バカくさ物語4〜ウィンターフォルセの休日
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■シリーズシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:5 G 97 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月12日〜02月19日
リプレイ公開日:2009年02月21日
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●オープニング
●ルキナスが出た!
王都の貴族街にずらりと並ぶお屋敷の中に、王領代官グーレング・ドルゴの館がある。裕福な王領ラントの土地を治める代官だけあって、その館は立派なものだ。
その館では、たくさんの侍女が忙しく働いている。部屋を掃除したり、料理を作ったり、お客様の接待をしたり、時には買い物へ出かけたり。
おや? 買い物へ出かけた侍女がもう戻ってきた。しかも屋敷に戻る途中で、大変なものに出くわしたらしい。
「ねえみんな! 大変、大変、大変よ!」
その声を聞いて、仲間の侍女たちが集まってきた。
「一体、どうしたっていうのよ?」
「帰り道で、あのルキナスとばったり出会っちゃったのよ!」
「まあ! あのルキナスと!?」
ルキナスといえば、ウィンターフォルセ領からフェイクシティに出向している築城軍師だが、侍女たちにとっては噂の種。婚約者を身篭らせちゃった挙句、大きなお腹のままで結婚式まで挙げちゃった話なんか、100年先まで語り草になりそうな。
「それで私、ルキナスに出会い頭で声かけられたから速攻ダッシュで逃げて来たんだけど‥‥ああ、赤ちゃんが出来ちゃったらどうしよう!?」
「それは大変だわ! ルキナスはもうお屋敷の中に忍び込んでいるかもしれないわよ!」
「きゃーっ! ルキナスがこのお屋敷の中にも!?」
「だって1匹のルキナスを見つけたら、300匹は隠れていると思えっていうじゃないの!」
「それもそうね! 治療院から古ワインを買ってきて消毒しないと大変なことになるわよ!」
こらこら君たち、何の話をしてるんだ? いや半分は面白がって騒いでいるだけなんだろうけど。
そうこうするうちに、お屋敷の玄関で呼び鈴の音が鳴る。誰が来たのかと見に行った侍女は、血相変えて戻ってきた。
「来ちゃったわー! ルキナスよ!」
「ねえ、あなたたち。相手していらっしゃいよ」
先輩の侍女に呼ばれたのは、幼い2人の見習い侍女。
「で、でも‥‥」
「ナンパされて、赤ちゃんが出来ちゃったらどうしよう?」
たじろぐ2人。
「大丈夫。ルキナス除けの魔法の呪文を教えてあげるわ」
先輩の侍女は2人の耳に何事かを囁くと、玄関で待つルキナスの所へ送り出した。
「おや? 君たちは初めて見る顔だね? 名前は何て言うのかな? ああ、俺はルキナス・ブリュンデッド。どうだい、今度一緒にお茶でも‥‥」
まったくこの男は、侍女をナンパしにお屋敷へやって来たのだろうか?
幼い2人の侍女はきっとした表情でルキナスをにらみつけると、手の平をさっとルキナスに突き出して、先輩から教わった魔法の呪文を口にした。
「ナンパするなら金をくれ!」
「モーションかけるなら金をくれ!」
「へ‥‥?」
ルキナス、金縛り状態。点になった目で2人の侍女を凝視していたが、やがて微笑みながら言葉を口にする。
「誰に教わったか知らないけれど、そんな可愛くないセリフは可愛い君たちに似合わない‥‥」
ごほん。ルキナスの背後で咳払いの音。ルキナスが振り向くと、そこにお屋敷の主人であるグーレング・ドルゴが、渋い顔をして立っていた。
「君は私に用事があって、この屋敷に来たのではないのかね?」
「は、はい! 実は、たっての願いがあって参りました!」
ルキナスの態度は一変し、しゃんと姿勢を正してグーレングに願い出た。
「妻の出産が近づいており、しばらくお暇を頂きたく存じます!」
「よかろう。君の働きぶりは、この私が一番よく判っている。しばらく休暇を取るがよい」
「ありがとうございます!」
恭しく一礼したルキナスは、傍らで見守る侍女にも流し目をチラリ。でもグーレングが再び咳払いしたので、そのままお屋敷から立ち去った。
●みんな知ってる
「‥‥ということでしばらく休暇を取って、ウィンターフォルセで過ごすことにしたんだ。プリンセスからは部屋も頂いているし。まあ、休暇といっても出産の準備で毎日忙しくなるだろうけど。それでどうだい? 折角だから、君たちも休暇ということでフォルセに来ないか?」
こんな言葉でルキナスに誘われて、いつもはフェイクシティでルキナスの仕事に関わっている令嬢たちも、顔を見合わせて微笑んだ。
「ついでだから行っちゃいましょうよ」
「せっかくの機会だし」
「ここでコネが作れれば将来のためにもなるわ」
それを聞いてルキナスも大満足。
「それじゃフォルセの案内は任せてくれ。俺も色々と忙しいだろうけど、まあそこは何とかするから‥‥」
すると令嬢たちはにんまり。
「あら心配はご無用よ」
「フォルセにはマリスさんがいてくれるもの」
「何かあったらルキナスの面倒はマリスさんに見てもらうわね」
あ〜! ルキナスの目が点になる。
「あ〜、その、何だ‥‥。君たちはどこで彼女の話を聞いたんだい?」
「あら、あれだけ噂になってるのに、私たちが知らないと思って?」
●王都の教会で
ここは王都の教会。
「おや?」
当直の司祭は、祭壇の前で祈る男の姿に目を留める。あれはいつぞや、教会に怒鳴り込んできたルキナスではないか。それが今日は神妙に祈っている。
祈りを終えた頃合を見て、司祭は声をかけた。
「今日は熱心に祈られていましたね」
「ええ。俺ももうじき、一児の父親となる身ですから。妻と子どもに平安あれと祈っていました」
「私も祈りましょう。貴方と、貴方の妻と子どものために」
「ところで‥‥シェーリンという娘を知りませんか?」
「ああ、シェーリンといえばラシェット家の‥‥」
「ええ。最近、色々あって心配なんですが、俺と会うのを避けているようで‥‥」
司祭は穏やかに微笑んだ。
「今はうまくいかなくても、時が解決することもありますよ」
●マリスのファーム
所は変わってウィンターフォルセ。噂のマリスが管理するファームには、あのお騒がせバードのシュベルグレンバウザー・バーニングが収容されていた。
「ごはんの時間ですぅ♪ 動物たちにごはんをあげてくださぁい♪」
「はーい、マリス様♪」
マリスの言いつけで、ファームで働く村の娘が動物たちに餌を配り始める。ところがシュベルが閉じ込められている檻の前まで来ると、娘の足がぴたりと止まる。
「こ、この人、怖いですぅ」
その様子を見て、シュベルはニヤリと笑った。
「お嬢さん、俺を怖がる必要はないぞ。こう見えても俺は女に優しい男だ」
「で、でも‥‥」
怖がる娘の肩を、背後からマリスがぽんと叩く。
「心配いらないですぅ♪ わたしがしっかり調教しましたぁ♪ もう暴れたりしないですぅ♪ ここまで大人しくするのに苦労しましたけどぉ♪」
食事の入ったバケツを檻の中に入れると、娘はシュベルが食事する様子をじっと見ていたが、やがておずおずと尋ねた。
「あの‥‥シュベルさんはいつまでこうして、ここにいるのですかぁ?」
「それはウィンターフォルセ領主の胸のうち次第。だが俺は耐えてみせるとも。たとえここから出るのが100年先になろうともな!」
猛々しい表情で、ぐいと宙をにらみつけるシュベル。それを見て娘は思った。
この人、やっぱり怖い。
●リプレイ本文
●出発
ここは王都ウィルの某所、場末の酒場。
ヴェガ・キュアノス(ea7463)が店の中に足を踏み入れると、シェーリンがいた。隅っこのテーブルに1人でぽつんと座っている。
「やはりここにおったか」
「ちょっと‥‥考え事をね。この店で暮らしてた時のことを色々と」
「話してスッキリする事であれば相手になるぞえ」
「そうしてもらえるかしら?」
しばらく2人で話した後で、ヴェガはシェーリンに問いかける。
「さて、これから先のことじゃが。このままで終わるおぬしではなかろう?」
「もちろんよ!」
「それはそれとして、しばらくわしらと一緒に過ごしてみぬか? おぬしには気分転換にもなろうて」
「それじゃ、便乗させていただくわ」
「さあ、そうと決まればれっつごー! なのじゃ♪」
2人は馬車に戻る。同じくヴェガが誘った幼いキーダが、ヴェガのペットの柴犬ゴンスケと共に待つ馬車に。そして馬車は走り出す。行き先はウィンターフォルセだ。
●男と竜
ここはウィンターフォルセ。王都ウィルの西に位置し、王都の門と呼ばれる土地。
さる幼きエルフの冒険者が先のウィル国王の義理の娘となり、この土地の領主に封じられて以後、ウィンターフォルセの町は冒険者とファームの町として知られるようになった。
今は冬。でも春は近い。広々としたフォルセの牧場では、牛の群れがのんびり日向ぼっこをしている。さらに街道を進んでその先に行けば、通称『ファーム』と呼ばれる広々とした土地がある。
ファームは冒険者のペット達が、のびのびと過ごせる土地だ。
街道を通って1台の馬車がファームにやって来た。ゴーレムの移動に使える程に大きな馬車だが、積んでいるのはゴーレムではない。
「さあ、着いたぞ」
真っ先に降り立った眼帯の男が呼びかける。続いて馬車から降り立ったのは1匹の竜。
男はウィンターフォルセの領主、レン・ウィンドフェザー(ea4509)の義理の父親だ。彼もやはり冒険者である。その肩の上辺りには、お供についてきたペットの精霊が飛んでいる。
男はフォルセの領主館にてレンに頼まれた用事を済ませ、ついでにファームに足を伸ばしたのだ。
一緒にやって来た竜も男のペット。名前はガグンラーズ。
「ガングラーズ、このファームでは思いっきり羽根を伸ばしていいぞ。ただしファームの外に出ては駄目だ。人や家畜を襲ったりしてはいけないのは当然だが、近づいて恐がらせても駄目だぞ」
男の注意を聞くと、竜は翼を広げてファームの空に舞い上がった。
離れた場所で牛の世話をしていた子どもが竜の姿に気づき、近くで働いていた母親に呼びかける。
「ねえ見て見て! 竜が飛んでるよ! すごいな!」
子どもはそのまま竜に向かって走っていこうとしたが、母親に止められた。
「いけません! ファームには危険な生き物がいっぱいいるんですからね! 捕まって食べられてもしりませんよ!」
竜が飛ぶその下ではフロストウルフが駆け回り、コカトリスが飛び跳ね、スモールシェルドラゴンがのんびりとお散歩している。
みんな冒険者達が連れてきたペットだ。
●久々のフォルセ
フォルセの領主館は賑やかだ。なにしろ領主のプリンセス・レンと仲間の冒険者達が久々にやって来たのだから。もちろんお騒がせナンパ男のルキナスと、ご出産の間近に迫った身重の妻、麻津名ゆかり(eb3770)も一緒だ。
「なんだか久しぶりのウィンターフォルセですわね。のんびり休日を取るのも悪くはありませんが、出産する側にとってはこれからが本番ですわ。さ、ルキナスさんも付き添って手伝ってくださいね。ここで奥様の頑張りを手伝えるか否かで男の甲斐性がわかるってもんですわ」
アリシア・ルクレチア(ea5513)にそう言われるまでもなく、ルキナスは張り切っている。
「もちろんさ! 俺が頑張らずして誰が頑張る! さあゆかり、馬車から降りるのを手伝ってやるよ。段差があるから気をつけて降りるんだぞ」
馬車から降りるゆかりを、ルキナスとアリシアとで手助けしてやる。
「ほほほ、久しぶりのフォルセじゃのう♪ わしもゆるりと休日を過ごす‥‥前にゆかりが無事出産出来るよう手伝わねばの」
続いてヴェガが馬車から降りると、その後からはキーダとシェーリンとゴンスケ。
皆より一足先に馬車から降りたレンは、ユアンとルーシェ、それに真田獣勇士の面々といった、顔なじみの臣下達に取り囲まれている。
「もーすぐ、あかちゃんがうまれるの。どきどきわくわくなの♪」
「それではプリンセス。晩餐まで間がありますので、しばらくお休みになられては?」
「それよりも、たまったおしごとをかたずけるのー」
レンは館の執務室に向かう。レンにとって足を踏み入れるのも久々の部屋だが、執務室は掃除が行き届いて綺麗だった。
「それでは報告させていただきます」
レンが不在の間、領地の運営を取り仕切っていた臣下達を代表して、ユアンとルーシェが領地の状況を報告する。
「最近はウィルの各地でカオスの魔物事件が増発していますが、ウィンターフォルセにはさしたる被害もなく、領地経営は順調です」
「しかし周辺の土地では、カオスの魔物に対する不安が高まりつつあるようです」
領主であるレンが直接に決済しなければならない仕事はそれほど溜まっていなかったが、それよりもレンに拝謁を望む領民が数多く、むしろレンはそちらに時間を取られた。
●お掃除
「ここが養生部屋ですか」
ゆかりのご出産のために用意された部屋である。掃除は行き届いている。でもシフールのギルス・シャハウ(ea5876)が天井の辺りを調べてみると、梁に埃がついている。埃が落ちてきては大変だと思い、徹底的にお掃除していると、慌てて侍女達がやってきた。
「ギルス様がそのようなお仕事をされずとも」
「いいんですよー。シフールなら高いところも平気ですからねー」
ついでに礼拝堂もお掃除。いちおうこちらも手入れはされているけれど、やはり高い所が汚れている。ギルスは礼拝堂にもピカピカに磨きをかけた。
●頼みごと
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)にとっても久しぶりのフォルセ。以前に依頼で関わった町を歩いてみると、まるで故郷に戻ってきたような気分になる。
「御無沙汰していますが、皆様変わりはないでしょうか」
会う人ごとに尋ねてみると、
「これはこれはジャクリーン様、本当にお久しぶりです」
向こうも顔を覚えていて、愛想よい笑顔を向けてきたりする。
「それにしても、あのフラレーのナンパ男‥‥失礼、軍師ルキナス殿がご結婚なされ、しかもいよいよご出産とは。世もすっかり変わりましたなぁ」
「実はお願いがあります」
ジャクリーンは携えてきた大きめの布を取り出す。
「生まれてくる御子様の為に、この布に皆様に御祝の言葉を書いて頂きたいのです」
「お安い御用で」
「文字が書けない方でも、絵などを描いて頂けると嬉しいです。それと、この事は渡す時までは御内密に御願い致しますね」
頼み込んでウインク。
「畏まりました」
こんなふうに町のあちこちで頼んで回る。布は後ほど回収するとして、それまでの時間をジャクリーンはファームでのんびり過ごすことに決めた。
●憩いのひと時
領主館ではバタバタと忙しく、ご出産に向けた準備が整えられる。町からは助産婦が呼ばれ、大広間では出産祝いパーティーの準備。そして養生部屋では、ゆかりがずっとその時を待っている。でも待つのはベッドの上ではなくて揺り椅子の上。ゆかりは楽な姿勢で座りながら、ずっと毛糸と編み棒を使って編み物を続けている。
「ゆかり、こんな時にそんなに頑張らなくたって‥‥」
と、ルキナスは言うけれど、ゆかりは平然としたもので。
「だって、ただじっと待ってるだけなんて退屈しそうだから。あ‥‥毛糸が足りなくなってきちゃったな」
「分かった、俺が新しいの持ってきてやるよ」
ルキナスは部屋を出ていき、ゆかりはそのまま編み物を続けていると、ヴェガに連れられてキーダとシェーリンがやってきたので、ハーブ茶とお菓子を出してもらって一緒にお話。ゆかりはシェーリンの事が気になっていたので、
「悩んでいる事があれば相談に乗るわ」
シェーリンは無理矢理に笑って見せて、
「ああ、大丈夫よ。こんな時に悩み事の相談なんて。自分の面倒は自分で見るから」
キーダはゆかりのお腹がとっても気になる様子。
「もうすぐ赤ちゃん生まれるの?」
「そう、もうすぐよ。ねえ、キーダちゃん」
「え? なぁに?」
「困った事があったら何でも言ってね。できる限りは力を貸すわ。その代わり‥‥」
ゆかりはお腹をさすりながら、言い聞かせた。
「この娘がこの先、何か困った時にはお姉さんとして相談に乗ってあげて欲しいな」
キーダは神妙な顔になる。
「あたしがお姉さん? この子はあたしの妹になるの?」
「そうよ」
さて、養生部屋の外では。
「あらルキナスったら!」
ゆかりの傍にいると思いきや、廊下でうら若き侍女と立ち話をしているルキナスを、アリシアは目ざとく見つけた。
「ルキナスさん、こんな時だってのにナンパですか?」
ルキナス、例のごとく慌てて言い訳。
「誤解しないでくれこれはナンパじゃない!」
「妻がこんな大変なときに浮気するなんて最低の男じゃありませんか?」
「だから俺は、ゆかりに頼まれて毛糸を持ってきて欲しいと、目の前の彼女に頼んでいたところなんだ!」
アリシアは侍女に問う。
「本当ですか?」
「はい。でもその他にも色々とお話を‥‥」
「とりあえず毛糸を持ってきてくださいね」
ルキナスと侍女の長話を打ち切らせたアリシアが、右手で毛糸玉を抱え左手でルキナスを引っ張って養生部屋へ戻ると、ゆかりが手元にマフラーとセーターを置いて待っていた。
「これ、ルキナスのために編んでおいたの」
「俺のために、わざわざ?」
「洗濯とかで縮んじゃっても大丈夫なように少し大きめに作ったんだけど‥‥どうかな?」
早速、ルキナスはセーターを着てみる。
「ちょっと大きいけど、まあいいか」
「それじゃ、次はレンちゃんのマフラーを編むわね」
「‥‥おいゆかり、あまり根を詰めると体に毒だぞ」
そんなこんなで一日が過ぎていき、やがて夜が来た。ゆかりとルキナスは共に同じベッドの上。枕を並べて囁き合う。
「あのね、ルキナス。この子の名前はキリカにしようと思うの」
「キリカに?」
「なんとなくだけど‥‥この名前の方が丈夫な娘に育ってくれそうな気がするから」
「‥‥よし」
ルキナスはゆかりのお腹に手を当て、お腹の中の赤ちゃんに告げた。
「おまえの名前はキリカだ。いい名前だろ?」
●誕生
それから数時間後。時はまだ夜明け前。
「‥‥ん?」
ゆかりの苦しそうな声でルキナスは目覚めた。
「‥‥生まれる‥‥わ」
「陣痛、始まったのか?」
「‥‥うん」
眠気も吹き飛び、ルキナスは飛び起きた。
「陣痛だーっ! 急げーっ!!」
大声で皆に告げ知らせ、その後のお屋敷は戦場のような忙しさ。
「産湯の準備は出来ていますね? 真新しいタオルの用意を」
助産婦の指示に従い、アリシアが準備を進めておいたお陰で、事はスムーズに運んだ。冒険者の女性陣たちもてきぱきと仕事を進めたが、その中でただ一人、落ち着かないのはルキナス。
「まだか、まだか、まだか、まだか‥‥」
見かねてレンが声をかける。
「るーちゃんがうろちょろしても、あかちゃんがはやくうまれるわけじゃないの」
「だけどこんな時に、俺が何もしないでいるなんて。よしっ! 俺もお産を手伝いに行くか」
部屋へ入りかけたルキナスを、背後からレンが引っ張る。
「るーちゃんはおおひろまでおいわいのじゅんびをするの」
「分かりました、プリンセス」
やがて夜が明け、部屋の窓から朝の虹色の光が差し込んだ頃。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
部屋に産声が響き渡った。
「生まれました。元気な女の赤ちゃんです」
助産婦の言葉も終わらぬうちに、
「生まれたかぁ、キリカ!」
一目散に部屋に飛び込もうとしたルキナスを、またしてもレンが引っ張って止める。
「まだまだじゅんびがあるのー」
それから産湯とか色々あって、ようやくルキナスが対面した我が娘は、ゆかりの腕に抱かれて安らかな表情を浮かべていた。
「こうして見ると、ずいぶん小さいんだな」
ゆかりは微笑み、生まれたばかりのキリカの頬を指で優しく撫でる。
「可愛いキリカ、初めまして、あたしがあなたのママよ」
そしてルキナスも、最初の言葉をキリカに。
「初めまして、キリカ。俺がおまえのパパだよ」
●祝福
昨日はファームで思う存分に愛馬を走らせ、夜はファームで一泊したジャクリーン。朝、起きてみるとお屋敷から早くも知らせがあった。
「生まれたのですか!」
ジャクリーンはお屋敷に駆けつけ、ルキナスに例の物を手渡す。
「御誕生、御目出とう御座います。これは街の皆様からですわ」
「本当に、ありがとう」
ルキナスは照れたような表情で、プレゼントを受け取った。
キリカはギルスとヴェガの手で洗礼を授けられ、今はゆかりの腕の中。その愛らしい姿を見つめ、アリシアがしみじみと口にする。
「いいなぁ‥‥私も赤ちゃんほしいです。でも、夫は何故か子供が欲しいって言ってくれないんです」
「その事で悩んでいるのなら、俺が相談に乗ろうか?」
そう言ったルキナスのおでこを、ギルスが指でちょこんと押して言った。
「ルキナスさん、もうあなたは人の親ですよ。子供が胸を張って紹介できるような立派な父親になってくださいね。しかし将来、娘さんがあなたみたいな軟派男を連れてきて結婚したいと言ったら、あなたはどうするんでしょうねぇ」
「え〜、それは‥‥まあその時はその時だ!」
ギルスは笑いを誘われ、心の中で呟く。
(「ルキナスさんは、やっぱり権謀術数の貴族社会よりも、牧歌的なフォルセで過ごした方が幸せなんでしょうね」)
そして声を出してルキナスに告げる。
「あなたは優しい世界の住人が一番似合っていますよ。それでは、ご出産のサプライズを」
ギルスの合図で大広間に入ってきたのは、フォルセの有志を募って編成した聖歌隊。そして始まるコーラス。その歌声を聴きながら、ヴェガはキーダに言い聞かせる。
「赤子は可愛いものじゃ。だが弱い。キーダはこの子のお姉ちゃん、じゃ。確りと守ってやるのじゃぞ」
「うん、キーダが守ってあげる」
●後日談
精霊暦1042年2月15日。この日はキリカの誕生日。
賑やかなご出産祝いのパーティーの翌日、ルキナスとゆかりとキリカは、部屋の中で親子3人一緒で安らかな時を過ごした。その他の冒険者たちはそれぞれのペット達と一緒に、ファームで思いっきり羽根を伸ばして過ごした。
余談ながら、シュベルはまだファームにいる。でも、このままファームに置いておいてもマリスの監視下にあるならば、問題はなさそうだ。