【駿河】伊邪那美流
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:10 G 51 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月06日〜03月13日
リプレイ公開日:2007年03月14日
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●オープニング
●
庵の中、二人の男が相対している。
一人は白髪白髭の老人。駿河に過ぎたる者があるとうたわれた白隠である。
そしてもう一人はがっしりとした体躯の若者であった。研ぎ澄まされた刃のような印象でありながら、どこか涼風をまといつかせたような――
北条早雲剣術指南役、水鴎流の二階堂主水である。
「では、死霊が出てきだした理由はまだわからぬと」
主水がいった。たった今、白隠から冒険者探索の結果を聞いたところである。
「ふふん。そう急くものではない」
白隠が笑った。
「いくら冒険者とて、そう簡単に事の真相を突き止められるものかよ」
「それはそうですが」
素直に主水はうなずいた。
「しかし破壊された数多くの地蔵尊、そして年とらぬ謎の僧侶とはいかにも気になりまするな」
「年とらぬとは、羨ましいかぎりじゃがの」
「禅師」
主水が苦笑した。
「まだお年に執心なされまするか」
「当たり前じゃ。誰でも死ぬるのは恐い」
「禅師のお足は棺桶からほど遠いとお見受けいたしまするが」
「ぬしは良い男じゃ」
白隠は呵呵と笑って、
「さしずめ早雲めなら、すでに片足突っ込んでおるとでもいうところであろうがな」
「然り」
主水は童子のように笑った。が、すぐに真顔にもどると、
「ところで禅師、冒険者の調べに出てきた虚無僧と修験者とは何者でござろうか」
「ふむ、それよ」
考え深げに白隠は顎に手をあてた。
「真崎と申す者が申しておったが、近頃、その修験者どもが樹海に入り込んでおるそうな」
「樹海に‥‥此度のこと、関係あるのでこざりましょうか」
主水がつぶやくように云った。すると白隠は溜息に似た息をもらし、
「ふむ」
とだけこたえた。その時――
息せき切って庵に駆け込んで来た者がある。
男。身形から察するに近在の農民のようだ。
「は、白隠様」
「どうしたのじゃ」
白隠が問うた。男の様子に、さすがに白隠も表情をあらためている。
「む、村に死人が――」
「死人返り? 死霊もか」
「は、はい」
蒼白な顔で、男は何度もうなずいた。
「数は?」
「三十‥‥いや、もっと多く」
「三十以上‥‥」
愕然として白隠は息をひいた。が、すぐに、
「で、村はどうなっておる?」
と、問うた。
「村長の指図で皆逃げましたが、気づけば里がおりません」
「里?」
「はい。わしの娘で八つ。その姿が見えません」
「なにっ!?」
はたと白隠と主水が顔を見合わせた。
「禅師、私が」
「無理じゃ」
白隠が、刀をひっ掴んで飛び出そうとする主水をとめた。
「いくらお主でも‥‥。死人返りならともかく、死霊は斬れぬ」
「しかし――」
「冒険者」
はっとしたように白隠は眼をあげた。
「確か冒険者が再び駿河にむかっているはず。おそらくは近くまで来ていよう。主水、お主が知らせにいってはくれまいか」
「承知!」
主水が飛び出した。そして表に繋いであった馬に飛び乗る。
「お侍さま!」
「待っておれ。必ず冒険者を連れてもどる!」
よろよろと追いすがってきた男を見下ろし、主水が叫んだ。
「‥‥恐い。恐いよぉ」
大木に空いた洞の中、里は震える身を丸めた。
かくれんぼをしていたのだが、気づけば外は死霊の群れ。とても逃げ出せるものではない。
「誰か‥‥誰か、助けて」
すすり泣く声を抑え、里は求めた。希望を。助けを。
●
陽の光も届かぬ暗鬱な木々の中、大きな水音が響いている。
滝だ。
水飛沫を飛び散らせ、かなりの高さから大量の水が流れ落ちているのだった。
その前に――
佇む影がひとつあった。
鈴懸に結袈裟。身形は修験者だ。
が、違う。その者の口から先ほどからもれている呪言は仏教系のそれではない。あえていうのなら、それは神道の祝詞にも似て――
ふと修験者の呪言がやんだ。そして顔をあげた修験者の眼前、別の修験者がぬっと立っている。
「どうした?」
「奴らが消えた」
後から現れた修験者がこたえた。
「消えた? 樹海を探っておったはずだが」
「そうだが‥‥今は姿が見えぬ」
「何っ!?」
呪を発していた修験者の眼がぎらりと光った。
「奴ら‥‥身のこなしといい、只者ではあるまい。このまま捨て置くわけにはいかぬ」
「ならば、どうする?」
「ふむ」
修験者が眼を伏せた。
そして一息、二息――
再びあげられた修験者の眼には昏い光がやどっている。
「――あの坊主‥‥白隠を締め上げる。奴らが何者で、何をたくらんでおるか。またどこまで知っておるかを聞き出さねばなるまい」
「しかし――」
「いや」
否やを唱えようとする修験者を、呪を発していた修験者は制した。
「ようやく封じ込めたあ奴、余計な連中のために、もし逃すようなことになれば厄介だ」
云って、修験者は複雑な印形を組みはじめた。その口からもれはじめた呪言は地の底から響くように陰々と――。
●リプレイ本文
死がみなぎる。暗黒と絶望。
そこにあるのは全き嘆きのみだ。
されど、この世には闇を切る光があると知れ。
今、八つの影はたった一つの命を救うためにだけひた疾っている。
そんな彼らからは希望の匂いがした。
●
「大丈夫であろうか」
粉塵まき、村人を連れて駆け去る六人の冒険者を見送りながら、一抹の不安を滲ませた声で白隠が呟いた。
「まず大抵は」
こたえたのは冷厳な面立ちの若者だ。名を御影涼(ea0352)といい、御影一族を束ねる志士である。
彼は続けて、お任せくださいと応えた。
敵は三十以上もの死霊。厄介で命懸けの仕事になるであろうが、守るべき者がいる時、冒険者はさらに強くなる。
涼の空を映したような瞳に強い光がやどった。それは仲間を信じる心の輝きだ。
「しかし――」
「いや」
二階堂主水がかぶりを振った。
「あの者達ならば大丈夫でしょう」
主水の脳裡には、初見の挨拶をかわしてきた柚衛秋人(eb5106)という志士の面影がよぎっている。
噂に聞くだけで初めて相見えた冒険者という者。剣もとらぬうちから感じとれるその強さに、彼は驚いていたのだ。そして確信した。里を救えるのは冒険者だけだと。
「ぬしが云うのなら」
白隠も納得したようである。が、それでも多少気がかりであったらしく、庵の中で端座している巫女装束の美しい娘――としか思えぬ若者に眼をむけた。
「結城とやら。どうしてぬしらも村に向かわなかったじゃ?」
「捜索に必要そうな術は持ってないんで。‥‥それに前線に出るのも必要ですけど、後方を守るのも大事ですからね」
「後方を守る?」
「はい」
結城夕貴(ea9916)がゆったりと肯いた。
駿河への道中、涼が云っていたことがある。前回マハラ・フィー(ea9028)が樹海の中で感じたという視線。あれがもし敵のものであったなら、此度は白隠の身に危難が及ぶかも知れぬと。
その一言が気になって夕貴は白隠のもとにとどまったのである。おそらくは涼もまた。
幼き命と老いたる命。共に失わせてはならぬものだ。
「ところで」
その涼が白隠に声をかけた。
「老師に一つお聞きしたいことが」
「何じゃ」
「早雲殿のことです」
そして告げる。片桐惣助がかかわった北条三郎護衛の一件を。
すると白隠は苦笑を浮かべ、
「小太郎めの考えそうなことじゃ」
と云い、ふんと鼻をならす。
「おそらくは九郎と蛍を囮にし、その間に本物の三郎が上杉謙信に見えたというところが真相であろうて」
可笑しそうに白隠が笑った。が、すぐに笑みを消すと、眼差しを遠く――今は見えなくなった冒険者を追うように外に向けた。
「間に合うであろうか」
「間に合わせるのが冒険者ですよ」
静かな、しかし力強い声音で夕貴が応えた。
●
希望の風が吹いたのは、村近くの寺であった。そこに非難した村人達が集まっているのだという。
「ここだ」
境内の片隅。蛟静吾(ea6269)が小枝の先で、村の者によって地に描かれた図の一点を指し示した。
「寺。そして――」
すうと小枝が動く。
「ここが村」
「なるほど」
覗き込んだ秋人の口が歪んだ。
寺から村までの道は一本。そこを通らなければ村まで辿り着けないらしい。
「どうやら死霊を避けてはゆけぬようだな」
秋人はふてぶてしく笑った。危地にあればあるほど、どうやらこの男は楽しくなるらしい。
「他に道はありませんか」
静吾が問うた。しかし村人は首を振るばかり。
さすがの静吾の口からも落胆の溜息が零れた。
里救出までは、出来得るかぎり戦力を温存しておきたいところであったが、なかなかそうもいかなくなったようだ。
そう静吾が思い定めた時、情報収集に散っていた仲間達が戻ってきた。
我が身を省みぬ懸命の瞳の娘、漆黒のしなやかな狼のような若者、大地に颯爽と独り立つという風情の志士、禁忌の果てに生まれてなお太陽の明るさをまとわせた娘――
サラ・ディアーナ(ea0285)、葉隠紫辰(ea2438)、木賊真崎(ea3988)、マハラの四人である。
「遅くなって、ごめんなさい」
申し訳なさそうにサラが詫びた。すると秋人がぽんと彼女の肩を叩き、優しい笑みを送る。
「気にするな」
秋人は知っている。里のことを一番に心配していたのはサラであることを。
「で、何かわかったことは?」
「里の居所について見当がついた」
冷静な静吾の問いに、こたえたのはさらなる静かな声音の真崎だ。
「本当か」
静吾の蒼の瞳に希望の光が揺れた。ああ、と真崎は肯き、
「父御と共で無かったのならば何処ぞで遊んでいて不在‥‥そう思い、村の子供達に当たってみたのだが」
「かくれんぼをしていたそうです」
真崎の後を引き継いで、サラがこたえた。
「かくれんぼ?」
「ええ。他の子供達は死霊に気づいて逃げ出したらしいのですけど‥‥おそらく里さんは間に合わなかったのだと」
「となれば、里はそのかくれんぼをしていたところにいる可能性が大きいな」
呟き、秋人は探るような眼をあげた。
「で、どこだ? かくれんぼをしていた場所というのは?」
「村近くの森だ」
紫辰がちらりと眼を遣った。その視線を追うように、他の冒険者の眼も動く。
まだ見ぬ森。その緑の牢獄の中に里はいるのだ。死の淵からのびた手に取り囲まれて。
「では、ゆくか」
真崎が足を踏み出した。すでに森の場所は聞きだしてある。
続いて他の冒険者達も足を踏み出した。闇を照らす曙光のように。
●
庵の近くに鳴子を仕掛け終えて戻ってきた涼を見遣り、白隠は眉をひそめた。
「そこまで必要なのか」
「念の為です。それよりも」
涼は白隠の隣に腰をおろした。
「我らが樹海の中で感じた視線。もしや件の修験者どもではないかと思っているのですが‥‥彼奴らの本拠について心当たりはありませんか。修行できる様な崖や滝など御存知であればお教えいただきたい」
「滝のお」
やや思案してから、おもむろに白隠がこたえた。
「そういえば鯉ヶ滝という滝があるが」
「鯉ヶ滝?」
夕貴が問い返した。
「そこは修行に適しているところなのですか?」
「ああ。少し奥まったところにあるのでな。人はめったに通わぬところよ。故に修行には適しておろうな」
「適している、か‥‥」
涼は腕を組んだ。
もし、その鯉ヶ滝に修験者どもの本拠があるなら、ゆかねばならぬかもしれぬ。死霊が溢れ出した真相を掴む為――
涼の眼は、暗夜の極星の如く蒼く煌いた。
●
青白い焔は人形となって怨嗟の声をあげる。
が、霊業一体となった刃はつよい。
秋人のマガツヒの一突きを受けた怨霊は、まるで苦悶するかのように霞む霊体をゆらした。
「まだか、木賊!」
周囲に群がりだした死霊どもを見渡しながら秋人が問う。その声音に動揺がないのは常の彼だ。
「まだだ!」
返す真崎の身が緑光に包まれた。
グリーンワード。彼は植物との会話を可能とする者。
その時――
散りしぶく気味悪い液体が真崎の身に降りかかった。はっと見上げた彼の足元、ごとりと死人返りの首が転がっている。
「急げ。そう長くはもたんぞ」
さして慌てた様子もなく、ひたすら冷静に紫辰が霊刀ホムラを構えなおした。
そこはすでに森の入り口。念の為に里の家も調べてみたのだが、マハラのブレスセンサーにより不在は確かめてある。これで残るのは森の中のみとなったのだ。
と――真崎が立ち上がった。そして森の一点を指差す。
「あっちだ。里はあの方向にむかった」
●
からり。
鳴子が鳴った。
はじかれたように涼と夕貴が刀を引っ掴んで立ち上がる。主水はすでに刀の柄に手をかけて白隠の傍らに立っていた。
「来たな」
庵の表戸に駆け寄り、涼が気配を探った。蜘蛛の巣の如く張り巡らせた彼の鋭敏な知覚は、悪意ある者の存在を悉く探知する。が――
気配がない。近寄る者の。
「おかしい‥‥」
涼が眉をひそめた時だ。白隠のくぐもった声が響いた。と同時に、ごんと床に何かが落ちる音が。
「あっ!」
慌てて振り返った涼と夕貴の眼前、主水により腕を斬り飛ばされた修験者が、片腕になりながらも白隠の首に刃を凝している。
「どこから!?」
夕貴の問いに、老師の影から、とこたえたのは主水だ。
「動くな」
修験者の口から押し殺した声がもれた。その瞬間だ。ぶち破られるように戸が開き、入り口に数名の修験者が姿を現出させた。
そうと知っても涼と夕貴は身動きもならない。唇を噛み締めつつ、修験者どもを睨みつける。
「うぬら、何者じゃ。何のために樹海を調べておる」
「俺達は冒険者だ」
修験者の問いに、涼がこたえた。
「死人があふれ出た理由を調べている」
「で、あなたたちは何者なのです?」
怯えた巫女の風情を装い、夕貴が問い返した。が、修験者どもに応えはない。いや――白隠を人質ととった修験者が口を開いた。
「この老いぼれはいただいてゆく。助けたくば、樹海から手をひけ。よいな」
「くっ」
苦鳴をあげて真崎がよろめいた。その顔からは血の気が引いている。長槍の通じぬ怨霊の仕業だ。
「大丈夫ですか」
サラが駆け寄り、リカバーを唱える。彼女の博愛が呪力へと変換され、それは眩い白光となって真崎を癒した。
「すまん。助かる」
「いえ」
微笑むサラは治療を続ける。その無防備な背に、その時朽ちかけた指がのびた。
「危ない!」
身を滑らせた静吾の横殴りの一閃が、死人返りをはじきとばした。
「少しは己の身も心配してください」
「ごめんなさい」
やや青ざめた顔でサラが詫びた。
その様を――
ちらりと見下ろし、樹上のマハラは呪符を広げた。
ブレスセンサー。里の衣服がないため、紫辰の忍犬――瑞姫は使えない。頼むべきはこの呪法のみだ。
「急がないと」
呟いた彼女の眼はやがて、前方の巨大な樹木に向けられる。
「いた! あそこ!」
叫ぶマハラの身が飛鳥のように空に舞った。
●
「待て!」
涼が叫んだ。
「民救うが修験者ではないのか。不動明王でないとはいえ、打ち壊された地蔵尊放り出し襲撃とは如何なものか」
「地蔵尊?」
初めて修験者どもの間に表情がわいた。幽鬼のような陰惨な笑いだ。同時に謎めいた‥‥
刹那――
ふらふらと夕貴が歩き出した。白隠にむかって。
「私と白隠様は一心同体でございます。どうぞ、私もお連れくださいませ」
「と、とまれ!」
修験者が静止の声をあげた。
それごと――きらと閃いた白光が両断した。袈裟に薙ぎおろされた夕貴の霊刀が刃持つ修験者の手を断ち切ったのである。
「今どきの巫女さんは武闘派でね! 見た目に惑わされるとすぐやられるよっ!」
刃を振り下ろした姿勢のままニヤリとする夕貴から、慌てて両腕なくした修験者が飛び離れた。
「お、おのれ――」
修験者の口からくぐもった声がもれ始めた。どうやらそれは何かの呪言のようである。
「させぬ!」
数間の距離を一気に詰めた涼の剛剣が、修験者を唐竹割りにした。
気づけば――
残る修験者どもの姿は忽然と消失していた。
「いた!」
大木にあいた洞を覗き込み、マハラが快哉をあげた。洞の中では少女が身体を丸めて震えている。里だ。
「助けにきましたよ。おいで」
サラが呼びかけると、里が顔をあげた。そして顔をくしゃくしゃに歪ませると、泣きじゃくりながらサラの胸に飛び込んでくる。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
サラが優しく、しかししっかりと里を抱きしめた。まるで壊れ物を扱うように。
「急げ」
真崎がしゃがみこんだ。
周囲は死霊どもで溢れかえっている。おそらくは生者にひかれて集まってきたのであろう。
今は紫辰の五行星符呪により動きを抑えられているが、これ以上数が増えてはたまらない。
真崎が里を抱き上げた。
「俺がこのまま駆け抜ける」
「待ってください」
静吾がとめる。そして苦笑を浮かべ、
「顔に似合わぬ無茶をする人だ」
三条宗近を振りかぶり、眼前の死人返りを袈裟に斬りさげた。
「仕方ない。道は僕たちが開きますよ。その後、霧で塞げば何とか」
「ふふん」
心底楽しそうに、紫辰もまた怨霊を薙ぎ払う。命ぎりぎりの刹那。その瞬間こそ彼は躍動するのだ。
そして秋人は霊槍片手に死霊に歩み寄る。
「未来のない奴らが、未来のある子供を襲うなど、なんの冗談だ?」
不敵な笑みは、凄愴の気を穂先に集め――
未来を手に、冒険者達は走り始めた。
●
「里!」
父親に抱きしめられ、里の顔にもようやく安堵の笑みが浮かんだ。黄昏の光に、二人の姿が黄金色に光っている。
その黄金の光は、まぎれもなく冒険者にもあった。彼ら六人の胸にも。
誇り。信念。
それは人を信じる強さだ。
傷つき汚れながらも、何故か冒険者は神の使徒の如く美しかった。
「それはそうと」
ふと思いついたかのようにマハラが口を開いた。
「どうして死人が出てきたのかしら」
「村に死人返りを送り込む理由は、更なる死人返りを増やす為か‥‥」
紫辰がぼそりともらす。
「さもなくば、例えば‥‥白隠の翁を誘い出す陽動か」
「!」
冒険者達が息をひいた。が、すぐに胸を撫で下ろす。白隠のもとには涼と夕貴がいるからだ。
「どちらにせよ、無辜の人々を巻き込み蹂躙するを躊躇いもせぬ行い、見過ごにはできんさ」
「じゃあ次は村のことも調べなくちゃ。それから地蔵尊のことも。きっと地蔵尊には死人を寄せ付けないような結界でも施されていたんでしょうから」
マハラが云った。
ならば――
と他の冒険者は思う。もしマハラの想像通りだとするなら、あれだけの数の地蔵尊をつくり、おまけに結界の力まで付与した者は何者であるのか。
謎は、その輪郭を現しつつあるようであった。
江戸への帰途のことだ。庵に立ち寄った真崎が白隠に声をかけた。
「お耳に入れておきたいことが」
「何じゃ」
「この駿河に、不死を求める者がおります」
城山瑚月という冒険者が関わった依頼。謎の虚無僧は不死を得んとして人魚の娘を喰らおうとした。その虚無僧が向かったのが駿河であったのだ。
「年取らぬ僧侶に虚無僧‥捨て置くには嫌な符号だとは思われませぬか」
問う。
白隠に。そして己自身に。
だけではない。仲間に対しても。
その時、涼がはっと顔をあげた。
「襲ってきた修験者ども。妙な呪言を唱えておりましたたが‥‥」
「儂も聞いた。おそらくは古神道であろうとは思うが」
白隠のこたえに、涼が肯いた。
「俺もそう思います。ただ、その呪言の中に気になる一言が」
「気になる一言、とな?」
「はい。確か伊邪那美と」
「いざなみ!」
愕然とし、白隠は声をあげている。
伊邪那美といえば国生みの一神だ。その伊邪那美の名を、何故修験者どもは唱えるのか――。
「あの樹海の中、修験者どもは暴かれたくない何かを隠している」
涼が云った。
その一言に打たれたかのように、はっしと冒険者達は視線を走らせる。樹海へと。
しかし樹海は――緑の魔境は冒険者の眼差しを押し包むように、ただ沈黙している。瞑目するように、ひそやかに‥‥。