【紅蓮王】牛頭天王

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月12日〜01月19日

リプレイ公開日:2010年01月21日

●オープニング


 はっとして娘は目覚めた。
 満面、汗に濡れている。冷たい汗だ。いつもは氷の相貌をもつ娘にしては珍しいことであった。
 娘の名は小鳥。ジャパンを覆う暗雲を予知した娘であった。


 木花咲耶姫。三人の少女はそう呼ばれていた。
 生まれた時より巫女であることを運命づけられており、恋も知らず、ただひたすらに祈りを捧げる人生を歩むことしかできぬ少女達であった。
 その少女達は今、囚われ、納屋に転がされている。
 とらえたのは彼、飯綱衆の一忍、風祭右京であった。
 右京は女と見紛うばかり美しい相貌を前にむけた。ある男の背に。
 男の名は葛葉幻妖斎。飯綱衆頭領であり、同時に金狐教なる宗教組織の宗主でもあった。
「九つ様は敗れた」
 総髪を微かにゆらせ、幻妖斎は云った。九つ様とはかつて龍脈を暴走させようとした九尾の狐のことである。
 幻妖斎は続けた。が、此度はそうはいかぬ、と。
「三人の娘達はどうしておる?」
「納屋に閉じ込めてござる」
 右京はこたえた。
「そうか」
 くくくっという忍び笑いが幻妖斎の口からもれた。
「木花咲耶姫。喰らわば、どれほど美味であろうかの」
「‥‥」
 右京ほどの忍びが、ぞくりと身を震わせた。
 どれほど前からであったであろうか。右京は幻妖斎のことが恐ろしくなっていた。怖くて仕方なかった。
 幻妖斎様は変った。何か恐ろしいものに。
 右京は思った。
 今、幻妖斎は三人の少女を喰らわば美味と云った。それは、おそらく比喩ではあるまい。真実、幻妖斎は三人の少女を喰らおうと思っているのだ。
 くく、くく。
 笑う声が響いた。幻妖斎の背から。
 それは魔性のあげる哄笑であった。


 冒険者ギルドを訪れた娘は小鳥と名乗った。
「私と一緒に駿河にむかってくださりませ」
 小鳥は云った。
「妹が浚われたました」
「浚われた? 何者に?」
 手代が問うた。小鳥はかぶりをふる。
「わかりません。しかし居所はわかります」
「居所が‥‥。何故でございます?」
「わかるのです」
 抑揚をかいた声で小鳥がこたえた。ただ、わかる、と。
「お助けください」
 小鳥は云った。

●今回の参加者

 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 ec0261 虚 空牙(30歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4348 木野崎 滋(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4859 百鬼 白蓮(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 東海道をくだり、駿河に入った異風の九人の姿があった。
 一人は人形のように表情がなく、美しい相貌の娘だ。依頼者の小鳥である。
 他の八人といえば――
 まるで少年としか見えぬ白髪碧眼の若者。
 鋭い眼をした冷然たる美貌の女。
 漆黒のコートの裾翻らせた怜悧な相貌の娘。
 花のように可憐で、そのくせ似つかわしくないほどの巨躯をもつ女。
 まるで菩薩像のように静かな表情の巨漢。
 不敵な面構えの、若い狼を思わせる男。
 滴るような色香と凄絶の殺気をあわせもつ娘。
 黒い疾風のように疾駆する娘。
 名をそれぞれに白井鈴(ea4026)、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)、カノン・リュフトヒェン(ea9689)、メグレズ・ファウンテン(eb5451)、宿奈芳純(eb5475)、虚空牙(ec0261)、木野崎滋(ec4348)、百鬼白蓮(ec4859)といい、依頼を受けた冒険者であった。
「いよいよ駿河だな」
 滋が足をとめた。そして小鳥を見上げる。
「問題の場所までそれほど時はかかるまい。着く前に問うておきたいことがある」
「何でございましょう」
 カノンの愛馬――クラフトの背から小鳥が顔をむけた。その眼にはやや好意的な光がある。
 それは滋が道中における彼女の保存食を用意していたからで。そういう点、滋にぬかりはない。
「妹御が襲われた理由だ。心当たりはないだろうか‥肉親の縁以上に不思議な絆がある様にも見受けられる。居所が解るのも‥恐らくは。なればこそ狙われる意味もある筈だ。其が重要になろう」
「はい」
 瞳に感嘆の色を滲ませ、小鳥が肯いた。
「妹が浚われた理由。それはひとつしかありません。彼女が木花咲耶姫の一人だからです」
「木花咲耶姫?」
 鈴が首を傾げた。その身がぶるぶると震えている。寒さのためだ。
 鈴は防寒の用意を怠っていた。おまけに鈴は毛布や寝袋の用意もしていなかった。故に身体が冷え切っていたのだ。
 鈴が問うた。
「何だか女の子ばっかり攫われるような気がしていたんだけど。‥‥その木花咲耶姫っていうのは何なの?」
「巫女です。迦具土神を鎮めるための。木花咲耶姫とは一人の名称ではなく、三人の巫女を指すのです。その三人の木花咲耶姫が昼夜を分かたず祈りを捧げ、迦具土神を鎮めているのです」
「迦具土神ですか」
 芳純の口から溜息に似た声がもれた。メグレズが驚いた眼をむける。
「知っているのですか」
「伝承だけは」
 芳純が肯いた。陰陽師だけあって、さすがにジャパンの神話伝承についての知識は深い。
「迦具土神とは炎の神です。神話によると伊邪那美を焼き殺したほどの神。ジャパン神話中、最強の神の一柱でしょう」
「イザナミ‥‥か」
 今度はアイーダの口から重い声がもれた。
 黄泉女神であるイザナミの手によってジャパンの西が壊滅の危機に瀕している。イザナミとはそれほどの強大な魔神なのだ。そのイザナミを焼き殺すことのできる神とは一体――。
「では」
 ひやりとする声をあげたのは白蓮である。前方に凍てついた視線を据えたまま、
「敵の狙いは迦具土ということになるな」
「あいつらかしらね」
 アイーダの眼がきらりと光った。
「三人の少女を連れ去るところといい‥‥飯綱衆の仕業かもしれないわね」
「飯綱衆か」
 カノンがぎりっと歯を噛みならせた。
 彼女は以前、アイーダのいう三人の少女を助け出したことがある。その際に敵対した者が飯綱衆だ。
 それから幾度飯綱衆と戦ってきたことか。いよいよ奴らの本当の狙いが読めてきた。そして、わかる。決戦の時が近づいていることが。
 カノンの全身からゆらと闘気がたちのぼった。
「外道の跋扈、目に余る。二度とこのような真似ができぬよう、殲滅する」
 カノンは云った。
 気負いはない。ただ淡々と。が、限りなく強く、それは響いた。
「ゆくぞ」
 クラフトを進ませようとし、しかしカノンは手綱をひいた。
 異様な感覚がする。それは冒険者のみ感得可能なもので。
「‥‥静かだね」
 鈴が呟いた。
 その通り。駿河の地はしんと静まりかえっていた。まるで誰もが息をひそめているかのように。


「この先です」
 小鳥が告げた。
 地元の猟師に尋ねたところ、山中にあるのは古びた堂であるという。おそらくはその堂に木花咲耶姫達がとらわれているのだろう。
 冒険者達は先を急いだ。本来は遠方より堂の様子を窺いたいところだが、木々が密生しているために透視がきかなかった。
 やがて――
 木々が途切れた。堂と小さな家屋、そして納屋らしき建物が見える。
 芳純が教巻を広げた。
 奇妙な文字が記されてある。
 精霊碑文学。呪力固定の形式はインフラビジョンであった。
 敵は怪忍飯綱衆。慎重を期すべきだと判断したのだ。
 続けて芳純はテレスコープとエックスレイビジョンを発動させた。
 刹那、 芳純は超視力を得る。望遠と透視の超常能力だ。
「見えます」
 芳純は云った。
 その言葉通り、彼の眼は遠くにあるべきはずの堂、家屋、そして納屋らしき建物の姿をとらえている。
「三人の少女はどこにいる?」
 空牙が問うた。が、芳純はかぶりを振った。
 すでに夜。辺りは暗い。
 確かに芳純の眼は三つの建物を透視した。しかし暗くて正確な映像は掴めない。ただ赤光が見えただけだ。
 数は堂にひとつ、家屋にふたつ、納屋にみっつ。数と大きさからして三人の少女であるようだが、確かとはいえない。
「仕方あるまい。ゆくぞ」
 アイーダが弓をとった。
 刹那だ。家屋から爆発音が轟いた。
 直後、芳純が叫んだ。
「家屋の人影が消えた!」
「何っ」
 はじかれたように白蓮が周囲を見回した。
 さすが飯綱衆。接近したために気配をとらえられたに違いない。もし今の爆発音が微塵隠れであるのなら、敵の襲撃方向の予測は不可能だ。
 気配は空にわいた。月を背に踊る影ふたつ。
 気づいた芳純が絶叫した。
「上!」
「おのれ!」
 アイーダが矢を番えた。舞い落ちる影から笑いを含んだ声が噴出する。
「遅い!」
 流れるのはふたつの銀光。斬撃がアイーダと芳純を襲った。
「くあっ」
「うっ」
 アイーダと芳純がのけぞった。アイーダの放った矢が空しく夜空に消えていく。一瞬にして二人の冒険者が屠られていた。
「ちいいっ」
 鈴の手から手裏剣がとんだ。卍形の刃が空を裂く。
 地に降り立った小さな影――飯綱衆の一人、椿が後方にはねとんだ。が、鈴の手裏剣は迅い。鈴の右胸に突き刺さった。
「今だ!」
 白蓮が爆煙に包まれた。微塵隠れだ。
 転送固定された座標軸は――納屋!
 一斉に他の冒険者達も飛び出した。
 メグレズは白蓮と同じく納屋に、そしてカノン――山中であるためクラフトは連れてきていない―― と滋は堂にむかって。
「させるか!」
 もう一人の飯綱衆――女と見紛うばかりの美丈夫である風祭右京が素早く印を組んだ。
「ぬっ」
 メグレズが足をとめた。右の頬がちりちりと焦げる感触。殺気だ。
 咄嗟ににメグレズは飛び退った。
 その眼前を何かが疾りぬけた。風だ。いや、中に何かいる。
 メグレズはそう判じた――瞬間、風が吹きつけた。
 迅い。メグレズではよけきれない。
 豪、と。
 風が吹きすぎたあと、メグレズから鮮血が散った。
「むだだ」
 メグレズが笑った。
 彼女の防御能力は並ではない。数々の冒険者を切り刻んだ風の魔物ですらメグレズを傷つけることはかなわなかったのだ。
 が――メグレズの足はとまったままであった。迂闊に動くことはかなわない。
 メグレズに通常の斬撃が効かぬと知るや、魔物はすぐさまメクレズの急所を狙い始めた。いかなメグレズといえども眼だけは鍛えようがない。
「ははは。動けまいが」
 抜刀しつつ、右京が殺到する。と――右京の前に人影が立ちはだかった。
 月光にうっそりと佇む影は孤狼にも似て。空牙だ。
「させん」
「ぬかせ」
 右京の手が月光をはねた。飛び散った光飛沫が空牙に吸い込まれる。いや――空牙をかすめて過ぎ、背後の木立に消えた。
 見切り、というべきか。わずかに身動ぎしたのみで空牙は右京の手裏剣をかわしてのけたのだ。
「来い」
「ふん!」
 右京が迫る。唸る刃が風を巻く。
 空牙は素早く横に飛んだ。が、かわしきれない。強烈な衝撃が空牙の身体に叩きつけられた。
 途切れつつ意識の底で、しかし空牙は刃をふるっていた。
 恐るべき戦闘本能と執念に裏打ちされた一刀は避けようもない鋭い一撃となって右京にはねかえった。なんでたまろう。右京の身体もまた剣圧にはねとばされていた。
 そしてカノンと滋は――


 カノンと滋は堂の手前で立ち止まった。
 その前にふわりと現出した人影がある。
 総髪の男。月光に白く顔が笑っている。冒険者は知らぬことであったが、葛葉幻妖斎である。
 同時にカノンと滋は得物の柄に手をかけた。
 この時点における彼女達の目的は敵を自らに引き寄せることである。とはいえ撃破もまた狙うべき点のひとつであった。斃せるものなら斃すべし。
 が、柄に手をかけたままカノンと滋の身が凍りついた。幻妖斎から吹きつけてくる、妖気とも鬼気ともつかぬ圧倒的な気にうたれたためだ。
 こいつはまずい敵だ。
 二人の冒険者の本能が彼女達の身裡で叫んだ。生物としての本能が。
 その瞬間である。幻妖斎の顔に亀裂がはいった。
「あっ」
 二人の冒険者が息をひいた。
 と、幻妖斎が爆ぜた――ように二人の冒険者には見えた。
 まるで卵からかえるように、何かが現れた。おそろしく邪悪な何かが。
「くっ」
 愕然としていた二人の冒険者が呻いた。何かから放射される瘴気に息がつげなくなったのだ。
 くか。
 くかか。
 ソレは笑った。嬉しくてたまらぬように。
 ソレは牛の頭をもっていた。六つの腕をもっていた。巨大な体躯をもっていた。そして限りない悪意と憎悪をもっていた。そして殺意をもって――
 ソレはゆっくりとカノンと滋にむかって歩み寄りはじめた。


 白蓮は納屋に駆け込んだ。
 内部は暗闇だ。が、白蓮は夜目が効く。
 納屋の隅に三つの人影が見えた。縛られ、転がされている。木花咲耶姫だ。
 駆け寄ると、白蓮は手早く少女達の戒めを解いた。抱き起こす。
「助けに来た。動けるか」
 問うた。動けなくとも動いてもらわねばならぬが。
 白蓮は納屋の表を見遣った。満足に動ける冒険者はいなさそうだ。
「小鳥の妹は誰だ」
「――私です」
 一人の少女がこたえた。大きな瞳の少女だ。
「そうか」
 白蓮は冷たい眼で残りの二人を見遣った。いざとなれば彼女達は見殺しにするつもりであった。

 椿の攻撃をひらりと鈴はかわした。ぎりぎりと椿を歯を軋らせた。
「おのれ、ちょこまかと」
 椿が刃を突き出した。が、またもや鈴がましらのように飛んでかわした。
「僕をとらえるのは無理だよ。――あっ」
 鈴は気づいた。牛頭六臂の化け物が棒立ち状態のカノンと滋に迫りつつあることを。
「逃げて!」
 鈴が叫んだ。
 その一瞬である。鈴に隙が生じた。
「はっ」
 椿の手から紅蓮の炎が迸り出た。
「うわあ」
 たまらず鈴が後方に飛んだ。肌も髪も焼け焦げている。無残な有様であった。
「とどめだ」
 椿が肉薄した。刃が鈴の首を刎ねようとし――椿が飛び退った。その足に突き刺さっているものがある。白蓮の投げた刃だ。
「逃げろ」
 小鳥の妹を担ぎ上げ、白蓮が走り出した。


 逃げて!
 鈴の叫びにカノンと滋は我に返った。反射的に二人は抜刀し、斬りつける。卓越した戦闘技術の保持者である二人にのみ可能な反射行動である。
 あっ、というひび割れたような声は二人の冒険者から発せられた。
 カノンと滋の腕ががっしとばかりに掴みとめられている。牛頭の魔物に。
 べきり、と牛頭の魔物の手の中で二人の冒険者の腕が砕けた。
 くか。
 くかか。
 涎を滴らせつつ、牛頭の魔物は二本の腕を二人の冒険者の首にのばした。その膂力をもってすれば二人の首をへし折るなど造作もないことだろう。
「か、陽炎!」
 滋が叫んだ。
 刹那である。白い何かが地をはねた。それは空にあるうちに白鳥の翼もつ獅子へと変じ、牛頭の魔物へと襲いかかった。
 が――五本めの腕がのび、陽炎の首をむんずと掴んだ。びきりと陽炎の首をひねる。飽きた玩具のように牛頭の魔物が陽炎を投げ捨てた。
 死ぬ――
 絶望にカノンと滋が顔色をなくした。
「飛刃、散華!」
 絶叫が轟き、牛頭の魔物の身体が揺れた。


 牛頭の魔物がぬらりと四つの眼をむけた。
 すっくと一人の騎士が立っている。メグレズだ。右京が喪神したためか、風の魔物は消滅していた。
「おまえの相手は私だ」
「ぐおおお」
 牛頭の魔物がカノンと滋を放り投げた。何時の間に奪ったか、その手にはカノンの氷の剣と滋の桜華が握られている。
「おう」
 牛頭の魔物が両刀を疾らせた。その豪刀をメグレズは刀と盾で受け止めた。受け止め得たのはメグレズなればこそだ。
 が、その行動はメグレズの反撃を封じた。必殺技、妙刃水月は使用不能となったのである。
 くか。
 くかか。
 牛頭の魔物の手がメグレズの両腕を掴んだ。さしものメグレズも身動きできない。
 と、牛頭の動きがとまった。逃れようとする三人の少女に気づいたのだ。
 突如、炎の壁が現出した。咄嗟に小鳥の妹を担いだ白蓮のみは逃れた。残る二人の少女はたたらを踏み――次々に現出する炎の壁が二人の少女を取り囲んだ。
 眼から刃を突き入れメグレズの脳を貫くと、牛頭の魔物は断末魔の痙攣につかまれているメグレズの身体をぽとりと落とした。炎の壁を消し去り、二人の少女をとらえる。
「美味そうだな」
 ぐふふと笑うと、恐怖に気死した少女の首をかじりとった。


 しゃくりあげる声がする。小鳥の妹のあげるものだ。
「姉様、どうして私だけ‥‥。私だけ生きてなんかいられない」
 ぱしり、と少女の頬が鳴った。カノンの平手が閃いたのだ。
「生きていられない、だと」
 カノンの口から怒りのこもった声がもれた。
 彼女の背後には三人の仲間の骸がある。牛頭の魔物が二人の少女を喰らっている間に運んできたのだ。
「おまえは生きる義務がある」
 カノンは云った。そして、
「何としても生きろ。それがおまえの為に死んでいった者達にできるたったひとつの償いだ」
「‥‥償い」
 少女の眼にようやく光がともった。
「わかりました。私にできることは祈ることだけ。必ず迦具土神を鎮めてみせます。だからあの化け物を」
「任せておけ」
 滋が少女の肩に優しく手をおいた。温もりとともに決意を伝える。必ず牛頭の魔物を斃してみせると。



 右京はふっと眼を開いた。
 身体はぼろぼろだ。が、命だけはあるらしい。
 幻妖斎様は?
 立ち上がり、よろよろと堂にむかう。中を覗き込み、右京は絶句した。
 幻妖斎が何かを喰らっている。その何かの正体はすぐにわかった。
 首が転がっている。椿の首が。
 気配を殺し、よろよろと右京は後退った。そして闇の中に姿を消した。幻妖斎を殺すと誓いながら。