【少女と剣】誘う古城

■シリーズシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月22日〜01月28日

リプレイ公開日:2009年01月30日

●オープニング

 ――ノックの音が響いた。

 ウィルの王都内に佇む一軒の屋敷、その一室。
 扉が叩かれれば開かれ、そして姿を見せるのは一人の少女。
「失礼します。具合は如何でしょうか‥‥ルーベルさん?」
 すると、床に伏していた令嬢――ルーベル・アニスはゆっくりと上体を起こし、僅かな笑みを浮かべてみせる。
「お陰様で‥‥今日は少し調子が良いから‥‥ちょっとだけなら、喋る事も‥‥出来るわ‥‥」
「そ、それは良かったです。けど、御無理をなさらず、横になっていて下さいっ」
 少女がそんな彼女を慌ててベッドに寝かせ直すと、ルーベルは自嘲気味な笑みを浮かべ。
「ありがとうね‥‥ミーヤさん‥‥」

 ――ルーベルの婚約者、ジャック・ブリューゲルが失踪してから早8ヶ月余り。
 彼女がジャックの身を案じる余り、呼吸器系に重い病を患ってしまった事も周知の通り。
 冒険者とミーヤ・フルグシュタイン――彼らによる前回の調査で、ジャックの生存やその居場所の心当たりなど、様々な事実が判明したものの‥‥一転してルーベルの容態は急激に悪化、現状のアニス家に勤めている使用人達だけでは手が足りないので、ここ2ヶ月程ミーヤが泊り込みで看病を手伝っていたのだ。
 その解決策と成り得る手掛かりは目前にあると言うのに、行動に移れないもどかしさ。それは、数日前にフォーノーリッジを用いて未来の光景を垣間見た時から、より強いものとなって‥‥。

「ミーヤ‥‥さん‥‥?」
「あ、はいっ!? な、何でしょう!?」
 唐突に声を掛けられ、飛び上がるミーヤ。
 対するルーベルはと言えば――静かに強い眼光をもってミーヤの事を見据え。
「‥‥‥‥。‥‥ジャックを‥‥‥‥お願いっ‥‥ゲフッ、ゲフッ!!」
 紡がれた言葉は咳に遮られるも‥‥その意志は、しっかりミーヤに伝わった。

 ジャックをお願い‥‥助け出して来て。

 とは言え、今の彼女の様子を見るに、とても放っておける状態ではなさそうだ。‥‥如何したものか、と頭を抱えてしまうミーヤ。
 すると。
「っ‥‥私ならば、平気‥‥‥今は貴女が連れてきて下さった‥‥フロルデン卿のメイドさん達も、いるから‥‥」
「! 気付かれて、いたのですか‥‥」
 そう、聖夜祭の折、ミーヤはウルティム・ダレス・フロルデン宅にて働くメイドを何名か臨時の手伝いとして、アニス家に通わせる許可を得ていた。
 とは言え、気を焼かせない為にと言う事でルーベルには黙っていたのだが‥‥まあ、本人には特にその様な様子も見受けられないので、杞憂だったと言う事か。
「だから‥‥お願い。‥‥貴女達にしか‥‥出来ない事なの‥‥‥」



 ――――。

「そうですか、ルーベルさんが‥‥」
 一部始終を聞かされ、目を伏せるのは冒険者ギルドのカウンターを預かる受付係。
 彼の手元には、先日の調査後に間も無く届けられた、ジャックの所属する騎士団の行った再調査の報告書。
 これによれば‥‥発生地域や期間の跳躍と言った面を除けば、手口や使用武器等などを鑑みるに、件の村で起きた村民虐殺事件はマスクド・ジャックによるものとみて間違いない、との事だった。
 そう、それまでジャック・ブリューゲルに掛けられていた容疑は、晴らされたのだ。

「ええと、それであれから例の古城内部に私が足を踏み入れたらどうなるか、フォーノーリッジを用いて視て見たのです。そうしたら‥‥」
 そこで言葉を切るミーヤの顔色は、心なしか蒼ざめていて。
「‥‥そ、その、古城の中で件の『ハート刺繍のマント』を羽織った騎士様と、もう一人‥‥」
 それは、ミーヤにとって忘れもしない‥‥カオスの魔物『煽る魂の狩人』。それらしき者の後姿が見えたと言うのだ。
 そして、その二人を前に‥‥床に伏して事切れている自身の姿までをも。

「――」
 受付係は彼女の様子に合点が行くと共に、言葉を失ってしまう。
 フォーノーリッジの魔法を用いて見える未来は、あくまで自分達が何の努力もしなかった結果。
 故に、自身の死の未来を垣間見てしまう事も、割とままある事態ではあるのだ。
 しかし‥‥やはり外界への、そして冒険者としての一歩を踏み出して間もない彼女には、辛い経験だったか。
「で、ですから‥‥どうかお願いします。どうか私に‥‥力を貸して下さいっ!」
 そう声を張るミーヤの表情からは、明らかな虚勢が見て伺えた。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●存在しない痕跡
 ミーヤの呼び掛けに応じ、前回の調査で発見した場所‥‥深い森の中に佇む城跡へと訪れた冒険者達。
 だが、その誰しもの表情には、隠しきれ無い程の訝しさが浮かんでいた。
 と言うのも‥‥此処に来る前に先行していたファング・ダイモス(ea7482)と加藤瑠璃(eb4288)の二人が、近隣に住まう老人や領主などを中心に聞き込みをし、この城の謂れや持ち主等を調べようとしたのだが。
「誰一人として、この城の事を知っている者は居なかった。隠し事をしていたり、嘘を吐いている様子もありませんでしたし‥‥おかしな話です」
「おまけに、領主さんに頼み込んでこの地の史記なども見せて貰ったけれど‥‥今の統治状態に至るまでは此処は完全に未開拓の土地で、こんな城が存在している筈も無い、と言った感じだったわ」
「だが、今目の前にあるコレは間違いなく本物だぜ? 何もねぇ所にいきなりこんな古臭え城が現れるなんざ、それこそ有り得ねぇだろ」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)が崩れ去った城壁らしき石塊を叩きながら言えば、導蛍石(eb9949)も大きく頷く。
「そうですね‥‥幻覚等の可能性も考えてニュートラルマジックやリーヴィルマジック等々、色々と試してみましたが、どうやらその可能性も無さそうですし」
「‥‥もしかすると、人々の記憶や公の記録に残っていないのには、何かしらの理由があるのでは無かろうか。例えば、この城にはその存在自体も闇に葬りたくなる様な、忌まわしき過去がある、とかな」
「有り得るかも知れません。悪魔が儀式を行っていたとか、そうでなくともここがカオスの魔物に関わりのある場所であったとすれば‥‥」
「うむ、ミーヤの予見でも、気になる会話をしていた様だし‥‥その可能性は高いだろう、な」
 アルジャン・クロウリィ(eb5814)の推測に、ファングは同意する様に付け加える。

「‥‥念の為聞いておくけど、本当にここで間違いないんだね? ミーヤが未来視で、ジャックらしき姿を見た場所と言うのは」
 ふとアシュレー・ウォルサム(ea0244)が尋ねれば、ミーヤは少し俯き、困った様な表情を浮かべながらも‥‥やがて、はっきりと頷いた。
「は、はい。最初の未来視で見たお城の外観、それに先日に見た部屋らしき場所も、アシュレーさんが透視で確認して下さいましたし‥‥きっと間違いないです」
「ん、そっか。分かった、ミーヤを信じよう」
 言いながら、アシュレーはポムポムとその頭を撫で――かと思えば、油断した隙にそのおでこにキス。
 彼女の緊張を解す為の彼なりのスキンシップであったらしいのだが‥‥まあ、一同の反応は言うまでも無い。
「‥‥コホン。まあ何にせよ、視た未来を、むざむざ再現などさせはしない。‥‥心配するな、ミーヤ。僕達も共に居るのだから」
 アルジャンが同じく励ます様に声を掛ければ、ふと思い付いた様に顔を上げるのは白銀麗(ea8147)。
「‥‥もしかすると、『ジャックとの戦闘』の未来視る事が出来なかったのは、私達が動き出したからでしょうか?」
「或いは、ね。それ以上私達が何も努力しなかった場合には、ジャックさんとは会う事も出来ない、と言う事でしょう。ならば、引きずり出してしまうまでよ」
「そうですね、『マスクド・ジャック』が今回の件に関わっているのだとすれば、その正体は魔剣か何かに操られて行動しているジャックさんと言う説も考えられますし‥‥会った以上、戦闘は免れ得ないでしょうね。まあ、『ジャックの武器』と言う言葉で指定した未来は視れず、裏付けを取れなかったのは残念ですが‥‥何にしても、警戒するに越した事は無さそうですよ」
 銀麗の言葉に、瑠璃や仲間達も大きく頷く。
「ええ、それにもし『狩人』が関わっているのだとすれば、奪われたままのミーヤちゃんの生命力の玉も取り返してあげたいしね」
「狩人、か‥‥」
 ふと眉間に皺を寄せながら俯くのは、アルジャンにアシュレー、そしてミーヤ。
 三人とも、以前にそのカオスの魔物と関わった際の事で、思う所があって‥‥。

「いつぞやの借りは、返す」

 ふとアルジャンが呟けば、他の二人も大きく頷き――そして、仲間達と共に古城内部へと足を踏み入れて行った。



●主の行方
 ――ヒュンッ!!
「っと、危ない危ない。こっちを解除したら他の罠が作動する、ダブルトラップとはね」
 死角を縫う様にして飛んで来る矢を飄々と避けながら、呟くのはアシュレー。
 その様子を少し離れた位置で見守る仲間達は一瞬肝を冷やすも、それはすぐに安堵の溜息によって掻き消される。
「ったく、さっきから手の込んだトラップばっかだぜ。ミーヤ、釘は無くしてねぇな?」
 瑠璃と共に前列に立つオラースが、陣の中央で護られる様にしているミーヤに向き返って尋ねれば、帰ってくるのは「はい」と言う返事。
 釘とは、オラースが彼女に預けた聖なる釘と言うアイテムの事。これはカオスの魔物に対抗するアイテムの一つで、地面に打ち付ければその周囲にカオスの魔物は近付けなくなる。
 同じ様な効果を持つホーリーキャンドルと言うアイテムをアルジャンも持たせようとしていたのだが、釘があれば一先ずは大丈夫だろうと言う事で、それは火を灯されぬままミーヤの鞄の中に収められていた。いざと言う時の保険である。
「一応皆さんにレジストデビルも付与してあるので、敵の奇襲等に関しては対策できておりますが‥‥こうも罠が多いと、中々思う様に進めませんね」
 蛍石が愚痴る様に呟けば、瑠璃も溜息を吐き。
「そうね、しかもアシュレーさん一人に頼りきりと言った感じだし‥‥大丈夫? 疲れてないかしら?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。最初の透視で今通っている道の構造は大体把握できてるし、ついで罠のありそうな場所の目星も付いてるからね」
 そう言って朗らかな笑みを浮かべる彼の表情には、虚勢を張っている様子も無い。少なくとも罠の解除に関しては、彼に任せておけば心配は無さそうだ。

 と、そうこうしている内に、一同は一際開けた部屋に辿り着いた。
 その最奥部には、見るからに取り残されて久しいといった様相の玉座が一つ、佇んでいて。
「どうやら、ここが謁見室だった場所の様ですよ。‥‥それにしても」
 周囲を見回しながら、言葉を淀ませる銀麗。‥‥と言うのも、その場所の内装である。
 壁紙や柱、そして天井に至るまで、よく見れば人の顔を模したかの様な悪趣味な装飾が為されていて‥‥場所そのものが、禍々しい事この上ない雰囲気で埋め尽くされていた。
「これは、廃墟となってから施されたものと言う訳では無さそうですね‥‥」
「ええ、先に見た書斎や資料室等では大した手掛かりは得られずでしたが‥‥このセンスから鑑みるに、かつての城主がまともな人物ではなかったと言う事は、容易に窺えますね」
 銀麗に同じく、ファングも不快に顔を歪ませながら呟く。
「城主の歪んだセンスはどうでも良いんだけどよ、暖炉に灰さえも残っていないってのはどう言う事なんだ? やっぱ此処もそうだし‥‥ったく、こんなんじゃリンのアッシュワードも使えねえ」
「つかえネ〜」
 オラースが言いながら傍らのアータル‥‥火の精霊に視線を向ければ、彼女もその言葉尻を真似ながら両手を広げた仕草をしてみせる。
「‥‥もしかすると、書物等も然り、後からやって来た何者かが此処にある痕跡全てを残らず処分してしまったのかも知れませんね」
 ふと口を開くのはファング。すると、蛍石は考え込む様に腕を組み。
「確かに、今までの城内の様子を見てきた限りでは有り得ない話でも無いかもしれませんが‥‥それにしても、何の為に?」
「考えられる事としては、この城の存在そのものを隠蔽しようとした人間達の手によってか、それとも‥‥」
 彼は一度言葉を切り、そしてぐるりと部屋の中を見渡してみる。
「あくまで推測ですが、もしかするとここのかつての城主は悪魔を崇めていて‥‥ええと‥‥」
 そこで思考がこんがらがってしまったか、首を傾げながら悩み始めるファング。
 だが、彼が何を言わんとしていたのか――その方面には特に聡明な蛍石と銀麗は、それだけで察する事が出来た様だ。
「‥‥成程、城主がカオスの魔物を崇める危険な思想の持ち主であったとするならば、説明が付く所もありそうです。具体的な方法は知りませんが、カオスの魔物を呼び出そうと儀式等をしていて‥‥そしてある日、本当に魔物を呼び出してしまった」
「そしてその後、此処はカオスの魔物の根城となり、魔物は自身が地獄から此方の世界に現われた事を悟られぬ為、城の中の痕跡全てを処分した‥‥そう言う事ですね?」
 銀麗の言葉に頷く蛍石。
「もっとも、これはあくまで仮説に過ぎませんが――」
「――いや、ご名答、と言わざるを得まいな」

「!!?」

 ふと、室内に響いた声。
 一同が目を向ければ、暗がりの中には何時の間にやら其処に居たのは凛々しい狩人――そう、カオスの魔物『煽る魂の狩人』の姿があった。



●冷やかし
「流石は冒険者‥‥その不愉快なまでの洞察力は衰えを知らぬ、と言った所か」
 背筋も凍る程に冷酷な笑みを湛える狩人。そして対峙する冒険者達は皆武器を構え、今にも飛び掛ろうと言う様相だ。
「やっと出て来ましたね‥‥城に入った直後から、貴方の気配が気になって気になって仕方なかったんですよ。此方の監視でもしていたのですか?」
 蛍石が尋ねれば、狩人はふんと鼻を鳴らし。
「まあ、そんな所だ。正確には其処の小娘、それに銀髪の騎士やらを仕留める機会を伺っていたのだが‥‥やはり察知されていたとなると、迂闊に手を出さず正解だった様だな」
 クックック、と、言葉に反してさも愉快そうな笑い声を響かせる。
 だが、一同は腹が煮え繰り返る感覚をぐっと堪えて。
「今此処でこうしてくっちゃべっているのは、迂闊では無いのかしら? ‥‥って言うかそもそも、何で貴方が此処に居るの?」
「そうだな、僕達が此処に訪れると知って、待ち伏せをしていたと言う訳でもあるまい。‥‥もしかして、アルメーダ夫人もここに居るのか?」
「えっ‥‥!? お母様が‥‥!?」
 アルジャンの言葉に、身を乗り出すミーヤ。すると、狩人は少し困ったような声色で。
「まあ待て。質問は一つずつ、それが聞く側の礼儀であろう? ‥‥我が此処に居る理由だったか。先も其処のシンセイ魔法使いとやらが言っていたであろう? そう、我こそが、かつて此処の主に儀式によって呼び出された者に他ならぬ」
「なんですって‥‥!?」
 驚きの声を上げるのはファング。狩人は構わず続ける。
「奴は余りにも愚かな人間だったな‥‥我を呼び付けただけでは飽き足らず、少々入れ知恵をしてやっただけで、喜んで地元の民を生贄に捧げて来た。身篭った母親を子諸共殺せと言えば殺し、生贄同士で殺し合いをさせよと言えばその通りにし‥‥。あれ程暴虐の限りを尽くした人間だ、馬鹿正直でさえ無ければ、魂を抜き取らず配下にしてやっても良かったのだがな。クックック‥‥」
「き‥‥貴様ぁっ!!!」
 彼の話にいよいよ我慢の限界を迎え、飛び掛ろうとするオラース。
 ――を、アシュレーが手で制する。
「気持ちは分かるけど、こいつをバラバラにするのは後でも良い。それより、聞きだせる事は聞き出しておかないとね」
「クックック、話の分かる奴だ。汝の様な人間は、嫌いでは無い」
「‥‥俺はお前の事、大っ嫌いだけどね。で、どうなんだ? アルメーダは此処にいるのかい?」
 アシュレーが尋ねれば、狩人は僅かな間の後、「否」と答えた。
「呼び出されたと言っても、我は此処を根城としている訳では無いからな。‥‥だが、もう一方――汝等が今探している者は此処に居る、とだけは言っておこう」
「それは‥‥ジャックさんの事ですか!?」
 ミーヤが尋ねれば、「そんな名前だったか」と笑みを溢す狩人。

「して、質問はそれだけか? 今は気分が良いので、聞きたい事があれば教えてやるぞ?」
「‥‥いや、もう十分だ。貴様のその厭らしい笑い声も、良い加減聞き飽きた」
「そう言う事。‥‥さて、弓使いとしてはそっちみたいな奴は抹消対象なんだよね。ましてやミーヤの大事なものを奪おうなんて‥‥‥‥」
 いつも通りの、朗らかなアシュレーの声――は。

「欠片も残ると思うなよ」

 絶対零度の悪寒さえも感じさせる程の、冷徹な口調に取って代わる。
 そして仲間達も各々武器を構え――。
「それは結構だが‥‥我に貴様の矢が届くとでも?」
「届くさ。‥‥何なら、試してやるよっ!!」

「!? 待って下さい、アシュレーさん!!」

 ――ヒュンッ!!
「な‥‥!?」
 放たれた矢は、狩人の身体を擦り抜け‥‥壁に跳ね返って床に落ちる。
 次の瞬間、高速詠唱で発現された蛍石のニュートラルマジックにより、掻き消される狩人の幻影。
「しまった‥‥本物は!?」
「この下‥‥地下です!! どんどん離れて‥‥くっ!!」
 どうやら、蛍石のデティクトアンデットによる探知範囲外に逃げられてしまったらしい。悔しげに歯噛みする彼同様、仲間達も拳を床に打ち付ける。
「‥‥玉座の裏に鉄格子が。成程、さっきは此処から話しかけて居たのですね」
 狩人の幻影が居た場所を調べ、声を上げるのはファング。
 ちなみにこの格子は開閉する構造にはなっておらず‥‥また破壊しようにも、開けた所で体格的に通るのは精々ミーヤくらい。どうやら地下空間へ向かうには、他の入口を探さなければならない様だ。

 その後も時間の許す限り、冒険者達は城内の探索を続けたが‥‥結局それらしき物を発見する事は出来なかった。
 一同の心中に残るのは、何とも言えない悔しさ。だが、同時に得られた情報もある。
 もっとも、狩人の言葉を鵜呑みにする訳ではないが‥‥。
 その後にアルジャンの勧めで、ミーヤが未来視により再び『ジャック・ブリューゲルとの再会』の場面を視ようと試みた所、何も視る事が出来なかった。それは即ち、ジャックと再会する者は誰も居ないと言う事。
 そう、彼らの行動により、少なくとも未来を変えられた‥‥つまりは、冒険者達の行動が少なからずジャックにも影響を与えていると言う事だ。
 今まで集めた情報も合わせて鑑みれば、狩人の言う通り、この古城にジャックが居る可能性は非常に高い。
 今回の成果としては、それが分かっただけでも十分と言えるだろう。

「次こそは連れ戻さねば、な‥‥。愛する者を余り待たせるものでは無いぞ、ジャック・ブリューゲル‥‥」
 帰路の間際、ふと古城を振り返り紡がれた言葉に――木々のさざめきが、切なく応えた気がした。