ハンの疫病3〜地獄への一歩

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月12日〜11月17日

リプレイ公開日:2008年11月21日

●オープニング

●戦争の予兆
 ハンの国のミレム姫との結婚がウィル国王ジーザムによって申し込まれて以来、王弟ルーベン・セクテ公は忙しい。来る日も来る日も王侯貴族への根回しや、ハンの大商人達の歓待、そしてハンの国からの友好使節団との折衝などで過ぎてゆく。
 ハンの友好使節団の代表であるミレム姫は一時帰国しているが、ウィルには多くのメンバーが居残っており、ミレム姫の次なる訪ウィルに備えている。
 王都の貴族達は結婚話の噂で盛り上がっている。
「ハンの国の国王、カンハラーム・ヘイット陛下に結婚が申し込まれてから、もう1年半にもなりますか」
「もういい加減、返事があってもよろしいのでは?」
「しかしハン国王もルーベン閣下を蔑ろにしている訳ではありますまい」
「ミレム姫を代表に立てた友好使節団の訪ウィルは、ハン国王が結婚話に前向きの証拠」
「恐らくハン国王は今頃、国内の反対派を必死でなだめすかしているのでありましょう」
「ウィルとハンの王室が結婚で結ばれることを、快く思わぬ連中も大勢いることですからな」
 有体に言えばこれは政略結婚だ。セクテ公とミレム姫の結婚が成立すれば、ウィルとハンの両国は同盟で結ばれた仲になるのだ。
 そんな折、ルーベンは宮中晩餐会に向かう途中の城の廊下で、ウィルの軍事を取り仕切るロッド・グロウリング卿とばったり出会った。
「これはロッド卿、貴殿も晩餐会に向かわれるのか?」
 ロッドはルーベンに冷ややかな視線を向ける。
「生憎、私は貴婦人や淑女のお相手にうつつを抜かしている程、暇ではない」
「だが日頃から顔を合わせておくことは大事だ。ウィルの貴族に名士達、そして招かれたハンの客人、きたるミレム姫との結婚の為にも‥‥」
「無駄な努力だ!」
 ロッドの声は大きく響き、思わずルーベンも声を大にする。
「ロッド卿!」
 一転、ロッドは声を低めてルーベンの耳に囁いた。
「貴殿はハンで何が起きているかまったく知らぬようだな。それが公に知れ渡れば、浮かれた結婚話など一瞬で吹き飛ぶ」
 そしてロッドはルーベンに背を向け、言い放つ。
「戦いの準備を怠るな。そう遠からず戦争は始まる。今度の戦争は国一つが消え去る程の大戦争となろうな」
 去り行くロッドの姿を見ながら、ルーベンはつぶやいた。
「覚悟はしておこう」

●ヒライオン領にて
 ここはハンと国境を接するヒライオン領。フォロ分国王の庶子、エーザン・ヒライオンが統治する土地だ。王都からフロートシップに乗って訪れたセクテ公を、エーザンは直々に出迎える。
「ルーベン閣下、久方ぶりであります」
 先のセクテ公の視察からもう2ヶ月以上が経っていた。その間にヒライオン領には、ハンから逃れて来た難民を収容する、エーロン治療院分院の施設が建設されていた。
「これ程の規模の建物を、よくぞ2ヶ月の間に建てたものだ」
 立ち並ぶ幾つもの大きな館には、既に100人もの難民が収容されている。
「この施設の衛生環境は極めて良好だ。日当たりも風通しも良く、施設から出るゴミや排水も、周囲を汚さぬよう敷地内で安全に処分される」
 施設に勤めるランゲルハンセル副院長の言葉を聞きながら、ルーベンは施設内をあちこち見て回った。収容された難民達は血色が良く、健康状態の良さが一目で分かる。
「ランゲルハンセル殿、貴殿の働きに感謝する」
「しかし残念なことに‥‥」
 ランゲルハンセルは敷地の一角を指差す。そこには簡素な墓標が幾つも幾つも立ち並んでいた。
「ここに収容された難民のうち、既に23人の者があの疫病で亡くなった。病毒が広まらぬよう厳重な消毒を行った後に亡骸を燃やし、その骨と灰を地中深く埋葬した」
 続いてセクテ公は国境の視察へ向かったが、そこで目にした光景に言葉を失った。
「‥‥何ということだ!」
 ウィルとハンとの国境は、人が歩いて渡れる程の小さな川だ。その川の向こう側に大勢の群集がひしめいている。その数は200人にもなろうか。
「この2ヶ月で次第に人数が増え、今ではこの有様です。エーロン分国王陛下の王命により、ウィル側で受け入れる難民は100人と定められたので、彼らに国境を越えさせる訳にはいきません。ですが見過ごすことも出来ず、時おりいくらかの食料を与えています」
 ウィル側の川岸には、駐留するウィル軍のストーンゴーレム・バガンが威圧するように居並ぶ。そのお陰で、あえて川を渡ってウィルに踏み入ろうとする難民はいない。
 ルーベンの口から呟きが漏れる。
「‥‥私はもっと早くここに来るべきだった」

●潜入調査
 数日後、所は冒険者ギルドの総監室。
「‥‥こんなもんでいいでしょう」
 冒険者ギルド総監カイン・グレイスは、仕上がったばかりの依頼書に丹念に目を通し、内容に誤りが無いことを確認すると最後に自分のサインを入れた。依頼主はセクテ公。国境を越えてハンの国のウス分国内に潜入し、その内情を探るというものだ。
 ノックの音と共にドアが開く。やって来たのはロッド・グロウリング卿。
「これは閣下。今ちょうどセクテ公からの依頼書を、ギルドの掲示板に張り出そうとしていたところです。ウス分国への潜入調査依頼で、以前にさる冒険者から要請のあったものなのですが、セクテ公の認可を得て実現する運びとなりました。冒険者は国境で追い返された難民を装い、ウス分国での調査を行うことになります。道案内は、ハンから逃れて来て今はエーザン殿下の保護下にある行商人が務めてくれるそうです」
「そうか。俺の方からも冒険者への依頼がある」
 ロッド卿は懐から小さな木の札を取り出す。
「これは、割符ですね?」
 木の札には半分に断ち切られた文字。
「そうだ。これと対になるもう片方の割符は、ウス分国に潜入中の密偵に持たせてある。冒険者には指定された場所でその密偵と落ち合い、もう片方の割符を手に入れてもらう。密偵との接触が成功したならば、密偵が探り出した情報も合わせて伝えられることになろう。これはテストだ。今後増えるであろうウス分国内での潜入調査に備えた訓練の意味もある」
「成る程。それで密偵と落ち合う場所は?」
「ウス分国の都、ウスの城壁の近くだ」
「え!?」
 カインは驚いた。国境からウス分国の都までは、およそ100kmもの距離がある。5日間の依頼期間で目的を達する為には、往復で200kmの距離を5日以内に踏破しなければならない。
「マジックアイテムや魔法の力を借りねば、踏破は不可能であろう。だが今後、冒険者にはそういった任務も要求される」
「これぞ冒険者の仕事というわけですね。道案内を付けてもよろしいですか?」
「良かろう」
 ロッドはうなづき、カインは離れた椅子の上にちょこんと座るシフールに声をかける。
「クーリンカ、貴方の出番です」
「任せときな! 道案内ならお手の物だぜ!」
 クーリンカは小さいシフールだけれど、傭兵として数々の荒っぽい任務をこなしてきたベテランなのだ。

●冒険者への警告
 この潜入調査依頼においては、決して現地の食べ物を口にしてはならない。現地の食物は恐るべき疫病の病毒を含んでいる可能性があるからだ。飲み水についても同様である。もしもこの警告に従わなければ、取り返しのつかない結果をもたらす恐れがある。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

華岡 紅子(eb4412

●リプレイ本文

●出発
 ウス分国への潜入にあたり、ヴェガ・キュアノス(ea7463)は仲間に難民らしく変装するのを手伝ってもらった。多少老いて見えるメイクを施し、髪はぐしゃぐしゃに。そしてフード付きの外套を羽織って顔を見え難くする。指にはめた魔法の指輪はボロボロの手袋で隠す。
「これならパッと見て、難民にしか見えないわ」
 理美容の技術は汚く見せるのにも便利だ。
 普段は小奇麗なゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)も、食事制限をして顔色を悪くした上で、嫌な臭いをつけたボロ布を纏ってみた。他の仲間たちもそれぞれの創意工夫で難民に変装。そして国境近くの人気のない森の中に潜む。
「で、あんたもシフールと一緒に森の中を進むんだって? その恰好で」
 案内人のクーリンカがキース・ファラン(eb4324)に問う。
「セブンリーグブーツの力を最大限に生かせば、ついていけるだろう?」
「ならこの森の中をその靴で歩いてみな」
 言われてキースは魔法の靴を履き、森の中を歩いてみた。数歩も歩かぬうちに木の根に足を取られて転ぶ。起き上がってさらに歩くと、今度は木の幹にぶつかった。
「‥‥これでは高速移動は無理か。ウスの都にたどり着く前に怪我だらけだ」
「そーゆーこと。だけど折角来てくれたんだ。シフール達と一緒に行くなら、森道じゃなくてもっと歩きやすい場所を通って行こうぜ」
 夜が訪れると一行は国境の川を渡り、向こう岸に上陸した。ここはもうウス分国内。ここから先は3つに分かれて進む。行商人の案内で街道を行く者、クーリンカの案内で道なき平原を行く者、そして魔法で鳥に化けて空を行く者とに。

●街道を行く者
 夜が明けた。空からの光が街道を行く冒険者達の姿を照らし出す。
「もうこんな場所まで来てしまうとは。魔法の靴とは恐れ入った」
 案内役の行商人が、貸し出されたセブンリーグブーツを履く自分の足を見てしみじみ言う。
「明るくなったことだし、そろそろ魔法の靴を脱がねば。人目もあることじゃ」
 ヴェガが促す。皆は魔法の靴を荷物の中にしまい、普通に徒歩で歩き始めた。途中、街道を南へ行く難民達と出会った。
「もし。あなた方、南へ行きなさるのかね?」
 行商人が声をかける。
「ああ、もうウスの国はおしまいだ。むざむざ居残っても死ぬだけだ。ならばいっそのこと、ウィルの国に逃げ込むさ」
 難民を率いる男が答える。
「じゃがわしらは、国境で追い返されてな。警備が厳しゅうて」
 通訳無しで言葉が通じるアトランティスだが、ヴェガはあえてセトタ語を使って男に言った。正体を隠すためだ。
 男は呆れた顔になる。
「だからって、そう簡単に諦めるのかよ? とにかく俺達はウィルに行くぜ。待てば国境を越えるチャンスも転がり込むさ」
 難民達と別れ、さらに街道を歩く。途中、人気の絶えた廃村をいくつも見かけた。
「荒廃の極みだな」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)が口にするのを聞き、行商人が呟いた。
「昔はどの村にも人が住んでいたのに。何と言う変わりようだ」
 午後になり、冒険者達は街道で争う難民達に出くわした。
「よこせ! 俺の食い物だ!」
「俺にも食わせろ!」
 皆で食料を奪い合っている。
「おいお前ら、何やってんだ!? こら殴るんじゃねぇ!」
 オラースが仲裁に入り、難民の何人かを荒っぽくどつき倒すと、難民の多くはその場から逃げ出した。残った数名の中には、手にした食べ物をガツガツと貪り食っている者がいる。
「おいその食い物、どこで手に入れた?」
 尋ねると、その男は道に転がる死体を指差した。
「行き倒れの死人の荷物から見つけたのさ。死人に食い物は必要ねぇ」
 死体の荷物を調べると、パンや果物などの食料が少しばかり残っている。
「妙だな。行き倒れの荷物にしては新鮮すぎる。誰かが後からやって来て、荷物に食料を仕掛けたか?」

●合流地点
 夕暮れが近づく頃、街道を行く冒険者達はとある村にたどり着いた。
「この村も人気が絶えたか」
 その村は他の仲間との合流地点。やがてシフールルートを選んだ仲間達と、魔法で鳥に化けて空を進んだ白銀麗(ea8147)がやって来た。
 シフール達と一緒のキースは、全身に枯れ草や草の種をこびりつかせた凄まじい恰好。
「ひでぇ姿だな」
「冬枯れた野原をセブンリーグブーツで高速移動したら、この有様だ」
 銀麗が報告する。
「どこもかしこも廃村だらけ。この有様では国が立ち行かなくなりそうです」
 一同は交代で見張りをしながら休息を取る。空からは月精霊の光が注ぐ明るい夜。予想される盗賊の襲撃に備え、ゾーラクはムーンフィールドの呪文を唱える。
 だがおかしい。魔法が成就しない。
「魔法を嫌う者が近くにいるのでは?」
「あれを」
 見張りのケンイチ・ヤマモト(ea0760)が近くの廃屋を指差す。廃屋から人が出てくるではないか。村は無人では無かった。昼間の間は廃屋の中で息を潜めていた連中がぞろぞろと姿を現し、気がつけば冒険者達は取り囲まれていた。
「しゃあねぇ、やるか」
 オラースがダガーを投げつける。投げれば必ず手元に戻ってくる魔法のダガー、その刃が棍棒を振り上げて襲ってきた男の首筋を切り裂いた。男は大声で叫び、棍棒を放り出してぶっ倒れる。
「なんだ、あっけねぇ」
 戻ってきたダガーをつかみ、さらなる獲物を狙って投げつける。
 ゾーラクはイリュージョンの魔法を放ち、「異常な眠気に襲われる」幻覚を送って5人まとめて敵を昏倒させる。ヴェガはコアギュレイト、ケンイチはスリープにシャドウボム。敵は片っ端から片付けられ、最後に残った敵の男はへたり込んで命乞い。
「殺すつもりはなかった、命だけは助けてくれぇ!」
 行商人が男に近づき、その顔を見て驚く。
「なんと、おまえさんは!」
「ああ‥‥あんたも一緒だったのか‥‥」
 男は行商人とは顔見知りの村人。襲ってきた連中も、元々は近隣の村に住む村人だった。今は村を失って食うにも困り、ついに盗賊へと身を落としたのだ。

●森に住む老女
 朝が来た。シフールのユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)、そしてキースの3人は他の仲間達と別れ、クーリンカの案内で再びシフールルートを進み始める。街道からずっと離れた、森と平野とが交互に入り混じる土地を進むから、見通しが悪くて道に迷いやすい。だからシフール達は幾度も空高く舞い上がり、地上の目標物を確認する。
「あの山並みがあるのが西側だ。だから北はあっち。いいか、この辺りの地形を空からしっかり覚えてな。もしも地元民に見つかった時には、旅のシフールのふりをしてな」
 クーリンカはかつて幾度もこの辺りに来たことがあるらしく、教え方も要領がいい。位置を確認すると、地上で待つキースの所に戻ってくる。
「さあ歩くぞ。あと少しで小川のある場所がある。そこで一休みするから頑張りな」
 森の中を進めないキースのために、一行は森の合間にある平野をジグザグで移動し続け、昼ごろには小川の場所にたどり着いた。
「しかし、まるで人気のない場所だな」
 街道近くなら人とも出会うが、この辺りは村一つない辺鄙な土地ばかり。
「旅回りの芸人のふりをして、人に出会えば軽業でも披露しようかと思ったが‥‥」
 つぶやきながら、キースは気分転換のつもりで逆立ちしたり、軽業っぽくダガーを投げては受け取ったり。そうこうしているうちに、ふと人の視線に気づく。
「おい、人がいるぞ」
 小さな女の子が森の端っこに立ち、じっとこっちを見ている。
「お〜い心配するな、怪しいもんじゃないぞ。俺達は旅の芸人だ」
 シフールの冒険者達も、いかにも芸人っぽい仕草で女の子のところに飛んでいく。
「実は旅の途中で道に迷ってしまって」
「よかったら人のいる所へ案内してくれるかのぅ?」
 その口ぶりに警戒心が解けたのだろう。
「ついて来て。おばあさんの所へ案内してあげる」
 で、案内されたのは深い森の中の一軒家。
「おや、お客さんかい」
 家の中から老女が姿を現す。見れば家の中には何人もの子ども達がいる。
「わしの名はバヤーガ。ずっと独りで暮らしておったが、今はこんな世の中じゃしな。あちこちで孤児を拾って住まわせていたら、こんなに増えた。何もない家じゃが、食事でもどうじゃ?」
 出された食事はパンにチーズに干し肉。量は少ないけれど新鮮だ。
「この食料をどこで?」
 ディアッカが尋ねる。
「ウィルのルーベン様のお恵みじゃ」
「え!? ルーベン様の!?」
 思わぬ人物の名が出て、冒険者達は顔を見合わせる。
「知らんのか? ルーベン様は苦しむハンの民を哀れに思い、こっそりと手下の者達をつかわして、ウスの国のあちこちに食料を運んで下さるのじゃ。わしらはずっと前から世話になっておる。‥‥どうした、食わんのか?」
「いや、ありがたく頂くが、後のお楽しみに取っておこうと」
 ユラヴィカは手を伸ばして食べ物を受け取る。その一方で、ディアッカはテーブルの陰からこっそりとリシーブメモリーの魔法を使い、バヤーガの記憶を探ってみた。その記憶によれば、『食料は街道筋のとある枯れ木の根元にあった』という。
「たわけもの!」
 怒声と共にスプーンが飛んで、ディアッカの頭に当たった。
「痛っ!」
「魔法を使って何する気じゃ! このいたずら者め!」
 バヤーガは見ていないようで、実は見ていた。
「ごめんなさい。悪気はありませんでした」
 とっさにユラヴィカは話題を振る。
「しかし酷い世の中になったものじゃ。恐ろしい疫病も流行っておるようじゃし」
 するとバヤーガはカラカラと笑った。
「疫病など! わしの手作り特製スープを毎日飲んどりゃ病魔もよりつかぬわ! ほれ、これがその特製スープじゃ!」
 そう言って出されたスープは、黒くて変な臭いのするドロドロの液体。思わず子ども達が顔をしかめる。
「あんなゲロ不味いスープ!」
「お客にも飲ませるの!?」
 ユラヴィカがバヤーガに尋ねる。
「それで、おぬしらはウィルには向かわんぬか?」
「わしはもう年だし、大勢の子どもを連れて街道を下るのは荷が重すぎる。この森で滅ぶならそれも運命じゃ」
 休息の後、礼を述べて皆でバヤーガの家を後にすると、ユラヴィカはリヴィールポテンシャルの魔法を使い、渡された食料を調べてみる。食料は全て、食べると疫病をもたらす危険な代物だった。
「つまりは何者かがルーベン・セクテ公の名を騙り、疫病の病原となる食料をばら撒いているわけか」
 と、キース。
「バヤーガにあの子ども達も、そのうちに疫病にかかりはせんじゃろうか?」
 ユラヴィカはとても心配だったが、今は先を急ぐしかない。

●魔物襲来
 ウスの都にかなり近づいた頃、冒険者達は街道に近い廃村で2度目の合流を果たした。だがその夜、その場所を魔物が襲撃して来ようとは。
「見つけたぞ人間どもがっ!」
「逃しはせんぞっ!」
 月精霊の光の下、群れを成して襲って来たのは翼の生えた醜い小鬼。しかも魔物化した猛犬まで引き連れている。廃村に逃げ込んだ難民を襲うつもりで現れたのだろう。
 だが魔物にとって予想外の事が起きた。かすかに光る球形の結界が、魔物の爪と牙を阻んだのだ。ゾーラクの張り巡らしたムーンフィールドだ。
「何だこいつは!?」
「この中に魔法使いがいるぞ!」
 うろたえる小鬼どもに狙いを定め、オラースが破魔弓で矢を放つ。だがその矢は結界に阻まれて魔物に届かない。ムーンフィールドは結界の内外の全てに効果を発揮し、月の出ている間ずっと効果が続くのだ。
「月が消えるまでここに足止めかよ! のんびりしすぎだぜ!」
 愚痴った後でオラースは気づく。奇怪な獣の仮面を被った連中が次々に現れ、こちらに矢を射掛けてくるではないか。
「新手かよ! どうやら素人の盗賊じゃなさそうだ!」
 見るからに戦い馴れした者達だ。キースが警告する。
「今は逃げ切るべきだ。倒したところでウィルの利益にはなるまい。ぼやぼやしていたら夜明けまでに増援が来るぞ」
「で、この結界は何とかならねぇのか?」
 強力なダメージを与えねば破れぬ結界だ。
「ならば私の魔法で!」
 銀麗がディストロイの魔法を放ち、結界が破壊されるや間髪を置かず冒険者達の魔法攻撃が始まった。ヴェガのホーリー、ケンイチのムーンアロー、ディアッカのシャドウバインディング。オラースも破魔弓で立て続けに矢を放つ。敵の攻撃が緩み、その隙をついて冒険者達は一気に安全圏へと駆け抜けて窮地を脱した。

●空行く者
 ウスの都に近い空を飛ぶ鳥がいる。一見すると足に獲物をぶら下げた大鷲だが、その正体はミミクリーの魔法で変身した銀麗。足にぶら下げたのはカモフラージュした荷物だ。
(「とうとうここまで来たのですね」)
 達成感を味わいつつも、心中で数を数えるのだけは忘れない。時間の経過を計るためだ。空で魔法の降下時間が切れれば、銀麗は変身が解けてそのまま大地へと落下する。空中で再度、ミミクリーの魔法を使うことも出来るが、余計なトラブルは避けたい。
 下界を見下ろすと、ウス分国の都だけに人口が多い。だがその多くは食と安全を求めて都に逃れて来た難民のようだ。中には何かの宗教がかった儀式を行っている者もいる。金色に輝く十字架のような物が掲げられているが、ジ・アースのそれとは形が異なるようだ。
 都の中心地に建つウス城も見た。城壁には大勢の兵士が張り付いて警戒中だ。矢を射掛けられてはたまらないから、遠目で観察するに止める。こんなご時世だというのに、ウス城の中庭では宴が開かれている。
 遠くに目をやれば、西に向かう馬車が見える。中には大勢の人間が乗っている。あの馬車は何処に向かうのだろう?
 偵察するうちに時は過ぎてゆく。そろそろ仲間と落ち合うべき時だ。大鷲に変身した銀麗はゆっくり高度を下げていく。

●密偵タンゴ
 密偵と接触する場所は、ウスの城壁に近い酒場。ただし店は開いておらず、休業中の札がかかっている。
「それにしてもウス城の賑やかなことときたら。私がバードの弾き語りをしても喜ばれそうです。今はやめておきますが」
 ケンイチに続き、ゾーラクが言う。
「でも私が調べた限りでは、都ではまともに市が開かれている様子もありません。品不足は甚だしく、都の経済はとっくに崩壊しているとも見えるのですが」
「何にせよここまでの道順は覚えたからな。フライングブルームなら2時間弱で到達できる距離だ」
 と、オラース。そしてヴェガは、ここに至るまでに目にした物を思い浮かべる。行き倒れ、置き去りにされた子ども、首吊り死体、腐乱死体に白骨死体、そして廃墟と化した村の数々。
「来たぞ」
 キースが小声で知らせる。
「おや? どこかで見た顔じゃが‥‥」
 それは過去にヴェガが関わった人物。ジ・アース人で名はタンゴ、トレードマークはネコ耳の飾りとふくよかな胸。
「あ〜らお久しぶりな人もいるようねぇん」