【紅蓮王】三つ子

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 86 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月28日〜07月05日

リプレイ公開日:2008年07月06日

●オープニング

 一人の男が村に町を踏み入れた。
 五十年配。ふっくらとした顔を沈鬱な翳が覆っている。
 男の名は玄庵。町医者であった。

 その町は玄庵にとって既知の土地であるらしく、迷うことなく彼は一軒の蕎麦屋に辿り着いた。
「久助殿」
 玄庵が声をかけると、久助と呼ばれた蕎麦屋の亭主らしき男が顔を覗かせ、はっと顔色を変えた。そして慌てて飛び出して来ると、
「玄庵さん、ここに来られちゃあ――」
「わかっている」
 肯く玄庵を、久助は裏に連れて行った。
「玄庵さん、ここには多恵も来るんだよ。あんたが顔を見せちゃあ――」
「その多恵の事だ」
 久助を玄庵が遮った。
「多恵の‥‥事?」
「そうだ」
 肯き、玄庵は声を低めた。
「多恵の様子に、何かおかしな事はないか」
「おかしな事?」
 久助は怪訝そうに眉をひそめた。
「おかしな事は別に‥‥時たま変な夢を見て、うなされて眼を覚ますくらいで」
「夢?」
 玄庵はいぶかしげに眼を眇めたが、すぐに、
「では、周辺におかしな事はないか」
 と問うた。
 久助はぼりぼと頭を掻くと、
「おかしな事っていわれても‥‥玄庵さん」
 急に表情を険しくした。
「どうしたんです。何かあったんですか」
「梓と沙也が浚われた」
「梓と沙也? ‥‥!」
 久助は愕然とした。
「それって、まさか‥‥」
「そう。三つ子の二人だ」
 玄庵が云った。
「かつて、わしのもとである娘が三つ子を産んだ。が、育てられぬいう事でわしが預かり、そして養子に出した。その一人が多恵だが‥‥ところがな、最近梓と沙也が相次いで浚われたという話を伝え聞いたのだ。どちらか一人ならばありうることだ。が、二人ともなるともう偶然ではすませぬ。だから警告する為、お前のところにもこうやって足を運んだのだ」
「そりゃあ‥‥」
 さすがに久助は息をひいた。
 笑い捨ててしまいところだが、三つ子のうちの二人までが揃って浚われた。これは玄庵の云う通り偶然などでは断じてない。
「玄庵さん、いったいどうしたら――」
「うむ」
 玄庵は難しい顔で頷いた。
「役人に届けたところで、何ほどの事になるか‥‥。何か、役人などではどうしようもないほどの異常事が起こりつつあるような気がする」
「玄庵さん」
「案ずるな」
 玄庵は、不安そうに顔を強張らせる久助の肩を軽く叩いた。
「このような時に頼りになる者達がいると聞いた事がある」
「何者です、それは?」
「冒険者だ」

●今回の参加者

 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

御門 魔諭羅(eb1915

●リプレイ本文

 それぞれに
 想い溢るる
 三息女
 何処も彼処も
 火宅なりけり


 天は泣いていた。それは沙也の涙のようだ。
 灰色にけぶる東海道を八人の冒険者は黙々と下っていた。ひたすら駿河を目指して。
 その八人の冒険者のうち、中でも陸潤信(ea1170)は只ならぬ顔つきをしていた。
 熱にうかされているかのような眼。唇を血の滲むほど噛み締めて。
「く、くそ‥‥」
 潤信の口から軋るような声がもれた。
 潤信は沙也を救うと約束した。が、その沙也は何者かによって浚われてしまった。
 潤信は拳を握り締めた。爪が皮を裂くほど強く。痛みだけが、今の潤信を冷静にたもっていてくれるとでもいうように。
「今は、仲間を信じて、目の前の事に集中するしかないッ!」
「‥‥」
 潤信の呻きを耳に、表情も変えぬ者がいた。アイーダ・ノースフィールド(ea6264)だ。
 冷然とした面は常の如く、冴えて。が――
 もしアイーダの眼を見た者がいたら、思わず息をのむに違いない。
 いつもは氷河の色を宿したアイーダの瞳。そこに、今あるのは紅蓮の炎であった。
(目の前で護衛対象を浚われた怒り、忘れてはいないわ)
 胸の内で呟く。
 それは宣戦布告だ。多恵を救い、同時に沙也を取り戻す。それこそが傷つけられた誇りを癒すただ一つの方法であった。
 そして――
 もう一人。こちらは全く常と変わらぬ風情で。というより、雨にけぶる騎馬の姿はいつにも増して美しい。
 クリス・ウェルロッド(ea5708)である。
 クリスはこの場合、微笑すら浮かべていた。
(三つ子、ね。そのうちの二人が拐われる、ですか。共通して見る悪夢に、放火は嬢自らのものの可能性‥‥人、ではない可能性もあるかな)
 あれこれと思考を玩び、クリスは眼をあげた。
「にしても駿河とは‥‥早雲公の領地だね」
 クリスの口から、彼自身気づかぬ呟きがもれた。
 この時、甲斐の武田騎馬軍団が飢狼と化して小田原の大久保を襲っている。その小田原の命運を決する鍵と目されているのが北条早雲である事を知った上での呟きであったのだ。
「できる事なら謁見してみたいが」
 無理だろう。
 肩を竦めると、クリスはテレサの腹を蹴った。


 駿河に入り、冒険者は二手にわかれた。
 多恵のもとへ向かう者達と、そして――

 夕刻だ。が、重く垂れ込めた雨雲の為に、すでに辺りは日が暮れてしまったかのように暗い。
 行灯を灯すと玄庵は冒険者に眼を戻した。潤信、白井鈴(ea4026)、上杉藤政(eb3701)の三人の冒険者に。
「では、貴方達が沙也を」
「はい」
 潤信は眼を伏せた。
「面目なくも浚われてしまいましたが」
「でさ」
 鈴が小柄の身を乗り出した。
「多恵を守り、浚われた二人を取り戻す為に、知りたい事があるんだ」
「ふむ」
 玄庵は肯いた。
「どのような事ですかな」
「三つ子ちゃんと父親、母親の事。何でも良いから思い当たることがあれば話してほしいんだ」
「何でもと申されましても、な」
 玄庵は困惑したように顔を顰めた。すると藤政が泰然たる態度で、
「では三つ子が生まれた当時の話をお聞かせ願えないだろうか」
 と、問うた。すると玄庵は記憶をまさぐるように眼を眇め、
「‥‥あれは、ちょうど今日と同じような雨の夕暮れでありました。突然娘が訪ねて参りましてな。どうやら身体を悪くしている様子。おまけに腹には子がいるという。で、ともかくもわしのところで診る事になったのです」
「それが三つ子の母親だな」
「左様」
 玄庵が肯首した。
「それからほどなくして三つ子が産まれた。が、身体が弱っていたのであろうか。可哀想に娘は死んでしまいました」
「死んだ‥‥」
 鈴ががくりと肩を落とした。三つ子の謎を解く最大の手掛かりが、闇の彼方へと永遠に飛び去ってしまったのだ。これで糸はぷつりと切れ――
 いいや!
 鈴は眼をあげた。
「その娘さんって何者だったのかな」
「さあて。五十鈴という名しかわかりません。それと」
「それと?」
 今度は潤信が身を乗り出した。その様子に玄庵は苦笑しつつ、
「もしかすると五十鈴さんは巫女であったのかも。‥‥本人は隠していたようですが、荷の中に衣装らしきものをちらと見た事があります」
「巫女、か‥‥では、父親について何か話してはいませんでしたか」
「いいえ」
 かぶりを振る玄庵であるが。その口元に笑みが刻まれている事を目敏い鈴が見出した。
「何か思い当たる事があるのかな」
「いや」
 申し訳なさそうに玄庵が手を振った。
「そうではなく、ちょっとした事を思い出しましてな。わしも気になりまして、一度父親について尋ねた事がありました。すると五十鈴は伊邪那岐命かもしれませぬと笑っておりましたが‥‥おそらく巫女故の冗談であったのでしょう」
「冗談、か‥‥」
 藤政がぽつりと呟いた。国産みの神である伊邪那岐命が父であるとは無論冗談であろうが、何故か気にかかる一言である。
 さらに藤政は、沙也が見たという悪夢、そして他の養い親に不幸がなかったかについて尋ねた。が、玄庵は悪夢については何も知らぬし、他の養い親には不幸はなかったと答えた。
 それでは、と立ち上がった冒険者を玄庵は縋るような眼で見上げた。
「三人は大丈夫でありましょうか。何か恐ろしい事が起こっているような気がしてなりません」
「心配はいらないよ」
 鈴はぐっと唇を引き結んだ。
「沙也ちゃんが目の前で連れて行かれちゃったんだ。僕達の目の前でね。そんな事は二度とさせない」


「ほう」
 山下剣清(ea6764)の口から思わず声がもれた。
 多恵という少女。確かに沙也と瓜二つだ。共に大人びた顔立ちの美少女といえる。唯一違うところといえば、沙也の眼が憂いに沈んでいたのに比べ、多恵のそれは屈託がないというところであろうか。
 剣清はニッと笑んだ。
 さすがに今は手は出せぬが、後五年ほどもしたら果実は熟れ、さぞや食べ頃になっているに違いない。沙也、多恵、梓の三人を侍らせ、あんな事やこんな事を――
 じっと見上げる宿奈芳純(eb5475)の謎めいた眼に気づき、剣清は慌てて笑みを消した。
「多恵まで誘拐されてしまっては最悪だ」
「そうですね」
 肯いて、芳純は異空間を切り取ったかのような青みがかった色の水晶球に眼を戻した。手元には暦の表も用意してある。
「では占ってみましょう」
 芳純が水晶球を覗き込んだ。鍵となる言葉は『梓と沙也、多恵という名の三つ子』である。
「うっ」
 芳純の口から只ならぬ呻きがもれた。水晶球の中に紅蓮の炎が踊っている。
 では、とばかりに次に芳純は三つ子の父親について占ってみた。が、得られた結果はたいしたものではない。縁が薄いと出ただけだ。
「ならば」
 芳純は、多恵を狙う存在という鍵句を念じ、水晶球を見た。 そして再び呻いた。
 水晶球の中に闇があった。それが何かの形をとろうとしている。
 動物のようだ。が、はっきりとはわからない。
 その事実をテレパシーで仲間に伝えると、芳純はダウジングペンデュラムと一枚の紙片を取り出した。紙片には簡単な地図が記されている。テレスコープで目視したものだ。
 その地図とダウジングペンデュラムを用い、芳純は三つ子と敵の居場所を占おうとしているのだが――
 試みは失敗だ。ダウジングペンデュラムに反応はなかった。
「芳純さんが目視した範囲内にはいないのかもしれませんね」
 がっしりした体躯の、それでいて猫族のようなしなやかな身ごなしの男が呟いた。
 闇目幻十郎(ea0548)。忍びである。
 幻十郎は多恵に歩み寄っていった。
「聞きたい事があるのですが」
「‥‥」
 多恵がやや怯えたように身を強張らせた。さすがに見慣れぬ冒険者に警戒心を触発されたようだ。
「恐がらなくていいのよ」
 アイーダが笑みを顔に押し上げた。
「最近少女を狙った人攫いが出ているらしいの。だからお父さんが心配して私達を雇ったのよ」
「そっか」
 多恵の顔に笑みがもどった。
 その笑みを――いや、多恵そのものを、じっとアイーダは見つめた。細かな仕草まで見逃さない。アイーダには多恵を良く知る必要があったのだ。
 再び幻十郎が多恵の顔を覗き込んだ。
「恐い夢を見るそうですね。どのような夢か、覚えていますか」
「うん」
 多恵がこくりとした。
「火」
「火?」
「うん。おっきな火が、わたしの中から出ようとするの」
「!」
 アイーダ、剣清、芳純が顔を見合わせた。
 多恵の見たという悪夢。それはまさしく沙也の見たものと同じものであった。
 幻十郎は多恵の可憐な顔を見つめた。
 まだ恋も知らぬ少女。これから友達をつくり、人生を謳歌せねばならぬ。それなのに理不尽な宿命が少女から全てを奪い去ろうとしている。
「‥‥それだけはさせません」
「えっ」
 幻十郎の呟きを耳にした多恵が首を傾げた。その髪に手をやり、幻十郎は薄く微笑した。
「守ってみせると云ったのですよ」

 そのわずか後の事だ。
 幻十郎の姿は久助宅の裏にあった。すでに検分をすませ、幻十郎は敵の侵入経路を裏口であると判断したのだ。
 幻十郎はふと家屋の影に眼をむけた。御門魔諭羅から影に警戒せよと注意を受けていたからだ。
 幻十郎は生垣などに糸を張り巡らせ始めた。所々に鈴を取り付ける。
 それが終わると幻十郎は短刀を抜き払った。そして木の枝を切り落とす。
「ふむ」
 落ちた木の枝を拾い上げると、幻十郎は短刀で削り始めた。先端を尖らせ、小枝を切り払う。
 一刻ほど後、幻十郎の手には数本の即席の矢が握られていた。


 翌日。
 すでに昨夜のうちに潤信達三人の冒険者が合流し、久助宅に集まった冒険者の数は八――
 いや、一人足りない。クリスだ。
「どこに行っちゃったのかな」
「情報収集だ」
 鈴の問いに、剣清が答えた。
 ちらりと鈴と剣清のやり取りを一瞥し、潤信が多恵に歩み寄った。
「多恵さん。貴方の姉妹――三人のうちの二人が攫われました。だから残る一人である貴方を守る為に――」
「愚かな」
 侮蔑の声に、潤信は振り返った。
 そこに太陽のような美青年が立っていた。クリスだ。
「せっかく隠していたのに。‥‥本当の事をばらしてどうするんですか」
「あっ」
 慌てて潤信は多恵に眼を戻した。そして顔を歪めた。
 多恵は愕然として眼を見開いている。明かされた真実に茫然自失の状態だ。
「これで標的は守りにくくなりましたね」
「標的だと!」
 怒りを爆発させ、潤信がクリスの胸倉を掴んだ。
「モノみたいに云うな。私達が守っているのはモノじゃない。命だ!」
「ふふん」
 嘲笑うクリスであるが。その胸元からじゃらりと金子が零れ落ちた。
「これは‥‥依頼料か」
 金子を拾い上げ、藤政が眼をあげた。するとクリスは潤信の手を振り払い、藤政の手から金子を取り上げた。
「こう見えても私も冒険者の端くれでしてね。あんな失態をおかしておいて、おめおめと依頼料を頂く訳にはいかないんですよ」
 答えるクリスの顔からすっと笑みが消えた。代わりにその眼に、ちろちろと青い炎がゆらめきだした。

 そのわずか後。
 久助と多恵は旅支度を始めた。名僧白隠の元に身を隠すというふれこみであるが――二人は気まずそうであった。真実が白日のもとに晒されたのであるから仕方ない。
 とはいえ、冒険者達に二人の気持ちを気遣う余裕はない。今はともかく策を進める事が先決であった。
 そして、深更。


 ふっと潤信は眼を開いた。
 久助宅。すぐ近くには多恵が眠っており、窓から差し込む月の光で青く染まっている。
 まだあどけない寝顔だ。頬の筋は涙の痕かもしれない。
 潤信は立ち上がると身体をほぐし始めた。
 多恵の近くにあるのは彼のみだが、他の仲間は外に潜んでいるはずであった。もし襲撃があるとするならおそらくは今夜であろう。
 その時――
 気配に気づき、はじかれたように潤信は振り返った。そして驚愕にかっと眼を見開いた。
 多恵の傍に、黒々とした影がある。黒衣に黒覆面。人間だ。
「お前は――」
 潤信は呻いた。
 いつ、どのようにして黒影が現れたのかわからない。どのように潜んで来ても、必ずや幻十郎の仕掛けにかかるはずであった。
「騒ぐな」
 黒覆面から覗く切れ込みのような細い眼がぎらりと光った。そしい多恵の喉に刃を凝する。潤信の身が凍結した。
「騒げば娘を殺す」
 軋るような声を発すると、黒影が多恵を抱き上げた。どのような技を有しているものか、多恵が眼を覚ます気配はない。
 そのままするすると後退し、黒影は裏戸に手をかけた。

 裏戸から姿を見せた黒影と多恵を見出し、冒険者達の心身は臨戦態勢に滑り込んだ。
 芳純はムーンアローを放とうとし――
 腕が摑まれた。アイーダだ。
「だめよ」
 アイーダは首を振った。
「今撃ったら、多恵さんがどうなるか。それにあいつを斃したとしても、すでに浚われた二人を取り戻す事はできないわ」
「ぬっ」
 穏やかな芳純の顔に、一瞬苛立ちの相がはしった。が、すぐにいつもの亡羊とした表情を取り戻すと、わかりましたと肯いた。
「では、後は貴殿にお任せしましょう」
「わかったわ」
「私もいきます」
 疾風のように駆け出したアイーダを追って、潤信もまた地を蹴った。
 同時に幻十郎もまた黒影と多恵を追って走り出している。が、無音のその動きを知る者は誰もいない。鈴と藤政を除いては。


 アイーダと幻十郎、そして潤信は地をひた疾っていた。
 藤政のサンワードにより、梓と沙也の囚われている場所――三つ子の父親はおそらく江戸にいると予想された――までの漠然とした距離と方角はわかっている。それを補う為のアイーダのオーラセンサー。さらには近づき過ぎず離れ過ぎずの幻十郎の絶妙の尾行術の助けもあり、追跡は比較的容易であった。
 どれほど時が流れただろうか。
 やがて、三人の冒険者は山間の闇に沈む荒れ寺に辿り着いた。黒影が入り込むところを確認したわけではないが、オーラセンサーの結果から多恵がこの荒れ寺にいる可能性は高い。
 アイーダと幻十郎が忍び寄ろうとし――
 幻十郎が瞠目した。
 アイーダの足裁き。こそとも音をたてぬ。忍者顔負けであった。
 と、突然幻十郎が足をとめ、アイーダを制した。
 ――おかしい。静か過ぎる。
 幻十郎は周囲に視線をはしらせた。
 影はおろか、気配一つ捉える事はできないが、見張りの者がいる可能性が高い。もし発見された場合、果たしてこの三人で対抗できるや否や。いや、よしんば対抗できたとして、それで多恵達の身はどうなる?
 アイーダと幻十郎は目配せしあうと、ゆっくりと後退り始めた。音もなく荒れ寺から遠く――
 荒れ寺が闇と分かちがたくなった辺りであろうか。三人の冒険者が突如よろけた。
 咄嗟に足を踏みしめた三人の冒険者は狼狽しつつ、気づいている。自分達がよろけたのではなく、地が揺れている事に。
 いや――
 その時に至り、ようやく三人の冒険者はわかった。真に鳴動しているのは――
 霊峰、富士!