【少女と剣】剣の在り処

■シリーズシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月15日〜03月21日

リプレイ公開日:2008年03月22日

●オープニング

「これは‥‥思っていた以上に厄介な事になって来ましたね」
 報告書を読み返し、頭を掻きながら言うのはギルドの受付係。
 ‥‥名前はまだ無い、と言う訳ではないが、カウンターを預かっている間はあくまで『ギルドの受付係』として、それ以上でも以下でも無い役回りに徹しているのだとか。
 まあ、それは良いとして‥‥。
「アルメーダさんがカオスの魔物に関わりを持って居るのは、もはや確実‥‥。とは言え、ミーヤさんを救出するにしても少々強引な形になってしまった様ですし‥‥」
 アルメーダにより自室に幽閉されたミーヤから届けられた手紙。その内容に従い、彼女を助け出すと言うのが前回の依頼の目的であった。
 その際には幸い怪我人も‥‥いや、若干一名出したものの、それ以外には一切無く、救出されたミーヤはと言えば現在ウィルにある治療院で無事保護されている。
 だがしかし‥‥地方領主の妻であるミーヤの母親アルメーダと、完全に相対する図式が形成されてしまったのだ。
「それにしても、あれから今までアルメーダさんの動きが無いと言うのが妙ですね。てっきり、すぐにでもミーヤさんを取り返すべく追っ手を遣して来ると思ったのですが‥‥」
 受付係は考えてみるも、思えばアルメーダには騒ぎを大事にしたく無い理由が山程ある筈。ましてやミーヤがウィルに居る以上、下手に手を出せないと言うのも頷ける。
 とは言え、水面下で何かを仕掛けてくる可能性は十分にあるのだ。
 油断はせずに‥‥。

「あ、あの‥‥」
「うわっ!?」
 考えている所に突然声を掛けられ、仰天する受付係。が、カウンターの前に居る少女の姿を認めるや、慌てて居住いを正し。
「あ、ああ、ミーヤさんでしたか‥‥これは失礼致しました。ええと、どうされたのですか?」
 受付係が尋ねると、僅かに顔を伏せながら口を開くミーヤ。
「その、『元気の出る剣』についてなんですけれど‥‥実は昨日、以前にお世話になった村の村長様から、遣いの方がいらっしゃったのです。その方のお話に因れば、あれから村の方々が独自で調査を続けて下さったそうなのですけれど、その結果盗賊の潜伏場所が分かったらしくて‥‥。それに、その首領がやはり剣を持っている事は間違い無さそうなのです」
「成程。つまりは剣の奪還を依頼しに来た訳だな?」
 いつの間にか、ミーヤの周囲を囲む冒険者達。彼らに驚きもせず、ミーヤは小さく頷く。
「分かった、そちらの方は僕達に任せてくれ。ただし、ミーヤはその間治療院からの外出をなるべく控えた方が良い」
「そうですね。いくらウィルまで来れたと言っても、ミーヤさんを狙う輩が居ないとも限りませんから‥‥」
 彼等の言葉に、顔を俯けるミーヤ。色々思う所があるのか‥‥それから彼女が首を縦に振るまで、随分と時間が掛かった。
「分かって貰えて嬉しいわ。それじゃあ、今日はもう帰りましょう。私も一緒に付いて行ってあげるから」
 冒険者の一人が、ミーヤを促す様にしてギルドを後にする。その背を見詰めながら、残った者達は――。
「‥‥この間は、色々ありましたからね。余り表情には出していませんが、内心はとても辛いのでしょう‥‥」
「だろうね。何とかして元気付けてあげたい所だけど、その前にやるべき事を片付けなくちゃならないし‥‥」
 重い表情で顔を伏せる冒険者達。

 そう、今回の依頼は盗賊の討伐、及び『元気の出る剣』の奪還ではあるが‥‥ミーヤの身の安全が保障されている訳でも無く、何よりアルメーダについても未だ決着が付いていないのだ。
 一度に全ては無理だとしても、出来る事から着実にこなしていかなければ‥‥。
「まあ、例の剣については今回でかたが付きそうだな。そもそも、あの『元気の出る剣』と言う存在が何なのか‥‥そこに、全ての真相が繋がって居そうな気がする、な」
「そうですわね。これ以上自体が深刻にならない内に、何としてでも剣を取り返し、その正体を解き明かしてしまいましょう」
 冒険者の言葉に、仲間達は大きく頷く。
 そんな彼らに、ふと口を開くのは受付係。
「あ、でしたら剣の奪還に成功後、一度ギルドに預けては頂け無いでしょうか? 可能かどうかは分かりませんが、出来る範囲で調べてみようかと思いますので」
 ただ、勿論そちらで独自に調べる事が出来るのであれば、お任せします。
 そう付け加えて――。

●今回の参加者

 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4163 物輪 試(37歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

シルバー・ストーム(ea3651

●リプレイ本文

●闇に潜む者
「‥‥成程。前回関わった冒険者の中に、『あの力』を使う者が居た様だな」
 闇の中に響く声。その主は片手に提げた槍の柄を弄びながら、正面に立ち竦む人影を見据える。
「くくく、傑作だな。私ならばまだしも、よもや貴様までもが『あの力』に嫌われていようとは‥‥」
 嘲笑うかの様な言葉。されど、人影の方は憤慨するでもなく、黙って俯くばかりで。
「まあ、当然と言えば当然であろうか。なにしろ貴様は己がエゴの為に‥‥」
「黙りなさい!」
 響くのは、今までの声とは異質な怒鳴り声。すると、槍を持つ者は「くくく」と笑みを漏らし。
「事実に向き合いたくなくば、それも良い。しかし、厄介な事になったものだ」
 言いながら、今まで弄んでいた槍を地面に突き刺して腕組みをする。やがて、下げられたその顔が人影へ向き直されると。
「兎に角、『あの力』は我らにとって脅威と成り得る存在。それは、汝も身を持って知っているだろう? これ以上足を掬われぬ様、精々気を付ける事だ‥‥」
 人影は一つ頷くと、踵を返しその場を立ち去る。
 そして取り残された声の主はと言うと、組んだ腕を直さぬまま。
「‥‥そう。あれを使役する者が『奴』と接触する様な事になれば、それこそ我にとって眼の上の瘤と成り得る。そうなる前に、一刻も早く目的を達せねば‥‥」



●食い違い
 正式にミーヤからの依頼を請け、ギルドに集まった冒険者達。
 彼らは打ち合わせの末に一人を除いた六名で、治療院に身柄を保護されているミーヤの下へ話を聞きに訪れていた。
 寝床から身体を起こしながら、冒険者達と向き合うミーヤ。その顔色は未だ良くないままで‥‥。
「やはり、相変わらず虚弱症状は改善されていない様だな」
 簡単な診察を行った篠崎孝司(eb4460)の言葉に、皇天子(eb4426)も小さく頷く。
 その後に訪れる、重苦しい沈黙。
 冒険者達がミーヤに聞こうとしている事は、皆が皆同じ事ばかり。されど、それを聞き出すのがどうしても躊躇われて‥‥。
「‥‥ねえ、ミーヤちゃん?」
 沈黙を破ったのは、加藤瑠璃(eb4288)であった。
「私達、ミーヤちゃんに聞きたい事があって来たの。それは、凄く大事な事なんだけど‥‥」
 瑠璃の言葉に、傍らの木刀と脇差をぎゅっと握り締めるミーヤ。そのまま俯く彼女を前に、物輪試(eb4163)が言葉を続ける。
「話すのはきついかも知れんが、本当に重要なんだ。頼む‥‥」
 すると、ミーヤは意を決した様に俯けていた顔をすっと上げ。
「‥‥はい。私に答えられる事であれば‥‥」
 その言葉に、表情を緩ませる冒険者達。そして、口を開くのはアルジャン・クロウリィ(eb5814)。
「聞きたい事と言うのは、他でもない。まずは、ミーヤの母上であるアルメーダ夫人の事だ」
「ミーヤさんは薄々アルメーダさんがカオスの‥‥いえ、少なくとも良からぬ『何か』に憑かれているのではないかと気付いていた筈です。でなければ、手紙をギルドに出す事もなかったでしょう?」
 天子とアルジャンの言葉に、ミーヤは視線を背け。
「‥‥はい」
 消え入りそうな声で答えた。その辛そうな表情に、冒険者達もつられて顔をしかめる。
「それは、何時頃からの事だったのです?」
 尋ねるのはジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)。だが、案の定ミーヤは俯いたまま黙秘してしまい‥‥。
「‥‥父親が病床に伏してから、だな?」
 次の瞬間、孝司の言葉に驚き顔を上げた。どうやら図星の様だ。
「そう、それも聞きたかった事なんだ。僕達は何度か君の屋敷を伺っているにも関わらず、父上とお会いした事が一度も無い」
「それに、様子がおかしくなったお母さんを止めようともしていないみたいだし‥‥今回だってこれほどの騒動があったと言うのに、全く関わって来ないものね。ねえ、ミーヤちゃん? お父さんについて、何か知っている事を教えてくれないかしら?」
 アルジャンと瑠璃が問うも、ミーヤはどう言う訳か口をぽかんと開けたまま固まっているばかり。
「‥‥ミーヤさん、一人で抱えていても解決しませんよ。今貴女が思っている事は、一連の事件におけるとても重要な手掛かりかも知れないのです。さあ、深呼吸して‥‥ゆっくりで良いので、私達に話してみて下さい」
 天子が優しく諭した甲斐あり、漸く目の焦点を合わせたミーヤは、やがて‥‥。
「あ、あの、お父様は‥‥」
 その口から告げられた事実に――冒険者達は皆、驚愕の余り目を大きく見開かせた。



●敵地への潜入
 一方、ウィルの停車場で捉まえた馬車に揺られながら、一人アルメーダの居る領主館へと向かうのは白銀麗(ea8147)。
 彼女は古着を扱う行商人に成済まし、念の為ミミクリーの魔法によって人相も変えながら、領地に潜入していた。
 とは言え‥‥。
「最悪、指名手配されているかも知れないと聞いていましたが‥‥確かに検問は以前より厳しくなっている様子ですけど、どうも私達を探す為では無いみたいですね」
 胸を撫で下ろす反面、何処か拍子抜けした様な感覚を覚える銀麗。
 とは言え、領主館まで恙無く来る事が出来たのであれば、それに越した事は無い。
 屋敷から少し離れた所に降ろしてくれた馬車の御者に別れを告げた銀麗は、前回同様にミミクリーで大フクロウへ姿を変えながら屋敷の周囲を偵察する。
 どうやらアルメーダは、ミーヤはもう居ないと言うのに相変わらず厳戒態勢を布いている様だ。いや、もしかするとミーヤを狙う『何者か』にその事実を気取られない様、あえてそのままにしているのかも知れない。
 ともあれ、こうなるとやはり潜入は困難を極めるだろう。その上今回は単独での行動である為、前回以上に注意を払わなければならない。
 茂みに降り立つと、置いていた鞄の中身を漁る銀麗。やがて取り出されたのは、以前に拝借したメイド服。
「‥‥それにしても、憑依されているだけではなく、アルメーダさん自身が『再現神の教えにおける邪悪な者』とは驚きましたよ。もしかするとミーヤさんに危害を及ぼす『何か』から彼女を守るために、自らカオスの魔物と契約したのかもしれませんね‥‥」
 衣装に袖を通しながら、一人呟く銀麗。
 しかし、やはりその『何か』の正体は未だに分からないまま。
 そして、彼女がそれ以上に気にしていたのは‥‥他の仲間達と同じく、ミーヤの父でありアルメーダの夫である地方領主の事だった。
 今回銀麗が危険を承知で屋敷に潜入する事にしたのも、彼に会う為である。
 ‥‥しかし、時間節約の為に一人ミーヤの下を訪ねる事無くウィルを発った彼女だけは、この時点で知る由もなかった。
 この地を治める領主、その正体を――。

 メイド服に身を包み、使用人に扮した銀麗は、前回と同様にミミクリーを用いて僅かな隙間から屋敷内に潜入する。
 そして、記憶を頼りに屋敷内を歩き回り、領主の居そうな場所を片端から調べて回った。
 だがしかし。
「‥‥妙ですね。領主さんの姿はおろか、自室や私物さえも見当たらないとは‥‥」
 腕を組みながら、考え込む銀麗。
 ――その時。

「あ、貴女は‥‥」

 突然背後から上がった声。驚いて振り返ると、そこに居たのは――なんと、アルメーダであった。
「し、しまっ‥‥!」
 次の瞬間、慌てて逃げ出そうとする銀麗。だが。
「待って下さい!」
 アルメーダの声が聞こえたかと思うと、突如動かなくなる足。そう、まるで『言葉』に縛り付けられたかの様に。
「くっ、これはデビルの‥‥! アルメーダさん、やはり貴女は‥‥!」
 唇を噛み締めながら、アルメーダを睨みつける銀麗。対するアルメーダは、覚めた表情でゆっくりと動きを封じられた銀麗へと近付いて行く。
 そして、その身体を包む様に現われた黒い霞。

 万事休す。そんな言葉が、銀麗の頭の中過ぎった次の瞬間――。

「ご安心を。貴女に危害を加えるつもりは御座いません。‥‥楽になさって下さい」
「‥‥‥‥えっ?」
 掛けられた言葉に、目を瞬かせる銀麗。同時に、今まで動かなかった足に自由が戻った。
 何が起こったか分からず、呆然と立ち竦む銀麗。彼女は。
「少し、お話がしたいのです。‥‥宜しいですか?」
 アルメーダの言葉に対し、殆ど反射的に小さく頷くのであった。



●村へ
 ミーヤに話を聞いた後、準備を整えウィルを発った冒険者達。
 だが、彼等の間に言葉は無い。
 それ程に、ミーヤから聞かされた事実が衝撃的なものであったからだ。

『あ、あの、お父様は‥‥もう、この世には居ないんです。皆さんの仰る通り、数年前に病に倒れて、それっきり‥‥』

「‥‥まさか、領主殿が既に帰らぬ人になっているとは‥‥な」
「ええ、流石にそれは想定外でしたわね‥‥」
 アルジャンの言葉に応える様に口を開くのは、愛馬のセラブロンディルに跨るジャクリーン。
 そして、瑠璃も僅かに顔を伏せながら。
「聞く所に因れば、領主亡き後にはアルメーダさんが領地を治めていたと言うし‥‥。けれど、それを領民の誰しもが知らなかったというのは不可解ね」
「‥‥‥‥これは推測だが、もしかすると領主の病気と言うもの自体が、領主の死‥‥正確には、領主がカオスの魔物に取り殺された事を隠す為の方便だったのではないか?」
「‥‥それは、つまりアルメーダさんは意図してカオスの魔物に家族の命を奪わせ、それを知られない為に架空の領主を立てていたと言う事か?」
 試の言葉に、「そう言う事になるな」と頷く孝司。
「すると、一緒に亡くなったミーヤさんの弟のカルスさんも、実の母親に利用されて‥‥。考えたくはありませんが、そうなってしまいますね‥‥」
 言いながら、目を伏せる天子。
 そう、数年前に亡くなったのは領主だけではない。年端も行かなかったミーヤの弟のカルスと言う名の少年‥‥彼も、父親とほぼ同じ時期に息を引き取っていたのだ。
「あの時のミーヤさんの反応の正体は、これだったのですね‥‥」
 天子は呟きながら、前回の事を思い出す。領主の話題が出た途端、取り乱していたミーヤの姿を。
「もしそれが本当なら‥‥余りにも惨過ぎる、な」
 そう言うアルジャンの拳は震えている。
 人間として、余りにも非道な行い。憤りを感じているのは、他の者達も同様だ。
「ええ、到底許される事ではありませんわ。それにしても、夫や子供の命を捧げてまでカオスと契約して、一体何を‥‥」

「!!」

 そう、問題はそこである。
 今まで、彼らはミーヤを護る為にアルメーダがカオスの魔物と契約しているものとばかり考えていた。
 だがしかし、我が子の命を道具の様に扱った彼女が、そうまでしてミーヤを護ろうとするだろうか?
「彼女は、一体何を考えて居るの‥‥?」
 その答えは見付からないまま――気が付けば、冒険者達は目的の村へと到着していた。



●協力者
 村長宅を訪ねて一番、冒険者達の前に現われたのは旅装束に身を包む細身の青年であった。
「初めまして。僕はサマエル・アルバ・フロルデン、貴方達と同じ冒険者です。どうぞ宜しく」
 自己紹介をしながら、気さくに笑うサマエル。
 聞く所によると、彼こそが酒場でミーヤが会ったという『冒険者風の男』その人で、今回ミーヤに伝えられた盗賊の情報は、彼が村の者と協力して集めた物だったらしい。
「あれから少し気になって、盗賊の事を行商人に聞くなどして調査を続けていたのです。そうしましたら、この村へ辿り着いていまして‥‥。件の盗賊は、ここの周辺にしか出没していない様子でしたから。‥‥それにしても、酒場でお会いした時にはお互いに自己紹介しなかったので‥‥あの時の少女が領主の娘のミーヤ嬢だったとは、ここの村長さんに窺った時は驚きましたよ」
 紡がれる言葉に嘘偽りは無い様子。どうやら、彼は信用しても大丈夫な様だ。
「‥‥それにしても、サマエル・アルバ・フロルデンさんか。何処かで聞いた様な名前だな」
「試さんも? 本当、何か覚えがあるのよね‥‥」
「ああ、僕もだ。とは言え、何やら思い出してはいけない様な‥‥」
 頭を抱える試、瑠璃、アルジャンの三人に首を傾げつつ。
「ところで、この村の周囲には検問が一切無い様ですけれど‥‥何か理由があるのでしょうか?」
 天子が問うと、村長は首を傾げながら口を開き。
「さあ‥‥何せ領主様のなさった政策ですから、私共に窺い知れる所ではありません」
 出てきた答えに、「そうですか‥‥」と肩を落とす天子。
「ですが、関係あるかは分かりませんが‥‥数年前、この村は大変な貧困に苛まれておりまして。住民達は次々と他の地へ移り住んで行きますし‥‥いずれ、村そのものが無くなってしまうのではないかと言う状態にまでなってしまったのです。その折に、領主様は突然税を軽くして下さいまして‥‥その上、何故か沢山の旅人や行商人達がここを通り掛る様になり、やがて村に活気が戻って来たのです」
 村長の話に、顔を見合わせる冒険者達。
 もしやと思い、地図を広げてみると‥‥案の定、ウィルからこの村を経由し、領外の街などに至る道程には、一箇所も検問が無い。
「もし、旅人や行商人が検問を避けてウィルへ向かおうとすれば、必ずこの村を通る様になっている訳か‥‥」
 顎に手を当てながら言うのは孝司。これが領主の政策に因るものだとすれば、皺寄せを受ける事になったのであろう他地域の者達に反して、この村の住人が領主に好印象を持っている事も頷ける
 更には――貧困に陥っていたと言う時期を尋ねてみると、なんと領主の逝去した時期とほぼ一致したのだ。
「つまり、事実上領主となったアルメーダ様は第一に、この村の救済措置を行った訳ですわね。それにしても、何の為に‥‥?」
 ここで湧き出るのは、新たな疑問。
 散在していた事実は、少しずつ線で結ばれ始めた。しかし、その奥底にある物の正体‥‥それは、未だに形すら知る事が出来ていない。
「それに、気になる事は他にもありますからね‥‥」
 天子が思い起こすのは、ミーヤに話を聞いた直後、シルバー・ストームが言っていた言葉。

『デビルが良く使う手ですが、デスハートンという術で相手の魂を抜き取る事が有ります。もしかしたらミーヤさんの体調が良くならないのも、魂の一部を奪われているせいなのかも知れませんね』

「もしそれが本当ならば、ミーヤさんを狙う者の正体はやはりカオスの魔物‥‥。しかし、カオスの魔物同士が敵対する事は、まずないと聞いていますし‥‥」
 頭を抱える一同。とは言え、今は悩み通す程時間がある訳ではなく。
「何にしても、取り敢えずは剣を取り返しに行かなければ」
 試の言葉に顔を上げる仲間達。
「‥‥そうだな。思えば、一連の事件の中心には、やはりこの剣がある。今は盗賊が持っている、との事だが‥‥」
 アルジャンが言うと、口を開くのはサマエル。
「ええ。盗賊があの様な立派な剣を持っている事に違和感を覚えたので、記憶に残ってたのですけど‥‥ミーヤ嬢に手紙で確認も取りましたから、きっと間違い無いと思います」
「サマエルさんは、その盗賊の隠れ家まで突き止めて居るのよね? もし良ければ、私達を案内してはくれないかしら?」
 瑠璃の言葉にサマエルが頷くと、他の者達も各々荷物に手を掛ける。
「とは言え罠の可能性もありますから、十分注意を払う様にしますが、どんな事があってもやり遂げるしかないですよね‥‥」
 ジャクリーンが言うと、思わず目を伏せる一同。
 そう、今回の事件の裏に張り巡らされた陰謀‥‥未だその全容が明らかになっている訳ではないのだ。
「‥‥いくらか事実が少しずつ判明してきたからと言って、まだ気の抜ける状況では無い。用心するに越した事は無いな」
 かくして、冒険者達は協力者サマエルの案内の下、盗賊の出没すると言う森林地帯へと向かって行くのであった。



●盗賊
 同日の夕刻、冒険者達は深い茂みの中から、森の中に鎮座する古びた木造の小屋を見据えていた。
 どうやらここが盗賊の隠れ家らしい。
 冒険者達が各々武器を取り出し、戦闘の準備を進める中。
「今回は白兵戦が得意な人も少ないから、私が前に出て戦うしかなさそうね」
 苦笑いを浮かべながら言うのは瑠璃。
 試も前衛ではあるが、彼はどちらかと言えば防御専念の盾役。故に、最も格闘能力の秀でた彼女が、切り込み役を担う事になったのだ。
「生身で白兵戦すること自体、すごく久しぶりだけど。何とかして見せるわ」
 そう言うと、取り出したヘキサグラム・タリスマンを握り締める瑠璃。
 これは、10分間祈りを捧げるとカオスの魔物の能力を弱らせる結界を張る事が出来ると言う、魔法のアイテムである。念に念を押しての準備だ。
 彼女が祈りを捧げている間、その傍らに居るジャクリーンはセラブロンディルを近くの木に繋いでいた。
 本来であれば、彼女は騎乗戦闘を行おうとしていたのだが‥‥木の多い森の中でそれは難しそうだと言う結論に至り、断念したのだ。
 彼女の足下で鼻を鳴らすのは愛犬のエリヴィレイト。その頭を撫でながら。
「良い子ね。あなたには援護をお願いするわ」
 微笑み混じりにジャクリーンが言うと、エリヴィレイトは「ワンッ」と小さく一吠えした。
 そして試は、用意を終えるや自身にオーラエリベイションの魔法を掛け‥‥やがて瑠璃がヘキサグラム・タリスマンへの祈りを終えた頃合を見計らい。
「それじゃあ、行くぞ‥‥」
 呟きと同時に、小屋へ向けてゆっくり足を進めて行った。

「‥‥」
 彼に続き、小屋に歩み寄ると内部の音に耳を澄ませるのはアルジャン。
 だがしかし、何も聞こえては来ない。話し声はおろか、物音の一つさえも――。
「寝ている‥‥のか?」
 首を傾げる一同。もしこの場に聴覚に優れた者が居れば、寝息を聞き取るなどして確かめる事も出来たかも知れないが‥‥。
「いえ、それならそれで好都合です。巧くすれば、戦闘を避ける事も出来るかも知れませんから」
 天子の言葉に頷くと、瑠璃はそっと入口の扉に手を掛け、僅かに開けた隙間から内部の様子を――。

「っ‥‥!?」

 次の瞬間。彼女は勢い良く扉を開け放ち、小屋の中へと飛び込んで行った。
 突然の事に他の仲間達は驚きの表情を見せながら、その後に続く。――と。
「なっ!?」
「こ、これは‥‥!?」
「くっ‥‥酷いな」
 中に居たのは、盗賊と思われる三人の男。‥‥その誰しもが、床に横たわって居たのだ。
 予想外の光景に、放心する一同。――その中で。
「こ‥‥孝司さん! 一先ず、彼等の生死の確認を!」
「あ、ああ!」
 我に帰って、一斉に動き出すのは医者二名。その内の孝司は、倒れた男の手首等に手を当てると‥‥おもむろに首を横に振り。
「‥‥駄目だ、死んでる! そっちは!?」
「こちらも、既に‥‥! しかしまだ微かに体温が残っていますので、死亡してからそれ程時間は経っていない様です!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それじゃあ、犯人はまだこの近くに居るのでは‥‥?」
 息を呑む一同。次いで注意深く辺りを探ってみるが‥‥視認した限りでは、特に不審な者の姿などは見当たらず。
「! こ、この人生きてますよ!?」
 突然に上がった声に驚き、一同が目を向けると――そこに居たのは、残る一人の男の様子を見ていたサマエルだった。
 彼の周りに一斉に集まる冒険者達。確かに注意深く見てみると、その胸部が呼吸によって上下している。
「どうしたの!? 一体誰がこんな事を!?」
 大声で捲くし立てるのは瑠璃。すると、男は息も絶え絶えな様子で口を開き。

「た‥‥助け‥‥‥!」

 それだけ言うと、ガクッと気を失ってしまった
「一先ず応急治療を! 道具は私が持っています!」
「よし、処置が終ったら一刻も早くウィルへ運ぶんだ! 絶対に死なせるな!」
「では、彼をセラブロンディルへ! 村まで運んだら、そこから馬車を借りて行きましょう!」
 冒険者達が慌しく右往左往し、小屋の中を駆け回っている中――不意に、アルジャンの視線は『ある物』に釘付けになった。
「! こ、これは‥‥!!」
 彼が手に取ったそれは、いつだかにミーヤが肌身離さず身に付けていた‥‥見紛う事なき『元気の出る剣』その物であった。



●密談
「何故あの女を逃がした? 奴は前回、汝に傷を負わせた張本人なのだぞ?」
 闇の中に響く声。
「そればかりか、事もあろうに事実を包み隠さず暴露してしまうとは‥‥とても正気の沙汰とは思えんな」
 その主の表情は、心なしか憤慨している様に見える。
「‥‥正気じゃないのは、貴方の言葉に耳を貸した時から自覚しているわ」
 対する女性はそれに臆するでもなく、皮肉混じりの言葉を返す。すると、闇の中に「ふん」と鼻を鳴らす様な音が響き。
「それに、今回だけよ。だって‥‥やはりあの人達は、私の敵以外の何者でも無いみたいだもの」
「何を今更‥‥。まあ、これで吹っ切れたと言うのであれば、それも良い。次に奴等にあった時は‥‥」
「分かっているわ。‥‥彼等を殺し、そしてミーヤを奪い返す」
「その言葉、違えるなよ‥‥」
 女性は頷きもせず、踵を返しその場を去ろうとすると――。
「‥‥待て、言い忘れてた事がある」
 引き止める言葉に、足を止める。その背に向かって、再び響く声。
「いつだかに無くなった剣の事だが、私が見付けておいてやったぞ。何故か卑しき盗賊共の手に渡っていたのでな。ついでに黙らせてやった」
「‥‥それで、剣はどこにあるのかしら?」
「盗賊のねぐらだ。私が持ち帰っても良かったのだが、どうやら冒険者も嗅ぎ付けていた様子だった故。奴らに持たせて置けば、より早くミーヤとやらの手に渡るであろう?」
 すると、女性は「そう‥‥」と一言呟き、再び足を進め始めた。
「ふむ、もう剣に関しての確執は消えたのか?」
「‥‥ええ。それに、あれがどの様な物であったにしろ、彼等の手に渡ったのであれば、悪い様にはならないわ」
 女性の言葉に、声の主はさも可笑しそうに笑い声を漏らしていた。



●完全なる敵対
 とうとう、今回の事件の発端たる『元気の出る剣』を取り戻した冒険者達。
 だがしかし、安堵の表情を浮かべている者は誰一人として居ない。
 と言うのも、彼等が本当に気を付けるべきと考えていたのは、これを手に入れるまでの過程ではなく‥‥寧ろ、手に入れた後だからだ。
 横槍が入らないかと警戒しつつ、カオスの魔物に反応して変化すると言う石の中の蝶を逐次確認しながら、帰路を急ぐ冒険者達。
 だがしかし、心配した様な事態は終始起こらないまま――ウィルへと到着した彼等を出迎えたのは。
「銀麗さん! 無事だったのか!」
 そう、単身領主邸へと向かって居た銀麗であった。
「ええ、私は何とか‥‥。皆さんも無事で、何よりですよ」
 そう言う彼女の表情は、何処か浮かない。
 そんな銀麗の様子に仲間達は疑問を感じつつも――一先ずは、弱っている盗賊の男の処置を優先させた。

 やがて粗方の処置を終えた冒険者達は‥‥改めてギルドに集まり、今回の首尾を報告し始める。
「‥‥そうですか。その様な事が‥‥」
 他の仲間達と行動を共にしなかった銀麗は、盗賊の隠れ家に至るまでの話に耳を澄ませる。
 やがて、彼等の話が終った所で。
「それで、銀麗さんの方はどうだったんだ?」
 試が尋ねると、銀麗は僅かに俯き‥‥やがて、語り始めた。アルメーダの屋敷で見聞きした事、その全てを――。

 屋敷に潜入し、(その時には領主が亡くなっているとは知らず)内部を探し回っている最中、アルメーダに見付かってしまった銀麗。
 だがしかし、彼女は危害を加えて来るでも無く‥‥話がしたいからと言われるまま、銀麗は客間に通された。
 そして訪れたのは、重苦しい沈黙。それを最初に破ったのは、銀麗だった。
『‥‥アルメーダさん。正直に答えて下さい。貴女はカオスの魔物に、力を借りて居るのですか‥‥?』
 その質問に対する、アルメーダの答えは――イエス。
 そして、彼女は話してくれた。
 数年前、ミーヤに冒険者の詩を聞かせた吟遊詩人‥‥彼を隠れ蓑とし、カオスの魔物がアルメーダに接触してきた事。
 カオスの魔物に力を借りる対価として、夫と実の息子の命を捧げた事。
 そして、以来外部に対して夫の死を隠しながら、カオスの魔物の協力を得つつ、領主としての政をこなしてきた事を。
「‥‥そうか。と言う事は、僕の推測は的中していたのだな‥‥」
 言葉とは裏腹に、孝司に喜ぶ様子は無い。それは、他の冒険者達も同様で‥‥その場に居る誰しもが、ふつふつと心の奥底から湧き上がる感情を、必死で押し殺していた。
「それで、私は聞いたんですよ。『貴女は家族の命を捧げてまでカオスの力を借りて、何をしたかったのか』って‥‥」
 すると、アルメーダから返ってきた答えは――。
『‥‥私には、どうしても護らなければならないものがあるのです。それは母親として、領主として、そして一人の女性として‥‥。その為には、手段を選ぶ事など出来ませんでした』
「‥‥アルメーダさんが、護らなければならないもの?」
 首を傾げる瑠璃に、頷く銀麗。
「それは何かと聞くと‥‥一つは、ミーヤさんだと仰っていました。そして、もう一つは『あの村』だと‥‥」
 その他にも何かがある様子ではあったが‥‥それ以上は、答えてくれなかったらしい。
「それから‥‥ミーヤさんの事を聞かれました。何故ミーヤさんを連れ出したのか、ミーヤさんは今何処でどうしているのかと言った事を。勿論その全てに答えた訳では無いですが、彼女は本当にミーヤさんの事を心配している様子でしたよ」
 銀麗の言葉に、気が付くと小さな息を吐いていたアルジャン。それは、どうやら安堵により出たものらしく‥‥。恐らくは、アルメーダがミーヤの事を心から大事に思って居ると言う事が分かった故だろうと、自身で結論付けた。
「でなければ、余りにも彼女が不憫だから、な‥‥」
 その呟きを聞いている者は無く。
「そして、最後にアルメーダさんは‥‥」
 そこで言葉を切ると、僅かに顔を伏せ――そして、銀麗は続けた。
「‥‥私に、頭を下げてきたのです。『お願いします。どうかミーヤを、私の所へ返して下さい』そう言いながら‥‥」
 だがしかし、それに対する銀麗の回答は――。
『‥‥アルメーダさんがミーヤさんの事を大事にしていらっしゃると言うのは、良く分かりましたよ。でも、だからと言ってデビル‥‥いえ、カオスの魔物の力を借りるのは間違っています。もし貴女が、カオスと手を切る事が出来ないのであれば‥‥申し訳無いですが、ミーヤさんをお返しする事は出来ません』
 それは、僧侶としての銀麗の意思。この言葉を口にした時、銀麗は覚悟を決めていた。
 だがしかし、アルメーダはと言うと取り乱すでもなく、『分かりました‥‥』と一言だけ告げ――そして。
『貴女の仰る通りです‥‥私のした事が、正しいとは思っていません。ですが、それでも私には引き下がる事の出来ない理由があるのです。‥‥今日は、このままお引取り下さい。ウィルへ向かう馬車を用意致します。そして‥‥出来る事ならば、二度とこちらにはいらっしゃらないで下さい。でなければ‥‥私は、貴方達を殺さなければならないからです』

 ――――。
 話が終わると、訪れたのはとてつもなく重苦しい沈黙。
 やがて、その空気に堪えかねたのか、銀麗が口を開く。
「‥‥私は、間違ってしまったのでしょうか?」
 すると、仲間達は顔を上げ。
「そんな事はありませんわ。銀麗様のご判断は、素晴らしいものです」
「だが、これでアルメーダ夫人と完全に対立する事になってしまった訳か‥‥」
「そうですね‥‥。何とか説得して、和解したい所ではありますが‥‥カオスの魔物が背後に居るとなると、それも難しいでしょうね‥‥」
 ある者は頭を抱え、ある者は腕を組みながら、思い思いに悩み始める冒険者達。

 ――その中で。
「‥‥ところで、試さん? さっきから、何を考えているの?」
 瑠璃に声を掛けられると、ふと顔を上げる試。実を言うと彼は、話の間も事ある毎に何やら考え込んでいた。
「ああ、ええと‥‥関係ない話で悪いんだが、あの盗賊の事だ」
「盗賊? 現在治療を受けている男の事ですか?」
「そうだ。しかし、何だろうな。彼の顔、どこかで見た様な気がするんだ‥‥」
 試の言葉に、冒険者達は不可解な表情で首を傾げた。

 今回の調査により、明らかになった多くの事実。
 だがしかし、それでも未だ真相は闇に包まれたままである。
 何よりも一番不明瞭な要素は、今回盗賊から取り戻し、調査の為ギルドに預けた『元気の出る剣』。
 全てはこれから始まっている――そう考えている者は、何もアルジャンだけではない。
 果たして、その正体は‥‥‥‥。