所をジプシーの芸人一座が訪れた。表向きは元人質たちを慰問するため。しかしそれとは別に、ジプシーは陽の精霊魔法で元人質たちの状態を調べる役目も負っていた。当人に知られぬよう、元人質たちの一人一人をこっそりとリヴィールマジックの魔法で調べてみると、誰もが魔法をかけられた状態にある。
「これまでの慰問の時も必ず魔法で確かめたけど、ずっと魔法がかかりっ放しよ。しかもこの魔法、私たちジプシーやバードが使うような陽や月の魔法でも、ウィザードが使う地水火風の魔法でもないわ」
「う〜む」
 ジプシーの言葉を聞いてボラットは考え込む。だが元人質たちをどうすべきかの答は出ない。

●これは罠か?
 ラシェット領の東に広がるドーン伯爵領、そこは常にマスクで顔を覆い、決して素顔を見せぬ若き領主シャルナー・ドーンが統治する領地。今日もシャルナーは腹心の騎士サーシェル・ゾラスと話し合う。テーブルに広げられた地図はドーン伯爵領の地図、話し合う内容は冒険者たちの動向についてだ。
「冒険者達はよほどハンの国と戦争したくないらしいな」
 混乱が続く隣国ハンの国。近頃は国内で疫病が蔓延し、国を捨ててウィルを目指そうとした難民は国境で追い返されている。しかもこの夏にはハンの国から飛び立った謎のフロートシップが、ウィルに侵入して魔物を放つという事件まで起きている。
 王都のトルク城から聞こえてくる話によれば、ウィルの有力者たちの意見は2つに分かれている。1つはウィルの強大な軍事力をもってハンの国に攻め込み、力ずくでかの国のカオス勢力を根絶すべしというもの。もう1つは王弟ルーベン・セクテ公とハンの国の王女ミレム・ヘイットの結婚をもって両国の同盟を成立させ、ハンの同盟軍としてウィル軍がハンの国に進撃し、ハンの国の混乱を収拾するというものだ。
「しかしセクテ公とミレム姫の結婚話は破談に終わりましょう。やがてはハン討伐の旗印を掲げ、ウィルの軍勢がハンの国との国境を越える日が必ずや来るはず」
 サーシェルのその言葉に耳を傾けていたシャルナーは、ふと思いついたように言う。
「だが、あえて冒険者たちの意向を汲んでやるのもまた一興。彼らは戦いよりも、ウィル国内の開拓を望んでいたな。森林を切り開いて農地となし、新たな村を作って人を住まわせると。ならば試みにドーン伯爵領の北部の土地を彼らに預けてみるか」
「あの森と沼地ばかりが広がる広大な土地をでありますか? おまけにあの一帯はモンスターの徘徊する危険な土地」
「だが冒険者の知恵と、ゴーレムの力をもってすればどうであろうな? 森の木を刈り、沼地を干すことも、意外と容易く行えるかもしれぬぞ。開拓が成功したならばその領地を冒険者の所領とし、功ある冒険者を我が臣下に列するもよし」
 サーシェルは意味ありげな笑みを浮かべ、次のように言い切った。
「たとえ冒険者に任せたとしても、その試みは十中八九は失敗に終わりましょうな」
 シャルナーもやはり意味ありげな微笑みを唇の端に浮かべ、ペンを取って冒険者ギルドに出す依頼書をしたため始めた。
 その3日後。シャルナーからの依頼書を携えた使者が、冒険者ギルドの事務員に告げた。
「シャルナー閣下はご決断なさいました。ドーン伯爵領の北部の土地を冒険者に任せ、その開拓を担わせると。この依頼はその先駆けとしての調査依頼です。北部の土地には過日に戦闘の行われた『惨殺の廃墟』をはじめ、古代の廃墟が点在しています。そのうち比較的に大きなものは『廃墟の塚』『廃墟の塔』『廃墟の館』の3つですが、これらは現在モンスターの巣になっていると考えられます。さしあたってはこの3つの廃墟を目標地点とし、モンスター退治を兼ねた調査を行っては如何かと。なお現地へはフロートシップの乗り入れが許可されておりますが、陸路を行くならばオーガ達が道案内となりましょう。ああそれから‥‥ドーン伯爵領に出没する謎の怪人には、くれぐれもお気をつけを」

●ブンドリ号
 王都のフロートシップ発着所では1隻のフロートシップが待機中。実はこの船、ウィルに墜落した謎の領空侵犯船。冒険者の希望により修理・改装が行われ、今や引渡しを待つばかり。
「ところでこの船、まだ名前が決まっていませんが」
「敵からぶん取った船だ、とりあえずブンドリ号とでもしておけばよい」
「ブンドリ号ですかぁ‥‥」
 ゴーレム工房長オーブルのやっつけ仕事的な言い方に助手は呆れ顔。まあ、いつものことだけど。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4286 鳳 レオン(40歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

オリバー・マクラーン(ea0130)/ ヴェガ・キュアノス(ea7463)/ ザグ・ラーン(eb2683)/ 元 馬祖(ec4154

●リプレイ本文

●デスハートンの魔法
 王都のフロートシップ発着所を発ったブンドリ号は、南下して大河の上空に出ると進路を東へ転じる。その飛ぶ有様はまさに矢の如しだ。
 水晶球のはめ込まれた舵輪を握るのはシャルロット・プラン(eb4219)。
「ブンドリ号、よいネーミングです」
 彼女もこの船の名が気に入っているが、ウィルへの侵犯行為を繰り返した船だけあって、旧型フロートシップとしては操作性がいい。
「いい機会ですし、腕が鈍ってないか全力でいってみますか」
 加速するとその速さはたちまち時速100km近くにも達し、これなら優に限界時間内で目的地へ着ける。
 その代わり、今は冬場だけに船の舳先に立てば殺人的な寒さが襲ってくる。周囲に遮蔽物のある船内ならいいが。
「操船は緊張しませんか?」
 交代で操縦士を務める鳳レオン(eb4286)が、横から尋ねてきた。
「純粋に楽しいですよ。立場的になかなか弄らしてくれませんから」
 船は最初の目的地、フェイクシティに到着する。発着所には騎士ボラットが迎えに来ていた。
「元人質達への配慮に深く感謝します」
 治療院副院長のゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)はボラットに礼を述べ、共に治療院派出所に向おうとすると、目の前にサイクザエラ・マイ(ec4873)がいる。ゾーラクとはひと悶着あった冒険者だけに、思わず周囲の者達も身構えた。
 しかしサイクザエラは穏やかな口調でこう言った。
「ゾーラク、副院長降格おめでとう。貴様はいけすかない存在だがマリーネ姫様が認めた女として、それだけで貴様を信用してやろう。私から見て、彼女は人間として女性として素晴らしい人だ。だから約束してもらいたい。彼女を悲しませること、泣かせることは生涯しない、と」
「もちろん約束します」
 それでも短い会話が終わると、サイクザエラはゾーラクの傍を離れ、彼女に冷ややかな視線を向けながら独りで何かを呟いていた。
 冒険者達がここに来たのは、治療院派出所に収容されている元人質たちにかけられた魔法の正体を見極め、その解除を試みるためだ。冒険者にはニュートラルマジックとリムーヴカースの魔法を使える者が2人いるので、まずはその魔法を使ってみる。そして派出所に滞在中のジプシーを呼び、リヴィールマジックの魔法で確認してもらった。
「どうですか?」
 ジプシーは首を横に振る。
「駄目です。魔法はかかったままです」
「もう一度、解除を試みてはどうじゃな? ヴェガ殿にはこれを」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が仲間に差し出したのはソルフの実。
「これはかたじけないが、しかし‥‥」
「いや、この前のことがあるのじゃしな」
 ユラヴィカは以前の依頼で後味の悪いうっかりをやらかして、その罪悪感があるようで。導蛍石(eb9949)もヤーヴェルの実を口にして、再び魔法の解除を試みる。
 だが結果は同じだった。
「これはデスハートンの魔法かもしれません。人間の魂の一部もしくは全部を奪う魔法です。奪われた魂は白い玉となって、デビルもしくは魔物の手に渡ります」
 蛍石はそのように考える。ヒントをくれたのは仲間の冒険者だった。元人質たちは誰もが真剣に話を聞いている。そのうちに1人が尋ねてきた。
「どうしたらその魔法は解けるの?」
「魔法を解くにはあなた方から抜き取られた白い玉を回収し、体内に戻す必要があります。白い玉はあなた方の捕らえられていたドーン伯爵領のどこかに保管されているはずです」
 それを聞いてアリア・アル・アールヴ(eb4304)が発言する。
「その魔法の話は私も聞きましたが、これほどの人数に使われた例を他に知りません。さて、ここにいる皆さんの今後の処遇をどうしたものか‥‥」
 当初の考えではデスハートンの魔法をかけられた者のみ、引き続き派出所への収容を続け、残りは段階的に解放していくつもりだった。しかし全員がデスハートンの魔法をかけられているとなると、話は違ってくる。そのことを皆で相談するうちに、ボラットが提案した。
「一部の方々についてはアネット騎士団領で引き取る用意もあります。万が一の事態に備え、引き続き監視下に置くことになりますが、生活の場が広がることで不便も軽減されましょう」
 正式な決定は次の機会に持ち越しだが、相談が終わるとゾーラクはボラットに当座の資金として1千Gを提供。ボラットは恭しくそれを受け取った。

●領主館での会合
 フロートシップは次の目的地、ラシェット領の中心部へ。フオロ分国東部王領補佐官であるアリアには、この土地に住む元領主・元騎士たちと会合する予定があった。
 一同の待つ領主館に着くと、アリアは携えてきたレミエラの素体27個を提供した。
「これが噂のレミエラか」
「見た目はガラス細工だが‥‥」
「魔物には強力な武器となるのだろう」
「しかし使い方がよく分からぬな」
 皆の反応は今ひとつ。さて本題だ。アリアは以前から話に上がっていた、ラシェット領への監査導入の話を持ちかける。
「報告書を定期的に陛下に送っている東部諸郷ならば監査人の話は受け入れやすいかと。今のうちに検討を願います」
 皆は顔を見合わせ小声で言葉を飛び交わせ、やがて元騎士の1人が全員を代表して発言した。
「それがエーロン陛下のご意思とあらば我らも従う所存。なれど監査人については信用のおける人物を願いまする。この土地で知りえた情報が、よもや我らに仇なす敵に渡ることがあってはなりませぬからな。でき得ることならその役目は有能かつ信頼のおける冒険者の誰かに。アリア殿もその候補の1人とさせて頂きましょう」
 続くアリアの話は、ドーン伯爵領北部の開拓について。
「今回振られたドーン領北部の開拓話は採算が怪しいですが、定期的に人が外部から立ち入るには良い口実になります。襲ってくる魔物を迎え撃ちながらの前進と防御も兼ねますので、ハンに攻め入る苦労と何処が違う? と問われれば苦笑せざるをえませんが」
「ならば今回の調査に我々の内からも同行する者を。ドーン伯爵家の出方を探るには良い機会なれば」
「ではそのように」
 こうして話し合いの結果、元騎士の数名がドーン伯爵領への調査に同行となった。
「ところでアリア殿。我らの親族が未だ、治療院派出所に滞在中の件だが‥‥」
 元騎士から例の件について問われたので、アリアは現在の状況を説明した。
「つまり問題の解決には、奪われた魂の一部を取り戻すことが必要ということか。なればそれまでの間、この領主館の近くにでも場所を借り、魂の一部を奪われた我らが親族をそこに住まわせては如何であろう? 勿論、万が一に備えての監視は怠らぬが、できるだけ我らの身近な場所に住まわせてやりたいのだ」
「検討しましょう」
 アリアは約束した。

●ドーン領の謎
 ラシェット領での用事も済み、フロートシップの出発準備が整う。船の操縦はレオンに代わった。
「以前にフロートシップを操縦したのは半年以上も前だからな。少し動かせば操縦の勘を取り戻せると思うが‥‥」
 レオンが舵輪を握って思念を送ると、船はゆっくりと浮かび上がる。進路を東に向け、速力を徐々に増していく。気がつけばラシェット領の発着所ははるか後方。船はそのまま東へ伸びる街道に沿って空を行く。
「いいぞ、この調子だ」
 森を越えるとドーン城が見えてきた。下界には森を切り開いて作られた発着所が見える。レオンは巧みな操縦で船をそこに着陸させた。あっという間のフライトで少々物足りない感がある。
 到着したその日に、冒険者達を迎えての晩餐会がドーン城の大広間で催された。
「おや、その剣は?」
 当主シャルナーの腰に帯びた剣にシャルロットの目がいく。シャルナーは剣を抜いて彼女に示した。
「貴殿の友人の冒険者から頂いたものだ。見事な剣だ。これは我らが友愛の記念として」
 晩餐会の料理にはシャルロットの持ち込んだチョウザメ2匹も供されていた。ついでに腹の中のキャビアも。
「これが珍味として名高いキャビアか」
 シャルナーはキャビアを口に運び、味わって一言。
「確かに珍味には違いない」
 料理人は腕のいい者揃いのようで、テーブルを埋め尽くす料理の味は抜群。それでもシャルナーはいつものように、顔を覆うマスクを外そうとしない。
「時に騎士団長殿、厨房の者達と色々話をされたとか」
 シャルナーがシャルロットに尋ねてきた。
「それが何か?」
「下々とのお付き合いがよほど好きと見えるが‥‥いや、今後もお好きなように」
 続いてシャルナーはアレクシアス・フェザント(ea1565)に言葉をかける。
「高名なるルーケイ伯が直接乗り込まれるとは光栄の極み。して、遺跡には真っ先に向われるのか?」
「愛馬オフェリアと共に。道案内はオーガ達に頼む」
「危険な道中だ。竜と精霊のご加護を」
 シャルナーの受け答えは礼儀正しかったが、アレクシアスは心中で思う。
(「ドーン伯爵領の開拓‥‥。以前の提案がこう返ってくるとはな。何か目論見があっての事かもしれんが、逆にこの機を利用して問題の地域以外への調査にも手を伸ばす事も出来よう」)
 その夜。アレクシアスは従者として同行してきた元騎士と寝室を共にしたが、その元騎士からこんな話を聞いた。
「見ての通り、ドーン伯爵領は物生りに乏しい土地です。耕作地といえば城の周りに申し訳程度。周囲は森だらけだが林業が発達している訳でもなし。それが何故、先王エーガンに目をかけられ、今は亡き先の当主は伯爵にまで登りつめたのか? ‥‥実はこんな噂があります。先の当主は領内の遺跡に埋もれていた数多くの財宝を見つけ出し、その力で先王の歓心を買ったのだと」
「成る程、そういう話があったのか」
 アレクシアスは納得する。
「最近では多数のゴーレムを購入していることからも、その豊かな財力がうかがえる。晩餐会の食事にしても、辺鄙な土地柄にしては贅を尽くしたものばかりだった。シャルロットが厨房で調べてくれたが、ハンの商人経由で数々の食材を調達してもいるな」
「そのハンの商人とやら、必ずしもまっとうな商人とは限りませぬ。中には‥‥」
 言いかけて元騎士は口をつぐむ。かさかさっという小さな物音が聞こえたのだ。
「‥‥おっと、壁の裏にはどんなネズミが潜んでいるか分かりませんからな。では今夜はこの辺りでお休みを」
 その夜、アレクシアスはなかなか寝付けなかった。頭の中では元騎士の話が繰り返される。
(「疑問だらけだ。ドーン伯爵領の財力は、どこから来るのだ?」)

●森道を行く
 翌朝。ドーン城から森を見れば、城に近い場所から昇り立つ煙が目に映る。オーガの狼煙だ。合流地点はここだと告げている。
 アレクシアスとシャルロットは、その場所で仲間たちと落ち合った。
「これで全員か」
 森道を通ってやって来たのは蛍石、アリア、シフールのユラヴィカとディアッカ・ディアボロス(ea5597)、そしてオーガの族長ゴロンゴスに率いられたオーガが10人。オーガ達の携える武器には、以前に冒険者が贈った魔法の武器もある。
「道案内を頼んだら、一緒に戦いたいとついてきてな」
 ユラヴィカが説明する。
「このちっこいのからもらった大サケは旨かったぜ! 今度も大暴れしてやるぞ!」
 と、族長ゴロンゴス。アレクシアスもお礼にワインを10本、提供しようとしたが、
「それを渡すのは後の方がよいじゃろう。今ここで渡して酒盛りになっては仕事にならぬじゃろうからな」
 と、ユラヴィカに止められた。
「ついてこい。廃墟の塔はこの道の先だ」
 オーガの案内で一行は森道を進む。深い森だ。
「しっかし今回は翼の生えた馬が2匹かよ。どっからそんな生き物を見つけてくるんだ?」
 アレクシアスと蛍石の連れてきたペガサスが、オーガ達には珍しい。ディアッカのペット、グリフォンとエシュロンも驚きの種だ。
「そんなちっこいくせに、物騒な生き物をペットにしやがって」
「そこへいくと、そっちの弟分は可愛いねぇ」
 オーガの1人が指差したのは、ユラヴィカの連れ合いのエレメンタラーフェアリー。飼い主と並んで立つと、大きさが違うだけで姿はそっくりだ。
 最初は軽口を叩いていたオーガ達だが、森道を進むにつれて警戒感を露わにする。
「鳥の声が聞こえねぇし、獣の糞の臭いもしねぇ。この辺りは魔物がうろつき回ってやがるんだ」
 ディアッカの携える『石の中の蝶』がゆっくり羽ばたき始めた。
「魔物がいます」
 同じアイテムを持つアリアもそれに気づく。
「まだ近づいてくる気配はありませんが、我々を監視しているのでしょうか?」
「私にお任せを」
 ペガサスに跨った蛍石が空に舞い上がる。デティクトアンデットの呪文を唱えると、森の中に潜む2匹の魔物が感知できた。体の小さな小物だ。
「魔物はあそこだ! ホーリーを放て!」
 主人の言葉に従ってペガサスはホーリーを放ち、蛍石は再び魔法で探査を試みる。魔物は感知できない。素早く逃げ去ったようだ。
 蛍石とペガサスは仲間の元へ戻り、一行は再び森道を進む。夕暮れも近づいた頃、沼地の広がる場所に出た。
「今夜はここで一泊しよう」
「それにしても辛気臭い場所だな」
 沼地には濁った水がどんよりと広がり、腐臭が鼻につく。殺風景な場所だ。冒険者達はテントを張って焚き火を起こし、夜も交代で見張りに立つ。
 『石の中の蝶』の動きに絶えず注意を払い、ディアッカが焚き火の傍で見張りを続けていると、テントの中からユラヴィカが出てきた。
「う〜、なかなか寝付けないのじゃ。さっきからずっと、誰かに見られているような気がするのじゃが、気のせいじゃろうか?」
「いいえ、あながち気のせいとは限りませんよ」
 シャルロットもテントの中から姿を見せた。
「敵はこの近くから我々を見張っています。私の直感がそれを告げています」
「あっ! あれは‥‥」
 不意にユラヴィカは声を出し、夜空を見上げた。
「何か?」
「今、空の高いところを何かが飛んでいったように見えたのじゃが‥‥」
 ディアッカも夜空を見上げるが、見えるのは闇ばかり。『石の中の蝶』も動かない。だが例え魔物が夜空を飛んでいたとしても、距離が大きく離れていれば感知はできない。

●廃墟の塔
「蝶が動きました。ゆっくりです」
「また魔物か!? これで今日になって4度目だ!」
 ディアッカが声を発するや、ペガサスに乗った蛍石が空へ。上空から探知魔法で探りを入れ、こそこそと森の中を逃げていく小物の魔物を感知した。すぐに蛍石は地上に戻る羽目になる。
「近づいたと思ったらすぐに逃げる、その繰り返しだ。奴ら、まるで戦う気がないぞ」
 朝方、沼地を発った冒険者達は、ずっと森道を進み続けていた。魔物は何度も接近してきたが戦いには至らず。そうして廃墟の塔の間近へとたどり着いた。
「見えたぞ、あれが廃墟の塔か」
 森道の先に崩れかけた建物が見える。以前は高い塔だったのだろうが、今はそのかなりの部分が崩れ、一番高い場所でも4階建ての建物程度。森の木々は間近にまで迫り、塔は巨木の陰に隠されて遠くからは見えにくい。
 十分に距離が近づくと蛍石が探知魔法を唱える。塔の中には魔物がいた。
「人間並みのが十数体に小物が3匹! わらわらひしめいてるぞ! 黄昏、レジストデビルを!」
 ペガサスに防御魔法をかけさせ、早々と準備を整えると冒険者とオーガ達は遺跡の中へと突入した。
 中にひしめいていたのは、動き回る死体の群れだった。どれもこれも腐敗が進行し、凄まじい腐臭を放っている。が、その分動きはひどく鈍っており、冒険者の敵ではない。剣を振るい魔法を放ち、その半分を片付けた頃合に、物陰から翼の生えた小鬼が3匹飛び出してきた。
「ゲェヘェヘェ! 逃げるが勝ちだぜぇ!」
 ホーリーを放つペガサス。
「ぎぃええええ!」
 魔法をくらった小鬼が絶叫するが、命を奪うまでには至らず。小鬼どもは森の中へ逃げ込み、残った死体の魔物が片付くまでそう時間はかからなかった。
「‥‥これで終わりか? あっけない」
 続いて皆で遺跡の調査を開始。
「おっと、足元が危ない」
 遺跡の壁や天井には、今にも崩れそうな危険な箇所がいっぱい。空中移動できるシフールの仲間がいて助かったが、それでも遺跡に残された物品はほとんどない。
「この遺跡に残されていた品々は、まるでごっそり持っていかれたような‥‥おや?」
 遺跡の床に落ちた燃えカスにユラヴィカが気づく。リヴィールポテンシャルの魔法で調べると、それは松明の燃えカスだった。
「今の時代になって、この遺跡を訪れた者がいるようじゃが‥‥」
 その夜。一行は廃墟の塔で一泊した。その夜も、魔物は冒険者の前に姿を現すことはなかった。だが‥‥。

●沼地の工事
 翌日。朝の訪れと共に、廃墟の塔から狼煙が上がる。その煙を目印にして、レオンの操縦するブンドリ号が廃墟の塔へと接近する。
 上空から見下ろすと、廃墟の塔の近くに広がる沼地が見えた。着陸を邪魔する木立がないから船を下ろすのに丁度いい。
「3‥‥2‥‥1‥‥成功だ」
 沼地の端に船を着陸させると、レオンは安堵の吐息をつく。
「おっと、船が少し傾いていますな」
 そう言ったのはセオドラフ・ラングルス(eb4139)。整地されていない沼地だから仕方ないが、今後の攻略のことを考えるとフロートシップの発着に便利な拠点を作る必要がある。
 それにラシェット領の『役立たずの沼地』と同様、沼地という魔物に利用しやすい土地がある限り、モンスターは後から後から湧いて出よう。ならばゴーレムを用いて沼地を開拓してしまうのが最良だ。
 そう考えたから、セオドラフは工事のためにバガンを持ち込んだ。
 ゾーラクもゴーレムグライダーに乗って工事を手伝う。仕事は主として上空からの土地の検分だ。
「ここから廃墟の塔までは‥‥300mというところでしょうか。拠点とするには申し分ありません」
 工房に特注で作らせたゴーレム用スコップも持ち込んだので、バガンに乗ったセオドラフはその使い勝手を試してみる。この辺りの沼地は人が沈む程の深みはないが、土が軟らかいからゴーレムが足を取られやすい。
「おっと‥‥気をつけねば」
 スコップの使い心地は上々。しばらくすると、蛍石がペガサスに乗ってやって来た。フロートシップの船影に気づき、廃墟の塔から駆けつけたのだ。
「私は空から魔物を警戒しよう」
「では、あそこの森を調べてくれますか? 最初にあそこから木材を調達したいので」
 セオドラフに頼まれ、蛍石はすぐ近くの森の上空へ飛ぶ。探知魔法で調べると、そこには小物の魔物が隠れていた。
「今度こそ‥‥!」
 攻撃のタイミングを計りつつ魔物の気配を追う。魔物はひたすら森の中を逃げる。
「あまり船から離れすぎてはまずいか?」
 船の位置を確かめようと振り返り、蛍石は気づく。群れをなして空から船に近づく影に。
「あれは何だ?」
 ビュウ! ビュウ! ビュウ!
 空気を裂いて矢が幾本も飛んできた。蛍石は敵兵が潜む森におびき出されたのだ。
「しまった!」

●敵襲
 その頃。廃墟の塔の1階でユラヴィカが龍晶球に念を込める。魔物が近づけば輝くはずの指輪の宝石に変化はない。この遺跡に足を踏み入れて以来、定期的にこうして確認しているのだが、いつもこの調子だ。
 それでもユラヴィカは、ペットのエレメンタラーフェアリーに促した。
「そちらの魔法はどうじゃな?」
 こちらのブレスセンサーの魔法も毎回反応なし。恐らく今回も同じだろうと思いきや、
「森の中に人がいるよ。たくさんで囲んでいるよ」
「何じゃと!?」
 シャルロットが落ち着き払った声で言う。
「‥‥これは嵌りましたか」
 今になっていきなり現れたのなら、敵の可能性が濃厚だ。
「偵察に行きます」
 急ぎディアッカが飛び立ち、目立たぬよう遠回りして塔の周囲の森の様子を探った。
 確かに森の中には敵兵がいた。その1人に目をつけると、巨木の枝の陰に隠れたディアッカはリシーブメモリーの魔法を唱える。敵兵との距離は15m。呪文の詠唱を気がつかれはしないかと冷や冷やしたが、幸い気づかれずに済んだ。
 その直後。塔の中のアレクシアスに、ディアッカからのメッセージがテレパシーで届く。
(「敵の考えを読み取りました。これは罠です。もうじき攻撃が始まります」)
「何だと!?」
(「今から敵の作戦内容を伝えます。すぐに脱出の準備を」)
 敵の作戦を伝えられるや、アレクシアスは直ちにそれを皆に伝えた。
 時を置かずして、ユラヴィカの龍晶球が輝き始めた。
「敵じゃ! 急接近しておるぞ!」

●脱出
 塔を取り囲む森の中では、カオスの手先たる敵兵どもが襲撃の時を今か今かと待っている。
「ルーケイ伯爵に空戦騎士団長、こんなにおいしい獲物が2人も飛び込んでくるとはな」
「おい、来たぞ!」
 空を見上げると、こちらに向ってくる幾つもの黒い影がある。翼の端から端まで4mもあるハゲワシの魔物だ。その足にぶら下がったのは油の樽だ。
 ハゲワシの魔物の爆撃が始まった。塔の周囲に油の樽が次々と落とされ、割れた樽から油が撒き散らされる。すかさず敵兵が火矢を放ち、塔の周囲は炎の海と化した。
 続いて周囲の森からも魔物の群れが現れた。霧を吐く大ネズミの魔物だ。その光景を見て敵兵は残忍な笑みを浮かべた。
「炎と霧とで連中は塔に足止め。後はじっくりと料理してやれば‥‥うわああっ!」
 敵兵の言葉は悲鳴に変わった。ディアッカの乗るグリフォンが頭上から襲いかかったのだ。
「野郎っ!」
 別の敵兵が切りかかったが、そいつの顔面にエシュロンが体当たり。
「うがあっ!!」
 ひるんだところにグリフォンのくちばしが襲い掛かった。
 魔物ネズミが霧を吐く。廃墟の塔は炎と霧とに包まれる。
「うろたえるな、奴らは袋のネズミだ! ‥‥何っ!? これはどうしたことだ!?」
 敵兵を率いる隊長が目を見開く。冒険者達は炎の燃え上がる場所を巧みに避け、霧の中を平気で逃げていくではないか。それもそのはず、一行を先導するのはユラヴィカだ。エックスレイビジョンの魔法を使えば霧の中でも見通せるのだ。
「追えーっ!! 逃がすなーっ!!」
 後を追って森道に駆け込んだ敵兵どもを待っていたのはオーガの斧。
「ここから先は一歩も通さんぞ!」

●危機一髪
 同じ頃、ブンドリ号も敵襲を受けていた。
「魔物だ! 魔物が現れたぞ!」
 警告の叫びが船内に響き渡る。真っ先に現れたのは翼の生えた小鬼の群れだ。
「ゲェヘェヘェヘェ!!」
 小鬼どもは嫌な笑い声を上げながら船内に侵入し、手当たり次第に物をぶち壊しまくる。
「怯むな、敵は小物だ!」
 乗り合わせたラシェットの元騎士たちが応戦を始めた。
「これ以上、船をぶち壊されてたまるか! ブンドリ号は俺が守る!」
 レオンも甲板に出て空飛ぶ敵に矢を放つ。すると突然、船の甲板が霧に包まれた。
「どうした、何が起きた!?」
 それは霧吐く大ネズミの仕業。霧に紛れて襲いかかるその攻撃に味方は苦戦する。さらに空からも。
 ヒュウ────ッ、バキィッ!! 落下音に続き、破裂音と共に油の飛沫が飛び散る。
「今度は何だ!?」
 霧で視界を遮られ、レオンは状況が十分に理解できない。
「気をつけろ! 空からも爆撃だ!」
 サイクザエラが叫ぶ。インフラビジョンの使えるサイクザエラは味方で唯一、状況が見えていた。空からはハゲワシの魔物が油の樽を落とし、甲板は油まみれ。近くの森にも次々と敵兵が現れ、火矢を放ってくる。
「早く船を出せ! うかうかしていると火事になるぞ!」
「外に出ている者は早く船へ戻れ!」
 急ぎレオンは操船室に戻り、間一髪のタイミングでセオドラフのバガンが船に戻るとブンドリ号を急発進させた。船の甲板を覆っていた霧が下界に遠ざかる。
 だが、ゾーラクがまだ船に戻っていない。ゾーラクはグライダーで必死に船を追いかけている。その頭上からハゲワシの魔物が強襲をかけた。鋭い爪がグライダーの翼をつかみ、グライダーはバランスを失って失速。転がるように地面に突っ込み、ゾーラクは投げ出された。
 よろよろと起き上がったゾーラクにハゲワシの魔物が迫る。だが、すんでのところでグリフォンとペカサスが現れ、横合いから攻撃を阻む。
「ゾーラク!」
 ゾーラクは蛍石の声を聞いた。蛍石はペガサスの上からゾーラクに手招きしている。敵兵を振り切り、ディアッカのグリフォンと共に救援に駆けつけたのだ。
 損傷したグライダーを置き去りにし、ゾーラクはグリフォンにしがみついた。力強く羽ばたき空へ舞い上がる2匹の獣、その進む先にはブンドリ号の姿がある。

●廃墟の館
 他の仲間とは別行動を取り、オラース・カノーヴァ(ea3486)はドーン伯爵領の東の端にある廃墟の館を目指す。ドーン城を出てからはフライングブルームに乗って森沿いの道を進んだので、日数をかけずに到着できた。
 廃墟の館は崩れかけた石造りの建物。王都にある貴族の館ほどに大きいが、その周囲のあちこちに骨が散らばっている。魔物に襲われた犠牲者だろうか?
 とにかくここまで来た以上は、何もせずには帰れない。館に踏み込めば魔物との戦闘になるかもしれないが。
「戦闘は先手必勝、一撃必殺でいくぜ」
 オラースは聖剣「アルマス」デビルスレイヤーを構え、油断なく周囲に目を配りつつ廃墟の館へと近づいていった。
「ククククク‥‥ククククク‥‥」
 どこからともなく、くぐもった不気味な笑い声が聞こえてくる。
「悪趣味な野郎だな。おい、隠れてないで姿を現せ」
「私はここだ」
 崩れかけた館の屋根の上に人影が現れた。黒いローブをまとい、フードを目深に被って素顔を隠した男。オラースには見覚えがある。
「どこかで見た姿だと思えば、役立たずの沼地のひとさらい野郎じゃねぇか」
 だが、それだけではない。ローブ姿の男の左右には魔物がずらり。大きいヤツに小さいヤツ、強そうなヤツに弱そうなヤツ、美しいヤツに醜怪なヤツとよりどりみどり。
「こりゃ、きつい戦いになりそうだぜ」
 聖剣を握るオラースの手のひらに力がこもる。
「向こう見ずな冒険者め、これだけの数を相手に1人で戦うつもりか?」
 不意に、ローブ姿の男は右手を前に突き出した。
「それとも、これが欲しいのか?」
 その手のひらの上には白い玉。
「それはデスハートンの白い玉か!?」
 ローブ姿の男が白い玉を投げつける。それをオラースがキャッチしようとするや、横から飛んできた翼ある小鬼に横取りされた。
「返せこの野郎!」
「ククククク‥‥おまえがそれを受け取るにはまだ早い。53人の魂から取り出した白い玉、彼らの魂の一部は廃墟の塚にある。それが欲しくば取りに来い。私はそこで待つ。ククククク‥‥」
 目の前の男の姿が大ガラスに変じ、空に舞い上がる。その配下らしき魔物どもも鳥や虫やコウモリに姿を変え、空の高みへと飛び去った。
 1人残されたオラースは呆然と空を見上げていたが、ふと気づく。
「そういえば‥‥ヤツはどうして俺達が白い玉を探していることを知っていたんだ?」
 まさか、治療院派出所にスパイがいるのか?

●王の怒り
 他の冒険者達と共にフロートシップで王都へ帰還すると、サイクザエラは直ちにエーロン王の屋敷へ足を運んだ。マリーネ治療院副院長の件で、王に奏上すべき事があったからだ。
 だがその話を聞いた後、エーロン王は冷厳な視線をサイクザエラに向けて、
「もうよい、帰れ」
 と命じた。サイクザエラが退出した後、エーロン王は同席していた補佐役に命じる。
「あの者の言葉を記録に残す必要はない。副院長を悪女マラディアと同等に見なすなど、あまりにも愚かしい」
 だが、事はこれで収まりはしなかった。しばらくすると王の部下が血相変えて館に飛び込んできた。
「大変です! あのサイクザエラが事もあろうに‥‥!」
「今度は何事だ!?」
「とにかくあの男を止めねばなりません!」
 サイクザエラは王都の人々に触れ回っていたのだ。
「エーロン陛下はゾーラクを魔女として処刑するご聖断を下された! 皆で陛下の栄光を褒め称えよ!」
 それを聞いた人々は顔色を変え、口々に囁き合う。
 そこへやって来たのがエーロン王とその部下達。
「たわけがっ!!」
 王は怒りの形相で剣を抜き放ち、問答無用でサイクザエラに斬りつけた。
 ザンッ!! ざっくり斬られた傷口からどっと血が吹き出し、サイクザエラは倒れる。命じてもいない処刑を王の言葉として人々に言いふらすなど、一分国の王として許しがたき行為。公衆の面前で厳しき処罰をせねば人々に示しがつかない。
「今度やらかしたら縛り首を覚悟しておけ」
 トドメを刺す代わりにそう言い放ち、王は振り向きもせず立ち去る。ふと、王の口から言葉が漏れた。
「今回の騒ぎがカオスを利する結果にならねばよいが。治療院については早急に対策を講じねばなるまい」
 去り行く王の姿を人々は不安な表情で見送る。その中にただ一人、人知れず含み笑いを浮かべている男がいた。
「実に面白い見世物だった。これはぜひとも、あの方にご報告せねば」