ハンの疫病6〜サイは投げられる
|
■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月15日〜05月20日
リプレイ公開日:2009年05月26日
|
●オープニング
●牢獄の男爵
荒廃の都ウス。通りには飢えた難民があふれ異臭が漂い、元から町に住む者達は固く家の門を閉ざし、時おり運ばれてくる配給の食料で命を繋ぐ。
されど王城の窓から流れ来るは、賑やかな楽の音と宴の喧騒、そして大いなる『富貴の王』に救いを求める祈りの声。。城に住まう貴族どもは民の窮状には目もくれず、ある者は無意味に繰り返される宴にうつつを抜かし、またある者は怪しげな宗教にすがりつく。
その中にあって、ひっそりと静まり返った城の牢獄にただ一人、世捨て人のように暮らす貴族がいた。その者は自らを『名ばかり男爵』と自嘲を込めて呼ぶ。
今、牢獄には『名ばかり男爵』を訪ねてきた客人がいる。一見するとシフールの芸人に見えるその者の正体は、ウィルの国よりウスの都の様子を探りに来た冒険者。
「聞きたいことがあるんです。ウス城が今の有様になったのはいつ頃なのでしょう? それと『富貴の王』の信仰は誰がどこから持ち込んだものなのでしょう?」
冒険者の求めに応じ、男爵は話を始める。
「そもそもの発端は今から2年ほど前、精霊暦1040年のことだった」
まだハンの国が内乱に苛まれていたその年に、『富貴の王』を崇める謎の教団は忽然と現れた。最初にその教えを広めたのは、西の山の賢者を名乗る男。その男はこう予言した──。ハンの国の内乱はもうじき終わり、その後に恐るべき疫病が国中に蔓延する。さらに敵国がハンの国に攻め入り、ハンの国は艱難辛苦の時代を迎える。だが、やがてこの大いなる試練は過ぎ去り、偉大なる大精霊たる『富貴の王』が降臨してハンの国を蘇らせると。
「そして男の言葉通りに内乱は小康状態となり、続いて疫病が広まった。これを予言の成就とみなした大勢の者が男を信じ、男の支配する教団に服従を誓った。だが、この予言はまやかしだ。知恵の足りぬ民は騙せても、私はそうはいかないぞ」
「教団と関係ありそうなウスの現総督については、何か知っていますか?」
その問いに男爵は声を荒げる。
「あの男はもうどうしようもない! ‥‥いや、かつては尊敬すべき人物だったが、このウス分国に留まるうちに人が変わってしまった。こんな腐りきった場所に長居すれば、誰でも腐ってしまうだろうさ」
●黒いフロートシップ
ハンの国の西側に連なる山々。ウスの都からここに送られて、生きて戻った者はないと言われる。そこへ1人の冒険者が潜入。その目が捉えたのは、禿山と化した山々にひしめく大勢の人々。彼らは重労働を強いられていた。鉱山と思しき穴の中へ送られる者もいれば、土中に埋もれる何かを掘り出している者もいる。
遠くの空から近づい影がある。それは黒いフロートシップだ。船は禿山の山間に着陸し、中からぞろぞろと姿を現したのは奇怪な仮面を被った連中。ウィルとの国境に近い場所で難民を脅かした、謎の兵団を思わせる。
物陰に身を潜めた冒険者が見ていると、大勢の者達が船の前へ連れて来られる。皆、重労働で体がボロボロになり、足取りもままならぬ者ばかり。
「いやだ‥‥あの船には乗りたくねぇ‥‥」
連れて来られた男の1人が、力を振り絞って逃れようとするが、たちまち見張りの兵士に捕まって取り押さえられる。
「手間取らせやがって! 働けねぇ者の行き場はあの船しかねぇのさ!」
男は無理矢理に船の中に連れ込まれて姿を消す。
人々を乗せた船は空に浮かび上がり、その船影は遠くの空へ消えた。
残った見張り兵達の会話を冒険者は耳にする。
「これまで何人、船に乗せたことになる?」
「5千人か6千人、いやもしかすると1万越えるかもな」
「霧の谷間では、よっぽどとんでもねぇ代物が造られているとみえるな」
「ああ。だが俺達の知ったことじゃねぇ」
●特製スープの謎
ここは国境のウィル側、ヒライオン領に所在するエーロン治療院分院。冒険者と共にウスの都を脱出した少女ルーシは、ここで手厚く保護されている。
彼女の世話をしているのは、同じくハンの国から逃れてきた若者マーシ。
「食欲、あるか?」
「うん」
「ここの食べ物はおいしいだろう?」
「うん」
「早くバヤーガ達が見つかればいいな」
ルーシがここに保護されたのも、彼女がハンで猛威を振るう疫病を根絶するための鍵を握るからだ。病毒で汚染された食物を日常的に口にしながら、彼女は疫病を発症することはなかったのだ。その理由はずっとルーシの面倒を見ていた老婆バヤーガが、いつも作って食べさせていた特性スープの成分にあるらしい。
「調べではバヤーガの特製スープには、木の実や薬草など20種類から30種類もの材料が使われていたらしい。その全てを明らかにするのは大変な仕事だが、疫病を撲滅するためには材料の1つ1つを洗い出すしかない」
ハンの疫病対策の責任者、ランゲルハンセル・シミター医師はそう言う。
それにしても、特製スープのレシピを知るバヤーガは今、どこにいるのだろう? 恐らく彼女が拾い集めた孤児たちと共に、ウス分国のどこかに潜んでいるはずなのだが‥‥。
●進軍は間近
「これで障害は取り除かれた。ウィル軍は堂々とハンに進軍することができる」
ウィル国王ジーザム・トルクの左腕、ウィルの軍事を取り仕切るロッド・グロウリング伯爵は、実に満足そうだ。
つい先日、ウィルを訪れるハン国王を乗せたフロートシップがカオス勢力に強襲され、現場からはハン国王のものと思われる遺体が発見されるという大事件があったばかり。それでもロッドを満足させたのは、ハン国王が自らの手でウィルに届けるはずだった国書が、遺体と共に発見されたからだ。
国書の内容はウィル国王よりハン国王に申し込まれた、ウィル国王の王弟ルーベン・セクテ公と、ハンの王女ミレム・ヘイット姫の結婚を承諾するというもの。そしてハン国内で猛威を振るうカオス勢力を殲滅するため、ウィルに援軍を求めるというものだった。
今やウィルの王城では、国書の内容を公表する準備が進められている。ハン国王の遺志をウィルの臣民が知る時は、ウィルとハンとの同盟が成立する時だ。
「だが、その前にやらねばならぬ事がある」
ロッド伯はハンの地図を見据える。その視線の先にあるのはハンの南部、ウス分国の中心部に位置するウスの都だ。
「ウスの都はハン進軍のための重要拠点となる。進軍の妨げになる邪魔者は、今のうちに潰しておかねばならん」
●波乱の先触れ
場面は再びウスの都。
義賊・山嵐団は今日も偵察を続けている。ついこの前はウィルの冒険者の力を借り、腐った貴族どもからたんまり食料を強奪した。ついでに城内に造られた怪しげな宗教の祭壇もぶち壊してやった。
だがこの事件に、今のウスの都の最高権力者であるウス総督フェルシェン・ハーリムは激怒。ハン王家に使者を送って援軍を要請したのだ。
その援軍は今日、ウスの都に到着した。重装備の兵団には、王家の所有するバガンも含まれている。
「見ろ、演説が始まるぞ」
山嵐団の者達が様子をうかがうその目の前で、援軍を率いてきた老騎士が兵士達を前にして声を張り上げる。
「ウィルの策略に騙されるな! 敵はウィルにあり! 疫病の蔓延も国王陛下の非業の死も、全てはウィルの陰謀なのだ!! 我らハン救国義勇軍はウスの都を死守し、最後の1兵まで戦い続けるのだ!!」
山嵐団の見張りは顔をしかめる。
「奴ら、ウィルと戦争おっ始める気かよ?」
●リプレイ本文
●バヤーガの探索
一見するとその崩れかけた民家は、荒廃したウス分国のどこにでもあるような廃屋にしか見えない。だがそこは義賊・山嵐団のアジトの一つだ。
ウス分国に潜入した冒険者達は、このアジトで山嵐団の者達と接触した。最初に行方不明のバヤーガのことを尋ねる。
「何? バヤーガだと?」
「孤児達と共に、森に住んでいた変わり者の老婆でな」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)がその人相風体を説明する。
「変わり者の老婆ねぇ‥‥」
「つまり、こういう方です」
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)がファンタズムの魔法を使って、その姿を映像化する。ここに来る前に彼女は、バヤーガをよく知るルーシの目の前で魔法の映像を作っては、その人相風体の細部がルーシの記憶と合致するかどうかを聞いて、映像に幾度も修正を加えたのだ。
実物のバヤーガの特徴をしっかり捉えたその映像を見て、山嵐団の1人が言う。
「この婆さんなら何度か見かけたことがあるぞ。一度は食料と薬草の交換を頼まれたりしたもんだ」
しかし現在のバヤーガが何処にいるかとなると、山嵐団の者達もまるで心当たりがない。
ゾーラクが言う。
「まずはルーシと一緒に、バヤーガさんの元住居へ向かいましょう」
ほどなく冒険者達は、今は空き家になっているバヤーガの家へ到着したが。
「バウウウ!」
一緒に連れてきたペットの犬達が、警戒の唸りを上げる。
「何かいるようです」
「まさか、魔物では‥‥」
慎重に家の中へ足を踏み入れると、若い鹿がさっと飛び出してきた。続いて野ウサギが2匹。いつの間にか野生動物の住処になっていたのだ。
獲物の後を追おうとする犬達を冒険者達は呼びとめる。
「放っておきなさい」
それにしてもバヤーガはどこへ? 主のいない家の中は、今はひっそりと静まっている。
「何処かで無事に過ごしていると良いのじゃが‥‥」
ユラヴィカはまず、ルーシと共に家の中を捜索。
「大事な木の実の隠し場所はここなの」
台所の床を指差すルーシ。そこに隠し扉があった。扉を開けると、中には木の実や乾燥したハーブを収めた壷があった。
「この近くで薬草の採れる場所はどこじゃろうな?」
「案内するわ。バヤーガを手伝ったことがあるから、よく知ってるの」
ルーシはヴェガ・キュアノス(ea7463)とゾーラクを案内する。家の周りには薬草を採取した場所がいくつか存在する。
「これが、そうよ」
森の下草の中に薬草を見つけ、ルーシが示す。
ヴェガ達はその何本かを摘んで、大事に保管する。
「家の周りに薬草が採れるところは、あと6ヶ所あるの」
おや? 森の中で何かが動いた。
見ればリスが2匹、木の枝の上で追いかけっこをしている。森の動物達は疫病にかからないと見え、森の中で平和に暮らしている。ここにいるとウス分国の荒廃ぶりが、別世界の出来事のように思えてくる。
家の周りで薬草を採取し終えると、ルーシはさらに遠くの場所へ皆を連れていく。
「この小川をさかのぼったところに、体にいい木があるの。木の皮をはいで使うのよ」
「それにしても深い森じゃな。‥‥おや?」
森の中でさっと動くものがいる。エレメンタラーフェアリーだ。
「こんなところにフェアリーが」
ペットの犬を連れたユラヴィカが近づこうとすると、フェアリーはさっと姿をくらましてしまう。臆病な性格なのだ。
「確かこの辺りのはずだけど‥‥あった!」
ルーシが木を見つけた。
「この木の種類が分かれば、手がかりにはなるじゃろう」
ヴェガは木の皮と一緒に、木の葉を何枚か採取した。王都に持ち帰って薬草に詳しい学士にでも問い合わせれば、それがどんな種類の木なのかが分かるだろう。
「さて、今のバヤーガの居場所じゃが‥‥」
ひとまず家に戻ったユラヴィカは、『太陽のブランシェット』と『神秘のタロット』を使って、バヤーガの居場所の見当をつけてみる。
「ここから北西と出ておるぞ」
「少々難しくはありますが、忘れているというのは記憶から消えている訳ではなく思い出せなくなっているというものなので」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)はルーシに問いかける。彼女がバヤーガとはぐれるまで、どのような森の中のルートをたどったのかを。念のためリシーヴメモリーの魔法も使って確認する。
「そういえば、森の中に石碑があったわ」
話すうちにルーシは思い出した。
そこは霧の立ち込める深い森の中で、森道の脇にぽつんと石碑が立っていた。
その場所でルーシは森の中を飛び回るフェアリーの姿を見つけ、その姿に気を取られているうちに、バヤーガ達とはぐれてしまったのだ。
●精霊の森
「この道ですね?」
「そう、この道よ」
冒険者達はルーシと共に、件の森道を進んでいる。
「だんだん思い出してきたわ。この道をずっと進んでいくと、小さな滝があって‥‥」
見れば、小川が小さな滝になっている。
森はますます深くなる。
「ありました、あれが石碑です」
森の中にぽつんと立つ石碑をディアッカが見つけた。
「これは石碑というよりも、古代の遺跡の一部ではありませんか?」
文字は刻まれておらず、代わりに動物か何かを彫ったと思しき彫刻が刻まれている。
周りをよく見ると、あちこちの木陰にも石碑のようなものが立っている。
どうやらそれは古代の遺跡のようだ。かつては大きな建物が、ここに建っていたのだろうか?
「もしかしたら、バヤーガが進んでいった先はあそこでは?」
もはや森道は途切れている。だが、かなり先の方に大きな門のような遺跡が見える。
「行ってみましょう」
冒険者達が門へ向かおうとしたその時。
ウオオオオオオオン!!
恐ろしい叫び声が森中に木霊し、霧が森の中に立ち込める。
「ここから先へ進めば命はないぞ!」
深い森の中に響き渡ったのは警告の言葉。だが、それはまるで子どもが発する叫びのよう。同時に、濃い霧が冒険者達を包んだ。
「う〜む、歓迎されておらぬようじゃな」
小首を傾げるユラヴィカ。
この森に住む何者かが、冒険者達の侵入を拒んでいる。
冒険者の犬達は興奮し、謎の存在に向かってしきりに吠え立てている。その吠え声に刺激されたか、警告の叫びはますます強まる。
「ここから先へ進めば命はないぞ!」
「静かに! 静かに!」
ディアッカが犬達をなだめ、ユラヴィカが霧の向こうにいる者に問いかける。
「どうしたら通してくれるのじゃ?」
だが、返ってくる答は一つ。
「ここから先へ進めば命はないぞ!」
そして、行く手は深い霧に包まれたまま。
「何だか思いっきり嫌われた様子ですが」
やむなく冒険者達は、来た道を引き返すことになった。
●酒盛り
オラース・カノーヴァ(ea3486)は山嵐団のアジトにて、ギルたちと酒を酌み交わしている真っ最中だ。
「この際だ、俺の正体も明かしておくぜ。俺はオラース・カノーヴァ、ウィルの冒険者ギルドに所属する冒険者だ」
「そうか。やはりあんたは噂のオラースだったか。改めて礼を言うぞ。あんた達の助けがなかったら俺達は縛り首にされて、今頃は骨になって土の中だ」
かつて山嵐団が、悪王エーガンの監視をかいくぐって王都を脱出した時、それを手助けしたのがオラースをはじめとする冒険者達だったのだ。
「で、あの悪王はどうしてる?」
「今じゃシムの海の孤島で隠居暮らし。暇つぶしにウィルの歴史書を編纂中だって話だな」
「死ぬまでやってろ!」
山嵐団は大笑い。酒のつまみは少ないが、その代わり悪王エーガンやハン総督フェルシェンへの文句を酒の肴に盛り上がる。
「で、これから山嵐団はどうする?」
「どうするって、まだこの国を見捨てるわけにはいかんな。で、そろそろあんたの腹の内も教えてくれんかね?」
「ウィルとウスが交戦すればウス城からゴーレムは出払う。フェルシェンはこちらで対処する。城の制圧に力を貸してくれ。その時にはハンの老騎士やフェルシェンと連続で一騎打ちする心積もりだ」
「あの老騎士は厄介だぞ。ゴチゴチの反ウィルに凝り固まってら」
すると、一緒に酒盛りに付き合っていた白銀麗(ea8147)が言う。
「ウスの都でゴーレム同士が市街戦をするのは避けたいですね。騎士や冒険者だけでなく、街と市民に大きな犠牲が出ますから。戦う手段を持たぬ市民にとってゴーレムは過酷過ぎる試練です。戦争前に可能な限りゴーレムと鎧騎士を動けなくしておきたいですよ」
ギルをはじめ山嵐団の者達は同意を示した。
「そりゃそうだ。難民だらけの今のウスの都でゴーレム同士が戦ったら、目も当てられねぇ大惨事になるからな」
「兵士達を無力化するため、我々は下剤と痺れ薬を大量に用意してきました」
銀麗がロッド卿に頼み、調達してもらったものだ。
「我々はこれから鎧騎士を無力化するため義勇軍の食料庫に向かい、水や食料に下剤などを適量混入します。山嵐団の皆様には、毒入り以外の食料庫を襲ってもらえませんか?」
「任しとけ。それと、こっちからも注文がある。義勇軍のゴーレム進駐と共に、ウス城内にもゴーレム工房が作られた。そいつを使い物にならなくしてくれるか?」
「もちろんです。元からそのつもりでした」
酒盛りが終わると、オラースは山嵐団の支配する村を見物する。
「また随分と元気のいい村だな」
ここが本当に、荒廃したウス分国なのかと思えてくるほど。村には活気がある。
「誰なの、この怪しい奴は?」
芸人っぽい恰好をした男や女がオラースを取り囲んだ。
「心配するな。彼らは仲間だ」
山嵐団の案内人の言葉によると、芸人っぽい連中はジプシーとバードだった。
「元々は巡業の旅でウス分国を回っていたのを、俺達が頼みこんで村に住んでもらっているのさ。カオスの魔物に対抗するには、彼らの魔法が必要なんでな」
●破壊工作
ウス城内にケンイチ・ヤマモト(ea0760)と銀麗が忍び込む。
「あそこがゴーレム工房ですか。警戒が厳重そうですね」
廊下の陰からうかがっていると、警備の兵士がケンイチの姿に気付いた。
「芸人がこんな所で何をしている!? 怪しい奴め!」
「すみません、城の中で道に迷ってしまい」
「おまえ本当にバードなのか?」
「お望みとあらば1曲、如何ですか?」
ケンイチは曲を奏で始める。
警備兵達がケンイチに気を取られている間に、銀麗は工房の中に忍び込む。ミミクリーの魔法で体の細長い蛇に変身し、隙間から侵入すれば容易いものだ。
工房の中には整備中のゴーレムが並んでいる。
鎧の一部が外され、中の媒体や制御胞が丸見えのものもある。
銀麗はデストロイの魔法を放った。それも最大級の力で。
ビキッ!! 人型をしたゴーレムの媒体が砕け、制御胞にヒビが入る。
幾度か魔法をぶっ放し、ついでに置いてあった工具や魔法アイテムもぶち壊したりかっぱらったり。一通り作業を終えると、銀麗は工房を脱出した。さあ次の仕事が待っている。食料庫に忍び込んで下剤と痺れ薬を仕込むのだ。
一方、ケンイチの方は未だに曲を引き続けている。
「素晴らしい。見事な曲だ」
警備兵達は曲の音色にうっとり。
「この曲を弾いているのは誰だ?」
やってきたのはウス分国総督のフェルシェンだ。しかも義勇軍の老騎士まで一緒にいる。
「これは総督、それにアルマート殿も」
警備兵達が敬礼した。
「一曲、弾いてみてくれぬかね?」
「それでは」
フェルシェンに求められ、ケンイチは曲を弾く。
「そんな見事な曲を、こんな殺風景なところで弾くことはない」
フェルシェンはケンイチを大広間へ連れ出す。顔がばれぬよう変装はしていたけれど、曲の見事さはしっかり覚えられてしまったようだ。
しかし幸か不幸か、ケンイチはフェルシェンと老騎士の会話をしっかり聞き取ることが出来た。老騎士はウス分国における疫病の蔓延を、ウィルのせいだと疑っている。
「悪逆非道なるウィルめ! だが、巨悪は必ずや滅びようぞ! 我らにはラオの国、そしてエの国がついておるのだ! 正義は我らにあり! 勝利は我らにあり!」
近日中にラオとエからも援軍が到着するらしい。大変なことになったとケンイチは思った。
大広間での宴も終わり、ケンイチがその場から引き上げると、銀麗が待っていた。
「心配したわよ」
「そっちの仕事はどうでしたか?」
「首尾よくいったわ」
さてその頃。
「おい、何だありゃ?」
ここはウスの都にある、銀麗が手をつけなかった食料庫。
見張りの兵士達の前に現れたのは、悩ましくモーションかけてくるお色気ムンムン女。
「ありゃ城の踊り子みてぇだが」
「俺達に気があるってか?」
「こう見るとなかなかにワイルドな美人じゃねぇか」
「脱ぎっぷりだってたいしたもんだぜ」
着ている衣装が一枚また一枚、ひらりと落ちる。兵士達の目はすっかり釘づけ。
ぼがっ!! ぼがっ!!
背後から忍び寄った山嵐団の者達が、警備兵達を叩きのめす。悩ましくモーションかけてた謎の女も、警備兵に襲いかかってぶちのめし、投げ飛ばし、蹴りをくらわせ、たちまち警備兵達は全員が地面に伸びて動かなくなった。
「正体知って驚くなよ」
ハスキーな声で女が言う。正体は禁断の指輪で姿を変えたオラース。
「その姿、似合ってるぜ。俺までクラクラきちまいそうだ」
「いいからさっさと仕事にかかろうぜ」
オラース、今度は食料庫の扉に一撃をくらわせてぶち壊し、続いてインビジビリティリングを使い姿を消す。次に向かうはウスの兵士達の宿舎だ。あちこちに油を撒いて火を放てば大騒ぎになるだろう。その隙に山嵐団が食料をかっさらうのだ。
●偵察
リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)は西の山岳地帯の偵察を続けている。
山岳地帯までは銀麗の案内で空飛ぶ絨毯に乗り、現地に到着後はミミクリーの魔法を銀麗にかけてもらい、蛇の姿になって物陰から人々の会話に耳をそばだてた。
山岳地帯で重労働を強いられている人々の会話に、監督者たちの会話。
再び黒いフロートシップがやって来ると、船を動かす者達の会話に耳を傾ける。
彼らの会話によると、『霧の谷間』で何かが造られているらしい。
だが『霧の谷間』とはどこにあるのだろう?
「脱走だぁ!」
船から逃げ出した者がいる。
黒いフロートシップの船体に止まっていたカラスの群れが、一斉に飛び立った。
カラスの群れが脱走者に襲い掛かる。
「うわあっ! うわあっ!!」
脱走者はたちまち血まみれになり、動かなくなる。
カラスの1匹の姿が変じる。鳥の姿から、翼の生えた小鬼の姿に。
「逃げられると思ったか、バカな人間め」
カラスどもの正体はカオスの魔物だった。
この様子からすると、船の中は魔物が沢山。
恐らく船が向かう先も、魔物だらけなのだろう。