ハンの疫病4〜今そこにあるカオス
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月01日〜01月06日
リプレイ公開日:2009年01月10日
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●オープニング
●混沌の都
混乱の続くハンの国、その中でもウィルの国と国境を接するウス分国の有様は酷い。
難民に身をやつしてウス分国に潜入した冒険者達が見たものは、打ち捨てられた幾つもの村、食料を奪い合う人々、捨てられた子ども、行き倒れ、数々の死体、そして人々を襲う魔物に賊軍。
ウスの都にたどり着いた冒険者達は、そこでウィルのロッド・グロウリング卿が送り込んだ密偵と接触した。密偵の名はタンゴ。ジ・アース人で、冒険者には彼女と古い付き合いの者もいる。トレードマークのネコ耳は相変わらずだ。
「このネコ耳? これを付けていると、ウスのお城への出入りに便利なのよん」
タンゴの恰好は城に出入りする芸人のそれだ。ネコ耳付けた踊り子なのだ。
「では、例のものを」
「ああ、これねぇん」
タンゴから冒険者に割符の片方が渡される。冒険者の持つもう片方の割符と対になるもので、ロッド卿に対しては密偵との接触が成功した証拠となる。
「ロッド卿に伝えるべき秘密の情報は無いか?」
「それは、あなた達の目と耳で見聞きした事をそのまま伝えればいいと思うわぁん」
タンゴの案内で冒険者達はウスの都を見て回る。都を取り巻く城壁の中は難民だらけ。だが城壁の中に入れてもらえる難民はまだいい方で、城壁の外にも難民が大勢だ。
「この難民の数、やはり疫病が原因なのか?」
「それもあるけど、カオスの魔物や賊軍に脅かされて村を捨てた人達も多いわよん」
「賊軍なら俺達も見たぞ。怪しげな仮面を被った連中だろ?」
「この国では最近増えてるのよん、そういうのが」
ウスの兵士達が荷車と一緒にやって来た。
「食料の配給だ! 列に並べ!」
無気力に座り込んでいた難民が一斉に立ち上がり、どっと荷車の回りに集まる。だが配られる食料を見れば、家畜のエサのような雑穀だ。
しばらくすると、兵士達に手厚く守られた大きな馬車がやって来た。馬車の上には食料と思しき荷物が山積みだ。
「おい、あの荷物の中身は何だ?」
「小麦よん」
「小麦って‥‥このウス分国にはまだ小麦の収穫できる場所があるのか?」
タンゴは首を横に振り、続ける。
「ここだけの話だけど、あれはウィルの国からの密輸品。小麦を横流ししているのはウィルの悪代官のアドラ家よん。あの小麦は全部、ウス城にこもってる王族や貴族の胃袋に収まるのよねぇん」
歩き続けるうちに一行は広場に出た。広場では何やら宗教めいた儀式が行われている。
「これはジ・アースから伝わったジーザス教か? ‥‥いや。似てはいるが、これは違うな」
「そうよねぇん。最近になってウス分国に広まった宗教だけど、これは怪しすぎるわぁん」
儀式の祭壇には十字架のような祭具が置かれている。だがそれはジーザス教で使われる十字ではなく、金色に輝くX型の十字架だ。しかもX字の2本の線が交わる中心には奇怪な顔がついている。その顔は禍々しく、神の顔というよりも魔人の顔だ。信徒達はその十字架に向って呼びかけていた。
「富貴の王こそ真の王!」
「富貴の王よ、我らに恵みを!」
「富貴の王よ、我らを救いたまえ!」
人相の悪い胡散臭い男が、冒険者達の方へやって来た。
「おや、君達も腹をすかせているのかね? ならばいい働き口を紹介してやろうじゃないか。場所はここから西の山の方だが、食うには困らないぞ」
見れば、人々をぎっしり乗せた馬車が西の方へと向っていく。
「どうだね、君達も‥‥」
「おあいにくねぇん」
難民のふりをしていたタンゴは、被っていたフードをさっと取り除ける。現れたネコ耳を見て、男は吐き捨てるように言った。
「なんだ、ウス城の踊り子か。ならばこんな所をうろうろするな」
●トルク城にて
ここはウィルの王都に位置するトルク城。
一時帰国していたハンの国の親善使節団が戻り、使節団を率いるミレム姫を王弟ルーベン・セクテ公は自ら出迎えた。
「ミレム姫、ご無事にお戻りになられて何よりです」
「ウィルの都も変わらず賑やかで安心しましたわ。最近はカオスの魔物が暴れているとか、怖い話ばかり聞きますもの」
「おや‥‥?」
セクテ公は気づく。離れた場所からこちらを見ているロッド卿の姿に。
「失礼」
ミレム姫に断り、セクテ公はロッド卿に歩み寄った。
「ロッド卿、また戦争の話か?」
「これを貴殿にも読ませたいと思ってな」
ロッド卿からセクテ公に手渡されたのは、冒険者達からの情報を元に書かれた報告書。
それを読むセクテ公の顔が見る間に険しくなる。
「‥‥何ということだ! こうまで酷い状況だとは!」
セクテ公の口から絞り出すように言葉が漏れる。
●魔物
ウィルの北方、ハンとの国境地帯は厳重な警戒下にある。国境の向こう側には難民が押し寄せ、その数は今や400人を超える程。時おり難民の中で騒ぎが起こり、人々は慌てふためいて叫びながら、潮が引くようにどっと移動する。
「疫病だ!」
「離れろ、伝染するぞ!」
後に残されたのは血まみれになり、のたうち回って苦しむ者。やがてその者は死体に変わる。
国境のこちら側にはストーンゴーレム・バガンがずらりと並び、ウィルの兵士達は難民の動きに目を光らせている。難民達がウィルの国に流れ込まないのも、彼らの武力が押し止めているからだ。
ウィルの国とハンの国の国境を為すのは、人が歩いて渡れる程の川。時おり食料を満載したボートが、バガンに押されて川の向こう岸に渡される。ボートがつくと難民達はどっと押し寄せ、奪い合うように食料へ手を伸ばす。
「食料支援もそろそろ限界だ。いつまでこんな状況が続くんだ?」
呟いた兵士は顔に苦悩の表情を浮かべていた。本音を言えば難民を助けてやりたい。だがウィル国王ジーザム・トルクは、ハンの難民が国境を越えることを禁じていた。難民の持ち込んだ疫病がウィルに蔓延することを恐れてのことだ。例外はエーロン治療院が受け入れた100人の難民のみ。彼らは国境近くに建設された収容施設に保護されている。
「おい、あれは何だ!?」
難民達が騒いでいる。それを見てウィルの兵士達も色めき立つ。
「あれは魔物だ!」
翼の生えた醜い小鬼が何匹も現れ、難民を襲っている。
「助けてくれぇ!」
難民の何人かが川を越えようとしたが、それをウィルのゴーレムが押し止める。
「川を越えるな! 川を越えた者は斬る!」
剣を振り上げるゴーレム。難民の足が止まる。ゴーレムに乗った鎧騎士は、悔しそうに国境の向こう側を見つめる。
「国境を越えることができれば、あんな魔物ごときひねり潰してやるのに!」
やがて難民いじめにも飽きたか、魔物どもは姿を消す。難民達は疲れ果て、ほとんどの者がその場に留まっていた。
●冒険者の使命
国境からの報告を受け、セクテ公の苦悩の種はまた1つ増えた。
「反撃できない相手だから、魔物どもは平気で襲ってくる。‥‥ここは冒険者の力が必要だ」
ウィルの騎士団は国境を越えられないが、冒険者ならそれが出来る。国境を越え、難民を脅かす魔物を叩き潰すのだ。国境地帯での魔物の蔓延を放置すれば、難民への被害のみならずウィルへの魔物の侵入を許すことにもなる。
だが魔物対策ばかりではない。それ以上に必要とされるのは、ハンの国の内情をつぶさに探ることだ。先の依頼でウスの都までのルートを冒険者は理解したはず。今後の情報収集でさらなる成果が期待できる。
●リプレイ本文
●武器を手に
食料を山と積んだボートが岸辺に着くと、ハンの国の側にいる難民達は目の色を変える。
「食い物だ! 食い物だ!」
我勝ちに手が伸び、奪い合いが始まる。
「よこせ! 俺の食い物だ!」
子どもの手からパンをひったくる男がいる。
「返してよ! 僕のだよ!」
「やかましい!」
男は子どもを殴り飛ばす。そしてパンにかじりつこうとした。
いきなり、力強い手が男の腕を掴んだ。
「返してやれ。その子の食い物だ」
「うるせぇ! 余計な真似しやがって!」
見境もなく男は目の前の相手に拳を繰り出す。だが今度は逆に男の方が張り倒された。
「食いな、坊主。おまえの食い物だ」
奪われたパンを子どもに返してやると、彼は食料を奪い合う難民の中に飛び込む。
「こら、いつまでも見苦しい真似をしてるんじゃねぇ!」
弾みで何人かの難民が張り飛ばされ、皆が彼に注目する。彼は声を張り上げた。
「もう食い物で喧嘩はやめろ! 食料は空腹のひどいヤツから優先的に回せ!」
たちまち文句が返ってくる。
「そうは言ったってよ!」
「食料はまるで足りねぇんだ!」
彼は困った顔になる。
「あ〜困ったぜ」
そのうちに尋ねる声が上がった。
「あんた何者なんだ?」
「名乗る程の名はねぇ、俺は流れの傭兵だ。‥‥おい、そんな怖がるなよ」
勿論、彼には名前がある。オラース・カノーヴァ(ea3486)、ウィルの冒険者だ。だが傭兵と聞いて周りの難民達は後じさりする。ハンの国では傭兵の評判は非常に悪いのだ。
「おい。おまえとおまえ、それにおまえ」
オラースは難民の中から力の強そうな3人を選ぶと、それぞれに1つづつ武器を渡した。ダガーにレイピアに小太刀、いずれも魔力を帯びた武器だ。
「魔物にやられっ放しでいることはねぇ。こいつで戦え」
「でも‥‥」
「戦うのが怖いか? 最初は誰でもそうだ。ならば俺も一緒に戦ってやるさ」
そのまま時間を潰していると、例のごとく翼の生えた醜い小鬼どもが現れた。
「出たぁ、魔物だぁ!」
「逃げるな、踏みとどまれ!」
真っ先に矢を放ったのはオラース。魔力を帯びた矢が次々と小鬼に刺さり、地に落ちたところを聖剣で貫く。
「ぎゃあああっ!!」
響き渡る断末魔。小鬼どもは塵となって消滅する。武器を手にした難民達も無我夢中で小鬼をめった斬り。気がつけば小鬼どもは全滅していた。
「やったのか‥‥」
3人の難民にとって初めての勝利。荒く息をしながら手の中の武器を見つめる。
「やればできるじゃないか。これなら安心だ」
オラースは笑い、難民達に背を向ける。向う先はウスの都だ。
●森の中の家
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)は、クーリンカの案内で森道を行く。最初に目指すはバヤーガの家。
「何とか無事でおられればよいのじゃが‥‥」
前回の訪問では、食料に対する警告もなしに立ち去ってしまった。それがユラヴィカには悔やまれる。
だが家の前まで来てみると様子がおかしい。
意を決して踏み込むと、とてつもない臭気が襲ってきた。死臭だ。
「こ、これは‥‥!」
冒険者達は見た。床に転がる数々の腐乱死体を。
「手遅れじゃったか‥‥」
ユラヴィカの脳裏に最期の光景がありありと浮かび上がる。
「痛いよぉ‥‥苦しいよぉ‥‥」
疫病にやられ、全身血まみれになって苦しむ子ども達。
「これも‥‥定めじゃ‥‥」
口から血を吐き出し、動かなくなるバヤーガ。
「いやちょっと待て、これは‥‥!」
死体をよく見ると、何かが違う。
「ここにあるのは大人の男の死体ばかりです」
ユラヴィカが言う。確かにそうだ。バヤーガと子ども達の死体はどこにもない。
「ここで何が起きたのじゃろうか?」
部屋には死体だけではなく、食い散らかした食料の成れの果ても残されている。干からびたパンやチーズ。そして台所に残された鍋の底には、見るからに不味そうな黒いスープが少しばかり。
「みんなはどこに行ったのでしょう?」
家の外も調べていると森の中に人影を見つけた。幼い娘だ。その顔に見覚えがある。バヤーガと一緒にいた子どもの1人だ。
「お〜い!」
呼びかけると子どもの方からやって来た。
「芸人さん達、また来てくれたの?」
「無事で何よりじゃ。ところで他のみんなは?」
「ここから遠い森にある隠れ家へ。でも、あたしだけ途中ではぐれてしまったの」
娘の名はルーシ。話によると彼女は1人で戻って来たが、戻ってみると家には盗賊どもが住み着いていた。だがその盗賊も全員が疫病にかかって死亡。以来、ルーシは家に残された食料を食いつないで生き延びたという。
「さて、ルーシをどうしたものか‥‥」
ユラヴィカが案じると、クーリンカが言う。
「一緒に連れて行くしかねえんじゃねぇ?」
結局、そうなった。
●ウス城の狂宴
「よいか、道に落ちている食料には絶対に食べぬように。占いにそう出ておるのじゃ」
「ありがとう、ジプシーの占い師さん」
ウス城までの道中、ユラヴィカは占いを装ってルーシにアドバイス。
「おや、こんな所に食料が」
道端にさりげなく置かれた食料にディアッカが気づく。パーストを何回か使い、ディアッカは食料が置かれた時の状況を突き止めた。食料を置いていったのは馬に乗った男。男は覆面で顔を隠していたが、背格好や目元の特徴はしっかり覚えた。その男のやって来た方向は北で、去って行った方向は南。どうやらあちこちに食料を配っている様子だ。
ウス城の近く。仲間との合流地点の隠れ家に着くと、ユラヴィカ達はルーシをタンゴに引き渡した。
「身柄は預かるけど、疫病が発病したら厄介なことになるわねぇん」
と、タンゴ。疫病をもたらす食料を口にしているのだから、これから先どうなるかは分からない。
仲間が揃うと、一同はウス城への潜入を試みる。案内役となって先頭に立つのはタンゴ。城の入り口で門番が誰何する。
「新入りの芸人どもか。どこからやって来た?」
「実はその‥‥色々とワケアリの身で‥‥」
ケンイチ・ヤマモト(ea0760)が皆を代表し、適当に答える。
「まあいい、入れ」
ほとんど警戒されず中に通された。
城の中は騒々しい。人々の浮かれ騒ぐ声、料理の匂い、そして楽の音に満ちている。
城の中には幾つもの部屋があり、大広間では宴の真っ最中。着飾った男女がひしめいているが、見れば酒を浴びるように飲む者がいたり、侍女の娘にしつこく言い寄る者がいたり。そんな連中に取り囲まれて、着飾った子ども達が歌っている。
♪讃えよ 讃えよ 富貴の王を‥‥♪
歌の感じはジ・アースの教会で歌われる聖歌のようであるが。
「下手くそなガキどもが!」
「もっとマシな歌を歌え!」
周りから野次が飛び、食い物が投げつけられる。
「これがウスの貴族達ですか? 行儀の悪い人ばかりですね」
ケンイチが小声でタンゴに囁くと、
「見ての通りよねぇん、毎日これよ」
と、返事があった。
すぐそばでは、子どもが貴族の娘におしおきされている。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「ふん! つまみ食いするドブネズミには当然の罰よ!」
ばしっ! ばしっ!
容赦なく平手打ちされ、顔は鼻血で真っ赤。
「でも、ここは他人の振りですか」
「仕方ないのぅ」
「これも仕事ですから」
ケンイチ、ユラヴィカ、ディアッカの3人、目配せしてひそひそ話をしていると、ガラの悪い怒鳴り声が飛んできた。
「新入りの芸人はおまえらか! おもしろい芸を見せれば食い物を恵んでやるぞ!」
「では、始めますか」
ケンイチがローレライの竪琴を爪弾きはじめる。その軽快なメロディーに合わせ、芸人姿のユラヴィカとディアッカが、空中で軽快なダンス踊り始める。これはうけた。
「素晴らしい!」
「久々に見る見事な芸だ!」
「竪琴の響きのなんと素晴らしきことか!」
「さあ恵んでやるぞ!」
食い物の代わりに金貨が雨あられと飛んできた。そう、金貨だ。文字通り黄金の雨のように。
さて、芸を披露して立ち去ろうとすると、ケンイチを引き止める者がいる。さっき子どもをおしおきしていた貴族の娘だ。
「あの‥‥私の部屋に来てくださらない? 私のために演奏して欲しいの」
ケンイチは笑顔で答える。
「いいですとも」
その一方でユラヴィカは城の厨房に飛び込み、占い師のふりをして営業開始。
「こんな生活、いつまで続くんだろうねぇ‥‥」
「よし占って進ぜよう。‥‥うむ、今はひたすら忍耐の時じゃな」
客は小間使いの女。営業していると、近くにいた料理人も話に入る。
「城の中の暮らしはまだまだましさ。お偉いさんの言うことをハイハイと聞いていれば、飢え死にすることも疫病にかかることもない」
「ところで宴の料理じゃが、また随分と贅沢な食材を使っておるのぅ」
「ああ。ハンの国王陛下の元に逃れたウスの分国王様が、残された領民の身を案じて食料を届けてくださるのさ。豚肉、鶏肉、海の魚だって手に入る」
●名ばかり男爵
夕闇が迫る空に鳥の影。ウス城の見張り兵がそれに気づき、目を丸くした。
「あれはジャイアントオウルかっ!?」
人間サイズの巨大フクロウ、れっきとしたモンスターだ。それがウス城の城壁の内側に舞い降りようとしている。
「大変だ、モンスターだ!」
見張り兵が叫び、警備兵がぞろぞろ集まって来た。だが探せども、舞い降りたはずのモンスターはどこにも見当たらない。
「おかしいな‥‥」
ぞろぞろと去って行く警備兵。その背後の物陰から3つの人影が現れた。白銀麗(ea8147)とリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)、それにシフールのディアッカだ。銀麗はミミクリーの魔法を使ってジャイアントオウルに化け、城の中に潜入したばかり。潜入の手引きをしたのは、先に城の中へ潜り込んだリュドミラとディアッカだ。
「危ないところでした」
人間の姿に戻った銀麗は、早々とイブニングドレスに着替える。
「でも、この服では動きづらいですね。衣裳部屋で小間使いの衣装でも拝借しましょう」
「衣裳部屋はこちらです」
ディアッカが銀麗とリュドミラを案内する。衣裳部屋は厨房のすぐ近く。だがそこにたどり着く前に、3人を呼び止めた者がいた。
「そこで何をしているのかね?」
ぎくりとして振り向くと、城に住む貴族らしき1人の男が立っていた。
「申し訳ありません。城の中で迷ってしまいました」
怪しまれないよう、ディアッカが弁解の言葉を口にする。
「そうか。もしも暇なら私に付き合わんかね? ちょうどチェスの相手が欲しかったところだ」
3人は男に言われるまま、その後に続く。
「これは‥‥!」
行き着いた場所は牢獄だった。
「心配するな。ここは静かな場所だから気に入っているんだ」
男はそう言うと、鍵のかかっていない鉄格子の扉を開けて中に入る。続いて3人の冒険者も中へ。
「他には誰もいないのですか?」
銀麗が尋ねる。もとから牢獄に潜り込みたいとは思っていたが。
「そうだ。ここの囚人は皆、他所へ連れて行かれた」
「あなたの名前を教えていただけますか?」
「名乗るほどの名は無い。私はただの下級貴族。そうだな、名ばかり男爵とでも呼んでくれ」
チェスをしながら、冒険者は男爵と話を続けた。その間、ディアッカは男爵に気づかれないようリシーブメモリーの魔法を唱え、男爵の言葉に嘘がないかどうか調べていた。
男爵の話によればウス分国王とその係累の王族達は皆、ウス分国から逃げ出して今はハン国王カンハラーム・ヘイットのお膝元、ヘイット領にあるハンの都に身を寄せているという。
「それではウス分国には支配者が不在なのですか?」
「いいや、分国王の命令を受けて赴任した総督がいる。それが現在のウス分国の最高権力者であるはずだ」
「その総督は今、どこに?」
「さあな、総督は忙しいお方だからな」
そんな話を続けていた名ばかり男爵だが、チェスの腕は結構に強かった。銀麗は3勝負で3回とも負けた。
「お強いのですね」
「そりゃ、ずっと1人でチェスばかりやっていたからな」
ここで対戦者が銀麗からリュドミラに代わる。
「次は私がお相手を」
「ところで君達はどこから来たのだね? この土地の人間ではなさそうだが」
男爵はリュドミラに怪訝そうな眼差しを向ける。
「もしかしたらウィルのスパイか?」
「だとしたら、どうします?」
男爵は笑って言った。
「いっそのこと戦争でも仕掛けてくれ」
「え!?」
「この国は腐りきっている。内乱に疫病にカオスの魔物、こんな国にはうんざりだ。戦争で潰れてしまった方がいい」
●ウスの都で
「畜生、何でこうなるんだ!」
オラースはウスの都を逃げ回っていた。その後ろからは警備兵がぞろぞろ追いかけてくる。
「ウィルのスパイをひっ捕らえろ!」
ウスの都にたどり着き、町中で斡旋人と接触したのはいい。だが話を始めるや、町の警備兵に目をつけられた。お構いなしに3、4人ばかり張り倒したら、どっと集団で追いかけてきた。
「おい、旦那!」
逃げ回るオラースに物陰から声をかけてきた男がいた。
「こっちだ、抜け道がある」
男の手引きでオラースは窮地を脱する。
「なぜ俺を助けた?」
「なに、ちょっとばかり腕っ節の強いのが欲しかったからさ」
男はオラースの耳に囁く。
「ウス城に巣食う腐った貴族どもから、食料をがっぽりいただくのさ。そのための仲間が必要なんだ」
●謎の教団
ウスの都で勢力を広げる謎の教団に、ヴェガ・キュアノス(ea7463)は接触していた。純朴そうな信者に目をつけ、見学ということで共に儀式の場へ潜り込んだ。
「富貴の王を崇めよ!」
「富貴の王を讃えよ!」
詠唱が繰り返される。雰囲気的にはジーザス教の儀式に似ているのだが、祭壇の上に輝くのは異形のX十字。こんなジーザス教の宗派はこれまでヴェガも見たことも聞いたこともない。
儀式の後、ヴェガは信者から食事を勧められる。
「ご一緒にどうですか?」
「いや、悪いが食欲がなくての」
「大丈夫。清められた食事です。疫病にかかる心配はありません」
食事は美味そうだったが、やはり口にするのはためらわれる。
教団の神官がすぐ目の前にいたので、ヴェガは尋ねてみる。
「教えて頂けるかの? 富貴の王とは何ぞや?」
神官は重々しい口調で答える。
「富貴の王は比類なき御力を持つお方。いずれそなたも、富貴の王の御力を知ることとなろう」
それにしてもこの教団、どうにも胡散臭い。
集まった信者達を見ると、中に長身の男がいる。立派な礼服を着たその姿を見るに、ハンの国の貴族ではないかと察せられた。
「あそこにいるお方は何者ぞ?」
信者に尋ねると、こんな答が返ってきた。
「あのお方は今のウスの国で一番偉い総督殿です。あのお方も教団の信者なのです」