●リプレイ本文
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雫という少女を救う依頼。
受けたのは八人の冒険者だが、ここにもまた一人、戦う者がいた。
所所楽柚。八人の冒険者の一人である所所楽柳(eb2918)の妹だ。
すでに幾度かフォーノリッヂの呪法を試みている。が、今のところ成果はなかった。任意の未来の一点にしぼれぬことが問題であったのだ。
くらりと柚の身が揺れた。集中的な発呪によって柚の脳神経が灼かれている。
姉である所所楽林檎が柚を支えた。
「大丈夫ですか」
「はい」
「では、続けなさい」
冷淡ともとれる声音で告げた。
「はい」
健気にも肯き、蒼い顔で柚は眼を閉じた。
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江戸を出立した冒険者の数は八。
リフィーティア・レリス(ea4927)、渡部不知火(ea6130)、蛟静吾(ea6269)、カノン・リュフトヒェン(ea9689)、小野麻鳥(eb1833)、所所楽柳(eb2918)、アンドリー・フィルス(ec0129)、アン・シュヴァリエ(ec0205)の八人だ。
彼らは、まるで火に炙られているかのように足を急がせている。なんとなれば、柚のフォーノリッヂの結果が彼らの胸を灼いているからだ。
雫の死。混沌たる未来の中にその映像はあった。
一人、天馬キルヒで空をゆくアンは雫が身を投げた崖を見下ろした。
「始まりは、一滴の雫なんだよね」
あるいは、大きなうねりの始まりなのかしら?
自問し、アンは今度は天を見上げた。
「だとしても、それがどうした、って云ってやりたいわね。天に坐す誰かさんに」
アンは云った。それは神聖騎士としては不遜な言葉であったかもしれない。
しかし、それがアンだ。ただ運命に振り回されるのは好きじゃない。
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最初に村に辿り着いたのは柳であった。
朝霞村。七つの村の中では最も大きな村だ。
「行方知れずの者を探しているのだが」
村人を見かけ、柳は声をかけた。
「旅の途中で耳にしてな。娘なのだが」
柳は紙片を取り出して、見せた。雫の人相書きだ。
村人は紙片をじろりと見て、
「知らないな」
「そうか」
礼を述べ、柳はさらに雫を求めて歩いた。が、返ってくる言葉は知らぬというものばかり。
「まずは見つけるしかないが‥‥ここにはいないのか」
そう柳が思った時だ。じゃらん、という錫杖が地をうつ音が響いた。
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キルヒを待たせると、アンは村に入った。第二の村、伊勢崎村に。
ミミクリーにより変形したアンの風貌は雫と瓜二つであった。
「待て、娘」
「!」
呼び止める声に、アンが振り向いた。鋭い眼をした少年が立っている。
放っておいた鷲のカリンの声。となれば、この少年は猛禽にすら感知されずにアンに接近したことになる。そのような真似のできる者となると――
「霧隠の忍び!」
「察しがよいな。俺の名は火車丸。うぬは雫だな」
少年――火車丸がニタリとした。
反射的にアンはブラックホーリーを発呪しようとし――ぐらり、と視界がゆれた。睡魔が急速に彼女の心身を蝕んでいく。
ケエェェェ。
翼が空を叩く音が響いた。
「邪魔だ」
火車丸の手から手裏剣が飛んだ。
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第三の村、羽生村には麻鳥がむかっていた。琴音の意見の取り入れ、彼なりに占ってみたのだが、確定することは不可能であったのだ。
「七つの凶星。‥‥おそらくは霧隠の忍びであろう」
村に足を踏み入れと同時に、麻鳥は指刀を切った。
急々如律令。
呪文展開。麻鳥の声が雫を求めて、飛ぶ。
(雫)
呼ぶ。何度も。が、応えはない。
「ここではないのか」
麻鳥は呟いた。
麻鳥のテレパシーは強力だ。雫に届かぬはずがない。
次に麻鳥は村長のもとにむかった。
「知人の娘が崩れた崖より荷物と共に川に流された。手を貸していただけないだろうか」
「それはお困りなことで」
村長が気の毒そうに答えた。
と――
麻鳥の鼻腔に異臭が届いた。微かな錆のような匂い。これは――
血臭、と麻鳥が気づくより先に、村長が後方にはねとんだ。
「貴様、霧隠の忍びか」
「違う。鬼道羅漢衆、凶念坊よ」
凶念坊が笑った。
その瞬間である。凶念坊の背後の障子戸がはらりと倒れた。
「むっ」
麻鳥の口の中で呻きがもれた。隣室に斬殺された死体がある。
「貴様、この屋の家人を」
「皆殺しにしてやったわ。が、それも骨折り損。雫のことは知らなんだわ」
凶念坊がさら飛び退った。
「待て!」
咄嗟に麻鳥は懐から経巻を取り出した。バックパックを探している余裕はない。
するすると経巻が翻り――シャドウバインディング発動。が、凶念坊は嘲笑した。
「経巻の呪などで俺は縛れぬ」
凶念坊は三度とんだ。そのまま逃走にうつる。
追っても及ばぬ。
そう判断した麻鳥は骸に手を合わせると、村長宅を後にした。
それからわずか後のことだ。羽生村から一筋の煙が立ち昇った。
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水上村。第四の村である。
その水上村にむかったのは静吾であった。
それにしても、と静吾は思わざるをえない。クサナギとはいったい何なのであろう。
鬼一法眼は云っていた。クサナギは魔物であると。さらに第六天魔王完全復活の鍵であると。
そして、村長宅。足をとめ、静吾は視線を巡らせた。佐々木流達人たる剣気が周囲を走査する。
もし身近に潜んでいるなら、その剣気より逃れることは手練れであっても不可能だ。霧隠才蔵や霧隠忍者を除いて。
静吾は村長宅の入り口の戸をくぐった。案内を請い、村長と対面する。
「雫という名の娘を探しております」
名乗り、静吾は雫のことを告げた。容姿や身形なども付け加える。
が、村長はあっさりと首を振った。
「知りませぬな」
「そうですか」
やや肩を落とし、静吾は村長宅をあとにした。その後、他の村人達にも雫のことを尋ねたが、やはり返事は否ばかり。
「ここまでか」
狼煙を上げ、静吾は水上村を出た。
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五番目の村である太田村にむかったのはリフィーティアであった。銀色の髪をゆらめかせ、森をゆくその姿は妖精のように美しい。
その輝きに魅かれたわけではあるまいが――
リフィーティアの優れた聴覚が異音をとらえた。
足音だ。後を尾行してくる。
リフィーティアは木陰に身を潜めた。ややあって彼の眼前を一人の雲水が歩いて、過ぎる。
「!」
リフィーティアは心中に呻いた。雲水の顔を彼は知っている。元忠の屋敷近くで戦った雲水だ。
リフィーティアはすうと鬼神ノ小柄に手をのばした。
おそらく雲水の狙いは雫だ。行かせるわけにはいかない。
が、斃すなら、奴が魔法を使う前。即ち奇襲しかない。
できるか、俺に。殺れるか、俺に。
リフィーティアは一気に馳せた。雲水がはじかれたように振り返る。
「くっ」
雲水が顔をそむけた。収束された太陽光が雲水の顔をやいたのだ。
「馬鹿め」
雲水が嘲笑った。高速詠唱により威力を落としたサンレーザーではさしたる損傷を与えることはできない。
「馬鹿は貴様だ」
左右にはねながら間合いを詰めたリフィーティアの腰から白光が噴いた。煌く刃は避けもかわしもならぬ雲水の胸に疾り――
雲水の骸を残し、リフィーティアは太田村に足を踏み入れた。
それから数刻後のことである。太田村から煙が立ち上った。それは他の村と同じく一筋であった。
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「クサナギは魔物‥ね、確かに」
軍馬群雲にゆられ、不知火は六番目の村である比企村に入った。そして一反妖怪である六尺を放ち、樹上にひそませた。
「若い娘に躊躇なく命賭けさせるモノが神剣なんて‥有りえねえぜ」
不知火は群雲からおりると、見つけた村人に声をかけた。
「崖から転落した娘を探しているの」
不知火は雫の特徴、そして雫の乳である篤人と琴音の名を告げた。が、村人は空しく首を振るばかり。それから後、数人の村人にあたったが、結果は同じであった。
が、それでも不知火は諦めない。
「‥眼前で女に身投げ許すなんざ、そんな不甲斐無え真似は二度とできねえんだ」
不知火は根気良く、さらに村人に尋ねてまわった。が、雫の手掛かりはない。
「もしこの村に居たとして、捜索手が俺と見れば自ら出てくる訳もない‥か。ならば」
不知火は大音声を発した。雫が可愛がっていた子犬の名と、冒険者である己の素性を告げ損なった事を。
すると一人、その不知火の声を耳にして、村の女が歩み寄ってきた。
「雫という娘さんをお探しでございますか」
「知っているの」
不知火の眼が輝いた。
「いえ。しかし先ほども雫という娘さんのことを尋ねておられた方がいらっしゃったので」
白刃がぬっと突き出された。村長の首に刃が凝せられる。
「吐け。吐かねば、氷に閉じ込めるだけはすまぬぞ」
青白い顔色の男が云った。
名は猛水。霧隠七忍衆、残る三忍の一人である。
傍らには氷の棺が二つある。中には村長の妻と孫娘が閉じ込められていた。
「知りませぬ。本当に知らぬのです」
村長が血を吐くような声で叫んだ。猛水は唇を歪ませると、
「ならばまず娘を殺す。それでもしらをきっていられるかな」
猛水が一つの氷棺に手をのばし――
ちらりと視線を障子戸にむけた。
「何者だ」
「さすがだねえ」
障子戸ががらりと開いた。一人の侍が立っている。不知火だ。
「久しぶりね。駿河以来かしら」
「貴様」
猛水がトンと刃で村長の首を叩いた。
「動くな。動けば、爺の命はない」
「それは困ったわねえ」
不知火が苦く笑った。
刹那である。猛水の手に何かが巻きついた。
それが布であると気づくより先に、猛水はアイスコフィンを瞬間発呪しようとした。が、一瞬躊躇った。今アイスコフィンを発動したら、己の手まで凍結させてしまいかねないのではないか。
それは鉄壁に開いた一穴である。その隙めがけ、不知火は渾身の一撃を放った。
豪、と。
猛水が衝撃波にはねとばされた。唸る音が後から空を疾る。猛水を追って庭に飛び出した不知火であるが。
すでに猛水の姿はなかった。後には大量の血痕のみ残されている。
とって返した不知火は村長に尋ねた。
「長殿。教えてもらいたいことがある。雫という娘をご存知か」
村長は首を横に振った。
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少し、時はさかのぼる。
柳は錫杖の主を見た。雲水だ。知らぬ顔であった。
「何か、用か」
「うぬも雫を探しているようだな」
笑みを含んだ声で雲水が云った。そして手をあげた。一触即発の柳の剣気を感得した故である。
「待て。俺も雫は見つからなんだ。お互いに無駄足。争うこともなかろう。それよりも聞きたいことがある。うぬは何者だ」
「冒険者だ。代わりといってはなんだが、ボクも聞きたい。お前達は何者だ」
「鬼道八部衆であられる修羅王様配下の羅漢衆。我の名は邪真坊」
「修羅王配下の羅漢衆? では、お前の主は修羅王なのだな」
「そうだ。が、修羅王様は――いや、口がすぎた。答えるのは一度のみであったな」
邪真坊は背を返した。
それよりも前。
微かな痛みに、アンは眼を覚ました。気づけば縛られている。側には手裏剣によって傷ついたカリンが横たわっていた。
「眼が覚めたか、雫」
「お前は――火車丸!」
「そうだ」
ふふん、と火車丸は笑い、アンの頬を浅く切り裂いた刃をひいた。
「答えろ。クサナギはどこにある?」
「知らない」
雫を装い、アンは答えた。
「知らぬはずはない。吐け。クサナギはどこだ」
「知らない」
「ならば」
「ならば? どうするの? 殺すの?」
「いいや」
火車丸が悪鬼の笑みを浮かべた。
「女の口を割らせるに、甚振るだけが能ではない」
火車丸がアンの衣服の胸元を開いた。小ぶりだが、形の良い乳房が露出する。火車丸は左手でアンの乳房を鷲掴んだ。
「俺の女になれば否やは云うまい」
「そうはいかない」
「ぬっ」
雷に撃たれたかのように火車丸が飛び退った。霧隠七人衆ともあろう彼をして、そうさせずにはおかぬ超絶の殺気が瞬間的に吹きつけたのだ。
「ば、馬鹿な。何時の間に――」
愕然として火車丸は呻いた。
彼の眼前に一人の男が立っている。その接近を、火車丸は全く感知できなかったのだ。
「貴様、何者だ」
「アンドリー・フィルス。その娘は返してもらうぞ」
その言葉が終わらぬうちに、アンドリーの姿がかききえた。一瞬後、魔影と化して火車丸の背後に現出する。
「覚悟!」
「させるか!」
爆発が起こった。
顔を手でおおい、アンドリーは後方にとんだ。
すでに火車丸の姿はない。が、手ごたえはあった。生きていたとしても、おそらくは瀕死の状態であるはずだ。
アンドリーは駆け寄ると、アンを縛る縄に手をかけた。
「眼を瞑ってよね。それよりも、見たい?」
アンはくすりと笑った。
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七つ目の村、久喜村。
その久喜村の村長の屋敷を、物陰に隠れてカノンは見張っていた。
先ほど村長のもとを尋ね、騎士であると名乗り、雫のことを問うたのだが、村長の様子がどうもおかしい。一瞬浮かんだ狼狽の相をカノンは見逃さなかった。
それで村を辞したと見せかけ、再び戻ってきたのであるが。
と――
村長が屋敷から姿をみせた。裏にある林の中に分け入っていく。
アンドリーからアン襲撃のことは聞いていた。他の村の捜索も結果は出ていないようである。
一縷の望みをかけ、カノンは村長の後を追った。すでに黄昏の光が辺りに満ちている。
どれほど歩いたか。
村長は山の中の小屋に辿り着いた。戸を開け、中に入る。すぐにカノンも戸をくぐった。
「あっ」
村長が驚倒した。その足元で一人の少女が横たわっている。
高貴で、かつ可憐な面立ち。おそらくは雫であろう。
村長が壁に立てかけてあった鉈を手に取るのを見て、カノンは自らの剣を捨てた。
「敵ではない」
カノンは子犬の名を告げた。そして琴音に頼まれて助けに来たことを口にした。
「おばさまが」
雫の顔がくしゃっとゆがんだ。気丈ではあっても、やはり少女である。
どれほどの痛みに耐えてきたか。どれほどの孤独に耐えてきたか。
カノンは屈むと、雫の手をとった。ジャパンの未来を左右するかもしれぬ宿命を支えるには、あまりにも小さな手を。
「もう心配はいらない。一度は失われたと諦めかけた輝きだ。その輝きを曇らせてなるものか」
動けるか、というカノンの問いに、雫ははいと答えた。怪我をしているが動けぬことはない。が、村長のすすめでここに隠れていたのだという。
「でも」
雫の顔が曇った。
「クサナギはここにはないのです」
「何!?」
カノンの眼が驚愕にカッと見開かれた。
そして、同時に悟ったのである。この村に敵の気配がない理由を。もしや――
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「これがクサナギか」
血の海の中で、女が桐の箱をもっていた。
女の名は黒蓮。霧隠七忍衆の一人忍である。
そこは水上村の村長宅であった。家人はすべて黒蓮によって惨殺されている。静吾が去ったのを確かめてから、黒蓮が襲撃したのであった。
「どうりで雫のことなど知らぬはずよ。こいつは川で桐の箱を拾い、隠していただけなのだからな」
くくく。
妖しく笑うと、黒蓮は口元に飛び散った返り血を舌で舐めとった。