フェイクシティ9〜泥沼のヒロイン

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月06日〜03月11日

リプレイ公開日:2009年03月15日

●オープニング

●絶縁
 王領代官グーレング・ドルゴはフェイクシティのスポンサー。豊かな王領ラントの統治を任されているだけあって、王都の貴族街にあるその館は大貴族の邸宅と比べても引けをとらない。
 その館にはしばらく前から、家族ぐるみで滞在している客人がいた。ベルナード・ラシェット元子爵とその妻アイオリーン、そして2人の間に生まれた子息ネルダーと息女フィオリーナだ。この4人はかつてラシェット領を支配していた領主家の者達。彼らは不幸にして先王エーガンの不興を買い、身分を剥奪され土地を失った。それでも復権に向けた長年の努力が実を結び、グーレングという有力な支援者を得ることに成功したのだ。
 ラシェット家はそう遠からずラシェット領の領主家に返り咲くだろうと、今では貴族界で多くの者達が噂している。
「長き道のりを経て、ようやくここまでたどり着けた。私も苦労して代書人を続けてきた甲斐があったというものだ」
 平民に格下げされて後の苦労を思い出し、しみじみと口にするベルナード。その隣に立つアイオリーンも、同じく感慨深げに口にする。
「私もどん底の暮らしの中で、復権を願う嘆願状をあちこちに送り続けたけれど、送れども送れどもなしのつぶて。でもその1通がグーレング殿の目に止まり、思えばその時から私達の運が向いてきたのですわ」
 館の部屋に並んで立つ2人の目は、ともに1枚の大きな絵に向けられている。それはグーレングがラシェット家のために描かせた家族の肖像。だがその絵の中に、彼らの娘であるシェーリンの姿は無い。
 侍女が部屋へ入ってきて2人に告げた。
「お客様です。シェーリン様がお見えになりました」
 2人は顔を見合わせる。
「なんと」
「シェーリンが!?」
 ほどなくして部屋に入ってきたシェーリン、自分の描かれていない家族の肖像を一瞥すると、ムキになって言い放った。
「お父様! お母様! あの代官の言いなりになってはダメ! あの男はあたし達家族をいいように利用するつもりなのよ!」
「シェーリン、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
 ベルナードが、とがめるような目を向ける。アイオリーンはあからさまな非難の表情。
「あなたは私達の苦労も知らないで!」
 それは母と娘、声を大にしての言い合いの始まり。
「なによ! あたしは家族のためを思って話をしに来たのに!」
「あなたにそんな口を利く資格があると思ってるの!? 勝手に家を飛び出して酒場で遊び回っていた恥知らずはあなたよ!」
「頭にくるわその口の利き方! 自分ばかりが苦労してると思い上がって!」
 途中で侍女が様子を見に来たが、あまりの凄まじさに他人の振りを決め込んでさっと引き下がる。
「いい加減、2人ともやめないか!」
 その場を制したのはベルナードの一喝。
「お父様‥‥!」
 それでも何か言いたそうなシェーリンに向かって、ベルナードは厳しい口調で言い放った。
「シェーリン、この際だからはっきり言い渡しておこう。おまえは独断で家を飛び出した挙句、下賎なる者どもと遊び呆け、ラシェット家に不名誉をもたらした。私はラシェット家の当主として、破廉恥極まりないその所業をもはや看過出来ぬ。よっと今日限りでおまえを絶縁し、一族の者の中から別つ」
「絶縁‥‥って、お父様!?」
「これからは私を父と思うな。私もおまえを娘とは思わぬ」
「‥‥本気、なの?」
「二度は言わぬぞ」
「ならいいわよ! あたしは‥‥あたしは‥‥鎧騎士になって独り立ちしてやるから!」
 シェーリンは言い返したが、その顔からは血の気が引いている。追い討ちをかけるように、アイオリーンが蔑みの言葉を浴びせる。
「あなたのような中途半端な出来損ないが、いったいどこの領主と契約を結べるというのかしら? でもそんなに独り立ちしたいのなら‥‥確か、建設中の町の近くに『役立たずの沼地』というのがあったわねぇ。治める者もいない、あの泥沼だらけの土地にでもお住みなさいな! 我がままで自分勝手で役立たずのおまえにはお似合いよ!」
 いたたまれずシェーリンは部屋から飛び出し、そのまま屋敷の外へ。そこにはシェーリンと婚約を交わした仲の冒険者が待っていた。
「おい、シェーリン‥‥」
「ボロ負け‥‥惨敗よ」
 そのまま立ち去ろうとする2人を、背後から呼び止めた者がいる。
「あの‥‥」
振り向いた2人はまだ幼い娘の姿を見た。あの家族の肖像画の中に描かれていたのと同じ顔がそこにあった。
「私、シェーリンお姉さまの妹のフィオリーナです。どうか、お父様からのこのお手紙を、お受け取りになって下さい」
 少女が差し出した手紙はシェーリンへの絶縁状。シェーリンは言葉を返す元気もない。そんなシェーリンを勇気づけるように、フィオリーナはこう言った。
「お父様はとても怒っていらっしゃるけど‥‥でも私はお姉さまのために頑張ります! 頑張って立派な貴族になって、そうしてお姉さまを鎧騎士として雇えばいいんです!」
 シェーリンは妹に弱々しく微笑んだ。
「いいのよ‥‥無理しなくても‥‥」

●決意
「中途半端な出来損ない‥‥我がままで自分勝手で役立たず‥‥あたしって‥‥あたしって‥‥」
 ぶつぶつぶつぶつ、独り言を言い続けているシェーリン。見かねてルキナスが声をかける。
「シェーリン、頼むからもっと前向きに考えようぜ」
「前向き‥‥前向き‥‥‥‥‥そうか、前向きか」
 シェーリンの目にただならぬ光が宿る。その強烈さに思わずルキナスも戦慄を覚えた程。
「いっそのこと、あの泥沼を開拓してやろうじゃない! 前から話は出てたんだし、それを実行に移すだけよ!」
「シェーリン、本気か?」
 シェーリン、目が据わっている。
「あたしは本気よ。死ぬ気でやってやるわ」

●期待の星
 ラシェット領に住む元貴族や元騎士達は、フェイクシティの今後に大きな関心を抱いている。だからグーレング卿やラシェット家の動向についても、すぐに情報が駆け巡る。
「どうやらグーレング卿は、まだ幼いネルダーとフィオリーナを支援するという形で、ラシェット家に影響力を及ぼそうとしているらしいな」
「有体に言えば操り人形か」
 先王の治世下では散々に辛酸を舐めてきた元貴族に元騎士達だ。先王の下で成り上がった代官に対する警戒心は強い。
「こういう時に、姉のシェーリンがもっとしっかりしておればなぁ」
「いや彼女は既に絶縁状を渡された身。よほどのことがない限り、期待は出来ぬぞ」
「そういうわけだ、ラーキス」
 その場にいる全員の目がラーキスに集まる。
「そなたはいわば、ラシェット領の元貴族と元騎士を代表する形で、フェイクシティに食い込んでおる。グーレングはそなたを御しやすい若者とみなし、己の側に取り込もうとするだろうが、決して誘惑に負けるな。我らの側に踏みとどまれ」
「力の限りを尽くします!」
 生真面目に答えるラーキスに、元騎士の1人が言った。
「それと、結婚相談所などと訳の分からぬことを言い出す冒険者に対しても、気を引き締めてかかるのだぞ。相応しき婚姻に非ざれば我らの結束を乱し、敵に付け入る隙を与えることになろうぞ」
「分かっております」
 そう答えたラーキスだが、心では婚約者のことを思い浮かべていた。
(「僕とルミーナの結婚、どうなっちゃうんだろう?」)

●今回の参加者

 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5876 ギルス・シャハウ(29歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アリシア・ルクレチア(ea5513

●リプレイ本文

●ヒロイン泥沼へ
「‥‥そういうわけで、みんなにも協力して欲しいの! お願い!」
 話を終えたシェーリン、思いっきり頭を下げてから皆の反応を見る。でも‥‥。
「悪いけど私はやめとくわ」
「ごめんなさい」
「とりあえず応援してるわね」
「1人でも頑張って」
「遠くから見守ってるから」
 せっかくルキナスの呼び集めた令嬢達に来てもらい、泥沼干拓への決意を示して協力を求めたのに、誰1人としてシェーリンについていこうとする者はいない。セリーシアもアンジェもシルリーナもエルリーネもエリーデも‥‥みんな他人事のような反応。
「いいわ‥‥あたし1人でやるわよ」
 シェーリン、力ない足取りでその場から立ち去り、1人っきりで部屋に篭ると拳を思いっきり壁に叩きつけた。
「なんでこうなるのよ!!」
 バキイッ!! 壁に大穴が開く。そりゃそうだ。だってここは張りぼて作りのフェイクのお屋敷だもの。
「シェーリンここにいたのー?」
 呼ばれて振り向くとレン・ウィンドフェザー(ea4509)がいた。現フオロ分国王エーロンの義妹にして、ウィンターフォルセ領のプリンセスが。
「なにか‥‥あたしに用?」
「いっしょに、ぬまちへいくのー」
「え!?」
 レンだけではない。仲間の冒険者達にルキナスも。準備は整っている。
「かんたくだん、しゅっぱつなのー♪」

●開拓の第一歩
 ここは役立たずの沼地。もう春の初めだというのに、沼地はどんよりと陰鬱。空気は澱み、植物の腐った臭いが漂う。しかも霧がたちこめ視界が悪い。
 沼の水面から顔を出す地面は迷路のように入り組んでいるが、冒険者達はその地面を渡り歩き、比較的に開けた場所へたどり着いた。
「ここを、きょうそくじょにするのー」
 レンがストーンの魔法を地面にかけると、地面は固まって岩場となった。
「確かにこの沼地をそのままにしておけば蛭による被害が出たり、以前のようにデビルが棲み付いて良くないとは思います。開拓するならまず現状把握ですが、この沼地には流れ込む川や染み出す地下水等の水源はあるのでしょうか? あるのならその流れを断たなければ思う様に作業は進みませんし、ただ埋めただけではまたぬかるんでくる可能性がありますよね?」
 霧の合間に見え隠れする周囲の景色を見やりながら、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が言う。するとルキナスも
「俺もまったく君の言う通りだと思う。それに君のような‥‥」
 レンがにらみつける。
「るーちゃん、ナンパはいいからしごとするのー」
「分かりましたプリンセス」
 シェーリンは思い悩むような表情で辺りを見回している。しかし時雨蒼威(eb4097)の視線に気づくと、こう言い切った。
「やってみせるわよ! この沼地を開拓するって決めたんだから!」
「なら、沼地の水を大河へ流し込むルートを決めないとな。空から見てこよう」
 蒼威はペットのグリフォンに乗って空へ。
「霧が邪魔だな」
 沼地から発生する霧が地面を覆っているので、地形を見定めにくい。霧が濃くなったり薄くなったり途切れたりするその合間に、蒼威は沼地の地形を把握しようと努める。そうしながらシェーリンのことを考える。
(「シェーリンの家族については、彼女自身も責任があるなこれは。だから、あれほど手紙の一つくらい送れと‥‥」)
 そしてシェーリンの家族のことも。
(「代官に、完全に良い様に吹き込まれてるな」)
「おや?」
 空から眺めるうちに気づいた。沼地には霧の湧き出すポイントが何箇所か存在し、霧はそこから周辺に広がっていくのだ。
 空から戻った蒼威は、地面に簡単な見取り図を書いて仲間達に示す。
「‥‥と、この辺りの地形はこんな感じになる。水路を掘るならこのルートだ」

●沼地の謎
 次の日。沼地に2体のストーンゴーレム・バガンが持ち込まれた。操縦者はジャクリーンと蒼威。水路掘りの作業に先立ち、レンはストーンの魔法を使って岩場を作る。この岩場は資材置き場となり、またゴーレムのための足場ともなる。
「じつはおねがいがあるのー」
 水路掘りのために、自分のグラビティーキャノンの魔法を使ってみないかと、レンは提案した。
「まあ、問題はないと思います。役立たずのまま放置されていた土地ですから」
 真っ先にルキナスが同意。他の者からも反対はなかったので、レンは試してみることにする。
 ドゴゴゴゴゴゴゴ〜ッ!!
 魔法が放たれる度に地面が揺れ、沼地の水面が波立つ。
 最初は小さな威力で。そして段階的に威力を強めていく。固まっていた地面は泥水と交じり合ってぐじゃぐじゃになる。
「そろそろ始めましょうか」
 特注品の巨大スコップを片手に、ジャクリーンのバガンが動き出した。泥と化した地面をスコップですくい、水路を掘っていく。
「これは能率的です。固い地面を掘るよりもずっと楽です」
 ガクッ! 突然、バガンの足が沼の底にめり込む。バガンは倒れて泥の飛沫を跳ね上げた。
「ジャクリーン!」
「‥‥大丈夫です。いきなり穴が開いて足を取られ‥‥でも、どうして沼地の底に穴が?」
 バガンの態勢を立て直し、ジャクリーンは足元を調べてみる。するとバガンの手が何かを探り当てた。
「‥‥これは?」
 沼の底から引き上げたそれを岩場に持っていく。皆でこびりついた泥を落とすと、下から現れたものは‥‥。
「石像じゃないか!」
 壊れた石像の一部だ。ジャクリーンが言う。
「水路掘りはひとまず中止した方がよさそうです。この沼地、底に色々と埋まっていそうですね」

●代官現る
 その後、レンはルキナスと一緒に沼地の周囲を視察。沼地を干拓することで、近くの土地を農地に流用できないかと考えてのことだ。
「しかし沼地から発生する霧が邪魔者だ。こいつを何とかしないことには‥‥」
 ルキナスが意見を述べていると、向こうから仰々しい装いの一団が現れた。
「あれは‥‥グーレングじゃないか!」
 王領代官グーレングが、お供の者を引き連れてやって来たのだ。
「プリンセス・レン、お姿をお見かけしないと思えば、こんな所にいらっしゃいましたか」
 レンに向かって丁寧な態度を取るグーレング。
「ぬまちのかんたくのためなのー」
 グーレングはにこやかな笑顔を見せる。
「ならば、是非ともこのグーレングもお力添えを。必ずやお役に立ってみせましょう」
 こんな所で話をするのも何だからと、グーレングは2人を自分の川船に誘う。王領代官の乗船たるに相応しい立派な船だ。代官が戻ると従者が告げる。
「ご主人様にお客様でございます」
 先に船に来ていた客人とはギルス・シャハウ(ea5876)。
「こちらにいらっしゃると聞きましたので〜」
 ギルスがやって来たのは、計画中の医療本についてグーレングの支援を得るため。事情を説明するとグーレングも話に乗ってきた。
「成る程、そのホルレー男爵の元で印刷技術の工夫が進められていることは分かった。知識の普及か‥‥確かに素晴らしい話ではある」
「よろしければ紹介状を書いて頂けないかと」
「良かろう」
 代官は即決し、その場で紹介状を書いて手渡した。
「男爵に宜しくと伝えてくれ」
 実はギルス、ここに来る前に王都の教会に立ち寄り、絵本聖書の印刷の許可を願い出ていた。信用ある冒険者の言葉だけにこちらも認められ、教会の司祭はホルレー男爵への請願書も書いてくれた。

●ホルレー男爵への要請
「よろしくお願いします」
「よろしくなのー」
 ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)とレンも、印刷機の貸与を願う請願書をギルスに手渡した。そしてもう1通。かつての依頼でホルレー男爵と面識のあるセオドラフ・ラングルス(eb4139)が、ギルスのために書いた紹介状を手渡す。
「男爵には宜しくとお伝えください」
「それでは行ってきまーす」
 4通の書状を携えてギルスが出発した後、レンは医療知識の豊富なゾーラクの協力のもと、医療書に使用する挿絵を描き続けた。
「全体的に大雑把で構いません。でも治療者と患者の位置関係、その姿勢や手の動きについては、はっきり理解できるように」
「こんなかんじなのー?」
「上手いですね」
 一方、ホルレー男爵領に着いたギルスは、男爵と面談する機会を得た。
「これは興味深い話だ」
 全ての請願書に目を通した男爵は、にこやかな笑みを浮かべる。
「ついては貸与料の見積もりを願いたく‥‥」
「いや、そう急ぐな」
 男爵はギルスの言葉を遮り、こう言った。
「興味深い話だが、物事には順序というものがある。具体的な条件については、まずはこのホルレーがグーレング殿に直接会ってから決めるとしよう。勿論、冒険者にも交渉には立ち会ってもらおう」

●風邪を引いて
 ルキナスの妻、麻津名ゆかり(eb3770)はキリカを出産したばかり。まだまだ静養中の身だ。その日、ゆかりはラーキスと話をしようと、ベッドの上で彼が来るのを待っていた。結婚相談所を巡るごたごたなど、元貴族・元騎士の問題について話し合うつもりだった。ところが‥‥。
「どうしたのかしら‥‥頭が重いし‥‥体がだるいし‥‥」
 体の不調を感じ、よく分からないうちに眠ってしまった。
 そして夢を見た。
「いいですか、ラーキスさん‥‥」
 夢の中で、ゆかりはラーキスと話をしている。
「とにかくラーキスさんがもっと‥‥」
 ずっと夢の中で話し続け、目が覚めるとすぐそばにラーキスの顔があった。
「気がつきましたか?」
「あの、あたし‥‥」
「熱を出して寝込んで、ずっと僕の名前を呼んでいると聞いたもので‥‥」
 ずっとゆかりの枕元で様子を見ていたらしい。
「でも、もう大丈夫ですね?」
「あ‥‥ルキナスは?」
「まだ仕事中ですが、じきに戻るでしょう。‥‥では、僕はこれで」
 ラーキスが去って暫くすると、ルキナスが部屋に駆け込んできた。
「ゆかりが病気だって!? ゆかり、大丈夫か!?」
 ゆかりはくすっと笑いを誘われる。
「大丈夫、何だか風邪引いちゃったみたい」
 で、女医ゾーラクの診断結果も、やっぱり風邪。
「ストレスによる免疫低下のせいでしょう。3〜4日で治るでしょうけれど、産後1か月は休養が必要です。気をつけなければならないのは手足の痺れ等ですね」
 そういえば、ゆかりは手足が痺れた感じがする。
「ホルモン分泌が普通のレベルになったら治る症状ですので、今は大変でしょうけど」
 ゾーラクはルキナスにも言い聞かせる。
「ルキナス様も育児に参加させて交代する時間を作るなど、休める時間を作ってみて下さい」
「そうだな‥‥忙しいけど、できるだけそうするよ」

●ロウズ翁の一喝
 フェイクシティの教会にピエール神父を訪ねた折、ギルスの口からこんな話題が出た。
「結婚相談所が出来れば、教会で式を挙げてくださる人も増えますかね〜」
 でも神父は諭すように言う。
「結婚式を挙げる以上に大切なのは、その後の人生を正しく生きることです。教会で結婚の秘蹟を執り行うことは、結婚によって生まれる家庭に、そしてその家庭に生まれる子ども達に大しても、教会が責任を持つということなのですよ」
 その頃。結婚相談所の提唱者であるセオドラフはロウズ翁、即ち結婚相談所に反対するロウズ家の老人を説得中だった。
「誤解をさせているなら申し訳ありませんが、結婚相談所はあなた方の邪魔をするつもりは毛頭ありません。むしろわたくし達は協力し合える立場にあるかと‥‥」
 そう前置きして、貴族のサロンを回って集めた最近の婚姻・縁談の事情を交えつつ話を進めたが‥‥。
「ええい黙れ!」
 ロウズ翁は声を荒げる。
「王都での流行りのことなど、どうでもよい! 我が一族が望む結婚とは双方の一族の信義によって、二つの血が結ばれることなのだ! 結婚を為し家庭を持つということは、夫と妻がその父母と祖父母、その兄弟姉妹、そしてその子と孫に対して重き責務を負うことなるぞ!」
「しかし‥‥」
 ロウズ翁の目がじろりとにらみつける。
「それほどまでに言い張るならばセオドラフよ! おのれ自身が我が一族の信義を得るに足る者であることを証し立てるがよい!」

●結集
 ここはフェイクの館。今、オルステッド・ブライオン(ea2449)は自身で呼び集めた3人を目の前にしている。その3人とはゲリー・ブラウン、エブリー・クラスト、そしてシャミラだ。
「フェイクシティの現状‥‥遅々として進まぬ計画‥‥というより方向性を見失い、本質から遠い問題が発生しているとでも言おうか‥‥代官とラシェット領旧臣の間で微妙な空気が醸成され、結婚相談所の件で表面に出て来たようだが‥‥」
「同感だ」
 ゲリーが頷き、残る2人も同意を示すのを見て、オルステッドは続ける。
「正直、対カオス訓練施設として機能するならば誰が統治者だろうと問題ない‥‥代官が余程の悪事を働かぬ限りだが‥‥。私はフェイクシティにとどまり、現場の維持に努めよう‥‥。そこで、お三方の意思確認をしたい‥‥。我々は、カオスと闘う信念の下に集った。それがこの町の本質、存在意義だ‥‥私達がそれを忘れなければ、軸はぶれない」
 そう言うと、オルステッドは3人の一人一人に確認する。
「戦い抜くことが兵士の使命だよな、ゲリーさん?」
「勿論だ」
「立場や身分を越えて人を救うんだよな、エブリーさん?」
「勿論よ」
「無闇に権力にへつらわず、理想に殉じるんだよな、シャミラさん?」
「当然だ。共に歩む同志と認めてくれるな?」
「‥‥勿論だ」
 3人の意思を確認したオルステッドは手を差し伸べ、その上に3人の手の平が重なる。
「我らは共に歩む同志だ」
 ここに4人の結束が生まれた。
「町を本格的に訓練施設として機能させねばな‥‥ラーキスらに進言しよう。手始めに騎士学院の学生たちを招いて訓練をしたい。コネはゲリーさんたちにある。後は決裁だ‥‥」
 オルステッドのその言葉を聞いてシャミラが言った。
「だが1つだけ警告しておこう。私が乗り出すからには、これまでのような生ぬるさは通用しなくなるぞ。正直言ってルキナスやシェーリンやラーキスでは、あのグーレングと対決するには役不足だ。町の支配をかけた権力闘争になろうとも、それをやり遂げるだけの覚悟は出来ているな?」
 オルステッドは答えた。
「覚悟は‥‥出来ている」

●井戸掘りドワーフの来訪
 フェイクシティを目指して歩み続ける2人がいる。1人はどっしりした体躯のひげもじゃ男。もう1人は娘だが、男と同じく立派なひげを生やしている。
 2人はドワーフの父と娘だった。
 2人が町までやって来ると、町を守る警備兵が敬礼する。
「これはこれは、井戸掘りドワーフの方ですか?」
 アトランティスで唯一、深い穴を掘ることを許された種族がドワーフである。その井戸掘り職人は、フェイクシティの所在するラシェット領でも人々から尊敬されていた。
 ドワーフの男が言う。
「そうじゃ。ゾーラク殿かセオドラフ殿はおられるかな? 沼地を干拓するらしいが、そのための話し合いに来たのじゃ」