マリーネ姫と闇の魔物2〜アネット家の闇
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月11日〜03月16日
リプレイ公開日:2008年03月19日
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●オープニング
●姫の怒り
マリーネ姫は怒っていた。
「魔物にむざむざとお屋敷の中に侵入され、侍女達を操られて火事を起こされた挙げ句、逃げられてしまうなんて!」
カオスの魔物が下町で少女を浚い、その救出に冒険者が乗り出す最中に発生した事件だ。マリーネ姫親衛隊隊員と冒険者達が姫の身辺をがっちり固めていたお陰で、姫は難を逃れたとはいえ、自分の住処にまで魔物に侵入され、配下の者達に危害を加えられたことで姫のプライドは傷ついた。しかもいっそう腹立たしいことに、姫の父親でありながら普段は何かと影の薄いモラード・アネット男爵が、余計な時にしゃしゃり出て、逃げる魔物を追う冒険者の邪魔をしたのだ。
「あんな邪魔さえ入らなければ、魔物を倒すことが出来たのに!」
姫の怒りように取り巻きの侍女達はおろおろ。衛士長もかける言葉が見付からず黙り込む。しかし親衛隊員ルージェ・ルアンは感情を抑えた口調で姫に言葉をかける。
「姫のお怒りは無理なからぬこと。ですが、魔物に浚われし少女の救出に成功したことは、不幸中の幸いかと」
その言葉に姫も落ち着きを取り戻す。
「そうね、その通りだわ」
「冒険者諸氏、並びに下町の民が力を合わせたからこそ、成し遂げられたことでございます」
ふと、姫は思い立つ。
「そうだわ。協力してくれた下町の酒場のみんなに、何かご褒美の品を贈らないと。‥‥だったら銀の食器と銀の燭台がいいわ。ご褒美に相応しい綺麗な品だし、振り回せば魔物を倒す武器にも使えるし」
大胆で実用的な姫の発想に、思わずルージェは微笑みを誘われた。
●黒い犬
下町の酒場『妖精の台所』では少女シャーナの救出を祝って、ちょっとした祝宴が繰り広げられている。マーリオとシャーナの兄妹はもとより、その両親に祖父母に子ども達と、一家全員が招かれた。
実は客として招かれたのがもう1匹。
「へぇ、でっけぇ犬だな」
店の客が驚いた声を上げる。
シャーナにぴったり寄り添うのは、大きくて真っ黒い犬だ。
「この犬、親切な商人のおじさんからの贈り物なんだ。魔物に殺されたロッシの代わりにって」
と、マーリオが言う。
「貰ってから日が浅い割には、ずいぶんシャーナに懐いているじゃないか」
黒い犬はシャーナにぴったり寄り添い、離れようとしない。でもシャーナはまったく笑顔を見せず、どこか怯えた様子で。
「あの事件以来、シャーナはまったく笑わなくなっちまってな」
シャーナの父が耳元で囁き、店の客はうなづいた。
「あんな怖い目に会ったんだ、無理もないさ」
不意に、それまでずっと黙っていたシャーナが店の女将に話しかけた。
「お願いがあるの‥‥。あたし‥‥マリーネ姫様のところへご奉公に行きたいの‥‥。助けてもらったお礼に‥‥」
女将は目を丸くした。
「自分からそんな事を言い出すなんて、シャーナは偉いねぇ」
やがてその話はマリーネ姫の元に伝わり、シャーナに同情する姫は彼女を館で働かせることに決めた。
●怨恨の悪女
冒険者達の調べによれば、マリーネ姫を付け狙う悪女の正体はマラディア・ペレンという女らしい。度重なる聞き込みでそれが分かった。
マラディア・ペレンはかつての王領アーメルの代官ラーバス・ペレンの娘。先王エーガンの暴政下でのし上がったいわゆる『横領』代官で、アーメルの富を独り占めして贅沢三昧にふけった。だが隣領ルーケイの叛乱がアーメルにも飛び火すると、ラーバスは代官の勤めを放り出して遁走。その臆病な振る舞いがエーガン王の逆鱗に触れ、ラーバスは代官の地位とその財産全てを剥奪された挙げ句、罪状書きを張り付けられた晒し者となって王都中を引き回された。
その処罰がよほど堪えかねたのだろう。ラーバスは程なくして首吊り自殺。しかもラーバスに業を煮やしたエーガン王は亡骸の埋葬を許さず、首吊り死体が腐り果ててもなおこれを見せしめとして放置させた。
「凄まじい話だな。ラーバスの娘であるマラディアは、どれほど深い心の傷を負ったことか。先王の寵姫であるマリーネ姫に、マラディアが深い恨みを抱くのも納得できる」
と、話を伝え聞いた親衛隊員ルージェは言う。しかしもう一人の親衛隊員カリーナ・グレイスは、きっぱりと言ってのけた。
「だからといって、カオスの魔物との結託は決して許されることではない。たとえ魔物がマラディアの心の傷に付け込み、いいように利用していたとしてもだ」
●新たな使命
2月も終わりに近づいた頃。王領ラシェットの悪代官フレーデンに対し、フオロ分国王エーロンの王命による討伐戦が決行され、討伐軍はさしたる犠牲もなく大勝利を収めた
マリーネ姫はフオロ王家を代表して討伐戦の勝利を見届ける大役を果たし、王都に凱旋。そして時は流れ、討伐戦の後始末も一段落した頃、エーロン王はマリーネ姫を自らの元へ呼び出した。
姫の前に広げられたのは、フオロ分国東部の地図。
【フオロ分国東部の略図】
∴∴∴∴∴∴川∴∴∴∴森森┏━━━┓↑北
∴∴∴┏━┓|┏━━┓森森┃∴∴∴┃
森森森┃01┃|┃02∴┃森森┃∴03∴┃
■王都┗━┛|┃∴∴┃森森┃∴∴∴┃
□□04∴∴∴|┗━━┛森森┗━━━┛
==================大河 →ショアへ
01:アネット男爵領(旧ローク男爵領、旧レーン男爵領、旧ルアン騎士領含む)
02:王領ラシェット(旧ラシェット子爵領、旧ロウズ男爵領、旧ラーク騎士領含む)
03:ドーン伯爵領(旧ワッツ男爵領、旧レビン男爵領含む)
04:王都南部諸領(ワザン男爵領、シェレン男爵領、王領バクル、ホープ村)
「この地図が示すように、かつては数多く存在したフオロ分国東部の諸領地も、今では3つの領地にまとめられている。そのうちアネット領に組み込まれたのが、旧ローク男爵領、旧レーン男爵領、旧ルアン騎士領だ。だが王領ラシェットに組み込まれ、悪代官フレーデンの支配下に置かれた諸領地と同様、アネット領に組み込まれた諸領地も、悪い状況に置かれている」
討伐戦に際しては、川を間にはさんで王領ラシェットに隣接するアネット男爵領の調査も、秘密裏に冒険者によって行われた。だが、そこには長年に渡って放置された荒廃地が、延々と広がるばかり。
「俺としては旧ローク男爵領、旧レーン男爵領、旧ルアン騎士領をアネット領から切り離し、王領ラシェットに組み込みたい。そして一気に復興を図る」
このエーロン王の構想により、マリーネ姫は新たな使命を得ることになった。
「マリーネ、おまえにアネット男爵への書状を託す。おまえはフオロ分国王エーロンの代理人としてアネット男爵と領地再編の交渉をなし、男爵の返事をもらってこい」
マリーネ姫にとっては父親との交渉、とはいえ親子関係はよろしくない。
現在、アネット男爵は貴族街にある王領代官レーゾの館に滞在中で、相変わらず酒浸りな生活を送りつつ、骨董品集めに精を出しているという。当然ながら、マリーネ姫とアネット男爵の交渉は王都で行われることになる。
●噂
嫌な噂が王都の貴族の間に流れ始めていた。
「ここだけの話だが、酒浸りのアネット男爵に愛人が出来たらしい」
「話なら私も聞いた。男爵の元に足繁く通う怪しげな女がいるとか」
「その女、何でもかのマラディアにそっくりだとか」
どうやら何者かが意図的に噂を流しているようだ。マリーネ姫の交渉に悪影響を与えねばいいが。
●リプレイ本文
●治療院分院
王都ウィルにはエーロン治療院がある。これはフオロ分国王エーロンがその王子時代の終わりに、伝染病対策を目的として設立したものだ。設立には少なからぬ冒険者が協力しており、そのこともあって冒険者達が治療院の助けを借りることもこれまでたびたびあった。薬草の提供を冒険者が求めた時には、実質的な治療院の管理者であるランゲルハンセル副院長は快くこれに応じてきた。
しかし冒険者の活躍の場が増えると共に、治療院に求めるものも増えた。合戦に際しては大量の薬草が必要となり、救護所を設ける仕事も治療院に任される。冒険者が依頼先で出会った病人が救護院に送られてくることもある。
こうも仕事が増えては、伝染病の予防に伝染病患者の隔離と治療対策という、治療院が本来為すべき仕事がおろそかになってしまう。そこで副院長は治療院の分院を設け、冒険者が持ち込んだ仕事に対応させることを提案した。
治療院に積極的に関わる女医ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)にとっても、副院長の提案は非常に魅力的だった。そこで彼女も副院長との連名で、エーロン王に治療院分院設立の進言を為した。
「治療院分院で使用する薬草については、王領ラシェットに組み込まれるであろう旧ローク男爵領、旧レーン男爵領、旧ルアン騎士領で行うのがよろしいかと存じます。これはアネット領再編に伴う王領復興事業の一環として行うもので、土地を追われた旧騎士や領民に職と報酬を与えることで、領地の復興と労働意欲の向上を図ることができましょう。分院が設立された際、私にはその活動全ての責任を負う覚悟がございます。何卒、ご一考をお願い致します」
王の返答は早かった。
「ゾーラク、おまえの熱意とこれまでの働きぶりは俺も知っている。だからこの度の奏上を認め、治療院の分院設立を認可しよう。分院長にはゾーラクを任命する」
エーロン王の認可が下りると、ゾーラクは所持金から3千Gを治療院分院のために提供した。その内訳は次のようになる。
分院設立資金として1000G。
治療に必要な薬草等を栽培する為の種や、栽培道具の購入費用に500G。
現地で栽培する人を雇う賃金等、栽培費用に500G。
包帯・古ワイン等治療道具の備蓄、治療兵制度の維持費用、戦時の救護所設置等、分院の活動に係る一般財源に1000G。
治療院分院の建設地については、エーロン王の補佐役である騎士リュノー・レゼンから、次の提案が為された。
「王領ラシェットの南には、冒険者達がフェイクシティと呼ぶ都市型訓練施設が建設される予定です。エーロン治療院分院は、この施設に併設するのが良いと思います。大河の畔なので人や物資の移動が容易く、医療訓練を施す場として最適です」
●アネット領の現状
先のフレーデン討伐戦の折り、アネット領に潜む反代官派と接触して共闘の切っ掛けを作ったのがリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)だ。彼女は引き続き反代官派と連絡を取り合い、アネット男爵領に組み込まれた旧ローク男爵領、旧レーン男爵領、旧ルアン騎士領の現状について報告させた。
反代官派からの報告は秘密裏にシフール便で送られてきたが、現状は芳しくない。その情報をリュドミラは資料として取りまとめると、マリーネ姫や仲間達に報告した。
「エーロン王陛下の仰る通り、少なくとも反フレーデン一派が潜伏していた地域周辺のアネット領では王領ラシェット同様の荒廃具合で、フレーデン討伐後も改善の兆しはみられないそうです。領主アネット男爵の無策から領地は貧しいままに放置され、領地の治安を預かるはずの騎士にしても、領民から勝手に税を取り立てて貪り私腹を肥やす者が大勢います。お陰で領民は貧しさに喘ぎ、多くの者が無気力状態に陥っています。騎士団の存在で盗賊やモンスターの被害は何とか抑えられてはいますが、このままの状態が続けば領地の地力が失われていき、やがてはカオスの魔物の跳梁跋扈を許すことにもなりかねません」
●シャーナと黒い犬
マリーネ姫の身辺は常に親衛隊と衛士達が守っているが、必要とあらば冒険者達も姫の警護につく。これまで幾度も姫の命を助けてきた冒険者だから、姫の取り巻きの中に文句を言うヤツは誰もいない。
「ところで、新しくお屋敷に入ったシャーナさんは?」
セシリア・カータ(ea1643)が姫に仕える侍女に問う。
「呼んで参りますわ」
侍女はシャーナの名を呼びつつその姿を探すが、シャーナは見付からない。
「困ったわ。こんな時にどこへ行ったのかしら?」
すると、屋敷の窓から外を見回していたオラース・カノーヴァ(ea3486)が、小さな娘の姿を見つけた。黒い犬と一緒になって、お屋敷からかなり離れた庭の隅にいる。
「あれがシャーナか? あんな所で何やってんだ?」
「さあ‥‥」
戸惑いを見せる侍女。
「ちょっとシャーナの様子を見てくるか」
言いながら、オラースはセシリアと共にシャーナの所へ向かう。しばらく歩くと、手元に用意した『石の中の蝶』がゆっくりと羽ばたき始めた。魔物が近くにいる証拠だ。
「どうやら、どんびしゃらいしぜ」
オラースはセシリアに『石の中の蝶』を示す。
「やはりあの犬が‥‥」
しっ! オラースは身振りでセシリアの言葉を制し、やがて2人はシャーナのすぐそばに来た。
「よぉ、シャーナ。元気にしてたか? ちゃんとメシ食ってるか?」
声をかけ、オラースはシャーナに名乗っていなかったのを思い出す。
「失礼した。オラース・カノーヴァだ」
しかしシャーナは、自分を魔物から救ってくれたオラースの顔を覚えていた。
「助けてくれて‥‥ありがとう」
小声で言いながらオラースに向けたシャーナの目は、怯えて救いを求めるかのようで。
「仲良しだな‥‥? この犬と‥‥」
オラースの言葉にシャーナの返事はない。シャーナの表情はひどく強張っている。オラースがちらりと『石の中の蝶』を見ると、蝶は激しく羽ばたいている。
「こいつは見たことない犬だぞ。珍しい犬かもしれない。調べたいが、預かっていいか?」
何気ない風を装って言葉をかけると、黒い犬がさっとシャーナの側を離れ、そのまま屋敷の敷地の反対側へ駆けていく。同時に『石の中の蝶』の羽ばたきが弱まる。
間違いない、あの犬は魔物だ。
「あ〜あ、いっちまったよ。あの犬、俺が嫌いなのか?」
そう言ってオラースは、連れてきたペットのセッター犬『ペンドラゴン』をシャーナに預けた。
「代わりと言っては何だが、俺のペットだ。こう見えても名ブリーダーなんだぜ」
言いながらオラースは、ペンドラゴンに身振りで命じる。シャーナをしっかり守れと。
シャーナはペンドラゴンに抱きついた。顔には安堵の表情。黒い犬と一緒にいた時とは、まるで反応が違う。
ひとまずオラースとセシリアはシャーナから離れ、共に屋敷の警戒に当たるマグナ・アドミラル(ea4868)に、シャーナと黒い犬について知ったことを告げ知らせた。
「あの黒い犬は間違いなく魔物だ」
「そうか、やはりな」
マグナが案じていた通り。しかし今はまだ、犬に化けた魔物を討つ時ではない。まずはシャーナの家族の無事を確認するのが先だ。もしかしたら魔物は、シャーナの家族の誰かを人質に取っているかもしれないのだ。
●黒い犬の出所
「これはこれは酒場の男爵様に鎧騎士様、よくぞお越し下さいました」
と、シャーナの家を訪れたセデュース・セディメント(ea3727)とルエラ・ファールヴァルト(eb4199)を、シャーナの家族は総出で歓迎する。
「家族全員、揃っていますね?」
「はい」
「あれから身辺に怪しい事は起きませんでしたか?」
「いいえ、何も」
家族の情報をマグナが求めていたので、ルエラは念入りに確認した。後で近所の者からも確認を取ったが、シャーナ以外の家族が異変に巻き込まれた気配は無い。
「実は近々、下町の酒場『妖精の台所』にてささやかな祝いの宴を開きたいと思い‥‥」
と、セデュースが話を切り出し、話が進んだところでさりげなく黒い犬のことを訊ねてみた。
「黒い犬の贈り主は商人の方とのことですが、骨董でも扱っておられるのでしょうか?」
「よくご存じで。はい、骨董を始め、貴族向けの高価な品々を扱っておられるお方です」
商人の店はシャーナの家族から聞き出すことが出来、次に2人の冒険者は件の商人の元へ向かった。
「はい。平民の娘シャーナに黒い犬を贈ったのは、確かに私でございます」
と、見事な調度品の数々が置かれた客間で、商人は訪れた冒険者2人に愛想良く答える。
「詳しい経緯を話して頂けますか?」
と、ルエラ。
「実はさる貴族の方からご注文を承りまして。魔物に殺されたシャーナの犬の代わりに、黒くて大きな犬を買い与えて欲しいということでしたので、その如く致しました」
「その貴族の名は?」
「生憎と本人の強い希望がありまして、その名は誰にも明かせないのです。黒い犬も私からの贈り物ということにしてあります」
商人の口は堅く、その貴族の名は聞き出せそうにない。仕方なく2人は客間を退いたが、店の出入口で仲間のオラースとばったり出会った。
「オラース、どうしてこんな所に?」
「実は、アネット男爵への手土産にする骨董品を買い集めていたんだがな」
親しげに会話するルエラとオラースを見て、商人はにこやかに愛想笑いを浮かべている。
「おや、お二方はお知り合いでしたか」
ふと気がつき、ルエラは商人に尋ねてみた。
「もしかして、アネット男爵もこの店によく来るのか?」
「はい。アネット男爵様は当店のお得意様でございます」
●シャーナの告白
ここはマリーネ姫の屋敷の一室。中では冒険者達が話し合っている。近くに魔物がいない事は確認済み。『石の中の蝶』は羽ばたかない。
「そうか、シャーナの家族は無事か」
セデュースとルエラの報告を受け、マグナは安堵した。これで黒い犬に化けた魔物が再び現れたら、容赦なくぶった斬ることが出来る。
「じゃが、フオロ東部の復興に合わせたかのように、マラディアとアネット男爵の噂が流れた、と。人を惑わすカオスの魔物の罠、単に評判を落とすような簡単なものではなさそうなのじゃがのう」
ヴェガ・キュアノス(ea7463)がそう言うのを聞いて、マグナが言う。
「もしも商人に黒い犬を注文した男がアネット男爵なら、カオスの魔物に組する者として、姫様に類が及ぶかもしれん。それが、マラディアの真の狙いかもしれんな」
「同感です」
と、セオドラフ・ラングルス(eb4139)。
「マラディア・ペレンがアネット男爵の愛人になった──それが真実かはともかく、わざわざ噂になるように動いているのなら政治的意図があるのでしょうな。アネット男爵のスキャンダルを作り上げ、男爵の子であるマリーネ姫様の政治的立場も悪くする、といったところですか。『領主としての仕事も放り出して遊び惚けているだけでなく、カオスと手を組んだ大罪人と繋がりがある、などと知れ渡れば討伐の危険もある。ならばいっそ‥‥』などと囁いて、男爵に叛乱を起こさせるつもりかもしれませぬな。マラディアそしてその背後にいるはずの黒幕は」
「噂については私も調べてみましたが、聞き込みだけでは限界があります。ここはアネット男爵の元に直接乗り込まないと‥‥」
セシリアが話をしていると、外で犬の吠える声が。
「あれはペンドラゴンか!」
オラースは直ぐに分かった。シャーナに預けたセッター犬が異変を知らせている。
「シャーナ! シャーナ!」
シャーナの名を叫びつつ皆で屋敷を飛び出すと、広い庭の隅っこにいるシャーナの姿が見えた。黒い犬も一緒だが、前に見た時と比べると何だか様子が違う。
「あの犬、魔物ではなさそうじゃ」
早速に探知魔法を使って調べたヴェガが告げる。
「らしいぜ」
黒い犬はシャーナの横にぐったりと体を横たえている。オラースが近づき、体を揺すってもまるで反応無し。
セッター犬はさっきから、屋敷の周囲に張り巡らされた高い塀の外に向かって吠えている。まるで塀を飛び越えて逃げた何かの存在を告げ知らせるように。
ルエラも自分のセッター犬『イースクラ』を連れて来ていたが、こちらは横たわる黒い犬を警戒し、距離を置いている。何らかの異常を察知したようだ。
「シャーナ、何かあったのか?」
オラースが問うが、シャーナは強張った表情で首を振る。
「悪いけど、イースクラの散歩、お願いできますか? この黒い犬は私が見てますから」
さりげなくルエラはシャーナと黒犬の間に割り込み、シャーナに自分のセッター犬を預けると、横たわる黒い犬をじっと観察する。
「どう見ても普通の犬ですが‥‥明らかに様子が変だ」
ふとシャーナを見ると、シャーナはその場から離れず、ルエラの預けたセッター犬にしがみついている。
「何か悩みでもあるのかの? 迷える者の悩み事を聞くのもクレリックの役目。気休めと思うて、何でも話してくりゃれ」
ヴェガが言葉をかける。シャーナは言葉を発するのを躊躇っている。
「安心せい、わしらがいるかぎりシャーナには手出しはさせぬ」
「‥‥本当に大丈夫なの?」
シャーナは怯えたように周りを見回す。
「でも、魔物に聞かれたら‥‥」
「魔物なら心配いらねぇぜ」
と、オラースはシャーナに『石の中の蝶』を見せてやった。
「この蝶々を見てみな。魔物が近くにいると、こいつが羽ばたくんだ。だけど、今は動いてねぇだろ? だから魔物は近くにいねぇってことさ」
「魔物があたしに言ったの‥‥余計なことを喋ったら、あたしの家族を皆殺しにするって‥‥」
シャーナは語り始めた。自分の身に起きた全てのことを。
●噂の源
「アネット男爵とマラディアの噂‥‥。可能性としては‥‥交渉を失敗させる為だけのただの噂の場合と‥‥実際に取り入っている場合と両方考えられますね‥‥。とりあえず、交渉までどっちらかはっきりすれば対応とりやすいですし調べましょうか‥‥」
というわけで、今日もヒール・アンドン(ea1603)はアネット男爵の愛人についての噂を追っていた。
ここは平民街にある、とある酒場。貴族街からさほど遠くないので、貴族の使用人達がよく飲みに来る店だ。幾度も足を運んだせいで、店の主人にも顔を覚えられた。
「おや、冒険者のお嬢さん。また聞き込みかね?」
「だから、これでもれっきとした男なんですよ‥‥?」
見掛けはともかく、実は男であるヒールは言い返す。
「あの、お嬢さん。‥‥お近づきの印に」
すぐ近くの席に座る優男の客が、ヒールに酒を勧めてきた。
「あ、ありがとうございます」
勧められるままにヒールが酒に口をつけると、相手は言った。
「これは、マラディアさんからの奢りです」
ぶふっ! 思わず酒を吹き出すヒール。しかし幸い、酒に毒は入っていなさそうだ。
「だったら先にそう言ってください‥‥。それで、マラディアさんはどこに?」
相手はヒールの耳元で囁く。
「マラディアさんにお会いになりたければ、アネット男爵様のご領地まで来てください。実は僕、アネット男爵様の所で働く使用人なんです」
「もしかして‥‥噂を広めたのはあなたですか‥‥?」
「あはは‥‥そういうことになるんじゃないでしょうか?」
つまり、目の前にいる使用人を口を通じて、アネット男爵とマラディアの話が他の貴族の使用人に伝わり、それが貴族達の耳に入ったと。噂の伝達経路としてはこのようになる。
「どうして、あなたはそんな噂を流したんですか‥‥?」
「それは‥‥マラディアさんに直接聞いてください。僕の口からはとてもじゃないけど言えません。だってマラディアさんったら、怒ると魔物みたいに怖い人ですから。マラディアさんも冒険者の皆さんに、とても会いたがっているようですよ」
●交渉
マリーネ姫がアネット男爵との赴く日がやって来た。
「さて‥‥護衛とはいえ交渉の席ですし‥‥ちゃんとした服着ておかないといけませんよね‥‥。獣耳も今回は外しておかないと‥‥」
町中での聞き込みでは私服だったヒールも、護衛として姫に同行する今日は礼服姿。他にもセシリア、リュドミラ、ルエラ、オラース、セオドラフ、ゾーラクと、総勢で7人の冒険者が姫に同行する。
交渉の場所はアネット男爵が滞在する、王領代官レーゾ・アドラの屋敷。貴族街にある大きな屋敷だが、ルエラは事前にマリーネ姫から許可をもらい、ペガサスに乗って屋敷の上空から警戒に当たる。
「おお、空飛ぶ馬とは珍しい」
「流石は冒険者、変わったペットをお持ちだ」
姫が屋敷を訪れる話は既に、貴族街に住む大勢の貴族に伝わっていた。物見高い貴族達やその従者達が見守る中、マリーネ姫と冒険者の一行はレーゾの屋敷に足を踏み入れ、館の主のレーゾによって豪勢な客間に通される。
ところが、客間にアネット男爵の姿は無い。代わりにそこには男爵に仕える騎士が待っていた。
「私はボラット・ボルン。今は亡き奥方様のマルーカ様がご存命の頃より、男爵殿に仕えております。以後、御見知りおきを」
恭しく挨拶する騎士ボラットの顔を見て、マリーネ姫の顔がほころんだ。
「ボラット、貴方の顔を見るのは何年ぶりかしら?」
「かれこれ7年になりましょうか。姫様も大きく、そして一段と美しゅうなられましたなぁ」
大枚叩いて骨董品を買い集めたオラースが口を挟む。
「それで、肝心の男爵殿はどこに消えちまったんだ?」
「実は病気の発作を起こしまして‥‥別所で静養中でございます」
「何だってこの肝心な時に‥‥」
「なので、代わりにこのボラットめが、皆様方の相手をお勤め致しましょう。骨董品についても長らく男爵様にお仕えして来ましたので、それなりに目は利きます」
オラースが持ち寄った骨董品の一つを手に取り、ボラットはしげしげと観察する。
「ほう、これは見事な。しかし欲を言えば‥‥」
「まあまあ、骨董品の話はとりあえず後回しにして、本題を進めましょう」
と、セオドラフが促す。オラースの買い集めた骨董品はボラット預かりとなった。
「そうそう、ボラット殿はこの絵の人物をご存知ですかな?」
セオドラフはマラディアの似顔絵を見せて訊ねる。
「昨年、マレーネ姫様と和子様を弑逆しようとした大罪人にございます。その悪女が最近男爵様を狙っている、などといった噂を耳にいたしましてな。もし発見した場合は、守備隊などに知らせていただければと」
「なんと! 恐ろしきことを!」
ボラットは大げさに反応した。
「かかる悪女に男爵殿が狙われては一大事! このボラットめも怠りなく警戒致しましょう」
何だか自分の聞いた話と食い違う。──そう思いながらも、ヒールはあえて何も口に出さなかった。
「では、私はエーロン陛下の名代として交渉に入ります」
マリーネ姫はエーロン王から託された書状を広げ、ボラットの前で読み上げた。
ボラットは困ったような表情を見せる。
「それが陛下のご意志とあらば、臣民たる我等は潔く従うのみ。‥‥と、返事を返したいところですが、果たして男爵殿が何とお答えになられるか?」
「今すぐ返事を聞くことは出来ませんの?」
マリーネ姫の問いにボラットは首を振る。
「私からも。これを読んで頂きたく」
護衛と祐筆役を兼ねるリュドミラも、ボラットに書類を手渡す。書類にはリュドミラの得たアネット領の現地情報がまとめてある。
「後からアネット領に組み込まれた諸領地は現在、貧しさの極みにあります。ですが、これらの諸領地をアネット領より切り離し、王領ラシェットに組み込むことで、諸領地の再興が期待されるのです。余計なお荷物が切り離され、領地経営の負担が減じられることは、アネット男爵にとっても得策かと」
「しかし‥‥」
突然、屋敷の奧から侍女達の叫び声が聞こえてきた。
「魔物よ! 助けてぇ!」
「台所に魔物が出たわ!」
魔物という言葉にヒールは素早く反応。
「姫を頼みます‥‥!」
姫の護りを仲間達に任せ、自分は屋敷の奧の台所へ向かって走り出した。
●酒浸りの魔物
「げぇへぇへぇへぇ〜! さあ飲め、さあ飲め、さあ飲めぇ〜!!」
おぞましいだみ声が響く。台所に踏み込んだヒールが見たものは、酔い潰れて床にぶっ倒れたアネット男爵と、その周りで酒盛りを繰り広げる奇怪な魔物の群れだった。
「く、こんなところにまで現れるなんて‥‥!」
アトランティスでは『酒に浸る者』と呼ばれている魔物だ。子どもくらいの大きさで、背中に翼を持ち、全身毛むくじゃら。それが3匹もいる。台所に置いてある酒樽を勝手に開け、浴びるように酒を飲んでいる。
「魔物よ、滅せよ!」
ヒールは怒りと嫌悪にかられ、高速詠唱でホーリーを放つ。聖なる淡い光が魔物の1匹を包む。
「ぎゃああああっ!」
ホーリーをくらった魔物は叫んだ。その醜い体が聖なる力でみるみる焼けただれていく。と、思いきや。魔物は一斉に姿を消した。
「どこ‥‥? 魔物はどこ‥‥?」
しばらくの間、台所のそこかしこの物陰からがそごそいう音が聞こえ、ヒールは音の聞こえた場所にホーリーを放つ。しばらくすると、物音はまったく聞こえなくなった。
「倒すことが出来たの? それとも逃がしたの?」
デティクトアンデットの魔法を使えば魔物の居場所が分かるのだが、生憎とヒールはその魔法を習得していない。後に残るは酔い潰れたアネット男爵ただ1人。
ヒールの背後で侍女が罵る声がした。
「この飲んだくれのせいよ! 台所に入り浸って酒ばかり飲んでるから、酒好きの魔物を呼び寄せてしまったのよ!」
「でも、放っとく訳にもいかないし‥‥」
仕方なくヒールは男爵の体を担ぎ、姫と冒険者仲間の待つ客間へと運んだ。
「魔物は?」
「消えました‥‥。でも、まだ近くにいるかもしれません‥‥」
ルエラからの貸出品、ずしりと重たい携帯型風信機を使い、上空で警戒中のルエラと連絡を取る。
「空から魔物の姿は見えますか?」
「いいえ、何も」
上空からの視点でも、屋根の影や木の枝の影など、死角となる場所は数多く存在する。ましてや相手は姿を消すことの出来る魔物、見つけだすのは困難だ。
魔物の動きを鈍らせる長弓「鳴弦の弓」をかき鳴らしつつ、ルエラは空から魔物の姿を探し求めたが、魔物はついぞ見つからなかった。
酔い潰れたアネット男爵が正気づいたのは、かれこれ半日近く経ってから。マリーネ姫の顔を見るなり、男爵は不機嫌な顔になる。
「マリーネ、どうしておまえがここにいる?」
マリーネ姫は男爵の目の前に、エーロン王の書状を突きつけた。
「お読みになって!」
書状を読み終えるや、男爵の顔に無気力な薄ら笑いが浮かんだ。
「そういうことか‥‥陛下が‥‥」
心配になってセオドラフが問いかける。
「で、ご同意頂けるのでしょうか?」
「同意も何も‥‥陛下がそれを望むのなら陛下の好きにさせればいい。所詮、陛下のご意向に逆らうことは出来ぬのだからな」
屋敷の主、レーゾが客間に入ってきた。憤懣やる方ないという表情でアネット男爵に言い放つ。
「酒浸りの不養生な生活を続けた挙げ句、私の屋敷に魔物を呼び寄せてしまうとは! たとえアネット男爵と言えども、もはや我慢なりませぬ! 明日の朝には屋敷を出ていってもらいますぞ!」
男爵は自嘲気味に言葉を返す。
「ああ、出ていくとも。何処へ行ったって私は嫌われ者さ」
気まずい空気が客間を支配する。
「帰りましょう。もうここに用はありません」
マリーネ姫の言葉に、男爵に仕える騎士ボラットは申し訳なさそうに頭を下げる。そして姫と冒険者達は寒々とした思いでレーゾの屋敷を後にした。男爵との交渉はまるで交渉の態を為してはいなかったものの、男爵の発言は祐筆係リュドミラの手で、記録として残された。
●正体を現した魔物
所変わってマリーネ姫の屋敷では、マグナとヴェガの二人が屋敷の警備をしながら、アネット男爵との交渉に出向いた仲間達の帰りを待ち続けていた。
「皆、帰りが遅いのぉ。何かがあったようじゃが‥‥」
「しっ‥‥!」
マグナが手振りでヴェガの注意を促す。月精霊の光に照らされた屋敷の庭に黒い犬がいた。首を振ってあちこち見回すさまは、まるでシャーナの姿を探し求めているよう。
「待っていたぞ」
マグナが黒い犬の前に立ちはだかる。
「正体はとっくにお見通しじゃ」
ヴェガは黒い犬の後方から退路を塞いだ。
黒い犬の体が膨れあがり、それは恐ろしい魔物の姿に変わる。背中に黒い翼を持つ、人間並みの大きさを持った魔物だ。
かつてヴェガは、これと同じ種類の魔物を目にしたことがある。今はトルク城と呼ばれる王都の城がまだフオロ城と呼ばれていた頃、城の地下室に巣くっていた魔物だ。
この魔物はジ・アースの悪魔ネルガルに、とてもよく似ている。
「邪魔くせぇ冒険者どもめ!」
魔物は罵り、マグナに飛びかかった。
「くらえ、魔物め!」
魔力を帯びたマグナの斬馬刀が魔物を迎え撃つ。
「ぎゃああああっ!!」
魔物の悲鳴が轟いた。魔物の胴体はざっくりと切り裂かれていた。さらにマグナは第2撃を繰り出さんと斬馬刀を振り上げる。
「そこを動くな!」
突然、響いた女の声。
「そこを動くな!」
繰り返し言葉が浴びせられ、マグナの心が呪縛される。
(「何だ、この声は!?」)
その声には魔力が籠もっていた。マグナの心は声に逆らうことが出来なくなり、斬馬刀を振り上げたまま一歩も先へ進めない。
「マグナ! 後ろじゃ!」
ヴェガが後方を指さす。マグナが後ろに首を回すと、女の姿が見えた。
いや、見掛けは女の姿だが、これは魔物だ。マグナの直感がそう訴える。悪女マラディアに憑依している魔物に違いない。
「おのれぇ! この傷にかけて、俺様はいつか必ず貴様を殺す!」
傷ついた魔物が罵り、背中の翼で空に舞い上がる。マグナの動きを封じた女の魔物も黒いワシに姿を変え、夜空に舞い上がった。
逃すものかとヴェガがホーリーで攻撃するも、逃げる魔物に致命傷は与えられず。そのうちに魔物は夜の闇の中に姿を消した。
「討ち漏らしたか‥‥」
口惜しがるマグナ。やがてマグナの呪縛は解けた。
「じゃが、シャーナは守り通したぞえ」
2人して屋敷の中に入ると、そこにシャーナがいた。シャーナはヴェガがホーリーフィールドの魔法で作った結界の中に護られていた。
シャーナがヴェガに告げた真相はこうである。
シャーナが悪女マラディアに浚われた時、マラディアはシャーナに協力者になるよう強要し、逆らえば家族を殺すぞと脅迫したのだ。あの事件の日から暫くすると、シャーナの元に商人から黒い犬が届けられたが、その犬は人になつかぬ犬だったので、大人しくさせるには薬が必要だった。
「これが犬を大人しくさせる薬よ」
そう言ってマラディアがシャーナに渡したのは、ウィルの国の裏世界で流通する麻薬。麻薬をたっぷりと嗅がされた犬は大人しくはなるけれど、いつも眠っているような状態になる。
しかし魔物にとっては、本物の犬の代わりに自分がその犬に成り代われば済むこと。冒険者のいない場所ではあのネルガルによく似た魔物が黒い犬に変身してシャーナに付きまとい、冒険者が近くにいる場所では麻薬で大人しくさせられた本物の黒い犬が引っ張り出されていたというわけだ。
今にして思えば先の誘拐事件の本当の目的は、シャーナを協力者に仕立て上げて姫の元へ魔物を送り込むことにあったのだ。だが冒険者達の活躍で、魔物の企みは粉砕されたのである。
●祝宴
「さあ飲んだ飲んだ! 遠慮することはないよ!」
下町の酒場『妖精の台所』は大賑わい。
「魔物は取り逃がしたとはいえ、冒険者様がシャーナを護ってくれたことには大いに感謝せねば。何よりも嬉しいのはシャーナの笑顔が戻ったことだ」
いつぞやとはうって変わって、シャーナの父親は大喜び。シャーナも父親の膝に抱かれて、嬉しそうな恥ずかしそうな表情。
「シャーナの笑顔に乾杯っ!」
「乾杯っ!」
盛大に打ち鳴らされる杯。店の中は客でぎっしりだ。
「ささやかな宴のはずが、これはまた盛況になりましたな」
宴を開いたセデュースも上機嫌。この宴はマリーネ姫からの贈り物を祝うのみならず、シャーナの無事を祝う宴にもなった。姫から贈られた贈られた銀の食器と銀の燭台は、目の前のテーブルで見事な輝きを放っている。
「この銀の食器と銀の燭台は店の宝だ」
「魔物が襲ってきたらこいつでぶちのめせ!」
「だけど、うっかり泥棒に盗まれないよう用心しなよ」
「シャーナちゃん、今度魔物に襲われたら、この店に逃げ込みな。俺達が銀の皿と燭台で魔物をぶちのめしてやる」
常連の客達も口々に祝福の言葉を贈る。
冒険者を通じて真実を知ったマリーネ姫も、シャーナを咎め立てすることはなかった。その反対に、自分の館は魔物が襲ってきても大丈夫だからずっとここで働きなさいと、シャーナを励ましたのだった。これから先もシャーナはマリーネ姫の屋敷で働くことになる。
「ではお集まりの皆様方。悪しき魔物への完全勝利を目指し、この一曲を贈らせていただきます」
セデュースが音頭を取り、歌い始めたのはあの曲。
「心正しき勇士達よ、人の心の隙間につけ込む悪しき魔物に、いざ鉄槌を〜♪」
人々も一緒に声を合わせて歌い出す。
「悪しき魔物に、いざ鉄槌を〜♪」
「悪しき魔物に、いざ鉄槌を〜♪」
「悪しき魔物に、いざ鉄槌を〜♪」
リフレインの熱気が店の中を満たす。賑やかな宴はまだまだ先が長い。