●リプレイ本文
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京街道、あるいは大坂街道と呼ばれる街道の入り口に立つ影は七つあった。
木賊真崎(ea3988)、ステラ・デュナミス(eb2099)、所所楽柳(eb2918)、ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)、磯城弥魁厳(eb5249)、ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)の七人。冒険者である。
彼ら七人は何をしているか。
待っているのである。同じ冒険者であるベアータ・レジーネス(eb1422)の到着を。
ベアータは藤豊家臣であり、土佐藩を動かすべく主である藤豊秀吉と対面しているはずであった。
上手くいけば土佐藩が動く。そうなれば伊予藩との戦力は伯仲するはずであった。
「土佐藩の藩主は誰じゃったかの」
琥珀の眼を河童がぐるりと動かした。魁厳である。
答えたのは武士としての知識を備えている柳だ。
「確か長宗我部元親という武将だ」
「長宗我部元親?」
魁厳が柳を見た。
「どのような武将じゃ」
「さて」
柳は首を傾げた。知っているのは名のみで、その人となりまではわからない。もし仲間内で知っている者があるとするなら――
木賊サン、と柳は呼んだ。
「キミなら知っているんじゃないか」
「少しなら、な」
真崎はこたえた。
長宗我部元親。若き長宗我部家の当主であり、先ごろ土佐をまとめあげた英傑だ。野心深き人物であるという。
と、その時、一人の冒険者が歩み寄ってきた。ベアータである。
魁厳が問うた。
「どうであった?」
「だめだった」
ベアータが肩をおとした。
彼が秀吉に言上した内容は、あくまで伝聞である。彼が紹介し、当事者である冒険者本人が願うならまだしも、そうでない以上秀吉は動かない。
「仕方がないのだわ」
ヴァンアーブルが強いて微笑んだ。
「わたくしたちでやるしかないのだわ」
「そうね」
肯いたのはステラだ。その面には可憐だが、恐い笑みがういている。
ステラは云った。
「人では敵わないといわれても、目の前で人の国が妖怪に奪われようとしてるのに、黙ってるわけにもいかないでしょう。第一、ここまでやられたお返しもあるもの」
「借り、か」
真崎は苦く呟いた。
確かに今のところ、冒険者は隠神刑部の陰謀を阻みはしたものの、痛打はあたえていない。いや、仲間を殺されたりと、むしろ冒険者の被害が大きい。
「四国を妖怪王国に、か。海が周囲への要塞と化し、九州程の広さもなく蝦夷程熾烈な環境でもない‥確かに都合は良かろうが。‥‥関わるなと云われても、都に程近い地にその様な国を赦す訳にはいくまい。‥利害は、一致する」
「でも」
とヴァンアーブルは鉛色の溜息を零した。
隠神刑部に痛打をあたえるとといっても、具体的にどうすればよいのかわからない。隠神刑部が伊予藩藩主である河野通宣に化けているとして、その事実の証明はかぎりなく困難だ。
「そうでしょうが」
大丈夫、だとルーフィンは微笑った。余裕すら感じさせる微笑だ。
何故、と柳が問うた。するとルーフィンはすうと手をのばし、柳の顔を仰のかせた。
「私には、この世に恐いものなどないのですよ。勝利の女神が直ぐ側にいるのでね」
ルーフィンの唇が柳のそれをふさいだ。もはやこの気持ちを隠すつもりはない。誰に見られてもかまわない。
敵は四国を統べる大妖怪なのである。依頼が終わった時、生きていられる保障はないのだ。ならば――
ルーフィンの舌が柳のそれにからんだ。おずおずと、しかしやがて情熱的に柳が応じた。
「全てが終わった時、私は勝利の女神をいただきます」
唇をはなすと、ルーフィンは告げた。
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冒険者が丸亀城に辿り着いたのは巳の刻であった。
そこは、まさに戦場だ。
数千の伊予軍が丸亀城を取り囲み、攻撃を繰り返している。辺りには怒号と血の匂いが満ちていた。
「これでは近づけないな」
真崎が丸亀城に眼をやった。ヴァンアーブルが肯く。
ヴァンアーブルのムーンシャドゥならば包囲する伊予軍をすりぬけての丸亀城入城は可能であったかもしれない。が、今は昼である。ムーンシャドゥは使えない。
「磯城弥はどうだ」
「無理じゃ」
無表情のまま、魁厳はこたえた。
魁厳は達人級の忍びの業をもっている。が、その彼をもってしても、この状況ではいかんともしがたい。
柳がルーフィンを見た。
「弓は?」
「だめですね」
ルーフィンが肩をすくめた。
ペルーンの神弓の射程はおよそ一町。ここからでは届かない。もっと接近すれば別だが――
「それはならん」
真崎がとめた。
敵中には鼻の効く妖狸がまじっている。迂闊に接近し、気づかれ、戦に巻き込まれれば冒険者とえどもひとたまりもない。
「じゃあ、やることはひとつね」
ステラが片目を瞑ってみせた。
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あっ、と伊予兵がどよめいた。
彼らは空に異様なものを見とめている。巨大な鳥。霊鳥だ。
「何だ、あれは」
伊予兵達の視線が流れた。その時だ。
吹雪が吹きつけた。白い嵐が荒れ狂う。
「おのれ」
伊予兵達が呻いた。ただ一度のアイスブリザードだが、軽くはない被害を伊予兵達に与えている。
が、何にしても伊予兵の数が多い。全体からみれば損害は軽微である。
怒りに燃える伊予兵の眼が空に戻された。そこに彼らは一人の女を見た。天馬に跨り、銀色の髪をなびかせた女を。
「射かけよ!」
叫びとともに無数の矢が飛んだ。一瞬後、女が淡い光に包まれた。天馬のはるホーリーフィールドだ。
うっ、という苦鳴は、しかし女の口から発せられた。
天馬は瞬時にホーリーフィールドを展開させる。が、矢の数があまりにも多い。すべては防ぎきれなかった。
「エウルス、退いて」
ステラが絶叫した。
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林の中にヴァンアーブルはひそんでいた。
眼前には刃の光が乱舞し、怒号が渦巻いている。まさしく戦場だ。
その時、ヴァンアーブルは兵の中の騎馬武者を見出した。命をくだしている。
術をかけようとし、ヴァンアーブルは呪唱をやめた。
まだ遠い。とはいえ、ここから出るのはまずい。
ヴァンアーブルはシフールである。混乱のさなかにあってさえ目立ちすぎた。
それでは、とヴァンアーブルは兵達に眼をむけた。
チャーム発動。十人ほどの兵が足をとめた。
すかさずヴァンアーブルはテレパシーを発した。隠神刑部の名を伝える。
が、得たものは空しかった。ただ混乱と反発があるばかりだ。
チャームは対象者に友好的な感情を抱かせる呪法である。が、その感情の発露には対面が条件だ。
「どこかに敵がいるぞ!」
伊予兵達が口々に叫び出した。
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真崎、柳、ルーフィンの三人はじりじりと風上に動いていた。
伊予軍の布陣はおおよそ柳の予想通りである。
丸亀城は平城。伊予軍は城を挟むように展開していた。
「もうすぐ風上になります」
ルーフィンが注意を促した。
風上となれば匂いが流れる。不倶戴天の敵ともいうべき彼らの匂いに妖狸が気づかぬはずがなかった。
「さあ」
ルーフィンが弓に矢を番えた。鏃が燃えている。火矢であった。
「いきますよ!」
ルーフィンが矢を放った。真紅の光が空を裂く。
一瞬、二瞬――伊予軍の中に小さな炎があがった。荷車だ。ルーフィンの狙い通りである。
さらにルーフィンが矢を放った。次々に炎がたつ。伊予軍に漣がひろがった。
「慌てるでない!」
地を震わせるほどの声が響いた。
声を発したのは、それに似つかわしくない穏やかな相貌の侍である。
河野通宣。伊予松山藩藩主であった。
「たかが火矢だ。恐れることはない」
通宣は云った。
火矢の数は知れている。油などの可燃物でも用意していない限り火攻めはできない。
通宣の眼がぎろりと動いた。一瞬で彼は狙撃位置を見抜いている。
「玄蕃」
「はッ」
家老、津島玄蕃が肯いた。
この匂いには覚えがある。何度も邪魔された忌々しい奴らのものだ。
玄蕃の眼が血色に光った。
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ヴァンアーブルは思い切って飛び出した。騎馬武者の前まで一気に飛ぶ。
危険なことは覚悟の上であった。が、命をかけても、人はやり遂げねばならぬことがある。
「わたくしはヴァンアーブルというのだわ」
一息にヴァンアーブルはまくしたてた。
騎馬武者の心に思念を送り込んだ時、ヴァンアーブルは違和感を覚えていた。この侍は隠神刑部のことを知っている可能性がある。
ヴァンアーブルは懸命な眼を騎馬武者にすえると、懇願した。
「隠神刑部の正体を明かしてほしいのだわ!」
「すまぬ」
騎馬武者は刃を一閃させた。鋭い切っ先がヴァンアーブルの腹を貫く。
「な、何故」
ヴァンアーブルの口から鮮血が零れた。騎馬武者は苦渋に顔をゆがめると、
「お前を憎む気はないが、主は裏切れぬ」
騎馬武者が刃を引き抜いた。恐怖は、時として友情よりも重い。
必死にヴァンアーブルは空に舞い上がった。追うように刃が踊る。が、届かない。
ヴァンアーブルは高度をあげた。この場に弓兵がいないことが幸いした。
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「来るぞ」
真崎が抜刀した。彼の眼は殺到する侍達の姿をとらえている。
彼らの誰が人間で、誰が妖狸かはわからない。それでも斬らねばならなかった。
「ふん!」
真崎が袈裟に刃を振り下ろした。見えぬ力が空間を歪ませつつ疾る。
数人の兵がはじきとばされた。それを見届けるまでもなく、続けざまに真崎はグラビティーキャノンを放った。
「ここまでか」
兵を射殺し、ルーフィンは呟いた。移動しつつ弓を射かけ、こちらの位置をつかませぬよう工夫していたが、それにも限度がある。
「ヤナ!」
「わかっている」
柳が肯いた。同時に鉄笛を振る。
ひゅう、と木枯らしの声で鉄笛が哭いた。その慟哭はうねりとなって敵に飛ぶ。
が、兵はとまらない。鉄笛の威力は微々たるものであったから。
津波のように伊予兵が襲いかかった。
白刃が閃く。同時に柳の鉄笛がうなり、刃をはじいた。
その背に別の刃が疾った。
戛然。
真崎の氷の剣が伊予兵の刃を受け止めた。
「退くぞ」
真崎が絶叫した。
今なら傷を負っても逃げ延びることができる。この機を逃せば敵に取り囲まれ、膾のように切り刻まれてしまうだろう。
「ええいっ!」
受け止めた刃をはずし、伊予兵を胴斬りすると真崎は背を返した。
磯城弥、頼んだぞ!
そう心中に叫びつつ。
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伊予兵の陣に幾つかの炎があがり、煙が立ち上っている。
さして混乱はない。冒険者一人の火矢だけで一軍を混乱に陥れることは不可能だ。
が、隙はある。
木陰にひそむ魁厳の眼はじっとある一点にむけられていた。
陣の奥。一人の武将の姿が見える。河野通宣だ。
「よし」
魁厳は印を組んだ。そして素早く組みかえる。
印形は忍びの術法。微塵隠れ!
魁厳の身が爆発した――ように見えた。
次の瞬間である。魁厳の身が伊予兵の陣の只中に現出した。
あっ、伊予兵の中からどよめきが起こった。その響きが消えぬ間に、またもや魁厳の身が爆発した。現出の座標軸を変えながら、魁厳が通宣に迫る。
その様を見つめつつ、しかし通宣の表情に一切の変化はない。ただぬらりと眼を光らせ――
通宣の眼前に魁厳が躍り出た。
「もらった!」
魁厳の斬妖剣が通宣の首めがけて疾った。
流れる一筋の銀光。
通宣はわずかに身動ぎした。刃がその首をかすめて過ぎる。
通宣の手がのびて魁厳のそれを掴んだ。
「おしかったな」
通宣の眼が赤光を放った。ニヤリとする。
通宣の掌の中で魁厳の腕が砕けた。恐るべき膂力であった。
「依!」
魁厳が叫んだ。
その一瞬後のことである。魁厳の身体から何かが解け出た。
何か――
それは布であった。いや、布であるはずがない。それは意思あるものの如く通宣の首に巻きついたのだから。
「終わりじゃ、隠神形部」
「どちらがだ」
通宣の口の端が鎌のように吊り上がった。
刹那である。闇が魁厳と通宣を包み込んだ。
あっ、と再び伊予兵の口からどよめきが起こった。が、それは一瞬のこどあった。すぐに闇が晴れたからだ。
その後に伊予兵は見た。地に倒れた河童の姿を。その首はありえぬ方向に曲げられていた。そばには引き裂かれた布が落ちている。
「殿!」
伊予兵達が駆け寄った。それに通宣は鷹揚に肯いてみせる。
「大事ない」
「それは――」
伊予兵達はほっと安堵の吐息をついた。それ故か――
伊予兵達は気づかなかった。通宣の側に控えていた津島玄蕃の姿がないことに。
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「どうやらこちらの思惑通りのようね」
ステラの口元が綻んだ。
彼女は前線よりやや退いた。エウルスの呪力が尽きているからである。すでにリカバーもホーリーフィールドも使えない。
が、ステラの存在は、それ自体意味があった。超越級のアイスブリザードは軍としても恐怖以外なにものでもなかったのである。故に伊予兵達も迂闊に動くことはできなかった。
と――
ステラは伊予軍の動きの変化を見た。一部ではあったが、それは確かに動いている。何故か――
「あっ!」
ステラの口から只ならぬ声が発せられた。
ステラは見たのである。真崎達が伊予兵に襲われている様を。
「こっちにひきつけないと」
ステラが印を組んだ。その時だ。
ステラが凍りついた。とてつもない妖気が吹きつけてきたからだ。
はっとして振り向いたステラは見た。背後に屹立する異様なモノを。
それは狸であった。小山ほどもある巨大な体躯をもつ。
「あ――」
さすがのステラが息をひいた。それきり身動きもならない。このような化け物は見たことがなかった。
ぐちぐち、と。
大狸の口が歪んだ。笑ったのである。
刹那である。大狸の前脚が振り下ろされた。
何でたまろう。巨大な脚に打ち落とされ、ステラが地に叩きつけられた。
「あれぞ、天狸なり!」
通宣が高らかに叫んだ。そして軍扇を振ると、ゆけと命じた。
「天は我らと共にある。もはや恐れるものなし!」
「おお!」
伊予兵達から鬨の声があがった。
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「あれが隠神刑部の変形の術じゃ」
林の中、一人の老人が呟いた。屋島の太三郎狸である。
その足元には河童の骸と傷ついた娘が転がされていた。魁厳とステラである。
「あ、あれが変化の奥義‥‥」
ぶる、と娘が身を震わせた。阿波の芝右衛門狸である。
「あ、あんなのを相手にしてたのかよ」
「だから手を出すなと云うたのじゃ」
溜息を零すと、太三郎狸は魁厳を見た。
「しかしながらこ奴、ようやった。なんせあの隠神刑部に肉薄したのじゃからな。とはいえ、やはり恐ろしきは狸神、隠神刑部よ」
太三郎狸は声を震わせた。
彼は知っている。隠神刑部がシャドゥフィールドにより闇をつくり、魁厳を殺害し、その後津島玄蕃と入れ代わったことを。そして巨大化してステラを襲ったことを。
「やはり奴には勝てぬのか。いや――」
魁厳とステラを見つめる太三郎狸の眼に微かな光がともった。冒険者ならもしかしてと思ったのだ。
そのわずか後のことである。丸亀城はおちた。