バカくさ物語2〜おめでたな結婚式
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月15日〜10月20日
リプレイ公開日:2008年10月23日
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●オープニング
●司祭ピエールとナンパ男
暗い、暗い、どこまでも暗い。周りに広がるのはどこまでも真っ暗な闇。
突然、闇の中から異形の魔物が飛び出した。
「ぎぇへへへへへへ!! おまえの人生は終わったぁ!!」
「この惨めな負け犬がぁ!!」
「俺たちの住処へ連れて行ってやる!!」
おぞましい笑い声を上げながら群がり寄せるのは、背中に翼の生えた醜悪な小鬼ども。悪魔インプだ。
体が重い。手足が言うことをきかない。このままでは悪魔どもに闇の中へと連れ去られてしまう。
「母なるセーラよ、主なるジーザスよ、我に力を‥‥」
聖なる御名を唱えつつ力を振り絞り、常に肌身離さず携えてきた護りの十字架を握り締める。
「悪魔よ去れ!! 悪魔よ去れ!! 悪魔よ去れ!!」
十字架を振りかざし、力いっぱい叫び続けると、次第に闇が晴れていく。悪魔どもの哄笑も遠ざかっていく。代わって暖かい光が周囲に満ちた。
「お目覚めになりましたか?」
気がつけば、そこは朝の光に満ちた教会の寝室。同僚の司祭が自分の顔を覗き込んでいる。
「寝言で何かつぶやかれていましたが、また悪い夢を見たのですか?」
「またしても悪魔の夢です。最近はどうしてこうも悪魔の夢ばかり見るのでしょう? これが何かの不吉な前兆でなければ良いのですが」
「今は神の与え給うた試練の時なのでしょう」
そういえば、今の自分がいるこのアトランティスの世界にも、悪魔とよく似た存在がいるらしい。この世界の人々はそれを『カオスの魔物』と呼んでいるという。
「試練の後には祝福を、アーメン」
十字を切り、ベッドに横たわっていた司祭は身を起こす。
彼の名はピエール・バレッタ。今年になって異世界ジ・アースからの月道を通り、アトランティスのウィルの国に赴任してきたジーザス教の白の司祭だ。
朝の祈りを捧げに礼拝堂へ向かおうとすると、何だか玄関口が騒がしい。ここは王都の教会だが、誰かが教会の者に怒鳴り散らしている。
「このクソ坊主どもいつまで結婚式を引き伸ばすつもりだ!? もう10月だぞいい加減にしやがれ!!」
「誰ですあれは?」
同僚に尋ねると、呆れ顔で答が返ってきた。
「婚前交渉で子どもを身篭らせた婚約者と一緒に、結婚式を挙げようとしている愚かな罪人です」
「ああ、噂のルキナス・ブリュンデッドですか。そういえば結婚式がすっかり延び延びになっていましたね」
ピエールはすたすたとルキナスに歩み寄る。
「静かになさい。ここは教会ですよ」
「だからさっさと結婚式を挙げろと言ってるんだ!!」
「では参りましょう。朝の祈りを終えたらすぐにでも式場へ」
「あ?」
ルキナス、切り返されて唖然。
「申し遅れましたが、私はピエール・バレッタ。9月にあなた方の結婚式を担当するはずの司祭でしたが、布教先の辺境で山賊相手の事件に巻き込まれて王都への帰還が遅れましてね。帰ったら帰ったで、溜まった疲れのせいで1週間ほど寝込みましたが、そろそろ仕事に戻らねばならぬ時です。さあ参りましょう、貴方の仕事先である町に」
●もうすぐ結婚式
元男爵一族の若きラーキス・ロウズは頭を悩ませていた。
「知らないうちに僕とルミーナとの結婚話が噂になって、冒険者の間に広まっている。なぜだ!?」
考えるうちに、その原因に思い当たる。
「そうかルキナスか!」
女性とあらば無節操にモーションかけまくる悪名高きナンパ男、目につけた女性のことは片っ端から調べ上げているという。情報源はあの男しか考えられない。
「ルキナスめ! 僕のルミーナに手を出したら唯ではおかぬぞ!」
肩を怒らせて向かった先は冒険者ギルド。扉をくぐったところで、お目当ての人物に出会った。冒険者ギルドの連絡係、地球人の知多真人だ。
「知多真人殿ですね? 折り入って話があります」
ラーキスが持ちかけた話というのは、王領ラシェット領に建設中の町、通称フェイクシティの自治に関してだ。
「町の教会は完成し、他の施設も次々と出来上がる見込みです。今後は町に定住して暮らしを営むことも可能になるでしょう。でも、町の住民の代表者がまだ決まっていません。スポンサーの王領代官グーレング・ドルゴに任せきりというのも不安があります。ですから今のうちにでも町の代表者を立てたいのです。そして僕は町の代表者として立候補する用意があります」
「町の代表というと町長さんですか? でもまだスポンサーから認可を受けたわけでもないし、町の政治にどこまで口を出せるかまだ分からないし。今のところは町内会の会長さんみたいなものになるかなぁ?」
地球の感覚でその言葉を口にした真人だったが、ラーキスはその言葉に飛びついた。
「ではフェイクシティの町内会会長で行きましょう。とにかく町の代表を立てて、スポンサーその他の有力者と交渉することが大切なのです。それと‥‥」
ラーキスは携えてきた書類を差し出した。
「今度、町の教会で開かれる結婚式の招待客のリストです。ルキナスに任せると女性の招待客ばかりになってしまうので、僕と冒険者の皆さんとで作成しました。ラシェット家、ロウズ家、ラーク家、ワッツ家、レビン家、ルアン家、ローク家、レーン家と、フェイクシティの近隣領で復権のために励む元領主一族の皆様からも、大勢の方々が列席します。もちろん僕と婚約者のルミーナも。この結婚式は町の教会で行われる最初の結婚式、是非とも成功させたいものです。ただし結婚式の新郎があの性格ですから、やはり不安は残りますが」
「いえベテランの冒険者の方々がついていてくれますから、大丈夫ですよ。‥‥多分」
●披露宴会場
ここはフェイクシティ。
「ご注文品のお届けに上がりました」
配達人が持ってきたのはウェディングドレス。身重の新婦が着ても体のラインが不恰好にならないよう、スカートの膨らみの位置を高くしてゆったり着こなせるようにした特注品だ。
「ありがとう。私が預かっておくわ」
フェイクシティに住み込みを始めたばかりの地球人、エブリーがそれを受け取った。
「いやそれにしても立派なお屋敷で」
配達人は届けた先の屋敷の様子に感服している。広い玄関、高い天井、そしてあちこちに配置された贅沢な調度品──これは過去、冒険者によって討伐された悪代官どもからの没収品だ。
「こんなお屋敷をたった1ヶ月で建ててしまうなんて、とても信じられません」
配達人が帰った後で、エブリーの連れのゲリーが言う。
「見てくれは立派だが、中身はスカスカだったりしてな。所詮は戦闘訓練施設だ」
今、2人のいるお屋敷は、対カオス戦を想定して造られた戦闘訓練施設だ。壁や天井などは木材を使う代わりに、それっぽい色を塗った布を張り巡らして、見た目をごまかしている箇所も沢山ある。もっともこれには、戦闘訓練で派手にぶっ壊した後、たやすく再建できるようにとの配慮からだ。
実は貴族の豪邸に似せたこの戦闘訓練施設が、結婚式の披露宴の会場だったりする。フェイクの豪邸の隣地には、お客人のための宿所も建設済みだ。
「しかし、フェィクの豪邸で披露宴とは‥‥」
呆れて呟くゲリー。するとエブリーが言う。
「代官の力を借りればもっといい会場が手配できるだろうけど、ルキナスがそれを嫌がっているから。もっともコネのある冒険者に頼めば、もっといい会場を手配してくれるかもしれないし。2次会・3次会を別の場所でやるという手もあるわね」
●リプレイ本文
●おめでた
会う人会う人、みんなが結婚を祝福してくれる。
「ゆかりさん、おめでとうお幸せに‥‥」
「麻津名様、おめでとうございます。おめでたで2倍めでたいですねぇ!」
短い間ながら手伝いに駆けつけた冒険者達も、祝いの言葉をかけてくれる。麻津名ゆかり(eb3770)はそれが嬉しい。
「ありがとう、オルステッドさんに福袋さん」
そしてさらにもう1人。サイクザエラ・マイ(ec4873)がやって来た。
「ルキナス様、麻津名様、このたびは結婚おめでとう」
「ありがとう」
ゆかりはにっこり。
「式では世話になる、よろしくな」
ルキナスもにっこり。でも、なぜか周りの冒険者仲間からの視線がきつい。なぜだ?
あ、そうか。サイクザエラは思い当たった。過去には独断で、冒険者の乗った船にファイヤーボムをぶっ放したりとか、色々と騒ぎを引き起こしたし。
「心配は無用。今回は人様の結婚式ということで、おとなしく外で何も起こらないよう警護の役目に専念しておくさ」
「くれぐれも言っておくが‥‥」
冒険者の1人が詰め寄る。
「ああ、承知している。フレイムエリベイションとインフラビジョンは使うが、それ以外の魔法は使わないから安心してくれ」
一通り挨拶が済むと、さっそく仕事だ。王都での物品の手配を始め、やる事は沢山ある。なにしろ200Gかけた結婚式。ゆかりの支払いだけど、余ったお金は町の建設費に回す。
「さあ、頑張りますか!」
●ピエール神父
ここはフェイクシティの教会。
「ルーニー君、ファニー君、教会に来てくれた人を威嚇してはいけませんよ」
ペットのボーダーコリー犬2匹は外で番をさせ、ギルス・シャハウ(ea5876)がヴェガ・キュアノス(ea7463)と共に教会へ入ると、中ではピエール神父がまめまめしく掃除をしていた。
「見事な教会です。王都の教会と比べても遜色がありません。ですが大切なのは建物ではなく、教会を訪れる人に授けられる恵みです。お二方の来訪に感謝します」
冒険者2人もピエールに挨拶を交わし、話し合いに入る。
自己紹介によれば、ピエールはノルマン王国の貧村の出で、さるきっかけで教会に預けられ、苦学を重ねてクレリックになったという。話を聞けば結構な苦労人だ。
こちらの世界に来てからは、ウィルのあちこちの辺境で布教を続けていたとか。
「ですが、この地に来るのは初めてです」
「それでは、僕から説明しますね〜」
ギルスはピエールに教えてやる。ウィンターフォルセにフェイクシティの地勢と人間関係、そして新郎新婦の馴れ初めを。
「成る程、よく理解できました。感謝します」
ピエールは礼を述べ、その後で大切な用件を持ち出す。
「さて新郎新婦には、罪の償いを果たす約束がありましたね。結婚式の前にこちらへ呼んで頂きましょう」
その知らせを受け、ルキナスとゆかりが教会にやって来た。
「あなた、もう怒らないで」
「俺は怒ってなんかいないぞ」
ゆかりの言葉にそう答えるけれど、ルキナスの顔には不満がありあり。
「あたしは今からの式で大丈夫だから、ほら、そんな顔じゃせっかくの男前が台無しよ」
「分かった分かった」
ルキナスが無理矢理に笑顔を作ると、横からギルスが口を出す。
「あなたがまじめな家庭人になることを本来は望むべきでしょう。でもそれはあなたらしさを失わせてしまうかもしれない。ですから、ゆかりさんを悲しませない程度にお願いしますね」
なんとなく棒読み口調。
「それってクレリック公認でナンパを続けてもいいと‥‥」
「ルキナスさん!」
尋ねかけたルキナスの腕をゆかりが引っ張り、2人はピエール神父の待つ部屋に消えた。それを見届け、ギルスはほくそ笑む。
「もっともあなたが自由のつもりでも、彼女の掌の上で踊っているだけかもしれませんが‥‥クスクス」
部屋の中ではピエール神父の説教が始まる。
「それではお二方には約束通り、良き夫そして良き妻としての心得をしっかりと学んで頂きましょう」
2人は長い長いお説教をみっちり聞かされた。
●ベールガール
アンジェを連れたヴェガが、キーダに会いに来た。
「ベールガールのお仕事をやってはくれぬかの?」
「ベールガール?」
幼いキーダが初めて聞く言葉。それは花嫁のベールを持つ役目なのだとヴェガは説明する。
「魔物から花嫁を護るベールを支える大切な役割じゃ。それにもし、お腹に赤ちゃんのいるゆかりがベールを踏んで転んでは大変じゃしの。‥‥どうじゃ? その役目をアンジェと一緒にやってみないかえ?」
説得にはちょっと時間がかかったけれど、いざ用意したドレスを着せておめかしすると、キーダは笑ってはしゃぎまわる。
「あはは、あははは!」
「これこれ、転んでは大変じゃぞ」
ドレスがよほど嬉しかったのだろう。
●ラーキスのお仕事
「フェイクシティの町内会長に立候補したラーキス殿、意欲がある事には間違いありませんが、彼の指導者としての器はまだ未知数です。最近は少々狭量な発言も目立ちますし、もし住民内やスポンサーとの間に諍いを引き起こすようだと、フェイクシティ構想の妨げにもなりかねませぬ。今は彼の指導力を確かめる時期でしょう」
「その役をセオドラフが?」
「はい。ルキナス殿とゆかり殿には失礼かもしれませぬが、ラーキス殿に結婚式の幹事を任せる事で、彼の手腕を確かめる良い機会となりましょう。わたくしが補佐役に着いてフォローすれば、致命的な事態は避けられましょうし」
冒険者仲間との内輪の会話を終えると、セオドラフ・ラングルス(eb4139)はラーキスを訪ねた。
「ラーキス殿には結婚式の幹事を引き受けて頂きたく」
「是非ともやらせて下さい!」
ラーキス、やる気だけは十分。
「では幹事として為すべき事を教えましょう」
セオドラフの説明が始まる。幹事の仕事は即ち、
1.新郎新婦の意見を聞く
2.予算の確認
3.会場と演出の企画を出す
4.ここで新郎新婦や関係者との折衝
5.予算と参加する招待客に合わせた結婚式の費用の見積もり
6.見積もりに基づき必要な人員と物資を手配
7.手配に不都合が生じた場合の代替案の用意と実行
8.予算とスケジューリングの管理
9.再び新郎新婦や関係者との折衝
10.式場準備の監督と式の運営
11.不測の事態への対応
「‥‥と、仕事の流れはこのようになりますかな」
「任せてください!」
セオドラフの前でラーキスはそう答えたが、セオドラフと別れると頭を抱え込んだ。
「大変だ、仕事が多すぎる」
さあ、どうしよう? でもラーキスはそう長くは悩まなかった。
「僕が力不足なのは最初から分かっている。こういう時は素直に助けを求めればいいんだ」
早速、ラーキスは馬に乗って出かける。結婚式での手助けを得るべく、近隣の土地に住む元領主一族を訪ねて回るのだ。
●準備で大忙し
「やっとまちにまった『結婚式』なのー。なにごともなく、うまくいくといーのー♪」
お抱え軍師の結婚式が本決まりになり、ウィンターフォルセ領主レン・ウィンドフェザー(ea4509)も俄然、忙しくなった。馬車を手配し、領地から出向く人員を揃え、出席者のリストに目を通し‥‥。
「プリンセス、報告に参りました」
気がつくと、頭にケモノ耳を装着した真田獣勇士の1人が、レンの傍らに控えていた。真田獣勇士とはウィンターフォルセお抱えの特務部隊。
「ルキナスの招待客の間に不穏な動きがあります」
「やっぱりそうなのー」
ルキナスの作ったリストに目を通し、言葉を漏らすレン。例によって招待客は女性ばかり。
「ですが、我々が全力で阻止します。ではこれにて」
気がつけばケモノ耳の勇士の姿は消えていた。
予定を変更してフェイクの屋敷は休息所となり、披露宴会場は旧ラシェット邸に決まった。お陰で物品を移動する仕事が増え、ゆかりも仕事にかかりきり。
「フロートシップで来るお客さんの案内係は? 休息所には飲み物も用意しないと」
彼女を気遣ってアリシア・ルクレチア(ea5513)が声をかける。
「ゆかりさんって身重なのに精力的に結婚式の準備をして、タフね〜。でも、働きすぎるようだったら少し休んで、英気を養わなくてはいけませんわ、それも2人分休まないと」
そこへ礼服を着たジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が、ピカピカに磨かれたフロートチャリオットに乗ってやって来た。
「結婚式のためにゴーレム工房から新品のチャリオットを借りてきました。整備も万全です」
「それじゃ当日のリハーサルも兼ねて。旧ラシェット邸に着いたら、ちょっと休もうかな」
ゆかりを乗せて、チャリオットは走り出した。
●恋敵の襲来
今日は結婚式の日。
「待ち遠しかったような気もするし、あっという間だった感じもしますわね」
ゆかりと話しながら、アリシアは教会の一室で着付けを手伝う。別室では新郎ルキナスが支度の真っ最中。大勢の参列者も席について式の始まりを待っている。
だが教会の外では、とんでもない事態が起きていた。
「あれは何だ!?」
ベベンベンベン! ベベンベンベン!
警護中のサイクザエラは見た。リュートを猛々しくかき鳴らす大男のバードと、その後ぞろぞろ続いて気炎を上げる大勢の女性達。
「結婚式をぶち壊せ!」
「男のクズに鉄槌を!」
異様な集団はサイクザエラの目の前で止まり、大男のバードが声を張り上げる。
「俺は正義とド根性の燃える吟遊詩人! 恋敵ルキナスに天誅を下してくれる!」
「‥‥また変なのがやって来た。だがここから先に通す訳にはいかん」
「何をっ!」
バードが拳を振り上げる。その時、サイクザエラに加勢するように、幾つもの影が現れた。皆、頭にケモノ耳。
「真田獣勇士、見参! プリンセス・レンの命を受け、結婚式を死守します!」
教会の中からも冒険者達が現れた。
「狼藉者にはアイスコフィン!」
バードに向かってアリシアがスクロール魔法を放つ。だが魔法抵抗された。
「効かぬ! 効かぬぞぉ!」
「なれば!」
ヴェガがコアギュレイトの魔法を放つ。だがこれも魔法抵抗された。
「うわははは! 効かぬぞぉ! ‥‥うっ!」
いきなりバードが彫像のように硬直。その背後にはギルスがいた。隙を突いてコアギュレイトの魔法をかけたら、これがあっさり効いたのだ。
小さなギルスの指がバードの体をちょこっと押す。
どおおん! 大男のバードは固まったままの姿でぶっ倒れた。
「そのまましばらく大人しくしていてくださいねー」
●誓いと祝福
教会の中では厳かな結婚式の真っ最中。ルキナスとゆかりは手を結び合わせ、ゆったりした歩みで祭壇へと進む。ウェディングドレスの長いベール、その端を持って共に歩むのはまだ幼い2人のベールガール、アンジェとキーダだ。
参列者として新郎新婦を見守るアリシア、感極まってその目元に熱いものが滲む。
「厳かな結婚式を見ていると泣けてきますわ、なぜかしら? 私はロシア出身で教義も黒だというのに‥‥」
末席ながらジャクリーンもドレス姿で参列。思えばルキナスとは、まだ彼がただのナンパ師だった頃からの知り合いだ。
「正直、未だにルキナス様のどこが良かったのか疑問なのですが、ゆかり様との事も近くで見ていましたから、なんだか感慨深いものがありますね‥‥」
ずっと鳴り続けていた楽の音が止む。今、新郎と新婦はピエール神父の前に立つ。神父はまずルキナスに尋ねた。
「汝、ルキナス・ブリュンデッドは、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを誓いますか?」
「誓いま‥‥す」
次はゆかりの番。
「汝、麻津名ゆかりは、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを誓いますか?」
「誓います」
神父が2人の手を取り、宣告する。
「主なるジーザス、母なるセーラの御名において、ここにルキナス・ブリュンデッドと麻津名ゆかりが夫婦として結ばれることを認めます」
静まり返っていた式場に、拍手と歓声が満ち溢れた。
互いの唇を重ねるルキナスとゆかり。これは誓いのキス。その後で、
「この日の事、一生忘れないよ」
ゆかりの囁きにルキナスは答える。
「俺は今、最高に嬉しい。ずっと生きてきたけど、今日は最高さ!」
参列者の祝福を受けながら2人は教会の外へ。そこにも大勢の人々が、2人を祝福するために集まっていた。
ヴェガのペット、赤の蝶ネクタイをつけた柴犬のゴンスケが、花篭を口にくわえて現れる。その花篭からキーダが花を撒き散らす。祝福のフラワーシャワー。
「それじゃ、アレをやるか」
「いくわよ、せーの!」
この時のために用意したブーケは3つ。ルキナスとゆかりは2人して、3つのブーケを宙高く放り投げた。そしてその3つともが、誰かの手によって受け取られるのを見届ける。
「幸せは種々様々でたくさんな方がいいよね」
ゆかりは満足そうに微笑み、ルキナスと共にチャリオットへ乗り込む。
「お待たせしました」
やや遅れてジャクリーンも乗り込む。今はドレスから着替え、操縦士に相応しい礼服姿だ。チャリオットが走行を始め、徐々にスピードを上げる。披露宴の会場まで一走りだ。
その姿を見送りながら、ヴェガは祝福の祈りを口にする。
「ゆかりとルキナス、それにお腹の子も‥‥末永く幸せにの♪」
そしてヴェガは振り返り、にっこり笑ってキーダを褒める。
「よしよし、上出来じゃ」
●宴の後で
披露宴は大盛況。近隣の土地はもとより、ウィンターフォルセからもレンの呼び寄せた客人達がやって来た。幹事のラーキスはふうふう言いながらも、セオドラフや元領主一族の助力を得て何とか仕事をこなし、ルキナスとゆかりも挨拶回りで忙しく、あっという間に時は過ぎ‥‥気がつけば今は真夜中。
宴の後の床で、ゆかりとルキナスはお互いを素肌で温め合う。
「ねぇ、この子の名前どうしよっか?」
大きくなったお腹をさすりながら、ゆかりが尋ねた。
「そうだな、女の子なら‥‥」
ルキナスの脳裏にずらずらと名前が浮かび上がる。
「‥‥いや、後でじっくり考えよう」
さてその翌日。ルキナスは主人のレンから話を聞かされてびっくり。
「臨月から出産までの期間、領主の館に新婦の部屋を用意したって‥‥それが結婚祝いの代わりですか?」
「だってるーちゃん、あかちゃんがうまれるころになったら、いつかいつかときがきじゃなくて、きっとしごとにならないとおもうのー」
そしてアリシアは、早くも次の目標に狙いを定めている。
「もう一組、ルミーナさんの準備もしないと。もう町娘じゃなくて、ウィルでも話題の名士の花嫁になるんですもの、これからが戦いですわ。頑張りましょう」
お次はラーキスとルミーナの結婚式か?