【紅蓮王】焔法天狗

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月27日〜12月04日

リプレイ公開日:2009年12月16日

●オープニング


 紅蓮の炎が噴き上がった。
 それは大地と大気を焦がし、人の形をとった。三間を超す体躯をもつ炎の巨人だ。
「我を目覚めさせたのはお前か」
 炎の巨人はじろりと視線を下げた。足元に一人の男が片膝ついている。
 男が顔をあげた。
「陣内と申しまする」
 男――陣内は答えた。そして、
「羽山津見神様、何卒――」
「願いを云え」
 羽山津見神と呼ばれた炎の巨人が云った。
「――願い?」
「そう、願いだ。目覚めさせてくたれ礼に願いをひとつきいてやる」
「それならば」
 陣内の眼が光った。
「この世を紅蓮の地獄と化すこと」
「よかろう」
 肯くと、羽山津見神はすうと陣内を指差した。
「かかってこい」
「か、かかって‥‥とは?」
 陣内の顔に惑乱の色が滲んだ。すると羽山津見神は腕をおろし、
「文字通りの意味だ。どうやらお前は常人とは違うように見える。面白い。我と戦え。勝てば、さらなる願いをきいやる」
「それは」
 陣内は手をあげた。
 この男の正体は飯綱衆なる忍者であった。羽山津見神の見立てどおり常人ではない。とはいえ神に敵うはずもない。
「お許しを」
 答え、飛燕のように陣内は飛び退った。一触即発の羽山津見神の殺気を感得したからだ。
 陣内は悟った。羽山津見神が己を見逃すつものりないことを。
 恐怖を覚え、ほとんど無意識的に陣内は手裏剣を放った。が、それは羽山津見神の燃える身体に飲み込まれただけだ。手ごたえはない。
「おのれっ」
 さらに陣内は飛び退ろうとし――身を凍結させた。背後に炎の壁が現出している。
 ならば右に――再び陣内の動きがとまった。右にも炎の壁が立ちはだかっている。のみならず左にも。そして羽山津見神の背後にも。
「もはや逃げ場はない」
 羽山津見神が手をあげた。


 その日、息せき切って若者が冒険者ギルドに駆け込んできた。そして依頼を告げた。
「炎の巨人が現れ、吉原宿を焼き払っています。お助けを」

●今回の参加者

 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ec0261 虚 空牙(30歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4348 木野崎 滋(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4859 百鬼 白蓮(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec5421 伏見 鎮葉(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

陸 潤信(ea1170)/ 木賊 真崎(ea3988)/ マギー・フランシスカ(ea5985)/ 元 馬祖(ec4154

●リプレイ本文


「また、炎か」
 肩をむ竦めたのは色香の滴るような娘であった。
 名は伏見鎮葉(ec5421)。冒険者である。
「随分と直接的だけど、今までの火の神とは無関係‥‥ってのも楽観的だね」
「確かに」
 肯いたのは、鎮葉に勝るとも劣らぬほどの色香の漂う娘で。ただし、こちらの娘はどこか凄みがある。触れれば斬れそうな刃の凄みが。
 木野崎滋(ec4348)。鎮葉と同じく浪人である彼女は考え深げに睫を伏せると、
「‥先日の炎龍達が帰る時が来たと云っていたな。時と地を同じくして現れた炎の巨人、確かに無縁ではないやも知れぬ」
 滋の脳裏に瞬く声がある。陸潤信の声だ。
 ――火の神々が富士山の方角に次々と消えています。一つに纏まろうとしているのか。
 滋ほどの女が慄然とした。
 その滋の恐怖を知ってか知らずか、不敵に笑っている者がいる。
 虚空牙(ec0261)という名の冒険者であるのだが、実はこの男、炎の巨人と戦うことを望んでいるのであった。
 その笑みに気づいたか、白井鈴(ea4026)がぬっと顔を近づけた。
「何か危ないこと、考えてない?」
「だめよ」
 五人めの冒険者であるステラ・デュナミス(eb2099)が口を開いた。海色の瞳で仲間を見回すと、
「どうやら斃して済む話でもなさそうね」
 云った。同意するかのように眼をあげたのは百鬼白蓮(ec4859)という名のくの一だ。鍛え抜かれた、よく引き締まった肢体の持ち主である。
 ステラは白蓮に微笑をむけると、
「でも気になるわね。もしその炎の巨人が火の神として、何故暴れてるのかしら」
「わからん」
 白蓮は冷然たる語調で答えた。
「自分が知った他の炎神は、少なくともこのような無茶はしなかったからな」
「確かに」
 声を発したのは冷気にも似た雰囲気をまとわせた女であった。
 アイーダ・ノースフィールド(ea6264)。ナイトである彼女もまた炎神にかかわる事件の依頼をうけたことがあった。
「炎神が人を殺すことはあったわ。しかし宿場ひとつを燃やし尽くそうとするなんて‥‥」
 アイーダの眼にゆらりと揺らめいたものがある。怒りの炎だ。
「黙って見過ごすわけにはいかないわ。必要なら力づくで排除するまで」
「そうですね」
 女が肯いた。
 美しい相貌をしている。が、身体は巌のようだ。
 最後の冒険者であるメグレズ・ファウンテン(eb5451)は報告書の束から眼をはなすと、
「宿場を救うには炎神との対決は避けられないかもしれません。ただ一つ気になることが」
 メグレズは飯綱衆と続けた。
「奴らか」
 滋の眼に閃いたものがある。殺気の光だ。
 前回の依頼において、彼女は飯綱衆の手により仲間を殺されている。敵というなら、炎神よりもむしろ飯綱衆の方が厄介であった。
「飯綱衆とて利無く坊らに手を貸す筈もない。其の利こそが件の巨人なれば‥奴等の邪魔入りも然り、か」
 ざわ、と滋の胸に漣がたった。それは最終決戦にむけての予感であったかもしれない。
 とまれ、冒険者達は旅立つ。炎の巨人が待つ駿河にむけて。


「これは――」
 ペガサス――エウルスを駆るステラは絶句した。
 眼下に広がる吉原宿がのたうっている。紅蓮の炎に包まれて。
「なんてこと」
 ステラは唇を噛んだ。
 高空のためにしかとは確認できないが、あの炎に包まれてどれだけの人が死んだか。どれほどのものが焼けたか。そしてどれほどの夢が潰え去ったか。
 ステラは視線を巡らせた。そして炎の中に異様なモノを見出した。
 身の丈は三間を超すだろう。炎の巨人であった。
「あれが――」
 息をつめると、ステラはエウルスを降下させた。鈴は走り寄ると、
「どうだった?」
「ひどいわ」
 溜息とともにステラが答えを発した。アイーダが肩を竦める。マギー・フランシスカの同行がかなっていれば、もう少し仕事が楽になったはずなのだが。
 ステラは仲間を見回すと、
「炎の巨人を確認したわ。どれだけ効果があるかわからないけど」
 ステラは印を組んだ。
 呪紋は水。展開する呪形はレジストファイヤーであった。
「助かる」
 空牙は静かに肯いた。その身から水が滴り落ちている。用心にと水をかぶったのだ。
 一見、長身痩躯の空牙は優男に見える。が、その戦闘能力は恐るべきものがあった。戦うことの理を知り抜いているのだ。
 空牙は云った。
「気をつけろ。街中で炎の巨人が暴れだすのは不自然。何か裏があると見るのが道理だろう」
 わかっているわ、と口の中で呟きつつ、鎮葉はひそかに周囲の様子を探った。
 そして気づいた。一瞬、物陰にわいた気配を。
「いくわよ」
 夜色に濡れ光る弓を片手に鎮葉は駆け出した。


 炎の巨人――羽山津見神のもとに駆けたを冒険者は三人いた。
 鈴、アイーダ、空牙である。実のところ、アイーダは弓の射程距離ぎりぎりのところに伏していたかたのだが、燃える町の中で遠距離から狙撃できる場所がなかったのである。
 ぴたりと三人の冒険者の足がとまった。彼らの眼前に炎が屹立している。人型の巨大な炎が。
「ねえ」
 鈴が呼びかけた。逆巻く熱気に髪をあおられつつ。
 ゆっくりと羽山津見神が振り返った。
「我を呼んだのはお前か」
「ききたいことがあるんだ。あなたは誰なの」
「我は羽山津見神なり」
「やっぱり」
 炎神か、という言葉を胸に鈴は飲み込んだ。そしてこの破壊の理由を問うた。
「契約だ」
 羽山津見神は答えた。
「我を蘇らせてくれた礼に契約をなした。この世を紅蓮の地獄に変えるという契約を、な」
 鈴は息をひいた。傍らの空牙は素早く周囲を見回した。
 羽山津見神は何と云った? 蘇らせたと云わなかったか。
 誰がそのような真似をする? 考えられるのはひとつ――
「どうすれば」
 熱気と煙に咳き込みつつ、鈴は問うた。
「この破壊をやめてくれるのかな」
「やめさせたいか」
 羽山津見神の全身を包む炎が揺らめいた。
「よかろう。我と戦え。勝てばその願い、聞き届けてやろう」
「戦いなんて――」
 叫びかけた鈴の前に手がさしのべられ、遮った。空牙だ。
「話してわかる相手ではなさそうだ」
「でも」
 鈴はかぶりをふると、
「遊びで競うのはだめかな」
「遊び?」
 羽山津見神の身を包む炎が再び揺れた。どうやら興味をもったようだ。
「どのような遊びだ?」
「それは――」
 鈴は答えに窮した。具体的な内容を考えていなかったのだ。
 ずい、と空牙が進み出た。
「やはり戦うしかない」
 空牙はすうと腰をおとした。瞬時にどのようにも動ける態勢である。
 この場に至るまで、空牙は多くの骸を見てきた。おそらくは苦悶に歪んでいるだろう形相すら判別できぬほどに焼け爛れた骸を、だ。
 許せぬ、と思う。神であろうと妖であろうと関係ない。空牙は内心炎の巨人を斃すと心に決めていた。
 が――
 今、羽山津見神の対峙し、空牙の脳裏からは骸の姿は消えた。怨嗟の声も。
 ただ、空牙の眼には羽山津見神の姿のみ映っている。羽山津見神と戦うためにのみ、この駿河にやってきたと彼は思った。
 それは好敵手と相対した武道家のみ覚える血の奔騰のなせる業であったかもしれない。
「面白い」
 羽山津見神が抜刀した。
 弧を描く炎。煌く刃光は紅蓮の色をしていた。


 炎に灼けた空を舞う影があった。
 エウルスだ。その背には当然ステラが跨り――いや、違う。本物のステラの姿は地上にあった。先ほどから彼女は川姫のリリーとともに消火活動につとめていたのだ。
 同時にステラは油断なく周囲の様子を探っている。飯綱衆の動きを。
 これまでの経緯をみるに、飯綱衆は混乱を助長することをより好むようだ。そうであるなら、狙うのは炎を消そうとする者――そう判断してのアッシュエージェンシーであった。
 その時、ステラの前によろよろと人影が歩み出た。
 十七、八の年頃の娘だ。煤で顔も手足も黒く染まっている。
 反射的に滋は腰の刀――桜華の柄に手をかけた。敵――飯綱衆の可能性があるからだ。
 と、娘がばたりと倒れた。慌てて駆け寄った滋が娘を抱き起こす。
「しっかりしろ」
 ゆする。が、娘の意識は途絶えていた。息もとまっているようだ。
 滋は娘の唇に自身のそれをおしつけると息を吹き込んだ。
 ――戻ってこい。逝くな!
「ごほっ」
 娘が息を吹きかえした。激しく咳き込む。
「もう大丈夫だ。ステラ殿」
 滋がステラに顔をむけた。
「娘を火の手から遠ざける。しばらくここを離れるが、いいか」
「かまわないわ」
 蛇のようにのたくる水流を操りつつ、ステラが答えた。少しくらいの物理攻撃なら耐える自身はあった。
「早くいって!」
「すまん」
 滋が駆け出した。

 同じ時、白蓮は炎の中を疾風のように馳せていた。
 炎に包まれる家屋を覗く。
 中に一人、柱の下敷きになっている子供の姿を見出した。
 一瞬の炎の中に飛び込みかけて、白蓮はやめた。
 独力で柱をどけられるか? 
 否。
 子供の生存の可能性は?
 極めて低い。
 瞬時にそう判断すると、白蓮は子供を見捨てた。
 一人でできることには限界がある。ならば、より確実に助けられる方を優先すべきだ。
 白蓮はそう思った。
 冷徹。
 他人はそう白蓮を詰るかもしれぬ。が、その冷静沈着なる思考こそ忍びである彼女の真骨頂でもあった。
 白蓮は別の家屋の中に老人の姿を見出した。一見しただけだが火傷も負っていないようだ。生きている可能性が高い。
 白蓮が家屋の中に飛び込んだ。髪も肌も炎気にちりちりと灼かれているが気にすることもない。痛みには慣れている。
 白蓮は老人を抱き起こした。予想した通りにまだ息がある。
 老人を抱えるようにして白蓮が歩き出した。
 その時だ。炎が白蓮の眼前を塞いだ。これでは逃げ出せない。
 己のみなら何とかなる。が、老人を抱えた今となっては――
 飛刃、砕!
 叫びが聞こえたのは、その刹那である。爆発したように壁が吹き飛んだ。
「メグレズ殿!」
「急げ!」
 壁にあいた穴から顔を覗かせ、メグレズが叫んだ。
 元馬祖が云っていた。炎よりも煙の方が厄介だと。ならば煙にまかれぬうちに脱出するに如かず。
「わかった!」
 老人を担ぎ上げると、白蓮が飛んだ。炎の壁をくぐりぬける。
「助かった」
「なんの」
 答え、メグレズは周囲を見回した。
 いまだ飯綱衆の襲撃はない。違和感を覚えたのだ。
「‥‥奴ら、何を企んでいる?」


 ぴたりと男は足をとめた。能面に似た相貌の男だ。
 突如、空間を銀光が切り裂いた。何の予備動作もみせずに男が投擲した手裏剣である。
 物陰から飛び出した者があった。
 女だ。鎮葉である。
 鎮葉は素早く漆黒の弓をかまえると、矢を番えた。
 無音。ただ炎がまく風音だけがしなって。
 今度は鎮葉から男にむかって光が流れた。矢だ。
 男は飛んで避けた。いや、正確には避け得なかった。矢がかすめ、男の頬から血がしぶいた。
 やったか?
 鎮葉は眼を眇めた。
 彼女の放ったのは赤羽根の矢である。わずかの傷でも動きを封じることのできる代物であった。
 が、男はとまらない。ましらのように地をすべり、殺到する。
「ええいっ」
 鎮葉は第二矢を番えた。達意に及んだばかりの彼女の技量で、もはや手加減している余裕はない。
 男が襲いかかるのと風が唸るのが同時であった。
 頭を仰け反らせて男が後方に吹き飛んだ。その眼を鎮葉の矢が貫いている。
 地に倒れた時、すでに男はこときれていた。
「しくじった」
 男を見下ろし、鎮葉は溜息を零した。


 炎気をまとった刃が疾った。迅い。
 が、迅さの点では空牙の方が上であった。
 素早く右に飛んで羽山津見神の刃をかわすと、逆に自ら間合いを詰め、空牙は北斗七星剣を炎神の身に叩き込んだ。
 火の粉を散らせ、羽山津見神が飛び退った。爛と眼が光る。
「やるな!」
 羽山津見神の手から炎球が噴出した。咄嗟に空牙はガンバンテインをかまえた。
 次の瞬間だ。爆発が起こった。
 炎が狂ったようにおどり――炎の中から哄笑が響いた。空牙だ。
「俺にはきかぬ」
「ならば」
 羽山津見神の眼が赤光を放った。
 刹那だ。周囲の炎が蛇のようにのたくった。燃える触手のように空牙を襲う。
「きかぬと云ったはず――ぬっ」
 空牙が呻いた。レジストファイヤーを施呪されたはずの空牙の身が燃えている。
 この時、空牙は気づかなかった。ガンバンテインの備えたレジストマジックを発動させたことにより、彼に付与されたレジストファイヤーの効果もまた消滅していることに。
「死ね!」
 羽山津見神が迫った。対する空牙に防ぐ余力はない。
 が――
 次に呻く声をあげたのは羽山津見神であった。矢が炎を裂いて疾ったのだ。
 羽山津見神は飛び退った。一本の矢をかわす。が、同時にアイーダの放った二本目の矢まではかわしえなかった。
 同時に飛んだのは鈴の手裏剣だ。隙を狙った放たれたそれは羽山津見神の背を切り裂いた。
 アイーダが叫ぶ。
「私は魔物ハンター! 炎の巨人よ、それ以上人々の家を焼き、命を奪うなら容赦しないわ!」
「おのれ!」
 歯噛みする羽山津見神の眼が再び赤く燃えた。
 その瞬間、炎は意志をもった。敵を灼き尽くす意志だ。
 炎蛇が、今度はアイーダと鈴を襲った。
「きゃあ」
「うわっ」
 二人の口から悲鳴に似た声が迸り出た。が、すぐにその声はやんだ。
 気づけばさしたる損傷はない。ステラのレジストファイヤーのおかげであった。
 が――
 アイーダと鈴の口から、もたもや苦鳴が溢れ出た。
 旋風。渦巻く風が二人を切り裂いている。
 何が起こったのか、わからない。ただ眼の良いアイーダは風の中に何かがいることに気づいた。
 その時である。笑う声が響いた。
「飯綱忍法、旋風斬」
 燃える屋根の上に男の姿があった。女と見紛うばかりに美しい男だ。
「やれ、椿!」
 男が叫んだ。
 その絶叫の響きが消えぬうち、小さな影が飛んだ。少女だ。その身に似合わぬほどの巨大な剣を握っている。
「とった!」
 少女がニヤリとした。その剣の切っ先は羽山津見神の背を貫いている。それは冒険者がこじあけた隙を狙ったもので、皮肉な結果であった。
「見事だ」
 瞬く間に傷を修復させた羽山津見神の眼がニッと笑んだ。
「願いを云え。かなえてやろう」
「カグツチの復活。それが願いだ」
 男の声が響いた。
 はっとして鈴とアイーダが眼を上げたが、しかしその時、すでに男の姿はなかった。
 慌てて二人は眼を戻した。そして愕然とした。
 羽山津見神の姿が消えている。そして椿の姿も。
「‥‥僕達は負けたのかな」
 独語のように、かすれた声で鈴が問うた。アイーダ昂然と胸をはると、
「いいえ」
 答えた。
 結果として羽山津見神は去った。それは、やはり冒険者の力である。
 これで吉原宿は救われたであろう。復興には時がかかるだろうが、人は強い。必ずや町はもとの姿を取れ戻すだろう。それよりも――
 アイーダは眼をあげた。彼女の眼には悠然たる富士の姿が映っている。
 嵐の前の静けさ。何故かアイーダはそう感じた。