ハンの疫病5〜暗黒の中の光明
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月03日〜03月08日
リプレイ公開日:2009年03月12日
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●オープニング
●暗黒の都
都には腐臭が漂う。腐臭は至る所から漂ってくる。
ろくに修繕もされず崩れかけた家々、道端に置き去りの馬車、そこかしこにうずくまり横たわる人々。路地の陰を見れば、怯えた動物のようにこちらをうかがう幾つもの目がある。飢えた子ども達の目だ。
「せっかくウスの都までやって来たのに、ひでぇもんだな」
口髭の男はそう言って辺りを見回すと、視線を目の前にいる禿頭の男に向けた。
禿頭の男は言う。かの男は怪しげな斡旋人だった。
「仕事を探しているのだったら、オレが紹介してやろうかい?」
「どんな仕事だ?」
「男は荷運びとか力仕事だな。女子供も大歓迎だ」
「仕事場はどこだ?」
「西の山の方だよ。馬車に乗れば、そうだな。1日か2日で着くだろうがね」
「考えておこう。帰って来たヤツがいれば話を聞きたいが」
「生憎、帰ってきたヤツはまだおらんよ。今は仕事の忙しい最中だからなぁ」
2人の男が話しているところへ、どやどやと警備兵が押し寄せてきた。口髭の男を見るや、警備兵を率いる隊長が怒鳴る。
「貴様は都の人間ではないな! ここで何を嗅ぎ回っている!? さてはウィルのスパイかっ!!」
口髭の男を捕らえようと、警備兵が取り囲む。
「やべぇぞ、こいつは!」
口髭の男はお構いなしに、警備兵を3、4人ばかり張り倒して逃げ出した。その後ろからは警備兵達がぞろぞろと追いかけてくる。
「ウィルのスパイをひっ捕らえろ!」
「畜生、何でこうなるんだ!」
都を逃げ回っていると、路地の物陰から手招きする者がいた。
「こっちだ、抜け道がある」
勧められるまま口髭の男は抜け道に駆け込む。警備兵達は男の姿を見失い、見当違いの方向へと駆けて行く。
口髭の男はウィルの冒険者。密偵としてウス分国に潜入していたのだ。
「なぜ俺を助けた?」
「なに、ちょっとばかり腕っ節の強いのが欲しかったからさ」
冒険者を助けた男が囁く。
「ウス城に巣食う腐った貴族どもから、食料をがっぽりいただくのさ。そのための仲間が必要なんだ」
「ウス城か‥‥」
冒険者は薄暗い路地からウス城を見上げた。ウィルのトルク城と比べたら小さな城だが、ウス城は苦しみ喘ぐ都の民を見下すようにそそり立っている。
「成功する見込みはあるのか?」
「こちらの頭数は揃っている。だが首尾よく事を運ぶには、もっと仲間が欲しい」
ふと、男は冒険者の顔をじっと見つめて言った。
「‥‥あんた、どこかで見た顔だな?」
「そう思うか?」
「前にどこかで会ったような気がするが‥‥。俺は山嵐団のギル。山嵐団というのは盗賊団だが義賊でね。奪った食料は都の民に分けてやるのさ。貴族どもの食い物なら、疫病の心配はなさそうだからな」
「そうか、考えておこう」
「ああそれから、一つ忠告しておく。斡旋人から仕事の話を聞かされたと思うが、西の山には絶対に行くな。あそこから生きて戻って来たヤツは1人もいねぇ」
再び会う時のための連絡方法を教えてもらうと、冒険者の男はギルと別れた。
山嵐団──それはかつて、ウィルの冒険者がその逃亡を手助けした義賊団である。
●腐敗の城
ウス城の中では芸人に身をやつした冒険者達が、城のあちこちで探りを入れていた。
「偉大なる富貴の王よ! 我らに救いを与えたまえ! 我らより疫病と戦災の恐怖を取り除き、大いなる繁栄をもたらしたまえ!」
城の何処かから響く祈りの声。それを聞いて、長椅子に身を横たえた娘が顔をしかめる。
「私、あの声が嫌い! 毎日毎日、くだらないお祈りばかり!」
祈っているのはこの城に住む貴族の誰かなのだろう。調べたところではこの都に流行っている宗教で、ジ・アースから伝わったジーザス教に似たところはあるが、まったくの別物──というより、何かしら邪悪なものを感じさせる。そのシンボルは金色に輝くX型の十字架で、その中央には禍々しい顔がついている。
「ねえ、もう一度、あなたの竪琴を聴かせてくださらない?」
着飾った娘はウスの貴族の娘。彼女におねだりされ、冒険者のバードは再び美しいメロディを奏で始める。その調べはこの世のものとは思えぬほど甘美で安らぎに満ち──それが終わった時、部屋にシフールの芸人達がやって来た。
「おお、こんな所におったか」
このシフール達もウィルの冒険者だ。
「もう行ってしまうの?」
貴族の娘は別れを惜しむ。
「私の名はシェルフェーネ・レムシェット。またこの城に来た時には、あなたの竪琴を聴かせてね」
娘に別れを告げ、ウス城の廊下を歩いていると、あちこちの部屋から様々な声が聞こえる。ある部屋からは男の笑い声と女の嬌声、別の部屋からは悲鳴と馬鹿笑いの声。ドアの隙間からそっと部屋をのぞきこんだシフールは、中で行われている乱痴気騒ぎを見て、げんなりした。
「おや、この臭いは‥‥」
とある部屋から漂ってくる臭いに気づき、覗き込むとそれが見えた。
寝台の上に寝そべった男女がいる。無気力な表情で、2人してパイプをくゆらせている。パイプに詰められ、くすぶって煙を発しているものは麻薬だった。
●別れ
ウスの都の隠れ家で、冒険者達は密偵タンゴと落ち合う。
「俺達はこれからウィルに戻るが、この子はどうする?」
「私が預かった方がよさそうねぇん」
冒険者達が連れてきたルーシを見て、タンゴが言う。ルーシはウス分国の森で冒険者に拾われた娘だったが、冒険者と一緒に同行させるのは危険と判断したのだ。
「とりあえず私の下で働いてくれれば、食べるには困らないしぃ‥‥」
ルーシをタンゴに預け、冒険者達は帰路についた。
●新たな使命
ここはハンの国境に近いウィルのヒライオン領。今日も王弟ルーベン・セクテ公はかの地を訪問し、領主エーザン・ヒライオンと対面していた。その手には冒険者ギルドからの報告書。
「ウスの都に蔓延る奇怪な宗教、その信徒にウス分国の総督も含まれていたとは!」
総督の名はフェルシェン・ハーリムという。疫病を恐れたウス分国の王族達がハン国王のお膝元へ逃げ去った後、ハン国王の命によってウス分国に派遣された人物だが、教団に出入りするその姿が冒険者によって目撃されているのだ。
「ウス分国の最高権力者ともあろうものが!」
「しかし私としては、ルーシという娘の方が非常に気になる」
発言したのはランゲルハンセル・シミター医師。エーロン治療院の副院長を務める彼だが、今は疫病対策のためヒライオン領に滞在中だ。
「ルーシはバヤーガという老婆の家に住み、疫病の病毒を含む食物をたびたび口にしながら、ついぞ疫病を発症しなかったのだな? ということは彼女を調べれば、ハンの疫病を根絶するための何らかの手がかりがつかめるかもしれぬ」
セクテ公が頷く。
「ルーシをウィルに連れて来る必要があるということだな。もちろん秘密裏に」
それから時を置かずして、冒険者に依頼が出された。
今回の依頼ではウス分国の内部調査に加え、密偵タンゴの保護下にあるルーシをウィルまで連れて来ることが任務となる。ただし冒険者達とは違い、ルーシは幼い少女。途中でカオス勢力に襲撃される危険のことを考えると、移動は迅速かつ慎重に行うのが望ましい。
●リプレイ本文
●バヤーガの家
ここは森の中のバヤーガの家。
戸口から小さな影が3つ、家の中を覗き込む。
「相変わらず、気の滅入る空き家だな〜」
そう言ってシフールの道案内人、クーリンカが真っ先に家の中へ入り込んだ。
その後から2人のシフール冒険者、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)が続く。
家の中を見回すと、床に転がる盗賊の死体がいくつも。死後1ヶ月以上が経過して骨も露わ。
台所にはかつての食料の残骸がまだ残っていた。ユラヴィカは放置された鍋の中に、乾燥して固まったスープの成れの果てを発見。
「だいぶ古くなってしまったが、参考までに‥‥」
台所の中の、かつて食料だったものをユラヴィカはかき集める。勿論、鍋に残るかつてのスープも忘れずに。この中に、なぜルーシが疫病を発症しないかの手がかりがあるかもしれないのだ。
仕事を終えて一行が家から出ると、ディアッカのペットのケルピーが暇そうに待っている。‥‥あれ? もう1匹がいない。
「あ、あんな所に‥‥」
ディアッカのもう1匹のペットの狐は、離れた藪の中でごそごそやっている。
「道草しないで。さあ、行きますよ」
皆が進み始めると、狐も後からついてくる。
「大丈夫かよ〜、あんなのまで連れてきて?」
クーリンカがぼそっと言った。これから冒険者達が目指すのはウスの都だ。
●ウスの都
ウスの都は相も変わらず。いや、ますます荒廃の度を強めている。
その中にあって、謎の教団の祈祷所は別世界のようだ。ウス城のそば、町の広場に作られたその祈祷所はきらびやかに飾り立てられ、立派な身なりの者達がやって来ては、奇怪な顔のついた黄金のX十字に祈りを捧げている。
「富貴の王よ、我を救いたまえ!」
そこへやって来たのがユラヴィカだ。
「教団にようこそ」
教団の人間がにこやかに案内する。
「共に富貴の王に祈りましょう。貴方にも富貴の王のお恵みがありますように」
「いや、わしは初めてじゃし‥‥」
「大丈夫。最初は私の真似をすればいいのです」
信者と同じように、ユラヴィカはX十字に向かって祈りを捧げる。何だか妙な気分だ。
その後で、ユラヴィカは食事を勧められた。
「では、有難くいただくのじゃ」
と、ユラヴィカは食事するふりをしながら、出された食べ物をそっと懐や荷物の中に忍ばせた。
信者は気づいていない。
●ルーシとの対面
ここはウィルの密偵タンゴのアジト。
ユラヴィカは早速、教団からくすねてきた食料を調べてみる。リヴィールポテンシャルの魔法を使って。
──これは上等なパンの切れ端です。とても美味しいです。
──これは上等なステーキの切れ端です。とても美味しいです。
──これは上等な野菜の切れ端です。美味しくて栄養があります。
体に害になる物が含まれているどころか、上質の食料だ。
「なるほどのぅ」
しばらくすると、シフール冒険者とは別ルートでやって来た仲間が到着する。皆、難民に変装している。
「それで、預けといたルーシは?」
「ここよん」
タンゴが奥の部屋からルーシを連れてきた。
「おい‥‥」
その恰好を見て、皆は唖然。ルーシは踊り子の恰好でケバい化粧。頭にはネコ耳飾りまで付けている。で、タンゴは言う。
「城に出入りする踊り子の恰好よん。ここではこれが、一番怪しまれないのねぇん」
ヴェガ・キュアノス(ea7463)がルーシに、共にウィルへ行く理由を話して聞かせる。
「あの疫病に打ち勝つ為の手がかりをルーシが握っておるのじゃ。恐らくはルーシ達が食べていたものが関係しておると思うがの。‥‥協力してくれるかえ?」
「お願いがあるの」
ルーシが小声で言う。
「ウィルへ行くのはいいけど‥‥バヤーガやみんなのことも探して欲しいの」
ディアッカがルーシに尋ねる。
「バヤーガさんのところではどういった食材を食べていたのですか? お手伝いの際に採集していた食材などはありませんか?」
「森で取れる木の実や山菜を食べたり、小さな動物を罠で捕らえたり‥‥道に置きっぱなしの食べ物が見つかると、それも食べたりしたの」
「バヤーガさんの所で食べていた、特製スープの材料は分かりますか?」
「あれは色々な種類の薬草や木の実を混ぜて作ったスープなの。作り方を一番良く知ってるのはバヤーガなの」
「ちょっと失礼、魔法を使わせていただきます」
ディアッカがリシーブメモリーの魔法を使って、ルーシの記憶を読み取る。ルーシの言葉通り、特製スープにはさまざまな材料が使われていることが分かった。およそ20種類から30種類はありそうだ。
タンゴが言う。
「ルーシの次にバヤーガも見つけないと謎解きは進みそうにもないし、どっちみち探すことになりそうねぇん」
そしてタンゴはルーシに言い聞かせる。
「バヤーガ達が見つかるかどうかは貴方の働き次第。ウィルに行ったら頑張るのよん」
●男爵との対話
「おや、また来たのかね?」
やって来たディアッカを、名ばかり男爵は笑顔で迎えた。
ここはウス城の牢獄。男爵は勝手にここを住処とし、今日も1人でチェスをやっている。
「一緒にチェスでもどうだね?」
「お相手します」
チェスをしながら、ディアッカは話を振る。
「聞きたいことがあるんです。ウス城が今の有様になったのはいつ頃なのでしょう? それと『富貴の王』の信仰は誰がどこから持ち込んだものなのでしょう?」
「聞いてどうするね? まあいい、チェスのお礼に話して聞かそう」
名ばかり男爵は話を始めた。
「順を追って話すと、そもそもの発端は今から2年ほど前、精霊暦1040年のことだった」
精霊暦1040年、まだハンの国が内乱に苛まれていた頃、富貴の王を崇める謎の教団は忽然と現れた。最初にその教えを広めたのは、西の山の賢者を名乗る男。その男はこう予言した──。ハンの国の内乱はもうじき終わり、その後に恐るべき疫病が国中に蔓延する。さらに敵国がハンの国に攻め入り、ハンの国は艱難辛苦の時代を迎える。だが、やがてこの大いなる試練は過ぎ去り、偉大なる大精霊たる富貴の王が降臨してハンの国を蘇らせると。男爵はこう語った後、苦々しい表情で言葉を続けた。
「そして男の言葉通りに内乱は小康状態となり、続いて疫病が広まった。これを予言の成就とみなした大勢の者が男を信じ、男の支配する教団に服従を誓った。だが、この予言はまやかしだ。知恵の足りぬ民は騙せても、私はそうはいかないぞ」
ディアッカはさらに尋ねる。
「教団と関係ありそうなウスの現総督については、何か知っていますか?」
聞いた途端、男爵は声を荒げる。
「あの男はもうどうしようもない! ‥‥いや、かつては尊敬すべき人物だったが、このウス分国に留まるうちに人が変わってしまった。こんな腐りきった場所に長居すれば、誰でも腐ってしまうだろうさ」
●西の山
生きて戻った者がいないという西の山。脱走者を殺してでも隠さなければならない、違法で非道な何かを隠しているのではないのか?
そう考えた白銀麗(ea8147)は西の山を目指す。ウスの都までは加藤瑠璃(eb4288)の所持する空飛ぶ箒・ベゾムに同乗。操縦は瑠璃で、銀麗は道案内を担当した。ただし箒の後ろに乗っての空の旅は、快適とはいえない。
「さあ、着いたわよ」
ウスの都に着いた時、銀麗は体のふらつきを覚えた。瑠璃の背中にしっかりつかまり、振り落とされないよう体はロープでしっかり結んでいたけれど、けっこうきつい。
「ついでだから、もう少しだけ」
瑠璃はベゾムの2人乗りを続けてウスの都から西進し、ハンの西部に連なる山々が間近に見える場所で銀麗を下ろした。
「では、ここから先は私1人で」
「行ってらっしゃい。私は休んで待つわ」
銀麗はミミクリーの魔法で大鷲に変身。レミエラ付きの防寒服を着ているから、服を着たまま変身だ。そして空高く舞い上がり、西の山々へさらに接近する。
「‥‥!?」
その山を見た時、銀麗は驚いた。それはハン西部の連山の1つだが、かつては緑の木々に包まれていたであろうその山は、無残な禿山と化していた。
さらに近づいて上空から偵察する。禿山では大勢の人間が働いていた。さながら蟻のごとくに。彼らは地面を削り、地中から何かを掘り出しているようだ。
その禿山を過ぎるとまた禿山がある。そこでも人間たちが働いている。禿山の中腹には穴が穿たれており、そこから人間が出入りしている。
(「あれは鉱山の坑道?」)
遠くの空から何かが近づいてきた。ぐんぐん迫ってきたそれは、黒いフロートシップだった。フロートシップは禿山の山間に着陸。どうやらこれから物資や人員の積み下ろしが始まるようだ。
銀麗は空から地面に降り立ち、今度はミミクリーの魔法で細長く体を引き伸ばす。
銀麗の姿は、周囲の岩肌と同じ色をした蛇に変わった。そして巧みに物陰に身を潜め、そこで何が起きるのかしっかり見届けることにした。
瑠璃との待ち合わせ場所に銀麗が戻ってきたのは、かなり時間が遅くなってから。
「どう? 収穫はあったかしら?」
「ええ。あそこでは大変なことが起きています」
●襲撃の前夜
ウス城に近い廃屋。夜中になってそこに集まる者達がいる。山嵐団の面々、それに冒険者達だ。
「これで全員だな? ‥‥おいちょっと待て! おまえ、来る場所を間違えてねぇか?」
冒険者の中に女性が2人もいるので、ギルは面食らった。
瑠璃は胸を張ってギルの前に進み出て、オラース・カノーヴァ(ea3486)を指差す。
「彼の紹介で来たわ。剣の腕とスピードには自信があるから、女だからといって嘗めないでよ」
「本当にか?」
ギルの手が腰のダガーにかかる。
「試してやろう。手加減はなしだ」
やにわに、ギルは瑠璃に向かってダガーを投げつけた。急所は外していたが、体に突き刺さる程の勢いで。それを瑠璃はひらりとかわして自らの刀を抜き、勢いつけてギルに迫る。名刀「祖師野丸」アニマルスレイヤー、その切っ先をギルの喉元に突きつけた。
「なるほど、腕は確かなようだ」
余裕の笑みを浮かべるギル。見ればギルの持つもう1本のダガーが、瑠璃の心臓の辺りに突きつけられている。
「勝負はお相子だが、それだけの腕があれば頼りにできそうだ」
続いてもう1人の女性冒険者、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が進み出た。
「私も襲撃に参加します」
「手合わせを願おうか、マイ・レディ」
ギルが長剣を手に取る。リュドミラも聖剣「アルマス」デビルスレイヤーを構える。そして勝負が始まった。
リュドミラが斬り込む。狙いはギルの胴。途端、ギルが長剣を投げつける。
「!」
思わず身を引いてかわしたが、長剣に気を取られてリュドミラはギルの姿を見う。
気がつけばギルは背後に。そのダガーが閃く。
リュドミラの髪がパラパラと散った。ギルはわざと刃で頭上をかすめたのだ。頚動脈を狙われていたら致命傷だったろう。
ギルが言う。
「動きはいいが、まだまだだ。が、足手まといにはなるまい」
ギルはダガーを鞘に収め、言葉を続ける。
「では、作戦会議といこう」
明日はいよいよ襲撃作戦の決行日。
●襲撃決行
南からウス城を目指して行進してくる部隊がある。食料の輸送隊だ。食料を満載した3つの馬車、それを大勢の兵隊でガードしている。
ボロ布で素顔を隠したリュドミラは、物陰からじっと見守り続けている。彼女の隣ではギルとその手下達が息を潜め、その時が来るのを今か今かと待っている。
「大変だぁ!!」
ウス城の警備兵が大慌てで駆けてきた。
「城の祈祷所に侵入者が! 強い奴で手がつけられん! 加勢を頼む!」
「何だと!? 一大事だ!!」
馬車を守る兵隊達はぞろぞろと城の中へ。
今だ! ギルの合図でリュドミラは先頭きって飛び出す。居残った兵隊は少数。そいつらにスマッシュを食らわせてなぎ倒す。その後から山嵐団がどっと押し寄せる。馬車が制圧されるのに、さほど時間はかからなかった。
一方、城の祈祷所は惨憺たる有様だ。ベゾムを使って城の窓から侵入したオラースと瑠璃が破壊の限りを尽くし、煌びやかな数々の祭具は滅茶苦茶に。
「なんたることを!」
駆けつけた兵隊達が次々とオラースに突進するが、逆にバタバタと倒される。
「ええい! たった1人に何を手間取っている!?」
兵隊の隊長が叫ぶ。
「あら! ここにもう1人いるわよ!」
その声を聞いた隊長が振り返って見た者は、マスカレードで顔を隠した女。その正体は瑠璃だ。
「くらえ!」
隊長が剣を振り上げて突進。周囲の兵士も瑠璃を囲んで逃げ道を塞ぐ。
だが数秒後、隊長と兵士達は全員が瑠璃の周りで伸びていた。勝負を決したのはただならぬ瑠璃の攻撃スピード。闘気魔法オーラマックスの為せる業だ。
「ま‥‥魔物‥‥め‥‥」
呟き、隊長は気絶。
「これで片付いたわね」
「まて! まだ私がいるぞ!」
祈祷所の入り口から轟く声。そこに剣を抜いて立つ男がいた。ウス分国の総督、フェルシェン・ハーリムだ。
「やっと真打ちのご登場かい。だが、いったい総督はこの国をどうしたいんだ? 国が滅茶苦茶じゃねえか。富貴の王に国の繁栄を願ったって何も変わってねえ。自分の力でなんとかしやがれ」
言い放つオラース。その手にする太刀「鬼神大王」を、祈祷所で唯一破壊を免れていた富貴の王のシンボル、黄金のX十字に向ける。
「貴様! 何をする気だ!?」
「助けを求める相手が違う。富貴の王なんて都合の良いでっちあげのまやかしだぜ。そんなものは叩き斬ってやる!」
太刀「鬼神大王」が叩きつけられる。見事に砕け散る黄金のX十字。総督は我を忘れたようにその場に立ち尽くす。
「そろそろ脱出の頃合よ!」
「よしきた!」
ベゾムに乗り、祈祷所の窓から飛び出す瑠璃とオラース。背後から総督の罵りが聞こえた。
「呪われよ! 呪われよ!」
オラースは顔を覆う覆面を脱ぎ捨てて一言。
「しかし派手にやりすぎじゃねぇか?」
瑠璃が言う。
「気にしないって、もとからそういうギルの作戦だったんだし。とにかく陽動は上手くいったわ」
●脱出
ここはウスの都から遠く離れた廃村。
ベゾムで先に到着していたオラースと瑠璃は、遅れてやって来た仲間達と合流を果たす。
「山嵐団ともひとまずお別れじゃの。ルーシも脱出できて何よりじゃ」
襲撃のどさくさに紛れ、ウスの都から脱出してきたルーシ。足にはヴェガの貸したセブンリーグブーツを履いている。
「ウィルまではちと遠いが、その靴を履いていればそう時間はかからぬ。では、セーラの加護があらん事を」
ヴェガは祈りの言葉を唱える。そしてルーシを連れた冒険者達は一路、ウィルへ向かった。
ウィルに到着したルーシは、エーロン治療院の手厚い保護を受けた。冒険者達の強い願いを、副院長のシミター医師は汲んだのである。