【紅蓮王】鬼火

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月22日

リプレイ公開日:2008年11月27日

●オープニング


 ぐらり。
 地が揺れた。
 これで何度目だろう。何か大きなモノが蠢いているかのように大地が揺れ動くのは。
 駿河に住む人々は不安な眼をあげた。
 が、すぐに人々はその事を忘れた。すぐそこに危機が迫っているからである。
 源徳家康が駿河に攻めてくるという噂があった。その真偽のほどはわからない。しかし真実であるなら北条と源徳は戦となるだろう。そうなれば駿河はどうなるか‥‥
 溜息とともに、人々は富士を見上げていた眼を地におろした。


 悲鳴があがった。
 夜を切り裂くそれは女のものではない。男の、断末魔の絶叫だ。
 何事かと家人が飛び出した。そして、見た。闇の街路を明々と照らす巨大な松明を。
 いや――
 松明ではない。人だ。人間が炎に包まれているのである。
 その事実に気がつき、家人――男が顔をゆがめた。肉の灼ける異様な臭気が男の鼻をついている。
「だ、誰か――」
 叫びつつ、男は炎塊に駆け寄った。


「三人‥‥」
「そうなのでございますよ」
 冒険者ギルドの手代がもらした声に、駿河島田宿の町名主である治兵衛の使い――彦之助は強張った顔で肯いた。
 駿河島田宿。そこで今、不気味な事件が起こっているという。
 深夜、立て続けに三人の男が焼死した。
 理由はわからない。下手人もわからない。ただ炎に包まれて焼け死んだのだ。
 唯一の手掛かりといえば、三人の死体の傍には油の入った徳利が残されていたということである。といって、三人がその油を使って自らに火をつけた形跡はなかった。故に自殺ではない――と役人はみているようだ。
 さらに一つ、手掛かりといえるものがあった。それは三人の身元だ。
 一人は博徒、一人は遊び人、一人は島田宿に根をはる野槌一家の身内の者であった。つまりは裏稼業の者達だ。
「‥‥祟りなどと申す者もおりましてね。何しろ死人が出るのが近い場所で。さらにはこれから寒くなる矢先、火を使う事も多くなり、宿の者も不安であろうと」
「それで冒険者ギルドに参られたのですね」
「はい」
 彦之助は肯いた。
「怪異を解く事のできる者は冒険者をおいて他になしと治兵衛が申しまして。何とか冒険者の方々にお出ましいただけませんでしょうか」
「では」
 微笑むと、手代は書き上げた依頼書を取り上げた。
「依頼を出しましょう」

●今回の参加者

 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea5985 マギー・フランシスカ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 火にて逝く
 人の最期を
 目に刻む
 暗き霊峰
 怨念を吸い


 木枯らしが哭いている。
 しかし、北風に立ち向かうように昂然と胸をはり、東海道を馳せ下る冒険者の姿は八つあった。
「被害者自身が油の入った徳利を持ち運び、炎に包まれるとは、何とも不自然な死に方じゃのう」
 首を捻り、呟いた者がいる。
 上品な顔立ちだが、どこかふてぶてしさのまとわりつく亜人の女性。マギー・フランシスカ(ea5985)である。
 すると二匹の忍犬を従えて、飛ぶように地を疾駆するパラの若者がふと呟きをもらした。
「突然火が出るって、沙也ちゃんのお家の時みたいだよね」
「そうだな」
 山下剣清(ea6764)がパラの若者――白井鈴(ea4026)に肯いてみせた。
「人の仕業ではないのかもしれんな」
 剣清はここ数ヶ月の間に、此度の事件が起こった駿河において、同じく炎にまつわる事件にかかわっている。その中で剣清は神と遭遇していたのだ。
「人の仕業じゃない、だと?」
 尾上彬(eb8664)が白馬真唯の手綱をひいた。
 面白い。彬の黒瞳に興趣の光が揺れ動いている。
 もし剣清の云う事が本当なら、相手は尋常ならざる存在。それと相見えるなど血湧き肉躍る事ではないか。
「沙也とは何者だ。何か知っている事があるようだな」
「まあな」
 肯いたのは、彬の隣で、これも白馬である白鳳を疾駆させている上杉藤政(eb3701)である。
 そして彼は告げた。三人の少女にまつわる炎神について。
「ほう」
 彬の眼の興趣の光が強まった。
 元々、彬の属する忍びは熊野修験道から分かれた一派であった。神との縁は深い。
 ふうむ、と マギーも唸っている。
「まるで徳利の中に炎の魔物が隠れ潜んでいたようじゃ、とは思っていたが‥‥。まさか神であるかもしれぬとはの。何にせよ、今までの被害者はハメられた可能性が高そうじゃな。犯人が居るとすれば、火の魔法使いか火の精霊じゃろう」
「そういや犠牲者の一人は、確か野槌とかいうやくざの身内だったな」
「それがどうかしたの?」
 鈴が問うた。すると彬は、気づかねえか、と笑い、
「野槌は蛇。そしてあんたらが見た神ってのも蛇だろう」
「むっ」
 我知らず声をあげたのはカノン・リュフトヒェン(ea9689)だ。
 確かに彼女の見た三神は蛇身であった。そして此度の関係者にも蛇に繋がる名を冠した者がいる。これが偶然であろうか。
 カノンの胸には漣がたっている。神の復活をとめる事ができなかった悔恨だ。が、氷の仮面にも似たカノンの相貌からは、その胸の内の動揺は窺い知れない。
 そしてもう一人、滾るような想いを抱いてひた走る冒険者があった。
 陸潤信(ea1170)。しなやかに躍動する身体に獰猛なる気をひそませる武道家である。
「私にはまだ為さねばならない事がある」
 潤信の口から囁くような呟きがもれた。
 彼の義妹は進みべき道を駿河に見出した。が、彼はまだ路の途中である。先に進む為には乗り越えねばならぬものがあった。
「富士の脈動。そして、あの子達‥‥」
 潤信の脳裏に三人の美少女の面影がよぎった。運命に翻弄された哀れな娘達だ。
 もし此度の事件があの少女達に繋がるものであるなら、彼女達に何らかの暗雲がかかる前に、何としても快刀乱麻を断ち切らねばならぬ。
 その潤信の想いは知らず。ただ軍馬越影に跨った巨漢の陰陽師――宿奈芳純(eb5475)は冷徹ともいえる判断を口にした。
「まだあの娘御達に関係すると決まった訳ではありません。ご自重を」
「それはそうだが」
 しかし、と藤政は思う。何らかの指針が欲しいと。
 ならば、と藤政は印を組んだ。呪言を織り込み、呪法を展開する。
 七人の冒険者の身は凍結した。彼らの鍛え抜かれた鋭敏な感覚が、空間に満ちる眼に見えない異空の力を感じ取ったのだ。
 やがて――
 閉じられていた藤政の眼がゆっくりと開かれた。その眼に云い知れぬ恐怖の色を見てとり、剣清が息をのんだ。
「何が見えたのだ」
「富士が噴火する様が」
「そいつは」
 ものに動ぜぬはずの彬も、さすがに絶句した。
 彼らの双肩にジャパンの象徴たる霊峰富士――のみならず一国の命運がかかっているのだ。不動なれとする方がおかしい。
 が、彬の精神には強靭なる発条があるようであった。困難な状況になればなる程に彼の心気はより熱量を増す。
「山津見八神が現れるなら、残り五柱。さあ、蛇神様を拝みにいくか」
 彬が獣のように笑った。


 やや陽の傾きかけた島田宿の裏通りを鈴、マギー、カノン、藤政が歩いていた。
 人相の悪い男や、白粉を厚く塗りたくった女の姿が垣間見える。剣呑な雰囲気の漂う場所であった。
 やがて四人の冒険者は足をとめた。一軒の居酒屋の前だ。
「いるかな、四人目の被害者候補」
 鈴がもの問いたげな眼をむけると、マギーは首を傾げた。
「さあて。すでに三人死んでおる。そう簡単に見つかるかどうか」
「が、可能性はある」
 カノンが断じた。
「徳利に油。普通の組み合わせではない。徳利がカムフラージュであったとすれば、何者かに放火等を唆され、それが何かの要因で自身が燃えた、という考え方もできる。なら他にも話を持ちかけられた者もいるかもしれない」
「それが偽装であるという可能性もあるがな」
 藤政が苦い顔をした。もしそうなら、さらに真相は複雑なものとなる。
 鈴がはっと眼を見開いた。
「油が手掛かりにならないかな」
「油?」
 問い返し、しかしすぐに藤政は残念そうに首を横に振った。油に目星をつけたのは良い発想だが、しかし肝心の油はすでにない。その線から辿るのは無理であろう。
「やはり地道に当たるしかあるまい」
 告げると、藤政は暖簾をくぐった。


「丁!」
「半!」
 飛び交う声は威勢がいいというよりも、むしろ殺気じみている。が、その女は違っていた。
 半と告げた声は静かそのものである。その容姿と同じく端麗といってよい。
 が、はった金額は半端ではなく。場を囲む誰もが一瞬眼を見張った。
 ややあって壺振りがかすれた声をもらした。
「ようござんすか」
 問う。そして壺振りは壺をあげた。

 場を離れ、女は開け放たれた隣室に用意された酒を口に含んだ。
「姉さん、いい賭けっぷりだね」 
「うん?」
 女が眼をあげた。見ると、ニタリと笑ったごつい体格の男がたっている。
「あんたは?」
「代貸しの粂八だ」
 男――野槌一家の粂八は名乗ると、女の隣に腰をおろし、銚子をとりあげた。
「気に入ったぜ。名前を聞かせちゃくれねえか」
「お彬」
 女――禁断の指輪と人遁の術で女に変じた彬が名乗った。
「お彬さんか。いい名だ」
 再びニタリとすると、粂八は彬の手の猪口に酒を注いだ。すまないね、と受けつつ、彬はちらりと流し目をくれた。
「一つ尋ねたい事があるんだけど」
「尋ねたい事?」
「ああ。人探しなんだけどね。頼まれちまってさ。知らないかい、十二の女の子。年よりも大人びて見えて、とっても綺麗な子なんだけどねえ」
 彬が問うた。探るようなその眼が粂八の面を這う。もし野槌一家が沙也と繋がりがあるのなら、必ず粂八の表情に何らかの変化があるはずだった。
 が、すぐに彬の眼に失望の光が瞬いた。粂八の顔には一片の漣もたたなかったのだ。
「知らないようだねえ」
 彬は肩をおとした。と――
 彬の視線の隅を、ある人物の姿が一瞬よぎった。
 商人風の初老の男。このような場には似つかわしくない。
 すぐに廊下を奥へと消えたので人相まではわからなかったが、何か棘のようなものが彬の胸に突き刺さった。
「あれは誰だい?」
「うん?」
 奥を一瞬だけ見遣ると、粂八は白々と笑った。
「さあて」
「ふうん」
 鼻を鳴らした時だ。
 異様な感覚を彬はとらえた。
 針の先で突かれたような微細なもの。しかし、それには明確に悪意がこもっている。
 殺気だ。
 何気なさを装って、素早く彬は視線をはしらせた。
 そして――
 彬の眼は一人の客の前でとまった。
 男だ。刃で切れ込みを入れたかのような細い眼をしており、能面のような顔をしている。身形からして渡世人であろう。
 が、違う。彬はそう直感した。
 何がどうとは云えぬ。ただ匂うのだ。己自身が内包する仄昏い部分からたちのぼる香りと同質のものが。
 渡世人を装ってはいるが、わかる。奴は忍者だ。
 彬の眼に北天の星の如き冷たい光が閃いた。


「ここか」
 立ち止まり、剣清は辺りを見渡した。
 長屋裏。最初の犠牲者である助次郎が焼死した場所だ。
「このような所で、いったい何をしていたのでしょうか」
 潤信が首を傾げた。
 助次郎が焼死したのは丑刻。この長屋に知り合いのいない助次郎がこの辺りをうろついていたのは何故か。
 その日、助次郎は酉刻に酒場で目撃されている。が、そこからの足取りがわからない。
 ただ気になる事が一つわかった。
 もうすぐ大金が手に入る。そう助次郎がもらしていたというのだ。
「一つ、観てみるといたしましょうか」
 芳純が印を組んだ。唱える術式はパーストだ。助次郎が死んだ時刻はわかっている。
 芳純の身が白銀の光に包まれた。一瞬後、彼の意識は時空を翔けている。

 男がいた。
 風体からして堅気の者ではない。おそらくは助次郎であろう。手に一升徳利と提灯をもっている。
 と――
 助次郎が一升徳利の栓を抜いた。
 刹那である。
 助次郎の身が青白く染まった。
 月の光に濡れたのではない。炎だ。空中に一尺をこえる大きさの炎の塊が現出している。
 愕然として助次郎は一升徳利を取り落とした。
 直後の事だ。炎塊から火球が噴出した。

「やはり‥‥」
 潤信の口から、呻くが如き声がもれた。眼前には芳純のファンタズムにより、まざまざと過去の光景が映し出されている。
 依頼の概要を聞いた時から、彼は此度の怪異には人外の存在がかかわっているのではと予見していた。そして、それは見事に的中している。案の定、助次郎は妖しの炎によって焼き殺されたのだ。
(その炎の正体は?)
 芳純にむかい、潤信が思念で問うた。
(わかりません)
 芳純はかぶりを振った。
 パーストは過去の一断面を観るだけの呪法だ。本質を知る事はできない。
「そうですか」
 潤信が溜息を零した。その脳裏に、一瞬沙也の面影が浮かんだ。
 沙也の両親を焼き殺したのは、おそらくは沙也が身に宿した山津見神であったのだろう。そして此度、同じく炎妖によって人が焼き殺された。同じ駿河において。とても無関係であるとは思えない。
(もしやすると三人の少女達の想いを糧に産まれた『憎悪』の矛先がこの地にむいているのではないでしょうか)
「では助次郎を焼き殺した炎妖は山津見神であると?」
(確証はありませんが。その可能性は高いと思います)
「しかし」
 剣清が思案の態で呟いた。
「炎妖の正体が山津見神であるとして、何故助次郎を焼き殺したのだ?」
「わかりません」
 再び芳純はかぶりを振った。
 パーストで知れたのは、助次郎が深夜に長屋路地裏に入り込んで来、炎妖によって殺害された事だけだ。理由まではわからない。また助次郎が何故にこの場に入り込んで来たのかも。が――
「残る被害者は二人」
 芳純は独語した。
 助次郎のみではわからぬ事も、他の被害者――梅吉と伊助とのかかわりを調べる事で何かが掴めるかもしれない。ともかく下手人はわかっているのだから。
「急ぎましょう」
 芳純が促した。すでに陽は傾きつつある。夜はすぐそこまで来ていた。


 カノンは心根に氷の鎧をまとっている。が、その硬質の鎧にも亀裂が入る事はあるようで。
 人相の悪い男達と卓を共にし、カノンは実に居心地が悪そうだった。警戒させぬようにと武具をはずしてきたのだが、どうにも素肌をさらしているようでこころもとない。
 が、一人の男が発した言葉に、さすがのカノンも水を浴びたような顔をした。
「梅吉?」
「ああ」
 遊び人風の男は肯いた。
 梅吉は二番目の被害者である。三人の被害者の繋がりは掴めていないが、梅吉の名が出た以上聞き捨てにはできなかった。
「俺の遊び仲間でよ。最近おっ死んじまいやがったんだ」
「それはお気の毒に」
 鈴がしんみりと云った。が、男はニヤリと口をゆがめたのみだ。
「ところがそうでもねえんだ。野郎、何かいい儲け口を見つけたみてえでよ」
「儲け口?」
 藤政の眼がきらりと光った。
「何なのだ、それは?」
「生憎とわからねえ。野郎に聞いても教えやがらねえしよ。ふん、あんな友達甲斐のない野郎は、死んじまってざまあみろってなもんよ」
「俺は知ってるぜ」
 別の男が下卑た笑みを浮かべた。
「俺ぁよ、あいつの後をつけたんだ。けっこうな金をもってやがったからな。何かあると思ったんだ。そうしたら案の定、梅吉の野郎、一人の男とこそこそ会ってやがった」
「会って‥‥」
 マギーは息を飲み、すぐに身を乗り出させた。
「知っておるのか、その者を」
「ああ。野槌一家代貸し、粂八さ」
「野槌一家!」
 冒険者達は思わず眼を見交わした。
 とうとう繋がったのである。被害者と野槌一家が。
 冒険者達が言葉を失ったのを感嘆ととらえたのか、男はただれた笑みをカノンにむけた。
「俺ぁ粂八に会うつもりさ。儲け口に一口のりてえんでな。あんたさえよけりゃあ、仲間にしてやってもいいぜ」


 月は雲間に隠れ、地には闇が澱んでいる。が、芳純は闇が見通せるかのように云った。
「尾上殿」
「おお」
 闇がさらに凝ったかのように、島田宿外れの荒寺の境内に一つの影が現出した。男形に戻った彬である。
「で、粂八の様子はどうであった?」
 マギーが問うと、彬はうむと肯いた。
「宿奈のテレパシーで知らせを受けたので眼を光らせていたが、今のところ動きはない。が、気になる事があった」
「気になる事?」
 鈴が眼を輝かせた。
 事件の鍵であるはずの粂八の身近に唯一いる事のできた彬だ。何か重要な事実を掴んだに違いない。
「それは何ですか?」
「商人風の男がいたんだ」
 彬が答えた。
「どうにも粂八の様子が変なのでな。それで後をつけてみた。すると男は一軒の店に入った。吉野屋という店だ」
「吉野屋」
 藤政が舌の上でその言葉を転がした。
 商人風の男とやくざ。繋がりがあるようには思えない。
「どうして吉野屋の者が野槌一家に出入りしていたんだ?」
「わからない。が」
 彬の面に一つの表情が浮かんだ。それは凄絶な笑みである。
「男は吉野屋の番頭の宗太郎。そして吉野屋は材木商だ」
「そうか」
 潤信の口から軋るかのような声がもれた。
 ようやくからくりが読めた。全てではないものの、事件の背景も。
 沙也の時、山津見八神の前に憎悪が供せられた。そして、此度神に刻みつけられるのはどうやら人間の欲望のようである。
「次に犠牲者が出るとするなら、島田宿の南辺り」
「それほど滅びたいのか。しかし、私達がそうはさせません」
 芳純の占いの結果を耳にし、潤信が滾な決意込めて云った。囁くようなその声音は、しかし島田宿の夜を震わせた。