【駿河】鯉ヶ滝

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月08日〜05月15日

リプレイ公開日:2007年05月16日

●オープニング

 江戸は陥落した。
 今、彼の地を治めているのは伊達政宗に源義経であるという。
 その事実は風魔の忍びによって、この駿河にももたらされていた。
「江戸城がおちたかよ」
 白隠は茶をすすった。その眼は昏い。
 それは、源徳家康が敗れたからというわけではない。別に天下が誰の手におちようと、さして白隠には興味はないからだ。
 それよりも江戸の民である。
 戦で泣くのはいつも民百姓だ。此度の戦でも、おそらくは多くの民が犠牲になったに違いない。
 さらには鬼の軍。
 百もの鬼達が江戸を目指していたのだが、武蔵国境辺りで取って返したというのだ。それは冒険者の報せに警戒していた源徳の武士団の働きによるものだが、それよりも八人の冒険者である。
 たった八人。そのわずかな数の冒険者が、百の鬼の襲来を遅らせるために命を賭して戦ったのだ。
 その八人の冒険者の活躍がなくば、おそらくは源徳の武士団の応戦は間に合わなかったであろう。そうであれば、江戸の町は今頃はどうなっていたか。
「‥‥さても冒険者とはたいしたものじゃな」
 冒険者にむかって白隠が笑いかけた。その時だ。
 遠くから駆けて来る人影があることに冒険者が気づいた。
「あれは‥‥」
 冒険者の眼の光が不審に揺れる。
 駆けて来る人影。どうやら身形は僧のようだが、様子が只事ではない。
「あれは法徳寺の住職じゃが」
 白隠が呟いた。
 法徳寺とは、死霊に襲われた村人達が非難していた寺である。そこの住職が、今頃、何の用があるというのだろう。
「いったいどうしたのじゃ。そのように慌てて」
 ようやく辿り着いた住職に白隠が問うた。すると住職は息急き切って、
「白隠様、大変でございます。寺に化け物が」
「化け物!」
 白隠と冒険者達が顔を見合わせた。
「そりゃ真実か?」
「真実でございます」
「で、どのような化け物じゃ?」
「まるで死人返りのようでありますが、あれよりは遥かに俊敏で。それと裏に埋葬しておりました無縁の野武士の怪骨まで現れる始末」
「それは――」
 さすがの白隠が息をひいた。が、すぐさま、
「それで村人はどうした?」
「村人はとっさに御堂に隠れましてございます。しかし、それも時間の問題かと」
「確かにのお」
 そうは答えたものの、しかし白隠の眼に恐れはない。
「心配はいらぬ。ここにおる者達にまかせれば」
 白隠は冒険者の方に眼をむけた。
「着いて早々すまぬが、寺にむかってはくれまいか」
 白隠が云った。冒険者は無言で肯いてみせる。瞳を蒼く煌かせて。
 此度かかっているのは幾十かの命。断じて虚無の手に掴みかからせてはならぬ!

「冒険者ども、どう動くであろうか」
 滝の飛沫に濡れながら、修験者が呟いた。するともう一人の修験者が、わからぬ、と答えた。
「しかし冒険者ども、村の者達をむざと見過ごしにはすまい。そうなれば刻は稼げよう」
「そうだ」
 肯いたのは別の修験者だ。
 顔には能面に似た不気味な面をつけている。さらには手には布をまきつけていて皮膚は見えない。
「せっかく目覚めさせた死食鬼と死霊侍ども。せいぜい働いてもらわねばなるまいて」
 くつくつくと。面の内から修験者は陰惨な嗤いをもらした。 

●今回の参加者

 ea0285 サラ・ディアーナ(28歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3988 木賊 真崎(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6269 蛟 静吾(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea9916 結城 夕貴(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

風守 嵐(ea0541)/ 渡部 不知火(ea6130

●リプレイ本文

「江戸の動乱が落ち着きつつあるというのに‥‥」
 優しげな娘が溜息を零した。名をサラ・ディアーナ(ea0285)といい、クレリックである。
「多くの命が失われ、ここでもまた‥‥必ず助けてみせます」
「その為に我々がいるのですから」
 蛟静吾(ea6269)が告げた。
 今、天下は乱れている。が、それよりも命である。国を成り立たせている小さな命を守ることこそ志士の本分ではあるまいか。
 今頃、盟友である風守嵐も江戸の民を守るために奔走しているはずだ。
「しかし」
 と、その時疑問の声をあげた者がいる。
 葉隠紫辰(ea2438)。闇を払う曙光の如き忍びである。
「我々が到着したのを狙いすましたかのように死霊が現れた。これは偶然であろうか」
「では、裏に何かあると?」
 広い肩に霊槍を担いだ柚衛秋人(eb5106)が、ちらりと金茶の瞳をむけた。すると紫辰は小さく肯き、
「村人や村をどうにかするつもりなら、このように小出しに死人を送るなど回りくどい事をする必要はない」
「俺もそう思うぜ。もう偶然という選択肢はないな。ろくでもないことを考えている奴がいるって事だ」
「ああ。陽動、というところだろうな」
「陽動‥‥」
 御影涼(ea0352)が氷蒼色の眼を伏せた。
 もし紫辰の云うことが真実であるならば、裏で画策している者がいるということである。それは、おそらくは修験者だ。
「‥‥俺は救出にはゆかぬ」
「!」
 他の冒険者達が顔を見合わせた。マハラ・フィー(ea9028)もさすがに慌てて、
「キミ、どういうつものなの? 助けに行かないなんて」
「俺は鯉ヶ滝に行く」
「なるほど」
 木賊真崎(ea3988)が口元を綻ばせた。
「修験者どもが何かを企んでいるとふんでいるのだな」
「ああ」
 涼がこたえた。
「この前聞いた呪言のこともある」
「伊邪那美、か‥‥」
 真崎が溜息混じりの声をもらした。
 前回依頼時、涼達は修験者が伊邪那美という呪言を口にしたのを聞いた。伊邪那美というのは国産みの一神である。が、同時に――
「伊邪那美のもう一つの名は、黄泉津大神」
「そうだ」
 涼の眼に針の先端のような光がともった。伊邪那美については、歴史学者である涼は詳しい。
「伊邪那美神は陰や黄泉の代名詞とも使われる。それを修験者どもが口にしたとあっては捨ておけぬ。そこでだ――」
 涼はマハラに眼を転じた。
「マハラ殿にも同行してはもらえないだろうか」
「そうねえ」
 躊躇いは一瞬、すぐさまマハラは同意した。
 ただでさえ今のジャパンは人と人との争いで揺れ動いている。それにもし死霊までが牙をむいたとしたら、いったいどれほどの人が傷つくことか――マハラは、それを憂慮したのである。
「わかったわ。一緒に行く」
「じゃあ、後は白隠さんをどうするかですね」
 じろりと白隠に視線を向けたのは獣耳の巫女だ。
 結城夕貴(ea9916)。その正体は男であるのだが、さすがの白隠もたじたじとなるほど彼は悩ましい。
「わ、わし?」
「そうですよ。この前、修験者にさらわれかけたでしょう。放っておくわけにはいきませんよ」
「なら救出に向かうのは俺とサラ、紫辰に真崎、静吾だな。急ごうぜ」
 秋人が太い笑みを浮かべた。どうやら彼は、か弱き者の為に槍をふるうのが嬉しくてたまらぬようであるらしい。
「では」
 紫辰が冒険者を見渡した。その切れ長の眼を真っ直ぐに仲間に向ける。それは互いに命を預けた者同士にしかわからぬ真摯な眼差しだ。
「何者の思惑があろうと、目の前で起こる惨劇を放置しては置けぬ。俺は俺の選んだ戦場を征く。‥‥後に再び、相見えよう」
「よし」
 頷きあう瞳。信頼の証。
 五人の冒険者は勇躍白隠の庵を飛び出していった。
 と――
 一人、真崎のみが足をとめて振り返った。
「年とらぬ僧侶のことを覚えているか」
 真崎が云った。
「その僧侶と、その者が作ったとされる打ち壊された地蔵尊‥溢れる死人と時を同じくし現れた修験者達。‥もし地蔵尊が何らかの結界を成し、其れを破壊したのが修験者達ならば‥件の僧侶が姿を消した事にも奴等が関わっている可能性がある」
「わかった」
 マハラがごくりと唾を飲み込んだ。いったい駿河の謎はどれほど深いのだろう。
「僧侶のことも気にかけておくわ。それより里ちゃん‥‥いいえ、村の人々をお願い」
「任せておけ」
 仲間を追って真崎が駆け出していった。その手には渡部不知火から預かった修羅の槍。その名の通り、槍は真崎を一匹の修羅と化さしめるだろう。
 ここに――
 冒険者は二手にわかれることになった。一方は、今危機にさらされている命を救う為に。また一方は修験者を追って。
 駿河にひそむ謎に、今冒険者達は切り込もうとしていた。


 忍犬瑞姫は大人しい。
 そうと見てとって、紫辰は全感覚を最高度に研ぎ澄ませた。今の紫辰には空気の流れすら明瞭だ。
 その紫辰の感覚に届いてくるものはなかった。おそらく魔物との距離はまだ遠い。
「――真崎」
「ああ」
 ――お里坊が泣いていなければ良いが‥。
 胸に立つ漣を鎮めつつ、真崎は呪言を織り上げる。編み込まれたのはバイブレーションセンサーの呪だ。
「いるぞ。いや――」
 数は数十。それがほぼかたまっている。
 静吾が唇を噛み締めた。
「どうやら死霊どもは御堂に集まっているようですね」
 それは厄介だ。でき得るのなら御堂を背にして戦いたいところである。その為には死霊どもを御堂から引き剥がす必要があるだろう。
「その死霊のことなのですが」
 何か思いついたのか、サラが声をあげた。
「住職のお話を聞いて思い出したのですが、死霊の正体は死食鬼ではないかと思うのです」
 死食鬼というのは、一見すると死人返りによく似た魔物だ。が、その動きははるかに俊敏で、さらにはどんな傷を受けても怯むことなく襲いかかってくる。
「そいつは厄介だな」
 秋人が眉をひそめた。
 住職から俊敏な死人返りであるという情報は得ている。が、所詮は死人返り。俊敏といっても高が知れていると踏んでいたのだが――
 違う。別種の魔物であるとするなら、その俊敏さは未知数。戦術を変えねばならないだろう。
 それに瞬時に対応したのは静吾だ。
「では素早さで劣る怪骨を先に斃すとしましょう」
「さすがに頭がきれるな」
 秋人が微笑った。
 こいつになら背を預けられる。彼はそう思ったのである。
「さあ、行こうぜ。里が待っている」

 神韻縹渺、といきたいところだが、そうもいかない。
 狐の巫女という風情の夕貴(おまけに尻尾つきだ)。それは一種神懸り的な腕前であるのだが、今、彼はどす黒い液体にまみれている。
 死人返りの返り血。樹海に入り、すでに二体の死人返りを夕貴は斬り捨てている。
「どうじゃ? 似合っておるか?」
 と、白隠が問うた。夕貴に老冒険者に扮装させてもらって、どうやらまんざらでもないらしい。
 が、夕貴は顔をしかめて頷いたきりだ。こんなに汚れてしまっては、道中で蛟とともに買った割高の保存食も食べる気がおきないだろう。
「それより白隠さん。修験者のことで、何か気づいたことはないのですか?」
「修験者のお」
 夕貴の問いに、白隠は小首を傾げた。
「この前襲われた時、一人だけ面をつけていた奴がおった。彼奴、どうも魔性の匂いがする」
「‥‥魔性」
 呟き、涼は冴えた眼差しをマハラに転じる。
「マハラ殿、奴らの気配は?」
「‥‥」
 応えることなく、ただマハラは己の五感にのみに意識をむけた。昇華されたそれは、すでに獣の領域を超越し、第六感にまで高められている。
「‥‥気配は感じられないわ」
 ややあってマハラの眼に表情がもどった。すると涼はほっと安堵の吐息をつく。
「しかし修験者ども、何を企んでいるのだろうな」
 独語めいて涼が呟いた。
 何らかの術式を行い、黄泉の道を開かんとしている――そう涼は読んでいるのだが、それは推測の段階だ。まだ口にすることはできない。
「わかりませんねぇ」
 夕貴は、汚れてもなお可憐な面を横に振った。そして口調を荒げ、
「いざなみ‥‥ね。そんな大昔の神様を祭るより、眼の前の神威に気をつけたらどうなのかと思いますけど」
「確かに、ね」
 こたえるマハラが道端の石塊に近寄っていく。
 人の手によって破壊されたもの。地蔵菩薩像だ。
 ここに至るまで、すでに数体の破壊された地蔵菩薩像をマハラは見かけた。その全ての位置をマハラは正確に把握している。
「いくわよ。ついてきて」
 マハラが足を踏み出した。猫族の猛獣の如く、それはこそとも気配を感じさせない影のような歩みであった。


 木片が飛び散った。御堂の戸に亀裂が入る。限界を超える衝撃が戸に加えられたのだ。
 戸の切れ目から眼が覗いた。血筋のからみついた、欲望に濡れた眼。死食鬼だ。
 一際大きな悲鳴が女子供からあがった。
 すでに戸はぼろぼろだ。後数度の衝撃でも加えられればぶち破られてしまうのは目に見えている。
 と――突如、衝撃がやんだ。気づけば破れ目から覗いていた眼もない。
 静まり返った御堂の中、村人達は不安な眼を見交わした。
 その時、里の声が響き渡った。
「あっ、冒険者のお姉ちゃんだ!」
「なにっ!」
 戸の下方の破れ目から外を覗き込んでいた里の言葉に、はじかれたように村長が立ち上がった。そしてまろぶように戸に駆け寄ると、自身も上方にあいた亀裂に眼をおしつけた。その眼前――

 じりじりと異形の者が歩みを進めている。
 二つは腐食したかのような肉体をもつ魔物。そして、残る二つは骨身のみで。その手にはきらりと光る太刀が握られている。
 死食鬼と死霊侍だ。そして、その前には五つの影――
「さあ、来い。俺達が相手をしてやる」
 真崎が叫んだ。魔物を誘き出す為である。里達の安全を図る為、少しでも御堂から離さなければならない。
「一度死んだ奴らが、生きている俺たちに敵うとでも思っているのか?」
 秋人がマガツヒをかまえた。漆黒の槍は、白日のもとで黒炎の如き陽炎をあげているように見える。
 その間、紫辰は冷静に四体の魔物を観察していた。特に死霊侍を。
 怪骨だと思っていたが、どこか違う。物腰というものがもしあるのなら、怪骨のそれは熟達した侍のもののようで。
「死霊侍‥‥」
 サラの口から声がもれた。
「死霊侍?」
「はい。生前の技を、その身に残したままの魔物だとか」
「なるほど」
 頷きはしたものの、静吾には不審な点が一つあった。
 野武士は葬られた時点では太刀などは所持していないはずである。が、今死霊侍は太刀をもっている。それは何者かが死霊侍に太刀をわたした故ではないか――
 その時、突如死食鬼が動いた。
 迅い。冒険者の予想を遥かに上回る速度で襲いかかってくる。
「しゃあ!」
「ええい!」
 真崎と秋人が同時に槍で薙ぎ払った。死食鬼が地に叩きつけられる。が――
 すぐさま死食鬼が立ち上がった。傷を受けて怯んだ様子など微塵もない。
「いくぞ!」
 サラと静吾を促し、紫辰が疾駆する。御堂めがけて。助けを待つ命のもとへ。
 さすがにその動きに死霊侍達は応じきれず、三人の冒険者は魔物の間を突っ切り御堂に辿り着いた。
「助けにきました」
 サラが微笑むと、静吾は雨戸の破れ目から里に小石を手渡した。
 道返の石。抗死霊の結界を生成するものだ。
「それに祈ってください。生き抜くことを!」

 先ほどから冒険者は気づいていた。死霊が襲ってこないことに。
「――鯉ヶ滝は、もうそこじゃ」
 白隠が云った時だ。マハラが制した。
「気配がします。近い」
「うむ」
 涼は頷くと隠身の勾玉を発動させた。これで少しの間は完全に気配を消せるはずだ。  


 魔物達の動きが弱まった――ように紫辰は感じた。道返の石が効果を発揮したのかもしれない。
 そうと見てとって、紫辰はサラをさがらせた。
「後ろに」
「はい」
 治療の手をとめると、サラは御堂へと駆け上がった。それを確かめ、紫辰は一気に死霊侍との間合いを詰めた。
 ――死して後も安らかな眠りを許されず、走狗となるは憐れ。
 紫辰の眼がぎらりと光った。
 それは必殺の意思。哀しい死霊を枷から解き放つという。
 刹那、びゅうと死霊侍の刃が横殴りに払われた。が、その軌跡の上に紫辰の姿はなく――
 飛鳥のように空を舞った紫辰が地に降り立った。直後、死霊侍の頭蓋が微塵に砕け散っている。
「やるじゃねえか!」
 叫ぶ秋人の槍は死食鬼の腹を貫いている。それでもなお、死食鬼はがちがちと牙を噛み鳴らし、ずずうと秋人に迫ってくる。
 が、秋人は退らない。その背に数十の命を背負っているから。
「しつこい野郎だな」
 秋人がごちた時、重い一撃が死食鬼を斬り下げた。真っ二つになる肉の間から見える姿は――刃を振り下ろした静吾!
「死霊侍は斃しましたのでね」
「どうやら始末はすんだようだな」
 残る死食鬼にとどめを刺し終え、がくりと真崎は膝を折った。その身は数箇所死食鬼によって咬み裂かれている。
 慌ててサラが駆け寄った。その博愛がリカバーへと変換される。
「村の者達は?」
 真崎が問うた。己の痛みより村人達の方が気掛かりであるらしい。サラは苦笑し、
「大丈夫。傷ついた方は一人もいらっしゃいません」
「そうか」
 真崎が頷いた時だ。
 がらりと雨戸が開かれ、小さな影が飛び出してきた。そして冒険者めがけて駆けて来る。里だ。
「おねえちゃん」
 里がサラに飛びついた。その小さな身体を、ぎゅうとサラが抱きしめる。
 温もり。命。希望。
 冒険者達が守りぬいたものだ。そのかけがえのない煌きに、冒険者達が眼を細めた――同じ頃。

 三人の冒険者は鯉ヶ滝に辿り着いていた。鬱蒼と茂る樹木に囲まれ、薄闇に包まれたそこは、まるで異世界のようだ。周囲に建物らしき物はない。
 ――いる。
 無言のまま、地に伏せた涼が眼をあげた。その眼前――
 修験者達がいた。降りしぶく滝の水飛沫の中、同一の鈴懸に結袈裟という身形で結跏趺坐し、呪言らしきものを唱えている。が、滝音の為にその内容までは聞きとれない。
 と――
 突如、面をつけた修験者が姿を見せた。どこから――降り注ぐ水の内側からだ。
 それを見届けると、冒険者達はするすると退いていった。そして仲間の元へと馳せ戻る。
 ――あの滝の裏、修験者どもは何かを隠している。
 ついに――
 三人の冒険者達は、修験者の秘匿する謎の端緒を掴んだのであった。


 村人を住職に任せた後、冒険者達は寺の裏にむかった。
 そこにぽっかりと口をあけた場所がある。無縁仏を葬った墓だ。
「‥‥やはり、な」
 真崎が立ち上がった。その足元には呪法陣らしきものが描かれている。施したのは修験者だ。
 真崎が植物から聞き出した結果を告げた。さらに――
 黄泉醜女。修験者がもらした言葉だ。
 はじかれたように八人の冒険者は顔をあげた。遥かに広がる樹海に視線を飛ばす。そこには、ただ漆黒の沈黙が――
 迫り来る対決の予感に、冒険者達の胸は戦慄えた。