【鳳凰伝】草薙神社
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■シリーズシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:7人
冒険期間:05月19日〜05月26日
リプレイ公開日:2008年05月30日
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●オープニング
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月の蒼い光に、三つの影が濡れている。
一つは侍だ。獰猛とも残忍ともつかぬ光を眼に浮かべ、着物の上からもわかるほどごつい体格をしている。肩に担いでいるのは大刀だ。
そして、もう一つは忍び装束の若者であった。女と見紛うばかりに美しい相貌をしている。ただ、その顔色は異様であった。青白い。それは月光に染まっているからだけでなく、元から血の気が失せているように見えた。
さらに三つめ。こちらは禿頭の巨漢であった。片膝をつき、面を伏せている。
いずれも尋常の存在ではなかった。三人から立ち上る妖気によって、ともすれば月光が翳りそうであった。
「土鬼」
若者の朱唇が開いた。
「しくじったな」
「申し訳ござりませぬ」
土鬼と呼ばれた禿頭の巨漢が、恐れを滲ませた顔をあげた。
「必ずや始末をつけまする。才蔵様、もう一度だけ機会をお与えください」
「ふん」
嘲る声とともに、風が唸った。
一瞬後、雷火散り、二つの刃が噛みあった。才蔵と呼ばれた若者が疾らせた刃と、侍が抜き打った刃が。
「鬼丸刑部、何の真似だ」
「始末するのだ」
才蔵の問いに、刑部が答えた。すると才蔵の眼に、剣呑な光が閃いた。
「勝手な真似はさせぬ」
「あまいな」
刑部が嗤った。
「真田十勇士最強の一人というから、どれほどのものかと思ったが‥‥。霧隠才蔵、そのようなあまさを抱いて、本当に魔道をゆけると思っているのか」
「余計なお世話だ」
刑部の刃をはじくと、才蔵――霧隠才蔵は土鬼に眼を戻した。
「東雅宣は殺さねばならぬが、それよりも今はやるべき事がある」
「ならば、此度はこちらに任せてもらおうか」
刑部がニヤリとした。すると刑部の背後の闇から、にゅうと一人の雲水が現出した。
「鬼道羅漢衆が一人、邪眼坊、お召しにより推参致しました」
笠の陰から、陰々滅々とした声が流れ出た。
●
「瑞穂」
声をかけ、戸を開けた父親の顔を見て、巫女装束の娘は顔色を変えた。父親である安部帯刀の表情に只ならぬものを感じ取ったからだ。
「父上、どうなされたのですか」
「気配がする」
「気配?」
瑞穂が眉をひそめた。そういえば数日前から不穏の気配がすると父が云っていた事を思い出したのだ。
「気のせいではありませぬか」
「違う」
答える帯刀の眼に、わずかに怖気がはしった。
「結界をしいたが、不穏の気配がさらに強まっておる」
「何者でありましょう」
「わからぬ。が、この由緒ある草薙神社に何かあってからでは遅い。瑞穂」
帯刀が娘の名を呼んだ。
「はい」
「江戸にゆけ。そして冒険者をつれて戻ってくるのだ」
「冒険者‥‥」
瑞穂が呟いた。
聞いた事がある。金で荒事を引き受ける、一騎当千の猛者であるという。
すっと瑞穂は立ち上がった。その勝気そうな大きな眼には決然たる光がやどっている。
「承知しました。必ずや冒険者をつれてまいります」
●リプレイ本文
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初夏の陽は眩しいほどに明るく、吹く風は緑の香りを含み、あくまでも爽やかだ。
が、冒険者ギルドの前に立つ六人の冒険者の面には欝たる色が滲んでいた。
その一人、リフィーティア・レリス(ea4927)の相貌はそれでも輝くばかりに美しく――
「またまたクサナギか」
リフィーティアが呟いた。すると人形めいて整った、しかし表情を欠いた面の娘が口を開いた。
「駿河で神社が狙われ、その名前が草薙。否が応にも以前の雅宣殿の一件が思い出されるが」
「そうですね」
蛟静吾(ea6269)が肯いた。涼やかな瞳に知性の光を閃かせ、
「東雅宣君を襲った霧隠の忍びのもらした言葉がクサナギ、そして此度狙われているのが草薙神社。共にあるは駿河です。偶然とは思えませんね」
「しかしクサナギとは何なのだろう」
ルーラス・エルミナス(ea0282)が首を傾げた。
「普通に考えればクサナギとは草薙、つまりは天叢雲剣の事だろうな」
御影涼が答えた。すると、木賊真崎が、とは限らない、と声をあげた。
「其れとは別の草薙剣が存在するとの説も有り‥剣では無くとも、何らかの鍵と成り得る存在が収められた神社がある‥其れと踏んでの行為かもしれぬ」
「何にしろ、東雅宣に鍵があるのは確かだろう」
小野麻鳥(eb1833)が超然たる瞳を瑞穂にむけた。
「故に、申し訳ないが俺は雅宣の元へむかわせてもらう」
「来てはいただけぬのですか」
心細げに瑞穂が問うた。すでに当初の予定より二人冒険者が減っているからだ。
「すまぬ。が、この事件の裏は深い。クサナギそのものを謎を解かぬ限り、草薙神社を覆う暗雲は晴れぬだろう」
「確かにねえ」
腕を組み、眼を閉じたまま渡部不知火(ea6130)が溜息を零した。
「もしクサナギが共通項であるなら、クサナギそのものの謎を解く事が事件を解決する早道かもしれないわね。でも」
ふっと不知火の眼が開いた。
「もし其れが神器を指すとしてもねーえ、呼ぶとすれば『神剣』の方がしっくりこなぁい?」
「うーむ」
ルーラスは唸った。
確かに不知火の云う事にも一理ある。もしクサナギが草薙剣であるのなら、神剣と呼んだ方がわかりやすい。それをわざわざクサナギと呼ぶのは何故か。
「‥引っかかる探し方だな」
独語して、不知火は韋駄天の草履の紐を結びなおした。この時、もしやすると不知火が謎の真相の最も近い位置に立っていたかもしれぬ。
その時、不知火の傍らに気配がわいた。
顔をあげた不知火は、そこに妹――渡部夕凪の姿を見出した。
「いいのかしら、こんな所でうろうろしていて」
からかうように不知火がニンマリした。
「北条家家臣になったんでしょう。武田信玄が動き出したってきいたけど」
「まあね。それよりも」
夕凪の眼がぎらりと光った。
「‥動き出した様だね、霧隠才蔵が」
「ああ」
笑んだまま、不知火が肯いた。
「土鬼って野郎と殺りあったぜ」
「私の知る限りじゃあ、奴の懐刀は恐らく残り一本、土鬼のみだが‥背後にちと面倒なモンが見え隠れするのが気懸かりだ」
「ふふん」
韋駄天の草履の紐を結び終え、不知火が立ち上がった。
「面倒なモンか。楽しみだ」
●
冒険者達が東海道を上っている頃、麻鳥は小鳥の元にあった。
小鳥とは陰陽師の娘で、東雅宣の死の相を観た張本人であり、先の依頼の依頼主でもある。此度麻鳥は、さらなる未来の観想を依頼すべく、小鳥の前に座していたのであった。
が――
結果は空振りに近い。
東雅宣、クサナギ、過去、依頼と言葉を織り込んでみたのだが、得られたものは何もない。
おかしい。
奇妙な違和感が麻鳥の胸をしめつけていた。
霧隠の忍びは確かに東雅宣にクサナギと云っていた。それなのに反応がないとはどういう事なのか。
先ほど偶然にも観空小夜と顔を合わせたが、彼女も東雅宣の身辺にクサナギの存在は見当たらなかったと云っていた。小夜は冒険者時代の雅宣の知り合い等を当たっていたようだが、誰も彼も東が命を狙われるような覚えはないと述べていたという。
小鳥の元を辞すと、麻鳥は馬に跨った。その冷然たる相貌に乱れは一切ないが、その胸の裡には霧を含んだ風が吹き荒れていた。
何か‥‥何か、おかしい。
その疑念を抱きつつ、麻鳥は一人馬をとばした。風を切り裂きつつ。
ひたすら西へ。駿河へと。
●
草薙神社。
日本武尊を祀る神社であり、御神体として草薙剣が奉納されたと伝えられている。その後、草薙剣は熱田神宮に奉祀されたのだが、日本武尊と縁深い神社として今もジャパンにおいては名高い。
その草薙神社の大鳥居の前、ルーラスは馬をとめた。
「お疲れ様でした」
声をかけると、ひらりとルーラスは飛び降りた。そして手をかし、瑞穂を降ろす。
その瑞穂の身形は町娘といったところだ。貴族として培った技術で瑞穂の変装を試みたルーラスであったが、どれほど上手くいったかは不明である。
「ここまで有難うございました。では、父にお会いくださいませ」
逸る心を抑えるようにして、瑞穂は先に立って歩き出した。
「うむ」
肯き、不知火は大鳥居をくぐった。そしてちらりと静吾を見遣ると、
「わかるぅ?」
「ええ」
静吾は小さく肯いた。
彼の驚異的な索敵能力をもってすればわかる。殺意が陽炎のように立ちのぼっている事が。
「やはりいますね」
「そうでなくちゃあ困わね」
嗤う不知火であるが、ふと気づいた。階段左手に石像のある事が。
「あれは」
「日本武尊です」
足をとめ、瑞穂が答えた。その声音には畏敬の念が含まれている。
「ほう、あれが」
三人の冒険者達もまた、畏敬の念をこめてあらためてその石像を見上げた。
日本武尊。神話時代、ジャパン各地を平らげたという歴史上最大の英雄だ。
現在、風雨にさらされて幾分風化したその石像は、遥かなる時の重みを肩に担い、ただ沈黙して冒険者を見下ろしている。
「急いでください」
瑞穂に促され、冒険者達は階段に足をかけた。
参道の階段を上ると、左手に御神木の大楠が見えてくる。右手にあるのは神門だ。
その神門をくぐると、正面に社殿がある。左には神楽殿、右に社務所。
その社務所の前に、一人の壮年の男が立っていた。草薙神社宮司、安部帯刀である。
「父上、ご無事でしたか」
瑞穂が胸を撫で下ろした。うむ、と肯くと帯刀は瑞穂の背後を見遣った。
「冒険者殿か」
「宮司殿」
口を開いたのは不知火だ。
「ここ数日の様子は、どうだったのかしら」
「特に動きはありません」
「ならばやはり、私達が立ち去った後が危険ですね」
ルーラスがぽつりともらした。その眼には憂慮の光がゆらめいている。
彼は優しいのだ。全ての命を慈しみ、それを守る為なら己の身命すら賭す。故にこそ、ルーラスはこの上もなく強い。この世の最強の力を身につけている事を、その当人であるルーラスは気づいてはいないのだが。
「確かにそうですが。‥‥ところで」
静吾はやや声を低めると、
「宮司殿には、草薙神社が何者かに狙われる理由について、何か心当たりはありましょうか」
「いや」
帯刀はかぶりを振った。
「心当たりは全く‥‥」
「ありませんか‥‥。では、東雅宣という名に心当たりは?」
「東雅宣?」
しばらく沈思し、やがて帯刀は再びかぶりを振った。
「ありません」
「ない?」
静吾が眉をひそめた。
クサナギという鍵でつながった二つの事件。草薙神社と東雅宣との間に繋がりがないはずはない。
「しかし雅宣殿は霧隠の忍びに問われています。クサナギはどこだ、と。この同じ駿河の地で。この草薙神社と繋がりがないはずはないのです」
「しかし‥‥」
言葉を詰まらせた帯刀であるが。すぐにはっと眼を見開いた。
「そういえば日本武尊と草薙剣には異聞があると聞いた事が」
「異聞?」
愕然として三人の冒険者達は眼を見交わしあった。そしてルーラスが勢い込んで、問うた。
「その異聞とは、どのようなものなのですか」
「私は良くは知りませぬ。もし知っている者がいるとするなら‥‥いや」
帯刀は一度ごくりと生唾を飲み込んだ。
「間違いがあってはいけない。私の方で確かめてみましょう」
「そう。じゃあ、私達は」
不知火が静吾を促した。
「やる事をやって、お暇しましょうか」
その後、一刻ほどの時をかけて不知火は草薙神社周囲に鳴子を仕掛け、静吾は付近の地理を調べた。
陽はすでに中天にある。別れの刻がやってきた。
「では」
背を返したルーラスを、しかし瑞穂は呼び止めた。
「あの‥‥」
「どうしました?」
「いえ‥‥その」
瑞穂の勝気そうな瞳に不安の色がよぎった。なまじ気の強そうに見える分、それは返って哀れを誘う様子だった。
「大丈夫ですよ」
ルーラスは微笑をむけた。太陽のように明るく、暖かな微笑みだ。
「あなたは助けを求めた。そして私達は来た。もはや心配はいりません」
「はい」
眩しそうに、瑞穂はルーラスを見返した。
●
わずか後の事だ。街道を東に下りつつあった三人の冒険者のうち、不知火が足をとめた。
「どうかしら?」
問う。すると静吾はこくりと肯いた。
「大丈夫のようですね。気配はありません」
答えたものの、静吾はさらに知覚を研ぎ澄ませて辺りの気配を探った。
敵は隠密に長けた霧隠の忍びだ。探査の網を潜り抜けたとしてもおかしくはない。
「やはりありませんね」
「じゃあ」
ルーラスが横道に馬をすすめた。後に二人の冒険者が続き――
がさりと音をたて、草薮の中から二つの影が立ち上がった。
リフィーティアとカノン・リュフトヒェン(ea9689)である。
リフィーティアは籠の中に潜伏するつもりであったが肝心の籠がなく、カノンは馬に変形して草薙神社に潜り込むつもりであったがそれもならず――故に、草薙神社に程近いこの場に潜んでいたのであった。
「話はついたのか」
氷の語調でカノンが問うた。それに対し、ええ、と答えたのは静吾である。
「ほら」
振り返り、静吾が眼をあげた。その視線の先、一筋の煙が立ち上っている。青空にくっきりと。
合図の狼煙。帯刀、もしくは瑞穂があげているのだ。もし異変があったなら焚き火を消すようにと云ってある。
本来、異変に応じて焚き火を消すのは、草薙神社に潜り込む予定であったカノンの役目であった。が、カノンが潜む事ができなくなった為、次善の策をとったのだが‥‥。
ふっとリフィーティアが花のように笑った。
「ひっかかるかな」
「その公算は高い」
抑揚を欠いた声音でカノンが答えた。
「公算が‥‥高い?」
「ああ。瑞穂殿が冒険者を連れて来た事を敵は知っているはずだ。そして、その冒険者が帰還した事も。おそらく敵は胸を撫で下ろした事だろう。ならば、敵は必ず面倒が起こらぬうちに事を決しようとするはずだ」
「ふーん」
鼻を鳴らすと、リフィーティアは煌く銀色の髪をかきあげた。
「こんな手にひっかかるような単純な奴らだったら、あまり面白くないな」
「面白いからやっているのではない」
カノンの眼が、その時薄く光った。それは暗夜を照らす星の如き輝いて。
「助けを求める者を、救う為だ」
●
同じ頃、麻鳥は東雅宣と相対していた。
一度は冒険者の協力を拒否した雅宣であったが、命を救われた今となってはその限りではない。
「草薙神社が狙われている」
麻鳥が告げた。すると雅宣の表情がわずかに変わった。
「草薙‥‥ま、まさか」
「そのまさかだ」
じっと雅宣の面に透徹した眼をむけたまま、麻鳥が肯いた。
「貴殿を襲った霧隠の忍びが残した台詞がクサナギ、そして此度は草薙神社。これが偶然であるわけがない。貴殿に憶えなくとも、敵は貴殿とクサナギが接点有ると思ったが事は間違あるまい。ならば、必ず貴殿と草薙神社とも接点があるはず。それがわかれば、草薙神社の不穏の正体も自ずと判明するのだ」
「とは申されますが‥‥」
雅宣は困惑したように顔を顰めた。
「クサナギも草薙神社に関しても、全く心当たりはないのです」
「では天叢雲についてはどうか。九尾は? 黄泉人は? 過去に受けた依頼では?」
「い、いえ‥‥」
矢継ぎ早に繰り出される麻鳥の質問にも、しかし雅宣は首を振るばかりであった。その様子に、今度は麻鳥の面を困惑の色が覆った。
クサナギという鍵で繋がれた二つの点。その一方の東雅宣。その雅宣がクサナギと関連する事象に一切の覚えがないとはどういう事であろう。
はっと麻鳥は顔をあげた。
「もしやすると‥‥」
呻きに似た声が、麻鳥の口から流れ出た。
●
「‥‥拙いわね」
不知火の口から鉛の重さのこもった呟きがもれた。
すでに深更。おそらくは丑刻あたりであろう。
闇の為、ともすれば見失いがちだが、未だ煙はあがっている。瑞穂達は冒険者に命じられた通り、交代で火の番をしているに違いない。
が、この夜中まで焚き火をしているとはいかにも不自然だ。敵はどのようにその行為を見つめているのだろうか。
「おそらくは雲水」
不知火が云った。
エレメンタラーフェアリーの凛が掴んだ。草薙神社近くに最近雲水の姿があると。
リフィーティアがぎりっと歯を軋らせた。
「敵が動くのが、こう遅くなるとはな」
「しかし襲撃するとなりゃあ、普通は寝静まった頃。その事を考慮に入れておくべきだったわねえ」
「確かにそうだが‥‥うん?」
突如カノンが眼を眇めた。最も暗視のきく彼女の眼は、先ほどまで闇の中に立ち上っていた煙が今は途絶えているという事実をとらえている。
「来たぞ!」
豹のようにカノンが身を躍らせた。その後を颶風と化した他の冒険者が追う。
闇の中を、五つの影が音もなく地を馳せた。
「これは‥‥」
静吾の口から愕然たる呻きがもれた。
彼の視界は今、真紅に染まっている。
安部親子が住む社務所奥。そこは血の海であった。
その中に帯刀が倒れていた。すでに事切れているのは明白だ。
その帯刀の傍らに瑞穂が横たわっていた。
「瑞穂さん」
静吾が瑞穂の脈をとった。が、すでに命の刻みはない。身体も冷たくなっている。
「殺害されてから、すでに刻が経っている」
「馬鹿な‥‥」
ルーラスが喘いだ。
「煙が消えたのはさっきですよ」
「敵が葉を焼べるでいったのさ」
不知火が答えた。そして血の滲むほど唇を噛みしめた。
「おそらく夜になっても焚き火を消さない瑞穂達の様子から、煙が何かの合図と気づいたのさ。で、時をかせぐ為に‥‥」
「くそっ!」
拳を握り締め、ルーラスが絶叫した。彼の脳裏に、彼を信用し微笑んでいた瑞穂の面影がよぎっている。
「私は‥‥約束を守れなかった」
ルーラスがぎちぎちと声を押し出した。その身から焔のような気が立ち上っている。
それは怒りだ。瑞穂達を殺害した何者かに対する。そして瑞穂達を救う事ができなかった己自身に対する。
どうして良いのかわからなかった。ただ灼熱の悔恨が身裡を灼いている。
その熱に衝き動かされるように、ルーラスは叫んだ。天に吼える獣のように。