【鬼哭伝・乱心】死相
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:10人
サポート参加人数:6人
冒険期間:05月23日〜05月28日
リプレイ公開日:2006年06月01日
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●オープニング
ギャン!
光流の弧線がおどり、黒い小物体がはね飛んだ。一度地にはね、再び蹲った姿は闇の凝固したような黒猫だ。
「新右衛門が護りの品を手にしておる故、迂闊に近づけぬ、だと」
巨槍を手にした巨漢が、ぐうと黒猫を踏みつけた。くぎゃあと黒猫の哭き――その黒猫の顔が妙に人めいた苦悶の表情が浮かんだ。
「うぬも縊鬼と呼ばれた魔性。なんとしても新右衛門を仕留めてみせい」
「待て、蔵人」
白瓏たる影が巨漢――幽鬼蔵人をとめた。
「新右衛門はあくまで自害させねばならぬ。縊鬼の苦労もわかってやれい」
「とは申せ、花舟よ」
蔵人が血筋のからみついた眼を九鬼花舟に転じた。
「新右衛門が聖護の品を所持しているということは、何者かがからんできておるかも知れぬということだ。只の節介焼きであれば良いが‥‥」
「ふむ」
花舟が腕を組んだ。か細い行灯の灯りがその半顔をてらてらと濡らす。
と――
ぎら、と花舟が眼をあげた。そして血の滲んだような紅い唇を開く。
「どうやら、そう悠長なことも云ってはおれぬようだな」
ザンッ、と梢をゆらしてましらのような影がとんだ。
それは重力を無視したかのように軽々と宙を舞い、音もなく地に降りたった。
「雷電よ」
「土鬼か」
空を飛んだ影――霧隠忍軍の一忍である雷電は地に片膝ついた姿勢から身をおこし、青黒い樹間からすいとわいた巨影――土鬼を見遣った。
「こんなところで何をしておる?」
「お前のこと案じて出迎えにきてやったのよ」
「ぬかせ」
雷電が嗤った。が、すぐに忌々しげに口をゆがめと、
「しかし彼奴ら、油断ならぬ。俺がひそんでおったことを見ぬいておったわ」
「ふん。いざとなれば我ら霧隠の忍びのかなうものかよ。それより――」
土鬼は惨たる視線を虚空になげた。
「二度現れた忍び。とどめはさせなんだが、雷電よ、おぬしは気にならぬか」
「なるわ。だからこそ、彼奴らの元に忍んでいったのよ」
云って、雷電は耳にした花舟と蔵人のやりとりを土鬼に伝えた。そして、
「此度は彼奴らも手ぬるい真似はすまいと思うが――」
「ええい。お頭の命がなくば新右衛門など赤子の手を捻ると同じであるのに」
「仕方あるまい。が、先日のこともある。このままには捨て置けぬよ」
「そうよな」
頷きあうと、鴉のように不吉にわだかまった黒々とした二影――ひとつは再び空に舞いあがり、ひとつは水中に没するが如く地に沈み込んでいった。
「新右衛門。やつれたのう」
云って、大岡隼人は平伏した新右衛門に痛ましげな眼をむけた。
「と、殿、申し訳もござりませぬ。おめおめと生き恥をさらすより、いっそこの腹かっさばいて――」
「云うな。お前が切腹したところで何もならぬ。それに、生きよと命じたのはわしじゃ」
「殿、さりながら――」
「よい。それより新右衛よ、梶原の家に戻って療養してはどうか。いや――」
大岡は愕然と口を開きかけた新右衛門を制し、
「これはわしの命令じゃ。お前の父上にはわしからよく伝えておく。しっかりと養生せよ」
「し、しかし、このままでは」
「案ずるな。わしは、わしのやるべきことをやる」
こたえる大岡の肩はおこりにかかったように震えていた。
●リプレイ本文
●
――御子息の一件に関し内密にて面会致したく候。あくまで互いに他言無用にて。
墨痕淋漓と。
筆をはしらせたあと、渡部夕凪はやや不審げに眉をあげた。
「代筆は良いが、何をしでかす気なんだい」
「源徳家康御側衆にねじこむ」
「なにっ!?」
ものに動ぜぬはずの夕凪が息をひき、不敵に笑う木賊崔軌(ea0592)を見返した。
「邪魔入りに敵サンも気づく頃だ。新右衛門も大事だが‥大岡氏にも動かれちゃ面倒。親として善きにも悪きにも‥な。行動に出るのだけは牽制しねえとならねえんだ」
「‥‥ふう」
溜息とともに筆をおいた夕凪の口辺には諦めにも似た微笑が浮いている。
――風だねえ‥この子は。
夕凪は心中そう呟いた。
●
「やっぱデビルだったかよ」
シーヴァス・ラーンが美しい唇を歪め、小野麻鳥(eb1833)は金剛石のような冷厳たる面差しをかすかに揺らせた。
新右衛門につきまとう黒猫。それの正体は麻鳥の検分により縊鬼と知れている。
「でも、こんなのどうするんだい」
云って、佐伯七海が差し出したものがある。仏師の彼女ならでは。それは精緻に彫られた観音像である。 一目見て結城夕貴(ea9916)はおやと首を傾げた。
何やら像は赤子に似たものを抱いている。そのような観音様など初めて見た。
「何ですか、これは?」
「聖母まりあ。じーざすの母の像だ」
受け取った南天陣(eb2719)がこたえた。ふーんと可愛らしく鼻を鳴らしたものの、夕貴は得心のいかぬ様子だ。
「陣さん、変な趣味でももったのですか?」
「ほお、親父殿もなかなか――」
嘲弄するかのようにニンマリとする南天輝の眼前、
「ば、馬鹿な」
頬にかっと血をのぼらせると、陣は慌てて懐に像をしまいこんだ。それから放蕩息子を睨みつけると、
「そんなことより、大岡屋敷の方はどうなった?」
「表だって罠を仕掛けるのは無理だった」
「そうか‥‥」
ぎるどの上がり框から腰をあげると、陣はトデス・スクリー――名匠ディマーナクが鍛えた魔剣をすっと腰におとした。
「此度こそは魔性を始末しなければならぬ」
「とはいえ、猫は大岡屋敷にある。それを始末するのはことだぜ」
唸ったのは雷秦公迦陵(eb3273)だ。
それもそのはず、彼は大岡屋敷近くで二度忍びに襲われている。それを考え合わせると縊鬼滅殺は容易い業ではない。
「何とか誘き出せないものでしょうか?」
鳶色の瞳をあげ、リュック・デュナン(eb3317)が声をあげた。が、咳きひとつなく――。
ややあって所所楽柳(eb2918)が冷たく重い鉄笛を懐から取り出した。
「僕があたったてみよう。何か動きがあるかも知れない」
●
「俺が思うに」
長くなりはじめた影を追うように歩く二人のうち、口を開いたのは崔軌であった。
「新右衛門が破談を申し出たのは、恐らく大岡家の子息を守れなかった自責のためなんじゃねえかな」
「然り」
麻鳥のいらえは短い。
「が、問題はそれではない」
「わかっているさ。子息を攫う事で忍びが御側衆を思惑通りに利用出来たとしたら‥下手すりゃ内側から江戸は陥落する」
「その通りだ」
麻鳥が頷いた。
「が、それはあくまでも推測。からくりの内幕を覗かねば攻勢にはでられぬ」
鬱陶しい顔つきをしていた大岡屋敷門番はしかし、歩み来る六影――四人と二匹を見とめ、相好を崩した。
「おぬし――」
「やあ」
象牙のような歯も海色の瞳も、輝くことのできるものは残らず煌かせ、柳は会釈した。
「気になる相手がいるのでまた来てしまったよ。拙かったかな?」
「い、いや――」
頬を上気させ、ちらと門番は柳の隣に立つシルフィリア・ユピオーク(eb3525)を盗み見た。当のシルフィリアは濡れた唇を突き出し、艶かしく接吻の素振り――門番は腰が砕けそうになるのに耐えるのが精一杯だ。
「そうそう気になるといえば‥新右衛門さんだったっけ。彼、ずいぶんと具合が悪そうだったけど大丈夫なのか?」
「‥‥あ、ああ 新右衛門殿か?」
シルフィリアに眼を吸いつかせたまま門番がこたえた。
「新右衛門殿は身体をこわされてな。今、実家である梶原家に戻っている」
「えっ」
柳は北天満(eb2004)、グラス・ラインと眼を見交わした。と、今度はシルフィリアが口を開いた。
「その新右衛門さんのことなんだけど」
「は、はい」
「確か黒猫を拾ってきていたよね」
「は、はい。その猫ならもうおりませぬ」
「なにっ」
今度はシルフィリアを含めた四人が顔を見合わせた。
「新右衛門殿がお屋敷から去ると、あとを追うように――」
云いかけて、暮れなずむ風景を背に新たに現れた二人に気づき、門番はわずかに表情を引き締めた。
「そなたらは――」
「前回感じた小さき黒い違和感について判明した事有、極内密で大岡様に伝えたい由、お取次ぎ願いたい」
二人のうち――麻鳥が云った。門番はうっと息を詰めたものの、さすがに棒をかまえると、
「ならぬ。素性の知れぬ者を取り次ぐなど――」
「ならばこれを」
麻鳥が、崔軌から預かった書状を取り出した。すると崔軌が、
「取り次がねえのは勝手だが、もし大岡家取り潰しなんぞになったらおめえさん、稀代の不忠者ってことになるが、それで良いんだろうな」
と云った。
「なっ‥‥お、お家取り潰しだと!?」
門番がかつと眼をむいた。そして幾許かの逡巡の後、麻鳥の手から書状をひったくると
「ともかく取り次いでつかわす。待っておれ」
云い、奥に駆け出していった。
と、しゃらんと鈴が鳴り――満が背を返したのである。
「どうやら上手くいきそうですね。こちらも――グラスさん、どうでしたか?」
「大丈夫。近くにでびるはいません」
死霊感知。グラスは魂無き者の存在を見透かすのだ。
「では、そろそろ縊鬼には退場していただきましょう」
ゆるりとした仕種で満は、七星と十字星の綱をひいた。
●
「鶴松のことで話があると?」
人払いの後、大岡隼人が訊いた。こたえの代わりに、逆に問うたのは麻鳥である。
「赤子、かどわかされましたな」
「‥‥」
冷徹な麻鳥の眼光に窺われ、しかし大岡の表情に変化はない。
「‥‥木賊崔軌、小野麻鳥と申したな」
大岡が云った。
「そのような戯言、どこで耳にした?」
「では、やはり――」
「待て」
右手をあげ、大岡が麻鳥を制した。
「儂は今、戯言と申したはず。そのような埒もない噂、吹聴されるは迷惑故問いただしたのだ」
「埒もないと申されるか」
「左様」
大岡の返答は鰾膠も無い。
その態度に、やや焦りを覚えた麻鳥はぎりと歯を噛むと、ことの真相をあかした。
「黒き邪な者が暗躍し、お家だけでなく国をも巻き込むつもりは容易に推測しております。本より他意は有ず、ただ新右衛門殿と大岡様のご子息をお救いしたき存念であるだけ。決して大岡様の名、他言はいたしませぬ。――動けぬのなら、動ける者が動くまでのこと、と」
「馬鹿な」
薄く笑うと、大岡は立ちあがった。
「つまらぬ噂をたてられるのは迷惑至極。もはや問答は無用」
「大岡さんよ」
その時、崔軌が口を開いた。
「俺にゃ武士の視点なんざ無えし、一度決めたことはやり通さねえと気持ちわりいから云わせてもらうがな、たとえ大岡家がどうなろうと赤子も新右衛門も救ってみせるぜ」
「ここに」
大岡の声は囁きと変わらぬのに、ぼうと浮かんだ影には聞きとることは可能であったらしい。
「御用でござりますか」
「うむ」
大岡は肯首した。
「あの者達、悪い者ではなかろうが、やはり人の口に戸はたてられぬ。ことが終わるまで、是が非でも彼奴らは黙っていてもらわねば」
●
太陽が落ちるとともにデュラン・ハイアットの飛影が消え――
幾許か後。
夜闇に沈む大岡屋敷の塀外。颶風のように疾り来った黒影――迦陵はぴたりと足をとめた。その眼前、すうと空より降り立ったのは雷撃により迦陵を撃ち落した忍び――雷電だ。
「しつこい鼠よのう」
「鼠、鼠って‥鼠に噛まれると結構痛んだぜぇ〜」
「噛んでみるか!」
云うより早く、雷電の身は空に躍りあがっている。抜きうたれた刃はその名の如く迅雷の迅さで疾り――爆裂の粉塵を裂くように空をうっている。
「ぬっ」
微塵隠れと見ぬき、本能的に振り返った雷電の眼は、月明かりに蒼く濡れてうっそりと立つ迦陵の姿をとらえている。
「悪いが、どんな剣の達人だろうと眼で見える攻撃は俺には通用しないんでね」
嘲弄するかのようニ迦陵がニヤリとした。それに触発されたか、雷電の身を鬼火に似た緑光が縁取り――
刹那、雷電の背後から佐竹政実(eb0575)が襲いかかった。
不意打ち――とはいえ政実の新陰の技量は素人のそれとさして変わらず。ただその渾身の想いは豪宕の剣気を刃に与え――
雷電ほどの忍びの胴を横薙ぎし、政実はとと、とつんのめった。そのままがくりと膝を折る。
「くっ」
うめく政実の肩から鮮血がしぶいて夜気をさらに黒く染めた。雷電に斬られたと判断するより早く、駆け寄ると迦陵は政実を抱き起こしている。
かなりの深手だ。迂闊に動かすと命にかかわる。
ぎらと迦陵は真紅の妖瞳をあげた。その先――雷電の身はすうと空に舞いあがりつつある。
「おのれ」
歯噛みしつつ、しかしその時迦陵は血溜まりの中に反射光を見出した。
手裏剣。おそらくは政実に斬られた際に雷電が落したもの――。
「政実、良くやった」
云うと、迦陵は手裏剣を拾いあげた。眺める迦陵の眼に、次第に強い光が揺らめき始める。
この手裏剣、どこかで見たことがある。確か真田の忍びが使う‥‥
●
幽鬼のよう。
梶原家玄関口に現れた新右衛門は、まさにそのような状態であった。
憐憫の色を必死に覆い隠し、柳が口を開いた。
「仲のいい門番の――彼が、キミを心配していたから訪ねてきたんだ」
そこまで告げて、柳は新右衛門がじろりと他の仲間のことを凝視つめていることに気づいた。
「ああ、彼らもキミに用があるらしいんだ。一人で来るには道中も不安だったしね」
「そなたは‥‥」
新右衛門は一人、この場にはそぐわぬ夜目にも目立つ美少女――ではない、獣耳おったてた巫女装束の超絶美少年夕貴に眼をとめた。
「確か‥‥」
「酒場で一緒になりましたよね」
ふふ、と夕貴は笑った。それは美少女趣味の男ならふるいつきたくなるほどのもので――。
「邪悪な気を感じまして‥‥。ひれで神のお導きでやってきました〜」
「僕はリュックといいます。絵里さんに頼まれて、新右衛門さんに手紙を持って来ました」
眼をそむけそうになる己を抑えつけ、リュックは絵里に頼んで書いてもらった書状を手渡した。最強の武器を胸に秘めた闘士は、何より新右衛門の安寧を願っていたのである。
「絵里の‥‥」
瞬間、新右衛門の眼に光が灯った。そうと見てとり、リュックは太陽のように微笑った。
「ええ。貴方のことを心配していらっしゃいましたよ」
「道場の者もな」
云うと、陣は団子――道場の者から聞き出した新右衛門の好物――を取り出した。その団子に興味をひかれつつ、ちらと満は周囲を探った。
まだ姿は見えぬが、この家には間違いなく魔性がいる。グラスの見たてだが、おそらくは黒猫を指しているのであろう。
「ともかく、こんなところで立話じゃ身体に毒だよ」
云って、シルフィリアは新右衛門の手をひいた。いや、と新右衛門は手を振り解こうとするが――放れない。いかなる業によるものか、新右衛門は子供のようにシルフィリアに引かれていく。
その時――
闇が動いた。
いや、闇よりなお黒々とした漆黒の猫が飛び出したのだ。それはするすると地を滑ると新右衛門の後をおって――
ひょいとリュックに抱き上げられた。
「邪魔をしちゃ駄目だよ」
そのまま歩み去る。夕貴、満、陣、柳も行を共にするが――。
しかし黒猫を抱きかかえたままでいることは、リュックに無視できぬ緊張を強いている。敵は仮にも縊鬼と呼ばれる魔性。その気になれば大の男でも造作もなく引き裂くことは可能であろう。ともすれば銀の短剣に手をのばしそうになるのに歯を食いしばってリュックは耐え――
やがて――
一行は陣が見出した古びた寺院の境内に足を踏み入れた。そっとリュックが手を放すと、音もなく黒猫が地に降り立ち――
「縊鬼、正体を現しなさい」
満が云うのと同時に、夕貴、陣、柳、リュックの四人が結界を張るかのように四方に散った。
「どうだい? お守りの効果はありそうかい?」
梶原家家人に挨拶した後、シルフィリアは新右衛門を床に就かせた。
「あの時の様子じゃ、何か魔性の者につき纏われているような感じだったんでね」
「それは――」
ぎくりとして身を起こしかけた新右衛門であるが、その胸をそっとシルフィリアは押し戻した。
「いいから聞いて。‥‥あたいはね、魔性の者らとちょいとばかし因縁があってね、見過ごせないんだよ。‥あんな想いをするのはあたいらだけで十分なんでね」
その時ばかりは新右衛門にではなく、誰にともなく呟くと、シルフィリアきゅっと唇を噛んだ。その呻吟するかの様子に、さしもの新右衛門も声もなく――ふっと気づいてシルフィリアは苦笑した。
「まぁ〜ようは、お節介焼きな――」
シルフィリアの言葉は最後まで発せられることはなかった。吹きつける名伏すべからざる凄愴の殺気を感得したからだ。
刹那、障子戸を蹴破り、黒影が飛び込んで来た。
禿頭の巨漢。迦陵を襲った件の忍びだ。
「娘、どけ」
「やらせないよ!」
叫ぶシルフィリアの手に掴まれた呪符が翻った。蒼光煌然と。氷風吹きすぎた後、新右衛門の身は蒼い氷柩の中に封じ込められている。
「どうだい。いくらあんたでも、こいつは破れないだろ」
「ぬっ――きさま!」
禿頭の巨漢――土鬼は刃を舞わせて殺到した。シルフィリアもまた月桂樹の木剣を抜きあわせたが、それより早く――土鬼の刃がシルフィリアの腹を刺し貫いた。
●
絹を裂くような絶叫、あるいは魔剣の空斬る唸りか――幻聴を耳にしつつも、
「逃がさぬよ」
後袈裟に薙ぎ下ろした陣の刃は飛燕より迅く、鉄槌より重く、黒猫を撃ち、地に叩きつけた。
「ぎゃん!」
黒猫が鞠のように地をはねた。
さらに斬撃を加えるべく、霊気しぶかせる霊刀ホムラ片手に夕貴が地を蹴った。すでに冒険者は満のレジストメンタルを施されている。むざと縊鬼の魔手にかかることはあるまい。
が――夕貴はたたらを踏んで立ち止まった。
黒猫の口が人めいてニンマリと――何かしでかすつもりだ!
ほとんど反射的に夕貴はホムラをかまえた。しかし黒猫に身動ぎひとつなく――動かない。いや、動けない。黒猫は――縊鬼は満のシャドウバインディングにより、その影もろとも呪縛されているのであった。
「さあ、色々と聞かせてもらいましょうか」
表情は人形めいて変わらず、しかしその眼には嬉々とした炎たゆたわせ、満は縊鬼めがけてゆっくりと歩み寄っていった。