希望の村6〜忍び寄るカオスの影
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月27日〜03月04日
リプレイ公開日:2009年03月10日
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●オープニング
●領主の交渉
ホープ村は冒険者の領主が治める村だ。努力の甲斐あって村は発展を続けているが、隣領の王領バクルには荒廃したままで放置されている土地がある。
そこでホープ村の領主は新年祭を機会に、王領バクルの統治を任されているルーケイ伯爵夫人セリーズと交渉した。
「ホープ村は元々、旧ラウス男爵領の一部。先王の支配下で男爵家が身分と領地を失って後、ラウス男爵領は分割されて周辺の領地に組み込まれたわけだけど、そのうち王領バクルに組み込まれた土地をホープ村のために利用させて欲しいの」
「話は理解したが、さて。我が夫であるルーケイ伯爵ならば如何に答えるであろう?」
セリーズは暫し考える素振りを見せ、その後でこう答えた。
「ルーケイ伯は恐らくこう答えるはず。ホープ村の民の為、さらにはフオロ王家とその民の為、ひいては大ウィルとその民の為になるならば、是非とも土地を役立てて欲しいと。よろしい、このリリーンはルーケイ伯の代理としてホープ村領主とその臣下の者に対し、王領バクルに組み込まれた旧ラウス男爵領への立ち入り権を認めよう。具体的な土地の利用については後日、土地の状況を把握した上で決めるのがよろしかろう」
交渉は成功。今は王領バクルに組み込まれた、旧ラウス男爵領の東部を再興させる第一歩は踏み出された。
●禁忌
ホープ村には3人の村長がいる。その3人とは老村長ジェフ・ゼーロ、女村長マリジア・カルル、バードの歌うたい村長のキラルだ。
「もう2月も半ばじゃな。2月といえば風霊祭の季節じゃが‥‥」
次のお祭りをどうしたものかと、ジェフは考えを巡らせる。アトランティスの世界では、2月は最も気温が下がる月。この月に風の精霊を祝う風霊祭を執り行うのが、この世界での慣わしなのだ。
「いや、しかしねぇ‥‥」
マリジアが顔を曇らせて言う。
「今の村のことを考えると、お祭り気分で浮かれてばかりもねぇ。‥‥見なよ、また新しいのがやって来たよ」
2人は見た。村の入り口にみすぼらしい人々を乗せた馬車がやって来たのを。彼らは魔物に襲われた村からの避難民だった。
このところ、ウィルの各地で魔物に襲われる村が増えている。力ある領主の下、自力で魔物を撃退できる村ばかりではない。金で冒険者を雇える村も限られている。最悪の場合、魔物に襲われた村の村人達は村を捨て、王都にまで逃れて来ることになる。そして他所からの困窮者を拒まず受け入れるホープ村では、このところ村に流れ込む避難民の数は増える一方だ。
しかしジェフは言う。
「いやこういう時だからこそ、人々を喜ばせ力づける祭が必要だとも言えるぞ。キラルの意見も聞いてみたいものじゃが‥‥キラルはどこじゃ?」
「いつものように、村の広場で歌を歌ってるんじゃないかい?」
マリジアはキラルを探しに行き、村の広場で子ども達に尋ねてみる。
「あんた達、キラルを見なかったかい?」
「キラルならリーサと一緒にあっちに行ったよ」
子ども達に教えられるまま、マリジアが納屋の陰に足を運ぶと、そこにキラルとリーサがいた。
「あ‥‥!」
マリジアの表情が強張った。エルフの青年のキラルと人間の娘リーサ、2人は抱き合っていたのだ。まるで恋人同士がするように。
「ずっとこうしていたいの」
「‥‥僕も同じさ」
囁きを交わすや、キラルの唇がリーサの唇に重なり合い‥‥。
マリジアは黙って見ていられなくなり、思わず大声出して2人を怒鳴りつけた。
「ちょっとあんたたち何やってるのさっ!?」
あっという間に話はジェフにまで伝わり、キラルはジェフからきつくお説教される羽目に。
「判っておるじゃろう。異なる種族同士で結婚は許されんのじゃ」
アトランティスには異種族間結婚に対するタブーがある。
「そんなの嫌だ! 僕はリーサが好きなんだ!」
「馬鹿げたことをぬかすな! とにかく駄目なものは駄目じゃ!」
●魔物
その夜。隣領ワザン男爵から出向してホープ村の警備に当たる警備兵達は、真夜中に奇妙な物音を聞いた。
「‥‥何だ、あの音は?」
シューッ。何かが風を切るような物音。それが頭上の辺りを通り過ぎたかと思うと。
ぼてっ、ぼてっ、ぼてっ。鈍い落下音が立て続けに響く。
その後で、ガサゴソと何かが動き回るような音。
「おい、誰か怪しい奴とかが出入りしていないだろうな?」
「いるもんか。俺達がしっかり目を光らせてるんだからな」
その物音に警備兵達はさして気を止めなかったが、しばらくすると頭上を何かが通り過ぎる。
「あっ!」
「どうした?」
「‥‥いや、ただのコウモリだ」
警備兵の目にしたコウモリは、闇の中に消える。
だが程なく、村の中で騒ぎが起きた。
最初に起きたのは、村で飼っている鶏たちのけたたましい鳴き声。
続いて村人達の叫びが闇夜に響く。
「た、大変だぁーっ!! 魔物が出たぁーっ!!」
「魔物だとっ!?」
警備兵達はとっさに剣を抜き放ち、村の中に駆け込む。
そして彼らは魔物の姿を見た。
生ける屍、腐った犬の死体が3匹。牙を剥き、獲物を求めて村の広場をうろつき回っている。騒ぎに目を覚まし、家の外へ出て魔物の姿を目にした村人達が悲鳴を上げる。
警備兵達は剣で魔物に斬りつける。うち2匹をたちどころに仕留めたが、最後の1匹が周囲にいた村人達に目をつけて襲いかかる。
だが間一髪。キラルが放ったムーンアローの矢が魔物を貫いた。魔物の攻撃が逸らされるや、またも光の矢が魔物を貫く。魔物は地に倒れ、とどめを刺そうと近づいた警備兵は、魔物が完全に動かなくなっているのを知った。
「‥‥仕留めたよ」
緊張の面持ちでキラルが呟いた。
「きゃあああああっ!」
村の女の悲鳴が轟いた。女の目の前には食い殺された鶏の死骸がいくつも。魔物の犠牲になったのだ。
●下見
「犠牲になったのは鶏が26羽か、もったいない」
ホープ村に居候している農業指南役のレーガー卿、さっそく被害状況を確認して生き残り数を計算する。
「残った鶏は34羽か。他の家畜に被害が及ばなかったのが、不幸中の幸いだ。だが今後、こういった事件は増えそうだな」
かつては魔物の襲撃も受けたホープ村だ。ここのところ鳴りを潜めていた魔物どもだが、またぞろ跳梁跋扈しそうな予感がする。
翌朝。レーガー卿は村の者を連れて遠出した。
「旦那様、ここから先は隣の領地になりますが?」
「大丈夫だ。セリーズ殿から許可を受けている」
ホープ村の東、王領バクル内の旧ラウス男爵領に入り、レーガー卿とそのお供は冬枯れした野原を歩き続ける。
「あの、旦那様。こんなところで何をなさるおつもりですか?」
尋ねたお供にレーガー卿は答える。
「考えていたのだよ。住む者も耕す者も絶えたこの土地を、魔物によって故郷を追われた避難民の為に使えないものかとね。ホープ村を再興させるのよりもずっと手間のかかる仕事になるだろうが、幸いにして我らが村の領主殿には十分にやる気がありそうだ」
●リプレイ本文
●人生の選択
ソード・エアシールド(eb3838)が最初に行ったのは、老村長と女村長への頼みごと。
「2人の件については暫く静観するとして、外の者には口外しないよう頼む」
「はい、仰せの通りに」
村長2人の同意を得ると、いよいよソードはキラルとリーサに会いに行った。
「2人で一緒に来てくれないか?」
何を言われるのだろう? キラルもリーサも緊張と不安がない交ぜになった表情だ。ソードは2人を村から離れた丘の上に連れて行くと、最初にこう告げた。
「領主殿は2人の仲を認めないとは言ってない」
「ええっ!?」
キラルもリーサも驚いた。でも、ソードの言葉には続きがある。
「ただ2人がどの位真剣なのか確認したい。2人が結ばれれば生まれてくる子どもはハーフエルフになるが、ハーフエルフの実際についてどれだけ知っているのか? 狂化で友を手にかけた者、迫害ゆえに病気の子供を治療されず失った者‥‥自分の子供にそんな苦難の道を歩ませる事にもなる」
そしてソードはリーサに言う。
「貴方の弟2人も迫害される恐れがある。それに、ずっと若いままのキラルの傍で、自分が老いても最後まで添い遂げられるか?」
そしてキラルにも。
「リーサや子供が老いて死んでも自分だけ取り残される事に耐えられるか? 2人が共に暮らすなら、何処に行っても迫害は付き纏う。村から出ても多分結果は同じだ。添い遂げたいならここで、住人を納得させるだけの時間をかける必要があるだろう。それには10年単位の時間が必要だろう。それまで2人で支えあえるか? 自信が無いなら良き友人のままで終わった方が良い」
キラルもリーサも押し黙っている。
「よく考えてみることだ」
ソードはそのまま2人を見守り続けたが、暫くすると村の領主クレア・クリストファ(ea0941)がやって来た。
「どう? 結論は出たかしら?」
首を横に振るキラルとリーサ。クレアは空を見つめ語る。
「ただ傍に居続けられる事だけで幸福ではなくて? 死が二人を別つその瞬間まで、傍に居られるだけ幸福ではなくて?」
そして2人に目を向ける。その顔に微笑みが浮かぶ。
「愛は、やはり神が与えた最大の試練ね‥‥」
キラルとリーサが丘から戻ると、チカ・ニシムラ(ea1128)が待っていた。
「話しておきたい事があるにゃ。実は、あたしの両親が二人ともハーフエルフだったのにゃ。‥‥お姉ちゃんもだにゃ」
「ええっ!?」
「本当なの‥‥?」
これには大いに驚くキラルとリーサ。キラルはじろじろとチカを見つめ、
「でも、チカは普通の人間にしか見えないじゃないか」
ハーフエルフ同士の結婚なんて想像したこともない。まして、その間に生まれてくる子どものことなんて。チカは話を続け、最後にこう言った。
「周りからどんな目で見られるか、生まれてきた子供がどんな目にあうか、これで分かったかにゃ? これから先のことは二人でよく考えて決めて欲しいにゃ。それで決めたことならあたしはもう何も言わないからにゃ」
キラルとリーサ、共に答が出ない。当たり前か、こんな信じられないような体験談を聞けば。
「よく‥‥考えるよ‥‥」
「話してくれて‥‥ありがとう‥‥」
2人でこう返事するのでやっとだった。
話を終えたチカは、傍で様子を見守っていたルシーナにも尋ねた。
「これから進む道のこと、何か考えたにゃ?」
「ずっとこの村で、みんなと楽しく暮らしていきたい。でも、今も魔物に苦しめられている人達のことを考えると‥‥どうしていいか分からなくなるの」
●領主の務め
「貴方も本当、私に楽をさせてくれないのね〜。‥‥する気もないけど」
領主クレアがそう言うと、レーガー卿もこう言い返す。
「領主が楽してばかりでは下々の者が困るだろう? 楽する気がないのは何よりだ」
「それでこの前の下見、貴方の見立てではどう?」
「あそこにはかつて農村があり、農地として利用されていた土地だ。その再建だから森を切り開くよりは容易いだろうが、それでも大仕事になろうな」
そしてクレアはセリーズに会いに行く。馬に乗って東の領地の境を越えると、そこにセリーズが待っていた。挨拶を交わし、クレアは領地利用のための2度目の交渉に入る。
「この土地に、食糧増産のための農業拠点を設けると?」
「ええ。井戸掘りや区画整理、用水路の整備に貯水池の設置、やるべきことは多いわ。実際に村を作った時の警備は、水上兵団から人員を割けないかしら?」
「それは可能だが‥‥」
「勿論、いきなり大規模ではなく、最初は管理しきれる範囲で始めるわ」
馬を並べて語り合う。周りに広がるのは殺風景な土地だが、クレアには実り豊かに蘇った未来の姿が見える。
「春には春小麦の播種を目指します。井戸掘りにはドワーフ職人の力も借りるけれど、その他の仕事は、今も増え続けている領民達の手で。培ったものは無駄にせずに、皆で必ずやり遂げてみせる」
「私も協力しよう。今の話、すぐに実行に移せるようお膳立てを整えよう」
セリーズが右手を差し伸べる。クレアも右手を差し出し、固い握手を交わした。
●森に入れば
チカは今、ホープ村の南にある森の中にいる。ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)も一緒だ。2人は森の調査にやって来たのだ。
「食料の代わりになる動植物があるといいけどにゃー」
言いながらチカは辺りを見回すが、今は早春。葉を落とした森の木々は芽吹きが始まったばかり。動物たちもそろそろ冬眠から覚める頃合だが、活発に動き始めるのはまだ先だ。
「この森はブナやクヌギを中心とした、落葉広葉樹林というところですか。あら? こんな所に‥‥」
ゾーラクが目ざとく見つけたそれは、地面に平べったく葉を広げた野草。
「これは野イチゴのロゼットですね」
早速、ゾーラクは手持ちの魔法用スクロールにマッピング。チカはまだ越冬中の野イチゴにじっと見入っている。暖かくなれば、ぐんぐん葉を伸ばすだろう。
「森で野イチゴ摘んできてって麗蘭に頼まれてたけどにゃ。まだ実の生る季節じゃなかったにゃー」
その時、近くの藪の陰で何かが動く。
「あっ! ウサギだにゃ!」
チカは見た。1匹の野うさぎが駆けて行き、森の木陰に消えるのを。
●村のお仕事
良くも悪くも人口が増えたホープ村。その村の広場にフィラ・ボロゴース(ea9535)が鍛えてきた若人衆が集められた。
「ここに集まった全員を一つのチームとして、その中からリーダーを選ぼうと思う」
フィラの言葉を聞いて、威勢のいい若者が声を上げる。
「なら、リーダーは一番強いヤツってことで!」
すると、その場に立ち会うソードが言う。
「リーダーには実力よりも和を重んじ、冷静さを持ち合わせた者を選出すべきだ」
続いてフィラも。
「あたいとしては、責任感が強くて皆に気を配れる奴をリーダーにしたいな」
では誰にしよう? 皆で顔を見合わせて相談するが、なかなか本命という人物がいない。
「‥‥ま、急がなくてもいいか。とにかくこのチームは見張りとか魔物襲撃時の避難誘導とか、あとは村のお助け隊みたいな‥‥村の為のチームという事を分かってやって貰いたいな」
リーダーの件は後回し。フィラはチームに恒例の訓練を施し、その後はゾーラクの描いた設計図を元に、見張りの櫓を建設する。勿論、作業ではフィラが先頭に立って指図する。最初に4つの穴を地面に掘り、そこに4本の丸木を立てる。
「よしっ、起こすぞ! ‥‥1、2、3!」
続いて丸木の間に横木を取り付けて補強し、さらに梯子段を取り付ける。そして上部に人の立てる見張り台を設置。これで、戦場でもよく利用されるような物見櫓が出来上がった。
フィラの仕事はまだまだ続く。家畜小屋の修復と補強、それが終わると、以前に作った竜の山車を引っ張り易い様に改良。
「姐さん、そろそろ終わりにしましょうや」
あまりにも仕事が遅くまで続くので、村の者が声をかけてきた。
「ん〜、まだ貯蔵庫を作る仕事が‥‥」
すると、一緒に仕事を手伝っていたソードも言う。
「それは片手間で出来る仕事ではない。日を改めた方がいい」
「なら、そうするか」
フィラは仕事を切り上げる。そして夜の見張りに立つことにした。
完成したばかりの櫓に登ると、月精霊の明かりの下に夜景色が浮かび上がっている。
「ここは本当によく見えるな」
「フィラさーん!」
下から声をかけてきたのはケンイチ・ヤマモト(ea0760)。
「見張りを手伝いましょうか?」
「昇って来いよ、ここは気持ちいいぞ! ‥‥ちょっと寒いけど」
「では私も」
ケンイチは梯子段を上り、フィラの横に立つ。
「これは見事な眺めですね」
「だろ?」
その晩は魔物も不審者も現れず、平和のうちに夜は過ぎた。
●女医様のお仕事
その日もホープ村に新参者達がやって来た。故郷の村を魔物に滅ぼされた村人の一家だ。
「今日からここがあんた達家族の住処だよ」
女村長マリジアに通された家には、既に先に来た避難民の家族が身を寄せ合っている。
「おや、こんな所に‥‥」
家の中に吊るしてある濡れた布。いい物を見つけたとばかり、一家の親爺がそれで顔や体の汚れをふき取っていると、マリジアに怒られた。
「こら、勝手に使うんじゃないよ! それは女医様のいいつけで吊るしてあるんだからね!」
「へ? 女医様の?」
その女医様ことゾーラクは例のごとく、村に設けた診療所で村人に衛生指導。
「冬場は細目に窓を開けて換気し、家の中に濡れ布を吊るして湿気を確保すること」
「こうですか?」
集まった村人達は見よう見まねで、ゾーラクの教えたようにやって見せる。診療所の中は濡れた布だらけ。
「では次に、台所の使い方ですが‥‥」
煮沸消毒のために湯を沸かし、台所の中は湯気がもうもう。
「そろそろ健康診断の時間ですね」
とにかくやる事が多くて忙しい。ゾーラクが写本『薬物誌』を小脇に抱え、避難民の診療に向かおうとすると、彼女を呼び止めた者がいた。
「あの‥‥私もお手伝いしていいですか?」
その者はルシーナ。
「ありがとう、助かります」
ふと、ゾーラクは忘れていた事を思い出し、手伝いの者達に告げる。
「暖炉の灰だけど、捨てずに取っておいてください。後で家庭菜園の肥料に使います」
●炊事場の主
お祭が近づくと、村の炊事場は忙しくなる。
例のごとく炊事場の主は龍麗蘭(ea4441)。
「春も近いし、前に教えてもらったお菓子でも作ってみますか!」
ということでチャレンジしたのがシュークリーム風のお菓子。材料は小麦粉にバターに卵に牛乳、それに水。それらはホープ村かその近場で手に入る。
「でも野イチゴが無いのが残念ね。甘みは水飴を使えばいいとしても‥‥」
不意に麗蘭は忍び寄ってきた人の気配に気づく。
「何者!? 摘み食いは許さないわよ!」
怒鳴ってから気づく。そこに居たのはレーガー卿だった。
「いや失礼。甘い匂いについ引き寄せられてね」
レーガー卿、意外と甘党だったりして。
「何か手伝おうかね?」
「あ、それじゃ‥‥そこのコンガーとかサーモンとかソールとかツナとかトラウトとかフラウンダーとか捌く準備を。でも全部、使い切れるかなぁ‥‥。ついでにそこの桶と長靴、片付けといて」
調理場にずらりと置かれたこれ全部、ソードとクレアからの提供品。
ふと、麗蘭は呟いた。
「‥‥砂糖の原料って‥‥栽培できないかな? それか香辛料とかね」
「砂糖も香辛料も、主として暑い地方の産物だが」
と、レーガー卿。
「もし栽培できればかなりの収入が見込めるなぁ‥‥って素人考えで思ってねぇ〜」
「ハチミツはどうかね?」
レーガー卿、なぜかにんまり笑いを浮かべている。
「ハチミツなら、ウィルの気候でも十分に生産できるぞ。それなりに手間はかかるとしてもだ」
●風霊祭
風霊祭の日がやって来た。
冒険者達の打ち合わせでは、派手にしないという方針が出されたようで。
それでも祭の会場となった風車小屋の周りには、色とりどりのリボンで飾った村人達が集まり、結構に賑やかな雰囲気になった。
男はリボンを鉢巻き風に頭に巻き、女はリボンで髪を結んでいる。
大小全部で5基作る予定の風車もその1基がおおかた完成し、リボンで飾られた羽車がゆっくり回っている。ちなみにリボンはソードが自腹で購入した。
「村でも布が生産できたら良いのだが。染料になる草花を育てるとか」
賑やかな中にあって、ふとソードはそんなことを思う。
「せーの!」
「せーの!」
藍色のリボンを付けたフィラが、若人衆と一緒になって竜の山車を引っ張り、風車の丘まで登ってきた。
「風を司る竜と精霊に感謝を」
率先してフィラが祈りを捧げ、若人衆も、そして見物の村人達もこれに続いた。
一方、村では居残りの者達が宴の準備に精を出している。広場には美味しそうな料理の匂いが漂い始めている。
「見て見て! みんなが帰ってきたよ!」
「おかえり、みんな!」
山車と一緒に丘から降りてきた一行は、広場に設けられた宴の席に導かれる。
「新しい住民も増えたけれど、喧嘩をせずに楽しんでね」
毎度おなじみ、領主の挨拶が終わると、皆の視線がケンイチに集まる。
「今回のお祭りは派手に祝わずに。でも少しだけなら演奏を、感謝の気持ちを込めて‥‥」
ケンイチはローレライの竪琴を奏で始める。流れる旋律は春風のごとく、優しく心地よい。
「今日は皆で好きに楽しむにゃ♪ 歌を歌ったり踊ったりということはなさそうだしにゃ♪」
ずらりと並んだ料理を前にして、髪に赤いリボンを結んだチカは村の子ども達に告げる。
「チカ姉ちゃん、あれ大丈夫?」
子どもの1人が不安そうに物見櫓を指差す。櫓の上にはケンイチのペット、イーグルドラゴンパピーが陣取っていた。
「大丈夫だにゃ。人を襲ったりはしないにゃ」
●見送り
祭の翌日。領主クレアはワザン男爵との交渉に隣領まで赴く。お互いの領地の間にある森の、領有権を明確にするための交渉だ。
でもその前に。クレアは見送りに来たキャロリーナに声をかける。
「行方不明の姉と弟の有力な情報はまだ掴めてはいない。でも、どんな形であろうとも再会させてみせるわ」
クレアの馬が走り出す。その馬上からクレアはさらに一言。
「村の皆とも仲良くね、全員が貴女の『家族』なんだから」
南の街道を進み、次第に小さくなっていくクレアとその馬。キャロリーナは黙って見送っていたが、やがて思い出したように手を降り始めた。
「クレア様‥‥竜と精霊のご加護を‥‥これからも‥‥末永く‥‥」
唇からこぼれる呟き。それはクレアに聞こえずとも、思いは届いたろう。