フェイクシティ7〜対カオス戦闘訓練開始
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月24日〜11月29日
リプレイ公開日:2008年11月30日
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●オープニング
●戦闘訓練に向けて
フェイクシティ、それは王領ラシェットの南端に建設中の町。フェイクと呼ばれる通り、模造の建物が町のかなりの部分を占めることになる。この町は都市型訓練施設の役目を持っていて、市街におけるゴーレム戦や対カオス戦の戦闘訓練を行う場となるからだ。
完成した訓練施設の第1号は、貴族の館を模したフェイクの屋敷。
「へえ、ここで戦闘訓練をやるの?」
招かれてやって来たシフールの男の子が、屋敷の中をあちこち飛び回っては、壁や天井を指でツンツン。
「あはは、壁も天井も布で出来てるんだ!」
戦闘訓練施設だけに壁や天井などは木材を使わず、それっぽい色を塗った布を張って見た目をごまかしている箇所も沢山ある。
「これなら戦闘訓練で派手にぶっ壊した後、たやすく補修ができるだろう?」
戦闘訓練の指導役、地球人のゲリー・ブラウンが説明してやる。
「そうか、だったらお屋敷の中でどんなに暴れても、どんなにぶっ壊しても大丈夫だね!」
「おっと、屋敷をぶっ壊すのが目的じゃない。目的はあくまでも、カオスの魔物との戦闘を想定した訓練だからな」
「うん、分かった。それじゃ近いうちに、みんなを連れて来るよ」
シフールの男の子は、王都のとちのき通りに住むシフールの1人だ。戦闘訓練では空を飛ぶ小型魔物の役を担ってもらう。
「君達にやってもらうのはインプにリリス‥‥」
「え? ああ、『邪気を振りまくもの』に『黒いシフール』のことだね?」
「ああ、アトランティスではそのように呼ぶのだったな。しかし魔物の呼称が統一されていなくては、やりずらい。当地の長ったらしい呼称も何かと不便だ。ジ・アースのデビルとアトランティスの魔物は、似ているようで別物だそうだが、いっそのことアトランティスを表す識別用のA文字を頭につけて、AインプとかAリリスとか呼んだらどうだ?」
提案したゲリー、後でピエール神父のアドバイスも受けようと思う。ジ・アース出身の神父なら魔物対策にも長じていることだろう。
「ゆくゆくは騎士学院や貴族女学院の生徒も参加する予定だが、まずは冒険者とルキナスが呼び集めた女性達で最初の訓練を行う」
「で、僕達シフールは魔物のお面を被って、女の子達を追いかけ回すんだね。なんだか面白そうだな」
「いいか、これは遊びじゃなくて訓練なんだぞ」
ゲリーは念を押した。
●セーフハウス
「‥‥そういうことで約束に従い、婚前交渉の罪の償いとして然るべき奉仕活動を‥‥ルキナスさん、聞いていますか?」
「ああ、聞いてるよ」
ピエール・バレッタ神父に注意されるも、ルキナスはどこか上の空。
「いいですかルキナスさん、来年の初めには赤ちゃんも生まれることでしょう。あなたは父親になるのですよ。もっとしっかりしてもらわないと‥‥」
話の途中だったが、そこへやって来た者があった。ゲリーの連れ合いでフェイクシティの運営に協力する地球人エブリー・クラストだ。
「あら、お邪魔だったかしら?」
彼女を見るなり、仏頂面だったルキナスは態度を一変。
「そんなことはない、せっかく君が来てくれたんだ。俺の方は後回しでいいから、遠慮なく君の用事を済ませてくれ」
流石は稀代のナンパ男。
「それじゃ話をさせて頂くわ。実はフェイクシティに、危機下にある子ども達のセーフハウスを建てて欲しいの」
「セーフハウス?」
「つまり、虐待されたり住処を失ったりした子ども達が、新しい人生を歩めるよう育て直しをするための家よ。私は今、キーダちゃんの世話をしているけれど、やはり専用の施設とスタッフが必要だと感じるわ。幸い、私には過去にボランティアスタッフとして、そういう子ども達のケアに関わった経験があるし‥‥」
俄然、ルキナスは張り切る。
「そういう事なら任せてくれ! 神父との約束もあることだし、これぞまさにうってつけの奉仕活動だ!」
そしてピエール神父からも。
「私の世界でも、教会がそのような役割を担ってきました。幸い私も担当教区がフオロ東部王領に決まり、フェイクシティの教会でも定期的に勤めを果たすことになりました。私も協力しましょう」
●ご近所回り
フェイクシティ町内会会長に立候補したラーキス・ロウズは、今日も頑張っている。今日の仕事はご近所への挨拶回り、すなわちフェイクシティの近隣に定住を始めた、元領主一族の一人一人を訪ね、挨拶を続けていた。
「軍師殿の結婚式へのご協力、ありがとうございました」
「いや何かと噂の多い軍師殿だったが、結婚式が無事に済んで何より。ところでラーキス、代官殿の反応はどうだ?」
「結婚式で少しばかり言葉を交わしましたが、皆様のご協力に感服している様子でした。そろそろ町内会会長の件について、決定を求めてもよい頃合かと」
「そうか、期待しているぞ」
ラーキスが帰ると、元一族の者達は集まって彼のことを評する。
「ラーキスも随分と頑張っているではないか」
「まだ若いが、経験不足は我々の助けで補えよう」
「彼にフェイクシティを任せてみるか」
「だがグーレングは狡猾で抜け目のない男、大変なのはこれからだ」
フェイクシティ建設のスポンサー、グーレング・ドルゴは豊かな支配地を持つ王領代官だ。彼が町建設のスポンサーを買って出たのにも、交通の要所を手中に収めて権益を得ようという意図があるはず。ゆくゆくは町の住民代表になろうというラーキスにとっては、手ごわい交渉相手となることだろう。
●ゴーレム大好き
ここはフェイクシティ。フェイクのお屋敷の隣に作られた宿所は、ルキナスが見学者として引っ張り込んだ女性たちの寝泊り場所となっている。
王領代官グーレングの信任を受け、礼儀作法の教師として町に赴任したアルバーク・セバンは、アシスト役のエリーデ・ルード嬢を傍に控えさせ、女性たちと対面した。
「全員揃っていますね? おや、シェーリン嬢の姿が見当たりませんが」
何かとお騒がせなシェーリン・ラシェット、家を飛び出して今はフェイクシティに身を落ち着けた、旧ラシェット子爵家の令嬢の姿が見当たらない。
「シェーリンなら外で工事をしてるようだけど」
女性の一人が言う。
「工事ですと?」
ゴロゴロゴロゴロ!
いきなり宿舎の外から地響きが伝わってきた。何かと思って窓から外を見ると、バガンに乗ったシェーリンが、大きな丸太を担いだり転がしたりしてどっかんどっかんやっている。
「‥‥っと、バランスの取り加減が難しいわね。でも丸太運びもかなり馴れてきたわ」
冒険者が工事現場でゴーレム操縦の訓練を行ったのは少し前の話だけど、それ以来シェーリンはこれにハマりっぱなし。アルバークは思わず額を手の平で押さえた。
「やれやれ、これでは先が思いやられますな」
●家族の肖像
ここは王都の貴族街にある、王領代官グーレング・ドルゴの館。
「ご主人様、ご注文の絵が届きました」
「そうか、ついに届いたか」
小奇麗な装いの幼い侍女から知らせを聞き、グーレングは届いたばかりの品を部屋に運び込ませた。それは大きめのキャンパスに描かれた絵画。
「まあ、綺麗な絵ですこと」
「だろう。一流の絵師に描かせたラシェット家の家族の絵だ。ゆくゆくはこの絵をフェイクシティに飾ることになるだろう」
描かれている4人の人物はラシェット家の当主とその妻、そしてシェーリンの弟と妹に当たる2人の子ども。だがその絵の中にシェーリンの姿は無い。これは何を意味するのだろう?
●リプレイ本文
●セーフハウス事業
フロートシップの上からは町の全景が一望できる。教会が建ち、館と宿所が建ち、今はゴーレム整備所が建設中。
「やっとフェイクシティほんらいのもくてきがはじまるのー。ここまでけっこーながかったのー」
ウィンターフォルセのプリンセス、レン・ウィンドフェザー(ea4509)の仕事が本格化するのはこれからだ。
王都からのフロートシップが到着して関係者全員が揃うと、教会の中でセーフハウス建設についての話し合いが始まった。
「僕の故郷では、領主の奥様が戦災孤児を集めて施設を作って暮らしていました」
と、ギルス・シャハウ(ea5876)。こちらの世界に来てからは、フォルセにて聖書の翻訳事業にも関わっている。その翻訳絵本の見本を携えてきたので、ピエール神父に見てもらった。
「あまり文字に親しみのないこちらの人でも、受け入れやすいように考えて作りました」
神父は感心した様子でページを繰りつつ感想を述べる。
「これは丁寧に作りこんでありますね。ですがこれ程の本となると、さぞや高価になるでしょう」
ジ・アースでもアトランティスでも本は貴重品だ。教会の聖職者や一部の裕福な人間ならともかく、庶民が手にする機会は滅多にない。
「でもセーフハウスについて言えば、個人的には貴族学校の子弟達とあまり身分差をはっきりさせるような事はさせたくないですね〜。誰かのために生かされるのではなく、その子がどこでも独り立ちできるような教育を与えたいです」
その結果、この町のために働いてくれるのであれば最高だとギルスは思う。
「同感です。富む者も貧しき者も神の前では平等。人それぞれが己が勤めを果たし、町に一つの調和が生まれることこそ、神の御旨に適うことです」
と、神父も賛同。続いてレンと麻津名ゆかり(eb3770)からアニマルセラピー、すなわち動物との触れ合いで、心に傷を負った子ども達の回復を促す治療法の導入案が出される。
「まえに、しりあいのちきゅうじんからおしえてもらったのー」
「最初は犬や猫などから始めるとして」
「ひつようなどうぶつは、ウィンターフォルセのファームからあつめれば、なんとかなるとおもうのー」
もしも動物の世話を通じて、動物と上手く付き合うスキルを身に着けるなら将来、独り立ちした時にも役立つだろう。フォルセのファームに就労するという選択肢もある。
「私も協力を惜しみません。セラピー関係の施設の設計も、ある程度なら出来ますし‥‥」
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が賛意を示すと、いつの間にか隣からルキナスの手が伸びて肩を抱く。
「君は美しいだけではなく素晴らしい才能の持ち主なんだな。でもあまり無理はせずに俺に任せて‥‥」
放っておいたらナンパトークが止まらない。
「これこれ」
ヴェガ・キュアノス(ea7463)がルキナスをツンツンと指で突付き、話に割って入った。
「建設関係の元締めはルキナスに一任でよしとして。職員に関しては元領主一族の子女や第一線を退いた老人達から募集したり、罪人達の奉仕活動の一環として此処で仕事を手伝わせたりするのはどうであろ? 後者は適性を見てからになるがの。そしてエブリーの持つ『ぼらんてぃあ』のノウハウを伝授する、と」
「それでやってみましょう」
と、エブリー。
「それでセーフハウス事業の責任者だけど、言い出したのは私でもあるし。皆に異存がなければ私が務めることにするわ」
とりあえずの責任者がエブリーに決まると、ヴェガが尋ねる。
「保護すべき子供達をどのようにして見つけ出すか、も重要であろうか? キーダのような境遇の子は王都周辺にも数多く居ろうが‥‥」
返ってきたのはこんな返事。
「少し前までは危機的な状況下にあったフオロ分国だけど、今では情勢も落ち着いてきたわ。でも気がかりなのは国境の向こう側にあるハンの国の混乱。悪くすればその混乱はウィルの国にも波及するでしょう。そのしわ寄せを受けるのは、子ども達も含めた社会的弱者よ。今後、国境地帯には要注意ね」
●新しい命
シフール達が呼ばれてきたせいで、町は賑やかになった。
「しふ学校の代表として、迷惑をかける事のないようしっかりとやって来るんだぞ」
と、冒険者からは釘を刺されているけれど、そこは無邪気でお騒がせなシフール達。
「ねえ君、名前は何ていうの? ‥‥キーダ? 変な名前だな〜? 女の子にしては顔も不細工、まるでゴブリンの出来損ない‥‥うわっ、怒るなよ! やめろ、棒切れ振り回すな〜! 痛っ!」
からかわれた幼いキーダは、怒ってシフール達を追い掛け回す。その様子にギルスが気がついた。
「はいはい、戦闘訓練はまだ早いですよ。キーダちゃん、こっちにいらっしゃい」
ギルスはキーダをゆかりのところに連れてきた。ルキナスの妻となったばかりのゆかりだが、お腹はすっかり大きくなっている。
「キーダちゃん、よかったらゆかりさんのお腹を触らせてもらっては?」
キーダの小さな手がゆかりの膨らんだお腹に触れ、小さな耳が押し当てられる。
「音がきこえる‥‥動いてる‥‥」
「これが命ですよ」
「命‥‥?」
ゆかりがキーダに微笑む。
「この子が生まれたら仲良くしてあげてね」
「いつ、生まれるの?」
「新しい年が来てからになるわ、きっと」
「どうやってお腹から出てくるの?」
「それはね‥‥」
しばらくキーダとゆかりは語らい続けていたが、やがて診察の時間になる。ゾーラクの診察を受けたところ結果は良好、でもゆかりはゾーラクから注意を受けた。
「妊娠9か月に入ったら絶対に安静です。運動もしすぎると、疲れでタンパクと血圧があがるのでゆっくりお休み下さい。塩分を本当に制限してカロリーも少なくして。でもバランスをとった食事を摂るよう、気をつけるといいと思います」
で、その日のゆかりの夕食は、ルキナスの手料理となる。
「塩は控えめに‥‥っと。味付けはこんなもんか。野菜の付け合せ多すぎたかな? 余ったら俺が食おう」
夜が深まり御休みの時間になると、ゆかりとルキナスはベッドの中で赤ちゃんの名前を考え続けた。
「男の子ならあなたのお師匠様のライキの名を頂いて、デュライとかどう?」
「デュライか、う〜ん‥‥」
考え込むルキナス。我が子に呼びかける度に、師匠の顔を思い出すというのはどうも‥‥。
「女の子ならキリカやミライとかは?」
「キリカ、ミライ‥‥いい名前だな」
そう言って、ルキナスはゆかりのお腹に呼びかける。
「おまえは女の子かな? そうだきっと女の子だ。だからおまえをキリカって呼ぶぞ。それともミライがいいかな?」
その姿に、ゆかりは笑いを誘われた。
「あはは、あなたのパパは素敵なヒトよ☆」
●対魔物戦闘訓練
「誰だ、シャミラなんかを呼んだのは?」
かつての宿敵、元テロリストで今は傭兵隊を率いるシャミラが来ているのを知り、ゲリーは不満顔。オルステッド・ブライオン(ea2449)が事情を説明してやる。
「今の彼女は対カオスということで協調しているのだから、これを活かさない手はない。連中の戦略・戦術はカオス勢力のそれに近いそうだからな」
ゆかりはシャミラに求める。
「魔法使いの育成や戦術についてもお聞きしたいし。魔物相手の戦いなら魔法使いの育成も必要でしょうから」
「それで今回の訓練者の中で、魔法を使う素質のある者は?」
シャミラは問いかけたが、集まったシフール達も令嬢達も魔法はまるで使えない。
「ならば先の課題はさておき、今やるべき訓練をやってしまおう。まずは参加者の実力を確認したいが‥‥」
オルステッドの視線が、ゲリーのそれとかち合う。
「模範演武といこう」
「受けて立つ」
ゲリーは挑戦に応じ、2人して模擬剣を手にする。そして打ち合いが始まった。
「もらった!」
一瞬、生まれた隙を狙って繰り出されたゲリーの剣。それをオルステッドはさらりとかわし、身を翻して反撃。2人の腕と腕、剣と剣とが交差する。
「勝負ありだ」
ゲリーの剣より早く、オルステッドの剣はゲリーの喉元に寸止めを決めていた。
「すごい‥‥」
「見事だわ‥‥」
令嬢達からは感嘆の声と拍手。
「では、次はあなた達の番だ」
「‥‥え、私達も?」
令嬢達の戸惑いには構わず、オルステッドは護身術の教授を開始。
「まずは体術やナイフの扱いからスタートだな‥‥」
令嬢達、最初はおっかなびっくり。でも練習の回を重ねるうちにコツを飲み込む者もでてきた。
続いてはフェイクのお屋敷を使っての訓練。まずはオルステッドからの戒告だ。
「シフールたちよ、遊びと勘違いしていると大怪我するぞ‥‥『訓練は実戦の如く、実戦は訓練の如く行うべし』だ‥‥」
そしてギルスからも。
「審判は僕が務めますね〜。悪乗りしすぎたら遠慮なくコアギュレイトをかけますよ〜。あまり高い所を飛んでいると、落ちた時に危険かな? でも怪我人の治療はお任せくださいね〜」
ヴェガは令嬢達にアドバイス。
「魔物と向き合うのは危険じゃが、その場を切り抜ける為には屋敷の中で、対魔物の武器になりそうなものを見定めることじゃ。銀の燭台、銀の食器、銀のトレイ。貴族の屋敷であれば、そこそこに銀製の品がある筈。それをぶつけてやれば、小物の魔物を怯ませる事ぐらいは出来るぞえ」
いよいよ訓練が始まる。
「シ、シルリーナ‥‥行きます!」
1番目に大広間へと足を踏み入れた令嬢はおっかなびっくり。緊張の面持ちで部屋を進んでいると、テーブルの陰から魔物のお面を被ったシフールが飛び出した。
「魔物だぞ〜!」
「きゃあ!」
「どうした〜、俺が怖いか〜?」
魔物役のシフールは令嬢の目の前をばたばた。
「銀の武器、銀の武器は‥‥!」
食器棚に置かれた銀食器を目にすると、令嬢はそれをつかんで投げつける。でも狙いが逸れた。
「チッ、チッ、チッ、もっとよく狙わないとねぇ〜」
魔物役のシフール、いきなり急降下して令嬢の足元に。
「だめっ、そんな所に‥‥あっ!」
どでぇん! 慌てて足を滑らせ、令嬢はひっくり返る。
「痛い、痛い‥‥」
「は〜い、そこまでです」
ギルスが令嬢の所に飛んでいく。
「大丈夫、たいした怪我じゃありませんからね〜」
その有様に冷ややかな視線を向けるシャミラ。
「まるで子どもの遊びだな」
●救護所にて
ゾーラクは訓練場の近くに救護所を設置。訓練が進むに従って、ぽつりぽつりと負傷者が運ばれてくる。
「あ痛てててて‥‥銀食器で思いっきり殴るんだもんな〜」
ベッドに寝かされてぼやくシフール。でも応急処置の訓練にはもってこいだから、ゾーラクは令嬢達に手順を説明しながら治療を施す。
「これは打撲傷ですね。軽傷なので緑の札を」
負傷度を分類するトリアージの札を首にかけると、ゾーラクは傷口を消毒し包帯を巻く。しばらくすると、レンとシャミラが一緒にやって来た。
「おしごと、ごくろうさまなのー」
シャミラはシフールの首にかけられた緑の札に目を留める。
「トリアージか」
「はい。実際の現場では応急手当で済む人と、クレリックなど治癒魔法の専門家が必要な人が出るでしょうから、その分類ができれば救護活動もスムーズに行えると思い‥‥」
「だがカオスとの戦いとなれば、救護活動もそうすんなりとはいくまい。一見、軽傷に見える者が実は毒を盛られていたり。救護所が襲撃を受けることもあろう。医者だって狙われる」
シャミラはちらりとレンを見て続ける。
「実はプリンセスと話をしたが、頭脳的な魔法の使用ということで意見が一致した。今後は魔法の訓練も行いたいところだ。我々、対カオス傭兵隊も協力しよう」
●ゴーレム訓練
ここはフェイクシティの一角。
「で、ここには王都ウィルの町並みを模した訓練施設が出来る予定なんだが‥‥」
説明するルキナスの前に広がるのは、間隔を置いて並ぶ杭の列。杭の間にはロープが張り巡らされている。
「さしあたってはこれで代用だ。これを王都の通りだと思ってくれ」
「それでは始めましょうか」
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の指導によるゴーレム訓練が始まる。
「今回は街中での戦闘を想定した訓練です」
「家をぶち壊さずに魔物を追い詰めればいいのよね」
シェーリン、さっそくゴーレムを起動。飛び回る魔物役のシフールを追いかけ始めたが、勢い余ってその足がロープを踏んづけ、ぶちっとロープが切れる。ジャクリーンから注意の声。
「やはりというか‥‥まだまだ周囲の気配りが足りません。これが本物の町だったら、通りに並ぶ家をぶち壊していますよ」
ふと、シェーリンが言う。
「ねぇ、あたし思うんだけどさ。町の中で敵と戦うなら、人型ゴーレムよりもグライダーの方が向いてない? グライダーなら家の屋根の上を自由に動けるじゃない?」
「でも実際には家の屋根や壁が視界を防いで、敵を見つけるのにも不自由するものです」
「だけど、やってみる価値はあると思うわ」
さて訓練が終わると、セオドラフ・ラングルス(eb4139)がシェーリンを待っていた。
「何か‥‥」
「話があります」
周囲に人気のないのを確かめ、セオドラフは切り出す。
「あなたは本当に領主になりたいのですかな?」
「え!?」
「あなたの願いが、ただ『幸せなラシェット家を取り戻し守り続ける事』なのでしたら、無理をして領主になるより別の選択肢もありましょう。思えばフレーデン討伐以降、あなたの興味は領地そのものよりゴーレムに移りましたな。それはゴーレムが『家を守る』ための最も分かりやすい力だったからではありませぬか? ですが『領地を守る』には領主個人の武勇では足りませぬ。領地を豊かにし、信頼できる味方をより多く作るための交渉力・政治力が求められます。もしどうしても『領地を守る』事に一生懸命になれぬのでしたら、領地は信頼できる誰かに任せる事にし、ご自分はそれを守る役目‥‥たとえば鎧騎士などになる方が、あなたにとってもラシェットの方々にとっても幸いかもしれませぬ。一度じっくり考えてみてはいかがでしょう?」
シェーリン、じっと考えている。
「そう急いで答を出すことはありません。ですがいずれ、あなたは決断しなければなりません。では、今日のところはこれで」
一礼して引き下がるセオドラフ。シェーリンは小さくため息をついて一言。
「やっぱり、あたしには領主よりも鎧騎士が向いているのかなぁ‥‥」
●赤ちゃんは女の子
現場の仕事からルキナスが戻ると、ゆかりがベッドの上で書き物をしている。
「何を書いているんだい?」
「精霊碑文学をわかり易く教える為の教本。セトタ語で試作していたの」
「精霊碑文学? スクロール魔法の?」
「それで、実はね‥‥」
ゆかりはルキナスの耳に口を近づけ、ささやく。
「エックスレイビジョンのスクロール魔法を使って、あたしのお腹をのぞいてみたの。お腹の赤ちゃんは1人、女の子よ」