フェイクシティ8〜元テロリストは甘くない

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月26日

リプレイ公開日:2009年01月29日

●オープニング

●拉致事件のその後
 年が明ける前の昨年12月、いきなり軍師ルキナスの拉致事件が勃発した。詳しくは別依頼の報告書に書いてある通りだが、事件は冒険者の手で無事に解決された。
 事件の首謀者のバードはウィンターフォルセの牢屋にぶちこまれ、共犯者の女性たちは厳重注意の上で釈放。ルキナスの処刑に使われるはずだった猛犬たちは、フォルセのファームが引き取った。
 それにしても‥‥。
「こちらでのルキナスさんの扱いが軽すぎはしませんかー? 一度、きちんとその功績を顧みていただきたいと思うのですがー。本人の行動に大きな責任があるとしても、上が軽んじれば下も軽んじてしまうものですよー」
 ルキナスが拉致されたというのに、街の教会のピエール神父も住民代表候補のラーキス君もどこ吹く風。そのことで冒険者は苦言を呈したけれど、それを聞いたピエール神父もラーキス君もきっぱりとこう言った。
「町の建設に貢献した功績は認めますが、如何せん」
「常日頃からの悪評は、功績を吹き飛ばして余りあります」
 これは困った。でも、ピエール神父はこう続ける。
「ですが軍師殿も結婚され、やがては一児の父となり家庭を背負っていくわけですから、名誉挽回の機会を与えるのが筋というものでしょう。今後は地図作成術や築城術その他、兵学の指南役として、復権の途上にある元貴族の師弟達を教育するというのは如何ですか?」
 ラーキスも頷いた。
「僕も賛成です。土地の同胞に声をかけ、軍師殿の生徒を募りましょう。ですが僕の方から呼びかけるのは、男子に限らせていただきます。問題は軍師殿にご同意いただけるかどうかですが‥‥」
 それを聞いてピエール神父がこう請け負った。
「心配には及びません。ウィンターフォルセの領主殿、もしくは軍師殿の御夫人が依頼してくださるなら、ルキナスも嫌とは言えないでしょう」

●結婚相談所
 フェイクシティのスポンサーである王領ラントの代官、グーレング・ドルゴにも冒険者の提案が持ち込まれる。
「ほう、結婚相談所の開設か」
「はい。この度の事件の後始末ですが、煽動された女性陣の中で未婚かつ恋人も居ないご婦人達については、相手を紹介すればルキナス殿の事などすぐに忘れていただけそうです。その事を抜きにしても、街の発展のためにも所帯を持つ者が増えるのは良い事ですし、そもそもフェイクシティの目的は元貴族の子弟の支援です。結婚も貧困からの脱出手段の一つですからな。そこでフェイクシティに結婚相談所の開設を」
「悪い話ではない。だが結婚相談所を開設するなら、この町よりもむしろ人の集まる王都に開設する方がよくはないか? 差し当たり、平民街の一角に場所を借りる準備をしておこう」
「おっと、1つ忘れていました。当然ながら、この結婚相談所にルキナス殿は立ち入り禁止です」
「うむ、当然の処置だ」
 グーレング氏の反応は上々。それでこの冒険者は同じ提案をラーキス君にも持っていった。でもラーキス君の反応は今ひとつ。
「結婚相談所? 確かに結婚は我々にとって大きな問題ですが‥‥。でも相談所を作ったところで、ヘンな人物に相談役をされてヘンな結婚相手を押し付けられても困ります。まずは信用できる相談役と、結婚するに相応しい結婚相手を見つけてください」

●ドラゴンガード
 元テロリストの地球人にして今は冒険者の味方、対カオス傭兵隊を率いるシャミラの元にも冒険者がやって来た。
「私に用か?」
「フェイクシティの今後について話したい‥‥。私は『戦闘訓練施設と教官・教導部隊をセットで騎士団などに貸し出す』という構想を練っている‥‥。天界のスポーツ施設とやらでよくある方法だと、天界人が言っていたな‥‥。シャミラさんの傭兵団には教導部隊になってほしい‥‥。シティの警備も兼ねてな。この構想、当面のシティの収入確保と、ウィル全体の対カオス戦闘力の底上げを狙っている‥‥」
「私のやり方は甘くはないぞ」
 と、シャミラ。
「先日、フェイクの屋敷での戦闘訓練を見せてもらったが、まるでカオスの魔物をなめているとしか思えない。下級のザコはともかく、中級・上級のカオスの魔物が出てきたら、あんな生ぬるいやり方は通用しないぞ」
「では、どうすればいい‥‥?」
「私が戦闘訓練を取り仕切る。戦いがどういうものか、みっちり叩き込んでやる」
 シャミラとの話を終えた冒険者は、ひとまず仲間の元に戻ってその話を伝えた。
「反応はまずまずだったが‥‥対カオス傭兵隊に代わる新しい名称を決めないとな‥‥」
「そうね」
 仲間の1人がテーブルにタロットを広げながら考える。やがていい名前が思い浮かんだ。
「ドラゴンガードはどうかしら?」
 その後日。軍師ルキナスのところへシャミラがやってきた。
「おやシャミラじゃないか、久しぶりだね。僕に出来ることならなんなりと‥‥」
 シャミラを見るなり饒舌になるルキナス。でもシャミラはきつい目線を送り、手に持つ図面をぐいと突き出す。
「予定されている戦闘訓練のため、この図面通りに訓練場を作っていただきたい」
 ルキナス、唖然として口をぽかんと開く。
「本当にこれをやるのか?」
「そうだ、カオスの魔物は甘くはない。訓練者には覚悟を決めてもらおう」
「だけど、果たしてついていけるのか?」
「ついていけないというのなら、それまでだ。なお戦闘訓練には私が率いる対カオス傭兵隊‥‥おっと、今後はドラゴンガードと呼称するのだったな? こちらも全面的に協力させて頂く」
 程なくしてその話は、かつてのシャミラのライバルである合衆国軍兵士ゲリー・ブラウンにも伝わった。
「流石は元テロリスト、発想が根本からして違うというわけか」
 ゲリーは感服したような呆れたような。
「で、あなたはどうするの?」
 と、連れのエブリーが言う。
「ま、今回は元テロリストのお手並み拝見といくさ」

●スポンサーの本音
 ここは王領代官グーレング・ドルゴの居室。
「ご主人様、お茶が入りました」
「そうか、ありがとう」
 主人の机にお茶を置いた幼い侍女は、部屋から出ていこうとしたその足を止める。
 幼い侍女はつぶらなその瞳を、部屋にかかる1枚の絵に向けていた。
 その絵はラシェット家の家族の肖像。4人の人物が描かれている。
「その絵が気に入ったかね?」
「ええ、立派な方々なのですね」
 グーレングは机を離れ、優しい口調で幼い侍女に説明してやる。
「ラシェット家の当主ベルナード氏とその妻アイオリーン、そしてそのご子息のネルダーにご息女のフィオリーナだ。今年9歳になるネルダーは、ゆくゆくはフェイクシティと呼ばれる町の統治者に。そして11歳になるフィオリーナはそのよき補佐役になることだろう」
「あの‥‥この絵の中にシェーリン様がいらっしゃらないのですが‥‥」
 疑問を口にする幼い侍女。確かに絵の中には、家から飛び出してすったもんだの挙句、今は冒険者と共に行動しているシェーリンの姿がない。
「ああ、シェーリンか。所詮、彼女は‥‥」
 貴族の器ではない、町の統治者たるに相応しくない。と、言いたげなグーレングだったが、あえて後の言葉は口に出さず。代わりにこう言った。
「彼女にはこれからも自分の好きな道を歩ませよう。それがもっともいい方法だ」

●今回の参加者

 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5876 ギルス・シャハウ(29歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●説得
 その日、軍師ルキナスは主のプリンセス、レン・ウィンドフェザー(ea4509)から呼び出しをくらった。場所は出産間近の妻、麻津名ゆかり(eb3770)の居室。行った先のその部屋で、ルキナスはレンに迫られた。フェイクシティ近隣の住民から要望が出された、軍事知識の指南役を引き受けろと。
「でも、相手が野郎ばっかりというのが‥‥」
 と、ごねるルキナスにレンが言う。
「いやだというなら、ファームのマリスをおめつけやくとしてしょうかんするのー」
「え、マリスを!?」
「でも、こんごのはたらきしだいでは、せんぞくのひしょかんをつけるのー」
「ひしょかん‥‥ですか」
 ルキナスの脳裏に2人の女性が浮かび上がる。鞭と縄‥‥いやファームの必需品ですってば‥‥を手に迫ってくるマリスに、筆記用具を手に微笑む秘書官のおねーさま。
 いや別に、レンは秘書官を女性にすると決めた訳じゃないのだが。
 ゆかりの方は医師の勧めもあって、揺り椅子に座り編み物をしてリラックス。そして夫に一押しする。
「この娘がいつか勉強を始めたいって言い出したら、ちゃんと教材が周りにある良い環境をあなたの手で作ってあげてほしいの」
 その一言でルキナスの心は決まった。
「愛する妻と娘のためです。その仕事、引き受けましょう」

●教本
「フォルセでは苦笑いで済んでいた事でも、貴族の街ではそうはいかないんですね〜」
 と、ルキナスの悪評にギルス・シャハウ(ea5876)は苦笑。ともあれギルスは、仲間たちの教本作りを手伝うことにした。
 作ることになった教本は2つあって、1つはゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が企画した医療の教本。もう1つは、ゆかりが企画した精霊碑文学の教本だ。ギルスにはかつて、ウィンターフォルセで絵本の聖書を作った経験がある。
「特に治療行為は文章よりも図で解説した方がわかりやすいですしね〜。あと、難しい言葉はなるべく平易に言い換えた方がいいかも」
 これはゾーラクも指摘していることだが、庶民の識字率の低さを考えればその方がいい。
 ゆかりの本も絵を重視することになったので、最初にゆかりは簡単な画材を使って、色々と絵を描いてみる。だけど見た目が判り易い絵でも、それを描くのが難しい。
「絵を描くって難しいのね‥‥あたしには地図絵師とかは無理かな」
 絵について言えば、フォルセ領主のレンは抜群に絵が上手いのだが。
 それにしても生活水準が地球の中世ヨーロッパのレベルにあるこの世界で、本を作るというのは大変な手間を要する仕事だ。活版技術がないから、本は全て手書きになる。材料に使う紙も高価な羊皮紙だから、本の値段も高くなる。もっともフォルセ領主のレンや、王領代官のグーレングというスポンサーがいるのだから、最低でも原本を1冊ずつ作る程度は出来るはず。
 そういうわけで、フェイクシティでの製本事業は始まった。完成までには長い時間を要するだろうが。

●要請
 ここは、ゆかりの居室。ゆかりの傍らでは、レンとシャミラが対カオス戦闘訓練のことで話をしている。
「‥‥ということで、よろしくおねがいするの〜」
 シャミラはニヤリと笑う。
「ではプリンセスの望み通りに。ゴールの時が楽しみだ」
 2人の話が終わると、ゆかりは50Gをシャミラに渡し、ルキナスや仲間の警護を改めて依頼した。先日はお騒がせな拉致事件もあったことだし。
「たとえ国が敵にまわっても護りたいの‥‥あたしが動けないトコを押し付けちゃって、申し訳ないけど‥‥お願いします」
「引き受けたからにはプロの仕事をしよう」
 と、シャミラは請け負った。
「それからもう1つ。シェーリンさんを特に厳しく指導して欲しいの」
「心得た。だが彼女がついて来れなければそれまでだ」
 その後、ゆかりは部屋にキーダ、アンジェ、シェーリンの3人を呼ぶ。
「ちょっとお話がしたくて。みんな将来はどうするの?」
「あたしは、これからもエブリーと一緒にいる」
 と、キーダ。
「私は鎧騎士になるの! だから毎日、ゴーレムの練習をしているの!」
 と、アンジェ。
 そしてシェーリンは‥‥。
「うーん、先のことは良く分からないけれど‥‥。多分、これからもずっとゴーレムに乗り続けていると思うわ」
 3人の答を聞いて、ゆかりはにっこり。
「ちょっとでも後悔が少なくなるような選択をしてね」

●作戦
 対カオス戦闘訓練日の前日。訓練に参加するオルステッド・ブライオン(ea2449)、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)、ギルスの3人は元貴族の令嬢ともども一室に集まり、明日の訓練に備えて意見を交わす。
「要は、トラップの襲撃をいかにかわすか、だが‥‥魔法的なトラップは見破りにくいな‥‥。こういうときは馬車を一気に走らせるか、可視化されるトラップならその場に馬車を止めて応戦するか‥‥状況に応じてとなるか」
 それに対してジャクリーンは。
「機動力に優れ探知に長けた者が先行し、罠や物陰に隠れる敵の発見に努め、安全を確認してから進んでいく方法も考えられます。襲撃者も先行した者をパスして、馬車に狙いを絞ってこようとすると思いますから、難しいかも知れませんが‥‥」
 そう言って、参加者全員に求める。
「ここは起こりうる事態を予測した上で、その際にそれぞれがどう動くかを考えて頂きたいと思います。例えば、私は弓と馬を扱う技術には長けていますが接近戦は苦手です。ならば馬上で弓を持って護衛をするか、馬車を操るのが良いでしょう」
 でも令嬢達は思案した末、多くはこう決めた。
「とりあえず、今回の訓練は見学ということで」
 結局、令嬢達からの参加者はアンジェとシェーリンの2人っきり。

●対カオス戦闘訓練
「くんれんかいしなのー、ぶじにクリアできるかたのしみなの♪」
 プリンセス・レンがわくわくして見守る中、戦闘訓練が始まる。
「この訓練は町中を走る貴族の馬車を、カオス勢力が襲撃したとの想定で行う訓練だ。馬車の走行中、私の指揮下にあるドラゴンガード隊員がカオス勢力の役割を演じ、襲撃を行う。襲撃の方法は秘密だ」
 シャミラの説明が終わると、用意された馬車にアンジェとシェーリンが乗り込む。ジャクリーンは御者台へ。オルステッドとシフールのギルスは護衛としてジャクリーンの隣へ。
 そして馬車は走行を開始する。この訓練のために用意された道の両側には、町の家々に見立てた遮蔽物がずらりと立ち並ぶ。
「襲撃者の隠れ場所はいくらでもありそうですが」
 と、ジャクリーン。オルステッドは馬車の中の2人に声をかける。
「御者台からの死角‥‥横合いや後方から敵がやって来ないか見てほしい‥‥来たら知らせてくれ‥‥」
「馬車の中からじゃよく見えないわ!」
 と、シェーリン。
「やっぱり、僕の出番でしょうかね〜」
 ギルスが空に舞い上がり、馬車と並走しつつ高い位置から周囲を探る。
「確かに、隠れ場所が多いですね〜」
「あっ!」
 突然、馬車の下の地面に、直径3mもの大穴が開いた。
 ガゴン!
「ヒィィィーン!!」
「うわ何なのこれ!」
 強烈な衝撃が馬車を襲う。馬がいななき、シェーリンが叫ぶ。咄嗟にオルステッドとジャクリーンは御者台から飛び降りた。地面の穴の深さはたった1mだが、馬の足や馬車の車輪を飲み込むには十分すぎる深さだ。馬が転び、馬車は傾いて横倒し。もはや走行は不可能だ。
 転倒した馬車の窓からシェーリンが首を出して叫ぶ。
「これからどうするの!? この場で応戦する!?」
「‥‥そうするしかあるまい」
 オルステッドとジャクリーン、油断なく周囲を見回す。ギルスは空から舞い降り、周囲にホーリーフィールドを張り巡らせると、馬車の中のアンジェに向かって叫ぶ。
「アンジェちゃん、大丈夫ですかー!?」
「私は大丈夫です!」
 ビュン! 飛んで来たのは火矢だ。それが聖なる結界に阻まれるや、遮蔽物の陰から魔法の稲妻が放たれて結界を破壊。間髪を置かず、新たな火矢が飛来する。さらにヒュウと放物線を描き、幾つもの塊が投げ込まれる。陶器の瓶に油を詰め、火の点いたボロ布で栓をした火炎瓶だ。落下した瓶が割れると、飛び散った油にぱあっと火が燃え広がる。
「あー、これは大変ですー!」
 ギルスのホーリーフィールド、敵の攻撃を阻むには威力が弱すぎた。張り巡らせるたびに何度も破壊され、その隙に火矢と火炎瓶が来襲。炎は勢いを増し、横転した馬車に燃え移り始めた。
「‥‥敵はあそこか!」
 敵の攻撃の方向を見定めて冒険者達が突撃しようとするや、その視界が煙に包まれた。
「これは魔法の煙か!?」
 これでは敵の居場所はおろか、仲間の居場所も見定められない。
「おちついてくださーい! 僕はここですよー!」
 必死に仲間を落ち着かせようと声を張り上げるギルス。
「これじゃ焼き殺されちゃう! ああっ、火が! 熱い、熱いよぉ!」
 闇雲に騒いでいるのはシェーリン。だが唐突に、燃え盛っていた炎が一瞬にして消えた。視界を遮る煙の向こうから、シャミラの声が響く。
「炎はプットアウトの魔法で消火した。全員、私の声のする方へ歩いて来い」
 その声を頼りに一同が煙の外へ脱すると、待っていたシャミラが命じる。
「まだ訓練は終わっていない。ゴールまで自分の足で歩いていけ」
 一同はそのまませっせと歩き続け、やっとゴールが見えた時、シェーリンは思わず一安心。
「殺されるかと思ったわ。‥‥でも、もう大丈夫」
 そのまま、地面に引かれたゴールのラインを踏みしめる。
 ビギィィィン!
「アアアーッ!!」
 その瞬間、地面からほとばしった雷撃がシェーリンを撃つ。ぶっ倒れたシェーリンは、自分を包囲するドラゴンガード隊員達と、自分の顔をのぞき込むシャミラを見た。
「‥‥こんなの、あんまりよ!」
 しかしシャミラは無情に言い放つ。
「訓練終了の合図が出るまで、訓練は続いているものと肝に銘じておけ。これはプリンセス・レンも承諾済みだ」

●救護所にて
 ゾーラクが設けた救護所に、2人の負傷者すなわちシェーリンとアンジェが運ばれてきた。
「おい、シャミラはやり過ぎだぞ」
 と、手伝いのゲリーが言う。ゾーラクに頼まれ、救護所の防御を強化したのはいいけれど。
「で、馬の方に怪我はないのか? 魔法のトラップに引っかかって派手に転んだが」
「僕の魔法で治しておきましたよー」
 と、付き添いのギルスが言う。
「でもシェーリンさんとアンジェちゃんは、魔法で治さずそのまま連れて行けとシャミラさんが言うのでー」
 確かにゾーラクは、訓練者の実習もかねて救護活動を行うつもりだったが。
 ゲリーがゾーラクに言う。
「救護所の防御よりも、素早く現場に駆けつけて応急処置できるようにすべきだったようだな」

●波紋
 さて、訓練の後日。オルステッドはフェイクシティへの職人の誘致に乗り出した。
「以前から要望はあったはずだしな‥‥。町としても採算のアップが図れるはずだ‥‥」
 そしてセオドラフ・ラングルス(eb4139)はルキナスと面談。話は間近に迫ったドーン伯爵領での対カオス戦についてだ。
「沼地戦において、フロートシップからの上手い揚陸手段がありませぬかな? 一夜城ならぬ一夜港でも作れると良いのですが」
「考えておこう。戦いまでに間に合えばいいが」
 さらにゲリーとシャミラにも協力を求め、その協議が終わるとセオドラフは、元領主一族の住む土地へと足を向ける。結婚相談所の相談役を探すためである。
「できればロウズ家の奥方達に、相談役になってもらえれば‥‥」
 ところが、その土地でセオドラフを待っていたのは、ロウズ家の重鎮たる老人であった。
「話は聞いておるぞ、セオドラフ。だが結婚相談所などもってのほかだ。わしは認めぬぞ」
 これは困ったことになったぞと、セオドラフは思った。

●暗転
 あの訓練の日以来、シェーリンは落ち着かず、ゴーレムの訓練にも身が入らない。
(「‥‥どうしてなんだろう? ‥‥心にぽっかり穴が開いたみたい」)
 その日の訓練を終えてゴーレムから降りると、目の前に久しく会っていなかった人物がいた。
「蒼威!」
 時雨蒼威(eb4097)、シェーリンの婚約者だ。
「あたしに‥‥話があるのよね?」
「そうだ。これまでのこと、領主とか鎧騎士とか婚約とかは、いったん白紙に戻そう」
「白紙に‥‥」
「別に君を見捨てるわけじゃない。一度、他人の意見を失くした上で、今後どうしたいか、君の意思を確認したいんだ。当初どおり、このまま政治に参加していくのならそれでいい。鎧騎士として、民草の剣と盾になり後見する道を選ぶなら、それはそれで応援する。他にやりたい事があるなら聞こう。──でも、どっちつかずはこれまでだ」
「‥‥‥‥」
「フェイクシティの事業が始まってからもう10ヶ月、色々な物に触れて、考える時間はあった筈。これから、この領地に自分がどう関わっていくか結論を出してもいいだろう」
 今すぐ答を出せというのか? シェーリンは迷っている。それを見て蒼威は言った。
「で、もう一つ。むしろこっちが本題だ。シェーリン、君の家族に会いに行け」
「‥‥えっ!?」
「つうか、今後を話し合うべきだ。王領代官の所にラシェット家の家族の肖像画が届けられた‥‥君以外の」
「‥‥それ、本当!?」
「代官が何を考えているか。今後、君達家族がどうなるか想像つくな?」
「つくわよ。代官は私の両親、それに弟と妹をいいように利用するつもりよ」
「今、ここで本気で家族の事考えないと‥‥本当にどうしようもなくなるぞ。シェーリン、今ならまだ手が伸びる。もしその気があるなら‥‥山茶花の翼は今からでも貸すぜ? 王都なんてあっという間さ」
 蒼威の指は、随伴獣のグリフォンを指差す。
「代官が何か企んだのなら俺が助けになると、最初の最初に言った筈だよ、俺は?」
「行きましょう、王都へ! あたし、家族に会うわ!」
 一旦、決意するやそれから後はあっという間。気がつけば、シェーリンと蒼威は共に王都の貴族街。目の前には王領代官グーレングの屋敷がある。
「先にお膳立ては済ませておいた。ここに君の家族がいる」
「私、話してくるわ。ここで待ってて」
 シェーリンの姿は屋敷の中に消える。ややあって中から何やら言い合う声が聞こえ‥‥しばらくするとシェーリンが戻ってきた。すごいショックを受けたようで顔面蒼白、足取りもふらふら。
「おい、シェーリン‥‥」
「ボロ負け‥‥惨敗よ」
 その言葉が全てを物語っていた。
「とにかく‥‥何があったか話を聞かせてくれ」
 そのまま立ち去ろうとするや、
「あの‥‥」
 と、背後から呼び止めた者がいる。振り向くと、1人の少女が立っていた。
「君は‥‥」
 それは家族の肖像画に描かれていた、あの少女。
「私、シェーリンお姉さまの妹のフィオリーナです。どうか、お父様からのこのお手紙を、お受け取りになって下さい」
 少女が差し出した手紙の中味は、シェーリンへの絶縁状だった。